
今年も集まりました!! 北は北海道の旭川から、沖縄の那覇市まで、50人のケージロー&シンペイ グループとの集合写真です!! フランスはパリなのに・・・フランス料理ではなくて中華料理です! このお食事会は世界中で毎回、中華と決まっています。 しかし、毎回、行った事も無い場所でレストランをあらかじめ捜して、決めて、そして旅慣れないヒトも沢山いるのに、見知らぬ土地で待ち合わせ! 良くうまく会えてると感心します。 食事は当然に相当にハッピーな時間になりました。






今年も集まりました!! 北は北海道の旭川から、沖縄の那覇市まで、50人のケージロー&シンペイ グループとの集合写真です!! フランスはパリなのに・・・フランス料理ではなくて中華料理です! このお食事会は世界中で毎回、中華と決まっています。 しかし、毎回、行った事も無い場所でレストランをあらかじめ捜して、決めて、そして旅慣れないヒトも沢山いるのに、見知らぬ土地で待ち合わせ! 良くうまく会えてると感心します。 食事は当然に相当にハッピーな時間になりました。





2009年9月30日 素晴らしい電話がかかってきた。 昨日は下田にいたので電波状況が悪く、何回も着信履歴が残り、あげくのはてにはメールで《至急!》連絡が欲しいと・・・・・・・相手は林一樹(はやしかずき)彼は22歳の青年だがシルバーウィークに仲間と日帰りで下田に遊びにも(遊びじゃないけど)来てくれた。 『ケージローさん!SPを達成しました!』という報告だった。何だか涙が出てきた。感激だなぁ。そんなに付き合いが古いわけではないんだけど・・・いや古いなぁ・・古い、古いメチャメチャに古い! 彼の両親は林立夫&厚子CA。 ボクのスポンサーは厚子さん(通称ペコ)だが、彼女はボクにビジネスを伝えてくれた25年前はまだ独身。 その数年後に立夫氏と結婚、そして出産。その子が”一樹”だ。あまり言われたくない表現だろうが『こんなに小さな頃から知ってるんだょ!』って感じ。 一樹は現在、さすがに父親の血を引いて、プロのドラマーとしてデビューしている実力派。(親の七光りでどうにかなる世界じゃないからスゴいですよ!) ルックスはまだまだ少年なのに芯は本当にしっかりしている!! 一時期は相当な反抗期があり3年間ぐらい、父親と食事を共にした事も無いと言っていた。 とにかくオレにとってスポンサーの林夫妻の息子が、両親の背中を見て育ち、そして可能性に自分で気が付きアムウェイでデビューし、そのスピリッツを受け継ぎ自力ではい上がる姿は頼もしい限りだし、ビジネスの”永遠”を感じるのだ。 一樹っ!おめでとう! オレも初めてのSPが本当に感動だった。一樹もその感動を100万人に伝えて人々に勇気を与えてよ。 未来の林グループのリーダーに期待してます。
2009年5月20日 AMは今年で50周年をむかえた。50年は半世紀、それはまさに記念すべきミレニアムな年だ。今回は、豚インフルエンザの問題もあり、出発直前まで、行くか行かないかを本当に悩んだ。自分一人の問題ではなかったし、あの時のマスコミの過剰な騒ぎ方などを見ていると、判断は簡単にはくだせなかった。万が一、帰りに成田空港で1週間、足止めをくらったら・・・・なんて考えると!(波田は足止めされた時の対策でDVD、本、ゲームなどたんまりと引きこもりグッズを持参していたのは事実だ。) やはり、リスクをとってでも、行くと決めた理由は数多くあった。《ライブのリッチデボスが見たい。きっと節目にするはず。・・・・事実、スピーチでは引退宣言もあった。 そりゃ80歳だもんなぁ。》《リッチに”ありがとう!”を言いたい。そして自分の人生の半分を共にした”生業”としてのアムウェイの誕生日を祝いたい。・・・波田の人生は50年、AMに関わり24年、言い方を変えれば全てだ。今の自分があるのはAMのお陰以外の何ものでもない。》 《世界中のアムウェイ・ディストリビューターを見たい!・・・・日本は島国だとつくづく感じた。外に出なくては!!》《今後の50年の可能性を肌で感じたい。・・・いよいよAMの時代だとも思える。それを実感したかった。》・・・・・・・充分に全てを感じられたし、見ることが出来た。

リッチは心臓移植から12年が経過しても元気だった!こと細かいスピーチにヒントをたくさんもらえた。 また、世界の”やってる”ディストリビューターを目前にして衝撃だった。世界4ヵ国でCAを達成しているマレーシアのFCA、ものスゴい、オーラのある中国のCAは元・道路清掃員、FAA100点を目指す台湾のFCA、超元気でハイテンションな、元バーテンダーのFCA、やはり世界中でビジネスを展開するドイツのFCA 、ニューダイヤを500人連れてきたFCA、親子でニューヨークで4ヵ国語で展開する韓国人Fトリプルダイヤ・・・・スゴかった!本当に刺激的だった。 リッチのスピーチはエイダでのグローバル・エクゼクティブダイヤモンドカウンシルとラスベガスでのグローバル・ダイヤモンドフォーラムで二回聞く事が出来た。そのスピーチは力強く、まさに頂点! 波田のメモから抜粋すると《自分のビジネスを持つ事は世界を変える事!》《成功を望む人々に機会を与える自由企業の理念/フリーエンタープライズ》《希望を持てば未来を変えられる。》《外見からは誰が成功するか予想がつかない!》《強いリーダーがいる組織が強い組織ではない。沢山の人が希望を持つ組織が強い組織になる!》《東ドイツの崩壊後、人口の1%の人々がアムウェイにサインして自分のビジネスを持とうと努力した。そして多くのフリーエンタープライズが育った!》《フリーエンタープライズはビルの中に存在するものではない。世界中の人々の心の中にある。誰にも破壊は出来ない。(テロにも破壊は出来ない。)》《チームが成功するためにパートナーシップが大切。》《北朝鮮にもいずれAMのフリーエンタープライズが入る。それは人々が必ず望む事だから・・・》《英語を勉強しなさい。ここにいる数十カ国の人々がお互いに会話出来たらどんなに素敵だろう!》 本社を訪問する時、“奇跡の1マイル”にさしかかった時に数千人の社員が揃いのTシャツを着て、全員がおもいっきり手を振ってくれていたのは大感激!!泣けちゃいました!

人から尊敬されるという意味もよくわかった。デボス家とヴアンデル家の地域への貢献度はスゴい。 最後に、アムウェイの歴史が飾られているコーナーがあって、そこにリッチ&ジェイの創業した1959年当時の写真があった。なんだかその写真が、とてもいいんです!お茶目で、自信にみちていて、パートナーシップが感じられて、そしてスタイリッシュで! アムウェイの歴史は我々ディストリビューターが作るんですね。リッチが“本当は今日参加されている一人一人がいかにこの仕事を知ってどうやって成功してきたのかアナタ方のサクセスストーリーをお聞きしたいのです”と言った。 新たな50年に向かって、いい仕事をしますょ。リッチが、アナタがきっかけでビジネスをスタートする人がいる。人の未来に影響を与えられる仕事と、何回も言ってた。アナタの周りでAMを必要としている人は沢山いるのだ。 原点に立ち戻りしっかりしたビジネスを構築しようと新たな決断が出来た。・・・・・・本当に、行って良かった!!
ラスベガス50thセレブレーションOpening
http://www.youtube.com/watch?v=dJ6XnVykb3Q
●リッチ・デボスのスピーチ(ラスベガス)
「今日の私の話は、皆さんに直接出来る最後の話になるかもしれません・・・・。 でも、悲しむことはありません。これは人生の現実です。 私は時代の中で、たくさんの旅をしてきました。 世界中の人たちと成功を分かち合い、沢山の人たちが集って祝う、今日という日が来ることなど50年前は想像もつきませんでした。 達成者の皆さんに、どのように達成して来たのかという物語を一人一人、 話を聞いてみたいです。しかし、こんなに多すぎては聞けませんね。 12年前、私は心臓移植をしました。 当時70才以上の心臓移植はリスクが高く過去に前例がなく禁止されていたので、 心臓移植は不可能だと言われたのです。 全ての医者に手術を断られました。 心臓移植をしないと後1年半の寿命と宣告されましたが、私には、 まだまだ生きてやることがたくさんあったわけです。 皆さんの役に立ちたい!! リスクが大きいけれど、私に興味を持ってくれた一人のイギリスの医者が、 手術を引き受けてくれました。 そして女性の心臓をもらうことが、出来たのです。 その心臓が私の体に適応し、私が、こうして生きているのは神の力なのです。 神様のおかげで、私はまだ生かされているんだと・・・ ある日、日本の中島薫から私に質問がありました。 「リッチの理念とアムウェイのマーケティングプランはどのような関係がありますか?」 という質問です。 この質問は私のアムウェイ人生の中で、初めての質問でした。 50年間、私に誰も聞いたことのない質問でした。 その時、すぐに答えられず私は薫に少し時間を欲しいと言ったのです。 しばらく、ゆっくり考えてから薫に答えました。

その答えは4つあります。 まず1つ目は「自由」です。 精神的な事から答えます。私はキリスト教徒です。 私たちが罪人だと認めてくれた神様に、私は感謝をしています。 あなたは完璧である必要はないと許してくれた神様に感謝しています。 リーダーは完璧である必要はないということです。 アムウェイは50周年ですが私たちにとっては60周年なのです。 私とジェイはニュートリライトの製品のディストリビューターから始めました。 アムウェイは収入を取ることだけが大事なのではありません。 収入も大事だけれど、それよりも大事なのは多くの人の信頼を得ることなのです。 アムウェイは単なるプランだけではありません。 他のネットワークビジネスとの違いは、私たちのベースになっている「信念」は デモキットには入っていないのです。 「信念」・・それは、皆さんの心に入っています。 アムウェイは自由になる権利だけでもありません。 やりたいことができるようになることだけでもありません。 誠実に、ビジネスをやるという責任が大切なのです。 周りの人たちに信頼されるように支える責任があります。 それを大切にすれば、あなたは成功出来るのです。 アムウェイ・ビジネスを単純に金儲けだけと考えると、すぐに潰れます。 一人一人の人を大切にし、アムウェイの価値を大切にしてきっちりと伝えていくのです。 それには人々を尊敬することが必要です。 それが、責任の元にある、「自由」なのです。 2つ目は「家族」です。 周りの人が大変な時に助けてあげる・・・。 あなたが大変な時に支えてくれる人がいる。それが「家族」なのです! それは同じ魂を持っている人たちの集まりです。 バスケットのオーランドマジックのマイケルというフランスで生まれた選手がいます。 彼は2才の時に親が亡くなりました。 身内は誰もいません。 今はフランスからオーランドマジックに来てプレーをしています。 私は彼のことを大切な家族だと思っています。 家族のように育ってきた人たちがたくさんいます。 ここで私の妻ヘレン、大切な私のパートナーを紹介します。 あっ!今ヘレンからスピーチの時間が終わりだと言われました。 でも、まだまだ話したい事があるので無視して話を続けます。(笑) 私が病気になったときに私の子供に、アムウェイの会長というポジションを譲りました。 でも私は、まだアムウェイに関わりたいのです。 私の子供たちは4人います。孫は16人います。 彼らは本当にこのビジネスの本質をよく理解しています。 皆さんを守りたいのです。 「アムウェイ」という会社をスタートした時のことです。 私は、元、ニュートリライトのディストリビューターをしていました。 その時、私はバニス・ハンセンさんをスポンサリングしていたので、 彼女の家でホームミーティングを行ったのです。 自由に意見の交換をしあい、お互いを尊敬しました。 3つ目は、「報われること」つまり評価されるということです。 新しく皆さんが達成され、それを表彰するということです。 仲間たちが成功することによって、あなた自身が評価され表彰されるということです。 皆さんの子ども達、孫たちも、アムウェイの世界に巻き込んでください。 皆さんをステージにあげることで感謝の気持ちを表したいのです。 やったことが報われることを、皆さんにも実感して欲しいのです。 4つ目、最後は「希望」です。 最初から成功出来ることがわかっている人は誰もいません! 私もアムウェイを作った当初は、こんなに大きな会社になるとは、 夢にも思ってもみませんでした。 もしかしたら出来るかもしれない!という希望を持つことが第一歩を踏み出すことに なりました。 皆さんの人生を支えることができることが私達は大きな喜びです。 アムウェイを通して、ひとりでも多くの人々に、精神的に豊かになって欲しいのです。 あなたならできます! (heckle dream line より抜粋)
4月8日、9日 沖縄に行った事がある人ならばわかるが、沖縄は本土とは相当に違う気風がある。 大和民族というよりラテンの血が流れている。それは温暖な気候からくるものであろうか。先祖伝来のDNAに司られるものなのであろうか。とにかく明るく、陽気! ある意味、超前向き。別の意味だと前向き過ぎ!!とにかく付き合う程に面白い人間が沢山いる。 今回は沖縄のカフェ・グリーングリーンのスタッフのミチヨちゃんとノーリィ―(二人ともパティシエにして料理人)が東京に視察研修という名目でやってきた。やはり”美味いものを作りたければ美味い物を食え”と誰かが言っていたが、話で聞いたり、本で見るより”生の美味いもの”を食べる事が大切ですよ!そして”いいお店”の空気感はやはりライブでなければわからない! という事でマネージャー兼最高経営責任者のテッちゃん&ケーコから派遣されてやってきた。二人とも久しぶりの東京でワクワクモードが激しく伝わってきて、迎えに行った羽田空港から超ハイテンションで盛り上がっている。今回は二日間にかけてランチを六軒、ディナーを三軒ハシゴするという強行スケジュール。とにかく彼女達に食べさせたい、体験させたい厳選した店をまわった。そして二人と波田だけでは”量”的な処理を仕切れないので、”残り物処理班”としてダイエットを止めた藤田(業界的には”R”で当社のイベント部の”頭”)に時間をつくってもらい同行してもらった。(藤田のマーケティングのセンスは抜群で様々な方面でアイデアを出してもらっている。カフェ研究も鋭い!) さて、ピックアップした羽田空港から、最初に向かうは東京・恵比寿・・・・だった。藤田に運転は任せて、後部座席に乗る二人の女子と話をしているうちに、回りの景色はどうみても横浜なのだ。藤田は興奮しすぎて羽田空港からの高速道路を東京都心方面でなく真逆の横浜方面にひたすら走っていたのだ。それは最初から珍道中の予感となった。 大分、予定より遅れて恵比寿に到着。とにかく二日間でガンガン吸収をしてもらう為に勢力的にお店回りをしなくては・・・シンガポールライスの専門店、某、心地よさで有名な代々木のカフェ、老舗と呼べる程に昔から愛されている代官山のサンドイッチ屋、野菜専門のレストラン、野菜スイーツの店、駒沢の大人気のカフェ、あとはアマグラムでも紹介されていた岩井氏の岩井食堂を訪問(岩井氏は昔からの友達、彼はオフだったのに出勤してくれて、その上にスタッフを厨房にまで入れてくれて、秘密のレシピーと作り方、コツまで伝授してくれた。)と二日間で良くこれだけ回って、食べて、感じて、話して・・・という程に自分でも楽しかったし有意義、沖縄ガール二人にも、素晴らしい実体験となったと思う。 《いいお店》とは結局は、どこかの《マネ》をする事。ボクは真似をするという事は本当に良い事だと思う。そこから成長する!良い物をどんどん吸収する、研究する、そして自分を真似てくれる人がいたら本望じゃない。その成長からまた学ぶ。 岩井君は厨房まで招き入れてそのノウハウを全て伝授してくれて、二人の質問に全て答えてくれていた。結局はそんな人が成長をしていくのだよね。AMの世界にも言えてるでしょ!? 系列とか関係なしにどんどんノウハウを伝授している人、そこから学ぶ人、成長して返す人・・・・アナタは影響をされる人、そして影響させる人になっていく・・・素敵です!
グリーングリーンの成長も楽しみ!
アナタの成長も楽しみ!
ボクの成長も楽しみ!!
今日もマネよう!!
2009年1月18日 新年開けて,様々なイベントが企画されている。ミーティングからラリー、ウィークエンドセミナーと目白押しだ。(皆さん、新会計年度のダッシュの9月もやはり大切だけど、正月ボケをする1月、新年の新たな決断をする1月に照準をあてるリーダーは多い。というか波田も様々な企画をしている。) そしてそのいくつかの企画にゲストとして呼んでいただいた。 1月17日は高木なおダイヤと小堺ダイヤのウィークエンドセミナーだった。細見寛ダブル、進藤由美子トリプル、波田ケージロートリプル・・・・業界のマニアならわかると思うけど”濃い”そして”偏っている”という事がわかる。場所は箱根のとあるさびれたホテル(スミマセン!!)でもサビレ感がヤルキにさせるんですよ。 波田はこの土曜日の朝に”法事”があったので(なにせその法事の為に昨日の北海道・札幌ミーティングのアフターの後で深夜に千歳空港まで送ってもらい、ホテル隣接のホテルに宿泊をし、始発の飛行機で羽田へ。そして時間短縮の必要から羽田空港の駐車場で北海道・極寒ルックから法事ルックに着替えて、参加! その後またまた着替えて箱根へゴー!)夕飯ギリギリに参加させてもらい主催者のナオ夫妻、小堺夫妻、他のゲストと夕食をしながら打ち合わせをした後で、早々にお仕事開始。そして、ラリーに出てビックリ! 会場を埋め尽くす人々は圧倒的に20代、そして30代。殆どが”今風”な若者でイケテナイ奴なんて見当たらない。(ドン臭い奴がいないという事ね。)さすが、ファッションリーダーのカリスマ的な高木夫妻と小堺夫妻の主催だなぁ。300人以上の若者はヤルキ満々!聞けば北は北海道、南は沖縄から来ているそうだ。 しかし若者にとっては今の時代が厳しいと感じているのか、比較対象がないから何とも感じていないのか、とにかく、ここの会場には面白そうな奴らが沢山いた。これが結構、大切な部分だと思うのですよ。人を外観で区別しようとは思わないけど、見たくれすら気にしない奴はそれなりだしね・・・・そんな若者からは様々な”ヤル気”を感じたなぁ! 沢山のビジネス上の質問もされたけど、本当に真剣だったし、みんなスルドかった。 若者達に50歳のオッサンが何か有益な影響を与えられていたら良かったのだが・・・正直、世代の違いは感じるしね。とにかく楽しい時間ではありました。 本当にありがとう!! そして翌日は”2112”の年一回の新春ラリーのゲストスピーカだった。(2112は日本のディストリビューターのDD以上の1000組以上の方々が属する組織。様々な形で助け合い、協力し合いミーティングを開催したり会社との情報の橋渡しなどをしている組織。)どちらかと言うと年配の方々、そして硬い方々が多いという印象だが、ビジネスの手堅さはピカイチ! 本当に勉強になる。会場は新宿の旧・厚生年金会館大ホール(ウェルシティー東京) ステージに立って初めて気が付いたけど、二階の席まで超満席!推定2500人は入っている。 そして衝撃だったのは”親子参加者”の表彰コーナー。親子で参加なんているのかなぁ・・・なんて思っていたら出るわ出るわ!!あっという間に広いステージは人であふれた!

そして司会者がインタビューをすると、それぞれが見事なスピーチ。子供達は親の背中を見ているんだなぁと衝撃を受けた。 自分で言うのもナンだけど、スピーチは落ち着いて出来た。 最近はアガることも少なくなってきた。これは本当に自分でも良かったと思っている。ここに至るに20数年かかっているが・・・・過去の自分からは信じられない進化なのだ。人生はイメージしない事も起こるのだ。いや、昔、本当にハロートークが嫌だった頃に、話せる様になったら良いなぁ・・なんて思っていた事があったからそれが現実になったのだろうか。とにかく自分は『苦手!』なんて決めつけたらもったいないよなぁ。 とにかく超濃厚な二日間でした。少しでも人様のお役に立てる、影響を与えられるというのは幸せな気分になれます。この二日間で出会えた膨大な数の皆さん、本当にありがとうございました!
10月8日(火曜) 昨晩は高松でグループの六車S、田所エメラルド、そしてグループの人々と食事をした。七人の女性(&男性カメラマン1人)に囲まれての食事会。 ビックリした事に全員がゲコ(酒を飲めないヒト!) その上、波田はひどくワインが飲みたい。そして、この店はワインはあるがボトル売りのみ。ということで一人でボトルを注文して、一人で飲んで、周りがだんだんに酔っぱらうオッサンを見守るという状態・・・・・・・何故か酔い切れなかった。 一本ワインあけても一切、変化が無い状態・・・・ということでいくら飲んでも酔えない状況で、帰りには”うどん”を食べてからホテルに帰った。それは決して”うどん”を食べたいという訳ではなく、なんだか横からパワーだったのだろう。(決して楽しくなかったという話ではありません!この”まいまい亭”は巨匠イサムノグチが愛した素晴らしい店なのです。最後にカウンター超しに聞いたノグチ先生の逸話は面白かった。※KEIJIRO OKIRAKU GUIDEを参照ください!)

翌朝はホテルの裏の讃岐の山(名前忘れたが100数十メートル程度、可愛い山だった。)をトレッキングした。結構、低い山なのにキツかったのが、昨日のせいかなぁ! 頂上からの景色は絶景そのもの。 9時に六車さんグループの方が迎えに来てくれて、六車さんが待つ富田神社にてOMビデオの撮影をした。(AMから発売のOM・DVDに登場いただきます。様々な職種の方々が参加しているという見本です。) 想像以上に素敵な神社で、戦国時代から400年も続いていて、六車さんで15代目だそうだ。制服って(そうは呼ばないけど・・・・)本当にカッコよくて、特に神主さんは素敵だ。六車さんの神道とAMの考え方の共通点の話は面白かった。 終了後はミーティングまで、たっぷりの時間があるので、瀬戸内海の話題の”直島”に出かけた。高松港からフェリーで約30分。そこは話せば長いが、大昔は三菱マテリアル社の銅の精製所があって繁栄。町並みもヨロシク、そこにベネッセが美術館とホテルをオープン。そこは巨匠・安藤忠雄建築の有名作品で、最近は続いて地中美術館オープン。古い町並みの廃墟を改造して街中をアートにしたりと発想が面白い。島民3000人に対して、年間観光客が世界中から30万人も訪れるというのはスゴい事だ。そんな直島を見学した。案内は六車さんの同級生で、フロントになる方で、直島の高校の校長先生の奥様。8人乗りタクシーを港に横付けして待機してくれていて、素晴らしい段取りのおかげで超充実コースで体験をする事が出来た。一緒に行った六車グループの方々も皆、本当に”いい人”だった。瀬戸内海は内海で静かで、風や光が本当に気持ちがいい。街中がアートにあふれて、素敵だったなぁ。 ミーティングは18時半からで、夜なのにも関わらず主婦、いや人妻層でイッパイでビックリ。いつか鹿児島もこんなカンジで女性ばっかりだったなぁ。これ県民性かな!とにかくミーティングは盛り上がって楽しい時間だった。少しだけど六車さんグループにお役に立てて本当に良かった。 アフターは渋い”炉端焼き屋”で楽しい一時だった。 六車さんの娘さんもミーティングから参加していて、神社の継承とともにAMビジネスもしっかり継承されているようだ。 深夜のホテルに運ばれて、布団の上に、そのままの格好で前向きに倒れて朝まで寝ていた。朝起きたらマクラの柄がそのままホッペタに写し出されていた。たぶんヨダレを垂らして、ヘラヘラと楽しい夢を見ていたのだろうなぁ。 人生の幸せを感じる瞬間・・・・・・・こんな素敵な人々と過ごせた時間を思い出している時だろう。間違いない!
2008年10月3日 兵庫県姫路市・・・・・この地にAMビジネスをもししていなかったら来る事はあったのだろうか。世界遺産・姫路城までは見学しに来たとしても、沢山の友人、仲間なんてまず出来る術も無いと思う。 重田夫妻は波田→田口E(フロントでウチのキャノンの営業マン)→鈴木和彦D(キャノンの同僚)→田中君(妻の妹夫妻)→あけみチャン(お店のアルバイトで昼間はOL)→大熊まりさん(会社の同僚/大熊D婦人)→スポンサーの宍倉久美子E(会社の同僚)→そして重田さん。(親戚のオバさん夫妻、母親の妹の夫妻)と予期せぬルートで出来上がったグループだ。

重田夫妻をスポンサーしたくとも、幼児期から知る久美ちゃんでは歯が立たずに、いつもたじたじ状態。親戚一同は結束が固く、なんと親族会議で”久美子にAMを辞めさせる会”が発足!その会長に重田夫妻が就任・・・・・・・そして重田夫妻は、その悪の親玉・波田ケージローにビジネスの真意を問いただす為に面会。宍倉久美子に言われて、大阪のヒルトンホテルまで波田に会いに来てくれたのが15年前。一時間のお茶のみタイムの中から、何かを感じ取ってそこで様々な話をしてビジネスに興味をもった。御主人の善昭さんは生粋の板前で姫路で大きな割烹料理店を経営していた。アップラインが近所にいないので、系列が違うリーダーに自分で知り合う努力をしてミーティングに紛れ込み、だんだんとグループを作っていった。今だから言えるけどダイヤモンドカウントにも4年連続で入っていたが、至らなかった。何回かは簡単にアキラメもついた。ところが昨年はアキラメがつかなかった。自分の為には燃えられない洋子さんだが、人のためにならば、どれだけでも頑張れるのが洋子さん。アップラインの喜ぶ顔を見たい。グループに達成感を体験させたい、自信を与えたい!その一心で頑張り通したのです。そして一見、家庭では”船頭さん”的かと思いきや、しっかりフォローをしてまさにマネージャー的な黒子を担当する善昭さん。二人の信念が一丸となって、今年の”達成”に相成ったのでした。めでたし!めでたし! 結果オーライだからこんな短いけど、それはそれは様々なドラマがあった事でしょう。しかしどんな問題も肥やしにして成長し続けたのが今期の結果なのです。

そして今回はダイヤモンドをお祝いする意味で、”ダイヤモンド・達成パーティー”が開催された。それは、それは豪華絢爛で薄目で見たらフランスの宮殿みたいなピッカピカの会場。お人柄の結果でしょうが、お祝いに駆けつけたダイヤモンドは数十人、そしてEXダイヤは20組以上、梶原クラウンアンバサダーまで駆けつけてくれた。本当に感謝でした。素晴らしいパーティーになったのは当然だ。 料理も美味しくジャズの生バンドも入り崇高なパーティーで、華やかさのある重田夫妻の達成に相応しい時間になりました。 本当におめでとうございます。 お二人の達成はボクの誇りです。今後もグループ共々、素敵な夢を目指して躍進してください。 そしてエグゼクティブダイヤ・・・・・・やってください!出来ますよ!二人のコンビネーションならばね! ただ一つ、お願いがあります。今後、ボクに”ネーミングの依頼”は辞めて下さいね。・・・・・・9月中旬に旅先に電話がきた。ダイヤモンドにもなったし、グループ名称を考えてもらえませんか。日本中、世界中に羽ばたけるような・・・・・なにかお願いします。ということで、キーワードを2、3いただいて、それから三日三晩考えた。 波田は、何かのネーミングをするのが大好きだし、多分、得意分野だ。 数十個を絞り出し、最終的に5つのアイデアを注釈入りで重田さんにぶつけた。 どれも”念”の入った素敵なネーミングで自信満々だった。そして数日後に電話がきた。 その決定した名前はボクが考えた名前ではなかった。・・・・・・・ナンじゃそれは!!!!!!!!!!!!!!唖然!!ビックリした!!!!!!!!そんな太い重田さんが好きだよ。メチャ太いんです。
2008年8月29日 昨晩は寝たのが相当に遅くて、珍しく寝坊をした朝だった。激しい貧乏性は8時を境に”損徳”が分かれるのだ。8時前に自然に起きればオッケー、それを過ぎると相当に時間を無駄にした気になる、根本的貧乏性だ。しかし何故にして時間を無駄無く生きようとする姿勢を”貧乏”と呼ばれなくてはならないのだろうか。何だか書いているうちに、合点がいかなくなってきた。貧乏で何が悪い!!早寝早起きは三文の徳と賢人は言っていたではないか。どうして寝坊するヤツが金持ちに属するのだ!!・・・・・・・・・・話が完全に暴走しているので戻そう。

ジャスト9時にAMの担当コーディネーターから電話がかかってきて起きた。睡眠は45分サイクルで快眠と寝不足のサイクルが分かれると聞いた事がある。(というか睡眠学とはまだまだ謎の方がずっと多い学問らしい。)たぶん今日の朝の9時はぴったり45分の倍数の時間だったのであろうか、すこぶる目覚めが良かった。いきなり、コーディネーターが『お願いがあって電話しました!ケージローさんのOMビデオを出させて下さい!』との事。 相当に波田が拒む事を予想していたみたいで『いいっすよ!』と快諾したのをビックリした様子。そんなに気難しい野郎に写っているのかなぁ・・・・・製作はAMの通常の映像製作事務所ではなく、センス的に間違いの無い制作会社の”麻田組”だと言う事で、なおさらの快諾!(ヘッケル系や様々な達成ラリーを企画・編集するチーム)いろいろとワガママ聞いてくれるということで、どんどん快諾!・・・・・・50歳を迎えたからか、なにかと新しい事にはチャレンジ精神を発揮している気がする。早々に電話でプロデューサーの麻田氏と電話会議をして流れを聞いたら、”20代、30代の少年少女にこんな生き方も有りだぜ!”的なイメージらしい。まぁぁ、あまり映像系に耐えられる容姿だとは思っていないので上手に処理下さるならば結構なことじゃないかと思うのだ。

下田オキラクハウスや沖縄のグリーングリーンも映像的に入れたいという。映像はハイビジョンでの撮影らしい。(コストが圧倒的に高い!そのかわり映像は素晴らしく綺麗らしい!)ということで楽しみだ。全国の皆さん、お金、無駄使いしないで待ってて下さい。スゴいの作りますからね。ダッサイのは絶対に出しませんよッ!! と最近は盛り上がってます。まずは近況報告です。
2008年8月22日(金) 四国の六車さんが東京に来ていて食事をした。ピンレベルはファウンダーズ・サファイア(波田T→シンペイEX→久野エメ→大藪エメ→六車S)・・・・・・六車グループは相当に大きく成長している。フロントの田所さんは御主人が公務員で、昨会計年度に六車さんより先にエメラルドを達成した。本人は若いがお孫さんがいる。その田所さんのフロントの神戸の喜多さんは三年前にエメラルドを達成。(御主人は銀行マンで日本中を転勤している。彼女はそれについて行くが各地で夫婦AMを繰り広げている。そのまたフロントの田上さんは一昨年にエメラルドを達成。(前にも日記に書いたが、波田は田上さんとは『はじめまして!エメラルドの田上です。』だった。) 話は戻るが、六車さんはご夫婦で香川県高松市で15代も続く由緒ある神社を守っている。その彼女は主婦にして神主さん、御主人も彼女と結婚して神社を守る為にサラリーマンを辞めて、神主さんとなったそうだ。お寺ならば法事だぁ、葬式だぁと定期的な儀式があるが、神社は七五三とかお祓い(おはらい)、正月のお参りなどと収入につながる行事もあるが、やはり生活面では不安定を強いられるらしい。そこで六車さんが出会ったAMビジネス。結論を言うならば彼女はAMビジネスを真剣に頑張っていて、それが六車家の生業になっているのだ。神社というのは安定収入は決してないし、世の中の殆どの神社が他の仕事を持ちながら守っているそうだ。日本の伝統を守る為にAMビジネスが一役買っていると聞いて少々感動した。たしかにやりたい仕事イコール収入につながらない事は多々ある。そんな時にもおすすめなのがAMビジネスのスゴいところだ。この仕事をしていると本当に様々な職業の人々と知り合う。今、時代はハイブリッドだ。ハイブリッドはクルマでわかる様に、ガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせて超低燃費なエコカーだ。戦後の復興期ならばいざしらず、先行き不透明な時代に2つの職業の選択なんて相当にカッコがいいではないか。某ハイテク企業の重役は週末にイタリアンレストランのシェフになる。プロのアスリートにして投資家。作家にしてカフェの経営者。不動産業を営みながらミュージシャン。・・・・・・切りが無い。想像してみよう。そんな“二足のわらじ”は素敵じゃない!! アナタの仕事とAMを組み合わせるだけでも相当に楽しいじゃないですか。 大切なのはプロ意識ですが・・・・・・
9月23日(日)人生には様々なセレブレート(記念日)な日がある。誕生日、入学式、卒業式、入社式、結婚式・・・・それらと同等にオメデタイ日にちがディストリビューターにとっての”達成”の日なのだ。AМビジネス的には8月31日で締め切られ、9月18日で正式認定となるので気分的には9月23日の達成ラリーは色々な意味で節目となる日にちであろう。さて今日は、待ちに待った石井俊八&千賀ニューエグゼクティブダイヤの達成ラリーが有楽町読売ホールで行われる。日ごろ自分達でラリーを開催する会場なのだが、なぜか今日は空気が少し違うのだ。この空気は”祝福””達成感”であろうか。 さて波田と石井俊八&千賀との出会いは約17年前だ。二人は波田からみると飯島ダイヤ(学校の先輩)→大熊ダイヤ(飯島氏の日本旅行の後輩)→中嶋裕エメラルド(日本旅行の同僚)→石井俊八&千賀(中嶋裕氏の実の姉が石井千賀)という系列になる。サインした当時から印象深い二人であった。サインに至るまでのエピソードは数々聞いているが、やはり中嶋E(通称ナカジー)の情熱が二人の好奇心に火をつけたのは間違いない。義理の母さん(ナカジーの母親)からAМを裕氏に辞めさせるように依頼された俊八氏。(戸籍的にはトシヤであるが、波田はトシハチと呼ぶ!)当時は某一部上場ゼネコンでエリートコースまっしぐら。過労で胃腸に穴をあけながら何回も入退院を繰り返す、まさに”会社人間”。 彼はその総力を振り絞りAМの秘密を暴露すべく調べつくした。最近のアホで低脳な人間と違ってネットでの調査とはワケが違う! 様々な文献を読破して、会社に乗り込み自分の目で調べ上げた結果・・・・自分もサインして活動開始という、いわば”ミイラ取りがミイラになる”という結果となった。その後のサクセスストーリー(これは肝心な部分であるが割愛します。)は当然に紆余曲折とまでは言わないが楽しいばかりではないが、きっと様々な事柄を楽しんだ事であろう。わかってしまった二人は自分達のサクセス、そして彼らのグループの一人一人のサクセスにベクトルが向いていた。そして俊八は様々な経験から様々なクチグセが生まれた。”ツイテル”はその代表的ボキャブラリーだ。一日に何回、何十回、いや何百回とその言葉を連呼する。グループへの電話は”もしもし”ではない。リーン、リーン、ガチャ~”ついてる~”だ!! そして完全にツキを見方にして、まさに宗教的といわれても仕方が無い位に”ツイテル”を連呼。今日も新しいラッキーを取り込みながら、新しい目標に向かっている。様々な人間の変化を沢山見てきたが、あの鬼の様な目をした会社人間・トシハチは、まさに時間と経済力の完全な自由を手に入れて、正に”自由人”となって今日も”謎のオヤジ”となり周りをハッピーにしているのだ。 ”ツイテル”に根拠なんてありゃしない。でも間違いなく言葉は”言霊”で”引き寄せ”なのだ。 彼らには、スバラしいサクセスストーリーを見せてもらいました。その集大成のラリーは素晴らしかった。ゲストで来てくれた渡辺正人氏のスピーチも完璧だった。世の中の仕事のサクセスとこのビジネスの成功と、大きく違うのは、ただの経済的成功だけではない共に成功を分かち合える仲間がいることだ。ラリーの最後の俊八のコダワリには感動した。(DVD見てください!)そしてフィナーレーの9系列の仲間と手をつないでバンザイをしている姿の石井俊八&千賀ニューエグゼクティブダイヤの姿を心から誇りに思えた。 ありがとう!!いいもの見せてもらいました。どんな映画より見応えのある素晴らしいライブのサクセスストーリーでした。そしてこのストーリーにはまだまだ、続編があるのです!コレはたんに序説にすぎないのです。 GО!ダブル・ダイヤモンド!!~