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子供と遊んでんだか遊ばれてんだか・・・・ある平日。

10月28日(月曜日)平日だが子供が昨日はバザーで登校したために学校が代休なので朝からお休みモード。それに付き合い波田もお休み。朝一で狩野川沿いを1時間ジョギング。沼津の家の近所には4コースの6~7キロ(1時間コース)のコースを決めていて最近気に入っているコースだ。最近は根性鍛えなおす為に元太朗と走る。(※1)その後、朝食を終らせた頃に元太朗が休みなので親友のスバル、トモハル、イッピ、シュウヘイが家に来て全員を連れて富士・子供の国(※2)に出かけた。普通のお父さんはこれしきのことで会社を休むわけはないので、時間的余裕のボクが子供を連れてピクニックに連れて行く事になったのだ。お弁当だけ持参して昼前に到着。車中は異常な盛り上がりで”ゴリラの鼻くそゲーム”に興じていた。(※3)。子供の国は、もう結構涼しくて寒かったが流石に子供は風の子で走り回っていたので寒さなんてものともしていなかった。園内の電車に乗って草原の国やら水の国を廻った。水の国ではカヌーに乗って小さな湖を廻った。少年たちは皆、ハイテンションで楽しんでいた。巨大なハンモックみたいなジャングルジムではダンゴのように折り重なり盛り上がっていた。最後に駐車場でサッカーをして遊んだ。流石に静岡県のガキはサッカーが上手な気がする。帰りも山道で危険な運転で盛り上がり(極秘事項)沼津に戻ってきた。そして子供達は波田家に泊ることになっていてそのまま盛り上がり最近はまっているゲーム・モノポリーに興じた。夕飯は天野惠さん(※4)も来て大人子供が入り混じり盛り上がった。大人は当然に飲んだが、まあ平日からよく飲む集いでまたまた恐ろしい量のワインを消費。とても楽しい休日となった。さて、明日からはお仕事モードで頑張ろう。(なんだかこの日記、いつもオレ遊んでるなあ・・・。)
※ 1-元太郎、私の子息、長男です。器用でモノ作りが得意。オモロイ奴です。
※ 2-富士・子供の国、静岡県はこうして財政赤字になったのかと思う素晴らしい施設。広大な富士の裾野に水の国、草原の国、遊びの施設、湖・・・とにかく走り回ってれば楽しめる施設。ガキどものお気に入りです。
※ 3-”ゴリラの鼻くそゲーム”何を聞かれてもゴリラの鼻くそと答えなくてはイケナイ超くだらないゲーム。今日の朝は何を食べたの…ゴリラの鼻くそ!!。誕生日プレゼントは何が欲しいの・・・・ゴリラの鼻くそ!!(子供はひたすらに笑いこけている。)
※ 4-天野惠さん。沼津のブルーウオーターという相当にカッコいいカフェ&セレクトショップのオーナー婦人。波田の飲み友達。

恐怖の朝…人生こんなこともある。

(波田は恐ろしくサーフィンが下手である。しかし今回はせめて、人並み程度に上達したいという、ささやかな目標の為にサーファー大和田剛氏のツアーに参加。毎日、サーフィンの生活で、海とホテルの往復でテロの危機感はゼロ。ド下手から並みの下手に昇格した。) 10月21日、バリ島サーフィン合宿の最終日の7日目。7時半に起きて出発。今日はエアポートというポイントに入った。海岸から渡し舟で乗せていってもらい約10分、陸がかすかになる距離にサーフィンを楽しむポイント。大海のど真ん中にイキナリ思いっきりデカイ波が立っている。9時に上地(※1)と僕が船から下ろしてもらい大海にすてられ、大和田剛(※2)と大塚健司(※3)他の人はライテンダーという更に遠いポイントに向かって2時間後の11時にピックアップしてもらう約束をした。相当に波は大きくてビビッタが頑張ろうと努力した。結構、恐怖だったのだが一本乗れた。気分は壮快だ。他に20数人の上級者ばかりが入っていたので少々肩身が狭い。でも日本でサーフィンするみたいにピリピリしていなくて、特に地元サーファーは親切だ。上地が入水後30分でW級(背丈の倍位)の波から落ちてサーフボードが真っ二つに割れてしまい、そのまま漂流していった。絶対に折れた板では戻れない。あ~~どこへいっちまうんだろう!?。そのうち、だんだんと他の上級サーファーが迎えの船がやってきて帰っていき結局最後に若いニホンジンと僕になった。そいつは結構、良い奴で不安な僕を元気付けてくれた。しかし、彼にも迎えが来て最後には独りぼっちになってしまった。物凄い不安状態でまいった。だってポイントが何処にあるかわからない。まわり見渡す限り海だけ!。コレ以上の恐怖はなかった。11時に迎えにくる大和田剛(ゴーワダさん)は来なかった。初心者の気弱い僕をインド洋のど真中に置いて来ないのだ。海上で一人・・・・・・仕方ないので大声で歌って見たり”ゴーのバッキャロ~~~!”と叫んだ。その後、幸運なことに漂流している黄色い目立つ僕のボードを見つけてバリ人漁師のカトちゃんが助けてくれた。”お~~い、そんなとこで淋しくないか~い?だってさ。淋しいに決まってるだろう!!。そしてカトちゃんが拾ってくれたおかげで助かった!!。戻ったら先に漂流して助けられていた沖縄人・上地のサーフボードは見事に真っ二つ!!。その後、みんなが帰ってきて盛り上がった。本当に無事に、よく帰って来られたと思うと笑えた。鰆(さわら)を買って近所の花さん(※4)がやっている海鮮中華料理屋に届けて夕飯に使ってもらう企画だ。大塚健司は夕飯の為に三枚に素晴らしい手さばきでおろした。花さんは大和田剛が大好きでオマケにランチを御馳走してくれた。バリ人は素晴らしい人だ。大和田剛の顔の広さに感動してしまう。午後はボードを修理に出して、その間に近所の生地屋街をウロウロしてサンダル、面白い靴などを購入した。上地とシゲ君の3人で楽しい時間だった。その後、帰ってパッキングして晩飯に出かけた。7時に先程の花さんの中華料理店で食った。本当に美味しくて楽しい時間だった。店員とマジックで盛り上がりをした。3時間の宴で暴力的な量の老酒(ラオチュー)を飲んだ。そして飛行機に搭乗するギリギリの時間にヘベレケでチェックインした。桜子、元太朗、宗一郎(我子)のお土産が見つからないで困ったが間に合わせを購入。テロの影響でビジネスクラスは3人、エコノミーは30人位しか乗っていなかった。乗ってリグライニングも倒さずに爆睡してしまった。夜11時過ぎのフライトで到着するまでまで一切なにも記憶になく着陸したら成田だった。(朝8時)そのままニコタマの高島屋裏の定食屋に向い11時の開店を待った。まだ昨晩の老酒が残っている朝だった。考えて見たら赤道を越えて泥酔、二日酔いしたのは初体験だった。

※1:沖縄人上地は軽い。軽すぎる。バリ出発の1週間前に波田はお仕事で沖縄に行き、そのとき気軽に冗談97%で1週間後のバリに誘ったら本当に来た!!。Aмでも成功しているがカフェとゼンザイ屋も経営している実に明るく明るく明るい奴。マジでイイ奴度100%。
※2:大和田剛、バリニーズはミステルゴー(ミスターゴーは何故かこうなる。)と呼ぶ。バリ中の人間を知っているかと思うほど顔がひろい。バリ情報もハンパなし。人望の厚さもハンパじゃない。東京の豪華マンションに住むが多分近所の人は不思議に思う大人。もとファッションモデル、俳優にして一児の父、サーフィン上級者。年に2~3ヶ月は海外でサーフィン三昧。
※3:大塚健司、べーリ~~ナイスガイ。元フレンチシェフの彼の料理センスは抜群。”啓次郎の勝手でしょ”の特別顧問。カッコ良くて少々、しわがれた声が渋く女の子にはオオモテ!!。波田と同じでいつもナニ食うか考えてる。
※4:花さん。勿論インドネシア人(というかチャイニーズも入っているかな?。どうでもいいが・・)名前が花さんでなく、誰が見てもクレイジーキャッツの花ハジメにそっくりだから勝手に呼んでいる。超ウマイ中華料理店を経営。酔いすぎて名前は控えていない。

夏の終り・・・・でもまだ続く。

《昨日から下田にサーフィンしに来ている。宿泊はキャンピングカー。夏も後半になると朝夕は涼しく車中も快適、しかし昨晩はパラダイスカフェで飲み巻くって不快少々》

8月27日、昨晩は前半はしっかり寝られて後半は少々熱くてというか昨晩のバーボンの飲み過ぎか・・・・・・・しかし総合的には壮快な朝だ。海岸で迎える朝なんて贅沢な事だ。朝5時半に起きてサーフィンを楽しんだ。ものすごい気持良い波に乗れて楽しかった。そして8時過ぎにエネルギーも切れて一度上がり朝飯のパンにキューピーのマヨベーコンを塗ってレタスを山盛りはさんで食おうと思ったら前歯がイキナリ折れた。あせった。しかし先ほどのサーフィンがご機嫌で差し引きしても、まだ楽しい。朝食のあとノンビリとして、午前中にもう1度入ろうと思いビーチを歩いていたら十数年ぶりに友人のマイク淺川(※1)に会ったのだ。偶然すぎてビックリ仰天した。凄い偶然すぎるではないか!!。盛り上った。元気な再会がウレシイ。そして一緒に海に入ってサーフィンを楽しみながら色々の共通の友人の近況報告を聞いた。しかし歯が無いと辛い・・。ヒトに正面から顔が見せられない。昼は海の家”なぎさ”でラーメン炒飯を食った。そしてマイク御一行は他のビーチに移動していった。午後も菊地、岩渕と3人でノンビリとサーフィンしたりとビーチライフを楽しんだ。ここ、伊豆の多田戸浜は日本とは思えない環境で本当に和む。海の青さ透明さ、そして白い砂のビーチは最高だ。天気予報を聞いたらどうも夕方から雨の予報。仕方なくいつも宿泊しているホテル・ジャパンを予約して移動してチェックイン。その後、ついでに以前から捜していたオートバイ、ホンダスーパーカブC100(※2)を民宿のオヤジから 譲りうけたのでピックアップしにいった。ものすごいデザインが可愛くてウレシイ。ちゃんとレストアして乗るのが楽しみだ。その後、温泉で汗を流して夕飯時間になったので愛する下田市街にある”ごろさや”(※3)で大満足の刺身と料理、そして酒を楽しんだ。岩渕の友人の美容師とイデーカフェの店員も参加で面白い夜だった。ホテルに帰って布団に突入して寝たのは9時半(記憶は無い)で充実の夏の終りの一日だった。明日の朝が楽しみだ。
※1 マイク淺川・・波田の高校生くらいからの先輩だが、全ての遊び、人生に精通する男。多分48才かなあ・・、アメリカ生活も長くとにかく洒落モノ。
※2 昭和34年製でホンダが世界戦略に出る為のバイク、よく郵便屋とか蕎麦屋が使っているモデルのクラッシック。
※3 下田の”ごろさや”は素晴らしい居酒屋。刺身の船盛り3000円なんて他店なら一万円取るかもと言うぐらいの高品質。”波田啓次郎の勝手でしょ”のバックナンバー参照してください。

波田の一世一大の珍事

EDCで地中海クルーズの前旅行でチェコ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグを訪問。メンツは外川夫妻、清水君。完全チン道中。 7月9日(旅の二日目)朝起きたのは7時過ぎ、昨晩にチェコのプラハに到着してホテル・ヤルタにチエックインした。昨晩は時差に悩ませる事もなく熟睡ができて本当に良かった。そのまま地図とカメラを片手にウォーキング&ジョキングに出た。ブルタブァ川まで行ってレストランチェックをしながら川沿いを走った。本当に川沿いの公園もカンジが良いしカレル橋もムードがある。3~400年、完全に時が止まっている。そうしたら、なんだかモノモノしい空気の人間達がいる。朝っぱらから15人位の集団がスーツを着込んで、いったい川原で何をしているのだろうか。全員、やたらに緊張した空気だ。丁度階段で出くわしたのはナント、日本国の象徴!!。天皇皇后両陛下ではないか!!。驚きを越えていた。しかし絶対に近づける空気は無くて、そのチャンスを伺ったが、どうも難しい。すきを見て天皇陛下に手を振って”日本国民です~~!!。”と叫んだら手を振ってくれたので近づいて握手をしてもらった。お仕事ですかと皇后様から聞かれて、なんと緊張のあまりジョギングしていますと意味不明の回答。しかし貴重な体験をしたのだ。(後で聞いたが絶対に日本国内、また公務中でもありえない事らしい。死んだバアチャンも驚く事だろう。)その後、領事館前など物々しい空気の中を過ぎてまたウォーキング&ジョキングを続行した。公園の中の可愛いレストランを発見。オストロフという名前のイタリアンでイイカンジだ。旧市外、城方面を通って1時間半もジョギングした。ホテルでお出かけ準備をして、今回同行している旅の友、外川夫妻、清水君と朝食を食ったが美味しいのに驚いた。大体、ヨーロッパのホテルの朝食は豪華とは言いがたいのだ。(そして東欧・・東側で物資が不足…何年前の話ししてるんダァ・・)9時にロビーで観光ガイドのチェコ人と日本人のハーフのガイドと会って、説明を受けて地下鉄、路面電車を使って昔のプラハ城、王宮を訪ねた。行く道にチェコの歴史などを聞けて面白かった。ビロード革命などの無血革命に誇りをもっている。教会など物凄い建築物だった。ロマネスク、ゴジック、ルネッサンス、バロックと説明を聞いたが簡単には理解できなかった。黄金通り、庭園をおりて旧市街からカルロス橋を渡って午前の観光は解散した。昼は川沿いのレストランでした。ものすごく雰囲気が良くて調子にのってビールを2杯も飲んだのが運の尽きだった。(チェコは世界一のビール消費国、アルコール度数が強い1)おかげで午後はダルくて、また信じられない猛暑でクタクタになってホテルに避難。充電してホテル近くの博物館を散策したがひたすらにソファーを探した。マックでお茶してブラブラ。またホテルに帰って避難。充電をして、再度、集合して夕飯に出発した。テスコというデパートに行ったがあまり欲しいモノは見つからなかった。レストランには8時半に到着した。相当にまともな店で雰囲気もヨロシイ。オトロフは川沿いの公園の立っている今日の朝に見つけたレストランで幸せだった。全てに美味しかった。11時近くにタクシーでホテルに帰った。しかし今日は物凄い道のりを歩いたなあ。完全に本日のエネルギーは使い切ったが充実のプラハだった。就寝。明日はお楽しみのアムステルダムだ。

そして仙台で倒れた・・・

6月14日、金曜日、朝起きて銀行に行く方々、ウォーキング&ジョキングを1時間で約7キロ、瀬田、ニコタマ、岡本民家園、砧公園を周った。心地ヨロシイ発汗。ノンビリと入浴して10時半に出発。今日は仙台でミーティングがあるので移動日。途中で宮田家に家庭訪問に寄ってお茶。愛車、ゴルフを修理に出すので碑文谷の車屋さんに届けて、タクシーも来ないのでバスに乗った。バスなんて何年ぶりだろう。(イヤ、良く考えたら先週も乗ったなあ・・・記憶悪し。)渋谷のジャーナルスタンダードの秘密セールに出かけた。相当にイケテル系セレクトショップで気に入っている。ウレシイお買い物を数点購入。一切のバーゲンっぽい演出はなく、ただお得意様ハガキを持参したひとが40%オフという、とてもヨロシイ姿勢だ。隣りで正価で買っている奴がいる。ウフフ・・山の手線で東京駅に向った。朝、地震があってダイヤは狂いまくりホームには人が溢れていた。そして、やっと発車する電車があったので飛び乗った。時間に遅れるわけには行かないので仕方なし。優先順位は60人目くらいだった。そしてグリーン車には100人位人であふれているのに座る事ができた。ヒトを掻き分け奥に入ろうと思ったら目の前のオジさんがイキナリ何かを思い出した様に下車。そして、そこに座った。自分の強運に恐れ入る。元気そうな老人がいたがスミマセン。謝罪します。お弁当を購入しようとしたら最後の1個・・・。また、幸いにも携帯ラジオを持参していたので、サッカー、日本対チュニジア戦を聴く事が出来た。途中の福島県の郡山にて後藤信子(RDD)に会ってお茶ミーティングする予定だったが、そこで下りると仙台の時間が危険になるのでキャンセルしてもらった。次回に何か穴埋めを考えよう。結局、5時過ぎに仙台に着いて駅のスターバックスでカプチーノダブルショットをしながら携帯ラジオでサッカーを聴いた。まさに”にわかサッカーマニア”だ。サッカーはなんと日本が決勝トーナメント進出。日本もやるなあ!!!。スゴイ感動だ。でも、未だに”オフサイド”がわからなくて誰にも聞けない。今さら聞けないのが困った・・・マア、イッカァ。そしてミーティングまでの1時間は駅横の書店で立ち読み。コレが相当にお気に入りの時間。しかし店員の態度が最低なので買うのを中止。まったく自分の仕事に誇りを持てない悲しい二流人生を垣間見た。そんな奴からモノを買うとオーラ値が下がる。7時に泉中央駅の会場・イズミティーに到着。ミーティングには80人近くが来てくれて、盛りあがった。仙台は東北人らしく、なんだか静かに厳かに燃えている。グループの宇津木夫妻はエメラルドになるそうだ。若くて最高なグループ作っているもんなあ。素晴らしい。その後、アフターはパーソナルだけで大好きな小料理屋”福村”で大友夫妻、中村夫妻とマチャミ嬢、千田くんとフロントの若手が参加で楽しい美味しい時間だった。大将が奮発して美味しいカツオとタコ(生)の刺身を用意、その他色々(この店には14年通っている。)また殻を割ってそのまま出されたウニは絶品、酒の品揃えも抜群で幸せな時間だった。あー”ニホンジン”で良かった。中村家に宿泊。何処のホテルより快適な睡眠だ。コンセント抜いた電化製品みたいに倒れて終った。本日も営業終了。

沖縄の朝は清々しい。夏の空気と秋の風が混ざって沖縄的な朝である。 昨晩もミーティングの後は居酒屋に乱入。実に美味しく楽しい時間だった。(日付けが戻ってしまいスマン)

2002年10月11日、朝は自然に起床した。泡盛を相当飲んだのに気分は壮快。準備して空港へ向かった。空港には朝早いのに祝嶺さんが来てくれたがお茶の時間も無くて立ち話をした。毎回どうしてか余裕をもって空港に来る事はない。いつもギリギリ人生だ。8時台のフライトで11時前に羽田空港に到着。機内はいつもの日本航空国際線でくれるアイマスクと耳栓をしていると全くのワープ状態の睡眠がとれる。金曜日で道が混んでる率が高いので電車でニコタマに戻り、ランチは純和定食を自宅で食った。秋刀魚、白メシ、なめこ汁、冷奴・・・。その後、この季節には快適なロータス・エラン(※1)でニコタマのユナイテッドアローズ、田園調布の日高歯科医院にて検診。なぜか、わざわざそこに髙木直夫妻が来て山崎義幸結婚記念ビデオの撮影を道端で行った。なにかスピーチかと思ったら路上で音楽に合わせて踊るというリクエストで早速にダンス・・・。30人以上がダンスして編集してくっつけるとの事。ナオ達(※2)はセンスが抜群だから楽しみだ。その後、帰って夕飯というか岡本でホームパーティーの準備。今回は鈴木啓子シズターズ(姉は料理研究家、妹はフードコーディネーター)で食事の担当。参加者は啓子オネーサンチーム美女5~6人。(マスコミ関係、秘書、色々)とアローズ店員の川東君、ナゾの宝石商の大條氏、ファイナンシアルプランナーの中尾氏、当社秘書の土岐チャンチームというデタラメ混成チームだが相当に面白かった。物凄いワインの消費量で驚き!!。(12人で16本以上・・・数人は飲めない人なのに・・・)深夜に解散したが、くだらない内容から有意義な内容まで様々な話しがとびかい楽しかったのは異業種だからか!。メシの美味さはピカイチでブイヤベースなんて世界一、いや宇宙一美味しかった。なにより皆がウレしそうで良かった。ああ、強力な肝臓が欲しい。なにより欲しいなぁ・・・。

※1:波田啓次郎の愛車その4、ロータスは1968年式で現在34歳の長寿。抜群のフォルムでまったく古さは感じない名車。
※2:髙木直彦氏は良家出身なのにそれを全く感じさせない風貌、キャラクター、ライフスタイルが最高。妻は元、レースクイーンで強力美人、ナオの風貌はまるでアラブのテロリスト。
※3: 鈴木啓子姉妹、自由ヶ丘界隈では有名だった姉妹。美人で相当に個性強力なキャラクター。人にコビを売らない女。料理センスはハンパなし。正に波田のマブダチです。Aм権利収入取得者。

沖縄の伸チャン宅のお庭でバーベキュー。 しかし家賃を聞いて毎回、許せないと思うのだ。  

10月8日、朝は砧でウォーキング&ジョキングを1時間。この時期の砧公園の朝は快適以外のナニモノでもない。朝から家にはお手伝いさんの敏ちゃんが来てくれているので家中がピカピカになる日だ。家の掃除、庭の簡単な手入れ、洗濯、から整理整頓まで完璧にしてくれる。週一回で全てをやりきる働き者だ。午前中に出発の準備をして羽田空港へ向かい沖縄へ。今回はマイレージ消化があって全日空で向かった。危くANAの今年一杯のマイレージを損するところだった。3時過ぎに那覇に到着して伸チャン(高橋伸次・※1)が迎えに来てくれて、積もる話しもあったので、新しいカフェで、まずはお茶を飲んだ。その後、酒や食材を購入しまくって伸チャン宅に向かった。今晩は伸チャンのバースデーなので、グループのみんなで伸チャン宅の庭でバーベキューをした。しかし沖縄の激安料金体系は関心する。伸チャンの平屋の一軒家は巨大3LDK、那覇市内から極近。お客さんが10人位軽く泊れちまう清潔な家で、広大な庭、5~6台は停められる駐車場付きで、なんと7万円チョイなのだ。許せない安さだ。そして平日なのに20数人が集まり盛り上がりを見せた。大阪出身のダイスケ君の彼女がメチャメチャにぶっ飛んだ才女(国立・琉球大学で化学を専攻)で面白かった。父との断絶話にハナがさいた。(オレは娘を持つ父親側で聞いていた。)また体重36キロの子(ゆうチャン)も笑えた。沖縄人は本当に人が良くて気持がいい。みんな通常の顔がニコニコなのだ。大平夫妻は久米島のグループが盛り上がってご機嫌、なんと明日の会場ミーティングに主婦の儀間かずみさんが子供を預けて飛行機に乗ってくるという。比嘉透も絶好調、ダナくんはいつもながらにナイス、祝嶺さんはボケまくりで盛り上げる。とにかく人間性が素晴らしい奴らだ。バーベキューは超盛り上がり楽しかった。沖縄の夜の風が本当に気持良い。星もきれいだ。明日は家庭画報に出ていた読谷の邸宅を見に行こう。海辺のカフェで和みたいな~~。こんなノンビリな沖縄は久し振りだ。(その後、記憶は途絶えた・・・・・)
※1::高橋伸次(北海道生まれで東京経由、沖縄在住。歯科技工士にしてラボックス歯科技巧所を経営、3△才、ルビー、キャパはダイヤ、ワケあって独身。)

8月のある日・・・・勇気はお得で美徳

8月23日、快晴、気分も快晴。砧から岡本を1時間ウォーキング&ジョキングした。砧公園の木々の緑、草花、そして鳥、虫の鳴き声・・・本当に素晴らしい世界だ。そして砧から民家園の山を抜けて静嘉堂文庫(※1)から家に戻る途中にある、昨年死去された歌舞伎役者で人間国宝であった中村歌右衛門邸が取り壊されている。300坪以上の豪邸と立派な庭園があった。波田は得意分野で何処までもしなやかにアツカマしいという特技があるので、早速に現場監督に交渉して屋敷の中を見せてもらったら25LLLDDKK・・・というスケールだった。和室が京都の旅館みたいで凄かったが洋館部分は薄暗くて気味悪かった。そしてどうも処分しそうな家具を二つもらった。これは収穫だ。人間国宝が日常に使用していた家具だぞぉ・・・お宝鑑定団に出してみるカァ・・。ヤフーオークションはマズイぞぉ!。しかし、こんな豪邸に今時、住む人はそうはイナイのは理解できるが、ナンの思い入れも無しに樹木を切り倒してしまう宅地開発業者、デベロッパー、小さく切り刻んで売飛ばしてセンスの欠片も無い小屋を建てて販売する建売業者は最低だと思うのでそんな低俗な業者でないことを祈る。12時に歯医者で治療をして、それから帰ってオフィススタッフ土岐チャンとランチをした。午後は食材を購入しにニコタマへ行った。駅前でダイヤ(※2)の金田婦人、ヤネマンこと森本恵子と偶然に会って一緒に明治屋(※)で買い物。その後はエノテカでワインを買ってから車で送ってあげた。今日は波田の妻・デコさんの○○才の誕生日なのだ。沼津に向って夕方から沼津宅のキッチンでディナーの準備。何処で食うより自宅が和んでヨロシイと僕の意見。(妻の誕生日には妻の意見を聞け!!・・)ということで僕が料理をした。数種類の魚の燻製、アボタコサラダ、グリーンサラダ、トマトとモッツアレラ、サーモンクリームパスタ、ステーキ・・・。先ほどにエノテカで購入した3本のワインは空になった。恐ろしき消費量だ。平和な1日が終った。終った記憶が無いのが残念だが肝臓も終った。翌日にわかったことだが・・・。
※ 1 元、三菱財閥創設者の岩崎弥太郎氏の茶室であった山が公園と美術館になっている。これが東京とは信じがたい景色だ。是非、一度癒しにいらしてください。
※ 2 アムウェイ業界用のピンレベル。
※ 3 明治屋は高級スーパーマーケット、紀ノ国屋、ナショナルが御三家。関西でいうところのイカリスーパー。

日本の基本的夏休みは下田でいかが!?

波田家はこの夏の盆休み期間は下田で過ごすと企画部長の計次郎氏が決定。一週間の貸し別荘アズールの生活は快適この上ない。決して豪華ではないけど白い砂、コバルトブルーの海の入田浜のビーチフロントで環境は抜群。渡辺正人家と田口浩も一部参加で盛りあがった。(計画を立てる計次郎、系列を増やす系次郎、軽く生きる軽次郎、罪は受けます、刑次郎とケイジローには様々な配役がある。他にも色々ある。) 2002年8月13日、火曜日、朝5時に起きてサーフィンをした。起き抜けに窓を開けると波はイイカンジ。急いで準備して海に入った。正人妻・恵美ちゃんは元・湘南サーファーガールなので一緒に入って楽しんでいた。気分は壮快!。ソーーーカイ!。波田には適度なサイズの乗り易い波で最高に楽しめた。午前中はカヤックをして遊んだり、山に竹を取りに行ってお昼の流し素麺の準備をしたりした。山の帰りに碁石ガ浜の豪華別荘、2年来の知人、川喜多家を訪問してデコ、正人氏が驚いていた。200坪位の塀も生垣も無い芝生の上に洋館が聳え立っているのだ。そして遠くには海が見える絶景・・・絶句。ここは日本ではない・・・!。庶民、波田チームは別荘に帰ってランチ・イベントの”流し素麺”!!。僕が階段の上から3m位の二つに割ったタケで水道を流しながら素麺を流して下流で皆がそれをキャッチして盛りあがりながら食べた。しかしオカシな食べ物だなあ!!。デコは天ぷらを作ってサーフボードをテーブルにしてサービス。大成功だった。午後は近所に遊びに来ていた田村悦子さんチームと遊んだりした。何もしないのが最高に贅沢で楽しい。子供達はひたすらに海で遊んでいる。僕は夕方に再びサーフィンをしたのだが、夕日がものすごくキレイで海に浮かんでいるだけで気分が良かった。こんな心に残る夕焼けが見られると本当に幸せを感じる。そして日が落ちて真暗になるまで夕焼けを楽しみながらサーフィンをした。夕飯はバーベキューをしたが、これまた美味しい。ビールもワインも満天の星空の下で飲んだら格別だ!。そしてベロベロに酔いながら人迷惑に花火大会をした。基本的夏休みはこれをしないと駄目なのだ。明日は”基本その2”のスイカ割りしなくては!!。明日の朝も5時起床!!。きっと素晴らしい朝だろう。ウフフ・・・・・。

立って半畳。寝て一畳

8月3日、朝起きて福井県小浜の温泉ホテルで朝食をした。そして増田君の愛艇ラッキーナルの停泊してあるハーバーにいって京都の神崎氏と女子3人そして清水君が来た。今日はその7人と元太朗、宗一郎《※》で磯遊びをした。昨日と違う入り江で和み。《京都流男女混合不順異性交友ギリギリ・ドーナツ浮き輪の引きずり回し》《鮑、サザエのギリギリ密猟》《普通のウェイクボード》とか最高に楽しい時間だ。福井県の若狭湾にある小浜は素晴らしい海だった。昼には上がってハーバーでバーベキューの準備をしてサザエ、鮑を食った。一生分位食べたかもしれない。午後は運転、夜はミーティングだが、結局我慢できないでビールも飲んだ。一本じゃ効かないので3本制覇。最高にハッピーな時間だった。二時半に京都に向った。山道を越えてインシュウンテンには厳しい道筋だった。京都に着いて新幹線で来ていたデコ、桜子《※》と会った。 京都の宿泊はプリンズというカフェの2階が宿泊施設になっているのだ。超洗練されたデザインの部屋に入ったら広大なベッドに驚いた。こんなベッドが世の中にアルなんて・・・。普通のベッドの6個分位のまるでプロレスのリングのようなベットだった。(イカガワしいホテルではありませんョ。)どうしてこんなベッドを思いついたのだろう。人間立って半畳、寝て一畳と言う格言を思い出した。その後、ミーティングの会場である京都シルクホールに入った。800人の席は満員だった。急いでスライドをセットしてスタート。先日のEDCの写真を御披露した。外川めぐみさんとの司会(打ち合わせは無し)で進行した。また最後に15分スピーチしたが京都は笑いのタイミングがどうも違うのだ。終了後は”左舷右”(サゲンウ)で大人数で京都的食事をした。とても美味しい時間だった。ウルトラセブン(ミーティングの名称)は日本最古の続いているミーティングときいて余計に感動した。しかし京都の人々はイイヒトだ。チームワークも素晴らしい。そんな事を感じるのが人生の幸せだ。
※ 元太朗、宗一郎は波田啓次郎の長男9才と次男5才。とても繊細な元太朗とファンキーな宗一郎は波田啓次郎の親友です。
※ 波田家男チームは二日早く車で京都の日本海側、福井県小浜市のマッスンのクルーザーに乗せてもらいに参上し、京都と家族で合流。英子さんは全く船酔いに弱い。
※ プリンズは京都で相当にイケているカフェ。住宅街にあっておしゃれこの上ない。