北京ダックで大人気分!

北京ダック・・・・・・
しかし大胆な名前である。
少なくとも高級料理の代名詞としてビフテキ(ビーフステーキ)、しゃぶしゃぶ、と同等に名前で“威厳(いげん)”を感じる。

 

しかし、よく考えたらダックってアヒルかぁ。
『アヒル、食いにいかないかぁ!?』と誘われれば即答で断るであろう。
なぜダックという名前が付くと別の話になるには不思議ではないか。
さて、この高級品を格安で提供するというのは発想として素晴らしい。
高級な食べ物の代表の寿司を回転させて格安で出した“回転すし”が代表するように、それは人類へ偉大なる貢献としか言いようが無いモノだ。
そんな高級品である北京ダックが安価で食える店、それが中華茶房エイト(8)である。
エイトは漢数字“八”が由来であろうか!?
中国人にとって末広がりの数字(八)は最も重要な数字であることは皆さんのご承知のことであろう。
香港では車のナンバープレートの8888なんて数億円とも言われる数字崇拝がある。

 

店に入れば至ってカジュアルな空間。
大きめで低めな円卓がかなりの数が置かれている。
イスも丸いドーナツ型で背もたれ無し。
この円卓システムは“相席どんどん”システムだ。
6人円卓には二人連れが三組、もしくは詰め込んで7人も座らせちゃうという強引ながら、それはそれで居心地のいい空間となる。
(狭さって時折、一体感を感じたいお食事会などでは大好きだ。)

 

肝心な料理は一品一品が実にリーズナブル。
中華料理は大皿で大人数でないと色々と試せないと言うのは過去のお話。
最近では“中国小皿料理”とでも言うのか小さめのお皿に低価格で盛りつけられて出てくる店も多い。
エイトもまさに、そんなカユい所に手が届くような店!
さてメインイベントとなる北京ダックのご登場!!!

0615-1
このショータイムみたいな演出が抜群だ。
専用テーブルに専用台にまさに鎮座するダック様!
それを白衣を着たコックさんが手早く切り刻み大皿に並べてゆく姿はパフォーマンスとして美しい。

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これぞ食事では大切な要素なのだ。
その一つ一つの作業がワクワク感を最高潮に盛り上げてくれるのだ。テーブルに置かれた時はの気分は最高潮!
それをアヒルだなんてイメージする事無く“高級料理・北京ダック”として頂くのです。

0615-4

 

まだホンモノの北京ダックを食べた事の無い若者よ!
是非、いつの日かに食らうホンモノの疑似体験をエイトで楽しんで欲しい。
疑似体験と失礼な事を言ったけど、これはこの値段では考えられない充分に完成された、回転寿司にも相当する偉大なる食事である。

 

残念ながら北京ダック以外の食べ物は普通というか値段なりです!(笑)
だから余計なモノを食わずにダックだけひたすらに食うべし。

 

中華茶房 8 (エイト) 北京ダック専門店

東京都港区西麻布3-2-18

コートアネックス六本木 2階

電話 03-5414-8708

他にも都内に数店あり!

(恵比寿店 渋谷区恵比寿南1-16-12 ABCビル3階

電話 03-3713-2858)

URL http://www.cceight.com

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建築家ジェフリーバワを訪ねて!

2015年6月7日   旅には目的があると面白さが増すのは事実だ。
同じ場所に行くのでも目的があるとグッと変わる。
アートにどっぷりハマりにニューヨークへ、古代遺跡を見学にアンコールワットへ、美食を極めにスペインのサンセバスチャンへ、サッカー観戦しにブラジルへ、ガーデンショーを見にロンドンへ、サーフィンをしにロンボク島へ、その目的は何でもいいわけ。結局、行くならば文化や歴史がある場所が楽しいに決まってる。
実はこのスリランカ(昔の名前はセイロン)は完全にスルーしてた。
ただのサーフポイント、インドの斜め下、紅茶の産地程度の知識。
ついこの間まで内戦とかあったしね。
津波もあった! そんな程度。

でも意識し始めると不思議で様々な事柄か目に耳に入り込んでくる
特に建築家ジェフリーバワは調べるほどに興味を持つようになった
なにせ別名は南国建築家。
その土地で何かを建てるならば、その土地の気候、地質、様々な地元しかわからない事が絡むから地元の人間を使うのは王道

そんなジェフリーバワの作ってきたリゾート建築法は世界中で真似され、どんどんと手法は広がっていった。
氏はものすごい美形にしてボンボンで若かりし頃からケンブリッジに留学。
良いものを沢山、見てたんでしょうね。
20代後半まで世界中でぶらぶら。
法律科だったのに20代の後半から建築に目覚めて実際、建築家デビューは38歳。
相当に遅咲きだけど、作った作品が本当にスゴい。
そんなバワの作った建築物を見るのもスリランカの目的の一つ。
スリランカ5

ホテル(ジェットウイング&ヘリタンスリゾート)のそれぞれ二つ、どれも強烈にスゴかった。
スリランン4
今回はバワが46年間かけて作り上げた理想郷ヌルガンヌも観れたして大満足。
神々は細部に宿ると言っだのは建築家・ミースファンテルローエだけど、バワの作品に生で触れて泊まったら、本当の神々が宿っていそうな細部が見えてきた。
せっかくのリゾートだから何もしないのも良いけれど、こうやって目的を持って、そこでリゾートでホテルホッピングってのも実にオススメだ。

俺はホテルのメシ=不味い! と決めつけてたけど、、ここはメシも美味しい。
手の抜かれていないスリランカの料理ばかりであった。
スリランカ2
北海道の一回り小さなサイズのスリランカ。
69.7%が  ブッティスト(仏教徒)12.7%  キリスト教(カソリック)そして7.5 %   ヒンドゥー(残りはその他)と言う真面目な人々。
世界遺産も6つ、周りは素晴らしいインド洋、そして緑深い山々。
メシはもちろん美味しいし安い。
日本からたったの9時間の楽園!
ハワイも良いけれど、少し逆方向に飛んだらハワイより少しは不自由だけど、確実に異次元体験の出来るスリランカは本当にオススメです。
スリランカ3

旅の行程表&メモを旅レポートに作っておきます。
スリランカ1
僕のリマインダーにもなってます。
夢リストに追加いかがですか?

追伸

今回は8日間あったけどサーフィンのチャンスは残念ながら無かった。
それ以上に魅力的なアクティビティー出会った事と実際、海はものすごい荒れ模様。諦めつきました。(笑)

 

変態旅行友の会〜今年は中央アジアの“スタン・シリーズ”

今年も来ました!春の“変態旅行友の会”ツアー。
散々相談して、前回廻り切れなかった場所の代表として選んだのが“スタン”シリーズ。

一昨年、南アフリカのヨハネスブルグの空港でそれはそれはスゴい旅人のオバアちゃんと知り合った。
その老人は車椅子を押されながら南極を目指していた。
それもリピーターとして三回目、彼女はすでに世界150カ国を旅していた。
そして、そのオバアちゃんが色々と話してくれて、かつて訪れた国で最高だったのがスタンシリーズだと・・・。

今回の参加は常連熟練旅人の玉田シンちゃん、新たなメンバーは中嶋裕(ナカジー)目の前にいたので誘ったら『行くっ!』の一言。
マメさと健康の知識はウルトラ級。
そして僕の長男の元太朗。

 

◆5月18日(月)
羽田空港からからソウル金浦へ!(OZ1055 羽田9:00-金浦11:20)
ソウルで5時間以上の時間差があるし、空港は金浦(キンポ)から仁川(インチョン)への移動という事でソウル市内でウェルカムパーティー。
空港からアメックスのセキュレタリーサービスで調べておいた焼肉屋でランチ。
少々ボラれた感もあるけれど楽しく美味しいランチでした。
14:00に仁川空港に向かって移動。

ソウル仁川より空路でウズベキスタンのタシケントへ
(OZ573 仁川16:50-タシケント20:50)

所要時間7時間30分と結構、長いフライトで映画三本鑑賞。

 

《ウズベキスタン/1カ国目》
到着後、ガイドとともにホテルへ。
ホテル内レストランにて夕食。

ガイドの彼女はお見事な日本語を操る。
『私の名前はサイダです。三ツ矢サイダと覚えてね!』と。
彼女は五カ国語が堪能、そして日本語は完璧だ。
ここの国は冬はマイナス30℃。夏の暑い時は50℃にまで上がるらしい。
日本と時差4時間。
今日は早朝から動いていたせいか、やたらに長い一日だ。

 

タシケント泊
ホテル Le Grande Plaza
Ovozi str.2, Tashkent Uzbekistan
Tel. +99871-120-6600

 

◆5月19日(火)
ガイドのサイダと一緒にタシケント国内線空港へ。
国内線空港もキレイで清々しいけれど、写真とか一切禁止で少しソ連時代を思い起こす。

空路ヌクスへ小さなプロペラ機で。
(HY1001 タシケント7:10-ヌクス9:55)着後、トルクメニスタンとの国境へ向けて出発。
この場所ヌクスはなんと自治国の首都で思いもよらず1カ国追加!

 

《カラカルパクスタン共和国/2カ国目、オレの110カ国目》

そこから陸路でトルクメニスタンへ。
ヌクスから国境を越えダシュオヴズまで陸路で140キロ
(2時間半、途中で国境を通過。)

 

《トルクメニスタン/3カ国目》
国境から四輪駆動に乗り換え、世界遺産クフナ・ウルゲンチ観光。
クトゥルグ・チムール・ミナレット、テュラベク・ハン廟、イル・アルスラン廟などを見学。
暑くて乾燥していて辛かった。
そこから、一路ダルヴァザの目的地 “地獄の門”へ、330キロ移動。
途中の道は悪路なんてもんじゃない。
夕方までになんとか到着はしたけれど、 クルマも古いので心底辛い時間でした。
しかし忽然と砂漠のど真ん中に現れた“地獄の門”は感動的。

直径70m、深さ50mのドデカイ穴(ガスクレーター)に引火した炎はゴォーとものスゴい爆音をたてていた。
そして、そこからくる風の熱いこと。
生涯忘れられない体験だ。
これ45年前に落盤事故で出来た偶然の産物だそうだ。

今夜はキャンプ。
ドライバーがテントを準備。
トルクメニスタンの国境で出会ったソロ旅人の宇和君も交えて夕食はガスクレーターの近くでバーベキュー。

移動距離 1270キロ

タシケント=ヌクス 800キロ 飛行機
ヌクス=ダシュオヴズ 140キロ2時間半(途中国境有)
ダシュオヴズ=ダルヴァザ 330キロ 6時間
遠いわけだ。グッタリ・・・・
7地獄の門

◆5月20日(水)
地獄の門で見る朝日は格別だ。
キャンプ地にて朝食後、トルクメニスタンの首都アシガバットへ。
途中、アシガバットへ入る手前で洗車。
どうやらアシガバットでは、クルマが汚いと罰金($20)になるらしい。

世界遺産「オールド・ニサ」に立ち寄る。
遺跡は正直、見飽きた(笑)。
だけれどトルクメニスタンの女子学生らしきが何かの撮影しに来ていて微笑ましかった。
むこうから写真をせがまれ記念ショット。

1トルクメニスタン

市内レストラン(宿泊ホテルの隣)「Altyn Yldyz」にてトルコ料理の昼食。
やたらにだだっ広くて閑散としたレストラン。
夕方まで部屋で和み、それからトルクメニスタンの金満国家ぶりを観察する為にお出かけ。
意味不明な建物が本当に沢山ある。
全て金ピカ&大理石!
数年前に建った“国民の健康を祈るタワー”なんて全く意味がわからない。

公園もはてしなくデカくどこまでも金ピカ&大理石。
ロシアンバザールも行った。
楽しかったけれど、とにかく写真撮影が出来なくて残念。
夕飯は数少ないアルコールが出るレストランへ。
子供のお誕生会をやっていてウルサかった。
トルクメニスタンの母親たちが沢山来ていて本当に魅力的だった。
全員民族衣装と段ボールで膨らませた帽子を着用しているのだけれど、なんともいい感じだ。

その後は夜のアシガバット夜景巡り。
これも衝撃の連続。
トルクメニスタンは電気代もタダらしく電気の浪費っぷりが笑えた。

移動距離
ダルヴァザ=アシガバット 270キロ 5時間

アシガバード泊
ホテル Grand Turkmen
Gorogly str. 50, Ashgabat, Turkmenistan
Tel. +99312-920555

2トルク

◆5月21日(木)
朝は近所をウォーキング。
国会議事堂らしきや、様々な金満ぶりを垣間見られるスゴイ建物が沢山あった。
これらは写真を撮るのに一苦労。
公園には、緑や花も多く、来ている人よりおおいくらいの銅像が立ち並んでいた。

ホテルをチェックアウトして空港へ。
トルクメニスタンの人々は寛大なのか、モラルがズレているのか、列には並ばないし、横入りも放置だし。
そして飛行機は約30分遅れたけれど、案内も謝罪も無い。
静かで良いと言えばそれもアリだけれど・・・国内線でトルクメニスタン第二の都市マーリへ。
(アシガバット8:00-マーリ8:40)

マーリ到着後、郊外の世界遺産「メルヴ」見学。
城壁跡であった。
茶色い、大きい、ホコリっぽい・・・オレ達、考古学マニアでは無いと言う事を認識した。

市内レストラン「Shapak」にてトルコ料理の昼食。
紫色のビーツのサラダ、ヨーグルト味のスープが美味しかった。

マーリ市内観光で郷土博物館などは中止。
市場も見たけれどかなり残念(笑)

マーリ・・・・わざわざ来なくても良かったなぁ。

ディナーで行ったレストランはバーベキューが豪快で美味しかったし、激安で幸せでした。

4ウズベキ

移動距離
アシガバット=マーリ 400キロ 飛行機

ホテル Yrsgal
Ata Kopek Mergen str.2, c.Mary, Turkmenistan
Tel. +993522-7-2127

 

◆5月22日(金)
ホテルにて朝食。
ウズベキスタンとの国境へ向けてクルマで出発。
(一度、戻る形になる。)

国境は出国よりは楽だけれど、ウズベキスタンの入国でランチタイムにひっかかり路上で1時間半も待たされてグッタリ。
そんなところは旧ソ連チック。
そこからクルマを乗り換えて一路ブハラへ。
ブハラは街そのものが世界遺産だけあって本当に美しい。
光も素晴らしい。
噴水のある公園脇でビール。
(今日は休肝日の予定がここの雰囲気の良さにはやられた。)
ディナーは屋上のあるレストランSARAYで。
ラグマンなるウドンをトマトミートソースで合えた料理が満塁ホームラン級に美味しかったなぁ。
全員ご満悦。
その後もドイツ人経営のカフェでお茶。そして就寝。

 

移動距離 390キロ

マーリ=トルクメナバード 250キロ 4時間
トルクメナバード=ブハラ 140キロ 2時間半(途中国境有)

ホテル Omar Khayyam
Khakikat str.7, Bukhara, Uzbekistan
Tel. +99865-221-4707

 

◆5月23(土)
早朝6時からウオーキング部は市内を散策。
風も光も本当に清々しい。
その後、ガイドのサイダとブハラ市内観光へ。
アルク城、ラビハウズ、タキバザール、サーマーニ廟など

市内レストラン「Old Bukhara」にて昼食

 

一路、青の都・サマルカンドへ。
クルマの中はひたすらに爆睡&読書。
快適リグライニングで良かった。

ホテルにチエックインしてレストランは予約してくれていたPlatan(プラタナスなる意味)でメシ。
住宅街のレストラン、ガイジンばかりだったけれど、雰囲気も抜群で美味しかった。
総じてウズベキスタンのメシは美味しい。
(今夜のメシはサイダが急病人の同行で来れなくなったペナで旅行会社のゴチ!)

 

移動距離
ブハラ=サマルカンド 260キロ 5時間

サマルカンド泊
ホテル Registan Plaza
Shokhrukh str.53, Samarkand, Uzbekistan
Tel. +99866-233-2475

 

◆5月24日(日)

早朝サマルカンド市内をウォーキング。
かなり見所ありそうな綺麗な町だ。

「サマルカンドはウズベキスタンの京都よ」とガイドのサイダは言っている。
レギスタン広場、グル・アミール廟、ビビハニムモスク、バザールなど見学。

タシケントまでクルマ移動の予定を変更して新幹線にしたかったけれど、チケットが取れなくて、特急列車で行く事に変更。
列車で3時間半。(クルマだと5時間)
一路首都タシケントへ。

ところがこの列車が結構キツかった。
一等列車なのにリクライニングが効かないは、同席のオバちゃんはものすごいボリュームでテレビを見ているは・・・タシケント到着後はティムール広場、ナヴォイ劇場、そして日本のシベリヤ抑留を強いられていた人々の日本人墓地をたずねた。

 

ナヴォイ劇場は、第二次世界大戦後に、ソ連の捕虜になった日本人が強制労働で建設に携わっている。
長時間の労働に加え、環境は劣悪で、労働に関わった500名のうち79名が亡くなっている。
しかし『日本に必ず帰って、もう一度桜を見よう』の合言葉のもと、日本人らしく細部までこだわり完璧に作り上げた。
結果、1966年のタシケントを襲った直下型大地震で、街がほぼ倒壊する中、この劇場はピクリともせず、ヒビひとつ入らなかったという。
そのことが讃えられ、ウズベキスタン大統領から『1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォイ―名称劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。』というプレートが設置されている。
日本人の先人の心意気に感動を覚える。

夕飯は中華料理。珍しく玉田はダウン。僕も休肝日。

移動距離
サマルカンド=タシケント 310キロ (列車)
タシケント泊
ホテル Le Grande Plaza
Ovozi str.2, Tashkent Uzbekistan
Tel. +99871-120-6600

 

◆5月25日(月)
月曜日なのにウォーキング中も静かな街。
ヤル気あるのかな。

一路タジキスタンとの国境へ。
ここで初日から一緒だった素晴らしいガイド・サイダとお別れ。
少し悲しかったなぁ。

ハードと言われたウズベキスタンの出国は意外にスムーズ。

 

《タジギスタン/4カ国目》
タジキスタン入国後、英語ガイド・オリズの出迎えでソグド州の州都ホジェンドヘ。
市内レストランにて「Tavhid」にて昼食。
完全に胃腸がお疲れ気味!

駆け足でホジェンド市内観光へ。
ムグテッパ要塞、バザールなど見物。

そしてシャフリスタン峠、アンザーブ峠を越えて、一路首都ドゥシャンベを目指す。

峠越えのこのルートは景色が本当に素晴らしい。


遠くに雪山も見えるし、山あり谷ありで、グランドキャニオンかのようだった。

しかし、途中のシャーリトンネル、イスティックトンネルは2006年に完成したのにすでにボロボロ。
明かりはないし、浸水・陥没しまくってるし、狭いのに交互交通で対向車来るし、先も見えないし、急に人が立ってるし、恐怖すぎた。
あんな真っ暗な5キロのボロボロトンネル、これほど恐さを感じた事は無い。
無事に出れた時は感激して拍手喝采。
しかし中国の建設業社の仕事らしいが呆れ返った。
5タジギスタン

タジキスタンの首都ドゥシャンべの街はとてもキレイ。
夕飯は近所のインド料理店。
なぜかスタン料理には食指が伸びず。
ガイドの片腕の無い男オリズはとても不思議な雰囲気だ。

移動距離 490キロ
タシケント=ホジェンド 180キロ 3時間(途中国境有)
ホジェンド=ドゥシャンベ 310キロ 7時間半

さすがに疲れた。。。

ドゥシャンベ泊(連泊)
ホテル Lotus
Pervii Proezd Lohuti st.5, Dushanbe, Tajikistan
Tel. +99248-701-8800

 

◆5月26日(火)
朝のウォーキングはご機嫌だった。
この街の公園は素晴らしい。
ホテルにて朝食。
午前中はヒサール要塞観光、17〜18世紀の“新しい”メドレセ、キャラバンサライ(隊商宿)など見学。
そしてドゥシャンベ最大の市場グリーン・マーケット。
ここは24,000人もの人が働く巨大な市場。

ランチはRohatなるレストランでお気に入りの“ラグマン”のランチ。
“西洋風肉じゃがトマト味うどん“かな。
皆かなり食欲は控え気味。

午後は国内最大の涅槃仏が展示されている国立博物館、ギネスブックに世界で最も高いフラッグポールとして認定され(てい)た165mのフラッグポール(もう抜かれたらしい) 中央広場、10世紀サーマーニ朝の始祖イスマイール・サーマーニ像、いろいろ見たけれど大した事は無い。
もっと観光に繋がるモノを作れば良いのにと思っていたら豪華絢爛なビルを発見。
新しいホテルかと思えば税務署だって・・・この国、終わってるかも(笑)。

タジキスタンといえば、眉毛がつながっているのが美しいとされるヘンな文化。
だが、実際はなかなか見つからない。
さすがに都会化してきたか。

夕飯は中華料理。
同行のナカジーが何故か持ってきたアイブロウペンシルで、大のオトナが眉毛をつなげて大はしゃぎ(笑)。
大いに盛り上がった。

ドゥシャンベ泊(連泊)

 

◆5月27日(水)
ウォーキングをしていると様々なモノが見れて楽しい。
ホテルにて朝食、チェックアウトをしてドゥシャンベ国際空港へ。
エアアスタナ国際線にてカザフスタン最大の都市アルマティへ。
(KC132 ドゥシャンベ11:30-アルマティ14:15)

ドゥシャンベを飛び立つやいなや天山(テンシャン)山脈を超える。
ものすごい圧倒的な山々の景色に、ずっと窓に釘付けとなった。
ヒマラヤ観光で小型機でエベレストを拝みに行ったことがあるけれど、それ以上の景色だった。
生きていて良かった。
6カザフスタン

《カザフスタン/5カ国目》
本来はアルマティに宿泊して翌日の移動だったのだれども、そこから予定を変更して、本日中にアルマティから国境を超えてキルギス共和国ビシュケクまで移動することにした。
この決断は正解。いや大正解!

 

かなり、翌日の行程が短縮できて快適と思われる。

日本語ガイドのタラスは、純粋なキルギス人だそうだが、どうみても日本人に見えた。

 

《キルギス/6カ国目》
国境を越え、キルギスの首都ビシュケクに着いた。
ディナーはガイドオススメの店へ。
屋外でかなり気分良く安くて美味しかった。
ただウエイトレスの「Why not ?」連発には閉口したけれど。

旅程変更のホテル
ホテルGreenCity

 

◆5月28日(木)
恒例となった朝のウォーキングが本当に気持ちいい。
ビシュケクから引き続きクルマ移動。
イシク・クル(湖)の湖畔の街、チョルポン・アタへ向かう。

途中で街道沿いのレストラン・ティユベテイカでランチ。
ここでもラグマンを食す。
今回知って本当に驚いた。
遊牧民のウイグル族が食べていたラグマンが中央アジアに広がり、そこから中国そして日本のラーメンに発達。
またシルクロードを通ってなんとイタリアにも広がり、そこでラグーソースに化けたのだという。
そう言えばラグーソースは名前も雰囲気もそのままだ。

途中、温泉があるというので、行ってみたが、温泉というか40℃の温水プールだった。
せっかくなので入って泳いだ。

チョルポン・アタ観光。
紀元後8世紀頃にサカ人の手により生み出されたと考えられている岩絵を鑑賞。
そこから見るイシク・クル(湖)も素晴らしい。

夕方、早めにホテルにチェックイン。

7キルギス
イシク・クル(湖)を散策。
イシク・クル(湖)は謎の多い湖で、幻の湖などと呼ばれている。
長さは東西に182キロ、南北に60キロ。
面積6236平方キロメートルで。
琵琶湖の9倍の広さ。
海抜は1609m。
世界で2番目の高山湖で、深さも668mと世界2位の深さ。
真冬に周囲は氷点下になっても年中凍らないそうだ。

さらにこの湖底にはチムール帝国の煉瓦積み建物の跡や生活用品などが沈んでいる。
昔は街があったが井戸の水が溢れ、街が沈んだとされているのだ。

とにかく水が青く美しく、周囲の山々とのコントラストがたまらなかった。ソ連時代は外国人は立ち入り禁止だったとか。
今では、ここは夏のリゾート地となっている。

ところが、ここのホテルにはサービスなんて概念はまるで無い。
さすがに旧ソ連を感じたなぁ。
夕飯はホテル指定なのだけれど指定時間が19:00〜20:00で、遅くても20:15には出て行けと(笑)。
仕方が無く部屋飲み。
なんだか学生みたいだった。

 

ホテル Ak Maral
Issyk-Kul region, v.Baet, Kyrgyz Republic
Tel. +996-3943-57775

 

◆5月29日(金)
ホテルにて朝食、チェックアウト。
再び国境を越えてカザフスタン・アルマティへ戻る最後のクルマ移動。
国境の町Kordaiのカフェ「Rublenka」にて昼食。
アルマティ到着後、市内観光:パンフィロフ公園、ゼンコフ教会など

アルマティ市内レストラン「Dastarhan」にて最後の夕食の後、空港へ

移動距離
チョルポン・アタ=アルマティ 540キロ 9時間(国境有)
空路ソウルへ(所要時間:5時間40分)
OZ578 アルマティ23:10–仁川(インチョン)7:50のナイトフライト。

 

◆5月30日(土)
仁川乗り継ぎ、日本に帰国。成田へ!
OZ104 仁川10:00-成田12:10

 

※今回の旅は贅沢して大人三人はビジネスクラスで行っちゃいました。
そこはラクチンだった。
そのシートをカラダが記憶形状しているので余計に移動のボロ車はこたえたなぁ。

作品 LAND OF FREEDOM by アキヤン

アキヤンことLARGO氏 に下田オキラクハウス用に作品を作って頂いた。

LARGO1
実は下田オキラクハウスの壁に飾ったらいい何かを、もう10年も探していた。
というか出会いを待ってたんです。

そして2014年にLARGO氏の個展が世田谷の三宿のお洒落なカフェであって、そこでとてもいい作品に出会え購入希望。

LARGO2
その後LARGO氏ことアキヤンは、その作品を売りたくなくなったのか真実はわからないけど、わざわざオキラクハウスヴァージョンを作成してくれた経緯。
なのでドンピシャに下田に合うんです。

LARGO3

この夏が楽しみデスゥ。
アキヤン作品は本当に夏が似合うからね。

LAND  OF  FREEDOM
ニューヨークのMOMAに入れば数千万円はくだらない!(笑)

楽しみに待ってます!

これぞ世界一の朝食。北海道の湯宿“だいいち”

秘湯・養老牛と言えば知る人ぞ知る道東(北海道東部)観光の穴場。
言い方を変えれば、なかなか普通の人が行く場所ではない、まさに秘境だ。
知床や阿寒、釧路湿原など北海道を代表する国立公園や道立自然公園に四方を取り囲まれた場所。
それも、言い換えれば様々な自然に囲まれているけれど、その近所には大した観光名所は無いという事・・・・
朝食2

従ってこの温泉が好きな人はココを狙って行くと言う事なのです。
黙って普通にしていたら誰も見向きもしない場所なのに、とても繁盛していると言う事は、よほどの施設なのかサービスなのか、人を呼び寄せる努力をしているという事なのか!

実際、この旅館は様々な事が考え込まれている。
温泉も、部屋も、サービスにアメニティーまでもとことんだ。
そして食事も素晴らしい。
最近、都会では “世界一の朝ゴハン“とうたうビルズなるオーストラリアからやってきたレストランが有名だけれど、悪いけれどココの朝食を食べてから語ってもらいたい。
ビルズなんてJARO(日本広告機構)に電話して対処してもらいたいと思う程に、足元にも及ばぬ素晴らしい朝食であった。

まず朝食会場で驚いた。
朝っぱらから餅つき大会”が開催されている。
従業員さんも朝から皆でかけ声だして叫ぶ!!!『よいしょっ!』

そこで威勢よくつかれたお餅が、お雑煮で、きな粉餅で、醤油餅で出される。
これが流石に美味い。
つきたての格別な美味さ。
そして最後にはチェックアウト時に出来立ての“大福餅”として渡される。
完全にカウンターパンチ。

朝食4

さてビュッフェスタイルのオカズコーナーを見てみれば、その数は常時60種類以上も準備さえている。

朝食1

季節の様々な野菜を中心とした煮物から揚げ物(野菜だけでなく立派な海老天ぷらまでもあったぞ!)パンコーナーは手づくりパンに手づくりの数種類のジャムも用意。

朝食3
魚系も充実していたし、朝からサラダにサーモンとかの高級食材も沢山、そしてイクラや佃煮類も大充実。
ゴハンは白米、五穀米、そしておかゆ。
旅館のお味噌汁って淋しい限りのモノが多い中、具沢山のちゃんとお味噌の味が付いたまともなモノ。
世間の旅館は出来合い(既製品の袋から出しただけのモノ)が殆どだけれど、ここは旬のモノだけの手づくり。
とにかく何もかもが感心させられる朝食であった。

食事以外にも様々な工夫がなされ、日本野鳥の会と連携して鳥類に餌付けをしていて夜間には巨大なシマフクロウ、そしてアカゲラなど多くの鳥が目の前で見る事が出来た。

そして最後に重要な事・・・・宿泊料(二食付き)が安い!!
これは重要なコト。
〜〜さぁ、世界一の朝ゴハンを食べに北海道に!

※ もちろん、露天風呂も、夕飯も最強でした。

 

湯宿だいいち

〒088-2684
北海道標津軍中標津町養老牛温泉518
電話番号:0153-78-2131

http://www.yoroushi.jp/

朝食5

空路は北海道中標津空港より

旅と日常の狭間で“幸せ”を考える。

2015年5月30日 今、カザフスタンのアルマトイなる町でこの日記を書いてる。
ここ数年で旅のスタイルも明らかに変わってきている。
現にこうやって日記が書けて送れていること自体、スゴイことだ。
旅の途中で随分と沢山のメールをもらったけれど、ボクが国外にいる事を気が付いていない人の方が多いかも。
(もちろんFacebookを見ている人は知っているけれど。)

と言う事で約半月ぶりに日本に帰ります。
(日本の生活は一週間なんだけれど。
その後は南の島に行く用事があるんです。)

なのでこの一週間はお仕事モード。
毎日、かなりのスケジュールです。
雑務もいっぱい!
雑務が大切なんですね。
仕事は雑務が集まって出来ているのです。
タスクリスト(やる事リスト)には数十個の案件が待っているし、全部キレイに心を込めて仕上げます。
ミーティングもほぼ毎日あるし、大きなイベントもある。

自分が自分の仕事をコントロール出来る事、支えてくれる有能なスタッフがいる事を本当に幸せに思う。

さて、幸福の条件とは何であろうか?
こうやって外国の町で様々な人々と話したり感じたりしていると、一番考える事だ。
もちろんそれは他人が決める事ではなく、自分で決める事に他ならないのは承知している。

さて世界を見て思う事。

僕の考える幸福の条件。

①安心した生活を送れる事
(健康面、経済面、生活面と、衣食住に困らない事。)

②仲間(友達、家族など苦楽を共に出来る人々)がいる事
(決して数では無い)
経済破綻があっても、天地異変があっても助け合える仲間は大切だ。
コミュニティー(仲間)ですね。

③夢と希望を持っていられる事
仕事を持てて 報いられる事も大切だ。

 

自分が、それが出来て周りもそんな影響が及んでいたら、それは充分な“成幸”であると思う。

 

①の安心した生活だけれど世界の相当な人々は隣国との休戦状態みたいな地域がいくらでもある。
そんな自分では何とも出来ない事に悩むのは気の毒だ。
(近年の日本は決して他人事ではない。)
行きたいけれど、隣の国、故郷の国にも行かれない人が多数。

②結局はコレかなぁ。

③これは究極。思考のコントロールを受ける国すらあるし。

ブータンを訪れた時に草原で出会った家族が忘れられない。
大きなゴザをひいて円陣組んで、皆で笑いながら食べていた。
写真を撮る事をお願いしながら覗いたら、彼らの食べていたのはゴハンとスープ、オカズは唐辛子だけ。
衝撃だった。
満面の笑みで『良かったら食べていかない?』と誘われて・・・
この人達は幸せだ!・・・と思った。

 

自分の幸せは自分で決める。
話がとんでしまったけれど、些細な事でも幸せに思えて、感謝できる心をもっている事が幸せの基本なんでしょうね。

 

この旅の途中、移動時間とか毎日、無限にあって、ひたすらに読書していたんです。
(電子書籍Kindleは本当に素晴らしい。)
そして、益々、そんな事を考える日々でした。

 

そんな事を考えていること自体が幸せボケなんでしょうか。

そうやって考えたら、この世に生まれている事自体が幸せですよ。
父親の“精子“が上手く”卵子”と出会う確立と体力は一億分の一で、人間がドーバー海峡(イギリスとフランスの間の海峡)をハダカで泳いで渡るに等しいといいますからねぇ。
シンプルに感謝したい事が沢山です。

6月1日 日記