3月25日、火曜日、雨。朝8時だが、春休み中で子供も奥さんもまだ睡眠中。なんだか腹が減ったので一人で先に昨日の残り物などで和定食を食った。午前中に家族全員で出発の準備をして東京の家に向った。昼過ぎにニコタマ(二子玉川)の明治屋で買物をする奥さんを下ろしてから自宅に帰ってランチの準備をした。(※―2)土岐チャン含めて子供とパスタランチをした。自我自賛だがなかなか美味しい納豆スパゲッティーだった。午後にはナンダカンダと雑用をしたり、エアロバイクをこぎながら発汗。溜まっていた新聞を生産的な時間で読破できてとても有益だ。今晩は春休み中ということで夕方からバーベキューの準備で火を起したりテーブルセットをしたりした。6時にこの四月で小学校一年生になるスミレちゃんを連れて渡辺正人家御一行が到着。早々に乾杯してしっとりと盛り上がっていたら、ブーニン家に遊びに行っていた長男・元太朗が帰ってきて、後からブーニン氏の御子息○○君がくるという。(※―1)アッソーと聞いていたら、一緒にお母さんも来ると言う。そして、ついでにお父さんも来ると言う。それはピアニストのブーニンさんじゃないの!!。いきなり慌しいモードになって準備をしていたら本当にブーニンさんが我が家にやってきたのだ。驚いた。(勿論はじめてのことだった。)そしてブーニン夫妻歓迎の乾杯!!。ブーニン氏は相当に飲める様子で盛り上がった。そうしているうちに正人氏が至急に中島薫・御大に電話連絡をしたら偶然にも等々力の自宅にいてタクシーで吹っ飛んできたのだ。(その間わずか23分18秒)中島薫氏はブーニン氏の大ファンで前から会いたがっていたのだ。そして会話の流れは一気に薫さんになって、ファンとしての記念品贈呈大会。薫流写真集からスタートして、薫さんがデザインした伊万里の贈与、シャトーラトゥールの開栓、フルーツの贈与・・・・と目まぐるしく続き、ブーニン氏も御満悦。そして薫さんはブーニン氏の自宅でショパンを演奏してもらうお願いをして了解!。数時間、歓談した後に皆で向い側のブーニン邸に移動。泥酔する我々に世界的ピアニストが自宅の完全防音の演奏ルームにて演奏してくれたのだ。ブーニン宅でピアノを弾いてもらえるヒトなんてそうはいないだろう。それはそれは至福な時間であった。そしてナント数日後にヨーロッパツアーに出かけるにも関らず、後日、薫邸を訪問してランチをしてピアノの演奏をしてくれるという!!。なんという強力で豪華な事だろうか!!。(勿論我々も参加できるということでホッとした。)深夜に向いの波田家にハイつくばる様に戻ったら、ものすごい量のワインの空き瓶だった。それを見たらメマイがした・・・・・・・。
※ ―1 ブーニン氏はご存知世界的ピアニスト。ものすごい日本びいきで昨年から我が家の向えの豪邸に越して来たのだ。御子息と我家の長男が仲良しなのだ。
※ -2 波田のオフィスでは通常、毎昼食は僕が担当。お客さん多数の場合、土岐チャンと二人の場合、今日のように子供がいる場合も例外なく作る。料理は楽しい・・・。
3月10日、月曜日、雪、昨晩の札幌のミーティングは本当に面白かった。さすがに目指している不屈の男、井利元は気合が入っているし奴のリーダーシップには関心するとしか言えない。本日より2泊2日、ニセコスノーボードツアーだ。ホテルにて朝食をしっかりして井利元号レンジローバーでニセコに出発した。約2時間半で到着。Jファーストはなかなかゴキゲンなホテルで、驫木氏(EX)、岩永氏(C)とで3人部屋にチェックイン!。早々にニセコ・ジモティー越智君からガンガン催促電話がかかってきて井利元と岩永の3人でトナリ町の岩内の越智宅に向った。岩内スキー場前の越智家は外観は質素だが中に入ったら驚くほどに快適な家だった。グランドピアノ、6匹の犬、プラズマディスプレイ、快適なソファー・・・超美人妻。素晴らしい。そして仲良し夫婦だ。今回は初めてのバックカントリー体験ということで越智氏の手ほどきで誰も登っていない閉鎖されている岩内スキー場を頂上までスノボーを担いで自力でハイクして、そこから新雪を一気に下るという超エクスタシーモノな企画なのだ。スノーシュー(かんじき)、ビーコン(遭難時の探索機)などの準備を急いで閉鎖されている岩内スキー場に向ったら、ラッキーなことに雪上車で山頂の手前まで送ってくれたのだった。なんという幸せなことだ。こんなの歩いたら大変な距離だ。しかし、そこから30分以上も強風の中をハイクして山頂に到着!。とにかく圧巻な景色でぶっ飛んだ!!。そして準備して、いよいよスノーボードで一気にパウダースノーを食いまくって下りた。約20分の相当に根性入って楽しい快適な瞬間だった。アルペンには無い爽快感にたまげた。(昔、新雪食いにはまるボーダーが最高の女、10人よりも良い位に楽しいと比喩していたが納得だ!)。林間コースはそれはそれはオソロシク、何回も木、枝にぶつかった。マンガみたいな転倒を何回もしたし、岩永は全然帰ってこれ無くて心配した。やっと下山できて皆で万歳三唱(喜びの基本)その後、越智家に行ってタカちゃん(美人妻)とともに乾杯した。その後は皆が待っているのでニセコに向った。越智君もトモキ君(プロスノーボーダー、ナイキがスポンサー)を僕らに紹介したがり一緒にニセコに入った。夕飯はトモキ君が知っている居酒屋に乱入して盛り上がり、相当な量の酒を飲んで騒いだ。(焼酎のビンがビールみたいに空いていた!)トモキ君と家族は最高だった。しかし実に美味しい夜だったなあ。その後は超オシャレなゲンテン・バーで飲んだ。上品な店なのに岩永、井利元が裸になって気合を入れる叩き合いをしていてムードはメチャクチャ!!。(客は喜んでいたが・・・)驫木氏は大の字になって熟睡。僕は何故か後ろに座っていた関西系淑女二人と話しに盛り上がり、結局AMな話しになってスポンサーリング活動に勤しんだ。(とてもナイスな女性でバッチリ!!)しかし今日は、良く遊んで騒いで飲んで滑って、すこしアムッた日だった。深夜に完全なエネルギー切れ。営業終了・・・。
2月9日、日曜日、快晴。今日は長男・元太朗の少年サッカー大会で沼津の山の上にあるアシタカ運動公園に9時に集合なので送っていった。モノスゴイ施設の運動公園で、こうして沼津市は財政赤字になっていったんだなあ・・と感じられる競技場だ。今回はナント少年チームが172チームが集合して、ピーケー戦で競い合う大会で面白かった。しかし静岡県のサッカー熱はスゴイものがある。元太朗は3本中の2回、入れることが出来て良かった。親としてはハラハラもんである。同級生の父親、砂山さん、野村さん達と昼に弁当を食って世間話。少々寒いが冬の青空の下のお弁当は幸せだ。帰ってから、まだまだ時間がたっぷりあるので、元太朗を連れてランニングを1時間、沼津の町を見下ろす香貫山展望台までした。ここがまた素晴らしい絶景で遠くアルプス、伊豆半島、駿河湾、箱根山、そして富士山がバッチリ見えるのだ。その後、帰ったら義兄さん夫妻が伊東温泉の帰りで遊びに来ていた。結構、アクティブで洒落モンな義兄さん(年齢は一つ下)と世間話で盛り上がる。夕方に近所のカフェ&セレクトシヨップのブルーウォーター(※―1)で春物の洋服をチェック!。オーナーの青年実業家、イル・アマーノ氏(天野君)と世間話。(なんだか世間話ばっかりしてるなあ。)彼の洋服界事情通ブリは凄いゾ!!。その後、オンジン荒川夫妻(※―2)を迎えに富士市までドライブをした。今夜は沼津の自宅で荒川夫妻と娘のナギサちゃんを招待して、お食事会なのである。波田家は荒川家の紹介で沼津に移住したので”命の恩人”なのだ。人生のアップラインなのだ。荒川氏はものすごいワイン・コレクターで、今日は大奮発でルーチェを持参してくれた。デザインも味も大好きな一本なので感動したナァ。持ってきてくれた”白”も相当にボディーがしっかりしていて飲み応えのある一本だった。メシが美味くてワインと相性もヨロシクそれが追い風になって5本飲んで泥酔と化した。素晴らしい夜でした。またまた記憶は無くなってしまったが・・・・・・・・。ゲラゲラ笑いながら食うメシは本当に幸せだ。
※ ―1 ブルーウォーター セレクトショップ&カフェ、オシャレなバーもある。伊豆半島をゆったり流れる狩納川沿いにあり景色は最高。幸せ度数99,78である。服のセレクトも抜群!。東京からわざわざ行くの値する店ですよ。(本当に来る人は沢山います。) 静岡県沼津市魚町15 0559-51-0001 沼津駅から港に向って東急ホテルを越えて信号を超えてから48メートルの左側。
※―2 荒川和彦&弘子+なぎさチャン。 富士市在住 素晴らしいバランス感覚な夫婦。500坪の敷地に半分が超超超快適な北欧系の豪邸。そして残りの半分の土地で菜園をやっている。様々の季節の野菜を出荷する事なく自分達の食べる物だけを生産している。当然、愛情たっぷりで無農薬な安心野菜はこの上なく美味しい。(いつもオスソワケいただき感謝してます。)まさに究極なコダワリ生活。そしてワインのコレクターときたら完璧。
2月5日 水曜日、快晴。今日はスノーボード。スノボーは平日に限る!。朝6時に大熊(※―4)家に迎えに来てくれて一路、久々のエコーバレーに向った。今日は沢山の人数と行く予定が裏切られ結局3人となった。途中で何も食わなかったので腹が減ったが、早く午前のコンディションがいい状態を楽しみたかったので急いだが、着いたのは10時過ぎになってしまった。準備してゲレンデに乱入したら、いきなり大阪から来ている浦夫妻(※―1)に会って笑った。だって今年、エコーに来て浦夫妻に会わなかった事が無いのだ。浦夫妻は大阪在住なのに毎週火曜日から金曜日まではエコーバレーでスノボーに勤しんでいる。(もう楽しみを越えて勤しみなのだ。)週末は大阪で仕事を少々こなしてまた週明けにはエコーに来る生活パターンなのだ。当然に浦夫妻はシーズン券を購入して常宿的なペンションがある。とにかくスノボー好きには信じられない年間滑走日数100日以上であろうか。とにかく最高の生活をしている。波田は今日はなんだかフリースタイルからアルペン(※―2)の違和感がスゴくて午前中は不調。全く別モンなんだなあと実感。午前中一杯、復帰にかかった・・・・が、きっちり楽しんだ。(前の週に北海道でフリースタイルをバリバリやっていた為)。昼は浦夫妻、大阪の井上チームを含めて平和に7人と長野からやってきた北野で馬鹿話に花咲き盛りあがった。本当にバカだった。その後、真剣モードでスノボーはスポーツなんだぁと認識して午後4時頃まで、浦夫妻にビデオを撮ってもらって自分の滑りを見て驚きまくった。なんて下手クソなんだろう。やはり自分の滑りは客観的に見て治さなくては自己満足でしかないのだなあと痛感した。来週は大人数で来るのでビデオ持参で来て皆を撮ってあげよう!。夕方になり日も暮れてきて下山。帰りは大好きな巨大ホームセンターでお買物をして、長野から1時間、東京までの中間点にある甲府昭和インターでわざわざ下りてお約束になっている居酒屋 “福良”(※―3)で飲んだが、またまた終始、アホ話で盛り上がり。そして気を失って東京に戻った。今日も平和な冬のお気に入りな1日だった。
※ ―1 浦夫妻。まさに”スノボーは鎹(かすがい)”の超仲良し夫妻。この夫婦なしにエコーバレーのスノーボードは語れない。上手とかカッコイイなんて、通り越していて、好きでここまで入魂出来るとは幸せの境地であろう。エコーバレーは今シーズンも晴天率は90%、浦夫妻出会い率100%という快挙でした。金と時間の勝利です。
※ -2 スノーボードには大きく分けてアルペン(硬いプラスティックブーツでスピードを身上とする。)とフリースタイル(柔らかいブーツで新雪、ジャンプなどを楽しむ)がある。
※ -3 甲府昭和の”ふくよし”は幸せな店。”波田啓次郎の勝手でしょ”のバックナンバーを参照してください。
※ -4 大熊実 朝4時に電話かけてもボリューム9(通常人の大声の相当)で”おおくまでぇぇぇぇすぅぅぅ~~”と元気度は素晴らしい。このヒトは面白すぎて三行ではとても紹介しきれないので、そのうちに特集でも組んで世にお知らせしたい。波田にとって信頼出来るヒト度99,7を記録。
1月12日、朝起きたら頼広は帰った後だった。燃えている男は早起きだ。昨晩、銀ぺいで飲み倒し、ホテルに帰ってからも冷蔵庫内のアルコールを二人で全制覇。そして気軽に了解してホテルに泊めてあげたらベットはダブル・・・。今日の天気は快晴。折角なので起きて早々に和歌山マリーナ周辺の堤防、橋界隈をウォーキング&ジョキングしたが相当に気分良かった。10時に和歌山地元の林光太郎さんが迎えに来てくれて関西空港まで送ってくれた。林夫妻と関空のスタバでお茶をしてから搭乗した。関空発羽田行きのスーパーシートは何故か怪しげなオジサンが多い。この観察がすごく面白いのだ。後方の席ではAм社員の田子氏が二日酔いで完全にダウンしていた。昨晩、飲ませすぎてしまい生きている事が不思議な位、酔っていたのだ。羽田空港からタクシーで一路、目黒のラーメン屋『楊州小人』に向った。そして食いたかったワンタンメンを制覇。食いたい物を食った喜びは感動倍増だ。2時からはPV―BVオフィスでの藤田ルビーDDとのLMが行われたが物凄い盛況で、なんと100人近くが参加した。さすがに頭の良い男で参加者全員大納得の素晴らしいミーティングだった。10年近く自己消費型が一気に可能性に気が付いて奮起。そしてアッという間にルビーDDなっている。藤田夫妻とリーダーシップセミナー・ハワイに行くのが楽しみだ。終了後は4階のオフィスのラウンジでアフター。松本ハルオがカウンターパンチ!をくらっていた。夜はテッド阿出川氏(※―1)の還暦(60才)のパーティーが原宿のサーファーズテーブルで行われた。吉田正民さんの仕切りで大盛況だった。店には偶然に初期(ウン十年前)のテッドのサーフボードがあり、とにかく阿出川氏は平和の極地に入っていた。こんなかっこいい還暦オヤジになれるんだったら最高だなあと思った。僕も挨拶をしたのだが、そのことにプライドを感じられて幸せだった。皆と結構遅い時間まで歓談していた。そして原宿からタクシーで深夜帰宅。そこにヤフーの吉野がまたまた来てくれて、トラブリまくるパソコンの復旧作業を夜中にてくれたが結局、修復できないでパソコンを持って帰ってくれた。なんて良い人なんだろう。長い一日が終った。そしてフェラーリの加速で曝睡した。
※―1 ご存知,サーフィン界の大御所、重鎮、天皇・・・阿出川氏がサーフィンをアメリカから見つけてきて日本に紹介したのだ。サーフィン界、Aм界だけでなくカッコヨロしいライフスタイルは国民全員の憧れ。全てに完璧なロケーションの千葉の夷隅川沿いに建つリンダルシーダーホームの家なんてパーフェクト!!。ああぁ、こんな大人になりたいもんだ。
2003年1月9日、朝は7時に起床。どうしてこんなに健康的に壮快な朝なのだろう。入浴してメールのチェックをして十数本のお返事メールを送ってから出掛けた。新宿方面に車で行くのが渋滞と駐車場捜しが面倒なので自由ヶ丘に車を置いて電車で新宿にある旅行会社が経営する低酸素訓練(※―1)をしに出かけた。10時すぎに到着して説明を受けて開始。しかし最後のエアロバイクは汗掻きまくりで辛かった。終了後にヨドバシカメラで寒冷地に強いリチウム電池などを購入。こうやって小物を買い揃えていると気分はアルピニストで盛り上がる。昼食は通り掛かりの回転寿司で食った。結構美味かったが恐ろしい店で安い皿が高そうな色柄で高い皿が安ッチー色柄をしていたりする。地雷の様に間違えてエライ高額な海老とか食ってしまった。(回転寿司なのに一皿1200円だぞー!)クソー!。まぁ、美味かったから許そう。そして、横断歩道を歩きながら見上げたら京王デパートで駅弁フェスティバルをやっている。気になって見に行ったらモノスゴイことになっていた。とにかく物凄い客の数で驚いた。そして、こんなにいっぺんにオバサンを見た事が無い!!。1?当り3,8人位がいるのだ。人ごみを掻き分け一巡して、(一月中旬号の”波田啓次郎の勝手でしょ”を一読下さい。)なぜか石巻港のメザシと山形の納豆を購入して帰った。横でやっていた名産展の試食コーナーでハマってしまっで申し訳無いくらい沢山食いまくったのだ。それから電車で自宅に帰ったが、途中で駅の鏡に写った自分の姿は考えさられるモノがあった。だって昼間からメザシと納豆の入った名産展の粗末な袋を持った44才のオジさんは・・・・世間から見れば只の無職の職安帰りの悲しいオジさん以外のナニモノでもなかった。オフィスには秘書・土岐チャンが数日ぶりにインフルエンザを克服して出社していたが、まったく調子が悪そうだった。彼女がいないとオフィスワークが何も進まないのだ。様々な雑務をこなして、4時半には沼津に向って出かけた。今日は妻・英子さんが東京に行っているので留守番を頼まれているのだ。学校で息子一号、二号をピックしてから帰宅。本日はパスタ・パーティーで4種類のパスタを作った。①和風・納豆タラコ、②ミートソース、③イカの塩辛 ④ポルチーニ茸のクリームソースのペンネ の4種を食ったが結構、どれも正解だった。好評で良かった。子供と平和に入浴をして”王様の椅子ゴッコ”をして和み子供は宿題をして就寝。長女・桜子は塾に出かけた。偉いなあと痛感。(親は強要してませんよ!)その後、深夜に1時間のウォーキング&ジョキングをした。沼津の町の中心に流れる狩野川添いは夜でも結構、照明が美しく走っていても楽しいのだ。キリマンジャロ登山で肉体的に辛い思いはしたくないので日々頑張らなくては・・・・・。
※ ―1 登山をするヒトが高山病を予防する為に、高度順化を楽にする為に行うトレーニング。地上で酸素の薄い部屋の入り軽い運動をして慣れる。あまり楽しくはない。
12月9日、朝一番でメシを軽く食って、出発しようと意気込んだらホテルのフロントで越智徹二と会えた。本当に久し振りだった。本当なら参加している皆と遊びたい所だが、そんな事言っている状況では無いほどにパウダーが呼んでいる。皆さん、勝手にやってください!!。アサイチで新雪に飛びこまないでどうする!!。越智、コウキ、驫木、波田でマウント・イゾラに向う。昨日と同じ新雪コースというか閉鎖しているコースに乱入してパウダーを楽しんだ。とことん滑りまくった。お休みなんか全く無い状態だった。昼前に斉藤コウキは仕事で帰った。残った3人で午後も滑りまくり、まだまだ新雪の”浮遊状態”を絶好調に楽しんだ。実に至福の時間だったナァ!。MDプレイヤーで “U2”を聞いていたのでブットビだったなあ。しかし、コースアウトの新雪はオレ達以外に気付く人間もいなくて完全独占状態。独占禁止法適用が恐怖だ。夕方まで滑りこみ、途中の休憩はわずか20分程度だった。こんな状況はそうは無いので充実しまくりだったなあ。体育会系でもここまではしないだろう。夕方にはエネルギー使いまくって放心していた。そうだ、今晩の宴会の為にエネルギー補充をしなくては・・・。夕方に上がって入浴して準備をして大宴会の用意。早めにマルミツ(※―2)に乱入した。今回は参加人数93人で宴会だ。(定員74人に93人詰め込みで大変な熱気!!)参加希望者はもっといたのだが、マルミツで宴会したい一心でこの人数で打ち切ったという大人気ない主催者だ。4000円コースで蟹も付いている。宴会は盛り上がった。メシも酒も美味かった。そして岩渕と大塚健ちゃんのおかげでゲームも盛り上がり。最後にヤッシーがテーブルに上がって”チンゲに点火”という恐ろしい芸を披露してくれた。しかし部屋は電気を消して真暗だったので、そこに点火された○○○・・・。まさかそんな芸をする奴がいるなんて・・・・と感動の渦に終った。しかし物凄い強行な一日だった。帰りにマルミツ親父は賄賂にイクラをプレゼントしてくれた。帰りの雪道は完全に血管が切れそうな寒さで脳溢血一歩手前だったぞ。アブナイアブナイ・・・。ホテルに帰って、美人看護婦部屋を散策。ヤロードモの荒れくれた部屋も訪問、結構、酔いは回りダウンしてしまった。
※ ―1 スノーボードツアー 今回も12月初旬、2泊三日、北海道ルスツリゾートの全員スイートメゾネット、朝2食、リフト券3日分、送迎バス、もちろん飛行機羽田から往復を込みで39900円のお値打ち価格。
※―2 居酒屋マルミツ このオヤジはスゴイ。すごいったらスゴイ。ベリーナイスな居酒屋です。とにかく親切な親父。今回も豪華な料理、刺身、鍋、かに、オジヤ・・・そして酒持ちこみ可能という常識ハズレな条件を4000円で受諾。感謝感謝です。
《最近の日記を読みなおしたら、毎回遊んでばっかりじゃないの・・・・陰で仕事してますよ。そのうちに平均的お仕事日を御紹介。》
≪昨晩はダイヤモンドフォーラムの最終日でグランドバンケット、昔の友人と散々盛り上がり二日酔い気味、しかし気分はホノルルへ!!。≫
2002年11月22日、ダイヤモンドフォーラムで御招待のハワイ島から脱出して大好きなワイキキにゴー!!。何度来ても悪いけどハワイ島は好きでない。そしてこのワイコロアも不自然で好きではない。朝起きて荷物部屋からポーターに渡して8時半までゆっくり小鳥にエサをあげながら朝食をして、その後タクシーが迎えに来てチエックアウト。空港でチエックインしてからコナ・コーヒーを野外の待合場でハワイ感を高めた。しかし野外の待合所というのがとってもハワイ島だ。日本航空でホノルルに向かった。ビジネスクラスはアムウェイで貸し切り状態。ホノルル空港からタクシーに無理やりロングボードを屋根にくくりつけてホテル・モアナサーフライダーに向う。このホテルはワイキキの真中の由緒正しきクラシカル・ホテル。どうしても泊りたかったのではなく、サーフィンがしやすいと判断で宿泊。(夢だったヒトはスミマセン。でもカッコ良かった。)そう!。オレはナンチャってサーファーなのだ。チエックインしてから、腹が減っては戦は出来ぬということでパンダクイジーン(※―1)に昼飯に飲茶を食いに行った。これが実に美味しい飲茶なのだ。帰って早速に着替えて海にドボーン!!。サーフポイントはポップスに向かった。300メートルのパドルは相当にキツイが気分は壮快度数100を越えた。夕方、日が暮れるまでの3~4時間は海に入って楽しんだ。こんな素晴らしいポイントに入っているのは10数人程度。そして皆、素晴らしくフレンドリーで和気藹々。日本ならみんなカリカリ状態だろう。ローカルのジイサンと仲良くなり話していたら、なん1953年からサーフィンしているという。ナンとサーフ歴50年!!。驚いた。そして憧れるカッコよさだった。ゴルフやる友人がゴルフはジイサンになっても出来るなんていうけど、このジイサンをそんな奴に見せてやりたい。他のサーファーを見ているだけでも充分に楽しめて素晴らしく気分がいい時間だった。少しの時間、波が来なくて皆、ブラブラ放心していたらデカイ波がきて瞬間緊張状態。そしたらローカルの恐ろしい巨体の男がデカイ声で”エブリバーディー、ゴ~~~”と叫んでそのポイントに居た10数人が一度にその波に乗って、皆が笑いこけていた。もちろん、オレも参加した。俺ってサーファーだ!!!。夕方サンセットを見て涙が出るほど感激。またまたオレってサーファーだ!!と認識。余力があるうちに、また300メートルパドルして帰った。ヘトヘトになってからホテルでシャワーを浴びて外食の準備。(モアナにはちゃんとサーフボード置き場があって素晴らしい。)そしてヒルトン・ハワイアンビレッジに花火を見に行く予定がナント、行ったら終っていた。増田夫妻(※―2)のマッスン号に6人乗りのところに無理やりに10人以上乗りこんでハーレベトナム(※-3)でベトナム料理を食った。物凄い楽しくて美味しい時間だったなあ。ハワイはいつでも本当に素敵だ。今晩は明日の朝も日の出前に海に入るつもりなので酒は控えめにするつもりが、またまた致死量を越していた。だって・・楽しいんだもん・・・。仕方が無いさ。11時に気持ちよいベッドで就寝。きっとヨダレたらして笑って寝ていた・・・。 (結局、翌朝は6時前に同じポイントに入って朝日も楽しめた。そしてローカル爺さん達とサーフィンも最高に楽しめた。)
※ -1 パンダクイジーンは”大三元酒楼”という中華で昼には香港スタイルの美味しい飲茶が堪能できるのだ。ホノルルランチのお気に入り。アラモアナの裏手。そして安い。
※ -2 増田夫妻(増田マッスンとナルちゃん。)、アムウェイ界きっての健康夫妻。トライアスリートで毎年、宮古島のトライアスロンに参加。ホノルルマラソンも参加。いつでもどこでもトレーニングにはげみ健康という名の不健康と言われて久しい。ルックスは驚異的なカッコよさと可愛さ。天は5ブツを与えた。京都在住、ハワイにコンドも所有、色々所有、なんでも所有。国民全員が羨ましがる二人。
※ -3 ”ハーレベトナム”はハワイのベトナム料理屋で抜群のお味。あの南国ムードにこの店の味が実にマッチ!!。そのうちに”波田啓次郎の勝手でしょ”で紹介。
11月12日、またまた二日酔い。これは日常である。胃は完全に営業停止した状態。軽くポジトリウムとプロテインで済ませた。しかしこの二日酔いを飛ばすには発汗でしょ。砧公園をゲボ寸前のコンディションで1時間走った。そうしていると何故だか酒気が抜けている。これって身体に悪いのかなあ。身体に悪いかなあと思いながら走るのが一番悪そうなので良いとしよう。帰ってゆっくり入浴してメールチェックをしたりして11時過ぎに羽田に向かった。意外に早く羽田空港に到着したのでサクララウンジで新聞、雑誌を読みまくった。まだ、食欲は回復していないのでプロテインバーで済ます。2時過ぎのフライトで札幌に向かった。4時過ぎに到着して、迎えは渡辺ちか子とその義兄さんが来てくれた。とても寡黙な兄さんで面白かった。東京の某有名企業で働いていたが、イキナリ北海道に帰りたくなり退職して家族で帰ってきてしまったそうだ。このユニークさというか向こう見ずな性格が好きだ。千歳から札幌市内の途中で空腹に耐え切れず、”てつや”(※1)でラーメンを食ってしまった。身体に悪いとは思いたくはないが、しかし美味しい。身体に良いと言い聞かせても絶対に良いわけが無い・・・が美味い。”テツヤ”最近のお気に入りである。今夜のミーティング会場は郊外だったが物凄い盛り上がった。200人を超えるディストが来てくれた。当然にマーケは乗っていたので完璧に出来た。終了後は沖縄グループから飛んでいる内記さんも参加して、前に井利元が連れて行ってくれた居酒屋に行った。酒も美味いし肴が美味い。しかし注文しすぎて腹一杯。十数人が参加して実に楽しい美味しい時間だった。その後、ススキノの加地君の店(キャバナントカという店!?)に男3人で寄って一時間過したがあまり楽しめないで帰った。おれ、どうも女の子の居る店が好きではないんだよね。ナンで高いお金だして女の子を楽しませてやらなきゃイカンの? まあ、いずれにしろ楽しい一日だった。エネルギーは要チャージ状態でホテルに帰って即死した。せっかく素敵な夜景のホテルなのにソファーで服をきたまま寝ていた。しかし札幌メイクスミーハッピーーーだ。
※―1 札幌で結構人気で店が増えたラーメン屋。(味は美味しいとしか言わない。)宗教とラーメンの話しはしないのだ。
2002年10月29日(火曜日) 朝早く起きた。睡眠時間が少ない割には快眠状態だ。朝食に昨日購入したハマグリで味噌汁を食ったが相当に美味しかった。朝から関心してしまうぞ!。ハマグリ君はエライと唸りながら、そのまま7時台に東名高速に乗って東京に直行して目黒オフィスの10時半のミーティングに向かった。今回もボクと大島章弘の合同ミーティング。彼が得意なニュートリで盛り上げてくれた。結構、様々な職種、年齢層の人で面白く盛り上がって楽しいミーティングだった。リストラされたが超明るい前向きのオジさん、やる気満々な主婦、サボってきた営業マンらしき。・・・約20人が参加。そのうちの何人かと昼食一緒に駅前の上海園で円卓を囲んで中華を食った。深沢一江さんは不思議なオバさんを連れてきた。毎度思うことだが、アムウェイやっていると本当に異業種の人とプライベートで知合えてオカシイ。終了後は日高医院に治療に出かけて、その足で大阪の辻川氏を田園調布駅でピックして岡本に戻った。辻川氏はニューダイヤでセンス抜群なナニワの商人。ナンとお土産に欲しかったアランミクリのメガネをプレゼントしてくれて相当にウレシイ。そして漬物の土産もくれた。美味しい七味唐辛子もくれた。色々くれたのだ!!。また来てほしいお客さんだ。11月に行われる達成ラリーの盛り上げビデオを見せてもらってボン・ジョビの”イッツマイライフ”という曲の詩が良くて感動した。(ものすごいセンス良くグループ紹介とその曲と和訳した詩が編集されている。)たくさん、面白い話しを聞けて楽しめた。7時に目黒経由、途中で目黒通り界隈の家具屋を見学して恵比寿にて解散。その後、友人・土田氏が新しく開いたカフェのオープニングパーティーを覗いてから友人と西麻布の餃子屋にて食事。全然、美味しくなくて物凄い腹が立った。昔、流行っていたのに今はガラガラ・・・・当然だろうなあ。そんな餃子出してたら中国人に失礼だ。そしてサービスも最低だった。その後帰宅。実は月末で落着かない状態。しかし夜中に点数を確認したらいきなり増えていてウレシかったのだ。点数が出ているとウレシイ。出ていないと悲しい・・・。単純極まりない人生だ。
PV-BV Corporation. Presented by Keijiro Hada