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旅と日常の狭間で“幸せ”を考える。

2015年5月30日 今、カザフスタンのアルマトイなる町でこの日記を書いてる。
ここ数年で旅のスタイルも明らかに変わってきている。
現にこうやって日記が書けて送れていること自体、スゴイことだ。
旅の途中で随分と沢山のメールをもらったけれど、ボクが国外にいる事を気が付いていない人の方が多いかも。
(もちろんFacebookを見ている人は知っているけれど。)

と言う事で約半月ぶりに日本に帰ります。
(日本の生活は一週間なんだけれど。
その後は南の島に行く用事があるんです。)

なのでこの一週間はお仕事モード。
毎日、かなりのスケジュールです。
雑務もいっぱい!
雑務が大切なんですね。
仕事は雑務が集まって出来ているのです。
タスクリスト(やる事リスト)には数十個の案件が待っているし、全部キレイに心を込めて仕上げます。
ミーティングもほぼ毎日あるし、大きなイベントもある。

自分が自分の仕事をコントロール出来る事、支えてくれる有能なスタッフがいる事を本当に幸せに思う。

さて、幸福の条件とは何であろうか?
こうやって外国の町で様々な人々と話したり感じたりしていると、一番考える事だ。
もちろんそれは他人が決める事ではなく、自分で決める事に他ならないのは承知している。

さて世界を見て思う事。

僕の考える幸福の条件。

①安心した生活を送れる事
(健康面、経済面、生活面と、衣食住に困らない事。)

②仲間(友達、家族など苦楽を共に出来る人々)がいる事
(決して数では無い)
経済破綻があっても、天地異変があっても助け合える仲間は大切だ。
コミュニティー(仲間)ですね。

③夢と希望を持っていられる事
仕事を持てて 報いられる事も大切だ。

 

自分が、それが出来て周りもそんな影響が及んでいたら、それは充分な“成幸”であると思う。

 

①の安心した生活だけれど世界の相当な人々は隣国との休戦状態みたいな地域がいくらでもある。
そんな自分では何とも出来ない事に悩むのは気の毒だ。
(近年の日本は決して他人事ではない。)
行きたいけれど、隣の国、故郷の国にも行かれない人が多数。

②結局はコレかなぁ。

③これは究極。思考のコントロールを受ける国すらあるし。

ブータンを訪れた時に草原で出会った家族が忘れられない。
大きなゴザをひいて円陣組んで、皆で笑いながら食べていた。
写真を撮る事をお願いしながら覗いたら、彼らの食べていたのはゴハンとスープ、オカズは唐辛子だけ。
衝撃だった。
満面の笑みで『良かったら食べていかない?』と誘われて・・・
この人達は幸せだ!・・・と思った。

 

自分の幸せは自分で決める。
話がとんでしまったけれど、些細な事でも幸せに思えて、感謝できる心をもっている事が幸せの基本なんでしょうね。

 

この旅の途中、移動時間とか毎日、無限にあって、ひたすらに読書していたんです。
(電子書籍Kindleは本当に素晴らしい。)
そして、益々、そんな事を考える日々でした。

 

そんな事を考えていること自体が幸せボケなんでしょうか。

そうやって考えたら、この世に生まれている事自体が幸せですよ。
父親の“精子“が上手く”卵子”と出会う確立と体力は一億分の一で、人間がドーバー海峡(イギリスとフランスの間の海峡)をハダカで泳いで渡るに等しいといいますからねぇ。
シンプルに感謝したい事が沢山です。

6月1日 日記