7月6日、晴れ、朝は発汗がエクスタシーなのでウォーキング&ジョキングをした。沼津の海ではトライアスロン大会が開かれていて・・・苦しそうだった。少しの時間だけスイムからサイクリングに移る選手を見ていたが、決してやってみたいとは思わなかった。マッスンはどんないきさつでトライアスロンを始めたんだろうか・・。誰も楽しそうに走っていないゾォ!!。家に帰って家族で朝飯してから、準備してデコに沼津駅までおくってもらい、西武デパートでサンドイッチ購入してから新幹線で大阪に向かった。今日は大阪ヘッケルラリーのゲストスピーカーなのだ。車中、電気のコンセントを抜いたみたいに曝睡。そして起きてから読書。スケジュール調整とか大阪までの3時間のグリーン車は実にノンビリできて好きな時間だ。飛行機の移動だと何故か、こうはいかないのだ。新大阪からヒルトンホテルに向った。ヒルトンは今では大阪の老舗になったが最近の新しい、どのホテルより好きだ。ホテルでチエックインして着替えた。ゲストスピーカーなのでヘッケルが取ってくれている部屋はスイートなので気分はヨロシイ。(薫さんに感謝)ラリーは午後の第二部だったがスピーチはなかなか頑張った。多分、期待に答えられたと思う。そして、終了後に姫路の重田夫妻(EME)と息子(頼宏氏、DD)、そしてダウンのSPになりたての小林英樹(21才、本職はトビ!)とヒルトンのラウンジで、お茶を飲んだ。重田家のAMビジネスはファミリービジネスでみんなが楽しそうだ。話題には事欠かないというカンジ。完全な世代交代が進んでいるぞ。そして、その後は4部の薫DCAのスピーチを聞いた。やはりブルブルに感動してしまった。何故、薫御大の話しをきくとこんなにまで元気が出るんだろうか!!?。アフターのお食事はヒルトンの中華 “王朝”だった。中華に合わせて出されたワインが実に美味しかった。そしてワガママに薫さんにリクエストして裏メニューのネギラーメンを注文してもらい食ったが上品で美味しかった。以前に薫家でピアニスト・ブーニン氏に王朝の裏メニューのネギソバの話しをしていたのを思い出したのだ。少し飲み足りなかったがそんな事を言える筈も無い。部屋に帰って一人ダラダラとしながら電話各方面にして酔っ払い状態がバレていたが、次週のアポが数件入って満足な、そして長い1日が終った。
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実は告白します。男性ファッション誌”ブリオ”に出ちまいました。 《今更、報告が遅くてスミマセン。根っからの露出嫌いなんです。》
6月30日、月曜日で最終営業日。朝から忙しいのだ。7時過ぎに起床。オレだってタマには朝から忙しいのだ。朝一で月末のポイントをチェックして、昨晩整理したホームページの更新用原稿を再度読んでから大島の送付。オフィスのスケジュールの最終信をチェック。後に砧公園で1時間のウォーキング&ジョキングをしてコンセントレーションを高める。軽い朝食をしてから珍しく洗車を2台。(車は好きだが洗車が大嫌い。)そして自由ヶ丘の美容院・アパッシュで髪を切って世間話をしてから買物。実は今日は午後にファッション雑誌”ブリオ”の撮影なのだ。

そして帰ってから洋服の選択をクロゼットに入って30分・・いや10分。いやいや5分・・コーディネートした割りにはこんなもんかと言う程度のコスチュームだが・・。神戸の洒落モンの細見寛氏の紹介で”車は人を語る”というページに出るらしい。大体に”ブリオ”っつう雑誌が金持ボンボン風の奴が父親に買ってもらったフェラーリですぅぅ・・みたいなのが出ていて恥ずかしいというか軽蔑の域に入るマザコンというかヘナチョコヤローみたいなのばかりなのが気に食わないのだ。(相当な偏見である・・・結局、出たくせに・・)まあ、編集者がオレの意志を尊重してアップは避けてくれたので承諾。名前もそのままだと察しがつかれるのもイヤなので偽名(という程ではないけど・・・ケージローになってます。)しかし実際には愛車、ロータスエランが主人公だったのでオレの存在なんてタイした問題では無いが2時間位で我が家の室内、車の要所要所は押さえて写真撮影と取材を終了。

その後は田園調布の歯医者に行ってから7時にニコタマ(二子玉川)でプロスペクトの○○氏(※―1)と食事をした。波田と同世代の○○氏が転職で苦労しているなんて信じられない。(45才)メチャクチャ人生にやる気がある人なのになぁ。学歴だって立派だし、職歴もスバラシイ。でも再就職はなかなか難しい時代らしい。こういう人は人から使われるのではなくて自分の仕事を持つのが正しい道である。やはりAMみたいな仕事を勧めしなくては罪なこと。なにか他の事業を立ち上げるにしろ平行してAMを取り入れる事は将来設計上は必要でしょ。人生の意味とか目的を考えたら・・・・結局、食事中そんな話しになっていった。人生はたったの1回。ならば誰かの利益の為に時間の(人生の)切り売りなんて悲しい。そんな○○氏の仕事を応援出来るのもウレシイ事だ。・・・・そして数本のワインが空いていた・・・・。またして意識不明の泥酔・・・。
※―1 ○○氏は晴れて新らしい仕事を探して、いまはAMもスタート。一年後には、つまらない経済的な問題なんかとオサラバ出来るようにビジネスを構築していく事業計画だ。
下田海の家《オキラクハウス》素人集団改築計画・その2.いよいよ戦いは始まった!!。真夜中の海岸に鳴り響く電動工具の爆音は不気味以外の何モンでもない。
6月11日、曇り、オキラクハウスの素人集団による改装工事《第1期工事》二日目。いつ終るか、どれだけかかるか、わかっていることは作業するのは素人で予算は無い。終りの見えない第1期工事に勇気あるものが集まった。そして頼るは大工ハマーと”日曜大工の全て”というノウハウ本。常識では考えられないウルトラプロジェクトだ。昨晩も遅くまで作業していた。真夜中の海岸に鳴り響く電動工具の爆音は不気味以外の何モンでもない。

夜中に浜松から鈴木道彦チームが来てくれていた。大塚、名高そして小栗夫妻と静岡の名桐氏、名古屋の高橋氏。青木夫妻。昨日からの大塚健司と阿部ちゃん、そして大工ハマー。手弁当(無料奉仕)というムチャクチャな労働条件に関らず来てくれている。ものすごい人数でペンキの下地作り、壁のブリック張り、天井ペンキの準備、キッチンの棚のペンキ塗り、各所お掃除、地階のブロック壁のシーラー塗り、床ハリの準備(※―1)、ドア外してペンキ・・・・とにかく恐ろしい数のやるべき事の山である。こんなこと一体ダレが素人でやろうとするのか。しかし現場には笑い声が絶えない。浜松チームは表玄関のファサードを枕木で作り出した。これはけっこう傑作だし、白玉砂利を入れるというのは相当にナイスアイデアだ。しかし片付け様と思うほどに仕事が涌き出てくる。浜松の青木君は元建具屋で扉の修理、襖、障子の張り替え、ドアの調整、製作など素人では出来ない仕事をしてくれた。昼は食う場所もないので適当に外してあるドアをテーブルに床に皆で座ってソーメン・ランチ。夕方まで皆、本当に頑張ってくれた。

夜になって皆で大和館にお風呂に入りにいった。女将が大変だろうということで作業中はお風呂を貸してくれるというのでそのお言葉に甘えた。(その後、数十日超汚い大人数で風呂を借り続けでしまった・・・感謝)ここの展望風呂はすこぶるゴキゲンでびっくりした。本当に疲れが吹っ飛ぶ。そしてメシはハダズフェイバリットの”ゴロサヤ”(波田啓次郎の勝手でしょバックナンバー参照)に乱入した。浜松チームは車中泊、ミツチームは民宿にステイ。庭のテントに泊まる者、現場にてキャンプ用簡易ベッドで寝る者、とにかくスゴイ状況でみんなで休んだ。いつまでも波の音が心地良くてこんな作業所みたいな所なのに快適睡眠がおくれた。明日もやることが山ほどあるぞ。頑張ろう!!。皆に感謝だ。きっと最高な夏がやってくる。(そしてこのプロジェクトはこんな調子で約20日間、のべで125人が手伝いに来てくれたのだ。)
(※―1)たかが床ハリといえ、合板のフローリングもどきではない無垢(むく)の板を一枚ずつ張り込んだ。そりゃ簡単なのは一般的な合板だが、素足で歩いたときの感覚が全然違うのだ。そしてペンキではないオスモという自然系の塗料を5回塗り。そりゃスバラシイぞ!!。
下田海の家《オキラクハウス》この大仕事、相当部分を素人、いやド素人である自分達でやろうと壮大な計画。そしてこの夏を楽しむためには時間制限までついている恐ろしいプロジェクトなのだ。やるしかないぞ!!。
5月24日土曜日、沼津での朝、天気は晴れ。7時過ぎに起きてウォーキング&ジョキングで沼津港周りで海岸コースを走った。そして10時に東京から大工のハマー(※―1)に来てもらって一緒に下田に向った。今日は下田の工事計画の下見をして作業計画を立てるのだ。元太朗は友達のタイガ君を連れてきた。4人で昼前に到着して下田で回転寿司に乱入して、みんなでランチ!。元太朗友人タイガは僕の倍位、バクバクと高級食材ばかり食っていた!!。ウニ、アワビを食う屈託の無い少年の前には金、銀、ハデ系の皿が立ちあがり、オレはアジ、イカ、サバの青い皿ばかり食う。(まあ、それが好きなんだから良いじゃないの!)そしてシーハーしながらホテル大和館にビーチハウスの鍵を受け取りに行ったら女将の中川さんがいて子供とハマーを優しく迎えてくれてラウンジでアイスを御馳走してくれた。波田はこの女将程美しくインテリジェンスに富んだ女性を見た事が無い。今回もこの家の件で交渉している際に何度もボーッとなってしったほどに美しいのだ。そして鍵を借りて、ハマーとビーチハウス(仮称)に行ったら庭師を入れてくれたみたいで見違える様にキレイになっていた。

といっても10年間未使用に近い状態だったのでやる事は沢山あるのだ。その後、夕方まで時間を忘れて室内の計測、傷んでいる部分のチェック。ハマーと作業上の相談,材料の考察をしながらデザイン上の相談をしまくった。また不要なカウンター外し、ドア外し、そしてジュータンの撤去、最後には床に穴を開けて地下への階段の新設する位置を確かめたりした。少し考えたって、マスターベッドの天井、リビング、キッチン、ベッドルームの床張り(約40畳)、壁の全面ペイント、一部は漆喰壁の塗り直し、キッチンの造作しなおし、地階倉庫を床を張って部屋にして泊れるように改造。玄関部分の作りなおし、庭の造作、バルコニーの防腐ペンキ、和室の壁、天井全てペイント、シロアリにやられているハリの入れ替え、電気の引きなおし、上下水道のチェック・・・・果てしなく仕事がある。書き出したらメマイがした。でも、この”下田海の家”は手の入れがいのある素晴らしい建物なのだ。(※―2)しかし、この仕事は誰がどうやってコナすのであろうか。なんと、この大仕事、相当部分を素人、いやド素人である自分達でやろうと壮大な計画があるのだ。そしてこの夏を楽しむためには時間制限までついている恐ろしいプロジェクトなのだ。そしてそして予算なんか、全然無いのだ!!。だんだん相当不安モードも入ってきたゾ。夕方に時間も遅くなってしまったので沼津に戻り、素晴らしき定食屋”ヤジキタ”で夕飯を食った。その後、ハマーとカフェ・ブルーウオーターで打ち合わせをした。オーナーの天野氏も加わり盛り上がった。しかしやる事も山盛りだが、デザイン上の決めなくてはならない事も山盛りだ。ヤルからにはハンパ無い最高なモノに仕上げたい。だって、これこそオレの夢そのものだったのだから・・・。
(※―1)大工ハマー 大工ハマーはニホンジンである。浜憲工務店という3代続く宮大工なのである。そこらぁのデェイクゥ(ダイクの江戸っ子読み)とは訳が違う腕前なのである。そんな心やさしきハマーは何処までもボクの我がままに付き合ってくれて下田に共に寝泊りする事,数十日となった。しかしその仕事ブリはお見事。今回の工事で絶対素人には不可能な部分、また技術的な事を我らド素人軍団に丁寧に教えてくれたのだ。下田海の家の庭に銅像でも立てなければイケナイくらいに尽力をつくしてくれたサイコーな男です。だれかオヨメサンにいませんかぁ!?。そして良い仕事しまっせ!!。
(※―2)下田・海の家。波田の夢だったビーチサイドの家。32年前にアメリカ人、ロバートニコラスラテンバーグ氏が建てた。豪華ではないがキュートなビーチハウスでフロリダの片田舎の水辺にありそうな建物。現在の法律ではありえない建物なのだ。
屋久島で色々と癒しましょ!!。どんどん癒しましょ。(SARSの不安で香港セミナーは中止。そのオフ・スケジュールを利用して初の屋久島へ・・!)
5月19日、月曜日。朝から屋久島への出発モードで戦闘状態!。家族全員が早起きして子供の弁当の準備をして3人のガキを7時15分に学校に送り出して沼津を7時半には出発することができた。まさに戦争のような朝だった。東名には7時45分位には乗れて東京の家に順調に到着してタクシーも9時前には迎えにきてくれてセーフ。相当に時間的には心配モードだったので安心した。オネーサン(※―1)を奥沢まで迎えに行ってそのまま羽田空港に突進!。10時50分の鹿児島行きに無事に乗る事が出来て鹿児島空港でトランジット。そこで昼食。鹿児島空港というだけで黒豚を食わなくてはイケナイと考えて一路、ラーメン屋に入る。九州巡業から直接参加の渡辺正人氏とも空港で会えた。屋久島空港には天候不良で引き返しの可能性と言われてビビッたが無事に到着した。素朴な屋久島空港には小笠原さん(※―2)が迎えに来てくれていてそのまま今回の宿泊の小笠原家に向う。太平洋を一望する家は平和で部屋も過しやすそうだ。草木も手入れされて素晴らしい環境だ。貸してくれたタウンエースで4人でドライブに出かけた。ガジャマロがウヨウヨと生えている公園を見学。そして汗を流しに楠川温泉に行ったが混んでいて諦め。(有名なのに3人しか入れない浴槽。そして混浴。)そして平和な海亀の産卵で有名な”いなか浜”に行ったが、ここはゴキゲンだった。真っ白い砂が可愛くて袋に入れて持って帰った。最初に宿泊を予定していた”送陽亭”はなかなかな景観だった。小笠原家の夕飯は6時で、それまでに戻った。夕飯は完璧で鯖の刺身が絶品。(名物の首折れサバ)またカンパチも物凄い美味しい。大好物な島ラッキョウもバカスカ食べた。焼酎は”愛子”と”三岳”(※―3)が用意されていて屋久島ムードは絶好調。本当に美味しかった。最後に鯖のシャブシャブを食ったが、これも超美味い!!。絶品中の絶品だった。とにかく倒れそうなメシの美味さのオンパレードで感激だった。
オネーサンがブッちぎれて泥酔して倒れてそれを見て冷めた。なぜか自分以上に酔う人間を見ると酔いがさめるなぁ・・。英子さんも酒でハイテンション!!。それ見てまたまた冷めた!!。コラァァ俺より酔うのはヤメンかぁ!!。しかし小笠原さんは相当に面白い人だ。また島のラグビーの後輩も来ていて色々な話しを聞けて和めた。実に屋久島的な素晴らしい夜であった。屋久島は年300日、雨と言われているが明日は晴れの予報。勿論、山に出かけて屋久杉森林浴でも楽しもう。もう一度、いなか浜のも行ってみよう!!。たった東京から2時間半でこんな楽園があるなんて・・・。今日だけで緑を見すぎて視力が0,3位上がった気がするぞぉ・・。
※ ―1 オネーサン。度々、この日記に登場の鈴木啓子女史。名門・慶応ラグビー部の女史マネージャーという経歴で察しがつく性格と面倒見の良さ、そしてサッパリとした性格。波田のマブダチ。
※ -2 小笠原さん。元・プロ野球のピッチャー。肩を故障して引退。そしてその3年後には初挑戦のラグビーで日本代表に選出。(事実!)その後はワールドラグビー部の鬼監督となり全国制覇へという輝かしきメチャクチャな経歴。ルックスは長身で日本男児そのもの。星飛馬の父、星一徹氏にそっくり。合宿に訪れた屋久島が気に入って住んでしまった。オネーサンの知合いで、自宅に招待してくれたのだ。屋久島滞在中、一度も外食なんてしなかった位、美味しいモノを食わせてくれた。そして陶芸への造詣も深く素晴らしい器にふれられた。
※ -3 ”三岳”は焼酎である。イモ焼酎なのに香りが素晴らしく美味しい。屋久島島民は99,7%、三岳しか飲まないとのこと。それ以来、波田も三岳にはまり、調達して飲んでいる。ラベルが超カワイイのだ。
“猫に小判、波田に高級ワイン”でも美味かった!。それはわかった!。
5月7日、水曜日、晴れ、午前中に砧をウォーキング&ジョキングすること1時間。のんびりと入浴して昼メシを食った後に原宿の写真家・寺内マサト氏の写真教室に出かけた。昨日、宿題の提出に間に合わないので急ぎで受けてくれる青山ラボにて写真をピックして原宿に向う途中で表参道の交差点で非常識でアホなオンナに愛車をぶつけられた。その女はぶつかっているのにシカトして逃げ切ろうとしている。とっかまえて文句言ったら娘の塾の送りで急いでいるという。唖然・・・・!。そして警察を呼ぶように言ったら拒否。仕方なく警察を拒否されたので一筆もらい解放。本当にアホで非常識な女だ。きっと馬鹿なガキに育つ事だろう。その後、FоBで皿乾かし棚を購入。思わずカワイいランプシェードも購入した。下田リニューアル計画の備品揃えはもう始まっている。寺内オフィスでの写真教室は実に勉強になる。一緒に習っているのは渡辺正人氏と岡里栄子さん。3人で有名人・寺内先生から写真を教えてもらえるなんて、丸山茂樹にゴルフを教えてもらうほどに豪華な話しだ。今回の講義も面白かった。僕の宿題は苦労のかいあって誉めてもらえた。5時過ぎに終了して、大急ぎで首都高で帰宅。そして夜のワイン会の準備をした。本日は金森信一夫妻とまたまたイイヒト・荒川夫妻が素晴らしいワインを御馳走してくれるという。(※―1)僕に出来る事はなにかということで、僕は自宅を場所提供。しかし良く考えたら誰がメシ作るの・・・・ということで、僕が担当。そうなんです。その気になれば出来るんです。サラダ、トマト、牛タン塩蒸し、牛のワイン煮、ゴルゴンゾーラのペンネ・・・どうダァ!!。写真教室があって仕込ができなくて前の晩から準備をしておいた。食事はなかなか評判がよかった。今回の参加者は城野夫妻、金森夫妻、荒川和彦、残念ながらヒロコさんは病欠、波田、そして正人氏、岡里栄子だった。相当に美味しい上等なワインのオンパレードで感激だった。リエちゃんと荒川氏が波田タクに宿泊した。僕は意識不明でいつか、就寝していた。 ※―1 その晩に飲んだワインを御紹介しましょう。ルイロデール・クリスタルグリュット(1996)、シャトーオーブリオン・ブラン(1981)、プチシュバル(シュバルブランのセカンド)(1997)、シャトーモンローズ(1976)、シャトーレオビルラスカーズ(1984)、シャトーオーブリオン(赤)(1976)、シャトーオーゾンヌ(赤)(1976)・・・・・・・フルトンストリート。
夢がかなった。本当に叶った!!。
5月5日、朝起きたのは5時半。下田に来ていると夜が早寝で朝が早くなる。それにしても早過ぎるぞ。昨晩も興奮状態で寝られなかったのだ。今回はホテルジャパンに宿泊しているので、上から海岸を見下ろして憧れのアメリカンハウスを眺める事1時間。昨日、初めて内装をを見せていただき衝撃的にカワイイ内装に感動をうけた。おかげで昨晩も良くは寝られなかったのだ。外観から想像していたものの570倍位カッコ良かったのだ。朝メシ前にホテルの洞窟風呂に入浴して、その後、ホテルのロビーの朝市を見学してから朝食を食った。ここの朝飯はすこぶる美味い。その後、散歩がてらビーチハウスを外から見学。見るほどに素晴らしい。少しビーチで子供を遊ばせてからゴールデンウイークの渋滞を避けるために早めに帰宅する為に下田を出た。少し混んだが渋滞回避裏道を駆使して昼には沼津に到着して、お気に入りの映画館前のラーメン屋で昼食をした。なんと今日は子供の日で子供のラーメンが何を食っても100円という企画でラッキーだった。オレってどうしてこんなことがやたらにウレシイのだろうか。その分、混んでいたが結構な企画だと思った。このラーメン屋は店員も調理場も全員女性で和風のラーメンを得意とするのだ。その後、自宅に帰って少しだけソファーでウタタネ。夕方に香貫山山頂までウォーキング&ジョキングをした。気分は壮快。ここからの景色は絶景で駿河湾、伊豆半島、箱根、富士山、沼津の町が見渡せて絶景なのだ。子供達もここが気に入っている。そのまま帰ってから宗一郎と元太朗を連れて鶏肉屋と魚屋に買物をしてから海岸まで自転車で行って和んだ。メシは自宅で”和みメシ”。朝、下田で買ってきた竹の子やら何やらを食い焼酎を飲んだ。そして食事終了後にパソコンで日記を書いていたら、運命の”下田の老舗旅館の女将”から電話がかかってきて下田のビーチハウスを提示していた金額で譲るとの事で連絡をもらったのだ。この上ない喜びだ。強運すぎる。感激しまくった!!!!。夢はやっぱり叶うんだぁぁ!!!。お仕事頑張ろう。今夜は寝れないかなあ・・・。
※―1 下田は素晴らしい街だ。下田にはまって20数年。一年中この地に通っている。抜群にキレイな水、そして白い砂のビーチ。人もメシも素晴らしい。そしてここに素晴らしいビーチフロントのアメリカンハウスの所在を意識し始めたのが10年前、3年前に調べ始めてオーナー(老舗旅館の女将)に出会えて挨拶できた。それから嘆願するこ3年。そしてこの春に、売る予定は無いと言っていたのが急転した。誠意が通じたと解釈しているが、僕のその家に対しての強力な思いが通じたのだ。そしてこの5月5日に波田のモノになる事が決まったのだ。築35年のアメリカ人が建築したこの家はアメリカそのものだ。パーーーーフェクト!!。夏までにデザインと修理計画を立てて10年間使っていなかったこの家を生き返らせるんだ!!。
第20回記念のグローバルフィッングトーナメント。 なんと参加者170人も集まって釣り大会が開かれた。普通じゃない!!。
4月29日、晴れ。朝起きたのは4時前で5時に集合の芦ノ湖(箱根)で行われるイトウシンペイの釣り大会(グローバルフィッシングトーナメント)に向った。今回は第20回ということで全国から170人もの釣り人間が集まった。僕は長男・元太朗少年とバスプロ鈴木(※―1)とその友人の4人で参加。6時に開会挨拶が行われそれぞれがボートで出港。天気もヨロシク気分が良くてついつい釣れなくてもイッカァと言う気分になってしまう。芦ノ湖は緑も深く富士山もキレイにくっきり見えて実に平和な景色だ。それにしても、今回も全然釣れない。完全に魚に無視されているではないか!!。普段魚ばかり食っている恨みなのかなあ・・・・。元太郎は過去5~6回この大会に参加しているが、一度も可哀相に魚に触れていないのだ。釣るのはマス(トラウト)かバスなのだが、目の前でジャンプしているのに釣れない。今回は絶対に釣ろうと決断していたのに!!・・・・。また、今回は元太朗に釣らせてやりたくてリールまで買ってやったのだ!!。お父さんしっかりしなくては!!。しかし結局、昼までに魚を見ることもなく、とりあえず集合というか今回は20回記念大会なので特別にランチが用意されていた。170人が平和に芦ノ湖の湖畔の駐車場でカレーやらサラダやらを食ってビール飲んで談笑。しかし、すでに釣っている人もいるんだよねぇ・・。我が班の鈴木氏はバスプロと言って本業の釣り師なのにまったく釣れないのは困ったもんだ。悠長にランチを食っている暇はないのでサッさと出陣した。午後も魚を見ることもなくリミット時間の午後3時になった。全員上がってから釣った人は計量をした。170人中釣れているのは、たったの17人。10人中1人しか釣れていないんだなあ。驚いたぁ!。表彰式は今回とても盛り上がり、賞金は15万円だった。また今回は”中島薫賞”も出ていて面白かった。今回、わざわざ神戸から来ていた細見寛氏を三島駅まで送迎して沼津に帰った。力が余る波田は夕方に香貫山頂上までウォーキング&ジョキングをした。夕飯は育ち盛りの少年、少女の強い希望で焼き肉屋になった。結構、ホルモン関係が充実していて美味しい店だ。結構、疲れた。そりゃ5時前から起きてれば疲れもするわなあ。焼き肉屋での焼酎が効いて、帰ってそのまま倒れて意識を失った・・。
(※―1)バスプロ鈴木氏。現在はプロとしての釣り師は引退しているが、ちゃんとスポンサーがついて釣りを生業としていた本物の”バスプロ”だったのだ。そんな職業があると知って驚いた。アメリカだったら億万長者も夢ではない仕事なのだ。しかし今回はそんなプロでも駄目なもんは駄目だったのだ。
日々のお仕事は種蒔き、水やり・・・・・必ず芽が出る!。うふふ~~~~!。
4月23日、曇りというか雨、昨晩は飲んだ割には、あまり二日酔いもなく快調だ。ニュートリを朝食として食い、その後、健康人間は1時間のエアロバイクをして発汗。320カロリー消費。更に最近、習得しつつある”ヨガ”で身体をほぐした。朝一から波田のお抱え大工のハマー(浜田君)がバルコニーの修理に来ていたので家具を移動する手伝いをしていたら隣人の阿部婦人と会ったので突然だったが本日の山本ヒロコのナベデモに誘ったらオッケーで10時半に家の前を出発して九品仏に向う。本日はモノスゴイ参加人数で驚いた。25人以上が来ていただろうか。阿部さんは楽しんでくれたと思うし質問も出ていたので良かった。大分、使用方法に理解をしてくれたかとおもう。帰りに参加していたノンナ( ※―1)を柿の木坂の自宅まで送りついでに阿部さんと一緒に家を見せてもらい、その後、送って帰った。というかトナリなので送るも何も無い。その後は自宅で雑務をして過した。夜は7時に山崎恵美の友人で少し老け顔の中川君にマーケを話すために目黒で待ち合わせて大戸屋で食事をした。そしてオフィスにてマケを話す予定がオフィスに行ったら渡辺文彦(※―2)が藤田とミーティングをする予定らしくて、そこに乱入させてもらった。中川氏はわかったのかわからないのか・・・。まゆっくり考えてもらっていいんじゃないかなあ。頭がヨロシイ人らしく・・・考えすぎるってソンなことなんだなあ。別に説得してやる仕事じゃないしなぁ。深夜、帰り道にある目黒通り沿いの自由ヶ丘の本屋で趣味の立読みしまくってから(約30冊は目を通した。実は2週間に1度の慣例です。)帰って2時に就寝した。今日も平和だ。
※ ―1 通称ノンナ、本名は川口文子さん。なんと78才にしてダイヤモンド。素晴らしい女性度ナンバーワン。ノンナとはイタリア語でオバアチャンという意味。娘さんとノンナ&シディーというイタリア食材の輸入会社も経営。2005年には80才のバースディーパーティーを開きますよ!!。目黒区の築30年の超オシャレなマンションに在住。(オシャレとか言ってるけど実は波田がデザインしました。)
※―2 渡辺文彦 フミヒコは多分,40才位。ルックスはもっと若いが。波田が生まれて始めて会った東京大學卒の秀才。でも、低学歴の僕が言うのはナンだが、何処か抜けていてナイスなキャラクター。交際範囲も面白い。現在S。(シングルじゃないよ!)あまり夜遊び人でもないのに西麻布に在住。
獏(ばく)さん、ごめんなさい。陰陽師(おんみょうじ)は一夜漬けでした・・・・・。
4月4日、とても快晴。朝は6時半に起床してしまった。まったく酒を飲んでいない翌日は健康度がグッとアップするのだ。日課の砧公園に向った。素晴らしいサクラを見ながらのウォーキング&ジョキング1時間はゴキゲンだ。今日はデジカメを持参していって撮影した。その後、玄米和朝食を急いで食い入浴、そして準備して10時半から行われる目黒のミーティングに向かった。今日は大島Rとの朝ミーティングで参加者は12人程度だが波田グループが沢山で嬉しかった。ミーティングは盛り上がり、そして終了後は深沢一江さん,鹿田さんと妹さん、大島、兵庫のDDの森垣さんの息子と目黒駅前の中華・上海園で円卓を囲んで中華をした。とってもオモシロイ時間だった。その後、恵比寿で沖縄から帰ってきた高橋伸二と会った。今日は天気もヨロシかったので愛車・ロータスエランだったのだが、駒沢通りに車を停めた際に100?先からでも識別可能なシンペイの1962年型のサビと汚れの塊のビートル(通称イッペイ号、絶対に年収三千万円の人間が乗ってるとは誰も信じない。)がやってきた。手を振ろうと構えていたら助手席に乗っていたのは薫DCAでビックリ仰天だった。ホワーーイ?。信ちゃんとはガゼボでミーティングをした。今後は頑張って来期にはエメラルドになれるように応援しよう。その後は恵比寿で時々寄るセレクトショップ”トゥモローランド”春物のチェック!!。そして何故か空いている目黒通りをエランでかっ飛ばして一度、世田谷の自宅に帰った。着替えたりして夕飯を自宅で軽く食った。深夜に食うのは避けたいし、またキリマンジャロから帰って3?体重が落ちて気分は壮快なのでなんとしてもキープしたいもんだ。昔は燃費が悪くてスグに空腹になったが、最近ではエコロジー仕様になって燃費ヨロシク快調だ。夜のミーティングの前にニュージーランドで最近頑張っているフロントのタケがスポンサーしたタカ君と会った。そして色々な話しをしてミーティングを見せてあげた。夜のミーティングは面白かった。パーソナルも来たし充実感ありなミーティングだった。アフターは遠距離者が多く無しで解散。次回のミーティングのチェックをして、新規の人々と挨拶をして解散。帰りにツタヤで映画”陰陽師(おんみょうじ)”を借りて帰った。何故なら、明日、誘われたホームパーティーに原作者の夢枕獏(ゆめまくらばく)氏と同席するのだ!!。映画は見ていなかったので面白かった。まあ、明日はオーパスワン(メチャウマのキャリフォルニアワイン)を飲む会なので予備知識より肝臓強化が大切かもしれない。12時半に就寝した。今日も絶好調だった。