10月24日(金曜) 昨日まで月曜日からの4日間、下田のオキラクハウスで“秋の工事”を遂行していた。今回はやたらに気合いが入っていた。 急ぐ訳ではないけれど、そろそろ決着を付けたいというのが本音。 “一応”完成を見たいのだ。 それでも“一応の完成”見たら見たで次のアイデアが湧いてくるのがハダケージローだ! 飽きる事は無い。よくオキラクハウスはいつ完成ですかと言われるけど、これには終わりは無い。 そして昨日は、工事を遂行してくれている仲間のモト、グネッチ、ハマーをオキラクハウスに残して東京に電車で向かい、目黒オフィスでミーティングをして、東京に泊まり、また朝イチに電車に乗って下田に帰ってきた。まったく慌ただし時間で生きている。(忙しくはない。忙しいは心ないからね・・・・・) 午前中にはオキラクハウスに戻って来て、皆のランチの準備に入ろうと思ったら、先に山崎拓巳FCA御一行が先に来ていた。 今日は“なんとなく月刊・山崎拓巳”(タクが発信しているほぼ月刊のDVDニュース) に波田ケージローが登場する事になり、オキラクハウスでの取材撮影となったのだ。 簡単な撮影とおもいきや、結構な撮影隊でビックリ! 家に入ったら、勝手にソファーのレイアウトが変わっていて笑う! ランチを工事部隊と、今回一緒について来た桑島誠、そして山崎拓巳チームの三人とで食べた。 その後にいよいよ撮影に突入! 対談形式で進められ、二時間の撮影はあっという間で楽しかった。 山崎拓巳FCAは話せば話す程に感心する。 その幅広い“好奇心”には呆れ返る!! もう全く脳みそは“少年”そのものだ。 AMではFCAという究極を実現、そして作家(著書も十数冊)、画家、エッセイスト、映画監督、映像作家、ビジネスセミナーの企画、ほぼ月刊ライブDVDの編集、モノスゴい数のブログ(更新もマメ極まりない!)、少し前までカフェ・オーナーと!そうだギャラリーもやっている話を聞いたし、カンボジアで学校なんて話もあった。アレっラジオのパーソナリティーなんてのもあった気がする! とにかく思いつく憧れ的職業は全て網羅している!(たぶんボクの知らない職業もあるはず。そして今後もふえるはず!) とにかく“暇”が大嫌い、落ち着いて何かをする事が、まるで出来ない! 波田いわく ”AM界の三大落ち着かないヒト“に君臨するのがヤマザキタクミなのだ。(他の二人は割愛)とにかくジッとしている事など無く、思いつくクリエイティブ活動は、全てこなすヒトなのだ。 最近、”パーソナル?ブランディング“なる言葉が流行っている。要は自分のアイデンティティー(山崎拓巳ならヤマザキタクミ、波田啓次郎ならハダケージローという自分というブランドの”売り“をハッキリさせるという事かな??)を明確に作るというのが、これからのビジネス、そして世界で生きるには必要だと言われている。 ”アナタは誰なのか、アナタと他の人との違いはナンなのか“・・・・・そこが大切だと言う事だ。 そんな事を知識として知ると、山崎拓巳は、やはり大成功している。 “話は戻るが、ヤマザキタクミはまさにマルチ?クリエーターなのだ。ヤマザキタクミはどこに満足があるのだろうか!? ベストセラー、いやミリオンセラー作家? ビジネスマン? 億万長者! なんでもスゴいし、なってしまうだろうけど、普通のクリエーターにつきものの経済的不安定、とかスポンサーの顔色を見たりとか、そんな様々な小細工は必要ないのだ。 だから、これから何処に行くのかが楽しみだ。 聞けば年間の三分の一はホテル住まい、それも世界中だ。 いったい何処に進むのか・・・・・自由な大人の少年は世界を変える!!
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夏のある日の出来事!
2008年8月9日(土曜日) 下田オキラクハウスにいると前の晩に、どんなに飲んでも5時には起床する。波チエックをして、そのまま10分後には海に入っているなんて日常だ。そして7時半頃に戻って朝食の支度をするなんてのが下田の日常だ。昨日から大和田剛エグが泊まっていて、彼もデッキで波チエックをしていた。本日はノーウェイブ!!(サーフィンは成り立たず!)ということで二人でガレージに置いてあるカヤックを出して海に運んで近所の海岸へ海上散策を決め込んだ。なかなかヨロシイ旅なのだ。陸から見る海も好きだけど、海上から見る海、山は本当に雄大だ。またカヤックで廻ると”人跡未踏の地”みたいな場所が沢山見えてアドベンチャー感はたまらない!そんな自然からのエネルギーをたくさん吸収出来て素晴らしい朝だった。

最近は”ナカジー式デトックス”が流行して、みんな美しくなるのは素晴らしい事だ。しかしオキラクハウスには発育盛りの少年少女も沢山くるので、朝食抜きはどうかと思い、非常に軽く作っている。波田は化学調味料には頼らず、味噌汁はイリコ(小魚)、昆布、鰹節などからキッチリ取るし、下田には美味しい無農薬の新鮮な安全野菜が手に入るので夏の滞在期間には”ぬかみそ”も育てていて毎日、美味しい漬け物も食べられる。・・・・・・・全員、それを見ると”朝ご飯食べる人”に変身しているのだ。そして宿泊者約十数人で食べる朝食は楽しい。オキラクハウスは1チーム4人までで3チーム位が同時に滞在する。ということは最初は借りて来た猫みたいに上品にしている人々がだんだん二日目には仲良しになって三日目に頂点となり解散・・・・・・そんな二泊三日が3週間続くのだ。 さて、本日は一週間ぶりの東京だ。本社オーディトリアムで塚原EX-DIAご夫妻のラリーのゲストに選んでいただいたのだ。ということで9時発の特急”踊り子号”に乗って出勤だ。東京までの道のりの二時間半はとても好きな時間だ。まずこの時間のグリーン車には人はほとんど乗っていない。今日もボク一人。イスを回転させて大の字になって寝たり、歌ったり(マジ)、パソコンいじったり、本を読んだり、iPod聞いたり、ご機嫌な景色を眺めたり、またうたた寝したり、絵を描いたり、バナナ食べたり、スケジュールを調整したり、メールでアポ取りもして、ブログも更新して・・・・・・到着。東京に入って電車で移動すると本当にビックリなのが『皆、どーしたの!?!?』と言う程に顔にスマイルが無い。まぁニタニタしながら山手線に乗るヤツなんていないのか、久しぶりに見る東京は観光客目線で楽しい。 塚原さんのラリーは主婦率98%だった。オーディトリアムは約700人の席は満席。1400個の人妻目線!! 緊張もするが心地の良い時間だった。終始、頭の中を走った疑問は”なぜここにオレが!”という事だった。話す程に、こんな話を誰が聞いて喜ぶのか・・・・と自問してしまう。でも、楽しい時間だった。 終了後は本来、アフターがあってお食事会が企画されていたようなのだが、申し訳ないが遠慮させていただいた。なぜならば16時10分の品川発の伊豆の踊り子号に乗らないと夕飯に間に合わないのだ。(夏場はオキラクハウス生活が中心なんですね。)ということで17時58分に下田駅に帰って来た。みんなに”父さん!お帰りなさい!”と歓迎されて皆で夕飯。(半分の料理は朝、仕込んで行きました。)今日は働いた!!そんな日のビールは本当に美味しい。仕事は楽しもう! 些細な事を楽しもう! なんでもかんでも楽しませてもらうとか思わないで、自分で楽しみを見つけよう。すると人生はたちまちに楽しくなる。また明日から5時起きの生活が始まる。 (サーフィン的には毎日、朝晩がヨロシイのです。)
ダイヤモンドミーティングも行かないで・・・・・・・
7月24日 世の中の小学生は夏休みに突入した。近所のプールの子供の叫び声で朝起きる日々だ。さて、すでに夏休みになっているのに、気持ちは焦るばかりだ。なぜならば下田OKIRAKUHOUSE別館(今年の夏中に名前はちゃんと決めようと思っている。オキラク庵、気楽別邸、・・・・・なんだろう!相当にジャパニーズの匠の技&ミッドセンチュリー系シンプルデザイン、さわやかディテールなんです。)の工事が終わっていないのだ。完全になめていた。別館は約12畳のゲストルーム、小さな屋根裏部屋、トイレ、そして軒を思いっきり長くとって屋外にバーを作る。そしてそこには煖炉があって回りは植栽がある。またやっかいな事に波田はこういうことが”適当”というわけにはいかない。様々なこだわりが、ものすごい工期遅れの原因となった。例えば床はプリント合板のフローリングならばコストもかからず工期も短時間なのに、無垢の板をはりつめた。窓はアルミサッシなら一日で取り付け可能だし低価格なのに、建具職人に木で作ってもらい網戸や雨戸までもお願いした。 窓はサンの無い一枚のガラスにこだわった為に重量は70キロまでになった。メンテナンスも大変だしサッシのほうがずっと密閉性がある。でも雰囲気がよくてカッコいいのは建具職人の匠の技なのだ。壁も一枚一枚、無垢の板を貼り、天井も同じだ。ペンキを塗って時間が経った時の板と板の隙間が実にヨロシイのだ。外観も防火の木材を一枚ずつ張り巡らし、窓回りなんて芸術の域だ。・・・・・・・ということでゴールデンウイークになんとか着工出来て(なにせ国立公園と風致地区という二大規制が入り、とにかく申請に苦労した。というか担当してくれたモトが苦労した。ご苦労さんです!) 5月から約12日位を費やした。その間、東京から、そして地元から手伝いに来てくれている友達の数は延べで100人は優に超える。しかし終わらなかった。正確にはトイレは配管まで終了したが取り付けは出来なかった。壁は半分くらいは断熱材むき出し、天井は完全に断熱材むき出し。屋根裏部屋に続く階段は出来なかった。外のテラコッタ張りは全然無理。電気関係はエアコン、天井のフライファンは完了、スイッチ類は宙ぶらりん、外の屋外暖炉は設置完了、煙突も無事に完了、窓も無理と言われていたがガラス扉、雨戸、網戸も完了した。まぁよく見なきゃ大丈夫だ。・・・・・・・・・ということで中途半端デビューです。まぁよく考えたらこの日数でよく出来たと思う。モト(参河基/みかわもとい/一級建築士にして現場上がりなので、様々な事を知り尽くしている。)との出会いは本当に大きかった。全てが”引き寄せ”している。 今日は本社でダイヤモンドミーティングが開催されている。オレは夏前の最後の下田工事をしている。 ゴメンナサイ!! オレのナリワイ(生業)はいったいナンなんだ!
どこまでが素人か・・・・・・
2008年5月3日 素人とは何を提議するのであろうか。一般的な解釈で考えれば、それで食べている人をプロ、いわゆる玄人(くろうと)・・・・ということは、食べていない人を素人というならば我々は素人に他ならない。子供の頃からの夢の一つに、自分で家を建ててみたいというのがあった。少年時代の我が家の近所のサラリーマンのオジさんが、家の外装部(基礎、柱、壁、天井、屋根)を大工さんに作ってもらい10年位かけて自分でコツコツと内装を作っている人がいて関心した。 男なら、という表現はしたくはないが“大工道具”を見るとワクワクするし、日曜大工で何かを作れる人を見ると尊敬の目になる。夢は叶えるためのモノなのでいつも心にはあった。オキラクハウスの改築工事をしているうちに、一瞬、その夢は途絶えたかのように思ったが、裏の土地を買って勃発!(別に地上げではない。ヤミクモに広い土地が必要なのではない。違法建築で建つているビーチハウスを合法的なモノにするには裏側の土地を入手して合体しかないのだ。まさにモノポリーゲームをライブでやっていたのだ。) オキラクハウスは夏場に定員オーバーを起こす事が多々あるので、小さなゲストハウス&野外バー(当然の暖炉付き)を作ろうではないか! と考え始めたのが一昨年。そして構想を練り、デザインを起こした。今回はしっかりと設計図を作ってもらい。小さい物ながら構造計算を依頼して建築許可を取った。(国立公園内の何かを建てるという事は本当に大変な事なのだ。)冬の工事は辛すぎるので春を待った。そしてゴールデンウイークの前から作業に突入。今回はヒトデが絶対に必要な事ばかりなのて、またまた皆に協力を願った。たまたま遊びに来たアンドリューやグループの人々なんて知らずに手伝わされている! 玉田チームに福井チームが総力を結集してお手伝いをしてくれて、なんと何も無かったところに建物の基礎を作り、そしてゴールデンウイーク中の棟上げ(柱から、はり、そして屋根までを製作)までを作りきった。ものすごい人海戦術以外の何者でもない。期限は夏の7月20日までに寝泊まり可能な空間にすること。内張りがまだ、トイレが出来上がらない、エアコンが間に合わない・・・は許容範囲!とにかく人間がまずは寝起き出来るまでにはやってしまおう。これ期限を切らないと間違いなく出来ないんです。切ると出来ます。そのように段取ります。ということで楽しい夏休みの為にも頑張ってます! 今後の課題・・・床の基礎と床はり。外壁張り、窓の取り付け。中二階を作る。ハシゴを作る。トイレを作る。(トイレ、洗面周りのデザインをして図面を書く。断熱材を入れて壁をはる。(壁は珪藻土を佐官する。) 断熱材をいれて天井を張る。外のテラス周りのタイル(37?)を張る。暖炉を設置する。 エアコン取り付け、大きい窓(建具屋管轄で木製で作成はプロ仕事。)電気の配線(これもプロ仕事)・・・アウトドアリビングの細かいところのデザインも起こさないと・・・・やる事イッパイだけど、本当に自分達で楽しみながらやると愛着100倍ですよ! 人手になりたい人の参加をお待ちしています。プロ、アマ問わす!今回は求人広告をも含めた日記でした!
《2007のオキラクハウス》
今年も沢山の友達が全国からやってきた。北海道から、沖縄からのべで200人!!ソレはソレは楽しい時間でしたよ。また来年の”民宿のオヤジ生活”を楽しみます。









人生の定番的日記です。下田《オキラクハウス》の夏。
多分、過去に何回か同じような内容の日記を書いた気がする。わざわざ調べようとも思わないが記憶にはある。仕方が無いのだ。これが夏の定番のライフスタイルであるし、こんな生活をイメージして目指していたのだから・・・・・・この夏も随分と長い時間を下田《オキラクハウス》で過ごした。オキラクハウスも今年で5年目の夏となった。毎年来る人もいれば久々に来る人も沢山いる。

みんなビックリするのが、毎年の進化だ。なんの進化かと正確に言えば、家と庭だ。この一年を簡単に振り返ってみても、裏のただのテニスコートがテニスコートでなくなり(テニスコートを庭にするには、まずテニスコートを破壊することから始まる。やってわかったが、フェンスの破壊、人工芝の撤去、下地のアスファルトの除去・・・・相当に大変だった。正確には福井達が大変だった。ご苦労様です。) 大体のデザインを考える・・・・植える木々、塀のデザイン、芝生の場所、植えるに相応しい木を選ぶのも簡単ではない。花も季節的に向いている花、向いていない花と知識が無くては出来ない事が多すぎる。(相当に園芸には詳しくなったが奥深すぎる。) とまぁ幾多の楽しい困難を乗り越えて、晴れて夏を迎えることが出来たのだ。(あまり中途半端な状態で夏を迎えると落ち着かない。)・・・・・・・・今年の夏も7月後半から北海道のイリモト御一行から始まり、山崎よっちゃんCAやシンペイ家、米村EXチーム・・・8月の下旬にかけてまで、延べ人数を計算したら約200人が遊びに来てくれた。(毎日平均10人、それが三週間続く!その間のビール消費量は約700本、ワインなんて恐ろしい量だ。) 夏は基本的に二泊三日でみんなが来るので、重複する日(前の班は三日目を夕方まで過ごし、次のチームは渋滞を避けて早朝に到着することが多い。するとある日のランチタイムは20人!そしてそんな日に限って地元の友達とか日帰りで遊びに来た友達が訪ねてきて25人のランチになるなんてことも頻繁にあるのだ。前はそんなランチは血相抱えて準備をしたが、もう全然、慣れてしまった。今年は夕飯も一度25人という日があったなぁ。

でもそんな日は準備をする人、仕込みの手伝いをする人、バーベキューを焼く人、どんどんと出てくる洗い物をサッサとする人、ゴミを整理する人・・・無言のうちに自分の役割が出来ていて、チームワークも良く和気藹々と和んだ時間になるのだ。だいたい2~4人組みのチームが3チーム来ているので、最初は他人、三日過ごすと新しい友達!みたいに新しいコミュニケーションがドンドンと生まれていくのが楽しいのだ。(そんなコミュニケーションから新しい仕事に発展した人、彼女が出来た人、結婚したカップルまでいるから可笑しい!!) サーフィン・デビューした人も数多く、かつてはウエイクボード世界ランクまで持った新潟の堀正樹はウェイクを捨ててサーフィンに没頭するに至っているキッカケもオキラクハウスでのサーフィンだった。園芸魂に火が付いた人、改築魂に火が付いた人、料理に、もちろんAМに火が付いた人も数多い。そんな沢山の出会いやキッカケが生まれたオキラクハウスは本当にハッピーだ。そして毎年、四季を通じて時間を過ごす事を楽しみにしてくれている友人が沢山いるということが、夏の楽しみのひとつになっているのは事実だ。 オキラクハウスはただのビーチハウスではない。人と人を仲良くしてくれる、そんな素晴らしい空間に発展している。 当分、夏はこんなスタイルで遊んでいるんだろうナァ・・・・・ちなみに、今年はどこも猛暑だったでしょ。でもオキラクハウスは一度もエアコンのお世話にならなかったんです。快適なんですょ!!・・・・・・・・・・来年も新しい”出会い”があるんだろうなぁ。今から楽しみだぁ。(余談ですが下田は一年を通して温暖な素晴らしい気候ですが、一年でベストシーズンは夏休み以外の時なんです。夏は人も多いし・・・・実はこれからが楽しいシーズンなんですょ。)
ゴールデンウィークは”穴掘り三昧!!”
昨年の秋に下田の《オキラクハウス》裏の使っていないテニスコートを、やっと買うことが出来た。そこでテニスなどは予定は無い。話せば長いのだが、最初にこの家を購入した時には海(ビーチ)には面してはいるのだが道路には面していない・・・・ということは不動産的価値はゼロ(法律上だと建て替えが出来ない。)という究極の難題を抱えた物件だったのだ。しかしオセロゲームの様に要所を手に入れないことには、話は進まない。その後、ご近所さんの民宿のご主人、植木屋さん、ペンションのオーナーと親交を深め、信頼関係(っていうか先方からボクを信じていただくだけの事。)を少しずつ作り、やっと最高実権を持つオバァ様に了解を得たのだ。

このテニスコートには公道に面しているので、ここを利用すれば我が《オキラクハウス》も公道に面することになり万事休すとなるのだった。しかしテニスコートは面積350坪以上なので、どう考えてもそんなに土地は必要ではないので、ボクの使う予定のない部分を使って別荘を建てたい人(これだって隣人になるのだから誰でもいいという事はない。地元民はヨソモノを嫌う!)を探さなくてはならない。そんな幾多の難題を三年越しで解決して、やっと昨年の秋に最高な形で手に入ったのだ。・・・・・・そしてこの元・テニスコートも有効活用しなくては!! 当初は熱帯植物園案、プール案、バー&カフェ案、農地案、駐車場にして貸す案、トレーラーハウスを置いて・・・・様々な案となったが、いずれにしろテニスコートを破壊して整地して必要なモノ(駐車場三台分他)を作るのが先決。そして何故に急いだかと言えば、植樹を早く済ませたかったのだ。実は家の完成度は庭の木々で決まると思うようになったのは、この数年だ。『家は一年、庭10年』とも言う。要するに成長に時間がかかるのだ。だから要所の大切な木を早く植えたいという気持ちが爆発。ということは関連した”へい”とか入り口周りの植栽などは、早く作って植えて、残りの建物(今のところ三人分のベッドルームと野外バーが有力。)はジックリと考えながら進めようという方針だ。ということでゴールデンウイークは大工ハマーの指揮の元、強力な福井チーム、神谷アンドリュー、シンノスケ、仙台のコウコ、マコト、あつ子 などの混成チームに手伝ってもらい穴掘りを始めたのだ。

100坪のテニスコートの表面に張ってある人工芝を剥がし(福井チームは冗談みたいな働きで2時間で全部、粉々に剥がしてくれた。)塀の予定の土地、約12メートルのアスファルトを、木っ端微塵に砕き、塀の基礎を作る準備をしてくれた。かたや塀の材料にする木材を切ったり防腐剤を含んだ塗料を塗ったりという作業も分担。仕事ぶりはビューティフルだった。そして三日間でお見事な進展を遂げたのだ。作業当日にアドバイスをしに来てくれた植木屋のご主人は、僕達の今回の作業プランを聞いて完全に『そりゃシロウトには無理!!』って目をしただけではなく、そのまんま言葉で発した。しかし最終日に来てくれたときには唖然!!!『今度、仕事、頼もうかナァ・・・』とまで言わしめる仕事ぶりだったのだ。うっふっふ 満足!満足!!~~今年の夏前の工事は楽しみだ!! 達成感を皆で楽しみながらの『サーフ&ロウドォー』ツアーは他では味わえない男のロマンなのだ。 これから夏前までに植え込みに植栽、大きい植樹(夾竹桃、ドラセナ他)そして側道のオキラクロードの塀も作り、芝生も植えて、新しいシャワーブースも作り・・・・・・果てしない空想はいつまでも続くのだ。波田の頭の中は文字通り”庭でイッパイ”だ。
久々の”奴隷マスターズ”の顔見世。
2007年6月4日 久しぶりにハイスピードで下田の工事をしている。5月の連休に始めた下田第15期工事(本当かよ!)は裏のテニスコートを破壊、そして普通の土地にしてから庭として機能するようにしなくてはならない。プール案、熱帯植物園案、温室案、バー案、カフェ案、トレーラーハウス案、パオ(モンゴルの丸いドーム型据え置きテント)、丸太小屋でビレッジをレンタル・・・・・様々な案が出たが考えているうちに迷い迷い迷いまくり・・・・飽きて次のアイデアに移り・・・・・デザインも散々考えているが今だ、結論には至っていない。(ゲストハウスは必須なので場所はあけてある。) ということで、大体のグランドデザインは出来たので見切り発車!

一気に夏前になんとか出来るまでやろうというのが今回の工事なのだ。まずはガレージを作る。その線引き、塀を作るので基礎を掘る工事。こんな時に怪力・福井チームは本当に100万人力だ。塀だって何もこだわらないアミのフェンスにすれば、まったく問題は無いだろうに、しかしやはりカッコいいのは”木”だろう。メンテも手間も費用も全部大変なのに・・・・・・今回の工事で裏庭から母屋をグルリと塀で囲うことにしたので、その調達した木の量だってハンパじゃない。またそれを一枚一枚丁寧に防腐剤がはいった材料で二度、三度とペイント、ソレが出来たら植栽にかかる。

ドラセナインディーサを13本、巨大ソテツを3本、細かい木々を大和田健(大和田剛の弟で庭師)と相談して東京の市場で購入・・・膨大な量を植え込んでもらった。そして芝生も入れられて完成の粋に!! 今回の工事には、久しぶりの菊池優D(オキラクハウスでは奴隷マスターという最高ピンレベル)が来てくれて、一緒に穴掘りをした。ヤツは本当の創設期(5年前のまだ廃墟だった頃。いや、初めてオキラクハウスを発見したときも一緒だったから真の生き字引だ。)を一緒に手伝ってくれた、いわば恩人だ。久々のオキラクハウスで日々遂げている発展を見て喜んでくれた。オキラクハウスには最初からの工事が写真で記録として残っているが、そのヘビーな工事の写真にはだいたい菊池、岩渕あたりが写っている。福井チームも劇的な変化を作業してくれた”恩人”で今回もサーフ&ロードウのハードスケジュールを楽しんでいた。夜の”宴”はどうしても昔話でも盛り上がった。

世の中には様々なハッピーな姿があるのだろうが、オレはこんな瞬間に幸せを感じる。素晴らしい仲間がいるということは、実は最高の財産なのだと思う。《オキラクハウス》の完成までの道のりは確実に進んでいる。沢山の人々に愛され、沢山の人が集うここ《オキラクハウス》、いつも楽しいオーラに包まれている。・・・・・・・・今年も沢山のお客さんがやってきます。うっふっふ~~~楽しい。
12月18日(月) “冬の”の下田の熱い一日。
冬の下田・・・・ここは東京の温度とは明らかに違う。そして沖縄ともハワイとも違うギリギリ南国の冬だ。今日は下田《オキラクハウス》にシンノスケ、アミちゃん(沖縄のグループの本村チエさんの娘でグラフィックデザイナー、相当にセンス良くて仕事速い!)が来ている。下田に朝着くと、最初にするのは《旬の里》という農家の朝どれ野菜を持ち込む店に行って野菜を購入。八百屋とは違った、地元民相手の物々交換場みたいな雰囲気だ。農家の人は明らかに美味しく新鮮な野菜を日々食べているんだナァと悔しい思い。今日は葉物野菜とクレソン、ニンジンなどを購入。(それぞれイチイチ美味しい。) さてシンノスケはもう数十回、オキラクハウスには来ているので、別荘特有の作業(雨戸開け、水道の元栓開け・・・)なんて仕事は言わなくてもやってくれるので楽だ。アミちゃんは下田デビューで沖縄にも負けない下田の海を見て興奮状態で顔が笑ったままの状態でロックされている。基本顔がニマニマというのは可愛すぎる。散歩したり昼寝をしたり、読書をしたり音楽聞いたり~~そんな全身から力が抜けたような時間を過ごしていた。 今日はヤマ(山野辺君、元・ヒルトンホテルの中華料理の名店、王朝にて修業。悲しいかなあまりの給料の安さで、仕方が無く夜は近所の中華ファミレスのバーミヤンにてアルバイトというユニークな過去を持つ。現在DD)が下田に来てくれて夜はチャイニーズナイトが催されるのだ。今晩は下田ミーティングなのだが、下田は結構な田舎でミーティングの終了時間の9時過ぎとなると、店は殆んど、やっていないし、ましてや20人近くの参加者の宴会なんて出来る店が無いので、いっそ《オキラクハウス》で中華料理人ヤマを呼んで忘年・チャイニーズパーティーでもしたほうが、皆も楽しめるかナァ・・・ということで朝から準備などで慌ただしいのだ。ボクは担当の”鳥鍋”を作るべく昨日、鳥専門店で購入してきた鳥ガラでスープを作ったり、ツクネ(鳥だんご)を作ったりと、殆んど”家庭の奥さん”みたいな昼下がりだ。(実は今、鳥鍋がマイブームなのです。全然中華料理ではないけど・・・) ここにいると、そんなキッチンで皆で馬鹿話をしながら、普通の時間を過ごすのが、すごく快適なのだ。ランチも地元サーファーのミネや彼女のヨッシー、グループのイケメン・リョウなども交ざり皆でパスタランチをした。今日は晴天で肌寒さはあるが、なにかキリリとしていて気分爽快だ。合間を見てサーフィンでもしようかと思ったらウエットスーツを忘れて己の”志”の低さを感じた。 夕方、皆で準備して下田の町の中の公民館みたいな場所のミーティングに出かけた。当然、ミーティングは楽しく盛り上がった。城野Wの盛り上げパワーは素晴らしい。元・有名音楽プロデューサーなのに、そんな過去を驕る事も無くサラリとAMの魅力、可能性を語ってくれる。彼のユルさが下田にピッタリなのだろう。最後の『いつかこの会場をグループで満杯にする日をイメージしてます・・・』というスピーチには本当にやられた。終了後、皆で移動してレッツパーティー!!だ。ローカルサーファーのジェフやユウジも駆けつけ、修善寺のジーザス(キリストにあまりにもその風貌が似ているので波田が命名!本名は山田君。しかし本当に似ている!)も夫婦で参加、伊東のチカちゃんも来て盛り上がり! 下田のモリオノ薬局店主にしてDDの森夫妻もグループで大挙参加。大食漢の森君(頭の中の思考回路・円グラフを書いたら80%が食べ物に違いない程の食通!) 様々なタイプの人々で今日も新しい出会いや感動が沢山あった。ヤマと弟のおかげで楽しく美味しく最高な夜になった。本当に感謝してますよ! 明日の事も考えずに、みんな永遠に、そんな時間を楽しんでいた。
満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!
9月8日(金)今日は満月である。昨日までの二日間は夏明けの久々の”下田ブルーカラーディ”だ。(ブルーカラーディは波田が造った造語で肉体重労働系の作業がある日を指す。肉体労働というとどうも重い汗臭い空気でお手伝い要員が集まりにくいので、ブルーというマリン感覚を連想させ錯覚して来た友達に、楽しい肉体労働をして楽しんでいただき、サーフィンして和みましょうという企画。そうブルーは海のブルーと労働系の象徴色ブルーをかけたわけだ!ナイス!まぁここ以外では通用しない造語である。いずれにしろ新種の詐欺に近い名称だと思う。)さて昨日まで来てくれた作業隊員&サーファーは福井剛、米軍健ちゃん、千葉正、磯貝とデブゥ~兄、そして玉田と徳永君だ。そうだ室町と鈴木将吾も来てくれた。飯炊き女として米軍勤務のさち子嬢も来てくれた。今回の作業は昨年暮れに手に入れたオキラクハウス裏のテニスコートのフェンス破壊だ。

破壊=福井という図式は正しくものすごい破壊活動をしてくれた。なにせ5人で二日間かかると見積もっていたのに、オレが朝、資材を買いに二時間出かけていた間に、すでに完了していた。そしてご丁寧にちゃんと廃棄施設に持ち込むようにトラックに綺麗に積んであった。アンビリーバブル!!若き労働力は無駄には使われず、土地を改造する為の基礎工事に突入。穴掘り→鉄筋埋め込み→生コン流し込み→平らにする・・・・という日曜大工の域を越した工事を手伝ってくれたのだ。とにかくその仕事ぶりといえば人間ワザを越えて人間ユンボウ、人間掘削機、人間セメントミキサーとして15通りの使い方が出来るスーパーマシーンなのだ。昨晩は満月ということでお月見台で相当に盛り上がっていた。この十五夜の為に作られたといっても過言ではなかったであろうお月見台は本当に楽しめる。さて今日は朝から二日酔いで痛い頭を抑えながら朝食の準備をして、早々に東京に向かった。

福井号(元は波田のV次郎号なるベンツの黄色いワゴン)は快適。愛したクルマをまた愛してもらえている事は嬉しい。東京には結構、早く帰れて、そのまま千葉に向かった。今夜は千葉でミーティングなのだ。時間があったので福井の幕張の新居を訪問して、とにかくビックリした。ビビビビビビックリ仰天だ!!かっこ良すぎる!ずるい!スポーツマンのクセにズルイ!! 幕張のオシャレな町の最前列で海のまん前。最上階からの眺望は東京湾から大空から夜景から、もう何でも見えまくってしまう! そして室内が驚異だ。天井高はマンションなのに4メートルもあるから、まぁ広いのナンのって!!部屋も一部屋づつが天井が高いから外国みたいだ。東京都心なら間違いなく100万円コースだろうなぁ。それがナント・・・・・だって!許せない! その後、近所のホームセンターを覗いて(ホームセンターめぐりはボクのらライフワークなのです。)から今日の会場の”松戸ラドン温泉大宴会場”に向かった。しかし話には聞いていたが、闇の中にそびえ立つ古びた旅館風の建物に光る真っ赤な”松戸ラドン温泉”の看板にはやられた! なんだか燃えるぜ!

福井グループを中心にもの凄い人数が宴会場に入っていた。今期、ダイヤを真剣に狙っている宍倉久美子チーム、石井俊八チームの阿久津有香SP(超ダイナマイト級元気!超ナイス!)も来てくれている。 波田も福井チームの新会計への心意気も感じまくり、結構しゃべりまくった! 奴にも今期はやってもらわなくてはメンツにかかわるゼィ!(やるとはダイヤモンドという事) しかし、ひつこいが築100万年の松戸ラドン温泉の宴会場とは思えない程に雰囲気もヨロシク、楽しいミーティングだった。 アフターはまたまた牛角グループの”しゃぶしゃぶ温野菜”で深夜に食べ放題を選択するところが感心! さすがに若さと狂人的肉体を誇る福井チームの食欲は尋常ではなく、見ているだけでお腹イッパイになった。今日も沢山の人と会ったし感動出来た。 AMって本当に面白い!!