メンター林立夫CAへの面会!!

4月28日(金)昔で言うならば今日は最終営業日だがインターネットの注文が31日午前12時まで受けているので営業日としては今日なのだ。業界的には臨戦状態を感じる。昨晩はラリー関係のオーディオビジュアル的な打ち合わせとかで、酒抜きだったせいか朝は快調に起床して早朝から仕事を片付けて午前中はジムで発汗した。酒抜きが気分が良いという事がわかっているならば、飲まなければ良いと考える程、馬鹿じゃない。いや利口じゃない。昼に帰ってシャワーを浴びて、お手伝いさんの敏ちゃんと秘書(実際には社長かなぁ)の土岐ちゃんの昼食を作った。どうしてだか我が社の風俗習慣で、ボクが作るのが恒例になっている。ランチタイムのお客さんは全員で食事をする。ということで午後は流石に月末のやるべき事をこなした。5月のスケジュールの調整、7月のヨーロッパの段取り他、様々な雑務がある。連休には下田でお月見台を屋根の上に作るのでその作業の段取りもあるのだ。月末なので来月の目黒オフィスのスケジュールの最終信も出さなくては!!とナンだかんだしているうちに、夕方になった。 今日はビッグイベントがある。スポンサーの林立夫CAに”個人面談”をしに北鎌倉まで出かけるのだ。

メンター林立夫CAへの面会!!

林さんに出会ったのは27歳だった。かれこれAMを始めて21年が過ぎたが、その間、多大な影響を受けた。ビジネスだけでなく人生にも強い影響を受けた。僕の考え方、判断の仕方、林立夫氏から35%は影響しているだろう。(中島薫氏も35%・・・・他はナイショだ。)等々力から自由が丘経由、東横線特急で横浜で乗り換えて北鎌倉に到着。所要時間は1時間弱で驚き!!本読んだり、音楽を聴いたりと小旅行気分だったが、あっという間だった。想像以上に早かったので北鎌倉界隈を散策した。建長寺だけでなく駅界隈も充分にここは観光地だと実感。しかし京都も良いけれど鎌倉の街がもつオーラはハンパじゃない。こんな短時間でも来て良かったと実感。不思議だナァと思うのは我が家から高速に乗れば1時間チョイで着く同じ町が電車だと違うものに感じられる。そうしているうちに林立夫氏から電話があり駅まで迎えに来てくれるというので駅で待っていたら秘書のヨシタカ君が運転した可愛らしいフランスのルノーの金魚鉢みたいなワゴンで林夫妻が登場。しかしいつ会っても肩肘に力が入っていない夫婦だ。そしてこのお洒落なクルマはなんと犬専用車であった。いや”お犬様”だなぁ。(林家では数頭の巨大から小さいのまで犬がいる。)そして今日は林家の近所の馴染みの廣寿司を予約してあるという。ウッフッフ!!!

メンター林立夫CAへの面会!!

食通ハヤシタツオの行く店はハンパではない。林さんは最近は音楽活動を再開しているが、わざわざ東京の業界人はタクシーを飛ばし、この店で林氏と飲んでタクシーで東京まで帰っていくのだ。ここからのタクシー代は推定2万円だが、それでも銀座界隈の寿司屋よりズット安くて美味しいと評判らしい。驚きなのが林家には現在業務用にマイナス50度の冷凍庫が準備されていて日本中から旬なモノを旬な時期に取り寄せて仕舞いこんであるらしい。(この冷凍庫の秘密は誰か本物の食通な人がいたら聞いてみてください。)ということで数種類のジビエ(野鳥)が持ち込まれ、また生魚にもバッチリ合う赤ワインも三本、そしてシャンペンも持ち込まれた!! なんという贅沢なぁ。店はまるで豪華ではないけれど、やたらに落ち着く。そして両隣にお父さん、お母さんが座った状態で立夫氏、厚子氏が座りスタート。出された料理は当然に素晴らしかった。林氏は肉の調理を料理人の主人と相談している。まあぁ、飲むは食うは、またまた飲むは食うは・・・・6時から始まった宴は12時まで続いた。途中で林さんが面倒を見ているミュージシャンがやってきて食事。なんと店内でアカペラでR&Bを一曲ご披露してくれた。カッコいい!! ということで驚きを超えた一晩だった。今晩、林さんに聞きたかった質問は制覇。というか聞くまでも無く、そんな事を網羅した話をしてくれて、充分に頭の中は整理されたのだ。

メンター林立夫CAへの面会!!

今日、思った事は、林夫妻はこの世で一番、ボクが成功する事を望んでくれているという事だ。アップラインに感謝だなぁ。林夫妻がいなかったら・・・・・・恐ろしいじゃないか。考えたくも無い・・・・ 最高な夜に感謝します。また話し聞かせてくださいまし。 アナタはメンターがいますか!? ボクは幸せだ。 (帰りはなんと玉田君が寿司屋に迎えに来てくれて家まで送ってくれた。乗った瞬間に意識不明となり起されたら東京の家の前であった。本当に有難う!!!!)

ラリーやります! 間違いなくスゴイよ!!

4月17日 朝は自然に目が覚める。野毛の家は信じられない事に東京なのに自然を存分に感じる。なにせ今日の朝は鶯(うぐいす)の泣き声で起きた。朝からホーホケキョなのだ! シャワーをしてバスローブをきたままでコーヒーを飲みながらメールのチェック、インターネットでサラリとニュースを見る。10時に尾山台商店街の魚屋、八百屋に買い物に出た。俺ってなんだか主婦っぽい。実は主婦願望があるのだ。ビジネスマンもかっこ良いけど主婦をバッチリこなすのもカッコいい。今日は昼に堀正樹ダブルと福井F・Eme他数人がウチにやってくる。急きょ、この三人の共同主催でラリーを開催する事になったのだ。ということで第一回のラリーの打ち合わせをする為に我が家にて集結。

ラリーやります! 間違いなくスゴイよ!!

(今回は運営を指揮するデブニー夫妻と波田の第二秘書の藤田、土岐ちゃんも参加) ということで集合時間が昼時なのでランチを作る。みんなで食事をするという行為は”和”が生まれて楽しい。同じスポーツをするも良いだろうし何かの時間の共有も良いが、ボクの場合は食事が特に好きだ。近所には自由が丘もあるしニコタマ(二子玉川)もあるから外食も良いと思うが自宅での食事は自分も和むし客人も楽しんでくれていると思う。食事を作る事は僕にとって楽しい作業なのだ。毎日ではないから余計に楽しめているのかナァ。実際、東京にいる時の食事は外でアポが無い限り自分で作る。決して上手ではないが、その時に食べたいものは作れる程度。ということで今日はパスタ2種類とサラダを作った。食事後はラリーの打ち合わせ。この企画は堀ダブルダイヤの提案なのだが実にグッドアイデアだと思った。今伸び盛りの堀グループはわざわざ本拠地の新潟からバス5台を貸切り毎回盛り上がるという。福井は絶好調な格闘家軍団。チームワークはピカイチなチーム。プライベートでもビジネスでも仲良くしてもらっている。さて、やはりAMのビジネスでは”表彰”という事で人を賞賛するという事は本当に大切だ。自分にスポットライトが当たるということは素晴らしい。そんな機会も作りたいしグループにゲストスピーカーの栄誉を味合わせたい。そしてそれを裏側で企画運営するという事は段取り、準備が本当に大変な労力だがヤリ甲斐はあるしそれを皆で請け負えるということは経験として重要だ。業者に依頼すれば簡単だが、それでは”手作り感”がなくなるしコストがチケット代に反映してしまう。まぁ全ての雑務を皆で楽しもうと思う。しかし進行のタイムスケジュール、ゲストの決定、予算出し、舞台のデザイン、チケットのデザイン、インフォメーション、集計、チケット送付、当日の運営、音楽の選曲、司会者との打ち合わせ、アフターの手配、ゲストの送迎から接待、会計・・・・事前にやる事も当日やる事も山のようにある。しかしそれを段取りよく皆でやり遂げると、感動もひとしおだ。ということで大分、皆の意向もわかったし、やるべき事も理解出来た。藤田はお見事なまでに皆の仕事を整理し議事記録をつくりメールで配信していた。(結構AMディストには苦手分野だが流石に元、某起業のスーパーエリートは違う。)第一回のミーティングは終了して皆の方針なども見えてきた。この企画は最低二年(年三回なので六回は続ける。従って一回目で調子がつかめれば、次回からは慣れてくるので楽なのだ。) 15時からマブダチ河名が我が家に来て”お野菜ミーティング”をした。河名はもう27年の付き合いになる。今はナチュラルハーモニーという無農薬野菜の流通を主宰し全国に農業指導に駆け回り、また韓国からも要請が来て農業指導に行っている。彼は正しい農業のありかたを伝授する代わりに、その作物を買い上げて独自の流通で会員に販売している。(当然ボクもここで野菜を入手しているが抜群に旬でヤル気満点の野菜は美味しい。)河名からの情報は本当に日本の食文化の持つ危険性を教えてくれる。その問題から危険回避をするのは自覚しかないのだ。(この話は深いし長いし激しいので今回はしません。とてもセンシティブな話題だし・・・農家が自分で作った野菜は食わない、又は自分達用の野菜は別で作っている事実をどう思う!?)いつもながらに感嘆深い時間だった。 夜は目黒オフィスで若者ミーティングをした。このミーティングは以前に書いたが服部テッちゃんEmeと沢目DDに手伝ってもらい開いている。僕もそうであったが初めて会場でマーケを人前でした事を忘れられない。そんな機会というかキッカケ、度胸付けは大切なのだ。シンノスケも古山もここでデビューが出来た。心臓が口から出そうになっていたが立派なDDになるためには必要な経験なのだ。毎回ハラハラするし、新規がいたらヒヤヒヤもする。自分がやったら一番早いと思うがそれではリーダーシップの移行にはならないしリーダーは育たない。”やってみせ言って聞かせてやらせてみ、されど人は動かん”(山本五十六)という言葉がある。(たぶん、あってる!?)人に勇気とヤル気を与えてこそ人は育つのだ。次世代、そして次々世代へのビジネスの継承は一歩ずつながらも進んでいる。人生にはその時の”役目”があるのだと思うこの頃だ。