少し大きなお買い物・・・・迷いは無し!

6月25日 お買い物をした。少し大きい買い物だ。夢リストを確認したら、そんなサイズの夢は書かれていなかった。でも正直、時々だが考える事はあった。何となくねぇ・・・ ボクは十数年、ほぼ毎月、沖縄に通っている。最初はダイビングがてらAМのグループ・ フォローというのが大義名分であったが、そのうちにフロントが出来て、グループが出来だして独立、また別にもグループが出来て、また独立、そして新たなグループが出来て・・・ダイビング熱は一時的に冷めてしまったが、沖縄熱は冷めるどころか、どんどん増していき、どんどん好きになっていっている。離島(石垣島、宮古島、与那国島、西表島、竹富島、小浜島、慶良間諸島、・・・)も随分、行ったが本島が好きだ。それは自然と都会(程よいサイズの街)そしてアメリカ文化が根強く残っているところであろうか。ここの中心は米軍基地。基地の周りにはアメリカから持ち込まれた文化が色濃く残っている。食べ物、家具や家、文化にまで浸透している。

少し大きなお買い物・・・・迷いは無し!

沖縄には一泊1日で通う事も多いが、(昼過ぎの便で那覇に着いてミーティングをして居酒屋で飲んでホテルで倒れて、翌朝8時台の便で東京に戻る・・) 近年は滞在時間がだんだん長くなってきていた。それでも二泊二日程度かなぁ・・・・なのに毎月、来ないと何故かリズムが狂うような気持ちにさえなってくるのだ。そんな沖縄には天気や土地からくる魅力もあるが、人間の魅力は大きい。素晴らしい出会いが出来たといえば、全てだが、出会う人、出会う人が本当に素晴らしい。ノンビリしすぎている人も多いが、それもオッケー。  だいたい沖縄の人は本当に沖縄が好きで、東京に働きに出てもスグに帰ってきちゃうし、何かに付け沖縄は素晴らしいって話をしている。・・・・・まぁボクも同じ部類だよなぁ。  ボクにとって沖縄での魅力的な”家”は二種類で、昔からある”琉球住宅”(赤瓦で木造、軒が長くて日差しをさえぎる、畳の広間が続く伝統的な住宅)良く沖縄の映画といえば出てくるタイプだ。 または”米軍住宅”と言われるアメリカ軍のベース(基地)の中にあるアメリカ人に住みやすい”小さなアメリカ的”平屋の住宅なのだが、これは本島にしかない。そして当然に日本人にも住みやすい家。(これは個人の趣向によるなぁ。) 時々市内に数十件の集落の様に米軍住宅が建ち並ぶ地域がある。 いずれにしろボクの好きなそんな住宅は減少傾向で、だんだん貴重な存在になることは必須だ。 古いものに強く惹かれる、ボクの趣味は、いつか住んでみたいなぁ・・・的な希望的観測はあったが、そんなに現実的ではなかった。ただ東京の価格と較べるとワンルームマンション程度で買えるのは事実。ならばオフィスとか使い方はあるかナァ・・・あの頃に手に入れていれば・・・・なんていうのも淋しいので、何となく酒の席で岩渕テッちゃんに、何かあったら情報をちょうだいねとは言っておいた。(テッちゃんはこの手のお願い事には誠心誠意答えてくれる。) そしてそんなお願い事も何ヶ月もたって忘れ始めた頃にテッちゃんからのメールが届いた。『こんな物件がありますよ!ケージローさん見てみたら・・・・』 正直、見るのが怖いナァ~的な思考が脳を走ったが、即クリックしたのだ。(それが丁度、下田工事が終盤戦でだいたいの完成図がわかった日の夜だった・・) そこには、かつて見たことも無い位の素晴らしい物件があった。 家自体もパーフェクトであったが庭が凄かった。庭の充実した家というのは沖縄では希少なのだ。(どういうわけだか人々は庭に過度なエネルギーを注がない。緑は山に行けば沢山あると考えているからであろうか・・・沖縄だけではないが・・)その庭には樹齢100年級のホウオウボクやシークアーサー、またマンゴーなどが自生しているのだ。アレカヤシなど見事で植物園状態だ。

少し大きなお買い物・・・・迷いは無し!

また道路から一段下がり、家が建って、もう一段下がって庭がある。遠方には太平洋も望めるのだ。おそらく米軍の将校クラスが庭を愛しながら長く住んでいたのだろう。 ということで後日、沖縄に行く日に内見のアポを取った。そして、約10日後に現地を初めて見たのだ。・・・・・・・・・正直、衝撃だったなぁ。現物は写真などよりズッとかっこ良かった。沖縄の家に本物の石積みの暖炉なんてお洒落すぎる。 当然、欲しくなったが、なにせ家を買い集める趣味など、まるでないし、時々住むにはデカすぎる。オフィスにするには大きすぎる・・・・何に燃えたかと言えば、この場所でカフェを開いたら、相当に地元民に喜ばれる素敵な場所になると思ったのだ。・・・・しかし良く話を聞けば、すでに手付金を入れている先約があるという。でも、そんなのは全然、大丈夫だと察知した。絶対に”引き寄せ”られるに決まっている。(波田の不動産引き寄せパワーは凄いんです!!)・・・・・そして一週間後に不動産屋さんから連絡があり、手に入ったのだ。 また引き寄せてしまったナァ~~そんな安易なカフェ構想がスタートしてしまった。しかしやるからには中途半端はしない。今はそんなテキトーな事を言っているが、やるときにはやりたい。自分の理想をジックリと考えよう。やはり潜在的には何かをやってみたいと言う考えはあったんだよなぁ。   だから実現しつつあるのだ。そして考えた事がなかった夢を手に入れるのだ。
沖縄方面の大工さん、水道屋さん、植木屋さん、食材屋さん、カフェの店員希望の方、なにか素敵なアイデアのある方、メール下さい。

久々の”奴隷マスターズ”の顔見世。

2007年6月4日 久しぶりにハイスピードで下田の工事をしている。5月の連休に始めた下田第15期工事(本当かよ!)は裏のテニスコートを破壊、そして普通の土地にしてから庭として機能するようにしなくてはならない。プール案、熱帯植物園案、温室案、バー案、カフェ案、トレーラーハウス案、パオ(モンゴルの丸いドーム型据え置きテント)、丸太小屋でビレッジをレンタル・・・・・様々な案が出たが考えているうちに迷い迷い迷いまくり・・・・飽きて次のアイデアに移り・・・・・デザインも散々考えているが今だ、結論には至っていない。(ゲストハウスは必須なので場所はあけてある。) ということで、大体のグランドデザインは出来たので見切り発車!

久々の"奴隷マスターズ"の顔見世。

一気に夏前になんとか出来るまでやろうというのが今回の工事なのだ。まずはガレージを作る。その線引き、塀を作るので基礎を掘る工事。こんな時に怪力・福井チームは本当に100万人力だ。塀だって何もこだわらないアミのフェンスにすれば、まったく問題は無いだろうに、しかしやはりカッコいいのは”木”だろう。メンテも手間も費用も全部大変なのに・・・・・・今回の工事で裏庭から母屋をグルリと塀で囲うことにしたので、その調達した木の量だってハンパじゃない。またそれを一枚一枚丁寧に防腐剤がはいった材料で二度、三度とペイント、ソレが出来たら植栽にかかる。

久々の"奴隷マスターズ"の顔見世。

ドラセナインディーサを13本、巨大ソテツを3本、細かい木々を大和田健(大和田剛の弟で庭師)と相談して東京の市場で購入・・・膨大な量を植え込んでもらった。そして芝生も入れられて完成の粋に!!  今回の工事には、久しぶりの菊池優D(オキラクハウスでは奴隷マスターという最高ピンレベル)が来てくれて、一緒に穴掘りをした。ヤツは本当の創設期(5年前のまだ廃墟だった頃。いや、初めてオキラクハウスを発見したときも一緒だったから真の生き字引だ。)を一緒に手伝ってくれた、いわば恩人だ。久々のオキラクハウスで日々遂げている発展を見て喜んでくれた。オキラクハウスには最初からの工事が写真で記録として残っているが、そのヘビーな工事の写真にはだいたい菊池、岩渕あたりが写っている。福井チームも劇的な変化を作業してくれた”恩人”で今回もサーフ&ロードウのハードスケジュールを楽しんでいた。夜の”宴”はどうしても昔話でも盛り上がった。

久々の"奴隷マスターズ"の顔見世。

世の中には様々なハッピーな姿があるのだろうが、オレはこんな瞬間に幸せを感じる。素晴らしい仲間がいるということは、実は最高の財産なのだと思う。《オキラクハウス》の完成までの道のりは確実に進んでいる。沢山の人々に愛され、沢山の人が集うここ《オキラクハウス》、いつも楽しいオーラに包まれている。・・・・・・・・今年も沢山のお客さんがやってきます。うっふっふ~~~楽しい。