9月27日(火曜日)《本日の夕方の便で北アメリカと南米ペルーへ旅に出る》 旅に出る前の慌ただしく忙しない時間がとても好きだ。仕事も遊び(次の旅の準備とか、次の次の旅の準備とか・・クルマの修理の手配、家のペンキ塗りの手配とか雑務は沢山!) “ヤルコト”は沢山あるが、旅の前は必ず溜まっていた、やるべき事は始末を付けるので気分が良いのだ。これだけ集中してやるべき事を日々やっていたらもっと人生、成功していただろうに・・・旅の準備も大体出来た。(この大体というのが困ったもので、絶対この荷造りで大丈夫!みたいにはなったことが無い。大体が見切り発車的に準備終了。そして旅先で重要な何かを忘れたと発覚。前回はi-Podとスピーカーの間のケーブル、結局音楽聴けない・・・とか肝心な旅行情報の本とか・・・結構、決定的なモノがなかったりする。そうかと思うと6泊の旅行で帽子が5つ、パンツが8枚もあったりする。) 早朝から忙しく事務仕事から雑務までこ なし、その後10時の開店とともにニコタマのジムに行って二時間の発汗。(良き旅の大切な事は安眠、それには肉体的疲労、従って体力消耗が大切なのだ。)最近はジムも最新鋭のマシンを導入していて画面でランニングをしながらゲームとかクイズ、色々な街をランニングしたりと様々な楽しみがある。最初のウォームアップで30分のエアロバイクをして画面に”250キロカロリー消費でゴハン一膳分”とか出てくると本当にメゲる。”こんなに汗かいてたったの一膳・・・” その後ランニングマシーンで一時間、450キロカロリー消費。そしてマシーンで筋トレ。昼にあがって隣のワイン屋”エノテカ”で先日飲んで美味しかったテーブル・ワインを大量購入。銀行によってから、家に帰って出発前の和定食(レバニラ炒め、秋刀魚、何故か夢で見て食おうと朝から決断していた。)を秘書の土岐ちゃんと食い幸せ感ドップリ。ボクは海外では日本食はまず食わないので、この一食は大切なのだ。そして成田に車で向かった。首都高速、湾岸は思いのほか空いていて成田まで約1時間で到着してしまった。成田空港で今回、南米に同行する格闘家・福井、室町と待ち合わせてチェックインしてからスタバでお茶をしてラウンジで和んだ。

時間通りに搭乗してからはいきなり、メシも食わす、何も飲まないで爆睡モードに突入し、そのまま6時間半、水深450メートル級の爆睡に突入した・・・・JALのビジネスクラスのシートは極楽そのものであった。(この機材の新しいシートがすごい。)なんだかヤル気出てきたぞ。

サンフランシスコ到着の一時間前に起床してワガママな夕飯、朝飯兼用のメシを食った。サンフランシスコの空港に着いてアメリカの臭いを感じた瞬間にサンフランシスコにも数日でも寄れば良かったと少し後悔。この街が本当に好きなのだ・・・・・・・・

しかし長い一日だ。暦の上ではまだ9月28日。地球は丸いんだねぇ。シゴトは片付いているし、後は遊ぶだけだ・・・・・・イェーイ!
9月23日(金・祭日)朝、軽井沢から松本に向かった。昨晩は軽井沢で昔の友達と美味い酒を飲んだ。早々に爽やかな森の中を洗いたてピカピカのメルセデスベンツ380SL(今年で21歳、1986年製)で走り抜け、高速道路に入りかっ飛ばして昼前に松本に到着した。長野県の文化都市松本は美しい山々に囲まれて素晴らしい環境の街だ。インターで北野と岩渕、そしてケイコちゃんと合流して、まずは美味しい蕎麦で歓迎を受けた。実に受けた!!長野は蕎麦が本当に美味しいが、ここの蕎麦はこれまた格別だったなぁ。店というか豪農の屋敷みたいなすごい建物で蕎麦屋を営むという豪勢な店舗。美しい庭を見ながら少々早めの秋を感じての蕎麦は大満足であった。さて、その後は本日のメインイベントの波田町アクトホールでのミーティングなのだ。北野EMEの主催のミーティングでボクはゲストでマーケとスピーチをした。波田町という名前に相当に嬉しくて盛り上がってお仕事を出来た。参加者は長野県人らしく上品に、そして静かに盛り上がった。しかし北野の謎の13年の話しが面白く北野的であった。(本人に聞いて下さい。)終了後に楽屋に訪ねてきてくれた波田グループが結構、沢山来ていてくれて嬉しかったなぁ。楽屋口で皆で写真を撮れたのはいい記念だ。その後は時間も余裕だったので、近所の浅間温泉に入った。この露天風呂がなかなかいい感じでボクの長野印象を数段階あげてくれた。大分涼しくなってきた夕方に露天風呂の縁側でバシュッと缶ビールが美味い。その後、本当のメインイベント(嘘だよ!)である松本市内に繰り出して馬鍋と刺身を老舗の”三河屋”での宴!! これは絶品な美味さで感動したねぇ。刺身がたまらない美味さだった。桜鍋も抜群!!感無量です。その後、老舗のバー、民家風焼酎バー、そして民家居酒屋で飲んだ。松本の市内は古い町屋風民家を上手にリニューアルして雰囲気抜群にした店が沢山あって素敵だ。今回連れて行ってもらった居酒屋、バーも全て落ち着いて良い店だったなぁ。そして沢山の松本人に出会えて楽しかった。

そうそう、会話の途中でチーズの話になってモッッアレラチーズを味噌で漬け込んだのを8月末に東京の割烹料理屋で食って美味かったという話をしたら、近所の相当に気の効いたチーズ屋があって、そこに塚原正子さんが買い行ってくれて目の前にいきなり、その味噌漬けモッツアレラ出て来た時には驚きを越えていた。そこでスイッチが入り美味くて、美味くて焼酎が相まって素晴らしい時間となった。眼科医でF・DDの山田みち子さんには目の勉強を沢山させてもらえたし(多くの誤解が解けて疑問が解決)塾経営者の平野剛DDも面白いキャラな人だった。とにかく本当に楽しい時間だった。6時間以上飲み続けてホテルに深夜に戻りフェラーリの加速でダウンした。・・・・・・なんだか面と向かって言うのは恥ずかしいから、この場を借りて言っておくけど、松本は本当に最高だ。次回は、こんなにまで良くしてくれなくて良いから、また行かせてね。北野、岩渕・・・・頼んだぜ!!松本泥酔ナイトは最高です。岩渕典子母さんにも感謝だ! (ドリンクガード事前4個+後半2個で翌朝はパーフェクトな意識状態であった。) ※素敵な店の名前などは全て記憶にありません。すみません・・・・
9月13日(火曜)ホテル・那覇テラスはついつい寝すぎてしまう。起きてダラダラして音楽を聴きながらゆったりと風呂に入りノンビリとした時間を過ごした。(たかが30分だけど。最近旅にはI-PodとJBLの携帯スピーカーが旅を快適にする。これがあると時間が楽しく過ごせる。)そしてメール十数本を処理。最近はメールで仕事の相当が確実に片付いて助かる。昼前に祝嶺さんが迎えに来てくれてドライブ。そして久しぶりの沖縄AM界の重鎮の照屋君(EX)に会い方々、新しい家とオフィスを見せてもらおうと出かけた。

照屋君は沖縄の北谷の山側の丘(まさにビバリーヒルズみたいな丘)昔からこの場所に家が欲しいと言っていたのだ。それは沖縄でも特別な場所で買いたくても買えるが場所ではない。・・でも夢を持ち続けるということは素晴らしい。そんな場所についに、それもその中で一等地に家を建てたのだ。なにせ場所は高台で東シナ海と太平洋の両方が見られてしまう好環境。そんな思いがこもっている家とオフィスは素晴らしかったなぁ。二階建てで、なんと一階には150人位がらくらく入るミーティングルーム、そして社長用個室とVIPラウンジ。ラウンジにはビリヤードも置いてある。二階には居住スペースで、またまた果てしなくデカイ。白系のフローリングが爽やか、そして海と緑を見渡せる居間がデェデェーンとある。そこで照屋君は何度も”望めば叶うんだなぁ・・・”と叫んでいた。

その後、祝嶺さん、大平綾ちゃんとランチを那覇の有名店”りょうじ”のやっている蕎麦屋”わたんじ”でメシを食った。古い琉球建築の平屋で庭もとても美しい。午後は頑張っている仲村家近所の民家の喫茶店で4人(大平グループ最強リーダー)で茶を飲んでゆっくり話をした。みんな燃えているナァ・・・夢と目標がハッキリしているから、きっと今期は良い結果が出るんだろう。夕方に一度ホテルに帰って和んでから読書タイム! そして夜は会場ミーティングをした。いつも以上に人は来ていたし、会計年度のはじめなのでマーケにも熱が入った。アフターは、これまたいつもの”京弥”だったが上地Rが参加していないせいか静かだったなぁ。この店は本当に美味しく和む店です。沖縄人はとことんハッピーな人が多いので一緒に酒を飲むと楽しい。深夜に宿泊の那覇テラスに帰って0,02秒で爆睡体制に突入した。しかし沖縄って良い所だ。最近は他県からの移住者が本当に多いらしいが気持ちがわかる。沖縄で過ごす時間は何処にいるより気分いいもんねぇ。AMやっていると親戚みたいな付き合いできる人間が沢山できて幸せだと思う。
9月11日(日)《新潟のホテルで起床、さすがに昨晩の暴力的ワインの飲みまくりで頭は放心状態。昨晩は悲願の山形のイタリアン・アルケッチャーノで食い倒した。しかし・・選挙はちゃんと不在者投票してきましたよ!》 朝起きて川原をウオーキング&ジョギングを一時間、二日酔いを抜くにはこれしかない。これは医学的に健康な事なのだろうか。でも間違いなく発汗して入浴するとアルコールは抜ける。今日の新潟の天気はスカッとはしていないが、街の真ん中を流れる最上川のお散歩コースは幸せだ。今日は何が何でも昼までに絶好調な状態に戻さなくては!!今日は新潟のマブダチ、堀正樹&範子のニューダブルダイヤのセレブレーションラリーのゲストなのだ。ホテルに帰って通称・宇宙の朝ごはん”プロテインとニュートリ山盛り”を飲んで11時にチェックアウトしてノンナ(川口文子D)と福井Eの三人でホテルの一階のカフェでお茶した。その後、ホテル新潟の料亭でゲストのキム・ジョンスD、主催の堀正樹、ニューEmeの中村君と富樫君(この二人本当に変わった!カッコいい!)、久々のアキヤンで食事をしてから会場に入った。会場には人が溢れてすごいことになっていた。700人位の会場に数千枚の申し込みがあったらしい程のイベントだ。

今回の堀のダブルダイヤは快挙だと思う。物凄い数のダイヤモンド以上の人々がお祝いに全国から駆けつけていた。(札幌のイリモトなんてオレの知る限り日本全国の全部の達成ラリーに出ていたよ。この盛り上がり感は最高だもんねぇ。)ラリーは始まる前からものすごいテンションになっていた。スピーチは緊張こそしないが、すこしエネルギーを使ったなぁ。アップのジョンスDは”AMはやる人、やらない人、そして出来ない人・・・その出来ない人に堀がいたと語った。でも今や・・・80歳のノンナのスピーチは相変わらず若者に刺激を与えた。(ちなみに今回、初めて参加していたパーソナルの洋介の山形からわざわざやってきた母親は完全にキレていた!!) 波田も頑張った!本当に今回のゲストに選んでもらえたのは光栄の極みであった。ラリーは相当に映像などの演出も凝っていて楽しめた。そして表彰は盛り上がり、3時間以上続いたラリーはアッという間であった。アフターパーティーは場所を日航ホテルに移し500人ぐらいが集まり、様々なパフォーマンスに加え福井Emeのカラテショーが行われたがものすごい盛り上がりだった。今回はバット4本割りとブロック割り!しかし完全に空気が変わる。福井を見ていると友達で良かったと思う。だって怖い・・・パーティーの最後の堀のスピーチには惚れ込んだねぇ。(本職の人は怒るかもしれないけど・・・趣味でレストラン、ダイニング、バー、カフェを13軒も経営しているのだ。本人は経営している意識は相当に薄い。どんどん作ってどんどん任せている。)スピーチでは、他の仕事でもきっちり成功できる自分を証明したかったし、その自分が選んだのがAMと言っていた。そして全知全能傾けるのはAMであると・・・・素晴らしいパーティーだった。ゲスト、ハイヤーピンは何の仕事だかわからなくなるほどモミクチャになり写真撮影サービスをしていた。参加していた人々は本当に幸せそうだったし、その中心の堀のご満悦な顔は最高だった。夜も更けて人数も少なくなり、その後は堀の店を数軒案内してもらった。カフェ37、和ダイニング、アジアンカフェ、そしてジョイスで暴飲暴食の追加攻撃。どこも雰囲気も良いし美味しかった。店員さんも活き活きしていたのが印象的。堀はグループに、社員に、仲間に、家族にヤル気、元気を与える天才的頭脳と行動力、センスの持ち主なのだと一緒に回ったイリモト他、面々と結論に達した。幸せな家族、可愛い娘、ウェイクボードは世界ランキング保持者、13軒の繁盛店、まだまだ店を作る勢い、友達いっぱい、そしてダブルダイヤの安定収入となによりの達成感、これ以上なにが欲しいのだ!!久しぶりにウラヤましさ全開となった。 い~~~~なぁ、堀さま!!堀さまになりたーい!!
8月5日(金曜日)朝は5時半に起床。波をチェックしたらまるで無い。この数日は本当に下田の海は山中湖かと思うほどに”ベタなぎ”状態だ。庭の木々に朝の水撒きをしてから朝食のゴハンと昼飯のトマトのカッペリーニの仕込み、夕飯の鶏肉のバーベキュー用鶏肉の漬け込みもした。朝食の後に少年1号(元太朗)の親友のシュウヘイが電車でやってきて下田駅に迎え、その後、ボクは古山に送ってもらい9時台の”踊り子号”で東京に向かう。今日は日帰りで東京に行くのだ。正直どうしても行かなくてはならない用事ではないのだが、タイミング的に今日、会うのが都合が良い友人とのランチが入った。実は散々、下田に来る人々を下田駅に送迎するばかりで、その電車には乗ったことが無かったし、これからもスチィエーション的に乗ることは考えられない。(ボクが電車で下田に来ることは無いからね。)ということで、いつか一度”伊豆の踊り子号”の景色を見ながら日帰り観光旅行をしたいと思っていたのだ。(用事も無いのに往復するのもねぇ・・子供じゃないんだし・・)また下田にいる時間が将来的に長くなると、こうやって東京に出稼ぎに出かけるのだからその疑似体験もしたかったのだ。ということで友人とは13時に恵比寿でランチのアポなので10時前の電車に乗った。初体験の”伊豆の踊り子号”は素晴らしい。景色の良さには本当に驚いた。しかしそれ以上に睡魔(昼寝が日常なもんで・・・)が激しく行きの車中は爆睡状態となった。そして東京に到着。あららぁ、せっかくの景色を見損ねた。山手線で恵比寿には時間通りに行ったが、しかし待ち合わせの時間になっても友人・岡本君(なぜかあだ名がウンベラータ)とは連絡が取れない。何回メールいれても音沙汰なし。絶対におかしい・・・たいした用事ではないが、やはり会えず仕舞いは許されないし空し過ぎる。困り果てて待ち合わせ場所の駅前をウロウロしている時、それは待ち合わせ時間から28分も過ぎて途方にくれていたら偶然に駅前で出会うことが出来た。結局、岡本ウンベラータは携帯電話を自宅に忘れて出掛けていて連絡不能。(僕が急きょ待ち合わせ場所をずらしたのが事の発端なのだが。)結局残るところ32分間のランチとなってしまい、話しらしい話も出来ないで生き別れた戦友が偶然に会って涙の再会みたいな状況を喜びあい終わった。それなりの共通の話題で盛り上がることは出来たのだ。駅ビルで慌ただしく中華を食い解散。。ボクはそのまま東京駅に戻った。そこでまた偶然に姫路の梅村さん(グループのDD)の息子さんが東京に来ていて今、東京駅にいるということで電話があり多少の時間だったが駅構内の喫茶店でお茶をした。この親子が信じられないくらいすごいンダァ。(今日は秘密)そして帰りの”スーパービュー踊り子号”の最前席にて下田に帰った。(いい加減、どっちが帰ったで行ったんだかわからない。東京がボクの家だし・・)景色重視の特別な車両は前面総ガラス張りでビックリな景色。走る金魚鉢といっても過言ではない。しかし最前列はグリーン車なのにシートは狭いしリグライニングもしない。この景色見ないで睡眠なんて許されないシートなのだ。パノラマビューは普段見る品川駅とかも別世界に見えた。熱海あたりからの海岸線の景色は本当に素敵だった。夏の太陽、深い緑、青い空、夏らしい入道雲、みかん畑越の太平洋、単線のトンネル、トンネルの出口の一点の光、咲き乱れる花々、ローカルな駅。I-Podから流れるCafeDelMarの一曲一曲が感動の粋を思いっきり引き上げ2時間半の少旅行は素晴らしい体験となった。ポロリと涙が出るほどに気分は良かった。伊豆って素晴らしい所なんだなぁと痛感。夕方の6時少し前に下田駅に到着していて再度、古山が迎えに来てくれて”おかえりなさい”の言葉で迎えられジィーン、その後、下田の高級スーパー紀ノ国屋と呼ぶスーパーアオキで夕飯の買い物をして家に戻り、みんなで夕飯の支度をした。ウチで留守番していたみんなは(一応、お客さんだった。実は十数人泊まっている。まぁみんな大人だからぁ)一日中海でおもいっきり夏休み生活を満喫していて楽しそうだった。夜はバルコニーで飲んで食い楽しい時間をすごした。キリリと冷やした白ワインがやたらに美味しく感じた夜だったなぁ。些細な夢でも叶うとウレシイのだ。戦友の岡本ウンベラータとはまた東京でゆっくり会おう。きっと生き別れ談義で盛り上がれるに違いない。
2005年7月26日(火)≪下田・オキラクハウスでの夏の生活、沢山の友達が訪ねてくる日々 ≫ 台風9号が東海、関東地方に向かってきている。 昨日から”暴風・波浪・洪水・大波・警報”が出ていて恐怖だ。気象警報関連の警戒警報がすべて出ている感じ。これ以上の警戒態勢はあるのだろうか。我が家は最高な立地条件だけど、その分、天災の恐怖感は臨場感を伴いハンパではない。いつもの平和な砂浜の、なんと波はすぐそこまで来ているではないか。スマトラ沖地震の津波の映像を見て以来、決して他人事ではないぞ!! 外出もままならず家でウダウダしながら過ごしていた。サーフィンなんてとんでもない。海には人っ子ひとりいない状況。昼前に遅れに遅れて電車で少年・宮田岳(ガク)がやってきた。岳は現在高校二年生、小学2年生ころからの付き合いでウチの娘と小学生時代を共に過ごしてきた。(家が近くで両親はEme)ダイヤモンドフォーラム・フロリダのディズニーワールドにもウチの家族として行ったこともある。下田駅に迎えに行ったら少年・宗一郎(次男七歳)が180センチを超える岳に向かって『ガックン大きくなったねぇ・・・・・そういう、お前もナァ・・・』という二人の会話が笑えた。宗一郎、元太朗にとっては憧れの存在なのだ。今回、オキラクハウスに来ているのは岩渕テっちゃん、沖縄のケイコちゃん、菊池Dと北野E(三人の男は誇り高きオキラクハウスのA会員という重労働により改築を手伝ってくれた名誉会員なのだ。)あとは岐阜の松田ルミちゃんと友達のチハルちゃんとトモちゃんのギャル三人。夕方、あまりに暇なので近所のゴキゲンな温泉”千人風呂”に入りに行って長湯をした。ここは本当に快適な温泉なのだ。菊池は自慢の”オネーさん踊り”を少年達に伝授していた。他の客がいないとはいえ露天風呂でのその光景は・・・逮捕だょ。ゆうがたになり台風がそれて雨雲の間から晴れ間が出てきて一安心。とてもサーフィン出来る状況ではないが雲の切れ間から見える青空は本当に清々しい。夕飯は焼酎&バーベキューナイトをして結構飲みまくったゾ。そして沖縄・ケイコ嬢はお誕生日なので皆でお祝いをした。

下田の気の効いたケーキ屋を知らないのでお手製ナベデモ・チョコレートケーキのレシピーを速攻で送ってもらい製作して祝賀。なかなかかわいく出来た。3メートルのダイニングテーブルには左側に子供達(少年ゲンタローの親友のシュウヘイも預かっている。)右側には大人達が座り盛り上がった。久々の少年・岳は大人と子供の中間で双方の会話に入り、それぞれと話しを合わせて面白かった。そんな楽しい”宴”は深夜まで続いた。岳は少年達とも本当によく遊んでくれたのだ。少年達は前のビーチで花火大会。明日はスイカ割りと基本的夏休みの正しい生き方、過ごし方を実践している。これから毎日様々な人間が入れ替わり立ち代り出入りして、飲んで食ってアホ話して、盛り上がり過ごす。ここ”オキラクハウス”は人生のお気に入りの場所だ。
6月30日(木) 最終営業日だ。一ヶ月の集大成(そんなに大袈裟なことではないかぁ。)朝から色々と慌ただしいかんじだ。とは言いつつ午前中の2時間はジムにて発汗。ルール違反だが携帯電話はスイッチは入れてあるが大した電話は無かった。勝負はまだこれからだ。帰って浄水シャワーを浴びて気分爽快のなんのって! ランチは家でパスタを食う。我が社というか我が家はランチは社長が作るのが恒例なのだ。本日は二種(夏野菜ペペロンチーノと茄子のトマトソース)その後、7月のスケジュールを仕上げて、細かい予定を立てて、ホームページの更新、そしてユメに頼まれたホームページの原稿を書き上げたりした。(ユメとは進藤由美子トリプルダイヤの事。彼女の有名サイトの投稿を頼まれたのです。せっかくだから読んでくださいね。)なんか雑務に終われる月末なのだが少々の緊張感とワクワク感が好きだ。そんなことしているうちに時間も遅くなり夕飯も食いそびれているのでニコタマ高島屋デパ地下までヒョイと行って数点のオカズを購入。そして帰って8時すぎ、最後の点数確認をしてニィマァァ~~うふぅぅ! 皆、達成しているじゃないのぉ。頑張ったナァ! 祝杯のエビスビールで乾杯!今日は新しい達成者も続々出たのでご褒美に取って置きの焼酎”森伊蔵”を飲もう。(買ってきたのは薩摩揚げ他 焼酎にピッタシアイテム。)焼酎飲みながら達成者からの電話で盛り上がった。。みんな気分良さそうだ。本当に一ヶ月頑張っていたもんなぁ。試される日々だったと思うよ。ボクがSPやったときの感動を今、思い出す。その感動を100万人に喋りまくったもんなぁ。今月は沖縄グループの一系列が先月にニューSPが誕生して、今月はDDが出た。長く通ったかいがあったなぁ。(大平夫妻おめでとう!スギノもおめでとう。あとからもニューリーダーがどんどん続いているぞぉ!)という上昇気流を感じる。みんな、どんどん跳んで飛んで素晴らしい夢をつかみとって欲しい。今夜のビールはいやに美味しい。 《 進藤由美子トリプルのホームページ掲載の文章 》 すばらしきブランド”シンドウユミコ” Message From 下田≪オキラクハウス≫ 波田ケージロー 6月下旬、天気はあいにくだが十数人の友人と下田の通称《オキラクハウス》でサーフ合宿をしている。ボクにとってはサーフ合宿なんてカッコいいものでは無く暴飲暴食の日々である。今回はサーフィン界の重鎮、テッド阿出川氏が不慮の病から脅威のリハビリで復活し、医者も驚くほどに回復して、ついに久々のサーフィンを復活デビューするということで水の温かい下田にご子息のジュン君と来てくれたのだ。そしてその復活を祝う人々でとてもにぎやかな日々となった。 さて、ここ≪オキラクハウス≫は着工後二年目の先月で庭の造作も終わり、昨年の台風22号でダメージを受けたデイゴやハイビスカスなどの木々も復活の兆候である。今年植えたブーゲンビリアはすくすくと育つが、目標のタナに生い茂るのは10年計画であろうか。”家は一年、庭は十年”という言葉があるがとても幸せな気の長い作業なのだ。このアメリカ人が35年前に建てたビーチハウスは3年前には廃墟スレスレだった。そして現在は二年の歳月と無数の労働力に支えられ完成の域である。しかし家の修理、補修仕事はドンドンと湧き出てくるのだ。全部やり終わると性格的に飽きるので、今後の作業はスローダウンしてノンビリと計画している。こんなに楽しい作業はゆっくりと楽しみたい。昔、とても高尚なインテリア誌 エル・デコに “主人の居場所”という写真が毎号掲載されていて各界の著名人、アーティストの家の中にいつでも居る、お気に入りの場所を紹介していた写真がとても面白かった。著名人はお気に入りの場所で気軽に好きな事をやっている姿が印象的だった。それは書斎の椅子であったり、ダイニングの定位置とか、キッチンの片隅の椅子や、書庫の前のソファーであったりと、おそらく本人には、とても落ち着くし居心地のいい場所であろう写真が良かったが、そこは決してカッコ良くなかったり綺麗でなかったり、意外にその人なりの汚れ、散らかりがある場所が落ち着いたりするのだが、そんなその人の素顔が垣間見られるのが楽しかった。ボクの人生のお気に入りの”居場所”が下田の家のダイニングである。3メートルの元アメリカ片田舎の納屋にあったであろう作業台がこの家の”主”になるダイニングテーブルだ。座る場所の定位置は特には無いが海を正面に見る側に座りパソコンを開いたり読書をしたりするのが好きだ。(今もそこで書いている)ここで朝飲むハワイアン・コナコーヒーは格別だし友人を迎えて飲むワインも楽しい。 また家と同じくボクを魅了する心の故郷である下田の町にはお気に入りのカフェ数軒、魚屋、肉屋、食材屋、大工道具屋(ホームセンター)レストラン、居酒屋と生活を豊かにしてくれる店がある。そしてそれらの店は単にモノを販売してくれるだけではなく半地元民として暖かく迎えてくれているのだ。こんなお気に入りの場所を地球上に発見出来たのは本当に幸せな事だと思っている。 ところで進藤由美子からホームページへの寄稿を頼まれた。断れるはずもなく快諾。ボクも彼女のホームページは読んでいたから書いてみようと思った。そう”シンドウユミコ”の事を! AMには様々なシゴトを超越した魅力があるが、その結果を出した人々の生活は人に希望と夢を与える。そしてその表現方法が具体的でわかりやすい。毎年更新されるエグ本は、そんな好奇心と夢を満足させる本だ。ディストリビューターには誰々のような生き方がしたいという人が多い。 グループの女性にどんな将来にしたいの? どんな人になりたいの? と聞くと圧倒的人気なのは”シンドウユミコ”である。”浜崎あゆみ”とか”松浦亜弥子”になりたいとは返ってこない。”叶姉妹”も無い。その”シンドウユミコ”という名前から連想されるのは自由、快適、ユトリ、旅、経済的自立、美人にしてカワイイ性格、そして強い意思、好きな男を愛するハート、そして愛される女、バリ島との二重生活、海、二年間のサーフトリップ、カリスマ性、話し上手にして聞き上手、サーファーガールにしてシティーガール、永遠の少女・・・・・・・・”シンドウユミコ”はもうブランドとして確立されているのだ。しかしこの確立とは決して最終系ではなく進化型にある。だから私も”シンドウユミコ”さんの様に生きたいという女性は世の中にものすごく多いのだ。これからも、そんな世の中の女性に希望を与え続けて欲しい。オレも女なら”シンドウユミコ”のように肩に力を入れない生き方、ナチュラルな生き方がしたい。 彼女は沖縄の石垣島に永住計画を考えているらしい。また突拍子も無いアイデアと思ったが天性の嗅覚から感じたものに間違いは無いだろう。その期待を裏切らない魅力が石垣島にはある。経済的、時間的、人間的、社会的な自由があるとアイデアは際限の無い世界に突入するのだ。アナタが本来の人間的な生活をする為に必要なモノは何か・・・・・アナタが自分で答えを出して欲しい。賞味期限付きの人生を何処でどうして誰と生きるのかを・・・・・・・それには何が必要かを・・・。
6月12日(日)朝から岡本経由で羽田に向かい10時半発の日本航空で大阪に向かった。大阪は通常、新幹線なのだが、今年はJALのグローバルクラブ(お得意さんクラブ)の中の上のレベルのクオリファイの為に無理やり搭乗回数を増やしているのだ。まったく目指す、狙う、勝ち取ると言う事にどうしてこんなに執念を燃やすのであろう。ということで伊丹空港には以前に下田の家に高畠秀と一緒に遊びに来てくれた鈴木君夫妻が迎えに来てくれて、そのまま今日のミーティング会場のあるアメムラ(アメリカ村)に向かう。

今日は”エグパラ”(エクゼクティブパラダイス)という高畠秀Wの主催するミーティングのゲストなのだ。結構、伝統的なミーティングで今回で何回を迎えるかは知らないが出演した友人から”楽しかった!”の連発で興味津々だったのだ。クラブみたいな会場で、みんな酒飲んで特種な空気だったがステージ上のボクは結構スピーチを楽しんだ。ノリは素晴らしき関西人だし、秀の司会はお見事の一言。どんどん話しを盛り上げてくれた。しかし来ている連中は実に若い。そして若そうな年配もいっぱいだぁ。ミーティングの終了後は近所の”ママロ”(桝本Tのスープカレーの店)でアフターをした。その後は小さな洒落たワインバーで久々の上延Dと数人でじっくりお話。とても楽しい時間だった。上延は某有名蕎麦屋の十数代目で家を継ぎながらにしてAMも頑張っている。俳優バリのハンサム顔で、オレがこの顔なら人生大変なことになっていたであろうナァ・・と思う。その後、観光旅行でビックリな通天閣裏の赤線街を散策。(波田の希望です。誤解無く。)そして、悲願の高畠家を訪問!楽しみにしていたんだぁ。今日は”高畠旅館”に宿泊なのだ。

高畠家は、それはそれはカッコいい日本家屋でその上、大阪市を見下ろす八尾市の高台で半端なしの絶景が望めるのだ。(夜景も朝もすごかった。)家は十数年前に総工費ウン億円をかけた正真正銘の宮大工が建てた日本家屋で釘は使わず、細かい細工がまたまた素晴らしいのだ。窓は当然の建具屋の作った木製。半端なものではなく、別棟には蔵まで付いている。手入れの行き届いた日本庭園、そして住み方が超お洒落で和の部分はそのまま素敵なイサムノグチなどのライティングや小物でまとめ、またリビングとダイニングはモダンに仕上げ、カッシーナの真っ赤なソファーが効いていた。外人のインテリア好きに見せてあげたら泣くだろうなぁ。一人で感動しまくっていると、愛妻あっちゃんの有名な接待攻撃が!!それはウワサ以上の多品目の食材がアテ(東京で言うツマミ)が出てきてビックリした。量もすごかった。あっちゃんはものすごい料理好き、接待好き、人が感動するのを見るのが好きなんだなぁ。ビールが美味しかった。しかしAM界でもっともアバンギャルドなファッションを愛する秀夫妻がこの家に住んでいるということがスゴイし、カッコいいなぁ。

ぶっ飛びなファッションセンス、レンジローバー、息子ゴウと愛娘ララちゃん、笑いの帝王、40代でバリバリのサーファー・・・・良いもの見せてもらいました。アリガトウございました。ラィティングした日本庭園を障子の雪見窓から見ながらフカフカな布団で熟睡した。 これが京都の俵屋に泊まってるみたいだった。
5月26日(木)昨晩は酒を飲まなかったので朝は快調!しかし飲まない人生が正解かとは思えない。砧公園を一時間、発汗ジョギングをした。春らしい木々の息吹きは季語の”山笑う”という言葉を連想させる程に美しく楽しそうだ。何故か公園の片隅に”デイゴ”の樹があるのだが、下田のオキラクハウスの庭の木と同種類でボクは勝手に下田と砧公園を国交樹立姉妹関係を結んでいる程に好きな木なのだ。最近は筋トレしたくてジムにばかり通い、外で走る回数が激減したので爽快感は倍増。そして家に帰り快適浄水シャワーを浴びて、午前10時半から目黒オフィスでミーティング。この月一の定番ミーティングは結構、好きなのだ。夜のミーティングだと地下の80人入る部屋で行うのだが目黒オフィス4階のミーティングルームは30人しか入らないが朝のミーティングはそんなに人が集まらないので、ここだと顔がみられるし生声で話せるので参加者との一体感がもてて好きだし、ミーティングが盛り上がる。(気がする)共同主催の宍倉クミちゃんは元気満々なEMだ。本当に明るくて陽気で無邪気で楽しい。(出産、育児で数年間お休みしていたが突然にカムバック、そしてちゃんとしっかり新しいグループを作っている。すごいなぁ。育児中の何年もしっかりとAMの収入が入っていたと言っていた。)今日も面白いヒトが色々と来ていて楽しいミーティングだったなぁ。アフターは”タパスタパス”というパスタ屋でランチした。(携帯の電池が切れそうなので充電を依頼したら法律でダメだと無碍にも店長に断られた。どんな法律だよぉ?客にサービスしてはいけないのかぁ!?ケチ以外の何者でもない。悲しい雇われ店長に淋しさを感じた。二度と行かない。絶対に行くもんかぁ!いったい今まで何百人の友達を連れて行ったのだ!!サービスって何だかわかっているのだろうか。バァーロゥ!奴はたかが電気で多くを失った。)ランチをしてから楽しみにしていた三軒茶屋のうらぶれた映画館で”モータウン”※―1 という映画を見た。。この映画の存在を知らなかったのだがJ―WAVEで少し紹介されていて、上映最後に間に合ってみることが出来た。これは強力に感動。実は数年前の映画みたいだが音響的にはDtsという高度な録音技術が施された映像なので、それなりの施設でみたら5,1チャンネルで感動倍増なのだが、なんとこの映画館は昭和初期から改築無しでひどい椅子と音響。だけど何故かこの映画をより一層印象付ける役割を果たしたのだ。しかし最後の一行に鳥肌立ちましたよ。ブラック系ミュージック好きなら必見。その後、渋谷経由で目黒にて恵美のプロスペクトと大戸屋で会ってメシを食い話をした。少し風変わりなオジサンだったが・・可能性である。夜の本日2ラウンド目のミーティングは20時からで、共同主催の尾崎大Sが全デモのテンションを一般人化させて大成功。(わからない説明で失礼)彼の毒舌と若者への訴える力は素晴らしい。元、広告代理店・博報堂の頭の回転の良さは流石だ。ボクのマケも我ながら冴えていて、いいかんじのミーティングだったなあ。パーソナル出席率も高くでご満悦。月末なので早めに家に帰ってパソコン見ながら点数見て唸ったり、感心したり、安心したり、不安になったり、盛り上がったりした。そうこれがあるからAMは楽しい。月末を楽しもう・・・・・・
※ ―1 STANDING IN THE SHADOWS OF MOTOWN. “永遠のモータウン” 言わずと知れたモータウンレコードの創設期、デトロイト時代にベリーゴーディーに集められたプレイヤーは14年間に出された膨大なヒット曲を支えたファンクブラザースだ。裏方に徹しているがゆえ、名前は出ていないがビーチボーイズ、ローリングストーンズ、プレスリー、ビートルズのヒット曲を合わせてもかなわない程のナンバー1ヒット曲で演奏。その偉大すぎる功績をたたえた映画だ。カッコいいよ!!
5月20日(金)≪ ホーチミン3日目、今日はシンガポールへの移動日≫ 朝はガッツリとジムで発汗した。外国のレベルの高いホテルのジムは朝早くから(場所によっては24時間)盛り上がっている。というかテンションが日本のホテルにあるジムの一応あります的なモノに較べてヤル気度満々なのだ。朝から来ている連中は”仕事出来そう!モード”な人間多数。インテリ層はどこでも健康管理と肥満防止には余念がないのだ。その空気を吸う事はとても良い。一時間半の発汗の後、部屋に戻り一階のダイニングで皆でベトナム的朝食をして荷物の準備をして空港に向かった。最近は佐藤富雄ドクターの講演を聞いて以来朝食抜きな生活だったが、ここの朝食ブュッフェを見ていると我慢が出来ない。チキンコンジー(鶏粥)が美味いのよ! その後、迎えの車に乗ってエアポートまで。そして一路、シンガポールまで二時間強のフライトで到着した。今回はリーダーシップセミナーということでグループからも沢山の参加者があり普段、会えない人とも沢山話せて楽しい時間なのだ。考えてみると一日中”やぁやぁ元気!!”と誰かに言っているのだ。ボクにとってシンガポールは全く行きたくない海外旅行一位に輝く場所なので、皆の顔を見られるのが唯一の楽しみだ。(すみません、清潔すぎて居心地が悪いのです。でも今回で相当に好きになりました。期待しないのがいいのかもねぇ。)空港からはタクシーで今回の宿泊地であるラッフルズ・ホテルにチェックインした。

ここ “ラッフルズ・ホテル”は数々の映画、小説の舞台になった名門ホテル。アメリカ大統領も世界のVIPはここに泊まるのだ。正面玄関前の停まっているクルマも半端じゃない。フェラーリ(通常の1500万円程度のモノが税金の関係で5000万円位する。従ってクルマのステータスは半端じゃない。)部屋には専任バトラー(執事)がいて何でもしてくれる。”御用事ボタン”を押すと24時間、即刻に飛んでくる!サービスでビックリしたのは読みかけの本をベッドに置いていたら、そのページに皮製のオリジナルなシオリが差してあった。オシャレこの上なし。 そして、そのバトラーのご挨拶を聞いてから外出した。何人かとの約束まで時間があったのでオーチャード方面に散策。別段興味ある店は見当たらない。ブランド品も興味がわかない上に値段も日本の方が安くすら感じる。夕飯は一応20時にラッフルズのロビーで待ち合わせていたので第2班で来ていて連絡が取れていた大熊夫妻、宇津木夫妻、桂夫妻、石井夫妻と波田家でホテル裏のタイ・レストランで食事をした。これが相当に美味しかったし平和な時間だった。また最後に食べた”ドリアン”がものすごい臭いで盛り上がった。ウワサには聞いていたがなんと臭い食べ物なのであろうか。この臭いをなんと形容しようか迷った”夏に三日経ってしまったバケツの中の生ゴミの臭い”という表現が正しいかなぁ。しかし食うほどに病み付きになるらしい。(本当かよ!)

その後、超有名なラッフルズホテルのバー”ロングバー”で飲んだ。名物のシンガポールスリングを注文。しかし大量に作り置きしてポットから注がれたシンガポールスリングは興ざめの一言だったなぁ。そんな細かいこと言ってないで盛り上がりたいところだが、今日は皆は長旅の疲れが出ているみたいで辛そうで会話にシャープさが無いので早々に退散した。これから三日間は楽しい再会が楽しみだ。”やぁやぁ元気!!・・・・”
翌日のウエルカムパーティー、フリーチョイスのナイトサファリ、グランドバンケットのドゥービーブラザースなど感動が沢山あったぞ。 ボク的な旅は招待旅行ならナオサラに何処かに寄りたくなる。せっかく行くのだから・・・という貧乏根性が染み付いているのだ。今回のホーチミンは正解。次回のLSは香港。従って何処に寄ろうか今から画策している。ベトナムでも北のサイゴン、アンコールワットがあるカンボジア、また北京とか・・・・聞くところによると雲南省が素晴らしく美味な世界で最高らしい。旅への欲求は止まる事を知らない。地球儀を眺めて遊び場を選ぼう。
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