4月24日(日曜日)第22回イトウシンペイ・フィッシングトーナメント(グローバルフィッシングトーナメント)が箱根の芦ノ湖で開催。今回は22回目で参加者は250人を超していた。ここはAM本社の前かと思わせるほどにハイヤーピンも山盛り参加。朝5時に集合して大会委員長の説明と賞金発表(1等12万円~2位、3位とドドーンと!)各々が船に乗って芦ノ湖に散らばった。 そして昼過ぎに参加者は戻り成果を競った。毎回プロも多数参加するのに一等12万円をゲットしたのは釣り暦4回目の素人さん。なんと64センチの巨大マス。いったいどうなってんだぁ。今回はほとんどのヒトが釣れなかった。(珍しくボクは1匹ゲットで上機嫌) とても楽しい春の日曜日でした。

9月28日(金) 昨晩は目黒オフィスでミーティングをしていたので、アフターで遅くまでコーヒーを飲んで盛り上がった。と言う事は今日の朝の目覚めは大変にヨロシイ。(普段は起き抜けの二日酔い確認が日課なのです・・・)の田園調布まで一時間のジョギングをして街のパトロール活動。10時半からは目黒オフィスでの人妻ミーティングの宍倉久美子エメとの主催ということで9時半には家を出た。ミーティングは平和そのもの。とってもいい空気です。(自画自賛)そしてアフターは主婦とサボリーマンの10数人で、最近のランチの定番的に利用するインド料理の店”ルソイ”で食事。

その後、ミーティングに参加していた藤田Rと一緒に目黒のイトウシンペイの別宅というかオフィス、いやアジトを訪問した。実はこの日に至るまで数回の仕切りなおしをして、やっとの訪問。今回のセミナー(10月13日)のメインゲストがイトウシンペイなので紹介用のイメージ映像を制作する為の資料を借りるための訪問だ。 シンペイとは知る人ぞ知る仲なのだが、お互い若かりし頃に駅前で業界用語で言うところの”ガンのタレあい”がキッカケでの友達になった。今から33年前の出来事だ。

ここのアジトは五反田と目黒のちょうど中間点に位置して首都高速沿い、港区、品川区、目黒区に向かって殆んど視界で遮断するものがなく、とてもメトロポリタンな空気だ。築年数は想像するに30年前近く。なかなかなレトロ感漂うマンションは、またまた想像するに160?位のユトリそのもの。3LDKの殆んどは釣り道具、キャンプ道具が所狭しと並んでいる。(どうも放置に見えるがシンペイ的には心地よい部屋なのだろう。) シンペイは正真正銘の釣りキチガイだ。波田は”釣り用語”とか、詳しい話を説明が出来ないのが申し訳ないが、とにかくスゴイ。その入れ込みようは漁師の域だ。

以前、渋谷の某有名釣り道具店に行ってシンペイを良く知る担当者に聞いたが、その店で年間に落とす金額は軽く7~800万円と言っていた。(そんな金額の釣具なんて想像も付かない・・)また、オフィスには至る所にシンペイのセンスを覗わせる様々な品物がところ狭しと並んでいる。中でも本物のピカソのリトグラフは圧巻!なんと数年前に衝撃的な出会いをしてポンと衝動買いで600万円ですって・・・・。まぁシンペイズワールドはこんなページで軽く語れる程、小さくは無い。

山登りで言えば南米の最高峰のアコンカグアを制覇、釣りは南米のパタゴニアからモンゴル、ブラジル、アマゾン川の原住民宅にホームステイ(?)してワニの捕獲を習ったら、お返しにヘビの皮むきを教えたとか・・・とにかく世界中を飛び回る。日本の秘境、奥利根や銀山には半永住状態。まだまだ、語りつくせない。釣りだって行く時には一ヶ月とか数ヶ月! サーフィンをしにスリランカにも出かけていた。まぁとにかく趣味は多枝に渡り、それぞれがプロ的に制覇している。今回は彼の文章での説明はこのぐらいにして、シンペイズワールドを垣間見る、アジトを写真で紹介しましょう。

アナタの部屋の散らかりと、このアーティスティックな散らかり具合を較べてみてくださいね。 世界は広い・・・・・・・・Its SHINPEIS WORLD!!
4月24日(日)朝は5時集合でシンペイ釣り大会なのだ。今回で22回目を迎えるとの事。しかし参加者250人は常識では考えられないおそろしい数だ。だって有名釣り具店のサンスイが釣り大会を企画しても100人も集まらないと言っていた。そしてこの大会には素人、玄人、プロが入り混じり勝敗はそこらに関係なく決まる。主催のシンペイは日本釣り人協会がら表彰受けても良い位に釣り文化の振興に役立っていると思う。僕は今回は旧友の佐々木弥一を誘って参加。船の上ではウチの少年1号、2号と弥一だけなので色々と話して面白かったなぁ。春先の芦ノ湖は新緑と青い空、そして富士山とがとても幸せ感を高めてくれていた。なんだか気分が良くてついつい釣れなくてもイイッカァと思ってしまうのだ。

結局、昼まで頑張って成果は一匹。これはボク的にはすごいことで快挙! 最近の大会で5レンチャンで魚を見ることは無かったのだ。本当に快挙です。おかげで久々に嬉しかったぞ。まさか22センチで賞金15万円が取れるとは思わないが!折角だからリリースなんてしないで持って帰って食うぞ!! 元太郎がなかなか釣れなくてクーデターを起こして帰りたくないといい始めて仕方なく芦ノ湖に残して三島駅まで新幹線に乗るイリモトを送りに行った。イリモトはナントこの大会参加のために北海道から飛行機に乗ってやってきたのだ。そして一泊で札幌に帰っていくという強行スケジュール。 オレはまた芦ノ湖に戻り表彰式を見てから元太朗をピックして沼津に帰った。その後、沼津の家に帰って一服した頃、4時に焼津の鈴木君(ダイヤの中野さんの義理の息子さん)が沼津の友人宅・金井家の改築工事の請負をしてくれることになり一緒に現場を視察した。改築好き好き病の波田は今度は沼津の友人が購入した築10年の純日本家屋を改築プロデュースの依頼を受けて仕事をする。(当然、無給の趣味です。)この家はなかなか楽しそうな物件だ。元々の築十年の日本家屋なのだが素晴らしい細部の職人仕事と素材なのでカッコいいのだ。最初は贅沢に建て替えを考えていたが、しかし生活を考えると金井家の家族構成を加味してリニューアルするのが得策。キッチン、ユティリティー、バスルーム、ダイニングにデッキ、そしてベッドルーム他ブラインドの選択、家具の手配までを請け負う。(仕事でないのに請け負うはオカシイね。)約二時間の金井夫人との打ち合わせでどうしたいかは良く理解できた。僕の頭の中で、どのようなデザインでやるかも決まってきた。相当に大掛かりな工事だが楽しそうだ。大きな軒(のき)があるので縁側的ウッドデッキも良いかもしれない。そんな構想をしていると寝られなくなるのだ。その後、建築業・鈴木君(エメラルドカウント中だって!先日、横浜の石井家も一部作業してくれた。)が我家に寄って家で食事を一緒にした。色々話せて面白かったナァ。当分は改築エネルギーをこの金井家に注げるぞ! 家の改築工事は本当に楽しい。しかし仕事にしなくて良かったと思うのが本音だ。もうすぐ月末だぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりAMだなぁ。
4月29日、晴れ。朝起きたのは4時前で5時に集合の芦ノ湖(箱根)で行われるイトウシンペイの釣り大会(グローバルフィッシングトーナメント)に向った。今回は第20回ということで全国から170人もの釣り人間が集まった。僕は長男・元太朗少年とバスプロ鈴木(※―1)とその友人の4人で参加。6時に開会挨拶が行われそれぞれがボートで出港。天気もヨロシク気分が良くてついつい釣れなくてもイッカァと言う気分になってしまう。芦ノ湖は緑も深く富士山もキレイにくっきり見えて実に平和な景色だ。それにしても、今回も全然釣れない。完全に魚に無視されているではないか!!。普段魚ばかり食っている恨みなのかなあ・・・・。元太郎は過去5~6回この大会に参加しているが、一度も可哀相に魚に触れていないのだ。釣るのはマス(トラウト)かバスなのだが、目の前でジャンプしているのに釣れない。今回は絶対に釣ろうと決断していたのに!!・・・・。また、今回は元太朗に釣らせてやりたくてリールまで買ってやったのだ!!。お父さんしっかりしなくては!!。しかし結局、昼までに魚を見ることもなく、とりあえず集合というか今回は20回記念大会なので特別にランチが用意されていた。170人が平和に芦ノ湖の湖畔の駐車場でカレーやらサラダやらを食ってビール飲んで談笑。しかし、すでに釣っている人もいるんだよねぇ・・。我が班の鈴木氏はバスプロと言って本業の釣り師なのにまったく釣れないのは困ったもんだ。悠長にランチを食っている暇はないのでサッさと出陣した。午後も魚を見ることもなくリミット時間の午後3時になった。全員上がってから釣った人は計量をした。170人中釣れているのは、たったの17人。10人中1人しか釣れていないんだなあ。驚いたぁ!。表彰式は今回とても盛り上がり、賞金は15万円だった。また今回は”中島薫賞”も出ていて面白かった。今回、わざわざ神戸から来ていた細見寛氏を三島駅まで送迎して沼津に帰った。力が余る波田は夕方に香貫山頂上までウォーキング&ジョキングをした。夕飯は育ち盛りの少年、少女の強い希望で焼き肉屋になった。結構、ホルモン関係が充実していて美味しい店だ。結構、疲れた。そりゃ5時前から起きてれば疲れもするわなあ。焼き肉屋での焼酎が効いて、帰ってそのまま倒れて意識を失った・・。
(※―1)バスプロ鈴木氏。現在はプロとしての釣り師は引退しているが、ちゃんとスポンサーがついて釣りを生業としていた本物の”バスプロ”だったのだ。そんな職業があると知って驚いた。アメリカだったら億万長者も夢ではない仕事なのだ。しかし今回はそんなプロでも駄目なもんは駄目だったのだ。
PV-BV Corporation. Presented by Keijiro Hada