成功の証”イリモトタワー”は札幌新名所! おめでとう。新しい生活!

2月21日(火曜)午後の便で千歳に飛ぶ。いつもこの季節の北海道はスノーボード三昧とミーティング(あくまでもミーティングが主でス。)というコンビネーションなのだが今回は右足靭帯損傷の関係でスノボーは中止。歩くのもまだ不完全なのにスノーボードみたいに無理な体勢を取って超危険の代表的スポーツをしたら間違いなく事件となる。しかし札幌行きは決行! 夕方にイリモトが千歳に迎えに来てくれてそのまま札幌に向かいイリモトタワー(本当は何やら三井ナントかパークタワーみたいな名前があるが業界では総じてイリモトタワーと呼ぶ。きっと他の住人が聞いたら好い気はしないであろうが、その方がわかりやすい。)を訪問。札幌も東京の昨今のブームの様な高層豪華マンションがどんどん出来上がっているが、そのなかでもひときわゴージャスで素晴らしい立地条件なのが、このイリモトタワーなのだ。

成功の証"イリモトタワー"は札幌新名所! おめでとう。新しい生活!

リビングの窓からは遠くにオホーツク海(いや、日本海かぁ、ベーリング海だったかなぁ!!まぁ海です。オーシャンビューです。)が見え、山々には真っ白な雪景色。そして素晴らしい朝日も見られて夜景もある。大自然の中の大都市、札幌の周りに一切のさえぎる物が無い景色ですよ!まさにパノラミックな窓が天井から床までドドーンと広大なリビングをより広く見せている。イリモトはきっとこの窓の前で腰に手を当ててプロテインを飲みながら(シルクのガウンでブランデーの方がいいかナァ・・・)眼下の庶民を見ながら自分の達成を認識するのであろう。”グビィー! フッハッハッハッハ!!”とか笑って。後ろには可愛い新妻クミちゃんと愛犬モヌが、そのプロテインを飲み干す主人の凛々しい後姿を見てこの人生に間違いは無かった、今日こうして幸せなのはこの男のおかげだぁ・・・と”功名が辻”の主人公・伊右衛門の妻の千代(わからない表現でスンマです。アゲマンな妻の代表)みたいな空気で夫をみているのであろうか。スミマセン、どんどん話が脱線してきた。さて今日、ここに波田がやってきたのはワケがある。なんてそんな大層な用事ではない。このかっこ良すぎるイリモトタワーの新居のインテリアの仕上げにやってきた。

成功の証"イリモトタワー"は札幌新名所! おめでとう。新しい生活!

家具類は東京のタイム&スタイルに担当してもらったのでスマートな仕上がり。あとはヌケの部分で”一面の壁をデザインして、大小約15の額(フレーム)を無造作に並べて、その中にイリモトらしい写真などを入れてなんちゃってアートをする。”という企画の遂行がお役目なのだ。フレームはすでに計算して東京の業者に依頼して出来上がり届いている。中身は今日、明日の二日間で作る。こんな豪勢マンション、そして沢山の人目に触れる場所(イリモト家のリビングの人の出入りの数はススキノ繁華街のちょっとした店よりよっぽど多い。それに恥じぬ作品にしなくては・・・)ということで作業の準備をした。数時間で終わる作業ではないし時間が来たので19時からのAMプラザでのミーティングに向かった。きょうは波田のLMということで1時間バッチリとしゃべった。なんだかこの札幌のプラザは本当に話しがしやすい。参加者とステージの近さ、距離感が良いのか、参加している札幌ディストリビューターの品位の高さなのかナァ。とにかくお役目は果たしましたよ!!という満足感。アフターはお洒落な和食屋で食う。焼酎飲んでいい感じに仕上がり早々にイリモトタワーに戻りフレーム取り付けの作業に入った。夜中にヘッチャラでフレームを引っ掛けるフックを釘でガンガン打ちつけて取り付けた。こんな大胆な作業も焼酎にゆだねるところが大きい。酒は明らかにオレを強気、かつ大胆にしてくれる。入れ替わり立ち代りイリモト邸には人がどんどんやってきた。ホラホラやっぱりススキノの店より出入りが多いじゃない! しかし、かまわず作業。そしてドンドンと飲みながら作業。こうなると少し位のズレ、曲がりも芸術に見えてくる。

成功の証"イリモトタワー"は札幌新名所! おめでとう。新しい生活!

深夜まで宴は続き馬鹿話をしながらの作業は楽しかった。その晩はイリモトタワーのゲストルーム(ホテルみたいな部屋がマンションに完備されているのです。)で就寝した。当然ヘロヘロでゴキゲンな夜だった。 翌朝に起床してまたフレーム作成の作業に取り掛かる。その間イリモトはお手製の”愛の和定食”を作ってくれていた。(新妻クミちゃんは仕事で東京へ)その和定食は抜群な美味さ!!イリモト作の美味しい味噌汁を飲みながら、オレは腰に手を当てて雄大な北海道の日本海だがベーリング海、いやオホーツク・・・・を見ながらこんな形でイリモトの新しい生活のお祝いが出来て幸せを感じた。その後ろは新妻でも愛犬でもない朝食の納豆のネギを刻むイリモトだったが。 今、気が付いたが本当は新妻クミちゃんとイリモトのホゲホゲ話とお祝い話を書こうと思ってましたが、こうなってしまいました。またいつかこの素敵な夫妻の話をします。

忘れません! 室町君、おまえはいい奴だぁ!

2月15日(水)朝は慌ただしく準備。と言ったって会社に定時に向かう人から較べたら楽チンだ。10時半の目黒オフィスのミーティングなので家を出るのは9時45分、そしてクルマで向かうので10時15分には着いてしまう。ミーティングは10時半から開始。本当に朝のミーティングは毎回、違った展開で面白いのだ。アフターの食事も様々な人が毎回来ていて8人から10人と中華料理の円卓を囲む。話題は実に毎回様々だが、結婚前の仕事と現在の仕事、ダンナの話、近所の珍しい井戸端会議的話などが多いかナァ。まぁとにかく同級生と会っているときの話とは全然違って面白い。みんな様々な生活をしながら世の中の状況を見ている。確かに子育てをしながらの女性の仕事環境は相当に厳しい。子供を預けての仕事には完全に限界があるし援護者がいなくてはまず難しいのが実情。そんなことを理解、体感している人達にはAMの仕事は魅力的なのだ。しかし大好きだった目黒駅前の上海園は時代の流れには逆らえず閉店となるらしい。なんやら駅前の再開発でビルを建て替えるらしく、家賃も上って、とてもではないけれど経営出来ないのだそうだ。ということで殆んどの店員は解雇! あぁ淋しい。夕方には渡辺正人氏が野毛の新居に表敬訪問してきてくれた。正人氏はとてもスタイリッシュにして清潔好きなので来るに当たって掃除と整理は何故か入念となった。新居をお褒め頂きウレシイ。そして夜はご奉仕ミーティングに千葉に向かった。これは男”室町”への謝礼だ。話せば長いが12月の初旬に欲しいものがあった。皮のライダーズジャケット(バイク乗り用のジャケットで丈が短く襟がスタンドになっていてピッタリしたデザイン。)がとても欲しくありそうな店は何軒かチェックしたが、これだ!というのは無かった。後日、オフィスでミーティングをしていたら参加していた鎌倉君というDDが正に欲しいそのままのジャケットを着ていた。そしてブランドを聞くとアメリカ製の”ショット”であるという。”ちょうだい”の要求には”だめ!”と当然の答え。実に想定内の答えだが聞いて見なければわからない。鎌倉君の答えは実に自然で当たり前だ。そして数日後のAM本社でのミーティングでの事、一緒に南米のマチュピチュを旅した室町R、DDが来ていた。室町は元、自衛隊に所属していただけあって律儀で、そしてすごい筋肉質な体格をしている。極真カラテは初段(極真の初段は強力)の実力。しかし話すとものすごく優しくいい奴! その室町がナントナントナァーント、欲しいそのままの”ショット”のジャケットを着ているではないか!!そしえその古着感も抜群! そこで一応聞いてみた・・・・その”ジャケット・・・ちょうだい、いやぁ売って! いやぁ何かと交換して!”の答えに快く”イエス”と快諾。(たぶんこの表現は相当に波田に都合よく表現されていると思う。)なんと古着っぽいが10年間も着て自分で古着化させたらしい。とにかくイイカンジだ。という経緯があり、なにか恩返しとは思っていたが、やはりご奉仕ミーティングはとりあえず大切と考え実行日が決まり本日に至ったのだ。市原駅までは電車で向かった。そしてリーダー(というか親分)の格闘家集団の福井F・Eme御一行が迎えにきてくれた。いかつい男数人の駅前での出迎えは実に不思議な気分だ。(オッスの号令での出迎えだけは止めて欲しい・・・・)会場は彼らのオフィス(グリーンピース)。なんと駅前にも関わらず趣味のバー経営で週1回しか営業をしていない。店主のケンシローはスノボーフリークだ。ミーティングには約70~80人の福井グループの人が参加していた。(ちゃんと数系列の波田グループも参加していた。)LMと言うことで最近、色々と考えている事を話した。初心者向けにもしゃべった。(たぶんミーティングは盛り上がった。)そして終了後にはアフターが用意。このグループのアフターは正直怖い。だいたい”ダイエットなんてクソ食らえ”的な食欲に毎回ビビル。この前のミーティングのアフターは超ヘビーな台湾料理だったので、深夜のヘビーな食事は勘弁との希望を述べたところ、美味しいしゃぶしゃぶ屋だというので行った。それは深夜にはヘルシーであるという講釈。(・・・・・・?)そして地元のお店というのは大手焼肉店”牛角”の経営する店だった。とのかく、とても楽しい時間だった。しかし深夜12時からスタートした宴は2時近くまで続いたが、さすがの福井グループだけあって(福井は格闘家、グループもそんな奴が多い。)とにかく燃費最悪に皆、太い食欲だったなぁ。だいたい深夜12時から貸し切り食い放題にしているグループというか団体って見たことない。見ているだけでお腹がいっぱいになってきたぞ。まぁ、本当に付き合って気持ちがいい奴らで、これからも末永くヨロシクって感じです。 オッスゥ~~~(おっ!洗脳されてる!)

平日スノボーは平和な証!しかし”靭帯損傷”が痛たぁたぁたぁ!!

2月9日(木)朝6時半に談合坂で集合してスノボー日帰りツアーに向かった。毎年1月から三月の三ヶ月間は東京にいるときは数回、エコーバレーに出かける。スノボーの楽しみ半分とアフターの居酒屋”福よし”半分である。この行事は参加者全員の共通のお楽しみで、毎年数回の恒例行事となっている。何人だって楽しいけれど今回は数人のスノボー仲間にメールで集合場所と時間を決めて連絡した。そして当日集まった数は35人。ちょっとした団体旅行だ。(しかし平日にこの人数は謎だ。)エコーバレーは東京から約3時間、長野県の諏訪インターチェンジから上がる事40分のロケーション。今年はやはり例年より積雪量が多いのか途中の道でチェーンを装着しなくてはならなかったり、少々面倒だ。普段チェーンなんて巻いた事がない玉田号はメルセデスのワゴン。FR(フロントエンジンリアドライブ)は通常後輪にチェーンをはめるが、何を思うか玉田は前輪に巻いて車道をダンサーのようにクルクル旋回していた。(そんなことやってたら時間は永遠にかかるのだ。)エコーバレーは晴天率95%という抜群の気分よさ・・・・・が通常だが今日は少し吹雪いていた。5%の確立な事なので、それを楽しみたい。午前中は絶好調に楽しめた。ゲレンデもコンディションよろしく楽しい時間になった。そしてランチを13時半に皆で待ち合わせていたので、最後の一本を降りるところで不幸な事件は起きた。元々のスピード狂が災いしたがスキーヤーとクラッシュしてしまった。相手はいきなりコースの狭い場所で後方を確認しないで深いターンを切ってきてとてもじゃないけど回避出来るスピードではなく、そのままクラッシュ。(とても自分は冷静でその瞬間の被害者になるか加害者になるか選択をした。)右足靭帯が雪面をグッサグッサと4発刺して止まった・・・・当然に相手のスキーヤーには猛剣幕で怒りをぶつけたがどうしようもない。そのまま救急隊のスノーモービルに乗せられて下山し、救急室に運び込まれて応急処置。しかしその救急室の準備されている薬品庫を見たら入っているものは”正露丸””マキロン””バンドエイド”あと”ムヒ”らしきもあったかなぁ。しかし今回のオレの治療には役に立ちそうにないシロモノばかり。結局、係員はスーパーのビニール袋に雪を沢山入れて、それで冷やしてくれた・・・・・文句言うつもりはないがねぇ。さすがに午後はスノボーは断念してふもとの食堂で皆を待っていた。淋しい・・・なんだか淋しい・・・・4時近くにみんなで下山して白樺湖の温泉に寄った。普段の一日バッチリ滑った充足感は残念ながら無い。なんだか不完全燃焼な気分と治療への不安でテンションは低め。そしてそのまま一路、中央高速を走り山梨県甲府市の”福よし”まで向い7時から待望の宴会となった。しかし今回はこの人気店、20人しか予約が入っていなくて、仕方が無く20人の席に35人が座る超濃厚人口密度な宴会となった。またみんなで座敷に座ると気分もアップして、よせば良いのにビールで乾杯!!よせば良いのに焼酎をグビグビ!!気分は最高になって宴会は終了した。そのまま飲酒をしていない、有り難い運転をしてくれる大熊がドライブして東京に戻った。車中は平和だった。というか寝ていた・・・そして家に帰り荷物を降ろしてもらいなんとかベッドにたどり着いて早々に床に就いた。普段寝ているイタリア製介護ベットは足を少し上げて寝ると快適。しかしまたまた不幸は夜中に起こった。深夜にドォ~~~~ンと右ヒザの鈍痛が・・・・もう起きたくても起きれない。足は他人になっている。 2月10日(金)やっとの思いで起き上がる。普段3,5秒で終了する動作が5分以上かかる。ひょっとして入院とかギブスなんて考えたくなかったが万が一を考えて無理して入浴をした。本当に痛い!!!これはピンチと思い病院に行く事を決断。外科医の友人に聞いても接骨医に聞いてもとにかく診察をせよとの指示。そりゃそうだ!!ということで信頼ある近所の中規模な病院に行った。近所の大規模な病院はヤブ中のヤブで信用できない。数回にわたり殺されそうになっているので避けた。(それはT病院である。)MRIを撮って診察したら病名は”内足靭帯損傷軽度1”ということで全治三週間。ギブスが通常である。しかし断じてギブスは拒否した。日常生活考えたら無理だ。家に帰って困り果てていたとことで玄関に誰か来たと思ったら、なんと家具の配送業者さんが先日に注文した憧れのイームズのラウンジチェアー(ハーマンミラー社)を搬入してくれた。

平日スノボーは平和な証!しかし"靭帯損傷"が痛たぁたぁたぁ!!

リビングに置かれたラウンジチェアーは正に今回の改装の目玉的、そして人生上、この一人がけソファーの存在意味は色々あるのだ。いつかはラウンジチェアーと思い決断したが、この内足靭帯を損傷した翌日にこの病状で座るとは・・・・しかしすわり心地は抜群であった。この痛みを和らげるためにこの椅子はこの家の存在するのか。なんだか靭帯に優しいすわり心地。その後またまたハプニング。昨日一緒にスノーボードに行った玉田君が連絡があり病状を心配してくれて、症状を話したら横浜の反町に素晴らしい整骨の先生がいて、彼の奥さんも10年間の腰痛を二回の通院で完治させたとのこと。ということで神にもすがる勢いで連れて行ってもらい治療してもらった。わずか20分の治療であったが涙は1リットル位出たかナァ・・・・治療が終了した後に院長先生が正座をしてみろという。絶対に無理だと思ったら何とか出来てびっくり!!自力で立てて軽いジャンプも!!そして階段の上り下りまで出来た。まさに快挙の一言だ。東洋医学の神秘に触れる瞬間だった。その後、あまりの嬉しさに本牧の李園でトマトタン麺を皆で食い”宴”とした。(旧友のマイクと偶然に会ってビックリしたぁ!いつもとんでもないところで偶然に出会う。)なんとも不思議な日だった。そして右ヒザの傷みは95パーセントまで回復出来たのだ。やっぱり人間は健康が良い!! コレ一番だと思う。本当に健康って素晴らしいよ! あなたも事故したらこの気持ちがよくわかる。