あっ!!災い転じて福と成る!(笑)

2010年10月30日   10月の下旬に東京電力から電話がきた。下田のオキラクハウスの電信柱を多少、移動させたいと・・・残念な事に、どうもこう大企業の方々は、モノの話し方がわかってない。(間違ってもケンカは売ってません!)結局、オレも普段、自分でも電柱の位置など意識に無いし、中途半端な返事をして、せっかくの窓からの景色をさえぎられたら困るので、ちゃんと写真で提示して欲しいと依頼。するとさすがに大企業!(今度は誉めてる!) 早々にわざわざ下田まで飛んで行って、ウチの敷地の電信柱を5カ所から写真を撮って送ってきてくれた。 速達郵便で届いた写真をじっくりと見ていた・・・その瞬間、波田には電光石火のごとく激震がっ!!なんと、なんと、なんとゲストハウス(別館)のベッドルームの窓が全開しているではないの!! フルオープン!それも最後にその部屋を使ったのは8月の後半だぞっ! という事は二ヶ月半も全解放だった・・・その間には何度もの雨も降ったし・・・今、出来る事はナンだろうという事で、近所の友達・ミネにお願いして長い棒を準備してもらい、外からグイっと押して仮・窓閉めをお願いした。これでまずは応急処置!でも根本的にはダメでしょ。という事で急きょ、下田に向かうことにした。台風が過ぎ去った後の夜のドライブは爽快そのもの!そして空には恐い程の大きく美しい月が輝いている。深夜に到着してそのままゲストハウスのドアを開けて入ったら・・・なんとか難は逃れていた。本当に良かった! そして母屋に入ってビックリ! 雨戸は閉まっているものの窓が全開・・もう笑えない。そして昨日の台風の強風の影響で我が家の守り神的な“アボカドの樹”が傾斜している!! 気が付いて良かった。 明日早々に植木屋に対処してもらわなくては! もし気が付かなくてそのままだったらと考えると恐ろしくなる。 本当に来て良かった。東京電力さん、あなたの依頼はなんでも聞きましょう。 その後、明日の朝イチのサーフィンの準備をしているうちに、ある物陰から、なんと一ヶ月前に見失っていたカメラ(RICOH製)を発見!!あったぁ~~もう狂喜乱舞! カメラがあって嬉しいもあるが、データーが戻って嬉しい!(前回までのホームページの更新では、本当に苦労した!(笑) とラッキー続きの下田だった。 オレってなんてついてるんだろう! いつもいつも! その理由は良く知っている。 たぶん、普段から強運なあなたには、その理由はわかっているはずだ! だろっ!

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

2010年10月15日 昨夜は名古屋でミーティング! アフターはお風呂屋さんを改造した居酒屋で雰囲気も良く、昔からの友人も沢山、参加していたので楽しい時間になった。よせば良いのに山崎豊成(タクの弟)と2軒めのハシゴ!楽しい酒でした!(笑)   深夜にホテルに帰り就寝!  実に”ニホンバレ”な朝だ! 今日は岐阜の街を散策してから、初体験の”鵜飼い”観賞だ。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

“鵜飼い”自体はニュースなどで映像で見た事はあったが、その知識は何も無く、あるモノは好奇心のみ! 鵜飼いは1300年も続く伝統的な漁法である。”鵜飼いに行きましょ!”と名古屋の超美人熟女(表現がイヤらしい!?)のジュリーさんから誘われて二つ返事で乗った! こんな日本の手伝統的な行事はとにかく見て体験をしておきたい。だいたい行きましよって誘われても何をするのだか想像もつかない! 行くまでは鵜(う・・・鳥の種類)を食うかと思っていた位にわかってなかった。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

 ”鵜”を食べるの!?とガイドに聞いたら、”お客さん、鵜は天然記念物ですよっ・・・”と冷たく言われたのだ。そう、鵜飼いで食べるのは、鵜が捕らえた鮎(あゆ)である。 流れはこんな感じ。(もちろん日帰りも良し!) 河原の街をブラブラしてから長良川沿いの風情のある旅館にチエックイン。6時半に予約をしてあった船に乗船! 雰囲気は屋形舟みたいだけどその船は、ものすごい伝統工芸の究極。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

料理は通常はお弁当らしいが、さすがに食にこだわるジュリーチームだけあって、持ち寄りのご機嫌な料理が用意されていた。そして美味しいお酒も満載! たぶんこんな豪華絢爛な料理を食べている船はそうはないであろう!まわりには宴会がはじまった30隻程の屋形船が並ぶ。そして上流までクルージンング。なにせこの船には動力がなくて手漕ぎ!!

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

7時過ぎに鵜飼いの操る船がやってきた。ここからの表現、かなり間違いがあるかと思うが専門用語など理解をしていないのでお許しを! 鵜匠は、なんと宮内庁管轄の選ばれし者達! 正確には”宮内庁式部職鵜匠”が正式名称。1300年もの歴史はダテではない。それも世襲制度が残っていて誰でもなれるモノではないのだ。現在、岐阜市では6名だけがその鵜匠の職を代々守っているのだ。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

独特の装いの鵜匠さんはそれぞれが船に乗り、10~12匹の”鵜”の首にヒモをつけて操り、かがり火(松の炭を燃やしながら照明とする。)の中で鮎を獲るのだ。 わかるかなあ!? とにかく伝統的漁法は荘厳な空気で、それはそれは感動的な時間でした。 9時位に下船してそれでは終わらないジュリーグループ! 真っ暗な河原にバーベキューを準備して、深夜のバーベキュー大会っ!!これまた風情があって楽しい時間でした。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

素晴らしい時間をありがとうございました。ジュリーチームのチームワークは最高です! 仲間っていいね!
URL http://www.ukai-gifucity.jp/ukai/

練りに練って、また練って!!

ニッポン人の会話のなかで”普通ナニナニだよ・・”という言葉には、かなり重い意味合いがある。そんな平均値が大好きな日本人の中でも、コレは明らかに尋常ではない時間をかけているのが、今回の駒沢プロジェクトだ。簡単に話せば、春に悲願であった駒沢という場所に土地を購入した。そこに家を建てるのだ。通常、土地を購入したら2ヶ月から3ヶ月以内には建築がスタートするのが世の常ではないだろうか。借金をしている場合はますます金利ばかりがかかるし、家賃の二重の支払いなど金銭的にも大変な事なのだ。 ところが、購入から6ヶ月も経過したのにまだ着工どころか設計図も出来ていない。そして施主もまるっきり焦っていない。(笑) この設計の時間こそが大切な時間なのだ。練って、練って、練りまくる!! 考えて考えてまた練る。本当に大切な時間なのだ。こうしている間にも銀行への金利だけて毎月35万円も吹っ飛ぶが、この設計の時間こそが未来を決定する最重要な時間なのだ。何もしていない訳ではなく、そして他人任せにしている訳でもない・・・なのに時間が刻々とたっていくのだ。ペースで言えば週に一回は一級建築士のモトと、空間デザイナーのシゲジと三者打ち合わせを重ねている。毎回、なんと朝の9時からスタートして夕方まで、永遠に様々な細部の打ち合わせをしている。 50年代に主にアメリカで成功を収めた建築家ミースファンデスローエは”神々は細部に宿る”と言った。その細部をキッチリやらなければ完成は無いのだ。 人生で三回建てて初めてわかるという家・・まだ二回目だ。 来年の正月は新しい家で迎えたいと思う。 あと、ついでにもう一つ・・・今の時代に家を持つという事の、投資的な賛否両論! ハッキリ言って興味が無い。ボクが買ったのは、その過程の楽しみと、そこで過ごす時間だからだ。コレには価値は付けられないからだ。 楽しんでます!  ※建築関係の方、なんでも売り込みしてください。 ◯◯業者ウエルカム!

忙しいとは・・・・

忙しいという言葉を辞書で調べてみると・・・《忙しい》急ぐの形容詞化、多くの用事に追われて暇がない。多忙である。せかせかして落ち着かない。せわしない。用事が多くて暇がない。等々と決して好ましくない説明ばかりだ。 ボクも忙しいという言葉があま好きではない。 だいたい”忙しい”と”心が亡くなる”と書くではないか。 心が無い状態なんて淋しい仕事の極地であろう。仕事には愛は常に必要だ。 さて、波田の今月のスケジュールを見ると・・・普通の人は”えぇ!お忙しいですねぇ!”と驚くと思う。 7日の福岡をスタートして大分、岡山、四国は高松、同じ四国で愛媛は松山、そして一瞬、福岡に戻り沖縄に飛んで二日間、そして東京に戻り沼津、東京でミーティングをして中国は上海に三泊、戻ってから福島に入り、仙台をまわって東京で大きなイベントを主催してから翌日は東京、そして東北は秋田県、そして羽田を経由して広島、姫路、京都に寄って東京、そして沼津から下田、そして東京に戻るという、読んでいただいた皆さんに申し訳ないくらいのぶっ飛びなスケジュールだった。 これ会社に出張で”行ってこい!”と命令されたらイヤだろうなぁと思う。大変ですねって人は挨拶をするのが好きだが、波田からしたら家のおコタでやる事も無くブラブラしているほうが、よっぽど大変だと思う。オレは新幹線や飛行機に乗ってるだけだからね。かなり楽しい時間なんです。読書、スケジューリング、昼寝、景色をながめて、またうたた寝をして・・・なぜ今月がこんなにハードになったのかはわからないけど、まぁ、人が待っていてくれるという事は幸せな事だと痛感する。いったい何人の人にお会いしたのだろうか! でも正直、当分、電車と飛行機には乗りたくない・・・よくスケジュールを見たら、来週からベトナムじゃないの!! 当然に飛行機。

有馬七重さんの追悼ラリー

時間が経つのは早いもので有馬七重CAが他界されて一年が過ぎた。時間が経つのは本当に早いものだ。この世にいなくなっても、まだまだ影響力は絶大で、いまだにこの世にいらっしゃる位に思うのはボクだけだろうか。どうも長期の旅行に出られている様にしか思えない。 一周忌という湿っぽいイベントは七重さんには似合わないという事で、明るいラリーが開催されることになった。企画は業界きってのアイデアマンの正人氏。プロ以上にプロ的な腕前の司会までこなすので進行は間違い無いであろう。 そしてそんな大切なラリーのゲストを仰せつかった。ダレか最近、頑張ってるグループの現役のヒトとスピーチをしてくれとの依頼。スピーチだけならお易い御用だが、七重さんの追悼ラリーと考えてしまうとちょっと緊張してしまうのは本音だ。 ラリーは最初のスピーチがボクとミネ(山中峯喬SP)。持ち時間の45分は最初に掛け合いをして、そしてミネは一人で10分。これがビックリする程に落ち着いてのスピーチ!その後はボクで30分間。スピーチは別にエラそうな話をするつもりもないし、自分がやった事のみを話すのがポリシーなのでそんなに緊張もないのが正直なところ。ボク達の後のクロージングが林立夫&厚子CAが担当。本当は長男の一樹君(ニューファウンダーズDD)が話す予定が体調を崩してしまい、ピンチヒッターに母さんが登場という次第! そして今回は七重さんが生前に関わっていた”ゆめBOX”という知的障害者を支援するボランティアのチャリティーという事で、主催のノンナさん(85歳でダイヤモンド!)がゆめBOXを代表してスピーチ! もう迫力満点のスピーチで会場にいた全員が感動のルツボと化したのだ。 最後、参加者は有馬七重さんへの各々の想い出を思い出しながら帰路についてくれたであろう。 夢はいつでも忘れてはならない。七重さんが生前に残してくれた偉大な功績への恩返しは何であろうか。それを捜すのが近々のテーマとなった。 七重さん。ご冥福を祈ります。本当に系列を超えて優しくして下さり有難うございました。

男ならば”無人島冒険旅行”だろ!!(笑)

冒険旅行という言葉にやたらにあこがれる! そんなのはオレだけかなぁ。 まぁ、猛獣が出たり、人跡未踏の未開の地とかいう訳では無いけれど、とにかく男のロマン的な旅がいいじゃないの。
今回は、沖縄の本島から30キロにあるケラマ諸島を目指す。そこでカタマラン(双胴艇というスタイルの船で細長い二つの船体がつながれた居住性の高い船)をレントして無人島から無人島へと旅に出る・・・という企画だ。途中で港に帰港をする事はあれど、基本的には船上生活を送る。 なんと男のロマン!!! この界隈には数多くの名も無い様な離れ小島が点在しているのだが、そこを”キノミキノママ”に上陸したり、ダイビングをしたり・・・とにかく都会人的な冒険旅行なのだ。

男ならば"無人島冒険旅行"だろ!!(笑)

沖縄本島を朝の9時発の高速ボートで慶良間諸島の座間味島へ渡り、そこでチャーターしておいた”やどかり号”に乗り換えいざ出航! いきなり航海が始まる。最初からユルーい空気でのスタート。二泊三日の旅は選ばれた男6人と船長さんのユーキさん。一言で言えば”男ばっか!”ということで気取りもなにもありゃしない。でも良いのです!それが男のロマンなんだから・・・食事は当番の波田が担当して、ちゃんと毎日のお献立表を書いて来て、昨日は那覇のスーパーで買い物もしているからバッチリ! しかし船の上の揺れ方ってどうしてこんなに眠くなるんだろう・・・メシを食うと眠くなり、本を読み始めると眠くなり、ダイビングから帰ると眠くなり、寝て起きると眠くなる・・・まったくキリが無い程に眠いのだ。オレが船の船長になったらイっパツで居眠り運転で座礁して転覆すると自信がある!

男ならば"無人島冒険旅行"だろ!!(笑)

カタマラン艇はヨットのように下にバラストと呼ばれる重りが無い為に浅瀬にも入って行けるのが最大の特徴で、沖縄の様に珊瑚礁に囲まれた島には打ってつけなのだ。ただしスピードは少々遅めになるのが難点。でもおかげで普通では入れない様な入り江とかにも停泊が出来たりとご機嫌だった。
今回の参加者は古山兄ちゃん、岩渕、ダイちゃん、カァーズゥ、ナオジィー、そしてその息子のリオンだ。リオンは5歳! なんだかどうしてもリオンには来て欲しくてナオジィーに提案した。当初は父と息子だけの参加に不安だったがこれもきっと良い思い出!(オレ、息子が5歳の時に8歳の長女と三人でアフリカを旅行したことがあるんだけど、本当に素晴らしい時間だったんです。) ということで7、5人のチームだ。リオンには全てが新鮮な体験だったようで、本当に楽しそうにしているのを見ていると、こっちまで楽しさが倍増していく気がした。

男ならば"無人島冒険旅行"だろ!!(笑)

沖縄の、特に慶良間の海は本当に美しい!ここの海の綺麗さは格別だとおもう。久しぶりにダイビングをしたけど、心から感動できた。船長が気をきかせてキレイな入り江に停泊をしてくれるのだが、聞けばその島は阿嘉島と言って裏側にはヒトが住んでいる島じゃない。内心、無人島をお願いしたいと思ったが・・・まぁ仕方が無い。
そんな二泊三日は本当に大満足の良い時間でした。来年も是非とも企画しよっ!あんな夕焼けを見る為にだけ行ったっていい!

男ならば"無人島冒険旅行"だろ!!(笑)

追伸/那覇の宜野湾マリーナでは船で暮らす人々が随分といるらしい。将来、マンションで暮らすより、こんな船を家(別荘)として暮らすのも悪くないなぁ・・・なんてマジでイメージしてしまうのでした。
こんな旅を企画してくれたのはグループの古山兄ちゃん!彼は水中カメラマンにしてダイビングショップも経営!全然ガツガツしていないから、ゆるーいダイビングを望むダイバーにはおすすめ。そしてこんな無人島ツアーも企画してくれます。実はこれがかなりリーズナブル!! 友人割引ありなのでドーゾ!!

男ならば"無人島冒険旅行"だろ!!(笑)

SEVEN-TENTHS IMAGE(セブンテンス・イメージ)古山氏
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携帯HP:http://www.seventenths-image.com/mobile/

ウエオ君とのランチ!

久々にウエオ君とランチした。ウエオ君は某マニア系アパレルの有名なバイヤーで世界中を買い付けに回っている。いつも本当にカッコいいスタイリッシュな男だ。そんな刺激的な人生を送る友達の話は楽しい。久々の待ち合わせは渋谷の109という少し恥ずかしい場所!(笑) 遠くから手を振る不思議なカッコをした人が見えたが瞬間には判断出来なかった。『・・・・誰!?』・・・近づいてビックリしたのは久々のウエオ君は和服を着ていたのだ。 和装・・・『えっ!マジっ!』が久々のご挨拶! 上から下までを3往復くらいは見て、最後に顔を確認して『うっうっウエオ君!!久しぶりっ!』しかし驚いた。その着物の着こなしが実にカッコいいの! どこかの若旦那か、着物店の店主さんって感じ。 ボクも和装への憧れがあったんだけど、友達が、それも洋服のプロが和服を着こなしている・・・かっこいい! 聞けば散々、世界中の洋服を扱って結局、日本人にとってカッコいいのは和服だと気が付いて、外出時の殆どは着物を着て過ごしているという。 食事の間中、ずっとなぜ和装にいたったのか、和装のコツ、着物の選び方、着こなし方・・・様々な疑問を全てなげかけて答えてもらった。 オレも着物を着よっと! やはり日本人が行き着くカッコ良さは着物なのかも・・・友達の奥様が外国でのパーティーというと着物で登場するんだけど、どんなドレスで登場するよりニッポン人のアイデンティティーを発揮していてカッコいいんですよ! 勝負は和服で!! 勉強しよっ!

下田での庭作り!!

下田のセカンドハウスの《オキラクハウス》を持って7年・・・家の修復、改築、増築から始まって、別棟の土地作り、基礎から棟上げ、建築、そして庭作りまでを沢山の友達の協力で行った。普通では出来ない様々な経験を出来た事に感謝をしている。そんな経験をする事は子供の頃からの夢だったからだ。
昨年、下田でピカイチのビーチハウス(某有名タクシー会社社長の所有物)を、昔からの友人(アパレル会社社長)が縁あって購入! ロケーションと建物は抜群だったが庭が今イチだった。

下田での庭作り!!

下田での庭作り!!

まぁ、そんな事はオレが口を出す事ではないので黙っていた。しかしその夫妻が我が家に遊びに来るうちに、ウチの快適な理由がわかって、ボクにそのビーチハウスの庭の改修工事を依頼してきた。主な仕事はバーベキュープレイスの製作と荒れ果てた原野を庭にする事。 波田はアイデアを振り絞るのは大好き。そしてそれが形になって出来上がれば尚の事、楽しい! 友達の大工ハマーと庭師タケシ、一級建築士のモトの仕事になればという事で請け負った。 夏に発注されて秋に一度、庭師と入り、無秩序に生えまくった木々を整理整頓。庭も手を入れないとツタとかが樹々に悪い影響を様々、及ぼすのだ。 キレイさっぱりさせてからプランニング! 現地に何度も何度も通い、そこで散々、考えて考えてスケッチをして、シュミレーションをしてデザインを書いた。この該案が出来上がったのが2009年の秋、そしてバーベキュープレイスとアウトドアキッチンの図面を起こしてもらい、見積もりに入りゴーサインが出たのが2010年の冬。そして作業がしやすくなる春に着工してゴールデンウィーク前に完成っ!・・という予定が悪天候が重なり80%までしかGWまえには出来上がらなかったが、まあ施主の友達も夏までに完成すれば良いという事で、時間にユトリが出て、益々楽しい仕事になった。ツリーハウスも建築をする。 4月の中旬には福井チームの肉体的援助がはいり作業は急速に仕上がった。

下田での庭作り!!

下田での庭作り!!

しかし何かモノを作るという仕事は本当に楽しい! そしてやる程に本業ではなくて良かったと思うのだ。(笑)趣味でとは失礼なので言わないが、別のしっかりした収入の道があって、やりたい仕事をするというのは精神的にも幸せな事ではないか!!
施主様、楽しい仕事をさせてくれてありがとうございました。
日本中の皆さん、良かったら仕事ください!(笑) 良い仕事しますよ! 時間と知恵をかけて頑張ります!
ちょっとCMチックな今回の日記でした。

城野智則と麻婆豆腐!

10月2日(土) 下田は清々しい朝だ。ただ、波は全くなくて、海に入る気は起きずに、昨日のペンキ塗り(正確にはキシラデコールという防腐剤)の仕上げをしたりとそれなりにやる事は沢山ある。これを楽しめる人と苦痛な人で別荘生活はまるで違うモノになるんだろうなぁ。オレはかなり楽しい!(笑)
昼過ぎに城野佳子さんがグループのお仲間十数人でオキラクハウスを訪ねてきてくれた。なかには宮崎県から軽自動車で18時間もかけて・・・早いもので城野智則氏が他界して一周忌が9月の末日だった。それは今でも忘れることの出来ない、まさに衝撃的な事故だった。城野氏はボクとここ、下田でミーティングをして、終了後にオキラクハウスで、仲間20数人でアフターの食事会をした。 その日はここ何ヶ月はお酒をお互いに抜いていたのに、何故か盛り上がり一緒に、そして皆で飲むことになり、相当に楽しく幸せな宴だったのだ・・・・その数時間後に、まさかのもらい事故で帰らぬ人となったのだ。 そして一年後に前妻・佳子さんとビジネスのお仲間が、一周忌を下田で過ごしたいという事でウチにも寄ってくれたのだ。
午後の2時の訪問ということでケーキなど甘いものを準備するのが、お客様を迎える主のサービスだろうが、ボクは”麻婆豆腐”を準備した。 それは城野氏が”正”に最後に皆で食べたモノだったからだ。思いっきり山椒の効いた四川風というか李福偉氏直伝の”緑の麻婆豆腐”だった。 皆で、思い出話をしながら麻婆豆腐をつついた。それは、本当に良い時間だった。様々な下田でのエピソードを交えながら・・・

城野智則と麻婆豆腐!

しかし人の人生はわからない。
残された、我々はとにかく日々を有意義に生きる事しかないと思う。
城野智則氏の死によって考えさせられた事は、本当に多い。
ボクもビックリする位に引きずったのが事実だ。
彼の死を無駄にはしたくない。 毎日を精一杯に生きよう! それしか考えられない。
たぶん、一生、麻婆豆腐を食べる度に思い出すんだろうなぁ。  合掌。