いろいろな場所に旅していると、『いい街だなぁ!』と感じる場所がある。だいたい、そんな場所に住む人々は、自分の住む街が大好きだ。住民から愛される街・・・そんな街に住みたい。もちろん東京というひとくくりもあるけれど、もう少し狭い”街”だ。 思い起こせば世田谷のハジっこの田園調布で生まれた。この話もかなり笑えるし、我が家の強運ぶりがわかるが、ジイ様は貿易商を営んでいて、それこそ昭和初期をアメリカで過ごし、昭和10年代に帰国。その時に購入したのが東京の郊外の田園地帯(聞こえがいいけど田んぼに畑!)。当時は環状6号線の外側に住むなんてありえない話だったそうだ。ましてや環状7号線どころか8号線の外側なんて、ありえないと!でもそこでイギリス的カントリーライフを実践しようとしてたらしい。そこが後から澁澤栄一の田園調布計画にスッポリとギリギリに入り田園調布の住人になれたと。ジイさん達はある意味、先住人だった。(笑)だから今の田園調布とは全くの別物だったらしい。ジイさんも強運だったのだ。

話は飛んだが田園調布から結婚して世田谷区の等々力へ、そして目黒区の柿の木坂、世田谷区弦巻、世田谷区岡本、世田谷区野毛と移り住み、現在は駒沢に引っ越した。(ウチはエリアでは駒沢なんだけど住所は道を一本隔てて目黒区東ヶ丘になります。) 駒沢は柿の木坂のマンションに住んでいたときから大好きだった。とにかくオリンピック公園を中心として、やたらに”氣”が良いんですよ。という事でボクが駒沢に住んだ10の理由! ジャーーン!! ① 駒沢オリンピック公園が近い!(とてもヤル気のある公園です。) ② 駒沢駅が近い!(東京生活には電車は必須!渋谷から3駅で7分) ③ 大好きな魚屋”神田屋”が近い。(笑い事ではない重要なファクターです。) ④ 三軒茶屋が近い!三茶は深い!!いい店がハンパなくあるんです。 ⑤ 駒沢公園の都立のジムがある。(たった450円で最高な施設!) ⑥ 自由が丘が近い!歩いても20分!なにかと便利。 ⑦ 東京駅まで30分、羽田まで40分、日本中どこでも行ける! ⑧ 渋谷も近い!それなのに緑がイッパイ! ⑨ 東名高速も第三京浜も近い! ⑩ スーパー成城石井が近い!良いモノ売ってます。

それ以上に駒沢の住人は駒沢を愛しているという事実。近所の人もいい人が沢山!初めて行った八百屋で買い物をしようとしたら、ジョギング途中でお金がなかったから後で来ると告げると今、持って行けと・・・アナタはどうせ近所でしょ!と。最近の東京では聞かない話。ジョギングをしようと歩いて1分の駒沢公園に向かうと、あちこちから公園に向かうランナーと出会う。いつ何時に行ってもランナーがいるので、こちらもヤル気になるんです。 大前研一さんも人生変えたければ引っ越しだ!と言ってます。(別に変えたい訳じゃなかったけど・・・) とにかく人生の中心は東京! そこでの基地としての生活をここで楽しみます。
オレには大切な”旅友達”(たびとも)が数人いる。人生の中で153カ国を訪問したいと夢に思っているオレには絶対に必要な仲間だ。 若かりし頃はバックパッカーで世界中を一人で旅したし、それはそれで最高な想い出だった。しかし年齢とともに、なかなか一人旅っていう気分も盛り上がらないし、同じ美味しいメシを食うにも、夕焼けを見るにも仲間がいたら一層楽しいと思えるお年頃だ。だがオレの行きたい場所は、変態極まりない様な場所ばかりで、家族や普通の友人、知人にとっては危険感ばかりで決してバカンスとかレジャーとかとはかけ離れた場所ばかりで、一緒に行ってくれる仲間なんて限られてくる。それに旅の目的も説得力も魅力も何も無い。それは『どっか行こうゼイ!』で始まる旅だからね。
という事で3月の下旬に今回は現在三人のタビ友と、変態旅行友の会が開催され、満場一致で ”中近東”が選ばれた。 その理由は ①行った事が無い! ②まわりで行った事がある奴がいない! ③なんだかヤバそう! ④異文化感は最強! ⑤7~8カ国をまわれる! 以上だ。詳しく述べればレバノン、死海、ギザ、エジプトのピラミッド、カッパドキア、などは見ておきたいではないか! ちなみに調べれば調べる程にシリアは紛争地帯なので止めた!(笑) しかし政治的にも宗教的にも世界一、ややっこしいエリアなので段取りも簡単ではない。まず大手のJTBだぁ、日本旅行だぁでは何ともならない地域! ネットで調べればイスラエルの入国スタンプがあるとヨルダンには入れないとか、大丈夫だとかビザは取るべきだとか不要だとか・・・情報が多くて惑わされるんですよ。あとスムーズに旅をする為にも、貧乏旅行的なヒッチハイクなんてありえないし、段取りも大変! そんな時にパワー全開なのが人間ウィキペディア、人生に万能な男、玉田君だ。玉田の情報収集能力はズバ抜けていて、もともとソ連のKGBで情報収集が仕事だったと言っても信じるくらいにスゴいんです。そんな人が身近にいると、完全に頼ってしまうのはオレだけかぁ。とにかく頼りになるんです。(神谷アンドリューの情報収集力と段取り力もスゴいなぁ!昨年の東ヨーロッパ15カ国歴訪ツアーなんかその二人の英知のおかげで、どの街に行っても前にこの街に来た事が数回あるって誤解してしまう程に熟知していたよ。)という事で7月初旬の変態ツアーの準備をしています。 どこかオススメがあったら情報を下さいね。 また参加希望の少し経済力がある、暇がある。バカ話に付き合える。暴飲暴食が好きである。自立している。そんな方がいたらウエルカムですよ。
人生は賞味期限付きで一回だけ! ご一緒にいかが!?(笑)
日本→イスタンブール→ベイルート→レバノン→ヨルダン、アンマン→ペトラ→砂漠でテント宿泊→死海→イスラエル、エルサレム→アンマン→カイロ→ギザ→キプロス→ラルナカ→イスタンブール→カイセリ→カッパドキア→イスタンブール→日本! 全行程で15日間!
荷物は片手でもてる機内持ち込みの小さいバッグ1つだけ! スーツケースなんて無縁! 着替えも持ち物も限りなく最小です。
これはウチだけの家風なのであろうか、親戚とか兄弟って意外に待ち合わせしてまで会わない。ましてや男ばかりの場合は余計、そうなのかもしれないなぁ。 決して仲が悪い訳ではないし、それぞれが会えば話は盛り上がるのに。
三歳違いの兄貴、健太氏と四歳違いの従兄弟の光宏君とで青山のイタリアン・サバティーニで待ち合わせをした。 別にナンの主題がある訳でもないが・・・まぁ、たまにはね! 久しぶりだしねっ! という感じのディナー。オレが言い出したんだけどなかなか、ここまでに至るのに随分と時間を要した。
ウチの母方の婆ちゃんが鎌倉の由比ケ浜に暮らしていたので、夏休みと言えば親戚一同がそこにて集っていた。 毎年、夏休みのそこでの楽しさったらなかった。今でも沢山の想い出があるが、そこの中心にいてガキ共を一気に取りまとめていたのが光宏君で、その参謀を努めていたのが健太氏というポジションだった。 そしてウチのオフクロの一番下の弟の大学生のヒロシオジ(叔父)が相談役という役柄だった。そのヒロシ叔父がクルマ好きという事で、光宏氏兄貴とオレはかなりの影響を受けて、クルマ好きになったのではと思う。とにかく小学生時代の夏休みの最初の日から最後の日まで鎌倉で過ごしたので、夏休みの想い出は”従兄弟達と過ごす鎌倉”のみだったのだ。
そんな大親分の光宏君(今では趣味が高じてマニア系のクルマの販売を行っている。)参謀の健太氏との大人になってからのワインを飲みながらの会食なんで面白いに決まっている。
子供の頃には謎だった親戚関係の事とか色々わかってきたし、忘れかけていた想い出も沢山、蘇ってきて懐かしさイッパイになった。しかしよく考えると子供の頃と何も変わってはいないかと思う事ばかりだ。 当然に、昔話に花が咲いた3時間はアッという間で、なにか名残惜しい別れになった。
またねっ! て挨拶して別れたけど・・・またあるかなぁ。 なにせこの53年の間で初めての事なんで・・・
引っ越しは好きかと言われれば・・・『好きだ!!』 なんだか人生がリセットされる気がする。世界的に有名な経営コンサルタントの大前研一氏も人生変えるなら引っ越しだと言っている。 思い起こせば生まれ育った世田谷区の実家から初めて出たのはやはり世田谷区の等々力、そして目黒区の柿の木坂の古いマンションを総リノベーション、世田谷区の上馬の280?のマンション(笑)、世田谷区岡本の一軒家、世田谷区野毛の一軒家、今回は目黒区というか駒沢に位置する小さなビルの新築という経緯だ。 思い起こせばどの家の様々な思い入れがあるなぁ。 という事で、今回は6年ぶりの引っ越しなのだが、完全にナメていた。思ったよりズッと荷物が増えていたのだ。整理しながら積み上がった段ボールは100個以上で引っ越し屋さんも呆れ返る始末。最初に来てくれた引っ越し屋の営業マンは段ボール50箱で収まると言ったが・・・結果、2トンロングというトラック二台体制で挑んだのだが、それでは載り切らずに、引っ越しの当日に、後から追加でもう一台のトラックが来る始末。(笑)・・・しかし、この家は家族は住んでいない男の独り住まいなのにね!(家族は静岡県の沼津市です。さすがにそこにはボクの荷物はありません。) ”断捨離(だんしゃり)”なる言葉が流行って久しいが、相当に気合いを入れて荷物を捨てまくったが・・・最後は収まらなかった。特にキッチン用品と洋服には相当にたっぷりとパントリー(キッチン脇にある収納部屋)とウォークインクロゼットを用意していたのに・・・引っ越しの最中にも、またもや断捨離を遂行っ!! 捨てて捨てて捨てまくり一応は収まったが・・・(笑) 少し買い物に対しての姿勢も考え直さなきゃなんて思いながら・・・でもそれぞれに気に入って気持ちが合って買ったモノばかりなんですけどね。 引っ越しから4日目にしてなんとか収まったが、まだ開かずの段ボールも存在するし。

あと本がものスゴい数になってるんです。(笑)これどうやって捨てればいいのかなぁ・・・とにかくこれからの人生は断捨離を遂行して行く事を決断っ! 身も心も持ち物もスッキリとして春を迎えますよっ!! 引っ越しは楽しい。というか、生活をするという事は本当に楽しい事だ。
香川県の高松に久しぶりに行った。仲間が沢山いて、実に楽しい町だ。 『香川県ってどこだ!?』と人に質問をすると、意外や意外、即答する人は少ない。(笑)そんな質問をすると日本の教育システム、地理&社会の詰め込み教育のひずみを感じる。という位、世の中的には香川県の認知度はいたって低いかもしれない。(一応、答えを言えば四国の右上の県だ。) しかし、知名度こそ低いが、その香川県は実に魅力的な県だ。まずは美味しい”讃岐うどん”がある。香川県人は来る日も来る日も”うどん”を食らう。一日一食は当たり前! あるうどん屋は早朝8時から営業し、朝からお客でにぎわい、深夜も”うどん”、飲んだ後も”うどん”だ。本当に奥深い世界がここにある。(そう言えば”うどん”という名前の邦画があった。深いんですよ!) そうそう、ボクの大好きな料理屋もある。 世界のイサムノグチが晩年に毎晩通ったという店だ。ここのセンスのいい店構えには脱帽だ。カウンターに座るとイサム先生の生前に通われた頃のエピソードを聞かせてくれる。メシは四国の地元田舎料理で素朴ながら本当に美味しい。
http://www.keijiro.co.jp/3144
そう!! 世界で名声を博したイサムノグチの工房もここ高松。家具デザイナーの巨匠であるジョージナカシマも、素晴らしい木材と職人芸がある事から高松に住み、創作活動をしたのだ。
イサムノグチ http://ja.wikipedia.org/wiki/イサム・ノグチ
ジョージナカシマ http://www.sakurashop.co.jp/products/nakashima/
そして、瀬戸内海の美しさといったらハンパ無い。内海(外洋に面していない。)のでとても静かなんです。そこには世界的に有名な瀬戸内アートフェスティバルが開催される直島などの島々があります。という事で文化レベルも超高いんですよ。そして、その動員数はハンパ無いんですよ! なんと105日間で93万人が世界中から訪問したそうです。
http://www.benesse-artsite.jp/
だいたい地図で直島を確認すると領土的には岡山県だと思うんだけど、ここは香川県なんです。
http://www.benesse-artsite.jp/access/index.html
魅力を上げたらキリがないのが香川県。ネバリ強いと言われる県民性を持つ愛らしい県である香川。 ラブ香川県!! アナタも是非一度、訪れてくださいな。大好きになりますよ!! 香川で過ごす時間が好きです。今年の夏は瀬戸内海の無人島巡りをします。 という事で香川県観光協会のマワしモノ的な日記になりました。(笑)
ナンと言いましょうか・・・iPhoneを買いました。 iPadもMac(ノートブック型のエアー)も使っているのに、何故か電話だけはドコモだったんです。その理由はソフトバンクの電波の悪さ。田舎に行く事も多々ある生活をしていると、電波が悪い電話なんて致命的なのですよ。だからガラケー(スマートフォンではない携帯電話をチマタではこう呼ぶのだ。ガラケーとはガラパゴス携帯の省略形デス!)なんて呼ばれたって気にもしないで使っていた。でも横目でiPhoneを見ながらイイナぁなんて思いつつも、電波の悪い地域の事を考えると・・・・かなり迷える子羊状態。 そんな時に、ある解決策を聞いた。香港またはタイで購入したiPhoneをドコモのキャリアで使用するという荒技だ。(これはシムフリーというシステムです。日本で販売されるソフトバンクのiPhoneはシムを入れ買い出来ない様に操作されている。) このシステムを使えば高性能のiPhoneをバリバリなドコモの電波で使えるという無敵のモバイルになるのだ。 という事でツイッターで香港に行く人を捜してお願いした! なんと一週間後にはiPhone4S、64をゲット。(香港で買いに行ってくれたF親子には本当に感謝です!) そして電話機の乗り換え作業は、メールの件数の減るお正月あたりにした。(これも田園調布のT君に大変お世話になりました。) という事で、iPhoneを手にする事になった。 実は、それ以上にキッカケになった事がある。それはアップルの亡き創業者スティーブジョブズの伝記(分厚い上下の二巻)を読んだ事に発する。あえて内容は書かないが、デザインとは何かを、本当に考えさせられる本だった。そんな事を考えていたら、少なくともデザインを昔は”生業”にしていたモノとしてドコモを持つ事が間違いの様に思えてきたのだ。(という程までにスティーブジョブズのモノを作る、デザインする哲学とはスゴいものなのだ。) 結果、一ヶ月以上が過ぎて本当に気持ちの良いネットライフとなった。数々のアプリによって仕事は劇的に進化! 道具に使われない、道具を使う生活は素敵です。
9月7日(金)この日はYちゃんのクルーザーに乗せてもらって夏の最後を楽しむ算段だったのだが、なんと彼のクルーザーがかなり重傷な故障ということで急遽キャンセルとなった。でも気分は完全に大海原、それに友達のヒロ夫妻も誘ってしまって、なんと彼女は会社まで休んでしまっている。・・・・どうしよう! あぁぁ??久々の公君に頼んでみよう! と言う事で電話したら快諾してくれた。公君は油壺マリーナに友人と30フィートのセーリングヨットを所有しているのだ。

朝の8時半に自由が丘で待ち合わせしたヒロ夫妻。なんとほぼ手ぶらだし!! オマエらこれから海に海水浴に行くんだぜぇ!?(笑) まぁナントカするかぁ。という事で一路、湘南を抜けて葉山の先の秋谷海岸のオンザビーチの家にて暮らす公君をピックアップ。そして油壺へ! 油壺は三浦半島の先っぽ。素晴らしいヨットハーバーが並んでいるのです。その中でも特に素晴らしい油壺マリーナ。ここに公君達が数人で所有するヨットがERICKS 。(実は10年少しまえまでボクもそのメンバーでした。)50歳以上の方ならば誰でも知っているE,H,ERICK氏(E,H、エリック氏)が旧オーナーでエリックさんが我々にヨット航海技術のノウハウを教えて下さり、そして船を譲ってくれたのだ。当時の我々の年齢は28歳・・・随分と生意気な20代だったんですよ。(笑) 昼メシを三崎港の漁港の定食屋ですませた。そうそう途中のスーパーでヒロ夫人は全てで5000円程度の水着も購入。

久々のセーリングは本当に気持ちが良かった。風はあまりヨロシクなかったけど、ぎりぎりセーリング。そしてシーボニアの入り江にヨットを停泊させて和み大会。 海水浴にお昼寝、読書と素晴らしい時間を過ごした。公君はつい7月中旬に100日間の世界一周豪華客船旅行から帰って来たばかり。そのお土産話なんて最高に面白かったなぁ。あのまったりとした時間は体験しなければわかりません。本当に幸せの極地。 帰りは林ロータリーにある唐揚げ専門店の三平、そしてその裏でモツ鍋食べて、またまた公君宅で飲み直し・・・いい一日になりました。 公君、実に幸せそう! 本当にありがとう!! 一緒に行ったヒロ夫妻もクルージング初体験で本当に楽しんでました。 幸せな毎日×365日 そんな積み重ねの一生にしたいもんだ。
8月28日は沖縄にいた。本当はこの三日間は友達8人で巨大ヨットをレンタルして離れ小島の慶良間諸島あたりの無人島をクルーズしてキャンプ&ダイビングするというお楽しみスケジュールがあったんだが、台風ともろに当たってしまい中止となり、スケジュール変更。東京から来ていたオレは2日間、沖縄で過ごすしか無くなった。まぁ、一生に一度の事ではないから大丈夫! きっと何か良い事、楽しい事があるに違い無いと思っていた。 夕方までは友達とお茶したり、映画を見たりと過ごした。 早い時間に待ち合わせしてローカル友達の大平とダイビングシヨップ、オーナーの古山兄ちゃんとで栄町に飲みに行く事に! この栄町のディープさったら日本一。今この平成の時代になっても赤線(一言で言えば売春宿)がおもいっきり存在する世界。そこにある飲み屋や居酒屋も昭和初期で時代が止まっている世界。その中でも特筆に値するのが”便利屋”という名前の小籠包(しょうろんぽう)や水餃子を提供する店。元々はお惣菜屋であった店を居抜きで借りて、面倒なので名前はそのままという超テキトーな店。(オレの想像)なのに味はピカイチなんですよ。そこには正式な食べる為のイスとテーブルは無くて、近所の八百屋や総菜屋が閉店したあとの商品陳列台を利用して勝手に食うシステム。当然に予約なんて無いので早く行って陣取るしかない! という事で暇なオレ達はまだ明るい6時前に行って陣取って待機。そこに大平達の新しい友達が数人混ざって飲み会がスタート。今日の初対面は某国営放送の女子ディレクターさん。かなり飲み会も盛り上がり始めて、彼女と共通の趣味の旅の話題に! 彼女が『私、モロッコに行きたいんです!』と言った瞬間に、何となく見上げた視線が店に並ぶ列に見えた顔はなんと、なんと、旅人のリエ! お互いに目があってビックリ仰天!!『あぁぁ!リエっ!!』『ええええっ!ケージローさん!!』 数年ぶりの偶然の出会いではあるんだけど・・・彼女との初対面はモロッコのフエという世界遺産である広場の屋台。彼女は真の筋金入りの旅人で、なんと一人で世界中を三年間近く旅している途中で出会ったのだ。話せば長いがモロッコ男に追い回されてヘキエキとしている時の出会いだったんです。そしてモロッコで2日間、ポルトガルのリスボンでも会ったりして遊んでました。その後、数ヶ月後に彼女は帰国。それだけ旅してもまだ足りないらしく、あと一年以上かけてアジアを回れば満足との結論。看護婦とは結構な職業で何処でも働けるらしく貯金目的で集中して勤務して一年で◯百万円を溜め込んで、東京の全てを引き払い、またアジアに旅立ったのだ。その際、携帯電話も切り、唯一の連絡手段はミクシィだったが、オレにはミクシィは未開の世界。まぁ縁あればまた会うだろう・・・程度の別れだった。そのリエとの再会がまさかの沖縄。彼女は日本に帰ってどうも東京の生活は食指が動かず。そしていきなり沖縄を選んでこの春から生活を始めたと言う。この二年間の間でオレも携帯のアドレスを変更したりと連絡が途絶えても仕方が無い状況。 そんな中での偶然だ。それはそれは感極まる時間だった。再会は19時で、そのまま盛り上がって解散したのは日にちも変って26時・・・ 偶然なのか必然なのか、まさかの沖縄、まさかの台風での予定変更、まさかの栄町の便利屋、まさかの時間帯、もう偶然とは思えない。 それで何だってわけじゃないんだけど・・・(笑)
2012年8月25日 悲願の大曲の花火競技大会に行った。この企画、寒い寒い冬場に提案されていた。秋田県の能代という場所でミーティングをしていて、その時に斎藤さんという現地でかなり力のある素晴らしいリーダー御一行が遊びに来てくれて、その時に大曲花火競技大会の映像を見せて頂き度肝を抜かれたのが最初だ。そのiPadでの映像・・・分かりやすく言えば普通の花火大会のフィナーレの部分が10倍、いや20倍になって、それが4時間近くも続くという代物。 映像だけでビックリ仰天だった。そんな場所での軽い口約束・・・それが実現したのだ。もちろんそれだけでなく大きな、秋田県始まって以来というスケールのラリーも翌日に開催。(ただでは帰れない!)

その日が来た。新幹線の車内は当然に満席。新幹線のチケットは発売日の当日に瞬間的に売り切れるらしい。 隣の席の家族は東京から秋田の大曲までの四時間弱の間、永遠に花火の話題であった。どうも聞いているとこの参加が初めてでは無い様子。いわゆる熱狂的なリピーターっていう奴だ。 何せこの花火大会、80万人という参加者だ。桟敷席だけでもその数で、売り出されていないフリーな場所をいれたら100万人を軽く超える参加者があるイベント・・しかし簡単にヒャクマンニンと言うけれど東京ドームの満席の20杯分・・・それが平たい川原に座っている迫力ったら想像の域を超えてるのだ。こんなに一度に人間を見たのも生まれて初めて。 そして、このイベントは花火大会ではない。”花火競技大会”なのだ。全国の花火師と花火会社28社が競い合い順位を決めるというもの。という事で各社、自社の威厳をかけて最新作、および最高技術を披露しあうという究極の祭典なのだ。

5時からスタート、まだ明るい時間は昼花火なる物が披露。そして暗くなった19時から三時間半にわたりものすごい勢いで花火が打ち上げられる。それぞれにテーマが決められ、音楽が選ばれ演歌っぽいものからエグザエル、AKB48、葉加瀬太郎のバイオリン・・・と様々な演出が繰り広げられるのだ。その迫力も超ド級で、もう視野にも入らないくらいにデカイのだ。一つが直径300メートルを超える。音もハンパ無くドドォーーンと地響きと共に身体に響き渡る。桟敷席では斎藤君の仲間が様々なお弁当を準備してくれてビールで枝豆を食べながらお弁当をつまんで、実に至福の時間を過ごした。(改めて斎藤チームの方々、感謝です。)

ただし人口4万人の街で訪問者がたったの一日に10万人、そのインフラのパニックぶりはハンパ無し。道路はムチャクチャ、駅もグチャグチャ、トイレは長蛇、迷子は泣きわめき・・・これだけは避けて通れない世界。良い席程前なので遠いのは事実。 でもそれを差し引きしても充分に見る価値があるのが、この大曲の花火大会だ。 この花火はテレビでも放映されていたと聞く。でも花火好きならば一度は”生”で見るべきイベントだ。 ドデカイ花火がド迫力の地響きとともにドバッと開花しまくり真っ暗な夜空が明るくなり、見物客100万人が同じ色の光で包まれる。一瞬バックライトで人々の顔が見えるのだが、観客全員が静かにウットリとその花火を見つめている姿・・・まさに平和の象徴の様な光景でした。 みんな平和で嬉しそうな顔に見えたんですよ。

実は花火ももちろんですけど、その観客の嬉しそうな顔100万人分に感動もしました。 とにかくどんなに素敵な写真でもあの迫力は伝え切れないでしょうね。是非、一度の人生のどこかの夏休みにお出かけください。 新幹線、飛行機の予約だけはお早めに! 参加者全員本気ですから!(笑)
大曲全国花火競技大会 http://www.oomagari-hanabi.com/
2012年7月16日 オレの唯一の弱点・・・時差に弱いのだ。・・・という事を思い込んでしまっている事。毎回、これで苦労している。海外旅行から帰って3~4日経っているのに昼間にいきなり強烈な睡魔、夜中にいきなり起床!そのまま朝まで、そして翌日は眠たい一日を過ごし、我慢出来ないで寝たら、また深夜に起きてしまうという始末・・・誰かオレの過去の”思い込み”のトラウマを外してください。(笑)

中近東(ヨルダン、レバノン、イスラエル、エジプト、トルコ・・・)の旅から帰国した。機内では時差対策の計算をして適度に寝たりしてすごした。寝過ぎもヤバいし、寝不足も帰ってから危険。午前11時に成田空港に到着して友達ポテチンが迎えに来てくれて、そのまま蕎麦屋に突入。(蕎麦に飢えていて、見る夢は蕎麦ばかりだった。) 午後もまだ睡魔は大丈夫! そのまま東京の家まで送ってもらって不在中のお仕事をして、倒れそうになるけど大丈夫。シャワーを浴びて(飛行機で帯びた静電気を抜くのはシャワーが一番。) 意識が完全に時差ボケに負けている! 沼津の家に戻る1時間15分の高速道路の運転も眠い様な眠くない様な、なにか頭の中を『ボォ~~~~』という音が鳴っている。夕飯をすませて夜の11時になりだんだんと睡魔が~~おお!いいぞっ!このまま爆睡6時間だぁ! と信じて就寝。『おおっ!良く寝たっ!!』と起きて時計を恐る恐る見てみると~~夜中の三時。そしてそのまま寝られないでベッドのなかで『羊が一匹、羊が二匹・・・』こんなのが4~5日は続くんです。オレって繊細!? いやただメンタルに負けてるんですよ。完全なる思い込みだと思う。 だれか、この時差ボケ対策を教えてください。 だいたい時差ボケしても問題にならない生活をしているのも問題なのかな!? こんな時、自由業は辛いのよ・・・・(笑)メンタルだけは強靭な自信があるのに、なぜか時差ボケだけは思い込みで負けてます。 結局、今回は7日目に通常生活に復帰!! 長かったぁ~~ このメンタルブロックを誰か外してちょうだい!!
PV-BV Corporation. Presented by Keijiro Hada