東ヨーロッパを旅しながら、この日記を書いています。

本当に20年前ならば考えられない旅をしてます。(だいたい20年前ならば文章を書いて日本にファックスでしょ!それが今ではメールで瞬時!) 昔は“東西冷戦”という西側、東側諸国という思想の違いから来る国境があったのです。 当時の映画を見ればわかると思いますが、それはそれは恐ろしい“隔たり”だったんです。007の敵国は全て見えない脅威の東側諸国だったでしょ! 初めて30年前にエアロフロート航空でモスクワ空港をトランジットで訪れた時なんて、窓の外は霧が立ちこめて、そこを軍服を来たロシア人の大男が機関銃を持って警備しているんですよ。それが泣く程恐かった。(何もされた訳ではないのですけど・・・)とにかく簡単には行かれない地域ではあったし、まだ海外旅行が決して気楽な時代じゃなかったから、余計にかもしれませんが、今回の東欧旅行は思い入れがあるんです。とか言ってる割には基礎知識も乏しく、ベオグラード(セルビア)なんてロシアの地方都市と思い込んでいたし・・・(笑)  今回の旅は旅友(変態旅行に付き合ってくれる大切なお友達)3人と来ています。移動は車しか考えられない! 走行距離は1日平均350キロ、周る予定の国で13カ国、言語も通貨もほぼ全て違っていて、通貨にして言えば~ブルガリア=レバー、マケドニア=ディナリ、アルバニア=レク、モンテネグロ=ユーロ、クロアチア=クーナ、クロアチア=クーナ、ボスニアヘルツゴビナ=マルカ、セルビア=ディナール、ハンガリー=コリント、スロバキア=ユーロ、ポーランド=ズオティー、インド=ルピー そんなのどうやって準備する!? それぞれの国の道路事情もわからないから、予定を変更するのは当然ありえる事で、という事はホテルの予約も殆どしないで現地で予約。一言で言えば“行き当たりバッチリ”作戦しかないのです。だから旅慣れてない友達とは行けない! 細かいこと言う女性も無理! それだけに想像もつかない事の連続で、何かを見て楽しいというより、全ての時間が楽しい、良い旅が出来てますよ。 あと帰りにインドに寄る都合上、行きにもインドを経由しないとならなくて、そして香港も経由という事で、香港でラーメン食べて、インドでカレーを食べて、トランジットのドイツのフランクフルトでフランクフルトソーセージを食べるという快挙も遂げれて嬉しい。(こんなの自慢になるのかなぁ!)せっかく、人類史上、初めてという程に世界中に行かれる時代ですから、それを成就しなけりゃウソでしょ!昔の人に申し訳ないでしょ! あとは資金と時間だけ~~目標があれば人生は頑張れますっ!!

東欧(東ヨーロッパ)を攻めろ!!

東ヨーロッパ12カ国を一気に攻める事になった。行く理由はただ一つ!! 行った事が無いからだっ! 行きたいなぁとは思っていたが、特に行く理由も無いし、理由を待ってたら一生行かないし、そして一緒に行く人間がいるかどうか不安だったが、変態同士の漂うオーラーで、自然に集まり、面白いメンツで行く事になった。ヤロー4人だ! みんな自分のビジネスを確立している自由人なので、そこらへんは気遣い無く行けて楽しい。

東欧(東ヨーロッパ)を攻めろ!!

東ヨーロッパはエリア的には曖昧で、どこの国を含む、含まないと色々な解釈がある! そんな事はまだどうでも良い問題で、どこのコースを行くのが一番ムダ無く危険も回避できるかが重要なのです。  当然にクルマ移動が快適。しかしレンタカーの保険が意外や意外、ネックとなって自由が利かない事が発覚。というのは、例えば一番の北に位置するポーランドからレンタカーで南下して回ると、ブルガリアなどの国々が保険が効かなくなるという事実・・・ハンガリーだと全ての国がオッケーだが、北上して戻って南下してまた戻ると行程が倍近くになるんです。それは避けたい・・・ということで見つけ出した名案は、一番南のブルガリアのソフィアまで飛行機で飛ぶ(簡単に言うけど成田を出て丸一日・・・成田→香港→インドのデリー→オーストリアのウイーン→ブルガリアという激しい行程!)

東欧(東ヨーロッパ)を攻めろ!!

そしてユーロレンタカーを借りて北上!マケドニア、コソボ(ここ、この間まで紛争とかしてたじゃない!外務省のサイト見たら地雷に注意とあった、どうやって注意するの!?) そしてアルバニア、モンテネグロ、ボスニア、クロアチアを抜けてハンガリーのブタベストでレンタカーを一度返却して、ハーツレンタカーに変更してスロバキアの山々を抜けてポーランドへ!! これがアバウトなコース。道路事情、貨幣事情(全ての国の通貨が違う!?はたしてユーロだけでどこまで使える!?滞在時間半日みたいな国もあるからいちいち両替なんてしてられないし!)大切なのは治安・・、まぁ、旅慣れた4人組だからなんとかなるけど、バッチリ楽しんで各国を満喫したいと思います。

東欧(東ヨーロッパ)を攻めろ!!

ちなみにホテルなんてなにも予約は入れてません。というかいつ何処にいくかわからないのでホテルの予約の入れようが無いのが現実・・・ そのご帰路でインドのデリーに寄って、少しビジネスをしてタジマハールを見てカレーを食べて帰って来ます。あっ、香港でラーメン食って帰ろうかなぁ!! 人生も旅も気楽が一番だよっ!! 行ってくるから! まだ見ぬ東ヨーロッパへ!! レポートとお楽しみにっ!

福島の人々に思う事・・・そして出来る事。

震災後の約二ヶ月が経過した5月下旬に青森、岩手、秋田、山形、宮城、福島を訪れた。様々な目的があったが、やはり被災地を生で見ておきたいというのが第一の目的だった。津波に飲み込まれた街はまさに明暗が分かれていて道路を隔てた左側は悪夢のような景色、かと思うと右側は全く何も無い平和で飲み込まれた街とその境目がハッキリとしていてビックリだった。陳腐な言葉だが自然は恐い。とても戦える相手ではない。 そして未だなお、見えないニオイの無い敵と戦う福島に人々の強さには感動をした。 もちろん開き直っていると言えばそれまでだが、久々に会った友人は『私たち、薄い放射能を浴びて新たに進化をしてます!頑張ります!』との挨拶・・・言葉も無かった。その説、オレも応援するから! 彼ら、彼女らは何かをしたいのだ。そして今回、期限付きの依頼を受けて”ヒマワリの種”が欲しいという。それも大量にだ。ご存知の通り、ひまわりはセシウムなど地中に落ちた放射線物質を吸い取ってくれるという効果があるのだ。だが福島ではそのヒマワリの種を手に入れる事が難しく、それをヒマワリを撒ける6月の中旬までに欲しいとの事。その話をした午後から全国の友達にツイッターやブログを通じてお願いして、現地にまたウチに送って頂いた。多くは寄付で頂けたが、一部は買いあげた。結果、6月7日までに目標の400キロを大きく超えて1トン(1000キロ)が集まり、福島の人々の手によって方々に分けられ撒いてもらえた。数ヶ月で福島の何エーカーかの広大な土地にヒマワリが咲いて人の目も和ませて、そして少しでも土壌浄化に役立てば何よりだ。 今回、またまた多くの方々の力をお借りした。本当に感謝しています。お礼はヒマワリ畑になった写真一枚になるかと思いますが、福島の人々はい多くの人々の愛に支えられて、かなり力強く生きています。これからも様々な援助をしていきたいですよね。ヨロシクお願いします。 あと、義援金で放射線測定器ガイアカウンター(約12万円)を二台、保育園に空気清浄機2台、児童用のマスクを寄付しました。それも感謝です。(義援金の会計報告ですが、もう少し時間を下さい。かなり事務処理で時間がかかっています。)

クルマにも予防医学でしょ!!

夏前になると、愛車をディーラーに修理に入れる。まぁ修理と言っても、何が壊れた訳でもなく、壊れる前に定期的な健康診断的なチェックだ。(6ヶ月法定点検とも違う。) まさに人間で言うところの予防医学だ。(逆の意味は治療医学といい、病気になったら健康保険証を握りしめて病院に行って薬を処方されてとにかく飲む!かなり消極的な考え方!)でも、理由も無いのもナンなので、無理矢理、不具合などをメモにして入庫するのだ。

クルマにも予防医学でしょ!!

ボクの愛車は1982年製の今年で31才! メルセデスのW123シリーズという世界で最多に売れたメルセデスなのだが30年の歳月が過ぎると、もう最近では東京でも見る事が少なくなってきたし、クロームメッキのパーツも贅沢にふんだんに使われた小ぶりなメルセデスはクラシカル感いっぱいなスタイルでやはり公道では違和感もある。80年代の工業製品は品質的にも頂点を極めていて、そのクルマの質感は今のメルセデスには無い出来栄え。そして今時のオラオラ・ベンツ(エラそうな人を威嚇するような下品な顔立ち!)には無い端正な顔立ち!(ヒイキ過ぎかなぁ!ケンカ売ってません。)

クルマにも予防医学でしょ!!

古い車は古いなりの経費、リスクもあるのは事実だが、きっちりと手入れをしているクルマ(というかモノ全般)本当にチャーミングだと思う。 今回も三日間の入院をして、問題は発見されなかった。当たり前なんだけど、これでまたまた安心して乗れるというものです。 世間的には車検ごとに、新車に買い替える人、つねにニューモデルを追いかける人、流行だけでエコカーに乗り換える人もいるけど、こうやって古いものを大切にするのがエコなのではないかと真剣に思うのです。 そして個人的見解かもしれないけど、モノを大切にすると、そのモノにオーラが宿る気がします。

クルマにも予防医学でしょ!!

クルマを駐車してキーをかけて(もちろんキーレスエントリーなんて無いので手動で鍵をさして回す!)去る時に、必ず一度振り返って、そのかわいい後ろ姿を確認して去るのです。・・・自己満足(笑)

男と男の約束・・・

ボクは普段は家族と一緒に生活をしていない。わかりやすい言葉で言えば”単身赴任”というヤツだ。ただ世間で言うところの悲壮感漂うそれとは違うけど・・・思春期の少年二人とのコミュニケーションをどのように取るかは、かなり大切な問題だ。 ある時から少年二人と約束をした。携帯電話を持たせる代わりに、毎週日曜日に前の週に何があったかをメールで報告するという約束だ。これ、なかなか面白くて、毎週読むのが楽しみだし、長男と次男でも随分と違う文体で書いて来るのだ。しかし悲しいかな、少年達は、そんな約束も時々、遂行出来ずにボクからペナルティーを課せられる。二回、三回と重なると携帯電話の一週間取り上げなど・・・しかし、中学二年生の次男坊は随分とナメた態度で数週間も催促なしに忘れるという快挙。 最初は漫画本を全て破棄の刑、そしてゲームカードも破棄の刑に罰せられたが、ついに・・・ウザい父親がキレて重罪を課したのだ。 息子には三つの罰から選ばせた! ①坊主 ②全てのゲームとカードを破棄 ③沼津から下田まで歩く! だったのだが、まさかの冒険を選んだ。(笑) 結局、彼は予測を反して、ボクが下田に居る時に沼津から下田までを歩いて来るという罰を受けた・・・その距離70キロ、そしてアップダウン激しい天城峠!! 当日は母親に送り出されて5時半に出発。二時間置きに何処にいるかをメールさせて、下田で位置確認をしていたが、スピードが想像以上に遅いのだ。どんな心境で歩いているのかはわからないが、あまりワクワクはしていない事だろう。だいたいの地名と位置はわかるから地図上で追いかけても、思いのほか苦労をしていると思える。それかダラダラと歩いているのか・・・これが罪として適しているか、否かは賛否両論あるであろうが、ボクは素晴らしい体験だと思うのだ。 実は今をさかのぼる約35年前はボクが中学生の時であったが、ある事でオヤジを怒らせることになってしまい、オヤジから課せられた罰が”東京から鎌倉まで歩く!”という試練だった。歩いている間は少しも面白くないし、別に国道一号線から鎌倉街道だったかを歩く訳で、風光明媚なんて全くの無縁・・・そして歩く事、約7時間で鎌倉の鶴岡八幡宮に到着をしたのだ。その経験・・・今でも懐かしく思う位だから、良い経験になったのだ。 そしてその距離は約60キロなのだが、自分の中の距離計算の基準になっている。(60キロが、それが遠いのか、近いのか、歩ける距離なのか否かを知れるのは良い事だ。)ウチの次男坊君は小学校の頃から健脚だった。学校の5、6年生の行事で箱根ウォークというイベントがあるのだが、低学年の時から兄貴について参加して小田原から三島までの箱根旧道の山道約40キロを、簡単に歩き切っていた位だから、多分、体力的には大丈夫であろうと推測はしていた。しかし想像以上に天城峠は厳しかった様で、殆ど一日中、朝から晩まで歩いていたのだが、高低差の激しい天城峠の上までのぼり、頂上を超えて随分と下り、最後の激しいいポイントにループ橋という高低差がありすぎて直線のルートが作れずクルクル回るループ状の橋を下るという、ものすごい橋が河津という場所にあり、その車道を歩いている時にほぼ夕暮れとなり(それでも下田まで残りは約10キロ)通行中の農家のオジさんに声をかけられて駅まで乗せてもらい電車で下田までやってきてボクにひろわれるという展開になった。 最後まで歩いて来れなかったのは本人も残念だったようだが、それでも天城峠を自力で超えたのは事実だし、それはそれはいい経験になった。 下田から沼津、東京への帰り道、二人でボクの車に乗って、その道中の話を聞きながら、この道を歩いたのかぁ・・・なんて考えると、800メートルの真っ暗なトンネルは、さぞや恐かっただろうし、普段はナンの気も無しに歩く道の高低差を歩行者レベルで考えると、どれほど厳しい試練だったか想像すると、すごい罰をかぶせた気もするが・・・でも生涯、約束を破ると大変な事になる。自分は険しい天城峠を徒歩で超えた、60キロの距離感・・・多分、ずいぶんと大人になったのではないであろうか。 という罰を与えたボクがドキドキした一日だった。 少年はすこしずつ、大人になっていく。

ボクに出来る事・・・なんだ!?

震災後には、日本人の心の中で様々な事が変化したと思う。 自分が被災したか、しなかったかという話ではなくて、この震災はたまたま東北を襲ったが、日本中どこにいたって決して他人事ではない事だ。 決して人ごとではなく捉えなくてはならないし、何かをしなくては・・・多くの方が思う様に、ボクも考えた。何人かの友達から現地に出向いて、その惨状を見る様に勧められたが、他府県ナンバーの車が直接的な支援でなく現地を訪れる事に対しての抵抗があった。だいたい、ボクなんかが行ったって使い物にならない。
ある縁あって岩手県の石巻界隈の方々に支援物資を送る事になり、食料品から始まり、下着類300人分とか様々な形でピンポイントに望まれている物を送ったりもした。しかし知れば知る程に、先が長い支援になると実感をした。そして最初は東京でも支援ムードが盛り上がっていたが、だんだんと沈静化・・・わからないではないけど、絶対に同じ日本人として何かを続けなくてはと思った。しかし義援金の募金集めは限界がある・・・
自分に出来る事は何だ!! ふっと、Tシャツを販売して、その利益金を義援金にしていったら良いのでは!! ムーブメントとしても楽しいし、着る事によってその重要さも忘れない、また、まわりの友達にも啓蒙しやすい。昔の仕事仲間のシャツの輸入元、プリント屋に声をかけたら協力価格を出してくれると言う事で決まった。肝心のイラストだが最初はやはり昔、仕事を一緒にしていた時期があるイラストレーターの安斎肇氏(タモリクラブの空耳アワーのソラミミストとしても有名、作品はJALのリゾッチャキャンペーンなどが有名)に依頼したら快諾!ところが一向にデザインが上がらない。なんとなくネット検索をしていたらWikipediaで安斉氏を見ると、なんとすごい事実が!!仕事の期限を守らないので有名!遅刻の常習犯で何度か生放送のテレビ番組にまで遅刻・・・その遅刻癖、締め切り守らない癖が列記されているではないか!!Wikipediaだよ! これでは東北の人々に申し訳ないし、やはりキャンペーンとしては時間が大切だ。ということで急遽、ユージンのアキヤンこと秋山和茂氏に依頼。すると翌々日に見事なイラストが出来て来た。(という事で安斎肇氏は第二弾!!)  http://ja.wikipedia.org/wiki/安斎肇
この企画、一枚、一枚自分たちで売っていたら頑張ったってたかが知れてる!という事で30枚1パッケージ(S15、M10、L5)にして委託販売。全国のクチコミで問い合わせてくれた勇士に委託して二週間程度で換金していただき振り込んでもらう段取り! 1枚2000円でコストが700円、という事は1300円が利益になるので1箱で1300×30=39000円の寄付ができるのだ。
現在5000枚が売れているので650万円の寄付になるので、その予算を“家族の食器プロジェクト”の資金にする。
これも参加型企画!! 5月の上旬で福島や岩手では仮設住宅が完成し始める。そこで家族が生活をするのだが、家と家電は政府が寄付をしてくれるが、生活する為の食器などの道具は自分で調達をしなくてはならない。そこで皆さんにお願いしたのは家で使っていない食器を出してもらい、それを送る!! しかし考えたら皆が勝手にどんどん色々なモノを現地なり、ウチなりに送って来たら・・・恐ろしい! そこで、そんなボランティアを募り自分の、又はまわりの人々の使ってない食器を集め、1家族分(茶わん6、おわん6、湯のみ6、小皿6・・・おたま、包丁・・)を1つの箱に収めて送るという企画! これも半月間で800家族分以上が集まっている!
皆さんから本当に嬉しいメールを沢山いただいて、そんなメールがこの支援の原動力になってはいるが、現地でボランティアをされている方々を思えば微力も微力。でも何もしないよりずっと良いじゃないか! もっとまわりを巻き込んで我々にも出来る何かを探し出して、誰でも参加出来る支援、ピンポイントな支援を目指してやりたいと思う。 是非、一読を!!

ONE LOVE JAPAN プロジェクト

ONE LOVE JAPAN プロジェクト《重要!お手伝いいただける方を募集!》

このたびの東北関東大震災で被災された皆様とその家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。

このたびの東北関東大震災で被災された皆様とその家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。 被災地の一日も早い復旧、復興と、被災された皆様の日常が一日も早く取り戻せます事をお祈り申し上げます。
日本人としてこの20日間は本当に長い時間と感じたのはボクだけではないと思います。
宮城県、福島県の仲間、あまり報道をされていませんが茨城県の人々がどうしているかを考えると胸が締め付けられています。当たり前にある物が当たり前に無い不便を強いられ、本当に大変な日々をお過ごしでしょう。
もし災害に合われた方々がこのメールを読む機会があるならば、夢と希望を絶対に忘れないで下さい。
人に希望をふりまく人、毒ガスのようなデマを流して人々を混乱しようとする人、様々な人々の反応。テレビを見ていればあまりにもデリカシーの無い報道・・・だからといって何も出来ていない自分・・・気になる福島や宮城の友達の安否・・・
そりゃ“普通”でいる事は至難の業なことはわかるけど、一瞬にして全てを失った人々、いまなお原子力施設で必死の消防活動に従事する人々を思うと何かの形で貢献したいと考え行動に出ています。
戦争で原爆まで落とされた、敗戦国である日本は戦後の焼け野原から世界第二位の経済大国になり、阪神大震災も復興に10年と言われたのに2年で元通り!この国の底力って・・・本当にスゴい国です。そして国民です。
でも、ボクはこの震災が日本をいい方向に向けてくれると信じています。ハッキリ言って日本の最近は“おもいやり”や“助け合い”のような感覚に欠如があったと思います。でもこれがキッカケで日本が“一丸”になって行く様にも思えるんです。いやそう信じます。
本当に大変なのはこれからですよね。がっちりと東北を元気にしていきましょう。そして早く普通の生活が出来る様に、出来る限りのお手伝いをしましょう!
一人一人の力は小さくても、沢山集まればどんどん大きな力になると思います。
ちょっと元気が出る映像を!
http://www.youtube.com/watch?v=Dxfqi2bPO1o&feature=related

きみの心の中にはある場所があり,それが愛というものであることをぼくは知っている
そこは明日よりも,ずっと明るい場所かもしれない
そしてきみが本当に努力すれば,,泣く必要なんてないことがわかる
そこできみは感じるだろう痛みや悲しみなんてないことを
あらゆる生命に慈しみを持てば,そこへ行く道は見つかる
ちょっとした空間を見つけよう,そして、よりよい場所を作ろう・・・
世の中をいやそう 世界をもっといい場所にするんだ きみとぼくと,そしてすべての人類のために
生きている人たちに目を向けてみると,死んでいく人々がいるのがわかる
よりよい場所を作ろう きみとぼくのために
理由を知りたければ,人を欺くことができない愛というものがある
愛は強いも,愛はただ喜んで与える
努力すればぼくらはわかる 無上の喜びの中には 恐れや心配などはないということが
ただ単に存在するのではなく、生き始めるんだ
すると、愛はぼくたちが成長するのに 十分あるって感じるようになる
だからよりよい世界を作ろう よりよい世界を・・・
ぼくらが心に描いてきた夢が 喜びに満ちた顔を現し
ぼくらがかつて信じた世界が 再び優雅に輝き出す
どうしてぼくらは息苦しいのだろうか
なぜこの地球を傷つけ その魂を苦しめるのだろうか
この世がすばらしいものだってことは簡単にわかるのに
神の輝く光となろう
ぼくたちは高く飛ぶことができる
ぼくたちの魂が死ぬことのないようにしよう
ぼくの心の中では みんなが兄弟だと感じる
恐れのない世界を創造しよう
一緒に幸せの涙を流すんだ
世界の国が剣を鍬に持ちかえるの 見るんだ
ぼくたちはそこへたどり着ける あらゆる生命に慈しみを持てば
小さな空間を作ろう
よりよい場所を作るために
生きることを真剣に考えれば
死んでいく人々がいるのがわかる
よりよい場所を作ろう みんなとぼくのために
生きることを真剣に考えれば
死んでいく人々がいるのがわかる
よりよい場所を作ろう みんなとぼくのために
みんなとぼくのために
みんなとぼくのために…
http://www.youtube.com/watch?v=Dxfqi2bPO1o&feature=related

なんだか映画な日々・・好きだよ、そんな時間がっ!

映画って見出すと見るし、見なくなると見ない。(文章を書いていて可笑しい表現だと思うが、他に見当たらなくて・・・) とにかく、ここ一週間は時間を作って見まくった。本当は普段からこんなペースでみまくりたい。映画は本当に楽しいから! もちろんDVDも良いけれど、やはり映画は映画館だと。むかし尊敬する荒木一郎さんに映画の話をうかがっている時に、『ケージロー君、君の最近の面白くなかった映画は何!?』と聞かれてナニナニと答えたところ、それはどこで見たのと言われ、自宅でビデオでと答えた時に、氏は『それは映画を見たのではない。ストーリーをチエックしたに過ぎない!』そして『制作者に失礼だから!』とおっしゃり、そのつまらないと言った映画を荒木さんのご自宅の数千万円を投じたホームシアターで見せていただいたら、全然違う映画で強烈に衝撃を受けた思い出がある。そうだ!!映画は映画館か荒木さんの家で見なくてはダメなんです!(笑)  なんとなく最近見た映画の一覧・・・映画っていいなぁ!

《ヒアアフター》 主演はマットデイモン、監督はなんと80歳を超えた巨匠クイーントイーストウッド!死後の世界に捕われたサンフランシスコ、ロンドン、パリに住む三人が人間の苦悩から解放されていくヒューマンドラマ。クイントイーストウッドはこの域に来たのかと感心!個人的にはイタリア料理教室に行きたくなった。(見ればわかる)
必見度数★★★★★ http://eiga.com/movie/55325/

《ウォールストリート》 巨匠オリバーストーンが監督、主演は23年前のウォールストリートでゴードン・ゲッコー役の主演を演じたマイケルダグラス。ウォールストリートで荒稼ぎをして最後には犯罪を犯し長い投獄生活を終えてNYに戻るゲッコー。時代が変わり、娘との関係修復をめぐり、その英知を善行に役立たせる。ちょい役で出演したチャーリーシーンが気になった。(ものすごいゴシップ言われてますよね!)
必見度数★★★★  http://eiga.com/movie/55186/

《英国王のスピーチ》 吃音(どもり)に悩む英国王ジョージ6世が、その問題を周囲の協力で克服し、英国民に愛される王様になっていくというドラマ。さすがにアカデミー賞を四冠獲得(作品賞、主演男優賞、脚本賞、監督賞)そして各国の映画祭の賞を65も獲得! 主演のコリンファースはシングルマンでも主演、まさに名演技。シャインで狂人を演じたジェフリーラッシュも見事!
必見度数★★★★★ http://kingsspeech.gaga.ne.jp/ 

《ツーリスト》 まさにゴージャスなハリウッド映画! 主演の二人、ジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーの共演もすごいけど舞台になったイタリアの水の都ベニスの映像も素晴らしかった。そして肝心なストーリー! 傷心旅行に出かけるアメリカ人のジョニー・デップはパリから列車に同乗したアンジェリーナジョリンに声をかけられる。それは全て仕組まれた罠だった・・・・面白いぞぉ!!
必見度数★★★★★ http://www.cinematoday.jp/movie/T0009324

映画っていいねぇ! 映画三昧な生活をしたいです。夢リストに追加っ!!

5年間にたまった写真・・・1万5千点!わぉ!

オレは情報整理能力が欠如しているのかもしれない。この5年間で訪れた海外の国数は10カ国、いや15カ国(人生的には56カ国を制覇)、渡航回数は30回をくだらない。そしてその度に、モノスゴい、数の写真を撮影して来た。それも帰りの飛行機では必ず全ての、写真をチエックして不必要な写真は削除していたのに・・・・未整理の写真は1、5万枚を超えていた。

5年間にたまった写真・・・1万5千点!わぉ!

でもこれ以上の放置はヤバいと危機本能が働き、自分で整理をしようと決断。(整理も人様にしてもらっていたんです。 今年は自分でマック元年と位置づけをしまして、一通りの事が出来る様になろうと決断しています。) まず、写真を10枚近くもたまったSDカードから取り出す。(それすらしていなかった・・)そして国別に整理。この時点で約20カ国にわけられた。

5年間にたまった写真・・・1万5千点!わぉ!

ノルウェー、フィンランド、デンマーク、スウェーデン、フランス、イギリス、ポルトガル、スイス、スペイン、モロッコ、アメリカ合衆国。キューバ、メキシコ、ブブラジル、ニュージーランド、メキシコ、ネパール、台湾、上海、北京・・・(チリ、マチュピチュ、キリマンジャロなどは未だ発見出来ず!)じっくり見る事、数時間~~本当に色々な所に出かけたなぁ・・・見れば見る程に感無量だ。

5年間にたまった写真・・・1万5千点!わぉ!

北欧はデザインモノが本当に素晴らしかった。イギリスの成長ぶりには感動し世界がこの国を目指していたのだと認識、フランスはやはり華の都だけあって絵になる。リスボンは過去の反映を垣間みられて他人事じゃない。スイスはさすがに観光王国だけありスケールが違う。スペインはガウディーの作品に再度、圧倒され、モロッコは青、赤、白の色のコントラストにトロけ、アメリカは西海岸、東海岸もオレはアメリカ的文化が好きだと再認識。

5年間にたまった写真・・・1万5千点!わぉ!

キューバは良い国だよ!!メキシコはルイス・バラガンの名作建築物にうっとり。ブラジルのリオデジャネイロは良い街だったなぁ!ボンジアースカルに再度、登りたいし、メシも美味かった。ニュージーランドの、抜けたような青い空は本当に清々しいし、ネパールのトレッキングは生涯忘れ得ぬ旅であり、通算一週間で13万歩は記録! アジアの国々はヤルキ満々・・・・オレのなかでは過去の旅先の写真を見て鑑賞にふけるなんて趣味が無く、本当にいままで一度も見直していなかったので、ちょっと感動がよみがえった。

5年間にたまった写真・・・1万5千点!わぉ!

このままここに置いていても仕方が無いので、とりあえず編集をしてみることにした。これもマックを使えばなんとかなるかも・・・という事でかなり荒削りな30分の映像が出来た。見れば見る程に、ヒドい編集だと思う。(笑)でも、札幌の大ちゃんが40分~50分程度にDVDの編集をしてくれることになった。

5年間にたまった写真・・・1万5千点!わぉ!

しかし本当に、これらの国々に一貫性が無いのだからどうやってまとめるのであろうか。センスが良い大ちゃん、本当にヨロシクお願いします。そのうち皆さんにもまとめて見るチャンスを作りますから、お楽しみに!!