おにぎり界の金字塔“佐藤水産のおにぎり”

ボクは北海道の空の玄関、千歳空港を利用するのは午前中だ。 理由は只一つ・・・佐藤水産のオニギリが目当てだ。 たかがオニギリ・・・なんて思うヤツはアホだとおもう。たかがオニギリ、されどオニギリなのだ。 このオニギリは、いや“佐藤水産のおにぎり“と言い直そう。世間一般のオニギリとは一線を画さなくては問題がある。それは別物だからだ。

おにぎり界の金字塔“佐藤水産のおにぎり”

今、なにも引き合いに出さなくても良いと思うが、コンビニのオニギリはダメだ。まるでオーラが無い。以前、コンビニ弁当の工場に努めていた友人は自分ではタダでもらってでも食べないと言い切っていいた。その理由をここで説明する気はないが、裏の品質表示でも読みながら食べたらどんな気分であろう。(ケンカを売るつもりは無い) 佐藤水産のオニギリは品質表示を読みながら食べると、倍以上に美味しいのだ。 ”海鮮おむすび(ジャンボおむすび鮭筋子)原材料/米(白飯、北海道北空知産ほしのゆめ)、鮭筋子、焼海苔、食塩・・・以上である。そこには不気味な科学的な名前やカタカナなどは一つも無い。従って冬場でもその消費期限は当日の18時となっている。 さて、早々に包んである袋を開けて、中のオニギリを観察しよう。実にマシーンででは作っていない(と思う。)いびつな、そしてオニギリ工場のオバちゃんの手の形を想像出来る形だ。重量の表示が無いので、もう食べ終わった今となっては正しくはわからないがゴハン軽く2膳分はあるとおもう。

おにぎり界の金字塔“佐藤水産のおにぎり”

そして最初にガブリ!! おっと!早々に、こんなハジっこなのに筋子が登場! ようこそっ!!お待ちしておりましたっ! こんなハジっこに名脇役である筋子君がいてしまったら、このオニギリの中央部、残りのまわりのゴハン部分はどうなるのであろうか!? 少々不安に陥る。 またまたガブリ! オレの場合はこの中身の筋子をいかに全体のゴハン量とバランスを良く食べるかに美学を見いだしているので、最初に具材の位置関係を測量して分布図を頭に描き、具材→白いゴハン→具材→白いゴハンと右、左、右、左を繰り返して移動!これが今回の工事計画となった。ところがこの佐藤水産のオニギリ素晴らしく期待を裏切ってくれたのだ。左ハジに見えていた筋子は只の氷山の一角であり、奥に進むに連れてどんどん大型の筋子の本体が見えて来たのだ。しかし白いゴハンの中の筋子君が実に可愛いのだ。自ずとオレは方向転換をし、事業計画を再確認、左→中→右を繰り返す作戦に切り替え進んで行った。

おにぎり界の金字塔“佐藤水産のおにぎり”

何処かのケチ臭い具材のオニギリとは似ても似つかぬ、まさにキングOFオニギリ!  お母ちゃんのオニギリは世界一美味しいが、それに勝るとも引けはとらない最強のオニギリがコレなんです。千歳空港はコレを買う為にある、ついでに飛行機に乗る! そんな価値あるオニギリを是非一度、トライしてくださいな。 (経験上ですと昼過ぎには無くなってます。悲しい気分になります。)

  • 佐藤水産株式会社 千歳空港店
  • 千歳市美々 新千歳ターミナルビル 二階 電話 0123-46-5826
  • 本店 札幌市中央区北4条西3丁目 北洋ビル1階  電話011-200-3100
  • 上記以外の一部、直営店、石狩市のサーモンファクトリーでも購入可能。
  • http://www.sato-suisan.co.jp/

世界一の味と標高のジンギスカン!

ニセコは、今や日本ではない。すでにオージー(オーストラリア人)や中国人に完全に乗っ取られている。居酒屋に行っても露天風呂に行っても居るのは外人ばかりだ。だから気分は海外リゾート。   最近はホテルではなく、いつもニセコのロッジ(貸し別荘)に宿泊をしているのだが、そこからは素晴らしい羊蹄山の景色を見上げることができる。関東地方、いや日本人が富士山を見ると異様に興奮するのと同じで北海道人は羊蹄山を見るとやたらに興奮する。

世界一の味と標高のジンギスカン!

時々、聞く話だったが、その雪がどっさり積もる羊蹄山をスノーシューズを履いて5~6時間もかかって登って気持ちが良い一本をナダレの危険を背負いながら数十分の幸せライドでスノーボードで滑るというのだ。 いつもその話が出ると『オレは誘わないでね!くれぐれも!』と念を押していた。おれは辛い事が嫌いなのだ。  昨年のボクの誕生日に札幌のイリモトが、本人がまるで望んでいないビーコン(雪のナダレに巻き込まれた時に発信をして居場所を教えてくれる便利な人には便利な機械。要らない人には全く不要な機械)をプレゼントしてくれた。

世界一の味と標高のジンギスカン!

正直、当惑した・・・なんの意味だろう。しかし今年は覚悟をした。夏の間に吉木大輔からも電話があり、スノーシューズ(雪上を歩く為の靴。昔の名前だとカンジキ)とゾンデ(遭難した人を捜す為の折りたたみ棒)とスコップ(遭難した人を掘る為の・・)を買えという。なんでスコップを持参してスノーボード・・・意味がわからなかった。・・・でも強い誘いにはのる性格なんです。 今年、THE DAY は来ました。オレ達はやたらに“晴れ男“なんです。羊蹄山も登れる程にコンディションがいい日はシーズン中に10日あるかないかとの事。 それも遭難覚悟の重装備をつけての登山をして滑る人間なんてそうはいないらしい。

世界一の味と標高のジンギスカン!

前日の夜に、飲みながらガイドの佐藤ユウ君が携帯で天候、風向き、積雪量などをチエックして『明日は早朝に羊蹄山に登れる!』と判断! それが決まり、波田は酒をピタリと中止!部屋の飲み会のオバカ空気が一気に入れ替わり覚悟の空気。 なぜか折角だから、そんな時に羊蹄山の山頂でジンギスカンを食おうという話になり、食卓のラム肉と玉葱などのジンギスカンセットが片付けられ冷蔵庫へ! そして翌日のザックの中に入ったのだ。さすが北海道人の魂であるジンギスカン! 翌朝は全員が緊張気味で誰も目覚まし時計も無く起床! 早々にクルマに道具類を詰め込み出陣っ!

世界一の味と標高のジンギスカン!

初めてのスノーシューを履いてスノーボードを背中のザックにくくり付けて歩き始める。履き慣れないスノーシューは足取りも重い。そして背中のボードは重心が高くなって歩くのは難しいし、スコップなどの荷物が重い。しかしそんなのナンのその! 5時間歩いたその先には絶景とジンギスカン、そして快楽な一本が滑れるのだ、ガイドのユウは流石にプロ!素晴らしいガイドで案内してくれるのが嬉しい。頭の中は絶景眺めてのジンギスカンでだんだんいっぱい。正直、ジンギスカンがなかったらメゲたかも・・オレは一人歩きながら『ジンギスカン♪ジンギスカン♪』を繰り返し自分を盛り上げた。数時間歩いて、森林限界点(寒くて樹々も生えなくなる境界線)を超え、休憩時に下界をみて、全員が唖然!『キレイだぁ~~!』と驚喜。

世界一の味と標高のジンギスカン!

4時間後、7合目あたりで、雪のコンディションも固めになり、これ以上登るとスノボーが楽しめない雪質になると判断して休憩・・・するとガイドのユウと大ちゃんはザックからスコップを出して、傾斜を利用して雪でファミレスみたいなベンチとテーブルをあっ問いう間に作製!そこに風よけを作り、スキー板をベンチにして早々にジンギスカン鍋を設置!(北海道には使い捨てジンギスカン鍋なる便利な物があるんです。)そして野菜を投下!肉を投下!!待つ事10分、タレをジュ~~っとかけて、いよいよ『いただきまぁーす!』 グウの手で乾杯!この場所で食う、ジンギスカンの美味しい事ったらない!! これ以上の美味いジンギスカンを食べた事が無い!(北海道人イリモトもこれ以上は無いと認定!)

世界一の味と標高のジンギスカン!

全て、昨日の夕方に生協のスーパーで買ったものなのに・・・何を食うかも大切だ!  誰と食うかも大切だ! そして、どこで食うかも大切だ。当然、帰りのスノーボーディングはお口の中にジンギスカンのニオイがしっかり残って幸せなライディングになった。これ、生涯忘れられないジンギスカンだよ!  (イリモト、大ちゃん、ガイドのユウ君、ありがとう!)

  • 場所 ジンギスカン ニセコの羊蹄山 7合目 電話なし。
  • 連れて行ってくれるガイドは佐藤ユウ君(ノマド社)
  • お肉とタレ、玉葱、もやしは倶知安(くっちゃん)の生協で購入。

坂本竜馬フェイバリット! “薩摩揚げ”が美味くて驚いたがよ! 

練り物とよばれるのは”かまぼこ・ちくわ・そして薩摩揚げ”など、魚が姿を 変えた食品だ。 実は、そんな練り物がオレは食えない。 その昔、ヤバい魚(養殖で失敗した奇形魚やなんだかわからない深海魚など・・・)の末路は、形を変えて、そんな練り物に入れられるという映像が強烈すぎて食べられなくなったのだ。

坂本竜馬フェイバリット! "薩摩揚げ"が美味くて驚いたがよ! 

世の中にはウソが沢山、まかり通っている。中国製冷凍餃子事件や賞味期限の改ざんのような恐ろしい話は記憶に新しいが、例えば和牛イコール国産牛ではない事実!(外国の肉を日本で加工された肉は国産牛!)国産大豆とは名ばかりで、輸入モノでも三ヶ月間、倉庫に眠らせると国産と呼んで良いという事実! まったく良くわからない業者の正義感を問いただしたい事ばかりなのだが、いずれにしろ、そうは考えたくはないが、世の中ウソばっかりだ。 でも薩摩揚げも食いたいし、納豆も、豆腐も食いたいのはヒトの子だ。だから素性のわかる安全な(安全というか当たり前なんですが・・・)物を食いたい!と思っている時に、 ここの会社に友人が働いていて、その社長の人となり、会社の姿勢などを聞いて、安心して食べる様になったというのが、この店との出会いの経緯だ。

坂本竜馬フェイバリット! "薩摩揚げ"が美味くて驚いたがよ! 

オレは信じて、そして食べている。焼酎とコレ程に合うオカズがこの世にあるであろうか! 最近は便利にクール宅急便などで日本中の美味しい食品が手に入るのが幸せだが、ここの薩摩揚げは波田も定期的に”お取り寄せ”していただいています。食べた瞬間に、心は桜島にまでフっ飛びます。マジで美味いよ。安全で安心で正直・・・シンプルなお約束なのに!! 薩摩揚げは弘化3年(1846年)琉球(沖縄)から伝わり(チキアーギと呼ばれる魚肉を油で揚げた物)それを薩摩に持ち帰り独自で作ったモノ。元祖は沖縄なんですねぇ。揚立屋の薩摩揚げは魚肉、塩(沖縄産)、地酒(鹿児島産)、菜種油、水など選び抜いた素材を使用! と書かれています。

坂本竜馬フェイバリット! "薩摩揚げ"が美味くて驚いたがよ! 

  • 揚立屋 (あげたてや) www.agetateya.com 電話 0120-300-435 ファックス 099-261-4104
  • 天文館店(天文館アーケード内) 0120-633-120 他7店舗
  • 棒天、ごぼう天、ニンジン天、サツマイモ天、ニラ、きくらげ、レンコン、チーズ天・・・様々が詰め合わせになって1050円から色々あり!通信販売の恩恵にあずかりましょう!!

豚もおだてりゃ木に登る!

お店の名前は重要だ。波田の持論ではあるが、それによる効果は絶対だと思う。強烈な名前の店を紹介された。その名も“豚の木登り”という。この一見、世の中をナメたようなネーミングが好きだ。この語源は当然に、格言“豚もおだてりゃ木に登る”から来ているのは想像できる。

豚もおだてりゃ木に登る!

店主の満名(まんな)さんはかなりな強面ながら、ある時代をワガママに生き抜いた経験を持っているのだ。 満名さんは弱いもの、バカにされるモノの味方だ!(笑) もともと焼肉店を経営しているが、二号店の“豚の木登り”を豚料理に限定したのには意味があった。 なにかとバカにされる豚肉(オレは豚をバカにした覚えは無いのだが・・・)に光を当てようと考えた。その上、豚料理専門の店を開くと決めた時にも回りから散々な意見を浴びせられたという。世評では豚料理は女性から敬遠されるとの事。豚肉専門店なんて愚の骨頂とまで・・・ そんな言葉を聞くと『だったらヤッてやろうじゃないの!豚に“日の目”を見せてやろうじゃないの!』とヤンチャ魂に火がついた!(波田の仮説半分)

豚もおだてりゃ木に登る!

一号店の名店、名護の“満味”が焼き肉屋さんでガツガツと食べる店に対して二軒目はゆっくり食べる店を目指したという。お酒も充実して、よく沖縄の名護(北部小さな街、オリオンビールの工場がある街)にこんな洒落た店を作ろうと思ったと言う。とにかく、予約必須のこの店、まずはお任せコースだと前菜の豚のリエット(リエットとは肉などを脂と一緒に柔らかく煮てペーストにした料理、パンに付けて食べる。)パテ・ド・ヤンバール(笑)(豚バラ首肉のレバー)、付け合わせのピクルスはナンと、グアバのピクルス、島らっきょう、ニンジンなどのピクルス、そして待ちに待った“パンチエッタのしゃぶしゃぶ”が出た時には歓声が!

豚もおだてりゃ木に登る!

その後、ベーコンを使った野菜料理、様々な部位を様々な料理方法でいただく。豚料理ばかりを食べているという意識は薄く、どれを食べても本当に個性的な美味しい料理だった。コンフィー、ガツのトマト煮、パンチエッタの炙り焼き、と興味津々な充実もメニュー! そして飲み放題1500円の白ワインも素晴らしく、6種類の個性の違う白を好きなだけ味わいながらいただけるとう有り難きセレクション!このワインが豚料理を一層、美味しくしてくれたのは間違いない。

豚もおだてりゃ木に登る!

そして時々汗をかきながら厨房から顔を覗かせてくれる満名さんの愛情いっぱいの料理は那覇から一時間もかけて行くに値する素晴らしい店でした。

  • 豚の木登り 沖縄県名護市宮里4-4-31 名桜ビル1階
  • 0980-43-0535 営業時間 18:00~24:00 木曜日定休

コンビニではない“便利屋”の便利!!

ヒトと“食”の情報交換をする事は多々ある。 最近では時に、ピンポイントで沖縄界隈の情報を交換する事が多い。 それはマニアックな店をどれだけ情報収集しているかは大切なポインドである。どれだけインターネットに出ていない水面下の店を開発しているか・・・大切だ。 当然、最近は“食べログ”などのインターネットの情報が盛んで、それなりに参考にはなるが、“オレはこんな秘密の店を知ってるんだよね!”“オレはこの店を流行る前から知ってたんだよねっ!”的な店を知ってると小さな自慢大会が出来るのだよ。

コンビニではない“便利屋”の便利!!

今日、紹介の那覇の“便利屋”・・・この名前を聞いて何屋さんをイメージするであろうか! 何でも請け負ってくれる商売、掃除とか簡単な家の修理、人殺し(笑)とか・・・この店、古いアーケードのなかの、東京で言うならばアメ横が衰退し切ったような、かなり特殊な場所に店を構えている。地震の無い沖縄だから成り立つ店だが、震度2の地震が襲ったら、もう壊滅間違いない!(スミマセン) “便利屋”は元々はどこかの誰かがやっていた、お惣菜屋さんだった。 美味しいお総菜は確かに便利ではある。しかし現在では看板に偽り有り! 代替わりして、売っているモノも全く別ものだ。というのも看板も昔の商売のそのままだからだ。 そして居抜き(前の店構えをそのまま引き継ぐ事)で代替わりして新しいオーナーが始めた店は“中華・点心屋”だ。

コンビニではない“便利屋”の便利!!

この店の点心類・・水餃子、焼き餃子、何もかも本当に美味い。ガラス張りの点心工房で中国人(たぶん)が一生懸命、作っているんです。 店は元々はお惣菜屋だったので飲み食いする場所は無く、結局、店の通路と、閉店した後の隣近所の店先が飲食の場となっているんです。 店は限りなく広げられる可能性を含んでいるではないか。夜、行くと店の前からどんどんと広がって、先日なんか隣の八百屋(たぶん)の普段は野菜を売られている台がテーブルになって、そこで点心をつまんだ。テーブルのハジっこは野菜が転げ落ちない様にする為に10センチ位のワクが立ち上がって、食べる時に食べにくいったらありゃしない! 夏場はひたすらに暑いし・・ そんな悪条件を差し引きしても、本当に美味しく楽しい世界だ。

コンビニではない“便利屋”の便利!!

ただオレは贅沢モノなので、この店で終わる事は無い。通常は沖縄料理・居酒屋の“うりずん”またはキングオブ居酒屋の“東大”そして焼き鳥屋“あだん”あたりと絡めて完成した夜となる! 超ディ~~~~~~プな沖縄を体験したいならばお勧めだ。

  • 便利屋 点心 那覇市樋川1-22-21  098-32-0003

東ヨーロッパを旅しながら、この日記を書いています。

本当に20年前ならば考えられない旅をしてます。(だいたい20年前ならば文章を書いて日本にファックスでしょ!それが今ではメールで瞬時!) 昔は“東西冷戦”という西側、東側諸国という思想の違いから来る国境があったのです。 当時の映画を見ればわかると思いますが、それはそれは恐ろしい“隔たり”だったんです。007の敵国は全て見えない脅威の東側諸国だったでしょ! 初めて30年前にエアロフロート航空でモスクワ空港をトランジットで訪れた時なんて、窓の外は霧が立ちこめて、そこを軍服を来たロシア人の大男が機関銃を持って警備しているんですよ。それが泣く程恐かった。(何もされた訳ではないのですけど・・・)とにかく簡単には行かれない地域ではあったし、まだ海外旅行が決して気楽な時代じゃなかったから、余計にかもしれませんが、今回の東欧旅行は思い入れがあるんです。とか言ってる割には基礎知識も乏しく、ベオグラード(セルビア)なんてロシアの地方都市と思い込んでいたし・・・(笑)  今回の旅は旅友(変態旅行に付き合ってくれる大切なお友達)3人と来ています。移動は車しか考えられない! 走行距離は1日平均350キロ、周る予定の国で13カ国、言語も通貨もほぼ全て違っていて、通貨にして言えば~ブルガリア=レバー、マケドニア=ディナリ、アルバニア=レク、モンテネグロ=ユーロ、クロアチア=クーナ、クロアチア=クーナ、ボスニアヘルツゴビナ=マルカ、セルビア=ディナール、ハンガリー=コリント、スロバキア=ユーロ、ポーランド=ズオティー、インド=ルピー そんなのどうやって準備する!? それぞれの国の道路事情もわからないから、予定を変更するのは当然ありえる事で、という事はホテルの予約も殆どしないで現地で予約。一言で言えば“行き当たりバッチリ”作戦しかないのです。だから旅慣れてない友達とは行けない! 細かいこと言う女性も無理! それだけに想像もつかない事の連続で、何かを見て楽しいというより、全ての時間が楽しい、良い旅が出来てますよ。 あと帰りにインドに寄る都合上、行きにもインドを経由しないとならなくて、そして香港も経由という事で、香港でラーメン食べて、インドでカレーを食べて、トランジットのドイツのフランクフルトでフランクフルトソーセージを食べるという快挙も遂げれて嬉しい。(こんなの自慢になるのかなぁ!)せっかく、人類史上、初めてという程に世界中に行かれる時代ですから、それを成就しなけりゃウソでしょ!昔の人に申し訳ないでしょ! あとは資金と時間だけ~~目標があれば人生は頑張れますっ!!

東欧(東ヨーロッパ)を攻めろ!!

東ヨーロッパ12カ国を一気に攻める事になった。行く理由はただ一つ!! 行った事が無いからだっ! 行きたいなぁとは思っていたが、特に行く理由も無いし、理由を待ってたら一生行かないし、そして一緒に行く人間がいるかどうか不安だったが、変態同士の漂うオーラーで、自然に集まり、面白いメンツで行く事になった。ヤロー4人だ! みんな自分のビジネスを確立している自由人なので、そこらへんは気遣い無く行けて楽しい。

東欧(東ヨーロッパ)を攻めろ!!

東ヨーロッパはエリア的には曖昧で、どこの国を含む、含まないと色々な解釈がある! そんな事はまだどうでも良い問題で、どこのコースを行くのが一番ムダ無く危険も回避できるかが重要なのです。  当然にクルマ移動が快適。しかしレンタカーの保険が意外や意外、ネックとなって自由が利かない事が発覚。というのは、例えば一番の北に位置するポーランドからレンタカーで南下して回ると、ブルガリアなどの国々が保険が効かなくなるという事実・・・ハンガリーだと全ての国がオッケーだが、北上して戻って南下してまた戻ると行程が倍近くになるんです。それは避けたい・・・ということで見つけ出した名案は、一番南のブルガリアのソフィアまで飛行機で飛ぶ(簡単に言うけど成田を出て丸一日・・・成田→香港→インドのデリー→オーストリアのウイーン→ブルガリアという激しい行程!)

東欧(東ヨーロッパ)を攻めろ!!

そしてユーロレンタカーを借りて北上!マケドニア、コソボ(ここ、この間まで紛争とかしてたじゃない!外務省のサイト見たら地雷に注意とあった、どうやって注意するの!?) そしてアルバニア、モンテネグロ、ボスニア、クロアチアを抜けてハンガリーのブタベストでレンタカーを一度返却して、ハーツレンタカーに変更してスロバキアの山々を抜けてポーランドへ!! これがアバウトなコース。道路事情、貨幣事情(全ての国の通貨が違う!?はたしてユーロだけでどこまで使える!?滞在時間半日みたいな国もあるからいちいち両替なんてしてられないし!)大切なのは治安・・、まぁ、旅慣れた4人組だからなんとかなるけど、バッチリ楽しんで各国を満喫したいと思います。

東欧(東ヨーロッパ)を攻めろ!!

ちなみにホテルなんてなにも予約は入れてません。というかいつ何処にいくかわからないのでホテルの予約の入れようが無いのが現実・・・ そのご帰路でインドのデリーに寄って、少しビジネスをしてタジマハールを見てカレーを食べて帰って来ます。あっ、香港でラーメン食って帰ろうかなぁ!! 人生も旅も気楽が一番だよっ!! 行ってくるから! まだ見ぬ東ヨーロッパへ!! レポートとお楽しみにっ!

福島の人々に思う事・・・そして出来る事。

震災後の約二ヶ月が経過した5月下旬に青森、岩手、秋田、山形、宮城、福島を訪れた。様々な目的があったが、やはり被災地を生で見ておきたいというのが第一の目的だった。津波に飲み込まれた街はまさに明暗が分かれていて道路を隔てた左側は悪夢のような景色、かと思うと右側は全く何も無い平和で飲み込まれた街とその境目がハッキリとしていてビックリだった。陳腐な言葉だが自然は恐い。とても戦える相手ではない。 そして未だなお、見えないニオイの無い敵と戦う福島に人々の強さには感動をした。 もちろん開き直っていると言えばそれまでだが、久々に会った友人は『私たち、薄い放射能を浴びて新たに進化をしてます!頑張ります!』との挨拶・・・言葉も無かった。その説、オレも応援するから! 彼ら、彼女らは何かをしたいのだ。そして今回、期限付きの依頼を受けて”ヒマワリの種”が欲しいという。それも大量にだ。ご存知の通り、ひまわりはセシウムなど地中に落ちた放射線物質を吸い取ってくれるという効果があるのだ。だが福島ではそのヒマワリの種を手に入れる事が難しく、それをヒマワリを撒ける6月の中旬までに欲しいとの事。その話をした午後から全国の友達にツイッターやブログを通じてお願いして、現地にまたウチに送って頂いた。多くは寄付で頂けたが、一部は買いあげた。結果、6月7日までに目標の400キロを大きく超えて1トン(1000キロ)が集まり、福島の人々の手によって方々に分けられ撒いてもらえた。数ヶ月で福島の何エーカーかの広大な土地にヒマワリが咲いて人の目も和ませて、そして少しでも土壌浄化に役立てば何よりだ。 今回、またまた多くの方々の力をお借りした。本当に感謝しています。お礼はヒマワリ畑になった写真一枚になるかと思いますが、福島の人々はい多くの人々の愛に支えられて、かなり力強く生きています。これからも様々な援助をしていきたいですよね。ヨロシクお願いします。 あと、義援金で放射線測定器ガイアカウンター(約12万円)を二台、保育園に空気清浄機2台、児童用のマスクを寄付しました。それも感謝です。(義援金の会計報告ですが、もう少し時間を下さい。かなり事務処理で時間がかかっています。)

クルマにも予防医学でしょ!!

夏前になると、愛車をディーラーに修理に入れる。まぁ修理と言っても、何が壊れた訳でもなく、壊れる前に定期的な健康診断的なチェックだ。(6ヶ月法定点検とも違う。) まさに人間で言うところの予防医学だ。(逆の意味は治療医学といい、病気になったら健康保険証を握りしめて病院に行って薬を処方されてとにかく飲む!かなり消極的な考え方!)でも、理由も無いのもナンなので、無理矢理、不具合などをメモにして入庫するのだ。

クルマにも予防医学でしょ!!

ボクの愛車は1982年製の今年で31才! メルセデスのW123シリーズという世界で最多に売れたメルセデスなのだが30年の歳月が過ぎると、もう最近では東京でも見る事が少なくなってきたし、クロームメッキのパーツも贅沢にふんだんに使われた小ぶりなメルセデスはクラシカル感いっぱいなスタイルでやはり公道では違和感もある。80年代の工業製品は品質的にも頂点を極めていて、そのクルマの質感は今のメルセデスには無い出来栄え。そして今時のオラオラ・ベンツ(エラそうな人を威嚇するような下品な顔立ち!)には無い端正な顔立ち!(ヒイキ過ぎかなぁ!ケンカ売ってません。)

クルマにも予防医学でしょ!!

古い車は古いなりの経費、リスクもあるのは事実だが、きっちりと手入れをしているクルマ(というかモノ全般)本当にチャーミングだと思う。 今回も三日間の入院をして、問題は発見されなかった。当たり前なんだけど、これでまたまた安心して乗れるというものです。 世間的には車検ごとに、新車に買い替える人、つねにニューモデルを追いかける人、流行だけでエコカーに乗り換える人もいるけど、こうやって古いものを大切にするのがエコなのではないかと真剣に思うのです。 そして個人的見解かもしれないけど、モノを大切にすると、そのモノにオーラが宿る気がします。

クルマにも予防医学でしょ!!

クルマを駐車してキーをかけて(もちろんキーレスエントリーなんて無いので手動で鍵をさして回す!)去る時に、必ず一度振り返って、そのかわいい後ろ姿を確認して去るのです。・・・自己満足(笑)

男と男の約束・・・

ボクは普段は家族と一緒に生活をしていない。わかりやすい言葉で言えば”単身赴任”というヤツだ。ただ世間で言うところの悲壮感漂うそれとは違うけど・・・思春期の少年二人とのコミュニケーションをどのように取るかは、かなり大切な問題だ。 ある時から少年二人と約束をした。携帯電話を持たせる代わりに、毎週日曜日に前の週に何があったかをメールで報告するという約束だ。これ、なかなか面白くて、毎週読むのが楽しみだし、長男と次男でも随分と違う文体で書いて来るのだ。しかし悲しいかな、少年達は、そんな約束も時々、遂行出来ずにボクからペナルティーを課せられる。二回、三回と重なると携帯電話の一週間取り上げなど・・・しかし、中学二年生の次男坊は随分とナメた態度で数週間も催促なしに忘れるという快挙。 最初は漫画本を全て破棄の刑、そしてゲームカードも破棄の刑に罰せられたが、ついに・・・ウザい父親がキレて重罪を課したのだ。 息子には三つの罰から選ばせた! ①坊主 ②全てのゲームとカードを破棄 ③沼津から下田まで歩く! だったのだが、まさかの冒険を選んだ。(笑) 結局、彼は予測を反して、ボクが下田に居る時に沼津から下田までを歩いて来るという罰を受けた・・・その距離70キロ、そしてアップダウン激しい天城峠!! 当日は母親に送り出されて5時半に出発。二時間置きに何処にいるかをメールさせて、下田で位置確認をしていたが、スピードが想像以上に遅いのだ。どんな心境で歩いているのかはわからないが、あまりワクワクはしていない事だろう。だいたいの地名と位置はわかるから地図上で追いかけても、思いのほか苦労をしていると思える。それかダラダラと歩いているのか・・・これが罪として適しているか、否かは賛否両論あるであろうが、ボクは素晴らしい体験だと思うのだ。 実は今をさかのぼる約35年前はボクが中学生の時であったが、ある事でオヤジを怒らせることになってしまい、オヤジから課せられた罰が”東京から鎌倉まで歩く!”という試練だった。歩いている間は少しも面白くないし、別に国道一号線から鎌倉街道だったかを歩く訳で、風光明媚なんて全くの無縁・・・そして歩く事、約7時間で鎌倉の鶴岡八幡宮に到着をしたのだ。その経験・・・今でも懐かしく思う位だから、良い経験になったのだ。 そしてその距離は約60キロなのだが、自分の中の距離計算の基準になっている。(60キロが、それが遠いのか、近いのか、歩ける距離なのか否かを知れるのは良い事だ。)ウチの次男坊君は小学校の頃から健脚だった。学校の5、6年生の行事で箱根ウォークというイベントがあるのだが、低学年の時から兄貴について参加して小田原から三島までの箱根旧道の山道約40キロを、簡単に歩き切っていた位だから、多分、体力的には大丈夫であろうと推測はしていた。しかし想像以上に天城峠は厳しかった様で、殆ど一日中、朝から晩まで歩いていたのだが、高低差の激しい天城峠の上までのぼり、頂上を超えて随分と下り、最後の激しいいポイントにループ橋という高低差がありすぎて直線のルートが作れずクルクル回るループ状の橋を下るという、ものすごい橋が河津という場所にあり、その車道を歩いている時にほぼ夕暮れとなり(それでも下田まで残りは約10キロ)通行中の農家のオジさんに声をかけられて駅まで乗せてもらい電車で下田までやってきてボクにひろわれるという展開になった。 最後まで歩いて来れなかったのは本人も残念だったようだが、それでも天城峠を自力で超えたのは事実だし、それはそれはいい経験になった。 下田から沼津、東京への帰り道、二人でボクの車に乗って、その道中の話を聞きながら、この道を歩いたのかぁ・・・なんて考えると、800メートルの真っ暗なトンネルは、さぞや恐かっただろうし、普段はナンの気も無しに歩く道の高低差を歩行者レベルで考えると、どれほど厳しい試練だったか想像すると、すごい罰をかぶせた気もするが・・・でも生涯、約束を破ると大変な事になる。自分は険しい天城峠を徒歩で超えた、60キロの距離感・・・多分、ずいぶんと大人になったのではないであろうか。 という罰を与えたボクがドキドキした一日だった。 少年はすこしずつ、大人になっていく。