久々に欲しい・・・・・モノ。

4月26日(木) 最近、とても欲しいモノがある。それは自転車だ。ママチャリとは一緒にして欲しくない・・・ロードレーサーが欲しい。少年時代(記憶だと小学校4年生から中学校2年生位。)が頭の中はクルマと自転車でいっぱいだった。クルマは流石に乗れるようになるまで、6~7年あったので現実的ではなかったが、国産車から外車のカタログを1500冊位、集めて常日頃から研究をしていた。現代社会でいうところの”オタク”である。そしていつも空想の世界でドライブを楽しんでいた。自分の中で欲しくなって乗り回して、だんだん飽きて、また乗り換えてドライブしてみたいなことを繰り返していたなぁ。その頃に乗りたかったクルマを今、順々に乗っている。なにせ当時(70年代から80年代)は各国のクルマの個性が著しく違っていて楽しい時代だった。性能的には現代のクルマが格段に良いのだが愛着が湧くのは当時の車だろう。ドイツ、イギリス、フランス、アメリカと国によって会社によって主張がハッキリしていた。・・・・・・クルマ論議はさておいて、当時(時代的には熱狂クルマ少年の前の時代であるが・・・)自転車が大好きであった。

久々に欲しい・・・・・モノ。

当時はサイクルスポーツなどといいうマニア向け雑誌を穴が開くほど読みふけっていた。自転車での日本一周旅行記なんて本を読むと妄想で頭が膨れ上がり寝られなくなった。そして、ここでも空想の世界・・・当時はランドナーという長距離の旅行用の自転車に憧れ、イタリア製の自転車なんて夢の又、夢だった。鉄人メルクスが活躍したツールド・フランス(フランスの国を挙げての自転車レース。スゴイよ!)なんて憧れだったし、当時から登場していたイタリア・ブランドの”コルナゴ”や”デローザ”なんてヨダレもの!! 崇高さはフェラーリ以上に感じたナァ。ただ一言で自転車といっても、もうここらへんは、性能もさることながら工芸品的に美しい”仕事”が細部に施されていた。しかし当時、乗れた自転車は国産ブリジストン社のスポーツ自転車。それをイタリアンバイクな気分で日曜日には60キロ位のサイクリングに出かけていた。話は長くなったが、最近、周りの大人の友達が自転車(ロードレーサー)に燃えている友人が多いのだ。そして様々な話を聞いているうちにフツフツと興味が湧いてきてインターネットで様々な情報を見ているうちに、当時の欲望が爆発したのだ。友達から紹介されて自転車屋も覗いてみて”ヤル気”も満々になってきた。細かい好みの話はしないが”クラシカル&快適”を追求して注文をしてみようとおもう。イタリアでは週末には草レースが沢山行われていて素人(ズブじゃマズいだろうけど・・・)も参加可能だし、ハワイでも、沖縄でも参加できるレースはあるみたいだし・・・・・・・・そんな少年時代の夢を実現するのも楽しい事だ。 後日、ものすごい一台を入手に成功!!!目の留まったのは、やはり80年代でした。アンティーク界の大御所T氏(20代にロンドンでお世話になった。)は自転車のコレクターで一台分けてもらえたのだ。それも名車”トマジーニ”当時はコルナゴ、デローザより高級ブランドだった。  ウッフッフ~~嬉しい。やはりモノ(道具)は大切だ。一流の道具で練習するぜぃ!!!

イトウシンペイの幸福な一日

4月7日(土)朝から”お手伝いさん”の敏ちゃんが来て掃除、洗濯をしてくれたりと、本当に助かる。単身赴任生活のボクの家に敏ちゃんは月に四回程度来てくれるのだが、敏ちゃんがいなかったらオレの生活は全く成り立たない。人間にはどうして得意、不得意があるのか、料理は好きだが後片付けは苦手、洗濯は出来るが、干すのと取り込みがキライ、庭の手入れは好きだが、草刈りは好きじゃない・・・・自分の苦手な事は気持ちも入らないから、結果、なかなかいい仕事は出来ない。苦手な事を仕事としてお願い出来るのだから、ストレスを溜めない為にも、お願いできる事はお願いしよう。正しい社会は分業なのだ。午後からは石井俊八ダイヤと行う毎月表彰ミーティングの”イッピデゴォー”(毎月1日からバッチリと盛り上がろう!!)が行われ、先月、達成した人々を祝福した。今回はサファイア、エメラルドのカウントに突入した咲間ルビーや加藤ルビーのグループのおかげで、本当に盛り上がった。大島知己君は、マーケティングを聞いて理解できて、脳に衝撃が走り大学を中退して親には念書を書いて許しを請うてスタート!見事に三ヶ月でSPを達成した根性野郎だ。彼のスピーチは本当に素晴らしかった。なにより石井俊八&千賀は前期にファウンダーズダイヤを達成して、そのままの勢いでエグカウントに突入している。まさにノリノリな二人なのだ。この二人のお陰でどれだけ良い空気になっているかは計り知れない。存在がポジティブ・シンキングの空気清浄機そのものだ。とにかく素晴らしい経済効果。・・・・・・終了後は藤田の運転で浅草に向かった。今晩はイトウシンペイのサプライズパーティーが行われる。その会場は、なんと日本一古いというか由緒ある遊園地の”浅草・花やしき”だ。恐怖のジェットコースターで有名だ。それは富士急ハイランドみたいな高度なソレと違って、ジェットコースター本体が”木製”というシロモノ。揺れる恐怖は別物だ。今日は18時の閉園後を貸しきってた。(だいたい貸し切れるなんて初めて聞いた!) 高木ナオグループはもの凄い団結力で、このパーティーを盛り上げ成功するために準備していた。今日の参加者は480人と聞く。どうしてそんな大人数が連絡しあって準備していてもシンペイは気が付かないのかというと、シンペイは携帯電話は持ってはいるがメールなど出来ないのだ。そしてファックスも見ない。ハイテク生活は無縁・・・・だから人々の口封じさえしておけば、シンペイに気付かれる術は無いと言う事だ。シンペイにはゲストでミーティングとして依頼している人がいて、それの誘いで”花やしき”に入ってきて、そのままサプライズパーティーへと流れた。本人は全くナンの事だかわからない様子で”唖然”としていた。だんだん事の成り行きに驚き、珍しく男泣きをして感激を表していた。そしてその日、シンペイがもらったプレゼントはハーレーダビットソン(オモチャでなくて本物。)会場は本当にハッピーな空気で充満していた。渋谷センター街をウロウロしているような青少年も嬉しそうに見守っていた。(本当にシンペイのファン層は幅が広いのだ。)

イトウシンペイの幸福な一日

二次会は近所の由緒ある居酒屋だった。そこの女将は浅草の有名人で天才・北野タケシのメンター。なんと映画・座頭一を撮るように勧めたのも女将の助言と聞く。しかし精々100人位の定員の店に推定280人!!そして先程まで季節はずれの夕立で豪雨が降った後にも関わらず外の道にもテーブル&椅子が100人分位、用意されていて外は外で盛り上がっていた。今夜は昔懐かしい顔も沢山見ることが出来た。皆、それぞれ元気そうだった。皆、少しだけ年をとっていた。皆、少しずつ笑いシワが増えていた。みんなAМでそれぞれの幸せを掴んでいるんだナァ・・・・・安い焼酎だけど、今夜はとっても美味しかった。