9月8日(金)今日は満月である。昨日までの二日間は夏明けの久々の”下田ブルーカラーディ”だ。(ブルーカラーディは波田が造った造語で肉体重労働系の作業がある日を指す。肉体労働というとどうも重い汗臭い空気でお手伝い要員が集まりにくいので、ブルーというマリン感覚を連想させ錯覚して来た友達に、楽しい肉体労働をして楽しんでいただき、サーフィンして和みましょうという企画。そうブルーは海のブルーと労働系の象徴色ブルーをかけたわけだ!ナイス!まぁここ以外では通用しない造語である。いずれにしろ新種の詐欺に近い名称だと思う。)さて昨日まで来てくれた作業隊員&サーファーは福井剛、米軍健ちゃん、千葉正、磯貝とデブゥ~兄、そして玉田と徳永君だ。そうだ室町と鈴木将吾も来てくれた。飯炊き女として米軍勤務のさち子嬢も来てくれた。今回の作業は昨年暮れに手に入れたオキラクハウス裏のテニスコートのフェンス破壊だ。
破壊=福井という図式は正しくものすごい破壊活動をしてくれた。なにせ5人で二日間かかると見積もっていたのに、オレが朝、資材を買いに二時間出かけていた間に、すでに完了していた。そしてご丁寧にちゃんと廃棄施設に持ち込むようにトラックに綺麗に積んであった。アンビリーバブル!!若き労働力は無駄には使われず、土地を改造する為の基礎工事に突入。穴掘り→鉄筋埋め込み→生コン流し込み→平らにする・・・・という日曜大工の域を越した工事を手伝ってくれたのだ。とにかくその仕事ぶりといえば人間ワザを越えて人間ユンボウ、人間掘削機、人間セメントミキサーとして15通りの使い方が出来るスーパーマシーンなのだ。昨晩は満月ということでお月見台で相当に盛り上がっていた。この十五夜の為に作られたといっても過言ではなかったであろうお月見台は本当に楽しめる。さて今日は朝から二日酔いで痛い頭を抑えながら朝食の準備をして、早々に東京に向かった。
福井号(元は波田のV次郎号なるベンツの黄色いワゴン)は快適。愛したクルマをまた愛してもらえている事は嬉しい。東京には結構、早く帰れて、そのまま千葉に向かった。今夜は千葉でミーティングなのだ。時間があったので福井の幕張の新居を訪問して、とにかくビックリした。ビビビビビビックリ仰天だ!!かっこ良すぎる!ずるい!スポーツマンのクセにズルイ!! 幕張のオシャレな町の最前列で海のまん前。最上階からの眺望は東京湾から大空から夜景から、もう何でも見えまくってしまう! そして室内が驚異だ。天井高はマンションなのに4メートルもあるから、まぁ広いのナンのって!!部屋も一部屋づつが天井が高いから外国みたいだ。東京都心なら間違いなく100万円コースだろうなぁ。それがナント・・・・・だって!許せない! その後、近所のホームセンターを覗いて(ホームセンターめぐりはボクのらライフワークなのです。)から今日の会場の”松戸ラドン温泉大宴会場”に向かった。しかし話には聞いていたが、闇の中にそびえ立つ古びた旅館風の建物に光る真っ赤な”松戸ラドン温泉”の看板にはやられた! なんだか燃えるぜ!
福井グループを中心にもの凄い人数が宴会場に入っていた。今期、ダイヤを真剣に狙っている宍倉久美子チーム、石井俊八チームの阿久津有香SP(超ダイナマイト級元気!超ナイス!)も来てくれている。 波田も福井チームの新会計への心意気も感じまくり、結構しゃべりまくった! 奴にも今期はやってもらわなくてはメンツにかかわるゼィ!(やるとはダイヤモンドという事) しかし、ひつこいが築100万年の松戸ラドン温泉の宴会場とは思えない程に雰囲気もヨロシク、楽しいミーティングだった。 アフターはまたまた牛角グループの”しゃぶしゃぶ温野菜”で深夜に食べ放題を選択するところが感心! さすがに若さと狂人的肉体を誇る福井チームの食欲は尋常ではなく、見ているだけでお腹イッパイになった。今日も沢山の人と会ったし感動出来た。 AMって本当に面白い!!
9月3日(日曜)今日は佐藤富雄先生(※1)の愛艇”トミーウォーカー”という船に乗せてもらう機会を得た。佐藤先生とは昨年に講演を依頼してからの付き合いなのだが、以前に西麻布でイタリアンをご馳走になった際に、この新艇をフィンランドに注文していて、もうすぐ日本に入ってくるという話を聞いて是非、見せていただきたい、乗せていただきたいとお願いして今日に至った。11時に熱海の佐藤先生の事務所で集合ということで、早めに熱海には到着して駅で山崎ヨッちゃんCA(船の購入を検討しているので参考にと誘った。)と藤田直之R(当社の第二秘書)と待ち合わせた。海岸の前の大海原を一望の見渡せるオフィス(オフィスというより超快適なリビングでお仕事が出来るような仕様になっている。)は快適だった。
そしてそこに飾られている物も、それぞれが先生の思い出の品々だった。 医学博士にして農学博士、そして写真家、冒険家の肩書きを持つ(最近も新しい写真集を出版されていた。)先生の趣味は多枝に渡る。床には熊の毛皮が横たわる。狩猟したヒグマの毛皮だ。棚にはカメラマニアならヨダレもののカメラがまたカメラ庫(ワインセラーみたいにガラスケースでレンズやカメラが保管。)にハッセルブラッドやライカがズラリ。そして三台の大型デスクには数台のパソコンが並び、後ろの書籍棚にはボクの一生分位の本が並んでいる。織田信長がキリシタンから献上された剣・・・・置いてある先生の愛用品もイチイチなんだかカッコいい。そしてダイニングテーブルでビールで乾杯した後に先生の武勇伝を聞いた。北極熊を狩猟しに1ヶ月のキャンプをした話、ソ連のミグ戦闘機で大気圏を出て青い地球を見た話、最近作ったフィッシング用の北海道中標津の別荘の話、銀座に購入した38階建てのタワーマンションの話、美味しい熱海の店の話(この話には加われた!)とにかく会話は多枝に渡りまくっていた。その後、徒歩4分の熱海マリーナまで歩き先生の新艇”トミーウォーカー”(ウイスキーのジョニーウオーカーをもじっている。船の横のロゴがパクっていて可愛かった。)に乗船。
波は決して高くはなかったが台風12号の影響でウネリは激しく少々揺れたが出航して目視できる熱海から20分の初島まで渡った。先生はこの前の船まではヨットで32フィート程あったらしいが、シングルハンド(一人で操縦出来る。)の船が気軽で散歩気分で船に乗れる感覚ということで、このフィンランド製の27フィートのクルーザーに乗り換えたそうだ。(サイズは小さいが国産のこのサイズの倍以上の価格!)初島港は湾内は穏やかで簡単に接岸した。そして今日のメインイベントの定食屋に向かった。初島には先住民の経営する11軒の定食屋が並んでいる。なかなか個性的で美味しい店もあるらしい。ということで先生の推薦の”かご屋”に入った。結構混んでいたが、流石に常連の佐藤先生で席はすぐに設けられて宴会は始まった。昼のビールは本当に美味しい。刺身と鯵のナメロウ、そしてお奨めの島ラーメンと島カレーはなんとも言えない味だった。その後は波が高くなる前に退散ということで熱海港まで帰った。本当にお散歩感覚なクルージングだったなぁ。再びオフィスに帰って海の話で盛り上がった。
趣味の幅が広いということは生きる幅を広げる。共通の趣味は新しい出会いを生み、会話がはずむ。何かに興味を持って好奇心を大生にしていると、きっとストレス解消になるし若返りに通じるのだ。 佐藤富雄先生は75歳にして朝はジョギング、山盛りのサプリメントを食べて、勉強をして、論文を書いて講演をしまくり全国を廻り、ハーレーに乗り、フィッシングの為にアメリカ、ハンティングの為に北極、ミグでの大気圏旅行の為にロシア(当然、ミグで大気圏を越えた最高年齢と言っていた。)、写真を撮ったらプロ級、ご自分の操縦で食い倒れクルージング、食通にして、恋のプロフェッショナル(恋愛術の本も沢山出版)ガールフレンドは20代から各世代に配備(酔った勢いで語っていた!決して不健全な交友ではない。)とまぁ、男なら憧れる人生を地でいっているのだ。素晴らしい生き方を垣間見せていただいた素晴らしい一日だった。きっと、これからももっとお付き合いさせていただいて、カッコいい男の行き方を学ばせて頂きたいと痛感しながら家路に着いた・・・・・。
佐藤富雄
生き方健康学者、作家。医学博士、農学博士。外資系企業勤務、医療機器メーカー役員を経て、現在、口ぐせ理論実践塾塾長、ヒューマンギネス倶楽部主宰、スピル・ハーレット大学(ルーマニア)教授 、ルーマニア名誉領事。栄養生化学者、健康科学者として長年にわたって人間のからだや健康のあり方を、抗老化(アンチエイジング)に焦点をあて追求。 そうして、健康とは体の状態だけではなく考え方であることを、心と体の制御関係から説く。適切な健康観をもって正しい健康づくりをすれば、100歳を元気に生きられると提唱する実践理論が「生き方健康学」。その「生き方健康学」を学び、いつまでも生き生きと素敵に加齢するオプティマルエイジングを実践する会「ヒューマンギネス倶楽部」を主宰する。また、同時に話題となっているのが、大脳・自律神経系と人間の行動・言葉の関連性に着目した独自の「口ぐせ理論」。サイエンスをベースにした明快な理論と誰もができる実践方法が支持され、数々の著書や講演・セミナーで大反響を呼ぶ。2003年10月に開講した「口ぐせ理論実践塾」では塾長を務め、セミナーでその生き方理論を直伝している。これまでに、受講者数は1000人を超え、理論を実践することで人生が変わった、夢がかなったという受講者が続出、絶大な人気を誇っている。人間は何歳になっても心身ともに成長しつづけるということを自らの人生を通して実証する。例えば、48歳から始めたスキーは上級の腕前で世界の山々を滑っている。2005年もカナダのウィスラーでのスキーを楽しんだばかり。また、58歳から大学で再学習をはじめ、65歳まで3つの大学、大学院で学ぶ。65歳のときにはイヌイットとともに北極グマ狩猟の旅をする。そして、73歳でミグ戦闘機で大気圏まで飛びアクロバット飛行を体験。その他、クルージング、モーターバイク、射撃、写真等を趣味とし、遊びの達人とも言われる。こうした活力ある自身の生き方を通して説かれる生き方理論は、誰もが納得するところであり、人々を魅了してやまない。口ぐせは「人生これから黄金期 未来はますます開けていく」。
<所属団体>創作関係
日本ペンクラブ会員(国際委員)
日本文芸家協会会員
日本旅行作家協会会員
日本写真作家協会会員
日本写真芸術学会会員学術関係
日本農芸化学学会会員
日本栄養食糧学会会員
日本農業経済学会会員
日本健康心理学会会員-認定専門健康心理士
中国中医薬学会顧問
American Academy of Anti-Aging Medicine(米国) 会員その他
日本・ルーマニア協会理事
静岡経済同友会会員
以上、ホームページより抜粋。
8月の東京はひたすらに蒸し暑い日が続く。この蒸し暑い夏の日々が実に好きだ。波田のイメージの中の夏休みは”蒸し暑いある日、セミが泣き狂うに山を背にした海岸で海水浴”なのだ。そこでスイカを食うかビールでもシュッパッーと飲めればパーフェクトだ。これこそ夏を満喫している瞬間なのだ。 正直言うと東京の8月は辛すぎる。オレの少年時代の東京の8月と明らかに暑さが違うと思う。それはやはり地球温暖化というか世の中エアコンを使いすぎて周囲の温度が上昇しすぎているのとアスファルトの地熱であろうか。いずれにしろ、大好きな夏休みは東京ではあまり過ごしたくないというのが本音だ。またスーツに皮靴なんて想像もしたくない。なぜならば、実はオレは”汗かき”なんて可愛いもんじゃなくて多汗症というか、夏場はもう人類を越えて両生類となってしまう “激しい新陳代謝野郎”なのだ。なにせ常に汗ばんで肌はペタペタ状態。メモ用紙なんて腕にピタッと貼り付けられちゃう程だ・・・・・(不快粘度は1~5まで決められている。この学説はいつかご紹介しよう。)そんな不快な場所からはエスケープ(逃避)したいと考えている。もちろん両生類化を避けて軽井沢とか北海道も正しい選択肢ではあるが”無き狂うセミ””程々の蒸し蒸し湿度”は必要なのだ。
夏を下田で過ごすようになり三年目となった。厳密には少年時代から何かにつけて下田には来ていた。(南伊豆に初めて来たのは小学校3年生の夏休み。強烈な海の綺麗さが印象で下田より少し先の仲木という場所。そして衝撃を受けたのが大学2年生の頃、先輩に連れられてきた多々戸浜、海が真っ青で砂が真っ白、そして外人が沢山いたのが記憶にある。その後DDになって皆で下田の会員制のホテルの権利を購入。来る頻度は当然に上った。) そうして貸し別荘を借りて過ごしたり、キャンプしたりと様々なスタイルでここで時間を過ごしてきた。その後、縁あってアメリカ人が建てたビーチハウスを購入して、いよいよ定住型で下田で過ごす時間がどんどん増えた。昨年は夏を40日近く、ここで過ごした。(夏だけでなく通年来ている。) 今年は昨年ほどは暑くは無いが、夏の下旬にして未だにエアコンは使っていない程に清々しい。海の前なので内陸と気候が違っていて涼しいわけではないがエアコン不使用のギリギリの爽やかな風が抜ける日々が続く。今年も沢山の仲間が下田にやってきた。延べで150人は優に超えている。作った食事は45回を越え、という事は500人前以上の食事を作った。何年か前にハロートークで言っていた・・・・いつか民宿のオヤジをやりたい、それがボクの夢です・・・・が実現化しているから驚く。(我が家は民家で絶対に民宿ではないが近所からはそう思われている。) さて今日も12人のゲストと数人の子供が来ている。みんなそれぞれビーチで遊んだり、海水浴、サーフィン、ボディーボード、プール(近所のホテル)、温泉(これも近所のホテル)釣り、海中生物捕獲(古山専門)デッキで昼寝をする人もいれば、屋根の上の展望台で過ごす人もいる。読書をしたり昼寝をしたり、日光浴したり・・・要はここでは皆が勝手にオキラクに過ごすのだ。 そんな時間を楽しむ皆の顔を見ているのが好きだ。
今年も沢山の夏の思い出作りの手伝いを出来たと思う。・・・・・・しかしここで本当に何を言いたいかと言えば、世の中の人々にもっと”人間的”に暮らして欲しいという事だ。先日、フランス・パリに行った時に現地の日本人からスゴイ話を聞いた。フランス人のサラリーマンは年間に117日しか働かない。これは国が定めた法律なのだ。それ以上働かせたら、その企業は国から罰せられる。そして週35時間労働、年35日のバカンスが約束され年間で135時間しか残業は許されない。(月に135時間位サービス残業している日本人サラリーマンを知っている。)そんな話を聞くと日本の雇用事情とのあまりのギャップを感じるのはボクだけかなぁ。しかし環境がどうであれ、人生の自由は勝ち取るものでしょ。社会に、会社に幸せにしてもらうのではない時代がこれからではないであろうか。自分の力で自分の本当に過ごしたい人生を勝ち取って欲しい。日本のエンドレスサマーは勝ち取るものなのだ。(まわりと同じ事をしていたらどうなるかわかるよね・・・・・・) オレの夏休みはまだまだ続く。自分の夢を叶える事が可能な仕事を目の前にしている幸せを感じて欲しい。人生であと何十回しか過ごせない好きな季節を好きなスタイルで過ごしたい・・・・・これって贅沢?
※ 写真は今年完成した”お月見台”で満月観賞する皆・・・・放心します。
7月1日(土)毎月1日というのは好きだ。昨日までの臨戦態勢から一夜明けて平和が訪れる。同じ”一日”なのに月が替わるとこうも心境が変わるのか・・・と言う程にこの仕事をしていると一ヶ月という単位が意識の中に思いっきり入ってくる。現在48歳。自分の年齢は過ぎてから様々な事を感じる。あぁ20代はこんなだった。35歳のころはこんなだった。40歳になってもまだ・・・・・その時点では年齢的なことは感じない。ただ今日が残りの人生で最も若い日である事は間違いが無いから、未だに年齢的な焦りの方が多いのだ。そうやって思い起こすと10代後半も焦っていたし、20代も思いっきり焦っていた。というより不安だった。30代になってその不安のエネルギーを仕事に全精力を傾けた。40代は経済的な不安は無くなったが別の不安が浮上。(不安は大袈裟かなぁ。自分自身の生き方の問題です。やっぱりA型の悲しいサガなのかぁ!)今日は朝から”一人LM”をしている。AMという仕事に出会って21年、いや22年目だ。オレの場合、最初に知ったときから13ヶ月間、全く何の活動もしなかった。というか完全なる義理サインだったので、スポンサーからのアプローチも無かった。自分からこの可能性に気が付いたなんて事は絶対にないが、ある時、素直にこの仕事の可能性を気が付けて良かった。なにか虫の知らせというか、当時、自分が全精力注ぎ込んでやっていた仕事に未来が見えず、ハッキリ言えば相当な挫折をしたころだった。今、考えたって二千万円近い負債は26歳のオレには厳しい数字だった。頑張れど頑張れど未来が見えない辛さと不安・・・あの心境を身体が覚えたら、チャンスに人並み以上に敏感になって当然だったと思う。いずれにしろ、もしAMの仕事をしていなくても何かの仕事を、それなりにやって結果は出していると思うが(ずっとこの自信過剰がオレを支えている。)・・・他の仕事でここまで多くを学べたか、沢山の人と知り合えたか(知り合うというレベルも微妙で、ただ知り合いの数が多いなんてヘボな自慢ではない。)そして経済的な安定を得る事ができたかを考えると、とても自信は無い。・・・・・・なんてこと考え出すと、強運といえば強運。運命といえば運命、そして今では様々な過去の事柄が必然で今があると思えてくる。オレは意志は強い。そこそこ根性もある。理不尽なことは絶対に嫌いだが納得すれば、どこまでも頑張れる・・・そんな性格は幸いした。(そんな性格に自分で変えた。)しかし本当に、こうなれたのも全ては”出会い”なのだ。”人生、誰と出会い何と出会うか” 最近、高校の時の同級生をスポンサーした。お互い48歳という年齢をどのようにとらえているのか。大昔ならばその年で死んでも長生きといわれる歳だし(江戸時代位・・かなぁ)、また一昔前なら55歳が定年で、48歳といえば、もう定年後の準備を考える歳。肉体的にも30代とは違うし40代前半とも違う。内面的にも変わった。物に対しての欲求も大きく変化したし、第一、性格も相当に変わって、戦いを避けて思考して、また怒る事が少なくなり・・・・自然なのか意図的なのか分からないが明らかに変化はしているのだ。 まぁいいや・・・・・とにかく、この年齢になったから、こんな言葉を噛み締めるのかもしれない。 “青春はある一時期を言うのではない。人は年を重ねただけで老いるのではない。人は夢を忘れたときに老いが始まる。”とアメリカの詩人は言っていた。 老いを恐れて、その為に夢を持つつもりはないが、夢がある人生が楽しいに決まっている。そして夢を叶えられる仕事を持っているという幸せを感じる。マップ書いて様々な想像をしながら、これから出会う人、出会うべく人への思いを馳せよう。来会計はやるよ!! 必ずひとつの節目にしたい。 きょうは一人ジィワーンと考えている。そう、オレはいつもLMで言っている”おまえはどうしたいんだ!!?”・・・・それを自分に問いかけている。 自分のしたいようになるのが人生。たまにはゆっくり本当にどうしたいのか考えてみよう。それが自分の、そしてアナタの人生のキーワードなのだ。人生のは”一人LM”が必要だ。
6月17日(土)朝は相当に辛い起床だった。昨晩は遅くまで最近始めたミーティング(イッピデゴォー/毎月1日から飛ばしてゴォー!という意味。)の三ヶ月に一回の達成者のお祝いホームパーティーが波田家で行われたのだ。ニューSP以上を達成した人6人が招待された。(というかした!)食事は波田とスタッフの上埜DDとグループのマキちゃん、そして姫路から来ていた重田頼弘DDが手伝ってくれて作った。パーティーには石井俊八ダイヤも参加して皆で祝杯を上げた。しかしみんな食うわ、食うわ、飲むわ、飲むわ!!大量の料理も酒もドンドンと消費されていった。祝福する人もされる人も幸せな夜だった。そして藤田直之Rの愛妻・朋子さんの誕生日も発覚してリトル・サプライズ!!・・・・そんな”宴”の翌朝には当然のツケがまわるのだ。ドリンクガードでもガード仕切れない限度を超えたのか。止めとけば良いのに・・・・しかし今日はそんなダラダラしているわけにはいかないのだ。今夜は春からずっと準備を続けてきたラリー(Think Big Rally)が開催されるのだ。
最終的な打ち合わせは夕方4時に会場に集合なので、それまでは雑務をしよう。最近、植え替えた観葉植物(モンステラ、かしわばゴム、くわず芋、そしてウンベラータ)のお手入れと”波田ハーブ農園”(すごいでしょ!!そこにはローズマリー、イタリアンパセリ、唐辛子、パセリ、ゆず、山椒、シソなどが栽培されている。・・・・わずか畳1畳だけだが・・・)のお手入れをした。草花は手入れをするとちゃんと元気に育って、お返しにボクに元気をくれるのだ。最近はジジイ化してきたのか、そんなガーデニングに興味が絶大なのだ。そして7月のF,I,T(ファウンダーズインビテーショナル)のビフォーとアフターの旅行の企画を最終的にJ,T,Bのタコ・田中(波田パーソナル・毎年の冬の激安スノボーツアーなどは全てこのタコの仕事です。)と打ち合わせをした。今年はワールドカップの影響かヨーロッパ方面への移動が物凄い混んでいる状況。結局、悲願であった北欧(ノルゥエー、フィンランド、スウェーデン,デンマーク、そして帰りにスペインのイビザ島とバルセロナ)を訪問する。その際、無限に時間があるわけでもないしツアーに乗って回るわけでもないのでエアーの手配、ホテルのチェックや予約(高級やらデカイばかりが良いホテルではない。ホテルにゆっくり出来る日と夜中に入って早朝移動なんて日にはそれなりに異なった目的となる。こんなことが面倒と言ってしまえばそれまでだが、情報さえあればゴキゲンな旅が出来るのだ。)3時半に田口Emeが彼のメルセデスベンツ”S”500ロング(真っ黒でデッカくピッカピカな車。世間的には一般人とか優しい人という印象はあまり与えないであろう業界人に見える。しかし快適さはハンパ無い!) で迎えに来てくれた。奴のピカピカな黒塗りのベンツが家の前に来ると、やはり近所の目が気になる。(はぁっはぁ~~波田さんはやっぱり・・・怖い人!!)さて、ラリーの打ち合わせは順調っぽかったが会場に入ってステージのセットや再度のリハーサルなどをやった。時間的に余裕がなかったのでキツかった様子だ。ラリーは本当に素晴らしかった。スピーカーの四人も緊張も無く(きっとあったんだろうけど全く感じさせない出来栄えだった。)素晴らしかったし、メインゲストの井利元はバッチリと決めてくれた。(今、ラリーのビデオは製作中なのでお楽しみに!)終了後に出来る裏話だが、実は今回は三回の映像を流したが最初から機械とソフトに不具合が発生して予備の機械も準備はしていたがリハーサルでは完全に不安を感じていた。結局、土壇場で二台の機械ともダメと発覚して担当者は放心!!しかし”捨てる神あれば拾う神あり!”でたまたまDVDプレイヤーを持っている奴がいたんだって。普通そんなものは持ってないでしょ!!後から聞いて冷や汗がタラァ~ンと出た。だって映像を凝ったのにそれが流せなかったら全く別モノとなる。やはり神は見方してくれた。まぁ、今回ほどにラリーの企画に気合を入れたのも久しぶりだし、ラリーを主催するという事の重要さ、また苦労を再認識したということでも重要な意味があった。グループの人達に、もっとスポットライトを浴びさせてあげたいし、キッチリと表彰という形でやったことの偉大さを評価してあげたい。そんな思いは伝わったであろうか。アフターは近所のパーティースペースを堀グループの大谷が探してきてくれてセットしていた。なにせ新潟からもバスで数百人きていたので、そのエネルギーを発散させなくては!!とうことで250人と関係者と考えるとなかなか難しい条件だった。会場はなかなか素敵でとてもこの予算のパーティーとは思えない内容。
アフターに関しては一切の関与をしていなかったので進行を楽しみに、乾杯の音頭とともに思いっきりビールをイッキ飲みしていい気分に突入。そのうちボーカルの人がハッピーバースデーを歌いだしたから、昨日の藤田朋子さんのサプライズかと思いヘロヘロしていたら、♪♪♪ハッピーバースデーディア・ケージローさん~♪♪と皆から歌われ・・・・泣いた。泣いてしまった。だって嬉しかったから・・・・・48歳の充分なオッサンが皆からサプライズで祝ってもらえるなんて素晴らしい事だ。その後、藤田が作ってくれたメッセージビデオは過去20年AMをやってきて最も感動的なビデオだったなぁ・・・・というか抱腹絶倒の一言である。本当に楽しい時間だったなぁ。ゲストのイリモトには申し訳ないが主役がボクになってしまった。余興も毎度の福井グループ空手の演武、田口、文彦キノコ隊、古山率いるパーソナル隊の顔面LОCデモも激しく笑えた。ということで実際の誕生日より8日も早いサプライズだったが、企画してくれた皆、参加してくれた波田グループ、堀グループ、福井グループには感謝している。さぁ立派な48歳になるぞぉ~~!!!
6月7日(水) 朝9時に敦っちゃん(福井あつ子F・DD 本業はフラワーアーティスト、センス抜群!なんと福井豪エメの妹。)と大田市場で待ち合わせた。大田市場はまず一般市民には知られる事のない”花”業者専門の市場だ。大きく分けて青果市場と植木、花を扱う市場に分かれている様だが、僕たち御一行は当然の”植木、花”への乱入となった。なぜか一般人が入れない場所に素人が入っているというだけで、とても興奮するのだが、その種類の多さと圧倒的な品物の量には感動する。しかしあまり興奮しすぎて素人とバレると問題あるし、せっかく連れて行ってくれた敦っちゃんに迷惑がかかるので興奮は抑えるようにしたが・・・・多分誰が見ても素人だったであろう。手前の数軒の店には鉢物と言われる観葉植物屋が並び、奥の数十軒には切り花が並んでいる。値段ひとつひとつを比較すると、一般の三分の一程度か! しかしお店屋さんの売れ残りなどのリスクを考えれば当然の値段設定であろうか。
今回のメインの買い物は明後日に決行予定の”下田ガーデニング計画”の一環で様々な四季を楽しめる樹木の購入が最重要課題である。しかし最初に予定していた樹木が見つからないとか、見ていたら欲しくなったとか様々な紆余曲折があり約二時間の買い物はとても有意義だった。一緒に同行してくれた植木屋のタケちゃん(大和田剛Exの弟でとても硬派な植木屋職人。レッチリRed Hot Chilli Peppers 聞きながらバーボン飲んでお仕事。樹木と会話しながら・・・・という全然硬派でもなんでもない超ユニークな男)が迷いに迷いトラック二台分の木と花を購入した。(タケちゃんが買っているものは殆んど最初の打ち合わせと違うモノ。少々不安が入ったのは仕方がない。しかし結果は物凄い良い仕事をしてくれた。)オリーブ2本、サルビア、ヒピリカム、やまほろし、あせび、ラゴディアハスタータ、ワイヤープランツ、ポリゴナムそして新設の海へ降りる階段には鉄製の特製ナナメアーチを鉄のアーティストに設計図を書いて作ってもらったので、そこへテイカカズラとマダガスカルジャスミンをはわせて可愛いアーチを作るのだ。敦っちゃんに案内してもらったおかげで、本当に楽しい買い物ができたなぁ。
その後、野毛の家に戻り購入した、野毛のリビング用のウンベラータを降ろしたりして明後日の”下田植木デー”の下準備とした。(今回もまた数人の友達を甘い誘いで呼び出して・・・・結果手伝ってもらうのだ。)近所の定食屋で昼定食を食べて解散。午後はジムで二時間の発汗。数十件のメールの整理、その他事務仕事をして、夕方、本社に向かった。今日はSG50(薫DCA主催の50代対象のミーティング。)に友人とその会社の社長(某証券会社の社長。)と行くはずが友達だけになってしまったが、何かのチャンスと考えて一緒に行った。その友達は中学、高校の同級生なのだが、このミーティングに行き着くまでに数年の年月がかかった・・・・(涙、涙・・) ということでなんとか今回しっかり見せなくては!(なんと彼の会社の社長がAMに興味絶大でサインしたいと!!ということで二重丸な義理サインなのだ。まぁスタートはそんなもんだろう。ということで今日にかけているのだ。また同級生のボクが偉そうにマーケすると上手く行くものもいかないであろうと察したので、このミーティングに参加。)・・・・ところがなんと、奴はミーティングが始まるなり寝始めた!!! おい!こらぁ!デモを見ろよ!マーケを聞くんだぁ! 寝ているかと思うと時々起きて聞いている雰囲気だ。結局、薫さんのマーケは聞いていた。(魂はわからないが顔は聞いていた。)終了後は酒の力を借りなくては会話は成り立たないと思い、渋谷駅近くの居酒屋に入った。そしてマーケなんて全然見ていないと思ったら結構、ちゃんと見ているではないの! ダメだナァ~~人をそんな目で見ては。結構、飲んで、色々と話せていい時間だった。その後、もう一軒立ち飲みやに出かけて軽く飲んで解散。渋谷駅で別れて、数歩、歩いたところでミカちゃん(松田ミカ、グラフィックデザインを手伝ってもらっている。)に呼び止められた。彼女はスッピン!渋谷のジムで発汗してそのまま帰るのが日常らしい。そこで再び立ち飲み屋に戻り久しぶり~~の世間話をして飲んだ。楽しい時間だったなぁ。その後はちゃんと解散して何故かタクシーが見つからずに電車でニコタマまで出て、そこからタクシーで帰った。当然の泥酔だが、歯を磨く時の顔が笑っていた・・・・・・・・・・。
5月3日 ゴールデンウイークのまっ最中!!は下田のオキラクハウスで過ごした。今回の目的は庭の塀(へい)作りと屋根の上のお月見台、そして月見台に上るための階段製作というお題目があるのだ。もう日曜大工なんて域ではないが大工ハマーの陣頭指揮のもとで勇敢な男が集まった。(というか遊びにおいでぇ!と誘って、来てみたら大工仕事が待っていたというのが正しいかなぁ。)今回の参加者はハマーと土岐ちゃん、当社ウェッブデザイナーの馬橋君カップル(彼女のナオちゃんがメチャ可愛かった。)奴隷マスターの室町と彼女、そしてバーミヤンことヤマ(本当はバーミヤンではなくヒルトンホテルの中華・王朝のシェフ)下田の番人、シンノスケ、そして波田家の少年1号、2号、そして親友のコウキ君だ。とにかく渋滞を回避して2日の深夜には下田に到着をして皆で就寝。翌朝はサーフィンをしたり、トラックから荷物を降ろして早々に準備に取り掛かったりと慌ただしい。全工程をたった二日で完成というのは不可能な話しだが、何回かハマーとデザイン的な事、強度的な事で話し合い検討し、そしてハマーが図面を起し計測してくれて部材を揃え・・・・(要するに俺たちはハマーのお助けをしていたのだ。言われた事をサッさとやりまくった。)材料だけでも結構な量だ。デッキを増設して鉄骨の支柱を立てハシゴを製作。釘はかっこ悪いから、なるべく使わないで、またサビも困るので金属のツナギの材料なども使いたくは無いというワガママをハマーは聞いてくれた。(ハマーは実は最近めでたく入籍をした。なんと、ここオキラクハウスで彼女というか我が社の実質的社長の土岐智子さんと出会っているのだ。命の恩人じゃない”恩家”の改装といえば命をかけてやってくれる!) 本当に段取りは完璧で我々はあまり頭脳を使う事無く言われた作業を”無”になって馬鹿話をしながら進めていった。庭の外に作った塀はアメリカの中流階級の庭先に見られる平和の象徴みたいな板をタテ張りに等間隔で打ちつけたもの。全て同じ長さで切って防腐塗料のキシラデコールを塗り塗りした。そして男らしい電動工具を使ってバッシンバッシンと板を一枚一枚、打ち付けていった。(こんな作業を一人でやっていたら淋しいなぁ。やっぱりアホ話しながらの作業がヨコシマだが楽しいと思う。ランチはビールを飲みながら屋外ダイニングでパスタ三種類を作って食べた。なんだかドロドロになって海見てビール飲んで仲間とアホ話してるのが、最高だなぁと痛感するような瞬間がなんどもあった。夕方までなんとなくマッタリ気分も半分に楽しく皆で過ごした。少年三人は完全なる野放しで何処に行ったかわからない。完全に親は解約状態だ。しかしメシの時間になると帰ってくる。夕飯まえには恒例の近所の某会員制高級ホテルの洞窟温泉に無断で入浴! (断っても入れないので挨拶は省略した!)そんなの慣れたもんで皆で和めた。夕飯は皆で様々なモノを作り片っ端から飲んで食った。暖炉も燃やしてムード全快!後半は記憶も無く日記も書けない・・・・・・・・・とにかく、ここにいると様々な人間が出入りしてきて楽しい。こんな皆が楽しい空間が夢だったんだなぁ。次の満月には絶対に屋根の上でお月見をしよう!! 明日は完成に向けて朝から張り切る! 手伝ってくれている皆、ありがとう!!だましてゴメンね!
4月28日(金)昔で言うならば今日は最終営業日だがインターネットの注文が31日午前12時まで受けているので営業日としては今日なのだ。業界的には臨戦状態を感じる。昨晩はラリー関係のオーディオビジュアル的な打ち合わせとかで、酒抜きだったせいか朝は快調に起床して早朝から仕事を片付けて午前中はジムで発汗した。酒抜きが気分が良いという事がわかっているならば、飲まなければ良いと考える程、馬鹿じゃない。いや利口じゃない。昼に帰ってシャワーを浴びて、お手伝いさんの敏ちゃんと秘書(実際には社長かなぁ)の土岐ちゃんの昼食を作った。どうしてだか我が社の風俗習慣で、ボクが作るのが恒例になっている。ランチタイムのお客さんは全員で食事をする。ということで午後は流石に月末のやるべき事をこなした。5月のスケジュールの調整、7月のヨーロッパの段取り他、様々な雑務がある。連休には下田でお月見台を屋根の上に作るのでその作業の段取りもあるのだ。月末なので来月の目黒オフィスのスケジュールの最終信も出さなくては!!とナンだかんだしているうちに、夕方になった。 今日はビッグイベントがある。スポンサーの林立夫CAに”個人面談”をしに北鎌倉まで出かけるのだ。
林さんに出会ったのは27歳だった。かれこれAMを始めて21年が過ぎたが、その間、多大な影響を受けた。ビジネスだけでなく人生にも強い影響を受けた。僕の考え方、判断の仕方、林立夫氏から35%は影響しているだろう。(中島薫氏も35%・・・・他はナイショだ。)等々力から自由が丘経由、東横線特急で横浜で乗り換えて北鎌倉に到着。所要時間は1時間弱で驚き!!本読んだり、音楽を聴いたりと小旅行気分だったが、あっという間だった。想像以上に早かったので北鎌倉界隈を散策した。建長寺だけでなく駅界隈も充分にここは観光地だと実感。しかし京都も良いけれど鎌倉の街がもつオーラはハンパじゃない。こんな短時間でも来て良かったと実感。不思議だナァと思うのは我が家から高速に乗れば1時間チョイで着く同じ町が電車だと違うものに感じられる。そうしているうちに林立夫氏から電話があり駅まで迎えに来てくれるというので駅で待っていたら秘書のヨシタカ君が運転した可愛らしいフランスのルノーの金魚鉢みたいなワゴンで林夫妻が登場。しかしいつ会っても肩肘に力が入っていない夫婦だ。そしてこのお洒落なクルマはなんと犬専用車であった。いや”お犬様”だなぁ。(林家では数頭の巨大から小さいのまで犬がいる。)そして今日は林家の近所の馴染みの廣寿司を予約してあるという。ウッフッフ!!!
食通ハヤシタツオの行く店はハンパではない。林さんは最近は音楽活動を再開しているが、わざわざ東京の業界人はタクシーを飛ばし、この店で林氏と飲んでタクシーで東京まで帰っていくのだ。ここからのタクシー代は推定2万円だが、それでも銀座界隈の寿司屋よりズット安くて美味しいと評判らしい。驚きなのが林家には現在業務用にマイナス50度の冷凍庫が準備されていて日本中から旬なモノを旬な時期に取り寄せて仕舞いこんであるらしい。(この冷凍庫の秘密は誰か本物の食通な人がいたら聞いてみてください。)ということで数種類のジビエ(野鳥)が持ち込まれ、また生魚にもバッチリ合う赤ワインも三本、そしてシャンペンも持ち込まれた!! なんという贅沢なぁ。店はまるで豪華ではないけれど、やたらに落ち着く。そして両隣にお父さん、お母さんが座った状態で立夫氏、厚子氏が座りスタート。出された料理は当然に素晴らしかった。林氏は肉の調理を料理人の主人と相談している。まあぁ、飲むは食うは、またまた飲むは食うは・・・・6時から始まった宴は12時まで続いた。途中で林さんが面倒を見ているミュージシャンがやってきて食事。なんと店内でアカペラでR&Bを一曲ご披露してくれた。カッコいい!! ということで驚きを超えた一晩だった。今晩、林さんに聞きたかった質問は制覇。というか聞くまでも無く、そんな事を網羅した話をしてくれて、充分に頭の中は整理されたのだ。
今日、思った事は、林夫妻はこの世で一番、ボクが成功する事を望んでくれているという事だ。アップラインに感謝だなぁ。林夫妻がいなかったら・・・・・・恐ろしいじゃないか。考えたくも無い・・・・ 最高な夜に感謝します。また話し聞かせてくださいまし。 アナタはメンターがいますか!? ボクは幸せだ。 (帰りはなんと玉田君が寿司屋に迎えに来てくれて家まで送ってくれた。乗った瞬間に意識不明となり起されたら東京の家の前であった。本当に有難う!!!!)
4月17日 朝は自然に目が覚める。野毛の家は信じられない事に東京なのに自然を存分に感じる。なにせ今日の朝は鶯(うぐいす)の泣き声で起きた。朝からホーホケキョなのだ! シャワーをしてバスローブをきたままでコーヒーを飲みながらメールのチェック、インターネットでサラリとニュースを見る。10時に尾山台商店街の魚屋、八百屋に買い物に出た。俺ってなんだか主婦っぽい。実は主婦願望があるのだ。ビジネスマンもかっこ良いけど主婦をバッチリこなすのもカッコいい。今日は昼に堀正樹ダブルと福井F・Eme他数人がウチにやってくる。急きょ、この三人の共同主催でラリーを開催する事になったのだ。ということで第一回のラリーの打ち合わせをする為に我が家にて集結。
(今回は運営を指揮するデブニー夫妻と波田の第二秘書の藤田、土岐ちゃんも参加) ということで集合時間が昼時なのでランチを作る。みんなで食事をするという行為は”和”が生まれて楽しい。同じスポーツをするも良いだろうし何かの時間の共有も良いが、ボクの場合は食事が特に好きだ。近所には自由が丘もあるしニコタマ(二子玉川)もあるから外食も良いと思うが自宅での食事は自分も和むし客人も楽しんでくれていると思う。食事を作る事は僕にとって楽しい作業なのだ。毎日ではないから余計に楽しめているのかナァ。実際、東京にいる時の食事は外でアポが無い限り自分で作る。決して上手ではないが、その時に食べたいものは作れる程度。ということで今日はパスタ2種類とサラダを作った。食事後はラリーの打ち合わせ。この企画は堀ダブルダイヤの提案なのだが実にグッドアイデアだと思った。今伸び盛りの堀グループはわざわざ本拠地の新潟からバス5台を貸切り毎回盛り上がるという。福井は絶好調な格闘家軍団。チームワークはピカイチなチーム。プライベートでもビジネスでも仲良くしてもらっている。さて、やはりAMのビジネスでは”表彰”という事で人を賞賛するという事は本当に大切だ。自分にスポットライトが当たるということは素晴らしい。そんな機会も作りたいしグループにゲストスピーカーの栄誉を味合わせたい。そしてそれを裏側で企画運営するという事は段取り、準備が本当に大変な労力だがヤリ甲斐はあるしそれを皆で請け負えるということは経験として重要だ。業者に依頼すれば簡単だが、それでは”手作り感”がなくなるしコストがチケット代に反映してしまう。まぁ全ての雑務を皆で楽しもうと思う。しかし進行のタイムスケジュール、ゲストの決定、予算出し、舞台のデザイン、チケットのデザイン、インフォメーション、集計、チケット送付、当日の運営、音楽の選曲、司会者との打ち合わせ、アフターの手配、ゲストの送迎から接待、会計・・・・事前にやる事も当日やる事も山のようにある。しかしそれを段取りよく皆でやり遂げると、感動もひとしおだ。ということで大分、皆の意向もわかったし、やるべき事も理解出来た。藤田はお見事なまでに皆の仕事を整理し議事記録をつくりメールで配信していた。(結構AMディストには苦手分野だが流石に元、某起業のスーパーエリートは違う。)第一回のミーティングは終了して皆の方針なども見えてきた。この企画は最低二年(年三回なので六回は続ける。従って一回目で調子がつかめれば、次回からは慣れてくるので楽なのだ。) 15時からマブダチ河名が我が家に来て”お野菜ミーティング”をした。河名はもう27年の付き合いになる。今はナチュラルハーモニーという無農薬野菜の流通を主宰し全国に農業指導に駆け回り、また韓国からも要請が来て農業指導に行っている。彼は正しい農業のありかたを伝授する代わりに、その作物を買い上げて独自の流通で会員に販売している。(当然ボクもここで野菜を入手しているが抜群に旬でヤル気満点の野菜は美味しい。)河名からの情報は本当に日本の食文化の持つ危険性を教えてくれる。その問題から危険回避をするのは自覚しかないのだ。(この話は深いし長いし激しいので今回はしません。とてもセンシティブな話題だし・・・農家が自分で作った野菜は食わない、又は自分達用の野菜は別で作っている事実をどう思う!?)いつもながらに感嘆深い時間だった。 夜は目黒オフィスで若者ミーティングをした。このミーティングは以前に書いたが服部テッちゃんEmeと沢目DDに手伝ってもらい開いている。僕もそうであったが初めて会場でマーケを人前でした事を忘れられない。そんな機会というかキッカケ、度胸付けは大切なのだ。シンノスケも古山もここでデビューが出来た。心臓が口から出そうになっていたが立派なDDになるためには必要な経験なのだ。毎回ハラハラするし、新規がいたらヒヤヒヤもする。自分がやったら一番早いと思うがそれではリーダーシップの移行にはならないしリーダーは育たない。”やってみせ言って聞かせてやらせてみ、されど人は動かん”(山本五十六)という言葉がある。(たぶん、あってる!?)人に勇気とヤル気を与えてこそ人は育つのだ。次世代、そして次々世代へのビジネスの継承は一歩ずつながらも進んでいる。人生にはその時の”役目”があるのだと思うこの頃だ。
3月29日(水)朝起きてから、ゆっくりした時間を過ごした。宇宙の朝ごはん・プロテイン飲んで、コーヒー飲んで、植木に水をあげて、音楽聴いて庭の緑を眺めて、携帯でメールをチェックして・・・・こんな平日の平和な朝が好きだ。ある意味、こんな平凡な朝を過ごしたくて仕事を頑張ってるのかナァ・・。忙しいという言葉は悲しい。だって忙しいとは心が亡いと書くのだ。心が無い仕事って淋しいよねぇ。さて今日は山崎拓巳FCAにランチを申し込み、スケジュールが合ったのが打診してから約三週間後の今日だった。タクは忙しいのだよ。(オレも忙しかったけど・・・・) FCA、アーティスト、エッセイスト、講演活動、もう著書も10冊目で本物の有名人なんだよね。さて今日は格闘家・福井と角田カクちゃん(東京芸大出身で山崎拓巳FCAと同じ三重県の出身)を紹介する為のランチだった。しかしタクの精力的な動きにはアッパレだ。最近、出版した”山崎拓巳の道は開ける” (なにせ新しい著書の”道は開ける”はなんとツタヤのランキングで一位になっている。)が素晴らしく勉強になる本だった。やはり精力的に生きている分、面白い話が沢山入ってくるのだ。今日は四人で麻布の海南鶏飯食堂でチキンライスを食べた。このお店はいつかホームページで紹介するが本当に美味いシンガポール風(海南省の味というのが正しいかぁ。)で美味しい店なのだ。そして面白い情報満載な会話の時間だった。なんと言うか、タクは本当に何かをいつも考えて行動し、何かに向かっているのだ。会うほどに自分のモチベーションが上っていくのを感じられる。進化するヒトはカッコいい! その後、ちょうど近所にいたので、麻布十番のマンタニ・グループのヘアデザイナーにしてFDDの鈴木マキちゃん宅(というかアトリエ)を突然に訪問させてもらった。(電話もしないでセールスマンみたいにいきなりピンポンした。ゴメンナサイ!) このアトリエは本当にセンス良く使われている。(マキさんはタクFCAのヘアーカットもしている。)本当に信じられないが六本木ヒルズから三分の長屋(本当に長屋)で一階を美容のアトリエにして二階が住居になっているのだ。東京にはまだこんな下町情緒満々な場所が沢山残っているが、家の前の下町的な路地からの風景に、そびえ立つ六本木ヒルズのビル郡を見上げると感動する。東京はメトロポリタンなのだ。本当にいい迷惑だと思うがマキちゃん宅も角ちゃんにも見せてあげたくお茶をさせてもらった。とてもレトロ感いっぱいのこの部屋はやたらに居心地が良いのだ。マキちゃん、本当にありがとうございました。そして角ちゃんとは解散。せっかく六本木まで来たので大好きな複合店舗のアクシスの中の雑貨店のリビングモチーフで数冊の洋書を購入したり、便利キッチン・グッズをチェックした。その後は一度、野毛の家に戻り山盛りの事務仕事をした。手紙を数通、メール返信を数十本、旅行社との7月の北欧旅行の打ち合わせ、4月のスケジュールの調整と決定、ウェッブデザイナーのウマ君との新規の携帯サイトの打ち合わせ・・・・・・やることはいっぱい。軽く和定食を食い目黒オフィスのミーティングの準備をして出かけた。夜はLM(リーダーミーティング)が20時から目黒オフィスで行われた。波田は結構しゃべったぞ。というか本当に幸せだと思うがこうやってリーダーミーティングで人前で、しゃべっていると自分の考えが色々とまとまってくるのだ。当然に話す内容はある程度は決めておくが、結構、そのときに急に感じた事とか経験を話すパターンが多い。今日も沢山のグループや他系列でバッチリと盛り上がった。パーソナルの面々は最近、フォーカスがピタッと合ってきている。シンノスケは立派になってきたし古山グループもだんだんと意識が高い人間が増えてきている。陽介もメグもいい感じ。エミも爆発! そろそろ次の系列も考えなくては!! 明日からパーソナルレッグ増強キャンペーンでもしよう!! 夜寝る前に最近は今日会った人への感謝を思い出して寝るようにしている。なんだか良い睡眠が出来るんだよね。今日も多くのいい人との出会いがあった。ありがとう!!!
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