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クルマにも予防医学でしょ!!

夏前になると、愛車をディーラーに修理に入れる。まぁ修理と言っても、何が壊れた訳でもなく、壊れる前に定期的な健康診断的なチェックだ。(6ヶ月法定点検とも違う。) まさに人間で言うところの予防医学だ。(逆の意味は治療医学といい、病気になったら健康保険証を握りしめて病院に行って薬を処方されてとにかく飲む!かなり消極的な考え方!)でも、理由も無いのもナンなので、無理矢理、不具合などをメモにして入庫するのだ。

クルマにも予防医学でしょ!!

ボクの愛車は1982年製の今年で31才! メルセデスのW123シリーズという世界で最多に売れたメルセデスなのだが30年の歳月が過ぎると、もう最近では東京でも見る事が少なくなってきたし、クロームメッキのパーツも贅沢にふんだんに使われた小ぶりなメルセデスはクラシカル感いっぱいなスタイルでやはり公道では違和感もある。80年代の工業製品は品質的にも頂点を極めていて、そのクルマの質感は今のメルセデスには無い出来栄え。そして今時のオラオラ・ベンツ(エラそうな人を威嚇するような下品な顔立ち!)には無い端正な顔立ち!(ヒイキ過ぎかなぁ!ケンカ売ってません。)

クルマにも予防医学でしょ!!

古い車は古いなりの経費、リスクもあるのは事実だが、きっちりと手入れをしているクルマ(というかモノ全般)本当にチャーミングだと思う。 今回も三日間の入院をして、問題は発見されなかった。当たり前なんだけど、これでまたまた安心して乗れるというものです。 世間的には車検ごとに、新車に買い替える人、つねにニューモデルを追いかける人、流行だけでエコカーに乗り換える人もいるけど、こうやって古いものを大切にするのがエコなのではないかと真剣に思うのです。 そして個人的見解かもしれないけど、モノを大切にすると、そのモノにオーラが宿る気がします。

クルマにも予防医学でしょ!!

クルマを駐車してキーをかけて(もちろんキーレスエントリーなんて無いので手動で鍵をさして回す!)去る時に、必ず一度振り返って、そのかわいい後ろ姿を確認して去るのです。・・・自己満足(笑)

これもエコなんですよョ!!

3月30日(火曜) 今日は大切にしまってあった”宝物”をガレージから出して来た。やはり春になるとウキウキ度数が増して、古い車に乗るのが楽しくなる。それは10数年間も捜し続けた可愛いクルマ・・・その名はメルセデスベンツ280SL(1972年生まれのの37歳)だ。まさにメルセデスの黄金時代を切り開いた、当時のメルセデスのフラッグシップカーだ。

これもエコなんですよョ!!

このクルマに乗るのは少年時代からの夢だった。その昔(小学生の頃)近所を白髪の紳士が、この280SLの乗って走り行く姿を見て衝撃を受けた。当時の国産車と言えば、アメリカやヨーロッパの車を模倣したデザインも多く、個性も無ければ洗練さなどは、残念な事に無縁であった。やはり外車はその個性が際立っていた。そしてその車を見た時に、いつかこのクルマに乗りたいと切実に思ったのであった。(そのように決めている車が実はあと数台ある)  古い車を大切に長く乗る事はとてもエコな事だと思っている。ひょっとしてエコカーを買う事以上にだ。車と長く付き合うにはそれなりの覚悟がいる。例えば東京を走り回るタクシーは一日に20時間以上走り回り年間で二十万キロも走るという。そして3年間で50万キロから60万キロも走り、お役目を終えて、そのままアジアの国々に送られて第二の人生を送るのだ。ただタクシーはその分、相当にコマメにメンテナンスをして、オイル交換や消耗部品の交換なども相当にマメにやっているのだ。ちゃんとメンテナンスをすればそれだけ走れるのだ。これはまさに”予防医学”なのです。

これもエコなんですよョ!!

波田は所有する車は御老体が多いので(普段は15歳のゴルフ・カブリオレ、長距離は25歳のベンツのワゴン、勝負時はこの37歳のSLを愛用。) 信条的に言うと壊れてから直すなんて事は健康維持をする都合上、避けたいと思っている。何を言いたいのかわからなくなって来たが、古いものを大切に!というか価値が無いものを買うのはやめようと言いたい。 ”ひゃっきん(100円ショップ)”が悪いとは言わないが、”ひゃっきん”で購入したもので長く愛している物がある!? 殆どが間に合わせで、後日にゴミとなっているモノが多いのではないかなぁ!? 良い物を長く使う事は本当にエコでしょ! そして堅実なお買い物の姿なのです。 ・・・・と提議づけて、波田の浪費を正当化するのでした。

キープインタッチ! 友達は大切だよ!  《前編》

2月28日(水) 昨晩は高校生時代に本当に世話になった先輩K氏と銀座で食事をした。共通の友人Y氏も同席。K氏はハンパなくビジネスで成功していて気持ちがいい。(会社は上場も視野にある程の絶好調、麻布に豪邸! クルマはベントレー、フェラーリ、ゴロゴロ・・・そこら中に別荘、超ハンサムで体脂肪は1ケタ、関係ないけどスゴイわぁ!) Y氏も凄くて、なにせ日本一メルセデスを売るセールスマン(年間160台!!二日に一台だよ!!)で話題は豊富。タックスヘブンのバージン諸島に税金対策の会社を持っている営業マンなんて聞いたことがない!

キープインタッチ! 友達は大切だよ!  《前編》

まぁ、とにかく会話はバブリーで久々に90年代の日本に舞い戻ったような会話だった。K氏と出会ったのは、まだ高校生の頃、都会のどちらかといえば遊び人系の出会いだった。(なにか濁した表現でスミマセン。書けません・・・)ボクが大学をやっと卒業するある時、K氏は銀座にボクを呼び出して、いきなり紳士服店に連れて行き、そこで店員に一言”こいつにスーツを作ってやってくれ!”と言って”お前ももうガキじゃないんだからスーツの一着ももってろ!”と言ってスーツを作ってくれたのだ。その当時はまだK氏もサラリーマン。そんなに派手なことする経済状態ではないとおもうが、その頃から後輩思いの素晴らしい先輩だった。彼がボクに”人生の苦労は売ってでも捨てろ!”という名言を教えてくれた。当然、世間的には間逆なのだが、彼流の考えだと、人はいつか全力で乗り切らなくてはイケない問題にブチ当たるが、その時にこそ溜めておいたエネルギーを全快で使って乗り切れ!普段から使いすぎるとイザという時に発揮が出来ないという論理であった。しかし今、K氏の成功を見ると、その論理は正解だったのか。結局、ビジネスの成功は人徳から来るものなのか・・・・イタリアレストランの後は、超高級クラブでオネーちゃん遊び。何十万らしいがご馳走してもらって、それはそれは楽しく艶っぽい時間だった。(しかしオネーちゃんがハンパ無しに綺麗だった。それも数十人単位で綺麗で、いったいどうなってんだぁ!! 松本清張”黒皮の手帳”を思い出して怖くなっあがぁ・・・美人、艶々オネーちゃんに店の外に送られて帰宅という時、K氏の黒塗りの車の前に運転手さんが愛犬(超恐ろしいドーベルマン、愛犬じゃない狂犬だろ!がお出迎え。飼い主に出会って興奮して泣くドーベルマンの吠える声が銀座のビル街に響いていた。)ここは別世界だと痛感。 ということで楽しい夜だった。昔からの仲間が “成功”というのはAМだけでなく楽しいものだ。・・・・・・・正直、オレって本当に幸せだと思った。 そんな夜が一夜明け、多少二日酔いの中、起きてダラダラしていたらチャイムが鳴った!なんとボクの英語個人レッスンのケニーキクノ氏が玄関にいるではないか! そう今日は英語のレッスンの日であった。彼はベルリッツの偉い先生なのだが、通学が向かないボクの為に週1回程度来てくれるのだ。ということでフリートーク1時間。世間話100%で英語のレッスンというより”ジジイの話し相手”的な空気。その後、お客さんというかフロントの福ちゃんが浄水器のフィルターを取りにやってきた。彼はポルシェの営業マン。当然に最新のポルシェ911に乗ってきてもらい試乗した。実は試乗というか確認だ。ポルシェは好きだし欲しい。買える!(これ大切!)ただ面倒臭いというのも本音。欲しい気持ちと面倒だぁという気持ちが頭の中で行きかっている。野毛町内、多摩川土手、そして田園調布を回り帰路につこうと思ったら対向車線を、名車オースチン・ヒーレー3000/ハンドレット4 が屋根を開けて爆音をたてて走ってきた。

キープインタッチ! 友達は大切だよ!  《前編》

素晴らしい1950年代の名車だ。しかし良く見ると、その名車に乗るのは”おぉ!!!マイクじゃないの”思わず声を出してしまった。即、携帯電話でかけてみたら、やはりマイク浅川だ。こんなイキな人はそうはいない。懐かしすぎる!!昨晩に続いて、本当に懐かしい!    《ここからは、また話が思いっきり長くなるので次回に続く・・・・》

ビョーキ再発? 久々に”買い物魂”に火がついた!!

2月18日(金)昨晩は名古屋でミーティングだった。名古屋には早めに入って現在、改装工事を監修している愛葉君のオフィスを視察。全くなにもなかったビルのガレージ一階の奥に事務所をデザインすることを依頼されてデザインした。なかなかの出来上がりで素敵!普通は設計監修といえば総工費の10%~15%が通常だが無料。今はデザインはボクの”生業”ではないから楽しい仕事は無料なのだ。(現在横浜市都筑区の石井家マンションリフォームも楽しんでいる。)アムプラでアメリカから帰ってきている神谷アンドリューと偶然会えてひと盛り上がり。7時からアムウェイプラザでОMをしたが、なかなか盛り上がった。しかしいつもながら伸びて欲しいパーソナルはソコソコで盛り上がらなくていい奴ばかり(失礼) 力強く盛り上がる。懐かしい顔も沢山見れて楽しいひと時だった。アフターは名古屋ということで手羽先唐揚げ”風来坊”にて飲んだ。楽しい夜だったなあ。そしてホテルに戻ったのは深夜だった。朝の目覚まし時計のセットは何の役にも立たず電話で起きてからシャワーを10分で済ませて迎えに来てもらった愛葉氏に京都までつきあってもらい京都郊外の車屋に1986年製メルセデスベンツ380SLを見に行った。(道中は二日酔いで魂が抜けていた。)さてインターネットとは便利なもんで情報収集にはすばらしい効果を発揮する。ボクは少年時代から脳の35%を自動車が占めているのだが18歳で免許を取得してからの車遍歴は激しくAМスタート時代までで約40台(一台1万円のワーゲンとかだから決して高級車を乗り回しみたいなのとは違います。直して蘇らせて売ってみたいなことを繰り返してました。)AМスタート以降の約20年でも30台以上に上る。今欲しい車は、わかりやすく言うと昔欲しかった車だ。今のテクノロジーが進んでエコロジー的にも完全に近づいた車は嫌いではないが、まだボクの乗る車ではない。70年代、80年代特有の工業製品がデザイン的にも品質的にも好きだ。そこにはコスト計算、量産性も感じないクラフトマンシップを見出せる。鉄は厚くクロムメッキはビッカビカ、必要最低限な装備で品質重視。ドアが閉まる音と質感は現代のクルマには無い。そして加速感は圧倒的、なにより各メーカーが個性を出しまくっていたので現在にクルマとは違いBМWとメルセデス、英国車、フランス車、そしてアメ車は明らかなる違いがあって面白かった。(現在の車はメーカーによる差が本当に無くなった。)そんな古めのクルマを綺麗にピカピカにして日常の”足”とするのが理想だ。良く質問される事に古い車の修理とか故障の対処を聞かれるがココ数十年、故障で泣いた事は無い。それは人間の体と同じで予防医学なのだ。治療していたら大変!なんだか様子が変と思ったら即チエック。大事に至る前には病気の源をつかんで修理してもらう。そのかわり素材の車選びには技術がいる。素人的安全策としては距離で判断するのが正しい。今回見つけたクルマは格段に素晴らしかった。380SLは決してまだコレクターズアイテムとは言いがたいがアシに乗るには先代の280SLより現実的だ。ボクの見つけた車は京都の大金持ちのジイさんが趣味(眺めることが趣味)で18年前に購入。毎年定期点検と車検の時に近所をドライブするだけというクルマだった(実は世の中にこんなクルマは時々市場に出てくる。このオーナーだったジイ様はジャガー、ベントレー外8台この手を所有)この車は非の打ち所なしの完璧さだった。なにせ走行構距離は実に4054キロ。そう年間200キロしか乗っていない計算の奇跡のクルマ。でも、そんなの信じられなくて自分の目で確認しようと京都まで見に行った。しかしクルマは完璧!新車そのままで黒いレザーシートはマッサラ!ドアのバネ、エンジンルーム、タイヤハウス中までみてもマッサラの新車だった。ハッキリ言って嬉しかった。こんなものが世の中に存在していて出会えた事がウレシイ。そして値段交渉して買っちまう!!そんな金を出せば買えるという品物とは一線を画した出会いは余計ウレシイ。 このクルマはボクが買って乗るためにある!と意味不明に決断して自分を納得させた。愛葉君に京都駅に送ってもらう途中でランチと二日酔い飛ばしにラーメンを食う。しかし頭の中は95%クルマ。話題は当然に車。AMの質問をされたが答えは上の空。京都駅から新幹線で東京に帰った。グリーン車のリグライニングを倒して外の景色を眺めながら頭の中では380SLの屋根をオープンにしての仮想ドライブに突入していた。海辺を走ったり新緑の峠道を走ったり、渋谷、青山にも行っちまおう!!東京に着いてからはスイッチ切り替えてパーソナル古山と先日会ったDJのマイクル山下とで大戸屋で食事をして、ひと盛り上がりしてから若者カリスマの高木直のミーティングに連れて行って紹介してミーティングに参加させてもらった。その後、またプロスペクトの手伝いで自宅に帰った。仕事に趣味に忙しい一日だ。深夜に就寝。夢は当然380SLでドライブだった。

ビョーキ再発? 久々に"買い物魂"に火がついた!!

その7日後にベンツは陸送業者によって東京に運ばれてきた。初めてドライブしたら鳥肌たった。だって走りっぷりは新車だったから・・・・・・・うふふ! しかしガレージのロータスエランとのカワイイオシリ二台を見ているとムラムラするねぇ。

“少年の目に写るのは・・・・・”

7月20日、日曜日。朝起きてウォーキング&ジョキングを沼津御用邸記念公園方面に向った。このコースは鹿野川沿いでなかなか情緒があってヨロシイ。1時間の発汗。その後、10時までに出発準備して元太郎(長男、10才)と共に沼津の家から東京に向った。今日は石井キンスケEX主催のミーティングのゲストで渋谷AM本社のオーディトリアムでラリーがあるのでせっかくの元太朗の夏休み中ということで同伴をしたのだ。行きは久々にお気に入りのレンジローバーで行った。しかし今日で最後のロングドライブ。8年近く愛して乗っていたが菊地クンに見せて売却なのだ。別れは辛い・・・。昼頃に東京の家に到着して着替えて歩いてニコタマに向った。元太朗のリクエストでニコタマの商店街裏道の”ソババリュー”で食事。そばに卵とバターという不思議な味だったがそのキミョウさが以外に美味い・・・。そして電車で渋谷に向った。時間に余裕があったので渋谷東急ハンズで最上階からゆっくりと見て下りた。結構、面白いものが発見できた。外人が初めて観光旅行でトウキョウに来てこの東急ハンズを見たら何より感動するだろうなぁ。その後3時半にはアムウェイ本社に参上してイシキンミーティングに参加。畠山よし子ダブルがマーケをしていた。元太朗にショールームやらレコグニションの写真やらを見せてから楽屋で待機させて石井キンスケ夫妻にご挨拶と世間話、その後、ボクは約40分のスピーチをした。会場は500人以上の人が入っていただろうか。内容はどうしても下田≪オキラクハウス≫になってしまう。だって本当に夢の実現なんだから語りたいよなあ・・。(しかし緊張もなく気分良く人前でしゃべれるなんて凄いことだ。誰も信じないが、AMを始める前はこんな事想像できなかった。話し方教室に真剣に行こうかと思う程に上り性だったつたなんて誰も信じない・・。慣れとはすごい事だ。)ラリーの終了後はお食事会で六本木の中華・香妃園に行く事になってたらしいが、無理やり渋谷の台湾料理の麗郷に変更してもらった。なんと勝手なゲストであろうか。(考えたら香妃園を紹介したのもオレだった!)イシキンは快く変更受諾。しかし”麗卿”は素晴らしい。(波田啓次郎の勝手でしょ。バックナンバー参照。)ものすごく美味しい店だが小人数だと、やはり中華系で多品目が食べられなくて悲しいので今回みたいな大人数ならば美味いメシになるのは間違いない。皆で乱入したら参加者からは相当に喜ばれた。(ような気がする。)たしかに美味しかったし・・!!。その後、驫木氏に新横浜まで送ってもらって新幹線で三島経由で沼津に帰った。今日は元太朗と過せて楽しかった。父がラリーでスピーチする姿は10才の目にどのように写ったのだろうか。本社のレコグニションの写真は・・・父の生業であるアムウェイの会社は・・・しかし麗郷で老酒を飲みすぎたのかなあ・・。新幹線で寝たら最後と思いとても辛くキツイ時間だった。夏の初めのワクワク感イッパイの素晴らしい1日だった。 もうすぐ夏の28連休が始まる・・。

実は告白します。男性ファッション誌”ブリオ”に出ちまいました。 《今更、報告が遅くてスミマセン。根っからの露出嫌いなんです。》

6月30日、月曜日で最終営業日。朝から忙しいのだ。7時過ぎに起床。オレだってタマには朝から忙しいのだ。朝一で月末のポイントをチェックして、昨晩整理したホームページの更新用原稿を再度読んでから大島の送付。オフィスのスケジュールの最終信をチェック。後に砧公園で1時間のウォーキング&ジョキングをしてコンセントレーションを高める。軽い朝食をしてから珍しく洗車を2台。(車は好きだが洗車が大嫌い。)そして自由ヶ丘の美容院・アパッシュで髪を切って世間話をしてから買物。実は今日は午後にファッション雑誌”ブリオ”の撮影なのだ。

実は告白します。男性ファッション誌"ブリオ"に出ちまいました。 《今更、報告が遅くてスミマセン。根っからの露出嫌いなんです。》

そして帰ってから洋服の選択をクロゼットに入って30分・・いや10分。いやいや5分・・コーディネートした割りにはこんなもんかと言う程度のコスチュームだが・・。神戸の洒落モンの細見寛氏の紹介で”車は人を語る”というページに出るらしい。大体に”ブリオ”っつう雑誌が金持ボンボン風の奴が父親に買ってもらったフェラーリですぅぅ・・みたいなのが出ていて恥ずかしいというか軽蔑の域に入るマザコンというかヘナチョコヤローみたいなのばかりなのが気に食わないのだ。(相当な偏見である・・・結局、出たくせに・・)まあ、編集者がオレの意志を尊重してアップは避けてくれたので承諾。名前もそのままだと察しがつかれるのもイヤなので偽名(という程ではないけど・・・ケージローになってます。)しかし実際には愛車、ロータスエランが主人公だったのでオレの存在なんてタイした問題では無いが2時間位で我が家の室内、車の要所要所は押さえて写真撮影と取材を終了。

実は告白します。男性ファッション誌"ブリオ"に出ちまいました。 《今更、報告が遅くてスミマセン。根っからの露出嫌いなんです。》

その後は田園調布の歯医者に行ってから7時にニコタマ(二子玉川)でプロスペクトの○○氏(※―1)と食事をした。波田と同世代の○○氏が転職で苦労しているなんて信じられない。(45才)メチャクチャ人生にやる気がある人なのになぁ。学歴だって立派だし、職歴もスバラシイ。でも再就職はなかなか難しい時代らしい。こういう人は人から使われるのではなくて自分の仕事を持つのが正しい道である。やはりAMみたいな仕事を勧めしなくては罪なこと。なにか他の事業を立ち上げるにしろ平行してAMを取り入れる事は将来設計上は必要でしょ。人生の意味とか目的を考えたら・・・・結局、食事中そんな話しになっていった。人生はたったの1回。ならば誰かの利益の為に時間の(人生の)切り売りなんて悲しい。そんな○○氏の仕事を応援出来るのもウレシイ事だ。・・・・そして数本のワインが空いていた・・・・。またして意識不明の泥酔・・・。
※―1 ○○氏は晴れて新らしい仕事を探して、いまはAMもスタート。一年後には、つまらない経済的な問題なんかとオサラバ出来るようにビジネスを構築していく事業計画だ。