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久々に九州でも焼酎に飲まれている日々・・・まぁいっかぁ!

4月29日(金)≪昨晩は初の鹿児島ミーティング、ここにもグループがいて嬉しかった≫ 朝起きて鹿児島の町をウオーキング&ジョギング。朝8時過ぎなのにまだ空気はキリリとしていて天気も良くて楽しい時間。宿泊していた城山観光ホテルは本当に素敵な場所に建っていてジョギングするにも最高だ。一時間の発汗をして展望台で和んでいたら、いきなり沖縄のリーダー大平君から電話で最終営業日が昨晩だったとガセネタが入ってパニクった。コーディネーターに問い合わせに、間違いと確認。気分良い朝がイッキに奈落の底に落ちた・・がまた元に戻った。しかし感情起伏の激しさを感じる朝だ。城山観光ホテルの風呂が素晴らしく、遠く鹿児島の海越しに櫻島が望めるのだ。夕焼けの時間のココから見る桜島も相当に素晴しいらしい。こんな景色の露天風呂に朝から入っていると”俺ってニッポンジン”と痛感する。入浴中にイキナリ、お客からハロートークをされた。昨日のミーティングに参加していた地元ディストらしい。(名前忘れてゴメンナサイ。風呂でメモが出来なくて・・)しかし何処にいっても気が抜けないのね。思いっきり桜島に向かってフルチンで気合を入れていた姿は見られたことだろう。その後11時にテルリンに迎えに来てもらって友枝正子Emeと町へ行き名物”トンシャブ”を食った。なかなか美味しかったなぁ。昼からのビールはが本当に美味しい。街の渋いカフェというよりコーヒー専門店(この手の本当に美味しいこだわったコーヒー店に行くとスタバがかすむ。)でお茶をしてから空港に向かう。途中でまたまた櫻島を見たが本当に素晴らしい。また来よう!!ここで焼酎を飲もう・・・じゃなくてAM頑張ろう。そして鹿児島から福岡に飛んだ。福岡はラリーのゲストだが、とても久しぶりだなあ。青柳君が迎えに来てくれてホテルへチェックイン。福岡のハイアットはラウンジが好きだ。ホテルの部屋でノンビリこいてまたまた入浴などをしてしまった。ここのお風呂はあまりに非日常的でもったいないから入ろうと思ってしまう。その後、ラリー会場の筑紫会館までタクシーで出かけた。ラリーは石橋さんという大阪の72歳のダイヤモンドと山崎義幸CAが一緒だった。石橋さんの若さにもビックリしたし、ヨッチャンのスピーチのセンスの良さとキレのよさは抜群で感動した。やはりヨッチャンは頭がいいんだナァ。今日、ボクが新規で参加しいてたら絶対にAMに興味をもつしサインしたがるだろうなぁ・・という程に、ヨッチャンのスピーチは良かった。その後、打ち上げ的アフターは”モツナベ”を食った。(というかモツ鍋が食いたいとワガママ言ったのだ。福岡まで行ってイタリアンなんて食いたくないのだよ。やっぱジャンキーなメシこそが福岡でしょ!)美味しい店だったが・・・・またまた飲みすぎた。(店前で集合写真を撮ったが記憶に無い。)

久々に九州でも焼酎に飲まれている日々・・・まぁいっかぁ!

主催の愛子ちゃんも登場した。(感謝ですよ!) そして二軒目に移り地元・松本ヨシテル君と阿比留君が来てくれたのだが・・・意識不明だった。本当に失礼しましたぁ。ホテルに帰ってそのまま意識不明。記憶喪失状態・・・・・・・・いい加減にするべきだよね。翌朝、頭を叩きながら反省した。完全に飲まれている。・・・今日は緊急・休肝日にしよう。

釣りに!改築に!西に!東に!

4月24日(日)朝は5時集合でシンペイ釣り大会なのだ。今回で22回目を迎えるとの事。しかし参加者250人は常識では考えられないおそろしい数だ。だって有名釣り具店のサンスイが釣り大会を企画しても100人も集まらないと言っていた。そしてこの大会には素人、玄人、プロが入り混じり勝敗はそこらに関係なく決まる。主催のシンペイは日本釣り人協会がら表彰受けても良い位に釣り文化の振興に役立っていると思う。僕は今回は旧友の佐々木弥一を誘って参加。船の上ではウチの少年1号、2号と弥一だけなので色々と話して面白かったなぁ。春先の芦ノ湖は新緑と青い空、そして富士山とがとても幸せ感を高めてくれていた。なんだか気分が良くてついつい釣れなくてもイイッカァと思ってしまうのだ。

釣りに!改築に!西に!東に!

結局、昼まで頑張って成果は一匹。これはボク的にはすごいことで快挙! 最近の大会で5レンチャンで魚を見ることは無かったのだ。本当に快挙です。おかげで久々に嬉しかったぞ。まさか22センチで賞金15万円が取れるとは思わないが!折角だからリリースなんてしないで持って帰って食うぞ!! 元太郎がなかなか釣れなくてクーデターを起こして帰りたくないといい始めて仕方なく芦ノ湖に残して三島駅まで新幹線に乗るイリモトを送りに行った。イリモトはナントこの大会参加のために北海道から飛行機に乗ってやってきたのだ。そして一泊で札幌に帰っていくという強行スケジュール。 オレはまた芦ノ湖に戻り表彰式を見てから元太朗をピックして沼津に帰った。その後、沼津の家に帰って一服した頃、4時に焼津の鈴木君(ダイヤの中野さんの義理の息子さん)が沼津の友人宅・金井家の改築工事の請負をしてくれることになり一緒に現場を視察した。改築好き好き病の波田は今度は沼津の友人が購入した築10年の純日本家屋を改築プロデュースの依頼を受けて仕事をする。(当然、無給の趣味です。)この家はなかなか楽しそうな物件だ。元々の築十年の日本家屋なのだが素晴らしい細部の職人仕事と素材なのでカッコいいのだ。最初は贅沢に建て替えを考えていたが、しかし生活を考えると金井家の家族構成を加味してリニューアルするのが得策。キッチン、ユティリティー、バスルーム、ダイニングにデッキ、そしてベッドルーム他ブラインドの選択、家具の手配までを請け負う。(仕事でないのに請け負うはオカシイね。)約二時間の金井夫人との打ち合わせでどうしたいかは良く理解できた。僕の頭の中で、どのようなデザインでやるかも決まってきた。相当に大掛かりな工事だが楽しそうだ。大きな軒(のき)があるので縁側的ウッドデッキも良いかもしれない。そんな構想をしていると寝られなくなるのだ。その後、建築業・鈴木君(エメラルドカウント中だって!先日、横浜の石井家も一部作業してくれた。)が我家に寄って家で食事を一緒にした。色々話せて面白かったナァ。当分は改築エネルギーをこの金井家に注げるぞ! 家の改築工事は本当に楽しい。しかし仕事にしなくて良かったと思うのが本音だ。もうすぐ月末だぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりAMだなぁ。

ある一日。そして感じたこと・・”器”

3月26日(土)沼津での朝・・・少々寝不足気味だなぁ。メシを食う気も起きないので宇宙の朝ごはん(プロテイン、ポジトリウム、ニュートリテンコ盛り)を食う。洗車をしてから東京に戻った。洗車なんて大嫌いだったのに最近は何故か好きになった。自分で洗車すると何故か気分が良いのだ。(そういえば金城タケシは洗車が趣味と言ってたなぁ。人の車まで洗ってるって言ってた・・・来てくれないかなぁ!)今日は昼過ぎにアムウェイ本社のオーディトリアムで行われるエグゼクティブダイヤの猪俣節子さんのラリーのゲストに呼んでいただいている。猪俣さんは業界では古く相当に早くからドバッと安定収入を取っている。ご主人は数年前に他界されたがビジネスは奥様と娘さんで引継ぎ安定。御主人を失っても安定収入ってスゴイと痛感。ラリーのスタッフの方々も真面目で親切。グループは完全主婦主導型でどうしてボクがよばれているのかわからない。きっと異分子導入の期待!?たまには別物を見てみたい・・?! ラリーには沢山の他系列のダイヤモンド以上の方々も参加されていた。これもリーダーの人柄の表れでしょう! スピーチはまるで緊張もしないで(いいのか悪いのか・・)良くスピーチというかおしゃべりした。しかしいつからこんな人前で話す事に抵抗が無くなったのか自分でも不思議だ。昔AМを始める前は人前で話すなんて三日前から緊張して腹痛まで起こす始末。東横線のなかで”話し方教室・どもり赤面解決”の広告を見て電話番号をメモっていたボクが・・・。初めてのゲストスピーチはエメラルド時代(28歳)で腸ねん転起こして内臓が口から出そうになる、まさに悪夢だった。それがねぇ・・・・ヒトは慣れるのだ。成りたい、出来るようになりたいと強く思うと叶うのだ。猪俣さん、素晴らしい機会を有難うございました。余談ですが楽屋に用意してくださったお弁当が美味しかったです。アフターは時間的に失礼して退散した。帰りに六本木のアクシスの生活雑貨屋のリビングモチーフにて買い物。欲しかったハイチェアーのLemStool レムスツゥール(とても美しい椅子でイタリア製、しかしデザイナーは日本人のアズミ夫妻)を購入。沼津の家の内装のフィニッシュはこの椅子と決めていた。無理やりに、どうしても今日、座りたくてSL(2座席のスポーツカーで狭い)の助手席に乗せて沼津まで持って帰った。夕方に到着して今晩は簡単夕飯。その後、最近 頑張っている優子嬢と初対面の弟の孝一君がうちに来て僕の車で静岡に向かった。今日は高木直ダイヤの沼津ミーティングだったのだが会場の都合(というか予約を忘れたらしい・・・)で会場が急きょ静岡に変更になったのだ。(しかし変更って沼津と静岡市は50キロ位離れているゾ)会場は水野ダイヤモンドのオフィスで行われた。素晴らしいオフィスで感心した。年末ボーナスを全て注ぎ込んだそうだ。そのグループ思いの意気込みがダイヤの”器”なんだろうねぇ。終了後は高木直グループとファミレスに行ってアフターをした。直が始めて参加した孝一君に色々と話をしてくれて本当に良かった。この優しさがやっぱりダイヤの”器”なんだなぁとまたまた痛感。深夜12時過ぎてまで盛り上がり沼津まで帰ってきた。大きな”器”に触れると自分も大きくなれる気がする。今日も色々ありがとう。・・・・・AМ的に充実していたなあ。

卒業・・・・早い。あっという間だった!

3月10日(木曜日)朝は砧公園を一時間ウォーキング&ジョギングをして発汗。まだ寒いのでドッとは汗は出ないが気分が良い。その後、朝食を軽く食い準備してから長女・桜子の中学の卒業式に出席するために沼津に向かった。初めてのメルセデスベンツ380SL(1986年式)でのドライブだったが素晴らしい走りっぷりで大満足。沼津の家に到着して少々、和んでから妻ヒデコさんと近所の素晴らしき蕎麦屋”ふくでん”でメシ。昼から少々ビール飲んでしまってご満悦だ。どうして昼のビールはこんなに美味いのだろうか! その後、1時から卒業式。それは、まったくお決まりなスケジュールだった。定番の卒業証書授与、歌、校長先生の祝辞・・・しかしその後の教室で行われた最後の会に出席して感動した。先生がパソコンを使いプロジェクターで一年の想い出をアルバムにして音楽も編集して流した。スピッツの選曲が実に中学生の最後にマッチしていた。先生が生徒一人一人を呼んで書類を渡しながらい一言を添えていた。先生と生徒の信頼感、距離感が抜群で、また生徒同士、特に男女がものすごく仲良く楽しい日々と聞いていたが垣間見れて良かった。生徒が自主的に先生への感謝の祝辞を述べていたが先生が大好きで信頼して中学生生活を楽しんでいるんだなぁと痛感した。そんな素晴らしい学校に通って素晴らしい友人が出来て最高の青春を送っているんだなぁ。青春なのだよ! 娘の幸せを見れるのは親として幸せなのだ。しかし回りを見渡したらお父さんは殆んどいないじゃない。こんな大切なシーンを見なくちゃ親として淋しすぎるぞ。そしてボクは先に家に帰って来た。学校から少年二人も帰ってきていた。

卒業・・・・早い。あっという間だった!

そのまま学校から桜子は塾に行ったらしい。勉強なんか大嫌いなのに塾にはしっかり通っている。というのも塾には素敵な先輩がいるらしい。まぁ我が家の娘が自主的にすることなんてそんなヨコシマな心が入っているんだなぁ。一度しかない青春を思いっきり楽しむのが正解でしょ。ということでボクは沼津の紀伊国屋(?)と呼ぶ高級スーパー・アオキで買い物をして夕飯の準備開始! お気に入り白ワインをシゥポン! お祝いだもんねぇ。昨日、久米島のアカさんが送ってくれた活車海老を美味しく食べた。生でそのまま、老酒で酔っ払い海老、焼いて、蒸して食いまくり楽しんだ。相当に飲んで幸せだった。今晩はなんだか、とりあえず三人の子供の一人が義務教育が終わったというので感無量なのだ。つい先日まで一緒にお風呂に入ったり肩車をしたりして、まだまだ子供だと思っていた娘がねぇ・・・・もう大人だよ。本当にあっという間だった。でもこのあっという間を感じて過ごせて良かったと思う。幸せになぅてちょうだい。卒業おめでとう!!。 素敵な人生を!!母さんご苦労さん。
※写真はまだオレの言うことを聞く少年二人。風呂から出てベランダで”兄弟裸ダンス”をご披露。まだまだ子供だぁ。

ビョーキ再発? 久々に”買い物魂”に火がついた!!

2月18日(金)昨晩は名古屋でミーティングだった。名古屋には早めに入って現在、改装工事を監修している愛葉君のオフィスを視察。全くなにもなかったビルのガレージ一階の奥に事務所をデザインすることを依頼されてデザインした。なかなかの出来上がりで素敵!普通は設計監修といえば総工費の10%~15%が通常だが無料。今はデザインはボクの”生業”ではないから楽しい仕事は無料なのだ。(現在横浜市都筑区の石井家マンションリフォームも楽しんでいる。)アムプラでアメリカから帰ってきている神谷アンドリューと偶然会えてひと盛り上がり。7時からアムウェイプラザでОMをしたが、なかなか盛り上がった。しかしいつもながら伸びて欲しいパーソナルはソコソコで盛り上がらなくていい奴ばかり(失礼) 力強く盛り上がる。懐かしい顔も沢山見れて楽しいひと時だった。アフターは名古屋ということで手羽先唐揚げ”風来坊”にて飲んだ。楽しい夜だったなあ。そしてホテルに戻ったのは深夜だった。朝の目覚まし時計のセットは何の役にも立たず電話で起きてからシャワーを10分で済ませて迎えに来てもらった愛葉氏に京都までつきあってもらい京都郊外の車屋に1986年製メルセデスベンツ380SLを見に行った。(道中は二日酔いで魂が抜けていた。)さてインターネットとは便利なもんで情報収集にはすばらしい効果を発揮する。ボクは少年時代から脳の35%を自動車が占めているのだが18歳で免許を取得してからの車遍歴は激しくAМスタート時代までで約40台(一台1万円のワーゲンとかだから決して高級車を乗り回しみたいなのとは違います。直して蘇らせて売ってみたいなことを繰り返してました。)AМスタート以降の約20年でも30台以上に上る。今欲しい車は、わかりやすく言うと昔欲しかった車だ。今のテクノロジーが進んでエコロジー的にも完全に近づいた車は嫌いではないが、まだボクの乗る車ではない。70年代、80年代特有の工業製品がデザイン的にも品質的にも好きだ。そこにはコスト計算、量産性も感じないクラフトマンシップを見出せる。鉄は厚くクロムメッキはビッカビカ、必要最低限な装備で品質重視。ドアが閉まる音と質感は現代のクルマには無い。そして加速感は圧倒的、なにより各メーカーが個性を出しまくっていたので現在にクルマとは違いBМWとメルセデス、英国車、フランス車、そしてアメ車は明らかなる違いがあって面白かった。(現在の車はメーカーによる差が本当に無くなった。)そんな古めのクルマを綺麗にピカピカにして日常の”足”とするのが理想だ。良く質問される事に古い車の修理とか故障の対処を聞かれるがココ数十年、故障で泣いた事は無い。それは人間の体と同じで予防医学なのだ。治療していたら大変!なんだか様子が変と思ったら即チエック。大事に至る前には病気の源をつかんで修理してもらう。そのかわり素材の車選びには技術がいる。素人的安全策としては距離で判断するのが正しい。今回見つけたクルマは格段に素晴らしかった。380SLは決してまだコレクターズアイテムとは言いがたいがアシに乗るには先代の280SLより現実的だ。ボクの見つけた車は京都の大金持ちのジイさんが趣味(眺めることが趣味)で18年前に購入。毎年定期点検と車検の時に近所をドライブするだけというクルマだった(実は世の中にこんなクルマは時々市場に出てくる。このオーナーだったジイ様はジャガー、ベントレー外8台この手を所有)この車は非の打ち所なしの完璧さだった。なにせ走行構距離は実に4054キロ。そう年間200キロしか乗っていない計算の奇跡のクルマ。でも、そんなの信じられなくて自分の目で確認しようと京都まで見に行った。しかしクルマは完璧!新車そのままで黒いレザーシートはマッサラ!ドアのバネ、エンジンルーム、タイヤハウス中までみてもマッサラの新車だった。ハッキリ言って嬉しかった。こんなものが世の中に存在していて出会えた事がウレシイ。そして値段交渉して買っちまう!!そんな金を出せば買えるという品物とは一線を画した出会いは余計ウレシイ。 このクルマはボクが買って乗るためにある!と意味不明に決断して自分を納得させた。愛葉君に京都駅に送ってもらう途中でランチと二日酔い飛ばしにラーメンを食う。しかし頭の中は95%クルマ。話題は当然に車。AMの質問をされたが答えは上の空。京都駅から新幹線で東京に帰った。グリーン車のリグライニングを倒して外の景色を眺めながら頭の中では380SLの屋根をオープンにしての仮想ドライブに突入していた。海辺を走ったり新緑の峠道を走ったり、渋谷、青山にも行っちまおう!!東京に着いてからはスイッチ切り替えてパーソナル古山と先日会ったDJのマイクル山下とで大戸屋で食事をして、ひと盛り上がりしてから若者カリスマの高木直のミーティングに連れて行って紹介してミーティングに参加させてもらった。その後、またプロスペクトの手伝いで自宅に帰った。仕事に趣味に忙しい一日だ。深夜に就寝。夢は当然380SLでドライブだった。

ビョーキ再発? 久々に"買い物魂"に火がついた!!

その7日後にベンツは陸送業者によって東京に運ばれてきた。初めてドライブしたら鳥肌たった。だって走りっぷりは新車だったから・・・・・・・うふふ! しかしガレージのロータスエランとのカワイイオシリ二台を見ているとムラムラするねぇ。

札幌の朝!!わくわくな朝!!、わくわくわくわく~~~~

2005年2月2日、何故か月初は清々しい。月末が辛いわけではないが、やはり月初は清々しい。昨晩はAМプラザのミーティングのアフターで札幌中心から少し外れた相当に外観的には地味で少々汚い、そして店主と妻はモティベーション低い・・・・しかし味は抜群という居酒屋”いしかわ”で飲んだ。こんな店に来れるのも地元友達がいるからだなあ。昨日でめでたく十数年間、松下電器で勤め上げた飯田稔と美人妻やすこも参加。辛いリーマン生活を聞きながら恐ろしい気分になった。しかしこんなに明るい未来をもっている退職者が世の中にそうはいないだろう。それはAМのおかげで”イヤなもんは辞めちまえぇぇ!!”と言えたのはエメラルドの印籠であろうかぁ。そして深夜にジャスマックホテルに届けられ(泥酔して荷物化していた。)朝起きて入浴してメシ。このホテルは相当に凄くてススキノの街の中心にあるが温泉を掘り当てていて3階全体が超快適な大風呂、露天風呂、サウナが設置されている。宿泊者は浴衣で朝食という、とても都会の真ん中の出来事とは思えない一時を楽しめるのだ。8時半にはイリモトがレンジ・ローバーで迎えに来てくれた。ホテルのロビーに超ゴージャスなシャンパンゴールドのレンジローバーがスッーと入ってくるとオーラがすごい。(レンジは砂漠のロールスロイスと称されるが乗ると感じる)それに札幌カリスマ・イリモト、笑うミカン美人のクミちゃん、有名犬モヌが似合うこと! ロビー界隈の一般人にはオレの友達だもんねぇぇぇ!と意識するが誰も見ちゃいない。

札幌の朝!!わくわくな朝!!、わくわくわくわく~~~~

そして一路、世界の雪人間が注目するニセコを目指した。途中でヒロムやヨシキとも合流。昼前に到着して宿泊の貸し別荘(これが素晴らしいログキャビン!しかし建物の地盤が悪くて全体が斜めだった。床にペンを落とすとコロコロコロっと壁に向かって走り出すしトイレに向かい歩き出すとキッチンに向かって行くのだ。全てに笑えた。)に荷物を置いてリフト券を購入して早々に滑った。コンディションはまあまあだが天気が良くて楽しく滑った。意外に新雪が荒らされてなくプチ恍惚!ドーパミンもチョロリと出ていた。イリモトがバックパックを背負っていたのでボクの財布とデジカメを預けたら、奴はカバンの中に好物のバナナを入れていたらしく転倒時につぶれて・・・大惨事。財布、デジカメ、バナナが一体化してしまい財布の中のカード一枚一枚の間、縫い目、デジカメのチャックのミゾにまでギューーとバナナ漬けと化した。(そのバナナカスは想像以上にひつこく今でも縫い目にこびりつくニセコの思い出となった。) 最近のニセコは外人がやたらに多くてゲレンデにいる人間の50%以上が外人で自分が何処にいるのかわからなくなる。ここは薄目で見たら外国だぁ。夕方までバッチリと楽しんでナナメ・ログキャビンに戻った。そして近所のアンヌプリで露天風呂に入浴。ゴキゲンさんと化して夕飯は大好きな倶知安(クッチャン)の街の”寛松”でジンギスカンを食う。ここの奥さんは正に”昭和の母さん”という雰囲気の割烹着が良く似合う素敵な営業スマイルのオバサンだ。何度来ても、ここは美味いの一言!。そして乾杯のサッポロビン黒生から始まり焼酎番茶割りも昇天的幸せをもたらした。イリモトはじめ全員泥酔!(ん!誰が運転したぁ!?)東京ではジンギスカンがブームだがこの夫婦をラチって一石投じる為に激戦地中目黒で店を出したら、さぞや凄いだろうナァと意味不明な事を考えながら食う。イリモト敏腕秘書オサムは元裁判所勤務なので硬く酔っている。ヨシキは酒が入ると同じ人間とは思えない位に生き返る。酒はヨシキにとってトリプルエックス以上の効果がある。昼間の酒抜き時のテンションとの違いは何なんだ!!。

札幌の朝!!わくわくな朝!!、わくわくわくわく~~~~

食後は明日からの自炊朝飯の買出しをする為に泥酔のまま町民社交の場のスーパーマーケット・マックスバリューに行って勢いにのり必要以上な意味不明食材を購入した。(カートは意味不明食材で山盛り!)店内で馬鹿騒ぎ、奇声を発する決して若者ではないノリノリ伯父さん一行を見て人はなんと感じたのであろうか。(ただ迷惑って思ったことだろう。)そして帰って朝食食材でまた飲んだ。就寝・・・ああ今日も幸せだなぁ。   翌朝はクミちゃんのバカウマなトン汁で目覚め、朝一からスノボー天国に突入!!。ダァラァァァ~~と朝からドーパミンがぁ!  札幌の皆さんありがとう。イリモト、孔美ちゃん、ヒロム、ヨシキ、千葉さん、飯田、田村さん、チカちゃん、中田&けいちゃん、敏腕秘書・・・出会えて嬉しい。そして来年も遊んでね。(3月にもこのニセコツアーが行われた。これまた宇宙一(当社比較)楽しかった。)

1/23 今日はノンナの80歳の誕生日!

2005年1月23日、今日は川口ノンナ文子ダイヤモンド(※―1)の80歳の誕生日なのだ。この日を数年前からノンナと約束していた。一生の思い出になるような記念の日にしてあげたかったのだ。ラリーがいいのか、パーティーがいいのか、こじんまり、いやハデにやるか、本当に迷いに迷ったが、やはり世間の皆さんにも一緒に祝って欲しいしということでラリーと小さなパーティーを開催することにした。だって80歳で現役にAMを頑張るなんて素敵な事じゃないか!。そんな彼女の至福の時間を共有したいと思うヒトは沢山いる。構想は1年前から練り始め、何を皆からのプレゼントにするかも色々と悩んだ。本当に助かったのは協力してくれた渡辺正人氏の存在であった。様々なアドバイスをしてくれただけではなく快く司会まで務めてくれて、おかげで素晴らしいラリーになったのだ。いよいよノンナラリーの当日。本社は時間前から、ものすごい人の列で驚いた。準備はスタッフも多かったので順調だった。また総合プロディユースをしてくれた鬼頭夫妻のおかげもあったのだ。林立夫氏がダブルブッキング発覚で冷や汗タラタラだったがスタート数分前に到着してくれて一安心。立ち見まで出る盛況さでスタート。オープニングのビデオはノンナの子供の頃からの写真をまとめ、また参加者皆からのプレゼントはノンナの愛するイタリア往復のビジネスクラスのエアーチケットを前渡しをして昨年12月に行った時のビデオを編集して流した。そしてなんと会長のスティーブヴァンアンデル、社長ダグ・ディボス、ニュートリのサムレンボーグ、中島薫DCA、バーニスハンセンCAのメッセージビデオまで流せた。そして当日駆けつけてくれたハイヤーピンの方々のメッセージも素晴らしくノンナの人徳を感じたなあ。ラリーは充分に盛り上がったし参加してくださった方々は年齢を重ねることの素晴らしさを、仲間がいることの素晴らしさを感じてくれたことだろう。

1/23 今日はノンナの80歳の誕生日!

少々ハデ過ぎたけどノンナは喜んでくれていた。アフターには乃木坂のフレンチレストラン”フー”で行われ、とても楽しい時間となった。昔馴染みのメンツが集まり和気藹々とした時間になり和んだ。本当に無事に終わって良かったし何よりノンナが喜んでくれて良かった。パーティーも終了してから渡辺正人、鈴木啓子、ヒロコ、田口とボクで駒沢のバウワリーでお疲れさん会をした。ものすごい疲れたけど・・・・本当に素晴らしい笑顔を沢山見れて良かった。

※―1 ノンナはイタリア語でオバアチャン。年々パワーアップする元気ぶりで、とにかく可愛く素敵な80歳。もともとは社会教育活動をしたりと、すごい働き者。是非、ノンナのエネルギーを感じて下さい。イタリア好きが高じてイタリア食材輸入会社、業界では有名なノンナアンドシディーを設立。ダイヤモンドDDです。世間に勇気を与えています。

正月は家族”定点観測”

1月2日(日曜日)晴れ 昨晩は家族的宴があり親戚が集まり、その騒ぎ疲れか遅くまで家族の皆は寝ていたが、悲しいかな早起き症と貧乏性の合併症で僕は砧ウオーキング&ジョギングをした。年始で爽快だけど寒かったなあ。零下に近かったみたいで一時間も走ったのに汗も出ない位だ。そして朝飯も食欲はわかないので宇宙の朝ごはん程度(プロテイン+山盛りニュートリ)。元太朗は腹痛で調子悪くてソファーで寝ている。相当に食いまくっていたからなあ。ということで妻は元太朗の介抱で家で待機して長女の桜子と次男、宗一郎だけ連れて原宿の東郷神社まで初詣に出かけた。東郷神社年始参拝は何年目になるであろうか。とにかくご利益絶大な神社なのだ。隣の明治神宮は参拝に何万人をかきわけ並んで一時間かけてやっとお参り。ここ、東郷神社は原宿明治通り沿いで駐車場付きで車を停めてから30秒後には参拝。雰囲気抜群、ご利益絶大なのだ。娘の桜子はビームスなどの店で新年初売りセールを見るのが楽しみだったらしいが店は閉まっていてガックリ。ねだられる事を恐れていた父さんは喜ぶ。ランチは外食も気が進まなくて家に帰ってパスタを食った。まあまあ美味くて好評だったぞ。午後は家でウロウロしていた。夕方に妻は先に沼津に娘と帰るのでその前に自由が丘のオクズミ写真館にて恒例化している家族撮影をした。

正月は家族"定点観測"

昔は写真館で記念撮影なんて信じられなかったが数年前にショッキングなことがあって、その次の年から我が家も恒例化した。(※1)そして僕と少年は実家まで歩いて行き儀兄さん明君一家と儀母さんの美佐子さんで奥沢の”あらき”という中華に行った。志の高い店で結構中心地から離れた小さい店だけど美味しくて満足したなあ。こんな店が近所にあったら最高だなあと思う。最近は紹興酒でチンマリと中華というのはマイブーム化している。その後はまた実家まで帰りお茶をご馳走になり電車で少年二人との三人でニコタマまで行ってレンタルビデオ屋で少年の好みのアニメを借りて我が家のスクリーンで観賞した。子供は満足。そしてマスターベットで三人で川の字で寝た。とても平和な夜だった。老酒は効くなあ・・・・・・・。
※ 1 沖縄でアフターで会ったミツル(ミィーツルーと呼んでいる)は20代前半。彼女に父親の年齢を聞いたらナント僕と同じだった。これは今までに、ありそうで遭遇しなかったのだが、いささかショックだった。そして写真を持っているか聞いたらノートに挟んである家族写真を見せてくれた。それは毎年正月に家族で写真館で撮った5年分だったが父さん、母さん、三人の弟、彼女本人が写っているのだが年々、徐々に父さん母さんは歳を増し三人の少年はだんだんと成長しているのだ。そんな当たり前を毎年、正月という定点で観測すると変化がものすごい面白いのだ。そして服装が全然気取っていないでその年に一番愛用しているセーターとかシャツを着ている。(今年の写真には長男が結婚して妻と子息まで写っていた。)ということで我が家も導入。すでに三作あるがそれだけ見ても面白い。 子供がいる家庭の皆さん、是非この習慣をお勧めしますよ。なにより家族の財産になりますよ。

やっぱ大晦日、日本人を感じます。

2004年12月31日、大晦日、実に時間が過ぎるのは早いなあ。あっという間の一年だった。今年も本当に充実していたと思う。そして来年も今年以上に様々な事に頑張ろうと思う。朝遅めに起きて宇宙人の朝ごはん(プロテイン+ニュートリテンコ盛り)をしてから砧公園にウォーキング&ジョギングに出かけた。公園は完全に冬景色になっていて葉が落ちた木々から差し込む光が霜を照らして美しい。そして帰ってからイタリア旅行のアルバム整理。今晩はノンナ他、友人多数が来るので是非その映像を見せてあげたいのだ。ランチは旧友・土田氏が贈ってくれた蕎麦を家族で食った。なんだか年越し蕎麦という風習はヨロシイねぇ。精進揚げとともに食ったが実に美味しかった。午後はやはり掃除大会。(結局、掃除は翌年に持ち越されたが・・)しかし外は東京都は思えない大雪が降り、掃除どころではない。東名高速、第三京浜は通行止めで大パニックとなっている。ということで雪かきに何時間取られたことだろうか。幸い我が家には東京都民にしては珍しく雪かき道具が充実していて近所の人から喜ばれた。近所のブーニン家や安部サン達と雪かきしながらの会話も楽しかった。午後から大塚健司シェフと妻で妊婦の阿部ちゃん(正格には安部ちゃんは旧姓で礼子)、お手伝いの水道屋ヒロキが今晩の”2004年最後の晩餐”を準備してくれていた。ボクは夕方にノンナ(川口文子ダイヤ、なんと80歳)迎えに柿の木坂まで行ったがやはりすごい渋滞。年末と大雪で世間はえらいことになっている。幹線道路は閉鎖状態で終わっている。そして夜7時にカンパーイ!。

やっぱ大晦日、日本人を感じます。

今晩は岡本町内会のヤッシー&ノブ(石島夫妻)と生後一ヶ月に満たない乳飲み子のショウタ、そしてノンナ、料理を作ってくれたシェフ大塚健二とれい子。そして水道屋のヒロキ。(ヒロキは料理のアシストにして洗濯機の水漏れまで直してくれた。ありがとう!)あとはニュージーランドから一時帰国のリカちゃん(タケ婦人)が娘二人を連れてタクシーを必死でひろって来てくれた。定番・渡辺正人ファミリー(たぶん15年位連続出場の快挙)というメンツで楽しい時間となった。食事はとにかく美味美味のレンチャン!流石のジーケンオオツカだった。和風中心で北海道から届いた蟹、中国土産の上海蟹、牡蠣、キンキの蒸したのはものすごい美味さだった。その他多数で感動的な料理だったが、それにしても何故か酔いが速く回り10時ころに意識不明に陥り11時59分まで寝てしまった。(除夜の金中に起こされた!、しまったマツケンサンバを見損ねて新年早々に後悔の念・・)失態だなあ。その後は片付けをした。ああ、本当に素晴らしい一年でした。みんなありがとう!!!。

強運なんてもんじゃない超強運。天気を変える雪男でデビューしようかなあ。

2004年12月5日、日曜日 今日は六年目(6回目)のスノボーツアーだ。6時に大熊が岡本の家に来て、少々遅刻してサブチャンも来た。そして我が長男の元太朗と4人で羽田に向かった。羽田の駐車場は朝7時前に入場すると駐車料金の総額が20%引きということで必死で向かい3分前の6時57分に到着して駐車。しかし環状8号線では100キロ超え、空港近くの海岸道路では130キロ、途中数回の信号無視(現行犯じゃないからスンマセーン)をして間に合った。(そうしてそこまでしなくてはイケナイのかと自分でも不思議。たかが数千円の差なのに・・いや数千円はデカイ!)開業したばかりの羽田第二ターミナルなのだが広いだけで感激はなかった。今回は添乗員がいないのでボクと大熊でみんなの搭乗手続きをこなしたが、なにせ人数が前回は90人だったが今回は31人の小部隊なので楽勝だったぞ。なにせ超格安ツアーなので仕方がないのだ。そして8時過ぎに搭乗・・・と思いきや天候不良で二時間以上も飛ばなかった。(皆は遅延お詫びで1000円の食事券が出ていて喜んでいた。)イキナリの雪が北日本全般に降りまくり結果50便位がキャンセルになったのでボク達の便だけが飛んだことが驚異だったと後からわかってホッとしたし、昨日まで全く雪が無くてどうなることやら心配だったので安心した。結局、三時間近く遅れて昼に千歳に到着。そして沖縄から来た上地と仙台の中村が数時間待って合流できた。(上地はこのツアーに参加したくてアクセスの関係で沖縄から昨晩、到着して空港近くのホテルで待機していた。)さてツアーは宿泊地のルスツ・リゾートは雪が少なくて今日はクローズしているので札幌国際か丸山峠という別のスキー場に案内ということだったが午後からですべる時間もあまりないし現地は超混んでいるということで今日は滑ることは止めにしてルスツに行ってゆっくりすることにした。今回宿泊のルスツリゾートホテルは激安ツアーなのに全室スイートで快適そのもの。温泉にマッサージ、温水プール完備なのだ。それはそれで楽しい時間になって温泉に入ったり昼寝をしたり和んだりした。そんなゆったりとした時間を過ごして夕飯は地元の三幸食堂の二階を貸し切ってジンギスカンとホルモンを食った。美味しくて安くて騒げて幸せな夜だった。地元ボーダーの斎藤コウキも参加。今回は福井グループの若者が面白い。ケンシロー、ガッツ、ヨシミがまたまたオモロイ。そして帰ってグンちゃんの部屋で意味不明に盛り上がった。少年・元太朗も楽しんでいたぞ。しかし酔って裸で流し台で行水をする大人・ヒデちゃんをなんと説明しよう。 12月6日、月曜日、スノボーツアー2日目。というか昨日は滑れなかったから今シーズンの初日だ。朝食の後に準備をして10時から滑った。平日の月曜日で貸し切り状態で気分は爽快。しかし相当に滑ったが所詮1コースだけのオープンだったので北海道ルスツの醍醐味はゼロだったがそれでも今年の初滑りなので楽しかった。ハイク(歩き)でクローズしたコースまで登って新雪を滑ったりコースアウトしてハーフパイプ脇を滑ったりと新雪も楽しかった。ケンシロー達はジャンプ台を作って飛びまくっていた。長男・元太朗も頑張って滑っていた。奴はスノボー経験二日目なの結構滑っていたのには驚き。少なくともオレが始めた二日目はヒドイもんだったし、滑るなんてレベルではなくて転げ落ちていた。やはり身体で覚えるのは若い方が早いんだねえ・・と痛感。夕方にはジャンプ台を飛んだりスイッチしたりまでしていた。ボク達はランチをしてからまた滑ったが既にコースは荒れていておしまい。まあ昨日キャンセルしようかと思っていた位だから有り難い事だ。帰って大浴場でゆっくりと入浴。そして今晩は定番の居酒屋”マルミツ”にて宴会をした。みんな相当に飲みまくり、いつもの持込システム(飲み物持ち込み料500円で隣のコンビ二で好きなモノを持ち込みまくれる。画期的なシステム。オレ達考案で、これだと割り勘負けが無いので皆満足。)で4000円ポッキリだった。カニ、刺身、煮魚、焼き魚そして石狩鍋と北海道オンパレード!今年も結構盛り上がって楽しかったなあ。今年は大熊グループの柏君が転勤先の台湾からわざわざ一時帰国して来てくれたり、サブちゃんはスポンサーの八松がドタキャンし伊佐さんがキャンセルしたのに参加で嬉しかった。宴会で騒ぎすぎて疲れた。そして部屋に帰ってしんみりとした話をサブちゃんとして就寝した。 《翌日は天気はなんと雨。ほとんどの参加者は滑らないというが”志”高い元太朗は滑るというのでつきあって滑った。ゲレンデに出たら雨は雪に変わったがものすごい重い雪で楽しさが半減。ランチをバイキングでして帰った。つきあってくれたイトケンも本当に良い奴だなあ。そして入浴をして帰宅の準備をした。4時のバスで千歳に行きチェックインしてから回転寿司を食った。元太朗の土産を購入して搭乗。9時過ぎに到着して羽田から岡本へ向かいサブっちゃん、大熊は解散してボクは強行スケジュールで沼津に元太朗を送って帰った。帰宅時間は12時半、ああぁ疲れたなあ。しかし今年も楽しかった。ボードシーズン幕開けには最高な日々であった。