「日記」カテゴリーアーカイブ

ハワイはええわぁ~~~~

やっぱりハワイはいい!! 世界には山の数程のリゾート地がある。 コートダジュール、エーゲ海、シャモニー、カリブ海、タヒチ・・・・・いくらでもある。 写真で見ればどこも最高だ。初めてその地を訪れれば、それはそれで感動はある。別の意味のリラックスだろうか。 ハワイは日本から近い(アメリカ圏、ヨーロッパ圏と比較して)ということもあり馴染みが深い。 従ってたいした緊張もない。 その割には目新しく、そしてなにより親日的である上に、ガイジンが偉そうにしていたりしていない。(オレのコンプレックスかなぁ!)  そりゃ毎日、キレイな景色を見て、美味しいものを食べて、適当に興味の向くままに観光して、サーフィンして、友達とオバカ話に花咲かせ、昼寝して、適当にゴロゴロしていたら、どこにいても楽しいに決まってる! そのリラックス感においてハワイは最高だ。とにかくハワイが嫌いなんてヤツはそうはいない。

ハワイはええわぁ~~~~

11月、東京が少し冬の様相に変わり始めた頃にハワイを訪れた。今回はシンクビックラリーの“お疲れさん!今後もヨロシク!”的なツアーだった。堀正樹チームは毎年恒例のツアーにひっかけて約20数人で参加。波田はラリーのスタッフ、オフィス・スタッフ。そして福井チーム。ただし、千葉タダシ(通称ちーただ)は成田空港でパスポート切れが発覚して、出国することもなく強制送還!(笑う!) (波田の携帯ブログを読んで全国の多くの人々がパスポートの期限を改めてチェックしたと聞いている。) ということで夜飛び便(夜遅くに出発する便で、ハワイに朝着くので非常にラクチンな時間帯)で一路、ホノルルへ!! ホノルルの日々は、これと言って“何かをしなくてはならない”的なモノもなくサーフィン→食事(パンダクイジーヌで飲茶、中華、ハレベトナムでヘルシーアジア、ショワバードでステーキ、オノ・ハワイアンフードでローカルめし、それを挟んでスタバでお茶、そうだ蕎麦の松源もあった。)→アラモアナやワイキキ界隈で買い物→ノースショアにドライブ・・・そんな日々であった。 初参加者は勢力的に観光をしたようだが、波田はそんな意欲はわかなく、ひたすらにトローリ、トローリとした生活だった。 それがハワイの素敵な楽しみ方と認識している。

ハワイはええわぁ~~~~

ハワイはサーフィンのメッカだが、ワイキキの波は本当にいつもメロー(優しい波、ガンガンと乗る、攻めるというタイプでなく、優雅に乗るタイプ、通常は1つの波に一人が鉄則だが、ここだけは関係無しに一本の波に皆で乗って盛り上がれる。)というスタイルで楽しい。日本だと少々ピリピリした空気があるが、精神的にもユルユルなのが本当に楽しい。 そんな日々は素晴らしかった。何度行っても楽しいハワイ! ニッポン人の憧れのリゾート=ハワイという図式は永遠だろう。そんなリラックス&エンジョイなハワイに楽しい仲間と行かれる!! これが最高でなくて何が最高であろうか。

おかげさまで50歳! ありがとう!

波田ケージローは、おかげさまで50歳を無事に迎えました。みなさん本当に、ありがとうございます。50歳になるためには特に何の努力もない・・・年月、月日という時間の経過が解決してくれる。でも”充実した・・”となると話は別でしょ。これは完全なる自己申告性の世界で、ジャッジするのは自分自身ですよね。ボクは本当に充実した素晴らしい日々の連続でこの50歳となる事が出来たのが嬉しい。 先日のラリーでゲストスピーカーで登場していた堀正樹ダブルの秘書の林美樹さんが、堀氏との仕事中のエピソードでこんな会話があったと言っていた。 『堀さん、この書類どうしましょう!?』『オレの人生にバックミラーは無い!捨ててくれ!』・・・だって!あまりにカッコいいではないですか!(笑!) 中島薫DCAは言っていた。『過去は生ゴミ!』・・・・とは言え、なんとなく過去をじっくり思い出した50歳の誕生日だ。だって50歳は半世紀とか呼び名がゴージャスじゃないの!あまり過去を懐かしむ方ではないけど今年ばかりは考えた! そして、それが一つの”出版”という形になったのだ。 40歳の時に”人生の折り返し地点”なんて考えたけど、最近ではまだ折り返しにも到達していないとも考えている図太さに発展している。という程に50歳を勘違いしていた自分がいたのだ。そんな発想の転換が入ったのが先日、佐藤富雄ドクターの”口癖の法則セミナー”に参加した時だった。(参加費は二日間で5万円!超満杯で大盛況!)一番、強烈だったのは”老化は思い込みが全て!脳は決して老化はしないし、それは科学的に実証されている事実!”という話だ。そういえば40代は本当に健康には気を使った。(決して神経質というレベルではない。適度な運動、安全な食事、なるべく過度ではない飲酒(まわりくどい文章で失礼します。)、そしてストレスはためない。)結論から言えば自分に当てはめると30代より明らかに40代が健康だったし、元気でヤルキがある!・・・という事は50代はもっと様々な挑戦ができるのかもしれない!(心配しないでね。美学的にシャシャリ出て若ぶったオッサンなんかにはなるつもりはないから!)と何だか”老化”を勘違いしたオレがいたのだ。ということで危うく老化路線を走りそうになっていたが、方向転換して限りなく輝かしい未来に向かって走ることに決めたのだ!そう、オレは”決???めたぁ!”なのだ。  さぁ、オレの人生、これからどう生きようか!!① 世界80カ国訪問は制覇!(現在49カ国、 東欧、旧・東側諸国 離れ小島、極地、世界遺産などは制覇したい! 後半は一年の1/4は海外旅行をして様々な経験や様々なモノを見たい! ② 沖縄のカフェGreenGreenを沖縄で一番のお店にする。そうしたら”スモールラグジュアリー民宿”をやりたいなぁ。(ホテルと言わないのが謙虚さです!) そして民宿のオヤジをします。 ③ 心から愛せる古い車が一台欲しい。中途半端ではないコンディションのね。ポルシェ356、メルセデス280SL、フェラーリ275、ジャガーEダイプあたりかなぁ・・・飾ってないで乗ります! ④ 肉体的、健康的には今の状態をキープ!(体重も体脂肪も)これ簡単じゃないよ!でもやるよ! ⑤ まじめに農業を実践してやってみます。理由は達成感と充実感を感じられる野菜で、自分で料理して美味しかったら、こんな幸せはないでしょ! ⑥ ニッポン人が元気になる何かをしたい! ⑦ 東京の、どこか大きな公園(砧、駒沢、代々木・・・)近くの小振りな古いビルを全面改装をしてトウキョウ・アジトを作る。⑧ 和服を着こなす! ⑨ もう一冊、本を出そう! ⑩ 世の人の為に何かをアクション!何かを恩返し。⑪ キャンピングカーで日本中の秘境を訪問。 ⑫ 下田オキラクハウスは完全なる南国庭園に発展!育てます! ⑬     沖縄の宜野湾マリーナに32フィートのセイリングクルーザー!そこで沖縄生活します。まるでマイアミバイスみたいにね! ⑭ AMビジネスはファウンダーズダブルダイヤ(レッグで完成)が近い目標。そしてこだわったスタイルでCA達成。 他にも様々ある。そして生きていくうちに、新しい出会いや体験をしていくうちに様々なやりたい事が出てくるであろう。そんな時に自分の好奇心を抑える事無く、何でも実行出来る自分でいたいと思う。 だんだんと余分なモノが増えるのではなく、だんだんと不必要なものが削ぎ落とされて行くような人生がいいなぁ。間違いないこの世の”絶対”とは・・・いつかは”死”である。その日までオレはしっかり生きよう! そんな10年を過ごしますよ!   小笠原伯爵邸で行われたバースデーパーティー”KEIJIRO50″は最高でした。企画をしてくれた渡辺正人氏と藤田直之氏には本当に感謝。その他スタッフをしてくれた皆さんありがとうございました。次回は”KEIJIRO60″でお会いしましょう!

高松での幸せな出来事・・・・・・・2008

10月8日(火曜) 昨晩は高松でグループの六車S、田所エメラルド、そしてグループの人々と食事をした。七人の女性(&男性カメラマン1人)に囲まれての食事会。 ビックリした事に全員がゲコ(酒を飲めないヒト!) その上、波田はひどくワインが飲みたい。そして、この店はワインはあるがボトル売りのみ。ということで一人でボトルを注文して、一人で飲んで、周りがだんだんに酔っぱらうオッサンを見守るという状態・・・・・・・何故か酔い切れなかった。 一本ワインあけても一切、変化が無い状態・・・・ということでいくら飲んでも酔えない状況で、帰りには”うどん”を食べてからホテルに帰った。それは決して”うどん”を食べたいという訳ではなく、なんだか横からパワーだったのだろう。(決して楽しくなかったという話ではありません!この”まいまい亭”は巨匠イサムノグチが愛した素晴らしい店なのです。最後にカウンター超しに聞いたノグチ先生の逸話は面白かった。※KEIJIRO OKIRAKU GUIDEを参照ください!)

高松での幸せな出来事・・・・・・・2008

翌朝はホテルの裏の讃岐の山(名前忘れたが100数十メートル程度、可愛い山だった。)をトレッキングした。結構、低い山なのにキツかったのが、昨日のせいかなぁ!  頂上からの景色は絶景そのもの。 9時に六車さんグループの方が迎えに来てくれて、六車さんが待つ富田神社にてOMビデオの撮影をした。(AMから発売のOM・DVDに登場いただきます。様々な職種の方々が参加しているという見本です。) 想像以上に素敵な神社で、戦国時代から400年も続いていて、六車さんで15代目だそうだ。制服って(そうは呼ばないけど・・・・)本当にカッコよくて、特に神主さんは素敵だ。六車さんの神道とAMの考え方の共通点の話は面白かった。 終了後はミーティングまで、たっぷりの時間があるので、瀬戸内海の話題の”直島”に出かけた。高松港からフェリーで約30分。そこは話せば長いが、大昔は三菱マテリアル社の銅の精製所があって繁栄。町並みもヨロシク、そこにベネッセが美術館とホテルをオープン。そこは巨匠・安藤忠雄建築の有名作品で、最近は続いて地中美術館オープン。古い町並みの廃墟を改造して街中をアートにしたりと発想が面白い。島民3000人に対して、年間観光客が世界中から30万人も訪れるというのはスゴい事だ。そんな直島を見学した。案内は六車さんの同級生で、フロントになる方で、直島の高校の校長先生の奥様。8人乗りタクシーを港に横付けして待機してくれていて、素晴らしい段取りのおかげで超充実コースで体験をする事が出来た。一緒に行った六車グループの方々も皆、本当に”いい人”だった。瀬戸内海は内海で静かで、風や光が本当に気持ちがいい。街中がアートにあふれて、素敵だったなぁ。 ミーティングは18時半からで、夜なのにも関わらず主婦、いや人妻層でイッパイでビックリ。いつか鹿児島もこんなカンジで女性ばっかりだったなぁ。これ県民性かな!とにかくミーティングは盛り上がって楽しい時間だった。少しだけど六車さんグループにお役に立てて本当に良かった。 アフターは渋い”炉端焼き屋”で楽しい一時だった。 六車さんの娘さんもミーティングから参加していて、神社の継承とともにAMビジネスもしっかり継承されているようだ。 深夜のホテルに運ばれて、布団の上に、そのままの格好で前向きに倒れて朝まで寝ていた。朝起きたらマクラの柄がそのままホッペタに写し出されていた。たぶんヨダレを垂らして、ヘラヘラと楽しい夢を見ていたのだろうなぁ。 人生の幸せを感じる瞬間・・・・・・・こんな素敵な人々と過ごせた時間を思い出している時だろう。間違いない!

四度目の正直!悲願のダイヤ達成した重田夫妻!

2008年10月3日 兵庫県姫路市・・・・・この地にAMビジネスをもししていなかったら来る事はあったのだろうか。世界遺産・姫路城までは見学しに来たとしても、沢山の友人、仲間なんてまず出来る術も無いと思う。 重田夫妻は波田→田口E(フロントでウチのキャノンの営業マン)→鈴木和彦D(キャノンの同僚)→田中君(妻の妹夫妻)→あけみチャン(お店のアルバイトで昼間はOL)→大熊まりさん(会社の同僚/大熊D婦人)→スポンサーの宍倉久美子E(会社の同僚)→そして重田さん。(親戚のオバさん夫妻、母親の妹の夫妻)と予期せぬルートで出来上がったグループだ。

四度目の正直!悲願のダイヤ達成した重田夫妻!

重田夫妻をスポンサーしたくとも、幼児期から知る久美ちゃんでは歯が立たずに、いつもたじたじ状態。親戚一同は結束が固く、なんと親族会議で”久美子にAMを辞めさせる会”が発足!その会長に重田夫妻が就任・・・・・・・そして重田夫妻は、その悪の親玉・波田ケージローにビジネスの真意を問いただす為に面会。宍倉久美子に言われて、大阪のヒルトンホテルまで波田に会いに来てくれたのが15年前。一時間のお茶のみタイムの中から、何かを感じ取ってそこで様々な話をしてビジネスに興味をもった。御主人の善昭さんは生粋の板前で姫路で大きな割烹料理店を経営していた。アップラインが近所にいないので、系列が違うリーダーに自分で知り合う努力をしてミーティングに紛れ込み、だんだんとグループを作っていった。今だから言えるけどダイヤモンドカウントにも4年連続で入っていたが、至らなかった。何回かは簡単にアキラメもついた。ところが昨年はアキラメがつかなかった。自分の為には燃えられない洋子さんだが、人のためにならば、どれだけでも頑張れるのが洋子さん。アップラインの喜ぶ顔を見たい。グループに達成感を体験させたい、自信を与えたい!その一心で頑張り通したのです。そして一見、家庭では”船頭さん”的かと思いきや、しっかりフォローをしてまさにマネージャー的な黒子を担当する善昭さん。二人の信念が一丸となって、今年の”達成”に相成ったのでした。めでたし!めでたし! 結果オーライだからこんな短いけど、それはそれは様々なドラマがあった事でしょう。しかしどんな問題も肥やしにして成長し続けたのが今期の結果なのです。

四度目の正直!悲願のダイヤ達成した重田夫妻!

そして今回はダイヤモンドをお祝いする意味で、”ダイヤモンド・達成パーティー”が開催された。それは、それは豪華絢爛で薄目で見たらフランスの宮殿みたいなピッカピカの会場。お人柄の結果でしょうが、お祝いに駆けつけたダイヤモンドは数十人、そしてEXダイヤは20組以上、梶原クラウンアンバサダーまで駆けつけてくれた。本当に感謝でした。素晴らしいパーティーになったのは当然だ。 料理も美味しくジャズの生バンドも入り崇高なパーティーで、華やかさのある重田夫妻の達成に相応しい時間になりました。 本当におめでとうございます。 お二人の達成はボクの誇りです。今後もグループ共々、素敵な夢を目指して躍進してください。 そしてエグゼクティブダイヤ・・・・・・やってください!出来ますよ!二人のコンビネーションならばね! ただ一つ、お願いがあります。今後、ボクに”ネーミングの依頼”は辞めて下さいね。・・・・・・9月中旬に旅先に電話がきた。ダイヤモンドにもなったし、グループ名称を考えてもらえませんか。日本中、世界中に羽ばたけるような・・・・・なにかお願いします。ということで、キーワードを2、3いただいて、それから三日三晩考えた。 波田は、何かのネーミングをするのが大好きだし、多分、得意分野だ。 数十個を絞り出し、最終的に5つのアイデアを注釈入りで重田さんにぶつけた。 どれも”念”の入った素敵なネーミングで自信満々だった。そして数日後に電話がきた。 その決定した名前はボクが考えた名前ではなかった。・・・・・・・ナンじゃそれは!!!!!!!!!!!!!!唖然!!ビックリした!!!!!!!!そんな太い重田さんが好きだよ。メチャ太いんです。

AMから出るぞ!”波田ケージローOMのDVD”

2008年8月29日  昨晩は寝たのが相当に遅くて、珍しく寝坊をした朝だった。激しい貧乏性は8時を境に”損徳”が分かれるのだ。8時前に自然に起きればオッケー、それを過ぎると相当に時間を無駄にした気になる、根本的貧乏性だ。しかし何故にして時間を無駄無く生きようとする姿勢を”貧乏”と呼ばれなくてはならないのだろうか。何だか書いているうちに、合点がいかなくなってきた。貧乏で何が悪い!!早寝早起きは三文の徳と賢人は言っていたではないか。どうして寝坊するヤツが金持ちに属するのだ!!・・・・・・・・・・話が完全に暴走しているので戻そう。

AMから出るぞ!"波田ケージローOMのDVD"

ジャスト9時にAMの担当コーディネーターから電話がかかってきて起きた。睡眠は45分サイクルで快眠と寝不足のサイクルが分かれると聞いた事がある。(というか睡眠学とはまだまだ謎の方がずっと多い学問らしい。)たぶん今日の朝の9時はぴったり45分の倍数の時間だったのであろうか、すこぶる目覚めが良かった。いきなり、コーディネーターが『お願いがあって電話しました!ケージローさんのOMビデオを出させて下さい!』との事。 相当に波田が拒む事を予想していたみたいで『いいっすよ!』と快諾したのをビックリした様子。そんなに気難しい野郎に写っているのかなぁ・・・・・製作はAMの通常の映像製作事務所ではなく、センス的に間違いの無い制作会社の”麻田組”だと言う事で、なおさらの快諾!(ヘッケル系や様々な達成ラリーを企画・編集するチーム)いろいろとワガママ聞いてくれるということで、どんどん快諾!・・・・・・50歳を迎えたからか、なにかと新しい事にはチャレンジ精神を発揮している気がする。早々に電話でプロデューサーの麻田氏と電話会議をして流れを聞いたら、”20代、30代の少年少女にこんな生き方も有りだぜ!”的なイメージらしい。まぁぁ、あまり映像系に耐えられる容姿だとは思っていないので上手に処理下さるならば結構なことじゃないかと思うのだ。

AMから出るぞ!"波田ケージローOMのDVD"

下田オキラクハウスや沖縄のグリーングリーンも映像的に入れたいという。映像はハイビジョンでの撮影らしい。(コストが圧倒的に高い!そのかわり映像は素晴らしく綺麗らしい!)ということで楽しみだ。全国の皆さん、お金、無駄使いしないで待ってて下さい。スゴいの作りますからね。ダッサイのは絶対に出しませんよッ!! と最近は盛り上がってます。まずは近況報告です。

四国の六車さんは神主さん!

2008年8月22日(金) 四国の六車さんが東京に来ていて食事をした。ピンレベルはファウンダーズ・サファイア(波田T→シンペイEX→久野エメ→大藪エメ→六車S)・・・・・・六車グループは相当に大きく成長している。フロントの田所さんは御主人が公務員で、昨会計年度に六車さんより先にエメラルドを達成した。本人は若いがお孫さんがいる。その田所さんのフロントの神戸の喜多さんは三年前にエメラルドを達成。(御主人は銀行マンで日本中を転勤している。彼女はそれについて行くが各地で夫婦AMを繰り広げている。そのまたフロントの田上さんは一昨年にエメラルドを達成。(前にも日記に書いたが、波田は田上さんとは『はじめまして!エメラルドの田上です。』だった。) 話は戻るが、六車さんはご夫婦で香川県高松市で15代も続く由緒ある神社を守っている。その彼女は主婦にして神主さん、御主人も彼女と結婚して神社を守る為にサラリーマンを辞めて、神主さんとなったそうだ。お寺ならば法事だぁ、葬式だぁと定期的な儀式があるが、神社は七五三とかお祓い(おはらい)、正月のお参りなどと収入につながる行事もあるが、やはり生活面では不安定を強いられるらしい。そこで六車さんが出会ったAMビジネス。結論を言うならば彼女はAMビジネスを真剣に頑張っていて、それが六車家の生業になっているのだ。神社というのは安定収入は決してないし、世の中の殆どの神社が他の仕事を持ちながら守っているそうだ。日本の伝統を守る為にAMビジネスが一役買っていると聞いて少々感動した。たしかにやりたい仕事イコール収入につながらない事は多々ある。そんな時にもおすすめなのがAMビジネスのスゴいところだ。この仕事をしていると本当に様々な職業の人々と知り合う。今、時代はハイブリッドだ。ハイブリッドはクルマでわかる様に、ガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせて超低燃費なエコカーだ。戦後の復興期ならばいざしらず、先行き不透明な時代に2つの職業の選択なんて相当にカッコがいいではないか。某ハイテク企業の重役は週末にイタリアンレストランのシェフになる。プロのアスリートにして投資家。作家にしてカフェの経営者。不動産業を営みながらミュージシャン。・・・・・・切りが無い。想像してみよう。そんな“二足のわらじ”は素敵じゃない!! アナタの仕事とAMを組み合わせるだけでも相当に楽しいじゃないですか。 大切なのはプロ意識ですが・・・・・・

夏のある日の出来事!

2008年8月9日(土曜日) 下田オキラクハウスにいると前の晩に、どんなに飲んでも5時には起床する。波チエックをして、そのまま10分後には海に入っているなんて日常だ。そして7時半頃に戻って朝食の支度をするなんてのが下田の日常だ。昨日から大和田剛エグが泊まっていて、彼もデッキで波チエックをしていた。本日はノーウェイブ!!(サーフィンは成り立たず!)ということで二人でガレージに置いてあるカヤックを出して海に運んで近所の海岸へ海上散策を決め込んだ。なかなかヨロシイ旅なのだ。陸から見る海も好きだけど、海上から見る海、山は本当に雄大だ。またカヤックで廻ると”人跡未踏の地”みたいな場所が沢山見えてアドベンチャー感はたまらない!そんな自然からのエネルギーをたくさん吸収出来て素晴らしい朝だった。

夏のある日の出来事!

最近は”ナカジー式デトックス”が流行して、みんな美しくなるのは素晴らしい事だ。しかしオキラクハウスには発育盛りの少年少女も沢山くるので、朝食抜きはどうかと思い、非常に軽く作っている。波田は化学調味料には頼らず、味噌汁はイリコ(小魚)、昆布、鰹節などからキッチリ取るし、下田には美味しい無農薬の新鮮な安全野菜が手に入るので夏の滞在期間には”ぬかみそ”も育てていて毎日、美味しい漬け物も食べられる。・・・・・・・全員、それを見ると”朝ご飯食べる人”に変身しているのだ。そして宿泊者約十数人で食べる朝食は楽しい。オキラクハウスは1チーム4人までで3チーム位が同時に滞在する。ということは最初は借りて来た猫みたいに上品にしている人々がだんだん二日目には仲良しになって三日目に頂点となり解散・・・・・・そんな二泊三日が3週間続くのだ。 さて、本日は一週間ぶりの東京だ。本社オーディトリアムで塚原EX-DIAご夫妻のラリーのゲストに選んでいただいたのだ。ということで9時発の特急”踊り子号”に乗って出勤だ。東京までの道のりの二時間半はとても好きな時間だ。まずこの時間のグリーン車には人はほとんど乗っていない。今日もボク一人。イスを回転させて大の字になって寝たり、歌ったり(マジ)、パソコンいじったり、本を読んだり、iPod聞いたり、ご機嫌な景色を眺めたり、またうたた寝したり、絵を描いたり、バナナ食べたり、スケジュールを調整したり、メールでアポ取りもして、ブログも更新して・・・・・・到着。東京に入って電車で移動すると本当にビックリなのが『皆、どーしたの!?!?』と言う程に顔にスマイルが無い。まぁニタニタしながら山手線に乗るヤツなんていないのか、久しぶりに見る東京は観光客目線で楽しい。 塚原さんのラリーは主婦率98%だった。オーディトリアムは約700人の席は満席。1400個の人妻目線!! 緊張もするが心地の良い時間だった。終始、頭の中を走った疑問は”なぜここにオレが!”という事だった。話す程に、こんな話を誰が聞いて喜ぶのか・・・・と自問してしまう。でも、楽しい時間だった。 終了後は本来、アフターがあってお食事会が企画されていたようなのだが、申し訳ないが遠慮させていただいた。なぜならば16時10分の品川発の伊豆の踊り子号に乗らないと夕飯に間に合わないのだ。(夏場はオキラクハウス生活が中心なんですね。)ということで17時58分に下田駅に帰って来た。みんなに”父さん!お帰りなさい!”と歓迎されて皆で夕飯。(半分の料理は朝、仕込んで行きました。)今日は働いた!!そんな日のビールは本当に美味しい。仕事は楽しもう! 些細な事を楽しもう! なんでもかんでも楽しませてもらうとか思わないで、自分で楽しみを見つけよう。すると人生はたちまちに楽しくなる。また明日から5時起きの生活が始まる。 (サーフィン的には毎日、朝晩がヨロシイのです。)

ダイヤモンドミーティングも行かないで・・・・・・・

7月24日 世の中の小学生は夏休みに突入した。近所のプールの子供の叫び声で朝起きる日々だ。さて、すでに夏休みになっているのに、気持ちは焦るばかりだ。なぜならば下田OKIRAKUHOUSE別館(今年の夏中に名前はちゃんと決めようと思っている。オキラク庵、気楽別邸、・・・・・なんだろう!相当にジャパニーズの匠の技&ミッドセンチュリー系シンプルデザイン、さわやかディテールなんです。)の工事が終わっていないのだ。完全になめていた。別館は約12畳のゲストルーム、小さな屋根裏部屋、トイレ、そして軒を思いっきり長くとって屋外にバーを作る。そしてそこには煖炉があって回りは植栽がある。またやっかいな事に波田はこういうことが”適当”というわけにはいかない。様々なこだわりが、ものすごい工期遅れの原因となった。例えば床はプリント合板のフローリングならばコストもかからず工期も短時間なのに、無垢の板をはりつめた。窓はアルミサッシなら一日で取り付け可能だし低価格なのに、建具職人に木で作ってもらい網戸や雨戸までもお願いした。 窓はサンの無い一枚のガラスにこだわった為に重量は70キロまでになった。メンテナンスも大変だしサッシのほうがずっと密閉性がある。でも雰囲気がよくてカッコいいのは建具職人の匠の技なのだ。壁も一枚一枚、無垢の板を貼り、天井も同じだ。ペンキを塗って時間が経った時の板と板の隙間が実にヨロシイのだ。外観も防火の木材を一枚ずつ張り巡らし、窓回りなんて芸術の域だ。・・・・・・・ということでゴールデンウイークになんとか着工出来て(なにせ国立公園と風致地区という二大規制が入り、とにかく申請に苦労した。というか担当してくれたモトが苦労した。ご苦労さんです!) 5月から約12日位を費やした。その間、東京から、そして地元から手伝いに来てくれている友達の数は延べで100人は優に超える。しかし終わらなかった。正確にはトイレは配管まで終了したが取り付けは出来なかった。壁は半分くらいは断熱材むき出し、天井は完全に断熱材むき出し。屋根裏部屋に続く階段は出来なかった。外のテラコッタ張りは全然無理。電気関係はエアコン、天井のフライファンは完了、スイッチ類は宙ぶらりん、外の屋外暖炉は設置完了、煙突も無事に完了、窓も無理と言われていたがガラス扉、雨戸、網戸も完了した。まぁよく見なきゃ大丈夫だ。・・・・・・・・・ということで中途半端デビューです。まぁよく考えたらこの日数でよく出来たと思う。モト(参河基/みかわもとい/一級建築士にして現場上がりなので、様々な事を知り尽くしている。)との出会いは本当に大きかった。全てが”引き寄せ”している。  今日は本社でダイヤモンドミーティングが開催されている。オレは夏前の最後の下田工事をしている。 ゴメンナサイ!! オレのナリワイ(生業)はいったいナンなんだ!

ラジオ出演!!葉加瀬太郎氏との時間

2008年7月16日 列車に乗って景色を眺めていると様々な生活が垣間みれて楽しい。逆に地下鉄に乗っても、外の景色は全く楽しめない。人生に例えるならば見るべき楽しみが、どんどん続く列車に乗る人生と、毎日が同じ事の繰り返し、見る物なんて何も無い地下鉄のような人生と、どちらの生活が楽しいのか・・・・・毎日が様々な事を楽しめるということはめまぐるしく変わる景色を眺めるという事で、見るべき景色がめまぐるしく変わっていたら、一瞬たりとも目を背けず、まばたきも惜しんで外を見続けるであろう。そんな人生は楽しい。 だから毎日が日常ではなく”旅気分”で色々なモノに感動をして、生きて行きたいと思うのだ。・・・・・・・・・ビックリな事件が起きた。 8月に全国販売を予定する”KEIJIRO OKIRAKU GUIDE “のプロモーションの話で、地方FM局での対談話というのがあった。とっても失礼だけどお断りした。考えただけで緊張するではないか。その時に冗談95%で、『ラジオ出るならJ-WAVEしかないでしょ!』 と言っていた。そして出るならパーソナリティーはジョンカビラかクリスペプラーかぁ、DJ太郎も良いかなぁ、ピストン西沢はどうかなぁ・・・・なんて勝手なことを言っていた。その時に最後にハカセタロウの番組なんて最高だよ!なんて冗談で言ったのが記憶に新しい。(J-WAVEは東京の人気FM局、ボクは大好きでオフォスではいつもつけっぱなしだ。)・・・・・冗談みたいだが、それが現実となったのだ。 本来”生放送”らしいがそれは勘弁してもらった。指定された日にちは7月16日だった。この日は先約が二件あったが申し訳ないが日程変更をしてもらった。そして案内されたスタジオはなんと我が家から10分の住宅街の中のスタジオだった。 (J-WAVEのスタジオは六本木ヒルズ33階、それをイメージしていた・・・・・まぁいいかぁ!!)そしてスタッフと待ちあわせて指定時間に入った。先客がいて、ひとしきり収録を終えて退散しようとしていた。それがなんとプロダクトデザイナーのケン奥山氏であった。(奥山氏は世界を股にかけるプロダクトデザイナー、つい先日も人気テレビ番組のカンブリア宮殿にて村上龍氏と対談をしていた。氏は日本人にしてイタリアのピニンファリーナ社というフェラーリやマセラティーのデザイン集団にて一世を風靡するデザインをしたり、ポルシェデザインにも席をおいていた本物の世界が認めたデザイナーだ。今は故郷の山形ので、産業を復興させる為に様々な分野の製品をデザインしている。)少し衝撃だった。当然にご挨拶して名刺交換した。(もうこれだけで感激だった!)  そして葉加瀬氏との会談!わずか二時間だったが本当に楽しい時間だった。ハカセタロウ氏はバイオリニストにして絵も書くし、トークも本当に面白い。打ち合わせはわずか10分。この”ワールドエアカレント”という番組はJ-WAVEの人気番組(土曜日19時~20時)で、旅をイメージしながら様々な話をする番組!(波田は肩書きはナンと”作家”だった。笑う!)ということで話題は”旅”とわかっていた。今回の話題は相当に幅広く、北欧、アフリカのケニアでのサファリ、キリマンジャロ、アラスカ、カナダ、南米、と質問攻めにあった。サーフトリップにも行くしキリマンジャロに登山もする、北欧に雑貨や家具も見に行くし、ミレミッリアにも出走するなんて人はあまりいないので面白がられた。葉加瀬氏は食マニアらしく、マイナス60度の冷凍庫の話にもなったし、古いクルマ、バナナガード、世界の夕焼け話から美味しい定食屋の話題にまでのぼった。ということで編集者のテクで素晴らしい番組になる事だろう。葉加瀬氏は終始、紳士で素敵!話題も豊富な人だった。なぜ4歳にしてバイオリンを与えられて、それに目覚めたのかとか面白い話も沢山聞くことができた。葉加瀬さんは本当に”話し上手は聞き上手”という言葉がピッタリだった。 人生はわからない。どうせなら景色が楽しい電車の乗ろう!地下鉄に好きで乗っているなら良い。降りて乗り換える勇気なんて、そんなのたいした苦労ではない! J-WAVEの放送日は8月16日(土曜日)19時00分から19時58分です。 “葉加瀬太郎のANAワールドエアカレント” 聞いて下さい。
http://www.j-wave.co.jp/original/worldaircurrent/contents.htm
地方の方も聞く事が出来ます!

降水確率80%・・・・・それがどーした!!

7月4日(金曜日)朝起きたのは仙台だった。本当に朝起きた瞬間に何処にいるのだかわからなくなる。健康的に言えば少々な二日酔い。昨日は大好きな割烹の”ふく村”で散々飲んだ。美味かったが、注文しすぎて少々お高くなったのが気になった。『美味しいウニが入っていますが、召し上がりますか!!』と上機嫌な店主。酒飲んで強気になったミンナは『いーねぇ!!』と快く発注!極上のバフンウニが殻のままどんどん出て来た。(そりゃ高くて仕方が無い!!) なんて事を思い出しながら、その幸せ感を思い出して入浴を30分。朝からミーティングなのでなんとか正常の三半規管に戻さなくては・・・・・仙台駅のスターバックスで”トールソイラテ・エクストラショットでエクストラホット”(豆乳のカフェラテのミディアムサイズ、エスプレッソを1杯追加で濃くして温度を熱く作る・・・・・がお好み!)を注文。だいたい一日に1~2杯は飲んでいる。よく行く店では店員が顔をみるなり”いつものですね!?”と言って作ってくれる。スタバのサービスレベルの高さは本当に素晴らしい。 新幹線に飛び乗り仙台から福島を超えて郡山にて下車。昨日は福島市で朝、ミーティングをして長谷川三和チームとランチ(三和さんのサプライズバースデーがあって楽しかった。)をして午後に仙台に移動。そして今日朝は福島県の別の街、郡山市でミーティングが行われた。公共の地味な会場には満員の人々が来ていた。懐かしい顔もイッパイだ。みなさん、だんだんと生活スタイルも変わり、様々な経験や時代を通過してAMに行き着いているんだなぁ。ミーティングは我ながら上出来なマーケ!数人の新規の人の大きな”うなづき顔”でこちらもテンションが上がった。そしてホテル・ハマツ(ホテルオークラ系列なのでサービス抜群)でノリノリの後藤信子チームと中華ランチをして13時台の新幹線で東京に向かった。今日は忙しい午後が待っている。夜に先日の”小笠原伯爵邸バースデー”のスタッフ打ち上げ感謝祭が我が家で行われるのだ。最初はどこかのお店とおもったが、人数も多く、長い時間をかけて一体感のあるパーティーが良かったので我が家でケージロー手料理とした。従って早く東京に帰り材料を調達して仕込みをしなくてはならないのだ。本日の料理・・・・・①ジンギスカン(釧路の名店・有楽町から近所のデヴゥ・ヒデに毎回送ってもらっている。ヤツはデブをキャラにしたナイスガイ!なぜデヴゥかというとフランス系なデブを目指しているのでウの舌を噛んだ発音となる・・・こだわりだ。本人談!) ②モツ鍋(名店・有楽町のモツをAMごま油、AM味噌とAMコチジャン、多量の野菜で調理。レシピは北海道はニセコのもつ鍋の名店の”寛松”に学んだ。) ③鶏鍋(最近のマイ・ブーム!美味しい鶏ガラスープの取り方のコツがわかり、また独自の”つくね”が本当に美味しい。自画自賛かなぁ!鶏のブツ切りとつくね、そしてキャベツのみ。) ④トーフチャンプルー(那覇から持ち帰った正真正銘の島ドーフで作るチャンプルー、最後に味噌、みりん、酒で味付けて煮込むのが好き。) ⑤冷製トマトのパスタ(どうしてこの流れで冷製パスタなんだ!秘書の土岐ちゃんの強い希望より) ⑥その他、数種類のおつまみ系 ⑦鶏ナベの残りで作るラーメン・・・・・激美味いです。   以上が献立でした。宴は19時に最初の乾杯!キッチンで手伝ってくれていたスタッフですでに第一回目の乾杯をしていたから実際には二回目、ほぼ全員が揃ったのが20時位で本当の乾杯!後から何人かが到着してそのたびに乾杯!!!そんな楽しい宴が永遠に続いた。小笠原伯爵邸のパーティー(6/21)は天候の事が本当に問題を引き起こすリスクがあった。その日は神がかり的だった。東京地方は前日も翌日も雨。当日の天気は雨、降水確率80%、それなのにヤフーのピンポイント検索で新宿区河田町は・・・15時から21時だけが晴れマーク・・・・そんな馬鹿なぁ!(パーティーは雨天バージョンと晴天バージョンの2タイプが用意されていた。) 確かにスペイン建築のこの屋敷の見所はスパニッシュガーデンで、外が使えるのと使えないのでは話が全然違ってくる。パーティーが終わった瞬間から雨が降り始めた時はゾッとしたけど・・・・・こんな奇跡的天気も渡辺正人氏率いる先鋭スタッフの準備した”技”とか考えられない!(ネットワークで祈祷師とかアフリカの雨降りを調整できる部族とかがいたのかなぁ!?) 我が家のパーティーは終始、盛り上がりっぱなしの素晴らしい夜になった。翌朝、空になったワインの瓶の数を見て唖然(15本)!!!誰だよ、オレのビンテージの赤ワインを抜いたヤツは!! それも許せる楽しい夜だった。スタッフの皆々様方、本当に感謝してます。皆さんのおかげでボクも参加者450人も本当に楽しかった。その楽しさ加減はホームページに掲載してある写真を見れば一目瞭然! ミンナのスマイルが素晴らしいのです。さすがプロフェッショナルが撮った写真だから・・・違いますよ!モデルの参加者が心から楽しめているからでしょう。数々のパーティーをこなしてきた小笠原伯爵邸の社長もこんなに一体感のある、そして参加者が全員楽しまれているパーティーは初めてですとお言葉いただきました。何よりのバースデープレゼントが皆さんのスマイルでした。  本当にありがとう!!!!!!