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1月27日(土曜日) いい人との出会いが人生の”最重要課題”!

今日は朝からシンクビックラリーのスタッフ・打ち合わせを世田谷区野毛の波田宅で行われた。昨晩は久々の酒抜きをしているので、目覚めの気分はヨロシイ。(ならば毎晩飲むなって!!) 朝10時半からメイン・スタッフの鈴木デブゥと藤田が来てタイムスケジュールに合わせて打ち合わせをした。今回も相当に濃厚なラリーが期待できる予感!!今回は藤田がハイパワーで映像関係に力を入れていて、そのサンプル映像を見たが泣いてしまった・・・・・・ヤツはその道にも相当にスゴいセンスを持ち合わせているのだ。その後、堀正樹Wも参加して司会の打ち合わせをした。男三人の司会は正直、まだまだ慣れてはいない。だいたい司会なんて受けるんじゃなかったと毎回思うのだが、今更仕方がない。事の始めは第一回のラリー(2006年6月)で主催者の出番が少ないと、参加していた人からの陳情を聞き入れた状態で、しかし最初の挨拶なんて堅苦しいので四苦八苦して出たアイデアが前代未聞の”男三人司会案”となった。・・・・この際だからこの役割を楽しもうと思う。結局、タイムスケジュールに基づいて役割の相談をして完了。殆んどはアドリブに期待しよう。東大・渡部S考案の場内案内整理案なんて、サスガに東大理科系でなくては出てこない名案!!それぞれの担当者が全力で、ものすごい期待が出来る段取りとなった。みんなヨロシクね!・・・・・・夜は成城に”お住まい”の(成城とか田園調布はナゼか『お住まい』という表現となる!)金森ダブル・ダイヤ宅にワインパーティーに御招待を受けたので向かう。成城の町は本当にリッチな家が立ち並ぶ。ただゴージャスなだけではなく、センスもヨロしい家々だ。こんな景色を毎日、見ていたら心も豊かになるのだろうナァ~~などと考えつつ金森邸を訪問。それはそれはゴージャスなマンションだ。(マンションとは本来は豪邸の意味。まさにマンションが金森邸だ。ピッカピカだ!)今日は金森家は女子ばかり4人が招待されていて、それは楽しい時間となった。一人の女の子はソムリエの卵で、フランス人のクォーター。旅行代理店店長、とかキャリア組の方々が参加しているのがサスガの金森グループという感じだった。出てきたワインは、それはそれは美味しいモノばかり!!金森家は数千本のワインを貯蔵しているらしい。その中から選ばれた至福のワインはワイン好きなら、もうプルプルモノの一品ばかりだった。 〆の炭水化物を製作依頼されていたので”トマト&アサリのスパゲティー””森のキノコのクリーム・スパゲティー”をお作りした。最近マイブームの”ササミのバジルペースト和え”は上出来で売れ行き好調!! そんなスペシャルに楽しい時間はアッという間に過ぎていった。 AMを通じて系列を超えて素晴らしい方々と出会えたことに、本当に感動している。こんな仕事ってあるのかなぁ~~~人生、生まれ変わっても、やっぱりAМビジネスはやると思う。人生は誰と出会うか!何と出会うか!! それが全てを決めるのだ。今日も心から感謝の一日でした・・・・・・ありがとう。

何でも”達成”はいいもんだぁ!!ありがとうJALの”女子係員Mさん”

11月29日(水)朝起きて昨晩の残り物の味噌汁とプロテイン、ニュートリを飲んで羽田空港に向かった。9時の羽田発のJAL沖縄・那覇行きに乗るには渋滞などを考慮して7時半には出なくてはならない。途中の環状八号線の蒲田付近の渋滞は、決して朝の清々しい空気と景色のマッチングは期待出来ないので避けたい風景であり時間帯だ。まぁ渋滞中もこの見苦しい光景を抜ければ青い海、青い空が待っていると考えると辛くはなくなるがぁ・・・なんとか8時に到着をして空港駐車場に停めてJALのカウンターでチェックイン。(普段ならばギリギリ好きなので8時半のチェックイン) 今日はJALの搭乗手続きの際に何が何でも頼まなくてはならない重要案件があるのだ。それはたかがクラスJに乗せてくれという事。なぜならば些細といえは些細な事だがJALのメンバー(グローバルクラブ)にもピンレベルがあって、毎年の搭乗実績によって様々な得点が得られるのだ。今年は大体の旅行や出張も終わりなので、それそろ点数を計算しておこうかとJALの専用電話に連絡し、年内の、すでに予約の入れてあるフライトをチェックして計算してみたら、なんと100マイルだけ足りない!!(ちなみに羽田~沖縄は995マイル、ボクの今会計年度の必要マイルは7万マイル、という事は現在69900マイル。)100マイルっていったらウチから下田位の距離。しかし足りないものは足りないのがコンピューターが判断する淋しい世界!情状酌量は無いのだ! 今日の行きのフライトはJクラス(一クラス上のクラス)が満席で仕方が無く普通席だったが、そこをクラスJに無理やり乗れれば、マイルが1、5倍になるのでクォリファイ完了!ということに気が付いた! ということは、どなた様かに席をお譲りいただくしか手は無い。または12月中に何処かに出張を作り出して無意味な旅をするか・・・・そんなのイヤだぁ。ということで普通より相当、早めに家を出て羽田に向かったという事だ。・・・・ そしてJALグローバル・カウンターに並ぶ三人の女子係員のうち、瞬時に誰がこの”無理難題”を親切に対応してくれるか判断! 結果、一番右側の愛嬌がある女子に決定して向かった。親愛の気持ちを込めて”女子係員Mさん”と呼ぼう! (普段なら一番左側の、どう見たって美人な子に突き進んだと思うが・・・・何故かこの美人は、今回の要職とは違うと判断。真ん中は愛嬌でもない、美人でもない、その子の対応が悪かったらアキラメも付かない空気の容姿とでも言おうか・・・・という事で”女子係員3号”が選任された。) そして一礼をして、目を見て、紳士的に朝の挨拶をし、スマイルした後に、非常に困った顔をして相談というか陳情、いや泣き落としが正しいかなぁ・・・とにかく事情説明したら、”女子係員Mさん”は”そんなご事情でしたら何とかして差し上げましょう!!”という母性本能的な心にスイッチが入ってくれて、ボクはひとまずラウンジで待機する事になった。その後、ラウンジで待つこと40分。その間、きっと、あの”女子係員Mさん”ならこの問題を解決してくれると信じていたからドキドキすることも無く平常な気持ちで待っていたが、だんだんに搭乗時間が近づいて少々、不安と言ったらウソではないが・・・搭乗時間の5分前に、さすが、ボクがミソメた”女子係員Mさん”は勝ち誇ったように搭乗券を掲げて走ってきた!それは、まるでマラソンランナーがゴールのテープを切った瞬間のように!!”波田さまぁ~~お取りできましたぁ~!!” やったのだ!!こんな些細な事でも達成は嬉しいのだよ。彼女の愛嬌は一層、可愛さを増していた。思わず彼女の手を握り”ありがとう!ありがとう!”と心からの賛辞をして、彼女から受け取った搭乗券を握り締め出発ゲートに向かった。(今考えても、手を握ってのお礼は立派なセクハラ事件として立件可能な事態であろう。)そして”女子係員Mさん”は最後まで手を振って見送ってくれていた。このピンレベルを達成するのにこんなにまで努力をする奴がいるのだろうか。(ちなみに特典としては国際線・無料アップグレード券三枚、ホテル無料宿泊券、クラスJ券10枚、そして待ち時間無しの快適な専用ゲートからの搭乗・・・他多数。) いつも”女子係員Mさん”の恩を忘れないで使おう! そして沖縄に飛んだ。小さな満足と共に・・・・・

シンクビック・ラリー・・・・『あとはヨロシクねぇ!』そして旅立つ・・・

11月12日 ラリー・・・・・生まれて初めて見たラリーはAMを初めて二ヶ月目だった。それは港区芝の厚生年金会館で行われた、AM本社の主催のイベントで、メインのゲストスピーカーは、今は他界された猪股哲也さん(当時ダイヤだったかなぁ。)と奥様だった。それ以外に若手、主婦などのスピーカーだったと記憶する。そして沢山の表彰もあったなぁ。まだボク自身も結果が出ていないレベルだったので、ボクでは歯が立たない、アンチというか興味ゼロと宣言をしていた先輩を連れて行っていた。なにせその先輩には十数回断られ、3回スッポカシを食らっていた。普通ならあきらめるか、止めとくかであろうが、オレの場合は断られれば断られるほどに燃えてくるのである。(誤解されているのが許せないのだ。100%理解しての断りは大歓迎。)そして何とか、話をつけて”もし、面白くなかったらメシをおごる!だから見てちょうだい!”と約束して送迎付きで向かったのが、そのラリーだった。僕自身、神に祈る気分で見せたラリーで、本社主催だからと言っては語弊があるが、地味目なラリーだった。しかし結果はオーライで、その日にその先輩はサイン、そして家に帰って先輩は奥さんと大衝突!(奥さんが超かける20のアンチ)しかし正義は勝つ!!結局、奥さんにマーケしたらヤル気満々!・・・そんなもんだぁ。そして3年後にはダイヤモンドを達成していた。   という事でラリーは大切なのである。ラリーは新規の人への人間ウォッチングには重要なイベントだ。そして功績を称える表彰、ゲストスピーチやハロートークで感じる緊張感、また自分を表現する能力向上とか、とにかくラリーはなにかとこのビジネスには素晴らしい機会の提供になるのだ。ということで堀正樹W(新潟在住だが東京にもグループは多い。)に誘われて始めたラリーなのだが事前の準備が相当にある。これは承知していた事だが、やっぱり日常の仕事プラスなので時間は相当に取られる。しかしスタッフにも恵まれ、みんな本当に良くやってくれているので、準備にも熱が入った。ということで第二回は第一回の反省点を考慮し、第二目なので、段取り的に楽になる予定が、まだ甘かったと感じる程に、やる事は山積していた。がぁ期限のあることなので頑張ったのだ。このラリーが誰かの、何かのキッカケになってくれたらと思うとヤル気も出てくる。 ラリー当日は夕方4時から会場の中野ゼロホールにスタッフの打ち合わせなどで集まりだした。前回と違う会場なので会場整理係とかが、慣れていなくて事前打ち合わせも出来なく、そのわりにはみんな頑張ってくれていた。 前回は主催者三人の話が聞けなかったと言うリクエストが多く(波田にしてみたら余計な事、言うナァというのが本音だった・・)史上初の三人で司会という異例の人事となったので打ち合わせにも余念は無い。ラリーは、そんなうちにスタートした。ゲストスピーカーは木崎真之介SP、福井みよDD、大谷健F・DD、昼間はヘッケルのゲストでラリーに引っ張りダコの石井俊八&千賀Fダイヤ、そしてメインゲストのデッカイ話をしてくださった梶原CAご夫妻。 皆さん、本当に素晴らしい話をしてくれた。何でもそうであろうが、見ている側と作る側、全然違う視点から見ているのだと思う。これから、おそらく二会計年度(あと5回)は続ける気持ちなので、回数を重ねるごとに、感動を共有出来るような素晴らしいラリーを作っていきたい。その為にも、皆さんの意見をどんどんと聞いてみたい! 見る人も、もし自分が将来、ラリーなどを主催するならば、どのような演出しようか!自分がスピーカーになったらどんなエピソードを披露しようか!とか考えて見ると、面白さが15倍に膨れ上がるのだ。ということで、主催者側としては満足感イッパイなラリーになりました。 そして我々はバッチリと盛り上げて、ブラジル&ニューヨークに旅立ったのだ。 『あとはヨロシクねぇ!』っと!! (この場でお礼をさせてもらうが、デブにぃーこと鈴木直ニイと美帆、千葉嘉、山野辺兄弟、藤田直之、大谷康、そして土岐ちゃんをはじめ、スタッフ全員に感謝です。)

12月4日(月) “波乱万丈”ラリー

朝から何となく落ち着かない。昨晩は熱海のドクター佐藤富雄事務所でジンギスカン&モツ鍋パーティーが開催されて参加。そして風情のある冬の花火大会を鑑賞させていただくという贅沢極まりない時間を過ごし深夜に東京に運ばれて帰ってきた。(オレは佐藤先生と共に泥酔!藤田Rが運転してくれて爆睡のなか帰宅。すんません!感謝!) という事で、朝はニンニク臭、ジンギスカン臭を感じて少々の不快感を伴っての起床だからかなぁ・・・・”臭い抜き”には発汗が一番なので風呂のスイッチを入れてから多摩川の河原を目指して走った。そこから田園調布まで往復すると距離にして8キロ、時間で1時間程度なので、こんな日のアルコール抜きには適した距離だ。(これって脳いっ血とかになるかなぁ!)頭の中は今日のスピーチで一杯。いや二杯!!おかわり三杯!  今日は月曜日なのに昼間からヘッケル・ラリーが開催され、そのゲストスピーカーとして呼んでいただいているのだ。今日は”波乱万丈ラリー”というテーマなので、今更、新しいネタで話すわけではなく、過去のエピソードを話せばいいので、基本的には内容は決まってはいるのだが、やはり700人の前で30分というと考える。・・・・・・・暗中模索の20代は面白かった。30代はチャンスを抱えて突き進んで結果を出した。40代は、ある意味、自分探しであった。確かにオレ的に人生はアップダウンが激しく、軽い”波乱万丈”と言えると思う程に様々なシーンに巡り合った。本くらい書ける程に色々あった。決して自慢話ではないが、最低の生活と最高の生活の二色アイスを食べられたお陰で、わかったことが100万個あるのは事実だ。スピーチの内容はここで改めて書くつもりは無いが、色々あるから人生は楽しいのだと思うし、色々遠回りをするから、目的地に到達したときの感動があるのだろう。さて、そんなにカッコいい事を言っているがスピーチはやはり緊張する。昼過ぎに今日、同じラリーでスピーチするスピーチの名手、渡辺正人氏が家に迎えに来てくれて本社のある渋谷まで向かった。正人氏にはこんな緊張はわからないであろう。彼はスピーチの名手中の名手。どんな状況でも適切な内容を民放テレビ局のアナウンサーのごとく落ち着いてウィットに富んだジョークを交えて話す様は業界ナンバーワンだ。そしてシロウトながら、ヘッケルの大きなミーティング、ラリーでは司会をこなしたというキャリアがある。ニューヨークのラジオシティー、シュライン・オーディトリアム、ラスベガスのMGMホテル、武道館に横浜アリーナ、日本中の大箱会場での経験はハンパではない・・・どこの日本人がこんな強力な場所で司会をした経験があるだろうかと言う程に華麗なる経験を持つ名司会者なのだ。従って緊張など微塵ももっていないであろうから・・・・とにかくラリーのお役目は無事に済ませた。久しぶりに昔話を沢山した気がしたが、当分、こんな話は封印しようと思った。過去の自慢話、苦労話なんかしたって仕方が無い。それにしがみ付く気持ちなんて毛頭ない。ラリーのアフターの食事会は楽しい時間だった。

12月4日(月) "波乱万丈"ラリー

朝のミーティングでマーケを担当した城野W夫妻、SG50のゲストの面々をはじめ十数人のゲストと共に渋谷のセルリアンホテルの名店”金田中”にて会席料理(だとおもう!創作的だった。)を食した。本当にいつも思うが、薫さんと食事をすると物凄く楽しい。いつも様々な話題で皆を盛り上げてくれるのだ。 今日も今までに無い幸せな気分だ。人と交わり、適度な緊張があり、楽しい食卓があり、感動があり・・・・感謝の気持ちでイッパイな中で就寝。これって幸せ!!!!!!!

石井俊八&チカがくれたハッピーデイ

9月16日(土)今日はハッピーな日である。夜は石井俊八&チカのニューファウンダーズ・ダイヤモンドの達成ラリーが横浜市の都筑公会堂で開かれるのだ。二人の達成ラリーというよりグループのリーダーのファウンダーズDDのお祝いの意味も多くある。ということで、とにかくお祝いムード満点な日なのだ。朝から雑務仕事やジムでの発汗をして過ごし夕方にクルマで会場の都築公会堂に入った。

石井俊八&チカがくれたハッピーデイ石井俊八&チカがくれたハッピーデイ

入ってイキナリ目に入ったのは主催というかゲストというか、ある意味、主賓な俊八が受付周り、駐車場とかをウロウロしている。何をするではなくウロウロ・・・・元来の貧乏性という性格を引きずっているのか・・・こいつ!可笑しい!(普通、楽屋でジッとしているもんだ。) 俊八と初めて会ったのは、今から約14年くらい前であろうか。AM本社(当時は南麻布のビル)の本社でのオフィス・ツアー(会社が一般の為に会社見学を受け付けている日、コレ見るとサラリーマンはスケールにヤラれる!主婦は只の小遣い稼ぎでは無いと気が付く。)にボクは、はじめたばかり若者を連れて行っていた。そして、その時に目を吊り上げて”仁王立ち”していたのが石井俊八だ。彼は当時、大手ゼネコンで出世街道まっしぐら!!社長になるためになりふり構わず働いていた時代だった。そして義理の弟がAMビジネスを始めて、それを阻止して欲しいと義母さんから頼まれ、そのビジネスのヤバイ点を探り、そこから説き伏せようと思い、会社を見に来たと言っていた。まさに一流のアンチ(ネガティブ)だったのだ。しかし疑れば疑る程に確信に向かってしまい、結果・・・サインしてエメラルドにダイヤに、そしてファウンダーズダイヤという偉業を達成したのだ。彼らを見て分かった事はマイナス10レベルのアンチは、分かるとプラス10に転じるという事なのだ。順風満帆でここまできたとは思えないが、やればやる程に核心から遠のくサラリーマンと、やるほどに核心に、夢の現実化へ向かえる仕事とは”やりがい”が違うのだ。 さて本日の司会は国府田修司ルビーと安久津友香SPで、進行も爽やか、ゲストのスピーチも爽やかだったなぁ。当然にファウンダーズだから6系列紹介コーナーも涙モンだった。咲間光雄、児玉佳則&美記、加藤公治&路子、元村孝之&窓佳、上野由利子、宇田淳子とそれぞれ石井の紹介が素敵だった。みんな本当に人生に頑張っている。”運”も当然に追い風にはなったが、それ以上にアキらめずに頑張ったのだと思う。ラリーは本当にアットホームを越して石井グループのディストリビューターは家族になっていると感じる素敵なイベントだった。イイモノを見せてもらいました。有難うございました!!そしてエグの達成ラリーを見せてください!!ヨロシク!(しかし実力的には全然できちゃう石井夫婦です。)

石井俊八&チカがくれたハッピーデイ

アフターはセンター北の”ラ・ボエム”で立食パーティーが行われた。キャパ40人に85人位、いやいやもっと・・・いたかとおもう混雑振りだった。まぁ!とにかく楽しい盛り上がり感、イッパイな夜でした。アップラインのチカちゃん弟(ナカジー夫妻)は現在エメラルドになり一族で幸せ。アップの大熊実&真理ダイヤモンドも沢山のダウンに囲まれて幸せそうだった。      ファウンダーズダイヤはこの数年で出来たピンレベルだが本当に意味がある。これを安定させていれば、間違いなくエグだぁ、ダブルだぁはいけるでしょう!! 誇りに思えるお二人でした。やはり、”ア~じゃコ~じゃ”言ってないで、目指す人が結果を出すんですよ。・・・・・・・・・そしてクリックしちゃったんです。ヘッケルに! (*^_^*)

1日・・・今日は一人でLM。たまにはAMについて語ろう。笑いは無いよ!

7月1日(土)毎月1日というのは好きだ。昨日までの臨戦態勢から一夜明けて平和が訪れる。同じ”一日”なのに月が替わるとこうも心境が変わるのか・・・と言う程にこの仕事をしていると一ヶ月という単位が意識の中に思いっきり入ってくる。現在48歳。自分の年齢は過ぎてから様々な事を感じる。あぁ20代はこんなだった。35歳のころはこんなだった。40歳になってもまだ・・・・・その時点では年齢的なことは感じない。ただ今日が残りの人生で最も若い日である事は間違いが無いから、未だに年齢的な焦りの方が多いのだ。そうやって思い起こすと10代後半も焦っていたし、20代も思いっきり焦っていた。というより不安だった。30代になってその不安のエネルギーを仕事に全精力を傾けた。40代は経済的な不安は無くなったが別の不安が浮上。(不安は大袈裟かなぁ。自分自身の生き方の問題です。やっぱりA型の悲しいサガなのかぁ!)今日は朝から”一人LM”をしている。AMという仕事に出会って21年、いや22年目だ。オレの場合、最初に知ったときから13ヶ月間、全く何の活動もしなかった。というか完全なる義理サインだったので、スポンサーからのアプローチも無かった。自分からこの可能性に気が付いたなんて事は絶対にないが、ある時、素直にこの仕事の可能性を気が付けて良かった。なにか虫の知らせというか、当時、自分が全精力注ぎ込んでやっていた仕事に未来が見えず、ハッキリ言えば相当な挫折をしたころだった。今、考えたって二千万円近い負債は26歳のオレには厳しい数字だった。頑張れど頑張れど未来が見えない辛さと不安・・・あの心境を身体が覚えたら、チャンスに人並み以上に敏感になって当然だったと思う。いずれにしろ、もしAMの仕事をしていなくても何かの仕事を、それなりにやって結果は出していると思うが(ずっとこの自信過剰がオレを支えている。)・・・他の仕事でここまで多くを学べたか、沢山の人と知り合えたか(知り合うというレベルも微妙で、ただ知り合いの数が多いなんてヘボな自慢ではない。)そして経済的な安定を得る事ができたかを考えると、とても自信は無い。・・・・・・なんてこと考え出すと、強運といえば強運。運命といえば運命、そして今では様々な過去の事柄が必然で今があると思えてくる。オレは意志は強い。そこそこ根性もある。理不尽なことは絶対に嫌いだが納得すれば、どこまでも頑張れる・・・そんな性格は幸いした。(そんな性格に自分で変えた。)しかし本当に、こうなれたのも全ては”出会い”なのだ。”人生、誰と出会い何と出会うか”  最近、高校の時の同級生をスポンサーした。お互い48歳という年齢をどのようにとらえているのか。大昔ならばその年で死んでも長生きといわれる歳だし(江戸時代位・・かなぁ)、また一昔前なら55歳が定年で、48歳といえば、もう定年後の準備を考える歳。肉体的にも30代とは違うし40代前半とも違う。内面的にも変わった。物に対しての欲求も大きく変化したし、第一、性格も相当に変わって、戦いを避けて思考して、また怒る事が少なくなり・・・・自然なのか意図的なのか分からないが明らかに変化はしているのだ。 まぁいいや・・・・・とにかく、この年齢になったから、こんな言葉を噛み締めるのかもしれない。 “青春はある一時期を言うのではない。人は年を重ねただけで老いるのではない。人は夢を忘れたときに老いが始まる。”とアメリカの詩人は言っていた。 老いを恐れて、その為に夢を持つつもりはないが、夢がある人生が楽しいに決まっている。そして夢を叶えられる仕事を持っているという幸せを感じる。マップ書いて様々な想像をしながら、これから出会う人、出会うべく人への思いを馳せよう。来会計はやるよ!! 必ずひとつの節目にしたい。  きょうは一人ジィワーンと考えている。そう、オレはいつもLMで言っている”おまえはどうしたいんだ!!?”・・・・それを自分に問いかけている。 自分のしたいようになるのが人生。たまにはゆっくり本当にどうしたいのか考えてみよう。それが自分の、そしてアナタの人生のキーワードなのだ。人生のは”一人LM”が必要だ。

シンクビックラリーとパーティーでの真実!!

6月17日(土)朝は相当に辛い起床だった。昨晩は遅くまで最近始めたミーティング(イッピデゴォー/毎月1日から飛ばしてゴォー!という意味。)の三ヶ月に一回の達成者のお祝いホームパーティーが波田家で行われたのだ。ニューSP以上を達成した人6人が招待された。(というかした!)食事は波田とスタッフの上埜DDとグループのマキちゃん、そして姫路から来ていた重田頼弘DDが手伝ってくれて作った。パーティーには石井俊八ダイヤも参加して皆で祝杯を上げた。しかしみんな食うわ、食うわ、飲むわ、飲むわ!!大量の料理も酒もドンドンと消費されていった。祝福する人もされる人も幸せな夜だった。そして藤田直之Rの愛妻・朋子さんの誕生日も発覚してリトル・サプライズ!!・・・・そんな”宴”の翌朝には当然のツケがまわるのだ。ドリンクガードでもガード仕切れない限度を超えたのか。止めとけば良いのに・・・・しかし今日はそんなダラダラしているわけにはいかないのだ。今夜は春からずっと準備を続けてきたラリー(Think Big Rally)が開催されるのだ。

シンクビックラリーとパーティーでの真実!!

最終的な打ち合わせは夕方4時に会場に集合なので、それまでは雑務をしよう。最近、植え替えた観葉植物(モンステラ、かしわばゴム、くわず芋、そしてウンベラータ)のお手入れと”波田ハーブ農園”(すごいでしょ!!そこにはローズマリー、イタリアンパセリ、唐辛子、パセリ、ゆず、山椒、シソなどが栽培されている。・・・・わずか畳1畳だけだが・・・)のお手入れをした。草花は手入れをするとちゃんと元気に育って、お返しにボクに元気をくれるのだ。最近はジジイ化してきたのか、そんなガーデニングに興味が絶大なのだ。そして7月のF,I,T(ファウンダーズインビテーショナル)のビフォーとアフターの旅行の企画を最終的にJ,T,Bのタコ・田中(波田パーソナル・毎年の冬の激安スノボーツアーなどは全てこのタコの仕事です。)と打ち合わせをした。今年はワールドカップの影響かヨーロッパ方面への移動が物凄い混んでいる状況。結局、悲願であった北欧(ノルゥエー、フィンランド、スウェーデン,デンマーク、そして帰りにスペインのイビザ島とバルセロナ)を訪問する。その際、無限に時間があるわけでもないしツアーに乗って回るわけでもないのでエアーの手配、ホテルのチェックや予約(高級やらデカイばかりが良いホテルではない。ホテルにゆっくり出来る日と夜中に入って早朝移動なんて日にはそれなりに異なった目的となる。こんなことが面倒と言ってしまえばそれまでだが、情報さえあればゴキゲンな旅が出来るのだ。)3時半に田口Emeが彼のメルセデスベンツ”S”500ロング(真っ黒でデッカくピッカピカな車。世間的には一般人とか優しい人という印象はあまり与えないであろう業界人に見える。しかし快適さはハンパ無い!) で迎えに来てくれた。奴のピカピカな黒塗りのベンツが家の前に来ると、やはり近所の目が気になる。(はぁっはぁ~~波田さんはやっぱり・・・怖い人!!)さて、ラリーの打ち合わせは順調っぽかったが会場に入ってステージのセットや再度のリハーサルなどをやった。時間的に余裕がなかったのでキツかった様子だ。ラリーは本当に素晴らしかった。スピーカーの四人も緊張も無く(きっとあったんだろうけど全く感じさせない出来栄えだった。)素晴らしかったし、メインゲストの井利元はバッチリと決めてくれた。(今、ラリーのビデオは製作中なのでお楽しみに!)終了後に出来る裏話だが、実は今回は三回の映像を流したが最初から機械とソフトに不具合が発生して予備の機械も準備はしていたがリハーサルでは完全に不安を感じていた。結局、土壇場で二台の機械ともダメと発覚して担当者は放心!!しかし”捨てる神あれば拾う神あり!”でたまたまDVDプレイヤーを持っている奴がいたんだって。普通そんなものは持ってないでしょ!!後から聞いて冷や汗がタラァ~ンと出た。だって映像を凝ったのにそれが流せなかったら全く別モノとなる。やはり神は見方してくれた。まぁ、今回ほどにラリーの企画に気合を入れたのも久しぶりだし、ラリーを主催するという事の重要さ、また苦労を再認識したということでも重要な意味があった。グループの人達に、もっとスポットライトを浴びさせてあげたいし、キッチリと表彰という形でやったことの偉大さを評価してあげたい。そんな思いは伝わったであろうか。アフターは近所のパーティースペースを堀グループの大谷が探してきてくれてセットしていた。なにせ新潟からもバスで数百人きていたので、そのエネルギーを発散させなくては!!とうことで250人と関係者と考えるとなかなか難しい条件だった。会場はなかなか素敵でとてもこの予算のパーティーとは思えない内容。

シンクビックラリーとパーティーでの真実!!

アフターに関しては一切の関与をしていなかったので進行を楽しみに、乾杯の音頭とともに思いっきりビールをイッキ飲みしていい気分に突入。そのうちボーカルの人がハッピーバースデーを歌いだしたから、昨日の藤田朋子さんのサプライズかと思いヘロヘロしていたら、♪♪♪ハッピーバースデーディア・ケージローさん~♪♪と皆から歌われ・・・・泣いた。泣いてしまった。だって嬉しかったから・・・・・48歳の充分なオッサンが皆からサプライズで祝ってもらえるなんて素晴らしい事だ。その後、藤田が作ってくれたメッセージビデオは過去20年AMをやってきて最も感動的なビデオだったなぁ・・・・というか抱腹絶倒の一言である。本当に楽しい時間だったなぁ。ゲストのイリモトには申し訳ないが主役がボクになってしまった。余興も毎度の福井グループ空手の演武、田口、文彦キノコ隊、古山率いるパーソナル隊の顔面LОCデモも激しく笑えた。ということで実際の誕生日より8日も早いサプライズだったが、企画してくれた皆、参加してくれた波田グループ、堀グループ、福井グループには感謝している。さぁ立派な48歳になるぞぉ~~!!!

メンター林立夫CAへの面会!!

4月28日(金)昔で言うならば今日は最終営業日だがインターネットの注文が31日午前12時まで受けているので営業日としては今日なのだ。業界的には臨戦状態を感じる。昨晩はラリー関係のオーディオビジュアル的な打ち合わせとかで、酒抜きだったせいか朝は快調に起床して早朝から仕事を片付けて午前中はジムで発汗した。酒抜きが気分が良いという事がわかっているならば、飲まなければ良いと考える程、馬鹿じゃない。いや利口じゃない。昼に帰ってシャワーを浴びて、お手伝いさんの敏ちゃんと秘書(実際には社長かなぁ)の土岐ちゃんの昼食を作った。どうしてだか我が社の風俗習慣で、ボクが作るのが恒例になっている。ランチタイムのお客さんは全員で食事をする。ということで午後は流石に月末のやるべき事をこなした。5月のスケジュールの調整、7月のヨーロッパの段取り他、様々な雑務がある。連休には下田でお月見台を屋根の上に作るのでその作業の段取りもあるのだ。月末なので来月の目黒オフィスのスケジュールの最終信も出さなくては!!とナンだかんだしているうちに、夕方になった。 今日はビッグイベントがある。スポンサーの林立夫CAに”個人面談”をしに北鎌倉まで出かけるのだ。

メンター林立夫CAへの面会!!

林さんに出会ったのは27歳だった。かれこれAMを始めて21年が過ぎたが、その間、多大な影響を受けた。ビジネスだけでなく人生にも強い影響を受けた。僕の考え方、判断の仕方、林立夫氏から35%は影響しているだろう。(中島薫氏も35%・・・・他はナイショだ。)等々力から自由が丘経由、東横線特急で横浜で乗り換えて北鎌倉に到着。所要時間は1時間弱で驚き!!本読んだり、音楽を聴いたりと小旅行気分だったが、あっという間だった。想像以上に早かったので北鎌倉界隈を散策した。建長寺だけでなく駅界隈も充分にここは観光地だと実感。しかし京都も良いけれど鎌倉の街がもつオーラはハンパじゃない。こんな短時間でも来て良かったと実感。不思議だナァと思うのは我が家から高速に乗れば1時間チョイで着く同じ町が電車だと違うものに感じられる。そうしているうちに林立夫氏から電話があり駅まで迎えに来てくれるというので駅で待っていたら秘書のヨシタカ君が運転した可愛らしいフランスのルノーの金魚鉢みたいなワゴンで林夫妻が登場。しかしいつ会っても肩肘に力が入っていない夫婦だ。そしてこのお洒落なクルマはなんと犬専用車であった。いや”お犬様”だなぁ。(林家では数頭の巨大から小さいのまで犬がいる。)そして今日は林家の近所の馴染みの廣寿司を予約してあるという。ウッフッフ!!!

メンター林立夫CAへの面会!!

食通ハヤシタツオの行く店はハンパではない。林さんは最近は音楽活動を再開しているが、わざわざ東京の業界人はタクシーを飛ばし、この店で林氏と飲んでタクシーで東京まで帰っていくのだ。ここからのタクシー代は推定2万円だが、それでも銀座界隈の寿司屋よりズット安くて美味しいと評判らしい。驚きなのが林家には現在業務用にマイナス50度の冷凍庫が準備されていて日本中から旬なモノを旬な時期に取り寄せて仕舞いこんであるらしい。(この冷凍庫の秘密は誰か本物の食通な人がいたら聞いてみてください。)ということで数種類のジビエ(野鳥)が持ち込まれ、また生魚にもバッチリ合う赤ワインも三本、そしてシャンペンも持ち込まれた!! なんという贅沢なぁ。店はまるで豪華ではないけれど、やたらに落ち着く。そして両隣にお父さん、お母さんが座った状態で立夫氏、厚子氏が座りスタート。出された料理は当然に素晴らしかった。林氏は肉の調理を料理人の主人と相談している。まあぁ、飲むは食うは、またまた飲むは食うは・・・・6時から始まった宴は12時まで続いた。途中で林さんが面倒を見ているミュージシャンがやってきて食事。なんと店内でアカペラでR&Bを一曲ご披露してくれた。カッコいい!! ということで驚きを超えた一晩だった。今晩、林さんに聞きたかった質問は制覇。というか聞くまでも無く、そんな事を網羅した話をしてくれて、充分に頭の中は整理されたのだ。

メンター林立夫CAへの面会!!

今日、思った事は、林夫妻はこの世で一番、ボクが成功する事を望んでくれているという事だ。アップラインに感謝だなぁ。林夫妻がいなかったら・・・・・・恐ろしいじゃないか。考えたくも無い・・・・ 最高な夜に感謝します。また話し聞かせてくださいまし。 アナタはメンターがいますか!? ボクは幸せだ。 (帰りはなんと玉田君が寿司屋に迎えに来てくれて家まで送ってくれた。乗った瞬間に意識不明となり起されたら東京の家の前であった。本当に有難う!!!!)

ラリーやります! 間違いなくスゴイよ!!

4月17日 朝は自然に目が覚める。野毛の家は信じられない事に東京なのに自然を存分に感じる。なにせ今日の朝は鶯(うぐいす)の泣き声で起きた。朝からホーホケキョなのだ! シャワーをしてバスローブをきたままでコーヒーを飲みながらメールのチェック、インターネットでサラリとニュースを見る。10時に尾山台商店街の魚屋、八百屋に買い物に出た。俺ってなんだか主婦っぽい。実は主婦願望があるのだ。ビジネスマンもかっこ良いけど主婦をバッチリこなすのもカッコいい。今日は昼に堀正樹ダブルと福井F・Eme他数人がウチにやってくる。急きょ、この三人の共同主催でラリーを開催する事になったのだ。ということで第一回のラリーの打ち合わせをする為に我が家にて集結。

ラリーやります! 間違いなくスゴイよ!!

(今回は運営を指揮するデブニー夫妻と波田の第二秘書の藤田、土岐ちゃんも参加) ということで集合時間が昼時なのでランチを作る。みんなで食事をするという行為は”和”が生まれて楽しい。同じスポーツをするも良いだろうし何かの時間の共有も良いが、ボクの場合は食事が特に好きだ。近所には自由が丘もあるしニコタマ(二子玉川)もあるから外食も良いと思うが自宅での食事は自分も和むし客人も楽しんでくれていると思う。食事を作る事は僕にとって楽しい作業なのだ。毎日ではないから余計に楽しめているのかナァ。実際、東京にいる時の食事は外でアポが無い限り自分で作る。決して上手ではないが、その時に食べたいものは作れる程度。ということで今日はパスタ2種類とサラダを作った。食事後はラリーの打ち合わせ。この企画は堀ダブルダイヤの提案なのだが実にグッドアイデアだと思った。今伸び盛りの堀グループはわざわざ本拠地の新潟からバス5台を貸切り毎回盛り上がるという。福井は絶好調な格闘家軍団。チームワークはピカイチなチーム。プライベートでもビジネスでも仲良くしてもらっている。さて、やはりAMのビジネスでは”表彰”という事で人を賞賛するという事は本当に大切だ。自分にスポットライトが当たるということは素晴らしい。そんな機会も作りたいしグループにゲストスピーカーの栄誉を味合わせたい。そしてそれを裏側で企画運営するという事は段取り、準備が本当に大変な労力だがヤリ甲斐はあるしそれを皆で請け負えるということは経験として重要だ。業者に依頼すれば簡単だが、それでは”手作り感”がなくなるしコストがチケット代に反映してしまう。まぁ全ての雑務を皆で楽しもうと思う。しかし進行のタイムスケジュール、ゲストの決定、予算出し、舞台のデザイン、チケットのデザイン、インフォメーション、集計、チケット送付、当日の運営、音楽の選曲、司会者との打ち合わせ、アフターの手配、ゲストの送迎から接待、会計・・・・事前にやる事も当日やる事も山のようにある。しかしそれを段取りよく皆でやり遂げると、感動もひとしおだ。ということで大分、皆の意向もわかったし、やるべき事も理解出来た。藤田はお見事なまでに皆の仕事を整理し議事記録をつくりメールで配信していた。(結構AMディストには苦手分野だが流石に元、某起業のスーパーエリートは違う。)第一回のミーティングは終了して皆の方針なども見えてきた。この企画は最低二年(年三回なので六回は続ける。従って一回目で調子がつかめれば、次回からは慣れてくるので楽なのだ。) 15時からマブダチ河名が我が家に来て”お野菜ミーティング”をした。河名はもう27年の付き合いになる。今はナチュラルハーモニーという無農薬野菜の流通を主宰し全国に農業指導に駆け回り、また韓国からも要請が来て農業指導に行っている。彼は正しい農業のありかたを伝授する代わりに、その作物を買い上げて独自の流通で会員に販売している。(当然ボクもここで野菜を入手しているが抜群に旬でヤル気満点の野菜は美味しい。)河名からの情報は本当に日本の食文化の持つ危険性を教えてくれる。その問題から危険回避をするのは自覚しかないのだ。(この話は深いし長いし激しいので今回はしません。とてもセンシティブな話題だし・・・農家が自分で作った野菜は食わない、又は自分達用の野菜は別で作っている事実をどう思う!?)いつもながらに感嘆深い時間だった。 夜は目黒オフィスで若者ミーティングをした。このミーティングは以前に書いたが服部テッちゃんEmeと沢目DDに手伝ってもらい開いている。僕もそうであったが初めて会場でマーケを人前でした事を忘れられない。そんな機会というかキッカケ、度胸付けは大切なのだ。シンノスケも古山もここでデビューが出来た。心臓が口から出そうになっていたが立派なDDになるためには必要な経験なのだ。毎回ハラハラするし、新規がいたらヒヤヒヤもする。自分がやったら一番早いと思うがそれではリーダーシップの移行にはならないしリーダーは育たない。”やってみせ言って聞かせてやらせてみ、されど人は動かん”(山本五十六)という言葉がある。(たぶん、あってる!?)人に勇気とヤル気を与えてこそ人は育つのだ。次世代、そして次々世代へのビジネスの継承は一歩ずつながらも進んでいる。人生にはその時の”役目”があるのだと思うこの頃だ。

考えている!動いている!そして夢に向かって進化の”タク!”

3月29日(水)朝起きてから、ゆっくりした時間を過ごした。宇宙の朝ごはん・プロテイン飲んで、コーヒー飲んで、植木に水をあげて、音楽聴いて庭の緑を眺めて、携帯でメールをチェックして・・・・こんな平日の平和な朝が好きだ。ある意味、こんな平凡な朝を過ごしたくて仕事を頑張ってるのかナァ・・。忙しいという言葉は悲しい。だって忙しいとは心が亡いと書くのだ。心が無い仕事って淋しいよねぇ。さて今日は山崎拓巳FCAにランチを申し込み、スケジュールが合ったのが打診してから約三週間後の今日だった。タクは忙しいのだよ。(オレも忙しかったけど・・・・) FCA、アーティスト、エッセイスト、講演活動、もう著書も10冊目で本物の有名人なんだよね。さて今日は格闘家・福井と角田カクちゃん(東京芸大出身で山崎拓巳FCAと同じ三重県の出身)を紹介する為のランチだった。しかしタクの精力的な動きにはアッパレだ。最近、出版した”山崎拓巳の道は開ける” (なにせ新しい著書の”道は開ける”はなんとツタヤのランキングで一位になっている。)が素晴らしく勉強になる本だった。やはり精力的に生きている分、面白い話が沢山入ってくるのだ。今日は四人で麻布の海南鶏飯食堂でチキンライスを食べた。このお店はいつかホームページで紹介するが本当に美味いシンガポール風(海南省の味というのが正しいかぁ。)で美味しい店なのだ。そして面白い情報満載な会話の時間だった。なんと言うか、タクは本当に何かをいつも考えて行動し、何かに向かっているのだ。会うほどに自分のモチベーションが上っていくのを感じられる。進化するヒトはカッコいい! その後、ちょうど近所にいたので、麻布十番のマンタニ・グループのヘアデザイナーにしてFDDの鈴木マキちゃん宅(というかアトリエ)を突然に訪問させてもらった。(電話もしないでセールスマンみたいにいきなりピンポンした。ゴメンナサイ!) このアトリエは本当にセンス良く使われている。(マキさんはタクFCAのヘアーカットもしている。)本当に信じられないが六本木ヒルズから三分の長屋(本当に長屋)で一階を美容のアトリエにして二階が住居になっているのだ。東京にはまだこんな下町情緒満々な場所が沢山残っているが、家の前の下町的な路地からの風景に、そびえ立つ六本木ヒルズのビル郡を見上げると感動する。東京はメトロポリタンなのだ。本当にいい迷惑だと思うがマキちゃん宅も角ちゃんにも見せてあげたくお茶をさせてもらった。とてもレトロ感いっぱいのこの部屋はやたらに居心地が良いのだ。マキちゃん、本当にありがとうございました。そして角ちゃんとは解散。せっかく六本木まで来たので大好きな複合店舗のアクシスの中の雑貨店のリビングモチーフで数冊の洋書を購入したり、便利キッチン・グッズをチェックした。その後は一度、野毛の家に戻り山盛りの事務仕事をした。手紙を数通、メール返信を数十本、旅行社との7月の北欧旅行の打ち合わせ、4月のスケジュールの調整と決定、ウェッブデザイナーのウマ君との新規の携帯サイトの打ち合わせ・・・・・・やることはいっぱい。軽く和定食を食い目黒オフィスのミーティングの準備をして出かけた。夜はLM(リーダーミーティング)が20時から目黒オフィスで行われた。波田は結構しゃべったぞ。というか本当に幸せだと思うがこうやってリーダーミーティングで人前で、しゃべっていると自分の考えが色々とまとまってくるのだ。当然に話す内容はある程度は決めておくが、結構、そのときに急に感じた事とか経験を話すパターンが多い。今日も沢山のグループや他系列でバッチリと盛り上がった。パーソナルの面々は最近、フォーカスがピタッと合ってきている。シンノスケは立派になってきたし古山グループもだんだんと意識が高い人間が増えてきている。陽介もメグもいい感じ。エミも爆発! そろそろ次の系列も考えなくては!! 明日からパーソナルレッグ増強キャンペーンでもしよう!! 夜寝る前に最近は今日会った人への感謝を思い出して寝るようにしている。なんだか良い睡眠が出来るんだよね。今日も多くのいい人との出会いがあった。ありがとう!!!