ディスカバージャパン! 大井川鉄道ナウ!

最初に申し上げるが、オレは”鉄道オタク”の部類ではない。ただ、どこかのカレンダーかポスターに貼られた大井川にかかる壮大な鉄橋を走り抜けるSLに哀愁を感じて、いつかはその車窓からの眺めを堪能したいと思っていた。小さな夢の実現が叶った一日なのだ。

ディスカバージャパン! 大井川鉄道ナウ!

大井川鉄道は静岡県の島田市の山の方、金谷からアルプスに向かう森林鉄道だ。そこをレトロ感いっぱいなSLが、ものスゴい牧歌的な茶畑、そして大井川沿いの秘境の中を約100年近く前に作られたSLが快走する車両に乗れるというスペシャルな体験が出来るのだ。 ハイシーズンでは無い為にSLの本数は限られていて正午頃の新金谷駅を出発した。汽笛と共に昭和16年製のかなりレトロ感むき出しな車両が可愛らしい蒸気機関車C11に引っ張られて出発。これは蒸気機関車の動態保存(博物館にてお役目を終えて展示するのではなく使用しながらメンテして残す。)をしているのだ。

ディスカバージャパン! 大井川鉄道ナウ!

今時の列車にはない窓が手動で開くので風をビュンビュンと感じられるし、なによりSLの汽笛や機械音がリアルに聞こえて来るのが嬉しい。SLで向かうのは千頭駅。所要時間は約1時間。車窓からは見事な色の大井川と急斜面にまで広がる茶畑の絶景だった。千頭駅からは、可愛らしい電車に乗り換える。この路線は元々は長島ダムを建設する為に中部電力が開発した路線で、完成後はその線路を使って観光用に開発されたもので(南アルプス・アプトライン)アプト式という日本一の急勾配を電気機関車とディーゼル機関車で登るモノ。

ディスカバージャパン! 大井川鉄道ナウ!

途中の接岨峡温泉(せっそきょう)は何人もの友達からオススメされていた名湯という事で下車して入湯。ひなびた素晴らしい温泉で、たしかにお肌はツルッツルになった。ここは鉄道マニアだったらたまらない路線なんでしょうねぇ。 東京からわずか2時間程度の距離でこの信じられない程の景色と体験ができるのは本当に感動でした。あなたも昭和初期にイッキにタイムトリップしてみたらいかがですか!?
大井川鐵道のHP http://www.oigawa-railway.co.jp

コーカサスへ行こう!2014!

2014年ゴールデンウィーク明けの5月7日から今年度の”変態旅行友の会”定例的なツアーが始まった。
昨年の暮れに相談した結果、攻めるはアジアの左側、カスピ海、黒海の沿岸地帯と決まっていた。細かい国が数多くあるし、一般的には知られていないが自治国みたいに”国”に発展する過程の国もある。
その移動は政治的、宗教的、交通手段的に簡単ではなく、例えば自治国であるナゴルノ・カラバフなる場所に行ってしまったら二度とアゼルバイジャンには入れない。が、アルメニアに空路では飛べるとか・・・?)2週間という限られた時間の中で、どのように移動するのが的確なのかなど、仲の悪い隣国同士の移動は想像以上に面倒なのだ。本来バックパックで巡回するような地域なのだろうけど、さすがにこの歳になって、それは辛過ぎる。だからと言って、そんなに莫大なお金がかかるわけではないので、そちら方面に強いある旅行会社に手配を依頼した。

《1日目/5月7日》
成田を午前中に出発し11時間後にトルコのイスタンブールを経由、さらに2時間飛んで、最初の訪問国であるアゼルバイジャンの首都であるバクーへ。ホテルへ到着したのは東京の家から丁度、24時間。それは早いのか、遅いのか!? とにかく無事に到着。フライトは昼便だったのでひたすらに映画を見ていた。(オレは5本見て、頭がグチャグチャだ。)

《2日目/5月8日》
昨夜は深夜の到着だったので遅めの朝メシ。ガイドのスレイマンは長身のおしゃべりな男、真面目でひたすらにアゼルバイジャンの歴史を語っていた。国の象徴である”炎”のフレームタワー(ガラスの3本建つビル)や、ハイデルアリエブを見学、さすがに石油や鉱石の産出国だけあって豊かなのか、町にはゴミ一つ無いのが印象的だ。 午前中は現代美術館を見て、ランチはビジネス・ビルの最上階ペントハウスのカッコいいレストラン。ここは美味しいしカッコは良いけれど、残念ながら目指しているものとは違ったなぁ。
午後は世界遺産のメイデンタワー(乙女の塔)。建造は6世紀頃に下の部分が出来て12世紀に上の部分が作られた。ゾロアスター教からイスラム教に移り、時代を見て来たタワーで、様々な神秘的な作り方をされているのだ。まわりではアートフェスティバルが開催されていてとても賑やかだった。

コーカサスへ行こう!2014!

世界遺産のシルヴァン・シャフ・ハーン宮殿を見学。現地の日本語堪能なガイドの説明と我々のスレイマンが言っている事が違っていて、指摘したらケンカ寸前(笑)
夕方は旧市街をブラブラ。実にキレイな町で女の子も可愛いし楽しい時間だった。パームツリーなるカフェ、まわりに植わっているのはシュロの樹でどうみてもパームじゃないんだけれど大目に見よう。夜はガイドに教えてもらった地元民向けのレストラン、ここは美味かった。
FIRUZE Restorani (+994 12) 493 96 34
firuzerestoran@mail.ru

コーカサスへ行こう!2014!

《3日目/5月9日》
晴れ!気持ちが良い朝!
8時に出発してグルジアのトビリシに向かう。途中、聖域であるデリババ・モゼリウム、シルバン王国の旧都シェマハを訪問。今日は国境まで6時間、更にトビリシまで2時間半のドライブ。けっこう一日中、移動日という感じ。
アゼルバイジャンの独裁政治を司る大統領の誕生日という事で祝日なんだけど、途中の町でその関係の通行止めが入り、随分と遠回りをする結果になってしまった。ランチは農家みたいなお庭で昼食。壷に入ったスープが美味かった。
国境はかなりスンナリ。緩衝地帯がかなり幅があり、そこをスーツケースを引きながら随分と歩いた。 グルジアのガイドは随分と変わった日本人だ。(この男が後半で諸問題を勃発!)山の頂上のリゾート地みたいな場所でビール休憩する。トビリシは想像以上に発展した素晴らしい町だった。夕飯はガイドが連れて行ってくれたレストラン。
SHEMOKIHEDE GENATSVALE
No5 Marjonishvill st Tbilisi
電話 (+995 92)2 91 00 05

《4日目/5月10日》
グルジアの首都トビリシでの朝! 川沿いをアンドリューと一緒にウォーキング一時間。これかなり良い時間だった。
世界遺産ムツヘタのジュバリ修道院、スヴェティス・ツホヴェリ大聖堂を見学。そしてグルジア軍用道路を通ってコーカサス山脈を観光。ランチでガイドと一悶着。そこからトビリシに引き返し、トビリシの町を見学。2000年に完成したグルジア聖教の教会など見ようとしたけど短パンで拒否された。

コーカサスへ行こう!2014!

古い教会を見ていたらその脇のホテルの屋上のバルコニーが気持ち良さそうなので、そこで軽いカクテルアワー!絶景の景色で雰囲気も最高。トビリシにしては相当な値段(6人で8千円程度)だったけど幸せな時間だった。
HOTEL KOPARA
8/10 Chekhov Str Tbilisi 0103 GEORGIA
995-32 2775520

その後、ホテルの近くで2軒目。グルジア料理のハジャプリ、カッテージチーズ&パイ、オジャクリと言う 家族的な煮込み料理。ハーチョと言うクッパビビンバみたいなのも抜群!

コーカサスへ行こう!2014!

《5日目/5月11日》
トビリシからアルメニアのエレバンへ! 国境超えのイミグレーションの係官ってどうしてあんなに気分が悪い奴らなんだろう。無事にアルメニアのガイド(アーシャ)と会えて一路、世界遺産のハグパト修道院を見学。ランチはイノブタ料理の店。雰囲気ヨロシク野菜が沢山食べられて幸せだった。玉田の誕生日ということで、グルジアでゲットしたワインTAMADAで乾杯!二本を制覇して車に乗るなり撃沈。午後はサナヒン修道院を見学。セバン湖は琵琶湖の2倍のサイズ。と言われてもピンとは来なかった。宿泊のAQUATEK HOTELへチエックイン。どうして巨大プールにウオータースライダーの付いてるホテルなの?(笑)男四人で!?
夕飯はエレバンで人気のアルメニア料理の店! ココは満塁ホームラン。5人で散々食べてワインを二本飲んでお一人様1200円弱! 安っ!
TAVERN YEREVAN
Amiran str 5
545 545 52 58 01
www.pandokyerevan.am

《6日目/5月12日》
アルメニアのエレバン滞在日2日目。早朝5時に起きてクルマでナゴルノ・カラバフ共和国に向かう。ここは予定になかった自治国なのだ。昨日、ガイドと話していたら行けない事はないという事で満了一致でGO!(ドライバーなどの追加料金が約5万円程度。そこまでして行くんです!)途中、キャラウンジというイギリスのストーンヘンジみたいな巨石群を見学。石の古さから紀元前4500年前と推定されたそう。ちなみにイギリスのストーンヘンジは紀元2000年前のモノ。それはそれは感動したなぁ。 ナゴルノ・カラバフ共和国の税関はビックリする程にサッパリしていた。税関っぽいモノも国境警察も無くすんなり入国と思いきや、小さな外務省的な役場に行って書類を提出。そしてビザを発給してもらい一人3000ドラム(US8ドル)を支払った。まぁ、この小国の税金の”タシ”にしてもらえれば幸いです。そして可愛い商店街的な道にクルマを停めて、ランチにピザを急いで食って帰路に着く。運転手のニコルさん、本当に有り難う。

コーカサスへ行こう!2014!

そしてこの小国でオレは人生史上100カ国訪問達成! おめでとう!自分! 目標の152カ国まであと52カ国、楽しみです。
帰り道は世界遺産の洞窟教会”ゲハルト修道院”を見学。一枚岩を彫り貫いた礼拝堂はもう圧巻。丁度、到着の直前で雨が降り出していたが、修道院の滞在中のみ晴れて部分的に青空がのぞく。雨上がりの強力なマイナスイオンの中で、夕焼けがうっすらと山々の岩肌から深緑までを包み込んで、神秘的な空気を作り出していた。
その後、小さなパルテノン神殿みたいなガルニ神殿を見学。観光ガイドにライトアップされていた写真が出ていて、それは素晴らしかったが、ライトアップは週末だけみたいで期待は出来ない。行ってみたらすでに閉館していたのに、ガイドのアーシャは門番を呼んで開けさせて見せてくれた。照明が全て消えていて闇の中なのに、ほぼ満月の月が雲の間から強烈な光を出し雨上がりの水に反射する。そして全ての建造物が青みがかった光で覆い尽くされ、まるで現世では無いみたいな世界になっていた。これ生涯忘れない景色だと思う。
その後は町に戻って相当に遅い夕飯となった。食事は昨日と同じレストランTAVERN YEREVAN。同じ店に連続で行くなんて例がない事だけれど、あまりに幅広いメニューで昨夜、食べ切れなかった後悔があったので、満場一致で迷わず決定。ガイドのアーシャは親戚のオバさんみたいに文句を付けて来て、本当はもっと色々と食いたかったのに彼女が阻止したので注文出来ずで、少々悔いが残った。でも明日(というか数時間後の深夜2時)には空港への迎えがやってくるのでいい加減にしておかないと。今夜はアメリカから参戦しているアンドリューがラストナイト。少々お疲れ気味だったけど奴がいてくれて楽しかった。

《7日目/5月13日》
早朝2:00にエレバンの空港へ。ポーランド航空4:30でワルシャワ経由でルーマニアのブカレストへ! 途中のワルシャワではトランジットが5時間。PRIORITY PASSのおかげでラウンジでゆったりタイム。Wi-Fi、シャワー、軽食、飲み物はアルコール込みでフリー。本当に助かります。
時差の関係で15時過ぎにルーマニアのブカレストに到着。ハンガリーはブタベスト・・・間違いそうだ。待ち合わせは気をつけましょう!
早々にブカレストの市内を見学。といっても唯一観光したのは、”国民の館”と呼ばれる宮殿のみ。部屋の総数が3107部屋というハンパ無い建物で建築物のデカさではアメリカのペンタゴンの次にデカいらしい。贅を尽くしたとあるけれど、そんなに豪華絢爛には見えないのはどうして!? 独裁者チャウシェスク大統領が国民の血税で作ったモノで、地下には核シェルターまで準備されていたとか。結局、チャウシェスクは志し半ばで処刑されて、この建物は中途で終わりそうになったが、今さら止めてもどうにもならないという事で完成させた代物。 その後、小腹が空いて旧市街のカフェがまとまるアーケードのある地域へ。ただ食べられるモノが無さそうで何故か、看板に引き込まれて中華料理店へ入り、ビールと春巻き、そして海老麺を注文。少し幸せだった。
そして一路、今夜の宿泊地であるBRASOV(ブラショフ)に三時間のドライブだけど我々は車内で爆睡。何故か宿泊は町から10分以上、山に上がったスキーリゾート。少し肌寒かったけど快適。食事はブラショフに降りて町の中のレストランで。ガイドの案内だったがなかなか美味しかった。ガイドも誇らしげにルーマニア料理と言っていたけれど、どことなく全ての料理はコーカサス方面、トルコ方面から似通っている。いいレストランだったけど、やたらに明るかったなぁ。就寝。

《8日目/5月14日》
起きて準備してスキーリゾートを1時間のウォーキング。汗など1㎜も出ないくらい寒かった。9時に出発をしてブラショフのオールドタウンをウォーキングツアー。ワガママ言って予定外のケーブルカーで山頂へ。そこは絶景だった。『旅に出たら、とにかく”上”へ!』は間違いない。
その後はドラキュラのモチーフになったと言われるお城、BRAN CASTLE へ。細かいディテイルが素晴らしい城で勉強になった。階段の途中にある小さなベンチ、煖炉脇の天井の低い小部屋、無色のステンドグラスの照明器具・・・などなど。
そしてランチは途中のドライブイン的なレストラン。止せば良いのにワインが美味しくて二本をペロリ。この国もワインが本当に安くて美味しい。我々が連れて行かれるレストランは観光客価格だと察するけれどシャルドネが一本1500円程度。この店の内装が木製で木の枝を乾燥させてそこにどうなっているのか配線が埋め込まれて照明器具になっていて中々なアイデア。
その後はひたすら5時間位のドライブ。本を読んで、写真を整理して、昼寝して・・・・限界に暇だった。そして22時過ぎにヤシに到着。ガイド兼ドライバーのラードュは良く働いた。深夜でレストランに連れて行ってくれると言うけど、住宅街の中ばかり。それが営業しているから不思議な街だ。何故か確認をしたのに三人でサラダが6つも出て来て唖然。ひたすらに野菜ばかりを食べた。どういうわけだか至る所にジャックダニエルが目に付く。ということでジャック&ソーダで仕上げ。
ホテルはエッフェルがデザインしたTRIAN Grand Hotel だった。箱は豪華だけどサービスは全然!

《9日目/5月15日》
ヤシの市内観光。ルーマニアで初めての大学が出来た場所だけあって威厳のある建物が多い。午前中は新しいガイドが来てくれて観光。なぜか連れて行かれたのがガイドの卒業した大学の歴史資料館・・・(笑)一番大きくて厳格な美術館は全面改装工事中で代わりにルーマニア革命の写真展を開催していた。その後ブラブラ。ショッピングセンター&スーパーマーケットに行って度肝を抜かれた。とにかくデカイ!ナンでもある!!ヨーグルト売り場は永遠に続く。一斗缶入りのヨーグルトもあった。
そしてルーマニアからモルドバのキシナウへ移動。昼過ぎに国境を超えて新しいガイドのイーナと会えた。英語が丁寧でわかりやすくガイドとしてありがたい。遅めのランチはホテル近くのモダンなレストラン。スープにメイン、どちらも洗練されていて驚く程に美味しかった。そしてまたまたワインを二本。(BASION 060706070)
午後は教会見学などを拒否してホームセンター、マーケットを見学。夕方ホテルのまわりを男三人でウォーキング。かなりの規模の公園だった。近所にアメリカ大使館とかあるから間違い無く高級なエリアなんだろうなぁ。
夕飯はニーナに教えてもらったレストラン! 素晴らしかった!パーフェクト!
La Taifas
Chignau.str, bucuresti 67
Tel 227 692
(bucurestiとstr,Puskinの交差点)
www,lataifas.com

《10日目/5月16日》
モルドバと沿ドニエステル共和国の国境の町ディギナへ。ソビエト共産主義が色国残る街と言う事でドキドキしていたけれど、別に軍事パレードがある訳でもなく臨戦態勢でもないので普通だった。ただ街のあちこちに有事の為の戦車があったり、軍、政府関係の施設の撮影は禁止というのが緊張した。古い中世の壁、ティギナ要塞を見学。ここはモルダビアの王子によって15~16世紀の建てられたもの。高い見張り台からの景色は、ただただド田舎。
ウクライナ料理の店でランチ! これは全ての料理が真っ赤っかで、味付けもロシアのモスクワで食べたよりずっと美味しく感じた。
Kumanick
Chisinau str. V.Alecsandri.68
Tel 373 22 22 21 02
www.hutorok.md
結局、悲願だったウクライナには行く事が出来ず。しかしチトカニなるモナステリー(修道院)を見学した際にウクライナから来ていた人がいて、様子を聞いたら国境近くで昨日200人が殺されたとの事。ガイドが絶対に行きたくないと言うから自転車を手に入れてでも行こうかと相談していた矢先で、即答で却下!!アキラメがついた。
キシナウ市内に戻る。 夕飯はモルドバ料理の店! 食べたかったモノが全て食べられて大満足。そしてお値段もバカ安! ただし量がハンパじゃなかった。
Restrant Hutoroc レストラン フータロー(笑)
V、Alecsandri68 Chisinau. MOLDOVA

《11日目/5月17日》
昨日の急なアイデアで昼のフライトでイスタンブールに移動!昨日、エアーチケットまで購入したのに、最初の予約のスルーで買ったトルコ航空をキャンセルすると事件になるらしく、日本の代理店からガンガンと連絡が来ていて、またまた予定を戻して夜のフライトに変更。ガイドのイーナはイヤな顔もせずに(コメカミおさえて困ってたけど)再度、キャンセルの手配。
ワイナリーMilestii Mici は深さ80mの地下に200キロの長さの地下壕が掘られ、そこに200万本のワインが貯蔵されているというギネスブックに載るどころかギネスの表紙になっているワイナリー。もう圧巻の一言!!! ハンパ無かった。ランチは全員、食欲もわかずにレストランで半分くらいは残し、珍しくワインも飲まず。 昼食後は自然史民族博物館へ! 恐竜の骨は世界に三体しかないらしく解説員のオバさんが興奮して自慢していた。
時間つぶしにショッピングモール モールドバ(このギャグが好きだ。)にドライバーに降ろしてもらって見学。ガイドのイーナとはお別れ。スバラしいガイドだったなぁ。 モールは1時間で飽きてお茶。深夜のフライトなのでホテルをレイトチッェックしてもらえたので、お部屋で引き込もリ。19時半にドライバーが来てくれてキシナウ空港からイスタンブールへ! キシナウ空港から空路でイスタンブールへ!
深夜にイスタンブール空港に到着してホテル! 宿泊は南アフリカで友達になったエレファンのホテル。とても良い場所で良いサイズ。

《12日目/5月18日》
ウォーキング1時間、街を散策!エレファンと彼のスタッフが街中を案内。なんとトルコアムウェイのダイヤモンドのアリさんがアンゴラから来てくれて一緒にランチして丘の上まで散策。とにかく積極的な人でオモシロかった。本当に感謝だ。ディナーはエレファンと友達のブラク、もちろん千鶴さんと一緒に海辺のオシャレレストラン。有り難いね!!

《13日目/5月19日》
帰国日なので朝からパッキング。その後、三人で旧市街やマーケットを散策。そして悲願のサバサンドを食いに出かけた。今日もエレファンのスタッフが一緒に来てくれて案内。英語も良く通じないけれどとても素敵なスタッフだった。サバサンドは感激の一言!昨年食った対岸のサバサンドはナンだったのか!?
夕方のフライトで帰国の途へ!!

今回は全く期待していなかった旅・・・ガイド読んでもそんなに見所もないし、世界遺産も地味! ところが聞くと見るでは大違い。スバラしい体験の連続でした。そして食生活の充実ぶりはスゴかった。移動距離はかなりだったので体力勝負なところがあったのは否めないけど、とにかく良い旅ができました。   みんなありがとう!!来年もヨロシク!

コーカサスへ行こう!2014!

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

今年も恒例の変態ツアー。別に変態ヤローが集うツアーではなくて、人が決して行きたがらない場所を好んで回るというツアー。 オレ自身としては4月に中米五カ国を回って一週間後に、この旅に参加! ロシアでお仕事が少々あるが総体的には物見遊山かもね。
毎度ながら、そこに行く理由・・・行った事が無いから!(笑)

《一日目/5月8日 成田からモスクワへ》
アエロフロート(SU261)にて一路、モスクワへ。以前アエロフロート(ソ連航空)に乗ったのは33年前のヨーロッパ貧乏バックパッカー時代の事。やたらに機材がボロかった記憶しかない。当時はまだ東西冷戦の壁もある時代。モスクワの空港は軍用空港みたいで戦車が止まっていて機関銃を所持した兵士がそこら中にいた。
今回の旅は飛行機の乗り換え自体が少ないので気が楽。(やはり乗り換えが多いと荷物の心配が増えるんです。)モスクワとの時差は5時間(夏時間)なので夕方に到着。北極圏に近いロシアはこの季節は白夜と呼ばれる時期に近づいているので昼時間がやたらに長くなる。タクシーでホテルまで、いきなりタクシードライバーの先制パンチを頂戴した。アムウェイ社の配慮で空港まで迎えのクルマが用意されていたが、そのタクシー(アウディーA7)のドライバーは何を勘違いしているのか映画トランスポーター(カーチェイスとアクションが連続の人気映画、主人公はアウディー、悪役はメルセデスと決まっている)を見過ぎたのか、5車線の一般道で全車線をフルに活用して追い越し、蛇行運転、終いには最高速190キロを確認した。アウディーは高性能をフルに発揮されている。とにかくホテルに着いた時には安堵感でいっぱい。生きている事に感謝した。
ホテルはなかなかご機嫌な作り。アンドリューとも合流出来てディナーを! 当然にロシア料理とおもいきや、近所にレストランは一軒しかなくて選択の余地無し。外は地味でも中に入るとやたらにデカイ店で男性客は男性客同志、女性は女性だけで来ている確立97%。これまた好奇心の湧く所です。料理はロシア語のメニューを解読出来るはずもなくて近所のお客さんの食べているモノの美味しそうな物を指差して注文。今夜は肉に始まり肉に終わるというディナー。大皿にドンドンとバーベキューされたマトン(彼らはシープと呼んだ。)チキン、ポークがガンガンと盛りつけられダイナミックです。それをロシア人っぽいと勝手に判断してウオッカで食ったら時差ぼけな上に頭がグラグラ(笑)死ぬ思いで100メートル近のホテルまで帰って就寝。

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《二日目/5月9日 モスクワからサンクトペテルブルグへ》
午前中に国内線にて移動。昨日みたいなタクシードライバーでは無くて安心。フライトは、わずか一時間でサンクトペテルブルグに到着。カナミちゃんのロシアのお友達でアーティストのMisia親子が迎えにきてくれていてスムーズにHotelノボテルへ。そこでロシア?アムウェイの事実上のドンであるデイビット?メルカッツ氏とマーシャと会いロシア?アムウェイの様々な話を聞いた。デイビッドの両親はドイツアムウェイを35年前にスタートさせて世界でも有数の巨大なグループを作ったFCA。その上、デイビッドはロシア?AMの開業の二年前からロシア語を勉強しながら起業して友人関係からネットワークを作った強者。彼無しにはロシアのアムウェイは語れない真の立役者なんです。その後、デイビッドは我々をクルージングに連れて行ってくれて街を案内。確かに水路がイタリアのベニスの様に発達した場所だし、全ての建築物は水路に向かって建っているので水の上からの眺めは最高だった。現在、ロシアは日本のゴールデンウイークに相当する連休状態なのでお店は閉まり気味。今日は“戦勝記念日”という事でパレードが開催されていて大通りで観賞。なかなか珍しい光景でオモシロかった。ただ日本みたいに全てがキッチリしていなくてどうみても一般者がパレードに参加していたりとアバウト感が楽しい。夕飯もデイビッドが招待してくれて、そのうえ運転までしてくれて川沿いの景色の素晴らしいイタリアンに連れて行ってくれた。そこで様々な話を聞けて勉強になりました。
ホテルに遅くに帰ってチェックイン!巨大なホテルに驚いた。かつて泊まったどこよりも長い廊下でビックリ。イメージ的には30年前のモダンなホテルのスイートって感じ。そのスイートに四人泊まってます。

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《三日目/5月10日、@サンクトペテルブルグ》
朝からエルミタージュ美術館に向かった。珍しく雨だった。ロシア人はサービス精神なんて何も無くてちょっと困りもん。結局、裏技を駆使して最短で入る事が出来た。エルミタージュ美術館はなんと言っても世界四大美術館の1つ(メトロポリタン、大英、ルーブル、そしてエルミタージュ)展示物の量も質もハンパ無い。ピカソ、マチス、ゴーギャン、ユトリロ、セザンヌ、モネ、レンブラント・・・東京だったら一作品で一部屋で展示するであろうモノをギュウ詰め状態で展示。美術館の箱自体も驚異的な豪華絢爛な作りでビックリ。なんだか素晴らしく目の保養になった午前中でした。スパース・ナ・クラビィー教会(血の上の救世主教会)はもう圧倒、どうしていちいち何もかもドデかくて荘厳なんでしょう! モザイクの作品としては世界最大。個人的には壁画より管理が楽チンだなぁなんて思ったりして。 そしてイサク大聖堂の展望台を頂上まで登って街を上から見学。もうお腹がイッパイ!! でも本当のお腹は空いて来て、そこから近所のガスプロム社(世界一の株価の会社)のビルの最上階にある“GINZA PROJECT”なるレストランに乱入。どこを銀座から学んだかは分からないけど受付には、美人を越えて生きたマネキンというか身長180センチにハイヒールで完全に上から見下ろされた美人受付嬢が案内してくれた。英語の質問には馬鹿っぽい答え。(なんだか納得)席に着けば先ほどのイサク大聖堂を見上げる景色の全面ガラス張り。街が世界遺産であるサンクトペテルブルグではこんな建築は簡単には建てられず貴重な存在にも思える。メニューは実に銀座。オイスターは一個1000円。ワインのグラスで1500円から。これって高いのか、または円が弱まってるのか。どっちにしろ気取って和むオレ達ではないから適当に飲み食いして退散。十分に社会科見学にはなった。(でも4人で3万円は支払った。しかし初任給が3万円の国でねぇ。)   帰りがけに庶民的なワインバーに寄ってから帰宅。

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《四日目、5/11サンクトペテルブルグ二日目》
宿泊しているホテル(Azmut Hotel St.Petersburg)の朝食が激しい。どれだけ大人数が泊まっているかは計り知れないけど朝食会場の列は100人は列んでいるのだ。とにかくロシア人は列に並ぶ事に何の抵抗も無いみたいだ。いつでもどこでも列ぶのは、長らく共産主義の時代に配給制度で鍛えられた過去があるからなのか。
今日は午前中からAMのマーチャンダイジングセンターを案内してもらい、その後はデイビッドのAMのオフィスに連れて行ってもらった。そこには彼のビジネスを過去を物語る様々なモノが所狭しと飾られていた。そこでカナミちゃんの友人のアーティストのMissaもサインでオモシロい展開に! 午後はエカテリーナ宮殿に“琥珀の間”を見学に行った。
エカテリーナ宮殿は300メートルも続く荘厳なゴールドの館。もう圧巻!! ここも例外に無く長蛇の列で入場には一時間以上は待たされたけど、見て良かった! コレ逃したらダメでしょ。お庭も素晴らしい作り込みでした。しかしこんなモノ、庶民が見たら怒るのも無理ないね。そこからアンドリューを空港に送りかたがた街に戻った。(途中で食べたファラフェルなるサンドイッチ、メチャメチャな美味さでした。)
グランドホテルで北野の友達の坂田君と待ち合わせて合流。彼は日本の某自動車会社の転勤でこの街に移り住んだばかり。住宅など手厚い会社の対応には驚いた。家を見せてもらって様々な現地の話を聞いた。夕飯は彼の推薦してくれた近所のロシア料理専門店。なかなか美味しくてラッキー。その後はせっかくカナミちゃんといるんだからバレエ観賞という事でチケットを取ってもらって観に行った。お題目は“白鳥の湖” カナミちゃん(モスクワのボリショイバレエを卒業している。)だけど解説してもらったらオモシロさが倍増! 二時間半は意外にも短く時差ぼけが残っているので心配だったけど無事に乗り越えられて良かった。終了後は坂田君のクルマで市内の川沿いにて夜景見学。ありがたい!!
そうそう今日は玉田君の40歳の誕生日!! ハッピーバースディー!!

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《五日目、5/12、モスクワへ!》
朝イチにサンクトペテルブルグからモスクワに戻る。ホテルにて北野の弟君と待ち合わせをして街案内をお願いした。彼はこちらに、もう20年も永住をしている。地下鉄を乗り継いでホテルから市内に入る。途中で中華料理店に入ったが醤油味が有り難かったけど化学調味料が激しかった。その後は“赤の広場”へ。もう何もかもがデカい事、ハデな事!皆でクラシカルなモールみたいな中のカフェでお茶をした。カナミちゃんの友達のアンニャも面白い子だ。そこから北野兄弟とは別れて、我々はモスクワの若者が集まる東京の原宿的な店のあるアルバート(?)を歩いた。しかしオシャレな店は見つけられず。ここにも沢山の“FREE HUG”と書いた紙を持った女の子に会った。これ世界的な流行り!?でも他人でもハグしあうと幸せ感が出て来る。 またそこからひたすらに歩いた。ロシア人はとにかく歩くのが好きらしくレストランまでトータルで2時間近くを踏破!健脚が自慢のオレも足がグラグラ。レストランは結構、スノッブなテントみたいな店。オシャレにアレンジされたロシア料理が中心で楽しいひと時。カナミちゃんはボリショイバレエを見学するとの事で一人だけ別行動で玉田とオレ、そしてアンニャと三人での食事。アンニャはかなりの旅好き。カトマンズからヒマラヤの麓のチベットにも行ったし、かなりの日本通で長崎から東京まで電車でずっと旅したと聞いた。22時近くにカナミちゃんと合流して川沿いのロシア聖教の教会前の美しいカフェにてワインを飲んだけど~~~眠くて死にそうだった。まだ少し時差ボケが残っているみたい。

《6日目 5/13 タリンへ!》
午前中のフライトでタリンへ!(この時点でオレはタリンはどこの国かわかってない。笑!)・・・・・・タリンはエストニアでした。(笑)基礎知識なし、そして既成概念と想像力だけだ。空港に到着するなり驚いた。近代的というかわかりやすくいえば対岸(約二時間の船での移動)はフィンランド、要は北欧文化圏なのだ。デザインが見るからに北欧。早々にレンタカーのハーツにてクルマを借りた。日本で予約をした時には三国にまたいでレンタルする場合はカーナビが借りられないと言われていたので少々心配していたけれど難なく貸してもらえて一安心。結構、安っぽいナビなんだけれど使ったら驚く程に高性能。そしてこれまた心配した道路標識だけど英語表記もあって助かった。一路、旧市街を目指す。玉田が旧市街地と新市街の間にあるホテルを昨日、ネットで予約をしておいてくれたのでチェックイン。清潔で三人で泊まっても問題なし。市街地に出てみたらなかなかいい町だ。そのサイズ感が好き。そして城壁に沿って街路樹も青々としてて気持ちがいい。するとそこにセグウェイの店を発見。なんと一台一時間で35¢(レートが悪くて約5000円)玉田と北野は初体験なのでトライ。先月、コロンビアのカルタヘナでボクが初トライした時はガイドがついていたけれど、今回は野放し。ボクが経験がある事を言うと『二人に教えてやってくれと!』自由奔放な貸し主。ヘルメットもお好きにと!(笑)
一時間で旧市街地は全て走る事が出来て大満足。本当にセグウェイはこんな街では便利だ。その後、ブラブラするけど歩くと遅くて・・・なんだか寒くてHOLUGHOFが近所のブランドだと思い出し探したけれどアウトドアショップとかがまるで見つからない。市民権ないのかなぁ!? 近所の洋服屋さんを見ていたら衣類がかなり安い。ここ恐らく繊維の工場があって中国的に近所の国のブランドのカジュアル服を作っているのではないかなと勝手に推測。夕飯は昼の散歩時に古着屋のカワイイ店員さんに聞いたスペインバルの店を訪ねた。これが満塁ホームランな美味しさでタリンの街が大好きになったのは言うまでもない。旅においてメシが美味いか、不味いかは大変重要な問題だ。

ノルディックホテル
『alter ego』オーナーはJuan Borras
Roseni8,10111 Tallinn Estonia +372 54560339
http://www.alterego.ee

エストニア・タリンのオシャレなレストラン

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《7日目、5月14日タリンからラトビアのリーガへ!》(324キロ) 朝は早めに出発。エストニアのパルナのビーチに向かう。というか通り道なんだけど。初めて見たバルト海は今まで見た海とは違う雰囲気。外海でないからウネリも無く風波だからか。何かの鉱物が川から流れ込んでいるからか水がコーラみたいな色なのが印象的。砂は細かく真っ白だった。(早々に収集!)ここは古い別荘が並んで樹々も美しく、まるで“海の軽井沢”という感じ。街を見たけど何もない。なんだかこんな事を想定してランチはサンドイッチを作ってあった。というのもノルディックホテルの朝食が素晴らしく豪華で美味しかったので、サンドイッチの具材も完璧という事で作って持ち出したのだ。なんとマメな三人男であろうか! でもおかげで公園で美味しいサンドイッチを日光浴しながら食べる事が出来て幸せ。 その後、国境を越えたけどとても緩い査察。ボクの88カ国目の訪問国であるラトビアに入った。結構、大きな街で驚き。そしてキレイだ。さすがにリーガは“バルト海のパリ”と言われるだけのことはある。街をグルっと車で回ってみたけれど渋滞が結構激しい。そしてやっと駐車スペースを見つけたら現地通貨の“ラッツ”を持っていなくて、駐車のパーキングメーターの代金が払えない。時々通る通行人に?(ユーロ)と交換してもらってなんとか投入。(海外で交通違反するとしつこいし後々面倒なんです。)歩いて旧市街地を回った。様々見ているうちに聖ペテロ教会の展望台に登る事になり両替までして入った。夕方で閉館時間もわかっていたのに教会の一階で展示していたピューリッツァー賞の写真展に完全に釘付けになってしまい、結局、展望台に登る時間を惜しみ見入ってしまった。この写真展は衝撃的だった。街をブラブラと徘徊して夕飯はスペアリブ専門店へ。別にそんなに食べたかった訳ではないけど看板に“二品オーダーしたらワイン一本サービス”とあったのが気に入った。スペアリブは甘いバーベキューソースみたいなのが嫌なので念を押したが、結局甘かった。せっかく持参の醤油とワサビで食べようと画策していたのに・・・・
ホテルは現地で見つけたOLD CITY HOTEL. トリップアドバイザーの推薦通りにステキなホテルでした。

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《8日目、5月15日 リーガからリトアニアのカウナスへ!》(316キロ)
駐車場代金は約1500円、結構高いなぁ。そのまま旧市街地を見学した。ビクトリア様式は美しいには美しいけど趣味ではない。一路、十字架の丘へ!ここはソビエトの宗教弾圧に反して民衆が十字架を小さな山に飾り始めて、結局、ソ連も政府も撤去できなかったという反逆の証。数十万といわれる大小の十字架が飾られていて圧巻!空気も澄んでいて気持ちがよかった。ランチは街の中心部の木陰でサンドイッチ。不味いピザとか食べるより100倍良いかと思う。カウナスに到着して杉原千畝(すぎはらちうね)記念館を訪れた。杉原氏はナチスドイツから迫害を受けて処刑される運命となったユダヤ人を政府の意向に反して勝手にビザを発給。結局6000人のユダヤ人を救った偉大な日本人外交官。外交官としては許されない事をしたが、人道的には正しい事をした素晴らしい誇り高き日本人なのだ。その後、要塞を改造して収容所や牢獄にした「第九要塞博物館」を鑑賞。全体がものすごい巨大な公園でそよ風の“音”が聞こえて感動した。カウナスに到着。ホテルは予約無しにカウナスシティーホテル。素晴らしかった。そして値段もトリプルで8000円弱。清潔そのもので大満足。ディナーは何故か嗅覚が働いて入ってみたら満塁ホームランだったMOKSYA。インド料理なんだけど、かなり都会的にアレンジしてあって、スパイシー感も抜群!『まさにこんな味の料理が食いたかった!』と叫ぶ美味さ。そして三人でワインを3本飲んで8000円弱!マジックアワーから夕闇に変わる時間をも楽しめた。最高です!

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《9日目、5月16日、リトアニアのヴィルニスへ!》(228キロ)
またまたクセで朝食のレストランでサンドイッチを制作してしまう。リトアニアのカウナスから、まずは水辺のお城であるトゥラカイ城。道の左右が湖に面した素敵な場所。まわりには何十もの湖が連なっている。到着して、そのまま桟橋に停泊していた小さな観光船に乗って湖クルージング。豪邸も見学したし、カッコイイ建物なのに廃墟と化したボートハウスを見たりと楽しい時間だった。ランチは水辺のカフェでビーツの冷たいスープと名物のキビナイを注文して作ってあったサンドイッチをベンチでいただく。コレはコレで相当に満足! その後、湖の真ん中の城を見学。そして世界遺産の丘まで行ったが、遠い割には感動無し。確かに場所はスゴいけど・・・それだけ。これが世界遺産を取れるならば富士山なんかとっくに取れるであろうにと素人は考える。ヴィルニュスの街に入った。ブラブラしていたら、玉田がセグウェイに乗っていた人を発見して業者の店まで行ってみた。三台空いていてレンタル。勝手にどこでも行って帰って来いという姿勢。これで三軒目のセグウェイ業者だけど、共通点は適当そう、そして遊び人風! 本来、ケーブルカーで行くような街を見渡せる丘を目指した。街の中に勝手に独立した“国”であるウズピオ共和国を発見!(笑) 頂上の少し手前でセグウェイは挙動不審な動き。停めて頂上に行って見学して戻ったら北野のセグウェイが完全にダウンしてウンともスンとも言わず。仕方なくセグウェイ屋まで北野は走る羽目に。多分、離れていた事で盗難防止のセキュリティーが働いたのか!?セグウェイ屋に行ったら激怒され、一緒に山までまた上がってピックアップしに行った。北野は一往復走ってご苦労様。ホテルに戻ってクルマを停めて、メシは、現地のナルミミユキさん(玉田の紹介)から推薦してもらった、La Bohemeなるレストランにて。ここが衝撃的な店でした。美味しいしエロエロだし、超カッコいい店なのに、店内のBGMにいきなりクリスマスソング・・・お会計がビックリする程に安くて感激!

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ウズピオ

《9日目、5月17日、鉄道でリトアニアから最後の訪問地ベラルーシのミンスクへ!》
今日は久しぶりにゆっくり起きた。主なる観光地は見てしまったし。今日は夕方の列車で移動。という事で駅前のホテルに泊まっていた。午前中にテレビ塔を見に行った。最上階は展望室ではなくてレストラン。365度、同じ景色に思えた。下山してレンタカーを返却する前に最後に街中をドライブ。オシャレなエリアを歩いたけどイマイチ。女性も男性も顔立ちは超カッコいいのにファッションセンスは・・・無い。ランチはヴィリニュスに在住のナルミミユキさんとオーガニックレストランへ!ここは店員さんが元受刑者というユニークな店。めちゃくちゃにキレイな店員さんが元犯罪者と思うだけでワクワクする。事実、その女性はスパイ映画に黒ずくめのピタピタなコスチュームで出て来るスパイ工作員にしか見えなかった。ミユキさんから様々なリトアニアの話が聞けて面白かった。
午後はクルマでレンタカー返却をする為、ハーツの営業所方面へ。途中、現代美術館があったので入った。かなり箱もカッコ良かった。近所のショッピングモールで時間を潰した。残念ながら購買意欲が湧く物は全く無かった。カフェでネット使ってお仕事。しかしここ数年だけでもネットの便利さは格段に上がった。どこにでもフリーWi-Fiが飛んでいて、ラインで電話も出来て、日本語でなんでも調べられる。もうどこにいても仕事ができてしまう時代なんですねぇ。レンタカーは無事に返却できて良かった。19時10分の列車なので早めにホテルに戻って荷物をピックアップして駅へ!駅から国外に出るのも久しぶりだ。けっして得意ではないので心配。メシを食べる機会も無さそう。本当に仕方がなく駅前のマクドナルドへ行ってサラダと豪華そうなハンバーガーを購入。これ10年ぶり以上だと思う。空腹になって車内で食ったら、もう一生食わなくても大丈夫な気がした。

90カ国目の訪問地、ベラルーシのミンスクに到着。夜の遅くに初めての都市に訪れるというのは何とも心もとない気分。駅前を地図を持ってウロウロする姿。オレがもしも悪人だったら最も狙いたくなる姿だ。そんな所に先ほどの列車の後ろの席に座っていた美女が『大丈夫!わかりますか?』と声をかけてくれてホテルまでの道のりを説明してくれた。いきなりベラルーシLOVEになるのは当然。ホテルまでは徒歩で5分、女の子もミニスカートを履いて歩いている位だから安全な街なのは間違いない。ホテルにチエックイン。このホテルは三人一緒ではなく、ボクだけ1人部屋。ソ連時代の有名ホテルという佇まいだ。久しぶりの休肝日でなんとなく違和感。就寝!

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《10日目、5月18日、ミンスクの日》
今日はミンスクで一日過ごす日、玉田が昨日、ガイドブックを読みながら『この街、見るべきモノは何も無いですね!』なんて言うもんで観光意欲は完全になえた。(笑)という事でゆっくりめのスタート。メインストリートであるモスコフスカヤ通りをブラブラ歩く。ナンだか地下の方から群衆が騒ぐ音が。その迫力たるや尋常ではない。気になって観に行ったら地下の大きな会場に二千人以上の若者が集まっている。良く見ればなんとゲーマーの集会。元、社会主義で自由に既成があったとはいえなんだか骨抜きになった若者を見た気がした。 見るべき物はココだけという事だがデパートなんか見てもまるで購買意欲は湧かず。旧市街に行ってみたが土曜日なのに驚く程に人はいない。いったいどうしたの!?なにか劇団員による豪勢なパフォーマンス&音楽なんていうイベントにも出くわしたけど人はパラパラ。 イタリア料理店でランチをしようと思ったけど、ここも人はいない。決して不味くはないのに。お茶して歩いていたら“大祖国戦争史国立博物館”なる戦争の記録が残る博物館が土曜日で無料開放。ガイドには生半可な気持ちでは見るな!とまで書かれていたがアウシュビッツを過去に見ていたので免疫があったから大丈夫。小学生が学校から随分と来ていて残虐な光景の写真の前で丁寧な説明をちゃんと受けていたのが印象的。ずいぶん日本と違うもんです。夕方、早めに帰ってウザかった北野のヘアースタイルを奴のヒゲ剃り機を使ってカット!切った自分が気分爽快になった。 夕方はホテルでのんびりして夕飯は先日、美女から聞いた店に行ったらなんとやってない!! 慌ててトリップアドバイザーで調べたら数件がヒット。ホテルから歩ける範囲だったので向かったら遠目に見ただけでオーラ溢れるレストラン。迷わず入店したら、驚くばかりの絶世の美女があっちにも、こっちにも!!まるで観賞用に用意されたように!メシはさすがにどれも美味しかった。
勢いに乗って二軒目にも突入。ここはピンチョス(スペイン小皿料理)の店だけど、はいった直後にライブが入って店内は激しくノリノリ状態。もう異常な勢いだった。そしてここでも女子は超カワイい。世界一と言われる所以がわかる。オレは最終日ということでウオッカを食らって撃沈! ロシア人がアルコール依存症が多いのもわかるなぁ。最後の夜はふけて行った。
(翌日は朝から移動、モスクワで5時間のトランジットタイム。北野の弟氏が迎えにきてくれてゴーリキ公園など散策。感謝です!)
とにかく何もかも新鮮なロシア&バルト海の旅!! 旅はしてみなけりゃわからない! 多くの出会い、体験が出来て生涯忘れられぬ日々になりました。

皆さんに感謝です。

Bistro de luxe
Tapas bar

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

2013年4月、今年は桜の開花も3月下旬、そして4月の初旬には散り始めると言う不思議な気象状態。それとこの旅はナンの関係もない。 しかしこの季節は世界中どこにいっても比較的、良い季節なのだ。特に赤道に近い地域は、夏だと暑過ぎて呼吸をするのも辛い気温と湿度の事もあるし、また逆に日本の冬場に訪れると、ラテン系の場所はどうも雰囲気ではないのだ。と言う事で絶好の季節。あと四月の中旬にAM社のインセンティブ・トリップのEDC(Executive Diamond Forum)がメキシコのカンクン近くで開催。とてもオトナの旅で現地集合、現地解散というスタイル。従ってその旅の前に、せっかくだから何処かに行きたいという事情もあった。地図を広げてみれば、北米大陸ではないし南米の中で何処がベストかをアンドリューと相談。時間的な事、過去の訪問地ではなく新しく今まで未経験の場所である事・・・メキシコから下の北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の付け根あたりと決定。最終的には時間的な事情、アクセスの問題で五カ国に絞られた。本当は8カ国だったんだけれど、”世界の危険な都市ベスト10”なるリストにその中の三カ国が入っていたので迷わず却下。いい歳してわざわざ危険な思いはねぇ? という事でグアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、パナマ、そしてコロンビアを攻める事になった。

《初日4月9日 ロサンジェルスで!》 最初から相当なハプニング!東京から参加の服部テッちゃんが旅の準備で大忙しの前日の13時にバックパックを背負って我が家にやってきた。その姿を見てお互いにビックリ仰天! 『どうしたのテっちゃん!そんな格好で、大きな荷物を背負って!?』 彼は出発を一日間違えてエアーを予約。もうどうにもならなくて一人で成田に向い、当然にボクは翌日に乗ってLA空港で会う事に。 従ってロサンゼルスまでは一人旅。LAは昔、超貧乏学生をしていた経験があるからファーストクラスで旅が出来るなんて余計に感動なんです。ボロボロのチァイナエアラインしか選択の余地は無かったのに・・・(涙) LA空港でテッちゃんと無事に会えてハーツレンタカーにて車をピックアップ。あまりに快晴で予約をコンパクトセダンからオープンカーに変更しようとしたけど在庫がなくて無理! オープンカーがこんなに似合う街は無いんだけどなぁ。ナビ付きも無くて、もう昔の記憶で走り切ります。実はちょうど30年前にLAを中心に一年間、暮らしていた事があるんです。

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

まずは調べておいたラグーナの”Thalia”(タリアサーフショップ)を見学に向かった。ラグーナの街は本当にご機嫌な空気!大好きな街だ。トランクスを一枚購入してランチ。サーフショップの店員さんにオススメのランチの店を聞いたら即座にいい店を紹介してくれた。その名は”スタンド”ビーガン料理(菜食主義、動物は一切食べない)の店。ここがメチャメチャに美味しかったんです。 ここで何故か想い出になる出来事が! インプラントをしていた下の前歯がポロリとナンの抵抗も無く取れた!!前歯でなくて良かった。上の歯だったら旅の間中、モゴモゴと大声で笑う事も出来なかったであろう。少々”さしすせそ”の息が抜けるのは不便だけど・・・ その後は通称PCH(Pacific Coast Highway)を抜けてニューポートのピア、通り沿いにある気になるサーフショップ、そしてベニスのAbbot Kinney地区のオシャレな店々を見て回った。少し来ない間に素晴らしくカッコ良い街に変身していてビックリだった。その後、サンタモニカで夕焼けを見て、お気に入りの道でのサンビセンテ(SanVicente)からサンセットブールバードを抜けてビバリーヒルズ方面へ!テッちゃんを観光ツアーがてらだと色々見るモノも新鮮だ。ビバリーヒルズのロデオドライブ界隈。閉店時間を過ぎているのにハデハデな世界。ここは世界の間違い無く三指が集まる富豪のエリアだけある。そしてゲイのメッカのウエストハリウッドを通り抜けてサンセットストリップでメシ。もう朝からのお元気活動の為に、男二人でラグジュアリーな食事なんて考えられなくて、そこにあったMels Drive Inn なる映画アメリカングラフティー(巨匠ジョージルーカスのデビュー作品)に登場したドライブインを再現した店に入った。これが完全なアウト!! 塩っぱいは冷たいは・・・甘かった。アメリカと言う国の最高もあれば最低もあるというのを感じたディナーであった。 エアポート近くのヒルトンに宿泊。

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

《2日目、4月10日 まずはガテマラへ!》 朝は5時に起きてそのままロサンジェルス国際空港へ! 無事にアメリカ人で日本人の神谷アンドリューと会えた。そして3人でアメリカン航空でマイアミへ!ここで時差が三時間、そして次のフライトを待つ事三時間。ラウンジパスがあったのでここでも相当に助かった。またアメリカン航空で二時間で中米のグアテマラに到着。地震が多発する国なので空港の鉄筋の柱とかが、やたらに太く感じる。そして待機してもらっていた現地のドライバーにグアテマラシティーを抜けてアンティグア(ANTGUA)まで向かう。とにかく舗装している道も悪く、舗装道路も道もグニャグニャしているのか、石畳がガタガタすぎて車は新しいのにショックアブソーバーがガタがきているのか、ひどい乗り心地だ。ガテマラシティーは危険度数は少し高めな街なのか、皆さん早寝なのか、夜の9時を廻って、人通りは至って少ない。約一時間で目的地の街、アンティグアへ!なんだかコジンマリとしていい感じ。 ディナー難民(メシを食う場所を失う事)を逃れて喜んでいたら、難民どころか案内された店は超いい感じ! ステーキ専門店なんだけどお庭とか美しく、サラダバーもご機嫌! スカートステーキ(ハラミ)が抜群。当然にサーロインも美味い!ワインも地続きのチリやアルゼンチン(ワインの有名な産地)から入ってきているからなのかお見事!!実に大満足な良い時間でした。ちなみに入り口ではライフル銃をもったSPが守ってくれていて安全何だか不安なんだか・・・・

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

《3日目、4月11日 アンティグアの街LOVE!》 朝から手配をしておいたガイドと待ち合わせ。街中をガイドしてもらった。車かと思ったら歩いて来た。家まわりの細工品や鉄細工製品がかなり可愛い物が沢山見れた。けっこうカッコ良い店もいろいろとあった。なにより人々のスマイルが抜群だった。ランチは少し観光客向けっぽい店。というかローカルは、ちょっと抵抗があるしまぁ、こんなモンかなぁ。午後は別で田舎を尋ねるみたいなツアー(35ドル)を頼んだけど、これは大失敗。5星ホテルであるサントドミンゴ・ホテルは部屋をみせてもらったがスバラしかった。併設の教会がテント作りでカッコ良かった。夜は昼間に見つけた二軒をハシゴ! 元、たぶん荒物雑貨店をそのまま上手に使ったイタリアンとワイン販売をするのはエルサボール! とにかく雰囲気抜群で作ろうにも作れない空気。なぜかそこで販売していたイルカと牛の水道の蛇口(グアテマラ製)が可愛くて3人で購入! 二軒目のビストロチンクも中々なお味!そして流行ってました。コノ街はやたらに文化レベルが高い様です。ゴミなど全く落ちていないし、物乞いもいない。とにかく素敵な街だった。 【また来たい度数5】

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

Restaurante El Sabor del Tiempo
3a.Calle La Antigua Guatemala
502-7832-0721
BISTROT CINQ
4a.Celle Oriente No 7 Antigua Guatemala
7832-3408
【宿泊】Sor Juana
4ta calle Oriente #45 La Antigua Guatemala C,A
電話 502-7832-6902
www.hotelsorjuana.com 

《4日目、4月12日 エルサルバドル!人生最後かぁ!》 グアテマラを朝の7時05分のフライトに乗る為に4時に迎えに来てもらって向かった。従って時差ぼけに睡眠不足が重なってものスゴい状況! 一時間のフライトで82カ国目の訪問国のエルサルバドルに到着。税関を抜ける時にボタンがあって青ならば無審査。赤ならば厳重に審査というアバウトな方式でアンドリューが拿捕! 今日はコノ街にはステイしないで夕方に移動。と言う事で犯罪的にも厳しい街なのでタクシーを半日雇って観光しようという事になっている。タクシー選びも慎重に!英語が話せてなるべく温和そうなドライバーを捜した。アレクシーは身長160センチ弱のかなりのメタボ。60ドル(USドルをコノ国は使う。)で交渉成立。最初は海岸に向かう。サーフィンで有名なポイントであるエルトゥンコにやって来た。かなり遠いポイントでパワーのありそうな波だった。しかし暑くて!!そして空腹で11時にはランチをスタート。ビールを飲んでピンチョス的なオツマミを食べた。そしてランチ!シーフドピラフを頼んだらバケツ一杯の分量が出て来て衝撃! 午後は市内を見学。ハッキリ言って見るところが無くてガイドも困る始末。丘の上から景色を見たり、スーパーマーケットに行ったりと過ごした。そして17時に空港に送ってもらって搭乗手続き。珍しく様々調べられて、なんと七味唐辛子を没収!凶器になるんですかね!? ラウンジで過ごした。エルサルバドル・・・人生でもう来ないのかもしれないなぁ。【また来る度数1】
18:35のTACA(エルサルバドル航空)でニカラグアのマナグアに飛ぶ。 到着後はホテルのお迎えが来てくれてグラナダ(GURNADA)という古都へ!首都のマナグアな治安が今イチなのと見るモノも無いのであえてグラナダへ。ホテルはかなりファンシーながら居心地がよさそう! 中庭のプールを見下ろすと回りにはブーゲンビリアが咲き乱れ、アマンドピンク(古いですか!?)の外壁と素敵なコントラストだ。街に出てみたら店の外の道にイスとテーブルが出され、十軒近くある店は盛況そのもの。というか流しの楽団の奏でるラテン系ミュージックにお客が踊りまくり! 完全に文化の違いを感じる瞬間だ。見ているだけで楽しい時間だった。しかしそれにしても疲労困憊!(笑) ワインも少なめに軽めのモノを選択してメシ。当然にワインは飲んだけど!
《5日目、4月13日 少し高山病な朝!@グァテマラ》 今だに時差ぼけが残って寝不足状態。緯度が赤道に近くなるごとに気温も湿度も上がってくる。夜はエアコンが無ければかなり蒸し暑い。 朝イチにツアー会社がピックアップしてくれて火山ツアー。少々、寝不足だったからエアコンの効いた車内で寝ようと画策していたら、来たバスはなんとトラックの荷台にプラスティック製のイスを取り付けたフルオープンな車・・・無理! そんなトラックに揺られ始めるとかなり爽快な風に当たって楽しい。通り過ぎる街並みを見ているだけでハッピー。休火山であるモンバチョの麓に到着。しかしトラックはシートベルトも無いのに完全は四輪駆動車で恐ろしい傾斜を登っていくのだ。その迫力たるはハンパ無い。そして山小屋に到着して山岳ガイドにモデルの前で説明を受けて、サッパリわからない英語だったので再度、アンドリューから説明を受けて出発。トイレでも済ませておこうと場所を聞いて行ってみたら驚いた! だって回りに壁も無ければドアもない。平なデッキに便座無しの便器がおいてあって、下は穴ぼこ。こんなの野糞の方がよっぽどいい!コレ間違い無く世界でもマレなトイレでしょう。これから行く人は是非、先にトイレはしっかり済ませておきましょう! 火山トレッキングは想像より過酷だった。それはボクの時差ボケによる寝不足も影響していたからであろうか、かなりバテバテだった。地熱を実際に穴に手を入れると感じられたり、谷間から湯気が出ていて熱かったりと、かなりリアルな火山を感じられて少々、感動! 下山した山小屋脇のカフェで飲んだコーヒーは流石にコーヒー産地。

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

グラナダの街に戻ってオススメのステーキ屋zaguan は昼間っから大盛況。週末だからか、日本で言うなら家族連れで焼き肉を食う光景のニカラグア版と考えるか!とにかくボリュームも豪勢で美味しかった。そして昼間っから飲んでヘロッヘロ! ホテルで荷物をピックアップして空港まで送ってくれたのだが、車に乗るなりに爆睡! 空港からパナマに向かう。パナマの到着は乗り換えもあったので深夜近く。食事は機内食。ここの路線はビジネスクラスだったので、かなり助かった。 ホテルはアパートメント形式の2ベットルーム。長期滞在のビジネスマン向けであろうか。かなり快適で、洗濯機があるので洗濯を開始! こんなホテルも全てアンドリューがネットで発見してくれたのだ。感謝! ガテマラの税関は最低!砂と七味唐辛子を没収。凶器になるんだと・・・(笑)七味でハイジャックしたらお笑いだ。

《6日目、4月14日 少年の夢、パナマ運河だ!》 パナマの朝! タクシーをひろって今回のメインイベントのパナマ運河観光に向かう。9時スタートらしくタクシーにゲート前で降ろされて、オープンまで待機。わくわく感はマックス!! オープンを待ってゲートから水門を見られる展望台まで歩いた。小学生の時に教科書で習った水門をずっと見たかったのだ。チケットを購入して早々に四階にある展望台へ! そこには2ラインの水門があって、超大型タンカーがタグボートに引かれて入って来て水門が閉められて水位を上げて大西洋と太平洋の高低差を無い状態にして船を通過させるという、ものすごい作業を行う現場を見せるのだ。そもそもパナマ運河が出来たおかげで世界の航路はググっと短縮化されて効率化されたのだ。この革命的な構造を考えた人もスゴいし、実行したパナマという国もスゴイ。ボクは建造物というモノを見るのが大好きなので、こんな運河なんてたまらない存在なんです。その後は飲茶を食べに街中に出没! 飲茶レストランはどこも大盛況。まだ12時台なのに150席はゆうにある椅子とテーブルは片っ端から片付けられ始めて意味不明な空気。その後はビーチ方面に出かけた。今日は日曜日と言う事で多くの店が閉まっている。ある海辺のカフェでゆっくりとノドを潤わせるというアイデアに皆さん、賛同してくれて(3人の合意)シャンパンを注文して飲んだ。そしてヤル気無し。結局、そこに日が暮れるまでいて、日没後にやっと旧市街に移動してカサブランカという屋外レストランにてフリッターと赤ワインという組み合わせで楽しい食事をした。思い起こせば一日中グッタリとマッタリと飲んでいた週末の一日だった。それはそれで最高でした。

《7日目、4月15日 いよいよコロンビア!》  早朝、4時30分に起床して空港へ向かう。今日は緊張のコロンビアへ!コロンビアと言えば麻薬と悪の枢軸なる印象しかない。正直、そんなに積極的に行きたいとも思わなかったけど、今回行かなかったら間違い無くこの先もわざわざ行く事は無い気がして行く事に!  最初は首都ではないカルタヘナという古都を訪れた。空港に到着してタクシーでホテルへ! 旧市街なのでまるでモロッコのリアドの様な民宿的な小さなホテル。でも今回の旅では高額な方で、一泊3人で180ドル程度。決して広くはないけれど必要十分なサイズ。大昔の邸宅をそのまま改装しているので天井の梁(はり)とか柱が本当にカッコ良い。荷物を置いていざ出陣。(その前にネットでメールなどをチエック。しかしどこのホテルも無料Wi-Fiが当たり前になった昨今の旅のラクチンさったらないです。) とにかく空腹だったので少し街を散策してレストランを発見。(11時)昼からやりたいことがあったのでサッサと注文したけど飲み物しか出て来ない。超多汗症の黒人のオジさんが動く度に汗が飛び散るの。結局、待つ事30分でナニも出て来ない。空腹は極地だけど仕方が無い。断念!スペイン語は全くわからずなので・・・(アンドリューはかなり話せるので助かるんですけど、どうもスペイン語にも方言的なモノがあるようで!) 午後のメインイベントは”セグウェイ”(SEGWAY) http://www.segway-japan.net/index.html なる未来の乗り物!(二輪車の間に乗って立って電動で進む乗り物。体重移動で走行するんだけど見事に簡単に安全に乗れる。本国アメリカではショッピングセンターや空港内のパトロールに良く使われている。)で周囲4キロのカルタヘナの旧市街を観光しながらまわるというツアーだ。これをアンドリューが見つけておいてくれたので早々にトライ。これがメチャメチャに楽しいのです。スピードが丁度良いし小回りも抜群!道が狭い旧市街地を縦横無尽に走るにはもってこいのアシです。3人ともレクチャーを受けて5分後には乗れて、そのまま一列になって観光旅行です。楽しかったぁ!! やっとランチにありつけると言う事でセグウェイツーリストのオーナーのセザールも一緒に、彼のお気に入りの街の定食屋”MULATA”でランチ。それはそれは美味しい時間になりました。どれもこれも満塁ホームラン! その後、なんと翌朝のセグウエイツアーを申し込んでホテルに帰ってマッタリモード。ダラダラと太陽が下がるのを待って、街のシンボルにもなっている要塞を見に出かけた。当時のここ一帯を牛耳っていたスペイン軍が南米大陸から略奪したモノを海賊使ってイギリスが略奪し、また奪いみたいな、要は略奪の歴史が根深くあるのだ。 暑い中を歩いているだけでノドを潤わせたくなってきた。これまたセグウエイ観光のセザールが紹介してくれたセビーチェの店に乱入。美味かったぁ!二軒目はホテルの斜め前のワインバー。ボクは大陸に到着して一週間も経っているのにまだ時差ボケが残っていて眠くて死ぬかと思った。でも美味しくて楽しい時間でした。深夜にホテルに戻って就寝。
La Cevicheria
Cssllr dtreet7-14
【宿泊】Puertasdecartegena
www.hotelpuertasdecartagena.com

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

《8日目、4月16日 かなりラブリーなカルタヘナ!》 朝起きて準備して7時半にまたまたセグウェイツアー。今日はかなり上級者コースだった。昨日よりビビリが入っている。一時間で考えられないくらいの距離を走って楽しめた。帰って準備してタクシーで空港へ。今日は国内線なので検査もアッサリ! 一時間のフライトでコロンビアの首都のボゴタへ到着。かなり色眼鏡で見ている気がするけど、誰もが麻薬関係者に思えてくる。そんな事があるわけないのに!(笑)タクシーでホテルへ。旧市街地の荒れた場所ではなくて高級住宅地を背に位置するオシャレなエリアはゾナ テ(英語だとZONE T)なるエリアだ。道を走っているだけでワクワクする街並み。時間も昼過ぎだったのでホテルにチエックインしてホテル併設のイタリアンでランチ。なかなか美味しかった。しかし3人は隣の常識を超えた美女に釘付け!!(あとからホテルの人に聞いたら有名なモデルだった。)しかし屋外で食事をしているだけでトロトロになれる場所なんです。樹木もカッコ良いし、ここは高地(2500メートル、富士山の6号目程度)なので生えている樹々も少し違っていて高山植物的なモノも沢山。それがまたいい味を出しているんでしょうかねぇ。その後、ホテルでドライバーを紹介してもらって効率良く市内観光をした。最初は”モンセラートの丘”に行った。ケーブルカーで10分で頂上に到着。相当な急斜面なんだけどグングンと上がっていって、その見渡す景色は圧巻。街のサイズも相当なんだろうけど高地であるせいで空気が澄んでいてスモッグも溜まっていないせいかとにかくキレイなのだ。頂上には教会があって回りが展望台になっている。そこからの景色は圧巻! 感激したなぁ。そこにレストランが併設。日本だったらダッサいお土産物屋とか、ソフトクリームを売ったりナンだろうけどオトナの街であるボゴダは超美味そうなイタリアレストランが鎮座している。いつかここで食いたいなぁ?と真剣にメモリー。頂上で面白い日本人の旅人の二人とつながった。ものすごいユニークな奴でコロンビアのどこかの街で追い剥ぎにあったと楽しそうに語っていた。ドライバーには40分で戻ると言いつつ、結局1時間は待たせてしまった。下山して”ムセオ・デ・オロ・Museo de ORO”(金の博物館)を観に行った。これまたドハデで豪華絢爛、そして入場料は格安(200円程度)な博物館で面白かった。その陳列の仕方がかなり素敵だった。その後は国会議事堂界隈の風情のあるビル&広場を見て、夕焼けタイムに何処に行くかと言う事になって満場一致で再度、モンセラートの丘に夕焼け&夜景を見学に行った。これまた宝石箱を散りばめた様な絶景に息を飲んだ。世の中で素晴らしいと言われる夜景を随分と見た。函館、山梨、六本木ヒルズ、神戸、リオデジャネイロ、ロサンジェルス、ニューヨーク・・・ここボゴタの夜景は引けを取ら無いどころか勝っているかも・・・昼間の景色とはまた違う素晴らしい景色でした。 ディナーはアンドリューがカウチサーフィンという旅行サイトで知り合った地元コロンビア人の22才の青年とメシ。完全な草食系でビックリしたなぁ。とても穏やかな青年でした。地元のローカルフードの店に連れて行ってくれて説明を聞きながらコロンビア料理を堪能。友達と言うのは有り難いもんだ! 倒れる様に就寝。服部哲二はこの夜に我々とは解散をしてペルーのリマにマチュピチュを見学する為に空港に向かった。次は23日にサンフランシスコで会います。

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

《9日目、4月17日》 酸素不足でか寝不足気味~~近所の豪邸街を散策。やはりホテルのあるエリア、ソーンティーはものスゴいスノッブなエリアなのだ。殆どの建築物がレンガと打ちっぱなしに黒の窓枠という配慮された建築なのだがそれぞれが本当に美しい。樹々も高地のせいか大降りな葉っぱ、そして奇妙な花を咲かせていた。アンドリューがカンクンで着る服を買うと言う事で近所のショッピングモールに付き合った。どこの店も売っているモノは冬服でビックリ。まさかリゾート地のカンクーンで冬物を着るわけにも行かないので困ったら迎えにZARAが見えたので飛び込んだら、ちゃんと夏物を販売していて調達できた。なかなか素敵なダブルのジャケットが買えて一件落着。ファッションビルの三階のカフェで前に何処かで食べた事があるようなチキンとサンドイッチ、そしてスープを食いホテルに戻って空港に向かった。 これから出国してパナマ経由でメキシコのカンクーンに向かいます。 これにて第一部は無事に完了! 全てが新鮮で感動で驚嘆で、最高の旅が出来た。 様々な手配とスペイン語を駆使してくれたアンドリューに感謝。テッちゃんとの初めての旅も新鮮で面白かった。あいつのヒョーヒョーとした性格、学びたいね。
好きだった都市はグァテマラのアンティグア。
そしてコロンビアのカタルへナとボコダ
メシで美味しかったのはアンティグアで食べた深夜のステーキ(スカートなるハラミ) パナマのイタリアンレストラン・カサブランカで食べたフリッター 一番キレイだったのはコロンビア・ボゴタの夜景。
感動の建築物はパナマ海峡。
スマイルが素敵な人がいたのは各地!

中近東8カ国ツアー

今回も実に変態な旅行だ。(変態とはヤバいという話ではない、普通の人がなかなか行きたがらない場所を好んで行く旅行。)今回のメンバーは東ヨーロッパもご一緒した人間ウイキペディアの玉田と、壮大な好奇心を持ち合わせる北野とボクの三人。三月の終わりに”世界変態旅行会議”がウチで開催。世界地図を広げて、何処に行こう、ここに行こう!と相談しているうちに満場一致で決定したのがこの中近東を回る旅。中近東と聞いて、人がイメージするのは ”恐い””テロ”であろう。しかしそれは本当なのか行ってみなけりゃわからない。(なんて平和な事を書いてるけど恐かったらイヤだなぁ!)そして調べれば調べる程に様々な難問がわかってきた。例えばイスラエルの入国スタンプがパスポートにあるとレバノン等に入国を拒否されるとか、うまく交渉すればスタンプを押されないで済むとか(事実、国益である外貨獲得を重視してキューバの様にスタンプを割愛する国もある。)ビザは前もって取る事が必要であるとか無いとか、かなり重要だったのが・・・イスラム圏なので酒は飲めるのかとか! とにかく情報量が圧倒的に少ない。雑誌PENのイスラエル特集なんて買ってみたけど楽しそうな雑貨屋さん、レストラン、カフェなんて一軒も記載無し。(笑)とにかくわからない事だらけだけど、だからこそ行ってみよう!

《1日目 7/2 成田空港よりイスタンブール経由ベイルート(レバノン)》午前11:40分に乗ったトルコ航空TK051便、乗客の女性がみんなベリーダンサーに見えるのはオレの勘違いであろうか!? 約11時間のフライトは充実の機内映像のおかげで楽しかった。(トルコ航空はヨーロッパで大人気の設備とサービス。) 到着したのは時差もあって17:45にトルコのイスタンブール。当然に到着するなり、普段は歌う事など無い庄野真世の”飛んでイスタンブール”を口ずさむ。そして2時間トランジットで待ってトルコ航空でレバノンのベイルートへ。かなり様々な理由から、今回は最後にイスタンブールで旅を仕上げるという算段なのだ。結局、フライトが遅延して到着はかなり遅く23時頃・・・結構、長い間、飛行機に乗ってるなぁ! 到着してタクシーでホテルへチェックイン。近所に出たが夕飯を食べれる店も殆どなくて近所のカフェへ! スタッフの女の子が可愛かった。 (STAY WHITE HOUSE HOTEL/オススメ度2 少なくとも自己評価の4つ星はウソ!)

《2日目 7/3 ベイルート、バールベック、そして空路でアンマン》 時差ボケも無く寝続けて6時間後の7時半に起床。窓を開けたらその目の前に地中海がっ! ここは素晴らしいロケーションだったのだ。 日本から手配したガイドとドライバーは見るからに良い奴! 見るからにお坊ちゃん顔をしていて名前は アハマダ!(ウチのスタッフの濱田さんに加えて一つのという意味の”A” あっを加えて”一つのはまだ”と記憶。奴はひたすらに、もうすぐ結婚をする彼女(MARUWAちゃん、感じで書けば ”丸和”で意味は円満でピースフルと教えてメモ書きしてあげたら相当に喜んだ。)の自慢をしていた。 今日は、あまり期待はしていなかった世界遺産のバールベックを見学! しかし、そのスケール、デカさ、荘厳さ全てにビックリ仰天した。いくら権威の象徴とはいえ数十年もかけてこんなにデカいモノを・・・思いは果てない。ギリシャのパルテノン神殿より大きいというのだから・・・しかし観光客はゼロ。そうなんです!

中近東8カ国ツアー

こんなに平和はレバノンなのに外務省の渡航情報を見るとかなり厳しい”渡航は見合わせましょう!”という国。中近東ってオモシロいかも! ベイルートに戻る途中でランチをしたのだが、お決まりの観光客相手の店に行く空気だったので、地元の人が行く店に変更をしてもらう。お坊ちゃんアハマダは父上に電話して相談して、レバノン・ローカル料理の店に連れて来てくれた。そして、この店が大正解っ!! (詳しくはホームページの食で紹介してます。)

中近東8カ国ツアー

本当に幸せな時間でしたよ。 町はものすごく繁栄していてビックリ! 実はベイルートの街は夜遊び天国で数百のクラブが営業していると。(若者のクラブ?ね。クラブ?では無いです。) そしてアラブ人の大金持ちにとっては最高の遊び場なのだ。(アラブの国々はかなり戒律が厳しくて酒やデート、ましてセックスなどをすると厳重に罰せられるのだ。他の悪いことも・・・)  海岸線をドライブしてピジョンロックス(鳩の岩)など見学をして空港に向かう。 夕方の便(ロイヤルヨルダン航空)でヨルダンへ! この出国がけっこう複雑な気分。また来たいのは当然なんだけど、この先で立ち寄るイスラエルのスタンプをパスポートに押されると、二度と入国は出来ないルール。敵国なんですよ!! なので次に行きたかったらパスポートを更新するかして新しくしないと無理・・・ビックリでしょ。 そう言われると、なんだか行きたくなるではないですか!? 夜はNHKの取材のお手伝いを頼まれてディナーに同行した。現地での様々な手配をしてくれたコーディネーターの木村さんという女性が”アジアで花咲け!なでしこたち”という番組で取材されるらしく、彼女に手配をしてもらった我々がエキストラで出演するとの事。デイレクターは大の中近東好きな若手で、話がオモシロかった。レストランは庶民派のお店。深夜にお腹が痛くて起きた。オレの強靭なお腹が壊れるなんて・・・でも他の二人は何も無くスヤスヤと寝ているから食中毒ではないのだろう。イテイテイテイテ・・ (後から聞いたら二人もヤバかったらしい。昼間の生肉が原因か!?) THE REGENCY PALACE HOTEL《オススメ度4.5》

《3日目 7/4 ペトラ観光 ペトラバイナイト 》 今日はかなりの興奮だ。事前に旅行関係のジャーナリストの友人と話している時に『ペトラとワディラムに行くんだぁ!~あそこに行っちゃったら他の遺跡が全部、小さくなっちゃうよ!』と言われた。スケール感が変るのだと・・・興味ある!! ペトラがイメージ出来ない人・・インディージョーンズの映画のロケ地と言えば想像がつくかな!?

中近東8カ国ツアー

朝の8時半にガイドがやってきた。彼の名前はワイロ!(Wa’e l! 賄賂ですか!贈収賄のワイロ、簡単に記憶)とにかくそうやって記憶しないと難しい名前ばっかり。 そして娘の名前はラマイカ(LAMAIKA/典型的な昔からある名前で”私は暗影”ダークシャドーだった!という意味)という一人娘のいる父さん。今から永遠に砂漠を3時間走って世界遺産のペトラに到着。アラブ人ってどうして運転がこんなにハードなんでしょう!? この人も運転するとシューマッハになっちゃうんです。ものスゴいスピードで走りながら急にポケットに手を入れて携帯電話を取り出して写真を捜して、コレがオレの娘だ!とか自慢始めるわけ・・・勘弁してよ!) 最初にホテルにチェックインして荷物を置いてランチ、その後、ペトラ遺跡の入り方を聞いてドライバーとは夕方に待ち合わせて解散。ついに来ました! ペトラ遺跡。入場料の50JD(ヨルダンディナール)円換算で5500円! 世界一高額な世界遺産と呼ばれているそうだ。 決して安くはないが外貨獲得の為には世界遺産が稼がなきゃ! 街には意外にヒトがいないし、店が休んでいるので不思議に思ったら、今は閑散期(暇な時期)であると。なぜこの時期にと思いきや・・・理由は暑すぎるからと・・・確かに暑い!いや熱い! さて、ペトラ専門のガイドを雇い、歩き始めて20分、最初はなだらかな開けた道。ガイドのムハマド君、やたらに早口で、なかなか理解が大変! ミラーのサングラスをかけた奴はいきなりイッパツ芸!・・・皆さんはアメリカの映画を見たことがある!?そしてサングラスを外しながら『アイム ロバートデニーロっ!』って言った瞬間に三人は大爆笑! でも相当にイケメンなナンパ師で通り過ぎる女子には声をかける! 白人の女の子に『キミは何処から来たの!?えっ!ヘブン(天国)からかと思ったよ!』そして女の子はニンマリ・・・キミぃ、仕事中にナンパはやめてくれるかなぁ・・

中近東8カ国ツアー

道中は左右に彫り込まれたモニュメントの解説を。そして長さ1.6キロメートル、高さ100?180m?、幅は3?20m?程度のまさに峡谷のシークを歩く。ひたすら歩く。なんだか自分が”アリ”になった気分がする。そして歩く事、1.6キロでいきなり開けた広場に出る。とはいえ、まわりは三方が際立った渓谷になっている。そこにはエルハズネ神殿がある。そのサイズは30m?×43m?! まさに”インディージョーンズ最後の聖戦”の世界だ。とにかくデカイ! その先もどんどんと歩く。王家の墓、野外円形劇場などを見学。しかし気分はまさに砂漠を迷う旅人。だんだんと意識はモウロウとしてくる。するとずーっと向こうに日陰にある売店が見える。一路、先に見える売店を目指して進む。実は昨日から三人とも相当にお腹の様子が悪くて、かなり力尽きていたのだ。・・・ジュースを買って小屋の後ろのベンチで横たわってお昼寝・・・というか力尽きていたという感じ。帰りは迷わず高額ながら馬車で帰った。(砂漠で死んで行くってこんな感覚なんだなぁ!と学習。) ペトラ遺跡の歴史的背景うんぬん知りたい方は・・・ http://ja.wikipedia.org/wiki/ペトラ 夕方はホテルに帰ってプールでまったり読書&日光浴。このホテルはWi-Fiがサックサクで溜まっていた仕事が片付いて嬉しい。二年前までは考えられない通信の進化。パソコン本体も重量は重かったし部屋のネットは有線で超カッタルかったし、写真どころか動画を送るなんて考えられない。Facebookに写真をアップなんてあり得ない事だった。 さて、夕飯はホテルで済ませた。この食事を済ませるという言葉は不本意中の不本意・・・でも何も無いんです! ドリンクメニューを見る時なんてドキドキする。唯一あったのはビール・・・それは冷たくて美味しい。でもアルコールを感じないんです。薄い・・・酔わない・・・ そもそもアルコールを飲むという習慣があまり無いエリア。というかイスラム教の人々は飲酒している人を軽蔑しているらしい。別に軽蔑されたってかまわないから売るだけ売って欲しいというのがオレの個人的見解!(笑) まぁ、なにかの修行と思って頑張ります。

中近東8カ国ツアー

夜はペトラバイナイト(Petra by Night) 週に数回開かれる世界遺産ペトラ遺跡の中を3000個のキャンドルで飾り付けて小さなコンサートが開かれるという催し。さらに満月ということで楽しみがいっぱい。20時にゲートで待っていると入場が始まり(入場料は12JD)昼間通った開けた砂利道を歩く。まさにマジッックアワーで、空は日中のサンサンと突き刺さる様な日の光から一転して涼しくなり、深海の様な不思議な青に変わり、段々と闇になっていくのだ。道の両脇には点々とロウソクが灯されて究極的にロマンチック! そして峡谷の道もキャンドルで両脇を照らされている。エルハズネ神殿の広場に出ると昼間は観光客用に用意された馬車やロバはいなく、そこにも数千個のキャンドルが等間隔に飾られて、それはそれは愛しい光景だ。そしてそこで前衛的なアラブ民族音楽のアーティストが出て来てパフォーマンスを見せてくれた。上を見れば岩の突き出た部分に月の光があたって薄白く光り、幻想的な世界。帰り道、同じ道をダラダラ歩いて行く先に見えたのは、何かロケかなにかをしているのかと思う程に明るい月明かり。♪月の明かりを~はるばると~♪ 三人の歩く姿が月明かりによって影が砂漠に映し出されていた。 《ARMA PALACE INTERNATIONAL HOTEL /オススメ度5、素晴らしい!(部屋もキレイ、ガウンまである。プールにジャグジー、インターネットに豪華な朝食までついて三人で70JDは7700円!三人だよ!それも2部屋)》

《4日目 7/5 ペトラ、ワディラム(ジープツアー) そして死海!》 昨夜は爆睡して体調は完璧。まぁ、いい気になって暴飲暴食には気を付けましょ! そんな新たな決断を出来たのは昨夜の満月によって様々な悪いものが浄化されたからかもしれない。お迎え時間を早めて8時に出発。 一路、世界遺産に最近認定されたワディ・ラム自然保護区に向かう。アラブ語でワディはVALLEY(谷)ラムはMOON(月)という名前。ここ、わかりやすく言えば アメリカのグランドキャニオンとサハラ砂漠を足して2で割った場所とご理解頂きたい。とにかく荘厳かつ雄大! もうビックリでした。当分、どんなに大きな物が目の前に現れても驚かない自信が出た。砂漠を四輪駆動車で走り回るんだけど遠くに見える巨大な岩が、手前にある車と見比べると大きさが認識できるでしょ。とにかくスケール感がハンパなかった!

中近東8カ国ツアー

ランチを済ませて、クルマで死海まで約3時間のドライブ! 走っても走っても砂漠という景色。そしてだんだんと景色が変って来た頃は、実は海抜ゼロメートル地帯なのだ。そして遠くの下の方に、死海が見える。随分と下に見える死海はなんと海抜マイナス420メートル。ということは世界で一番低い場所が死海なのだ。もう一度、よく読んでね。海抜ゼロから下に420メートルですよ。世界最高峰はエベレストとか知ってるけど、最低はあまり知らないかも。まわりは山々なので降りる程に盆地状態なので蒸し暑くなってくる。そしてほぼ降り切った界隈の景色たるや、全く見た事のない景色だった。塩分濃度30%(普通の海水は3%)故に生物が生存する事が出来ない、この湖は人間が泳ぐと身体がプッカリと浮くので有名だ。もちろん、それはやりたかった事のリストに入っている。早々にホテルにチェックイン! かなりリゾートのいいホテルだけどヤロー三人なので、たいして盛り上がりはしない・・・そんな事は無い。(笑) 三人で小道具を用意していざ、死海へ! いざスイミングへ! ホテル内のオシャレなプールにはヨルダン人らしき家族連れがイッパイ。そこを過ぎると死海が待っている。その奥様方は普段からベール(ヒジァ―ブ/布地を頭から首、人によっては鼻から目まで隠す)などを被って肌を隠すのが日常なので、さて海水着となると専用につくられたイスラムバージョンの上から下まで隠れて、顔だけ丸く開いたモジモジクン(古いね)みたいなファッションでプールに挑んでいるのが痛々しかった。 そして運命の死海へ! 世界で最低な(悪い最低ではなく最も低い地、なにせ海抜マイナス420メートルですよ!)の海水浴。ここは塩分濃度が海水(3%)に比べて30%という超塩分が強いため、人間の身体がフワッと浮いてしまうのだ。この浮遊感がビックリ!早々に撮影大会だが、通常の写真では書物を読んでいるのが普通!というか一般的。しかしオレ達ヤロー三人は英字新聞っていうのもウソ臭いという事で、東京からわざわざ”東スポ”(東京スポーツはわりと下世話な新聞!笑!)を持ち込んで撮影っ! ひとつの夢の実現です。

中近東8カ国ツアー

しかしここ死海は世界自然現象七不思議にも数えられる程の不思議だらけ。皮膚病などイッパツで治るらしい。逆にキズ口など痛いのなんのって! あとここの海水だけど味は塩分が強いのはいいとして、カドミウムが通常の7600倍も入っていると! それは飲みたくない。 とにかく楽しい体験でしたよ。そして浜を歩くと恐竜の背中を歩いているようにユラユラしているんです。そこを掘ると中には泥んこがっ!! これがまさに ”死海の泥んこパック”という事で試しました。ゴンゴンと身体に塗り付けてヒリヒリ感を楽しみながら、約10分。シャワーで流すと出来上がり!見事に身体がツルツルに変身しちゃってました。死海地方は盆地なので極端に蒸して暑いんです。いや熱い! 恐らく気温は40℃を超えて湿度は限界点! でもそれを差し引きしても最高な体験でした。

中近東8カ国ツアー

夕飯はホテル内のバイキングで日本の調味料を持ち込んでセルフ和食加工して満足なディナー! 最近のホテルはWi-Fiが飛んでいるので、ネットとかで連絡していると自分が海外にいるのを忘れてしまいそう! いい事なのか、悪いことなのか・・・間違い無く世界は小さくなってるなぁ。  (Holiday inn Resort Dead See スバらしいリゾートでした。オススメ度5 )

《5日目 7/6 死海、キングフセイン橋、国境越え、エルサレム》 いよいよ国境越えの時。朝7時にガイド&ドライバーのワイロが迎えに来てくれて国境&緩衝地帯のあるキングフセイン橋まで連れて行ってくれた。本当にここの出国&入国は一筋縄ではいかないのだ。出国時は日本大使館の若い外交官が同じ列に並んでいて様々な情報をくれた。ここの入国の面接は厳しくて曖昧な事や適当な事を言ったら大変。列に並ぶ時間など考えると5~8時間もかかる場合がある。だがここの陸路のゲートはパレスチナ人の為の物で、空路より少しは緩いらしい。(だが手数料が高い。)あと入国時に入国のスタンプをパスポート押されると、今後そのパスポートを持つ限りイスラエルと仲の悪い国には入れなくなるのです。(軽いスパイ容疑!?)だから別紙にスタンプを押してもらう様に嘆願。そんな面倒な事をしてでも入ってみたいのがイスラエルなのだ。島国ニッポン人には絶対に理解の出来ない世界だ。結局、かなりスムーズに3時間で出入国が出来た。(一緒だった日本国の若き外交官は更に3時間も足止めになったみたい。) そしてイスラエル側の入口には現地のガイド&ドライバーのイーサ氏が待機。(日本の友達の伊佐さんの同性と記憶) 奴はドヤ顔のフルサイズマッチョ!また怖い顔を余計に恐くするサングラスをかけて武装。運転はシューマッハ気分で日本ならば逮捕っ! しかし車内で聴いている音楽は・・・ラップか、ソウルか、クラブ系かぁ~~~いや、イーサが愛する音楽は ”賛美歌” (笑)賛美歌聞きながらどうして、そんな運転が出来るんだろう!?

中近東8カ国ツアー

最初から濃厚なガイドぶりを発揮。予定には無かったエリコという世界で最も古い街(紀元前7800年。また海抜マイナス260メートルという世界で最も低い場所にある街なのだ。) そして、オリーブ山のイエスが捉えられたと言われるゲッセマネの園、万国民の教会、そしてその後は旧市街地のザイオン門から城壁内の、アルバニア人地区、ユダヤ人地区、嘆きの壁、ムスリム地区、キリスト教地区、キリストが十字架を背負って歩いたヴィアドロローサを歩き、聖墳墓教会(キリストが磔にされ、埋葬され復活した場所)ダビデ王の墓、最後の晩餐の部屋を訪問。もう頭は世界史の教科書の復習状態だけどグッチャグチャ! そりゃ戦争は終わらない訳だよ・・・本当に勉強になった。 夕飯はタクシーで街をブラブラしてイタリアンにて! 安くて美味しかった。そしてワインも飲めて幸せ。 (Commondore Hotel 決して便利、キレイとは言えないけどスタッフが本当に良かった!なのでオススメ度は4)

《6日目 7/7 エルサレム観光》 パレスチナ自治区のべツレヘムという街で”分断の壁”を見学。パレスチナ問題はニュースでは散々聞いて来たけど初めて少しわかった気がする。そこの中にある聖誕教会(2012年6月29日に世界遺産になったばかりの教会、世界で最古!)を見学。キリストが生まれた場所を見学。しかし地下のその部屋は時間制限がアリ見られない。ガイドのイーサ氏は裏技を使って隣の部屋の鍵穴から覗けと!(笑)しかし良く見えた上にiPhoneのカメラならば撮影可能で盗撮。 (合法)

中近東8カ国ツアー

そして、壮大なるイスラエル博物館で世界最古の聖典を見学、裏にはエルサレムにユダヤ教が君臨していた時代の一大ジオラマが石で作られていて飾られていた。これがものスゴいスケールで驚き。様々な迫害を受け続けたユダヤ人の心のオアシスなんでしょうね・・・いつかは取り返すぞっ・・・なる意気込みを見ました。 そしてなんとパレスチナ自治区の中(ベツレヘム)で中華レストラン(もちろん出入りには毎回、パスポートチエックがある。すこし緊張!)へ!ここが美味しかったんです。 その後はガイドのイーサ宅を無理言って家庭訪問。奥様、子供達にご挨拶(どうしても現地の家庭を見たかった!)、その後は旧市街を散策。 夜はローカルのヒロヨ親子とディナー!  お店はDOLPHIN! ビックリな美味しさと雰囲気で大正解。

《7日目 7/8 ホテルから国境、キングフセイン橋、アンマン、アンマン空港からカイロ》 起床は6時、そして7時に出発。今日はかなりの緊張。なぜならば12時にアンマンからエジプト航空でエジプトのカイロに向かうのだが、イスラエルの出国にどれだけ時間をとられるかわからない。入国に3~5時間とか平気でかかる国だからだ。空港はセキュリティーの関係で2時間前には到着が理想だし、国境からアンマン空港はクルマで一時間は楽にかかるし・・・結局、全てのシワ寄せはクルマの移動にかかった。その恐ろしさったらなかった。なにせヨルダンには車線とか追い越し禁止地域とかは存在しない。という事は常に対向車から、こちらの車線にもクルマが飛び出して来ている・・・恐っ!! とにかく締め切り寸前にアンマン空港に到着した時にはクタクタだった。(笑) 無事にカイロ行きに乗って爆睡。 エジプトのカイロに到着。これまたタクシー運転手がものすごい奴(悪い意味)にあたり、ハンパの無い運転でビックリ仰天! スピード超過、車線変更無視の追い越し、意味も無くクラクション&パッシング! 隣に乗っているだけでクタクタ・・・タクシーを降りると正面にピラミッドが見えて感動。でもそれ以上、近づこうとは思わない。タクシーの運転にマイッタ。明日ゆっくり行きましょ!という事でプールでまったり。とにかく何もかもヤル気を失う程に熱いんです。きっと45℃とかだったと! 日が暮れて外にメシを食べに行くのも面倒で(という位にカイロの街が超ゴミゴミ×100みたいな場所でモチベーション下がったんです。)ホテルの屋上(2階)のオープンエアーなレストランでシンプルなモノを注文して自前のワサビ、味噌、柚子胡椒、胡椒で加工してニセ和食を作り出して美味しくいただいた。

《8日目 7/9 カイロ ギザ観光》 9時に迎えが来てピラミッドを見学。ガイドのテンションが低くてこっちもヤル気が出ない。というかとにかく熱い!!!! 熱過ぎてシーズンオフというのもわかる。 クフ王のピラミッド、王の玄室も細い通路を這い上がり見学。そしてカフラー王のピラミッドを見学。そしてメンカウラー王のピラミッドを見学。(これが三大ピラミッドといわれる。)それをパノラマで見学した。そしてスフィンクスを見た。スフィンクスの正面にケンタッキーフライドチキンがあるのも確認した。(笑) イスラム地区に移り、ムハンマドアリのモスクを見学。もちろん世界遺産(1857年に完成)内部の壮麗さはイスラム地区で抜きん出ている。

中近東8カ国ツアー

ハーンハリーリ(バザール)を散策。エジプトの国民食の”コシャリ”をいただいた。(これは美味しい!)そして、そのまわりだけで世界遺産が10以上。その地区一帯も世界遺産。エジプト考古学博物館でツタンカーメンを鑑賞。しかし4500年間も観光で食べているエジプト人たち。とにかく観光客からむしり取る根性には脱帽。 ホテルに一度戻って、プールでゴロゴロした後にグランドハイアットに和食を食いに行った。オレ達が海外で和食を食べるなんて異例中の異例。だがどうしても今回は我慢が出来なかった。意を決して行ってみたら、なんとメニューにビールが無い!! 店員はそんなモノを飲むのかという態度!(笑) このホテルにはバーも無いという事で早々に退散!(二度と行きません!) コンシェルジェで近所の酒が飲める和食屋を捜してもらったがなかなか無いんです。やっと見つけたら残念なお店。しかし脳みそは完全にビールを待ちこがれる体制になっているし、仕方が無くその店に入るとボク達の下半身を指差され入店拒否。暑過ぎて全員短パン&ビーサンだったんです。(笑)でも隣の店で注文して配達してくれるという優しい計らいでやっと食事にありつけ一件落着。それなりに良い夜だった。 でもこの街には住めないなぁ・・・

《9日目 7/10 カイロ、カイロ空港からキプロス、ニコシア》 朝から何処かに行こうなんて意欲無し。ロビーでネットをしてお仕事。しかし何処にいても仕事が出来てしまうって本当便利な事です。こんな革命的な事、ここ最近二年の話ですよ。という事でプールサイドでまったりとお昼まで。せっかくだからカイロの街に出ようよなんて提案は誰からも出なかった。 ランチは昨日食ってかなり美味しかったコシャリを食う。ホテルのタクシーを雇い空港まで連れていってもらう途中だったが、実に美味しかった。本当に店により少しづつ違うんです。しかしながらホテルの専属ドライバーなのにスキあればオレ達を土産物屋に連れ込もうとする根性はいかがなものであろうか!? 空港に行く道のりなのに、三軒も連れ込まれそうになった。(笑)本当に気が許せない奴らだ。 おもいっきり早めに空港に行ってラウンジでまったり。

中近東8カ国ツアー

キプロス島のラルナカ空港に到着したのが夕方遅く。玉田のお友達のお友達のニコリナ(ニコちゃん)が友達二人と迎えに来てくれた。ビーチ帰りらしくカジュアルを超えてグチャグチャ(笑)ニコちゃんの車は小型車。通常ならば4人で満席。だが、なにを考えたかニコチームは3人、オレ達3人&荷物! その上、車のトランクには先約の荷物が!結局二列目座席に大人四人と荷物をヒザの上という荒技で乗り切る事40分! キプロス島の中央部のニコシアでキプロスローカルディナー! ここメチャメチャにいい街です。空港近くのホテルをキャンセルしてCENTRUM HOTELに急きょ、変更! 深夜までニコちゃんの友達、彼氏らとバーで飲んだ。ココ好きだなぁ!!

《10日目 7/11 ニコシア(キプロス)観光、北キプロス観光、ラルナカ空港からアテネ経由でイスタンブール》 9時にニコちゃんが迎えに来てくれて、街の真ん中にある国境に向かう。もちろん徒歩ながらパスポートは持参。ついこの間まで島のなかで内紛があり、現在はギリシァが支援するキプロス共和国とトルコが支援する北キプロス・トルコ共和国に別れている。あちら側はイスラム圏なので少し違う空気なんです。 これまたいい経験したなぁ! ランチはラルナカビーチのレストランで海産物ランチ!! 飛行機が真上を飛んでる迫力満点なホテル。本当にいい時間になったのはもちろんだ。

中近東8カ国ツアー

ラルナカ空港からアテネ経由でトルコ・イスタンブールへ。再び戻った形になった。夜も遅いので空港近くのホテルを予約。シャトルバスに無理矢理の乗り込みホテル(WOW AIRPORT HOTEL)にチェックイン! メシは向かいに併設されているカフェ。昔のカフェバーっぽい作りで不安感イッパイ。店内にはビリヤードにボーリング場! 店員さんはオレ達に全く気が付かない。そしてまずは最低限のモノをオーダー。するとそれらのモノが美味しい! トルコ&アメリカンのミックスおつまみセットみたいなのを注文したら、揚げミニ春巻きにバッファローチキン~~お見事でした! ここも幸せっ! トルコ人の食への探究心はなかなかなんです。ココの街、好きかも! 玉田充電センターに全ての電気充電グッズをセットして就寝。 (毎日の事だがかなり電気に支配された生活をしている。カメラ、携帯、パソコン、それらを充電するのは”携行品・準備率ナンバー1”の玉田君。海外対応コンセントに加え延長コードまで持参してくれて助かる!)

《11日目 7/12 イスタンブール、カイセリ、カッパドキア》 早朝5時に迎えが来て空港へ!のはずが、アメックスの手配の旅行社が来ず、自力で空港へ!この問題が後々のハプニングを引き起こす!(笑) 早朝のイスタンブール空港は想像を絶する混雑。 カッパドキアのあるカイセリまで1時間程のフライト。 カッパドキア近所のカイセリ空港にはスティーブンセガール似のナントカ君がドライバーと二人で迎えに来てくれた。(セガール、セガールと勝手な名前で呼んでいたら本名を忘れた。) クルマは15人乗りのメルセデスのピカピカのバスが来ていてビックリ。  ガイドの日本語もお見事! 早々にカッパドキア見学へ! 写真では見ていても実際にあの姿をパノラマで見ると言葉を失う。世界遺産カッパドキア自然保護区~~~なぜ、この形になったの!? なにせカッパドキアは2億5千年前のエルジエス山の噴火から隆起がはじまり火山灰と溶岩が数百メートル積み重なり層が出来て風雨に打たれて浸食が進み硬い部分が残り不思議な形の、まさに奇岩と呼ばれる岩になった。もう今にも崩れそうなオカシな形の岩もあるが、なにせ浸食が進むスピードは100?1000年間で6センチほど。人間の一生など5センチ程度の話で、本当に違う時間軸で動いているのだと感心します。 ギョレメ国立公園、キノコ岩、洞窟レストランで壷ケバブ、ギョレメ野外博物館。カッパドキアパノラマ、そして洞窟住居兼カフェでお昼寝(スケジュールには無いが勝手に寝た。) カイマクリ地下都市見学! インチキ臭い絨毯屋、トルコ式お風呂(ハマム)体験、ローズバレーの大パノラマでサンセット見学。今夜のホテルはCappadocia Cave Suiteなる子洒落たホテルだがヤロー三人組は変わらず(笑)。ファンシーだったけど・・・夕飯はホテルのビュッフェ。それなりに美味しい!

中近東8カ国ツアー

夕飯後は時間があったので同行の北野の頭髪をカットする! オレって上手!! (Cappadocia Cave Suite 素晴らしいホテル!最高です!なんといっても洞穴っ!)

中近東8カ国ツアー

中近東8カ国ツアー

《12日目 7/13 気球ツアー、カイセリ、イスタンブール》 早朝、日の出前に迎えが来て、気球ツアーに参加。ものすごい盛況で、我々クラスの気球は70機は出ていた。約1時間のクルーズは本当に楽しかった。ボクの気球にはフィンランド人、オランダ人、中国人、韓国人、ポーランド人が乗っていた。朝日も拝める約1時間のクルーズは本当に充実!高度200メートルまで上がったり地表面ギリギリまで降りたり~~また上がったり降りたり~~オモシロい!! 本当に楽しい時間でした。

中近東8カ国ツアー

ホテルに帰って遅い朝食をして荷物を準備、そしてカッパドキアのカイセリ空港へ! 空路でイスタンブールに戻った。今回はいったい何回、この短距離の移動の飛行機に乗ったであろうか!? イスタンブールにはアメックスに手配しておいたガイドのアリ君が来ていた。旧市街地を散歩、道ばたの店でケバブ-サンドと、そしてガラタ橋のたもとでサバサンドを食す。これが見事に美味しい。  現地の旅行代理店が、昨日朝のピックアップが遅れたことを申し訳ながり、ベリーダンス&ディナーを招待してくれると・・・それは嬉しい! 約束の時間にホテルのロビーで待っていたら、ホテルの間違いで違う迎えの車に乗せられて・・・気付けばガラタ橋のたもとの別のレストランへ!もう面倒になって自費で食べると決めてスタート。そんな頃、旅行代理店は相当なパニックになっていた様だ(笑)。 二人のガイドがご機嫌伺いに我々のレストランにやってきた。 おかげでダブル迷惑大会! でも結局ベリーダンスも見られたし、会社の手厚いサービスと心がこもった陳謝のお陰で我々は大満足。いい一日でした。

《13、14日目 7/14、15。 イスタンブール、機内泊、成田空港》ここのホテルは本当に素晴らしい。三人一部屋でもそんなに辛くない。午前中に世界遺産スルタンアフメット・モスク(ブルーモスク)を鑑賞! そして時間がなかったがトプカプ宮殿も見学。ホテルに一度帰ってからシャワーして荷造り、ランチはホテル前にあるトルコ人向けの料理店で食べた。ここも満塁ホームラン!! トルコは本当に何処で何食べても幸せだ。

中近東8カ国ツアー

車で空港に向かって、ラウンジで時を過ごした。いや、あまりに快適なラウンジでのんびり時間を過ごしすぎてあわや乗り遅れ!!!時計を見て三人は青ざめて一路ゲートまで全力疾走した(笑)。なんでこうなるの!! 結局、予期せぬフライトの遅延のお陰で乗り遅れなくて済んだ(笑)。

中近東8カ国ツアー

三人、無事に帰国しましたっ!! 海外渡航回数は250回近いけど、今回は印象に残る10指に入る素晴らしい旅。もちろん世界中には様々な素晴らしいモノがあるけれど、風習、習慣の違いを肌で感じるのが地球に生まれて本当に良かったと思える瞬間だ。 半月にわたる中近東8カ国ツアー! ますますイスラム圏の人々の暮らしに興味津々になってきた。世界は広いぞっ!! 急がねば!! Thanks god !

ブータンの人々の笑顔を見たい!

【2011 11/3~4 激しく充実な長~い1日】
東京でしっかり大きなミーティングを完了させて、軽い(いや重い・・・)宴会をして、深夜の羽田空港からタイのバンコク経由でブータンに入る。ほぼ24時間稼働する様になった羽田空港の完成で東京人の旅のスタイルは如実に変化した。 5時間のフライトはアッという間、バンコク国際空港ではアメックスのプライオリティーカードのおかげで快適なラウンジタイム!シャワー&軽食でリセットが出来た。実はラウンジで、和み過ぎてブータン・パロ行きの飛行機に乗り遅れる寸前・・・(笑)しかし空港から少し離れたバンコク市内では水害で大変なことになっているのに、この空港にいる限りそんな空気がまるでない。パロまでは3時間チョイのフライト。途中のバングラデッシュにトランジットしたが、ものすごいスモッグで驚いた。どうせわざわざ行く機会も無さそうだから、寄れば良かったと思ったが、この空気を見たら行かなくて良かったと思ってみたり・・・  ブータンの空港は恐ろしく山岳地帯を抜けて入って行く。もう飛行機のハネが、山とスレスレに近づいているかと思える程に近かった。 空港に降りるとニオイが気になるのだが、まさに空気清浄機を100台くらい並べてブンブンに回しているかのごとく、清く澄んでいて清々しかった。 ブータンの観光は、様々と制限されていて、自由気ままに入国をして勝手に見て回るという事が許されない。全てビザの取得など専門の観光会社を通して、そしてしっかりガイドをつけてホテルもキッチリと予約するのだ。1日のビザ代金が200ドル近く(それのホテル、食事代金などが含まれる)というシステム。
空港は本当にキレイで人々も紳士だ。物乞い的なひとも見受けられない。迎えに来てくれたのはガイドのサテン氏(たぶんそんな発音。喫茶店の略語であったサテンと暗記)パロから一番の都市であるディンプーへ! 国立僧侶学校ディチュポタン、伝統工芸院のソーリクチュズムなどを訪問。どちらも若いというか子供も沢山いたのだが、みんな良い笑顔してました。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

このブータンに興味をもったのはここの有名なイケメン国王です。 世の中はグローバルスタンダードとか言って”発展”という方向を向いているのは事実。ブータンという国は地図で見ればわかるが強大な経済的発展を遂げているインドと中国に挟まれた土地なのだ。しかしそんな無意味な発展は国民の生活をマイナスにする部分も大いにあると判断した国王、政府はGNP(GrossbNationalProducts国民総生産)なる国の発展指標を捨ててGNH(GrossNationalHappiness国民総幸福度)を提唱したのだ。2006年、英国レスター大学の心理学者エードリアンホワイト氏の全世界8万人の100項目に渡る聞き込み調査を集計!で明らかになった、世界一幸福な国は! 1位 デンマーク 2位 スイス 3位 オーストリア 4位 アイスランド 5位 バハマ・・・・ブータンは8位、そして23位 アメリカ 35位 ドイツ 41位 イギリス 62位 フランス 82位 中国 90位 日本 125位 インドということで、日本は中国より下に位置している。 また、ブータン政府の聞き込み調査(2007年)で、9割の国民が幸福と感じている。
今回の旅、そんなブータンの微笑みを生で見てみたいと思ったのだ。ちなみに、ココの国には沢山の歴史的建造物があるが、なんと世界遺産登録は一つもしていない。なぜならそれをすることで観光客が無意味に増える事への懸念・・・と聞いている。スゴくない!?
ホテルはティンプールの町中のHOTEL Pedling 設備はお世辞にも上等とは言えないが必要十分、それ以上にスタッフのスマイルとサービスが素敵だった。 夕方に街をウロウロ~~買いたい物は残念ながら無かった。トレッキング時に使う手袋、せっかくならば記念にでもなったら尚、嬉しい!東京でお洒落につかえたら更に嬉しいと考えて捜したが・・・該当品はまるで無かった。買えたのは子供用のヒドいデザインが施されたモノだった。 そう、このブータンでは”モノに支配されない世界”があるのだ。
夕飯はホテルの地下にあるレストラン。決してブータン料理ではない。一生懸命とコジャレようとする意欲を感じるが・・・持参していた醤油、ワサビの登場、そして持参したイモ焼酎を初日から頂いてしまった。美味かった!!
【ブータン3日目 11/5 ドチユラ峠をぬけてプナカへ!】
天気は曇り、ひいき目に見ても暗い・・・気持ちは快晴! 今日は3時間のドライブでプナカに向かう。途中のドチュラ峠ではドゥオンゲルという寺院。ここには108個の石碑が立つ、荘厳な空気なのだが、まわりに霧が立ち込めて一層、荘厳な空気を醸し出している。本当は遠くにヒマラヤが見えるらしいが、残念っ! 昼前にチンミーハーカンという寺院を見学。聞けばここは”子づくり祈願”の聖地らしい。それらしき女性と家族が来ていた。そこの木の彫り物をみるとまるで冗談にしか思えないのだが、あえてその写真を載せたら、ここの威厳に関わると思うので割愛致します。(笑) その後はランチ。平野を見渡すレストランで食事を楽しんでいるのは欧米人ばかり。薄目で見ればヨーロッパの山岳リゾートだ。そこに来ていた日本人女性二人と友達に成る。女性二人のブータン旅行・・・謎だ。しかし今回も随分と多くの女性一人旅遭遇した。そんな時代なのかなぁ!? 午後はもう少し離れたプナカへ! ここは川の中洲にとんでもない寺院(プナカゾン)がある! その荘厳さたるやハンパではない建造物で衝撃的だった。これが世界遺産登録をしていないなんてあり得ない。そのスケール感もデザインもスゴいの一言! その後、同じコースをティンプーに戻った。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

ホテルに帰ってちょいと事件が! 不覚にもホテルの部屋に鍵を忘れてしまった。正直、そんなに悪いことをしたとは思わなかった。フロントでスペアを依頼。ところがいつになっても開けてもらえない。上がって部屋を見てみると部屋の前で鍵を100個位並べて一つ一つ合わせている。なんとスペアが準備されていなかったのだ。これ、いつになったら開くのだろう・・・待って見ていたら結局、全ての鍵があわない。ホテルのエンジニアは困り果てて、結局、鍵を破壊しようと目論むがなかなか壊れない。するとその向かいの部屋に宿泊する格闘家・福井がジムから帰って来た。破壊=福井という事で、ヤツに鍵の破壊を依頼したら、なんと後ろ蹴りイッパツで開くには開いたが、なんとドアのど真ん中がガッツリと開いてしまった。従業員全員で笑い転げた。しかしこの部屋は明日からどうするんだろうか!? 福井は今日の昼間も畑でアーチェリーを練習している子供から弓を借り受けて、弓を引いて戻す瞬間にどんな力を加えたのか、弓を破壊してしまい、子供は放心! 温厚なブータン人の父親を怒らせるという事件を起こしたばかりであった。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

夕飯はやはり外人専門のレストランでメシ! 可も無く不可もない当たり外れの無いレストランでした。 しかし予想外の停電でのキャンドルディナーはお洒落・・・でもヤロー三人です。
【ブータン4日目 11/6 パロへ戻りましょ!】
パロに戻る途中で鎖(くさり)で出来た橋を見学。これが衝撃的な橋で17世紀に出来たなんて信じられないモノ! というのは手づくり製の20センチ程度のクサリ4?5本のみで吊ってあり、今は網がかかっているが、昔は無かったという恐ろしい橋なのだ。オレって橋好きかもしれないって最近思います。なんだか橋を渡る時に、異常にワクワクするんですよ。とにかく良い体験でした。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

そして市内のパロ・ゾンに入る。毎日毎日ゾンばかり見ていて、少々トゥーマッチ気味で、その次のヤツはパスしてもらって、その分、なんとパロから山中に20分入った所にあるアマングループのホテルであるAMANKORA(アマンコラ)を訪れた。道に小さなエントランスっぽい看板があるものの、そこにはアマンとはとても関係無さそうなオジイさんが数人座り、世間話をしている。そこの林の中を抜けるとホテルがあるのだが、そこにはナンのファサードとしての小細工もなくて、ただの松林を歩く感じ。するとだんだん見えてくるのだけれど、実にアマンらしく天然素材を使って、ブータンの建築様式をディフォルメした、ハイクラスなデザインで処理している。カナダ人のマネージャー(というか只の私服でフレンドリーなお客さんにしか見えなかった。)が挨拶してくれて、館内を見たいと言うとウエルカムで部屋を見せてくれた。自然と一体化した室内はゴージャスでハイセンス! ここで一週間位、引き込もりしたいもんだ。 そしてラウンジでお茶タイムを楽しんだ。実に良い時間だった。その後、ナショナルジオグラフィックが関与しているというホテルも見学、大分、大きなサイズのホテルだがブータンらしさが残って素晴らしかった。 今夜の宿泊はJANKA RESORT だ。チエックインするとスタッフのスマイルは素晴らしい。でも部屋を見ると、というかアマンの後だと何処を見てもトホホ・・・ (笑) ここにはHOT STONE BATH(石焼き風呂・ドツォ)という真っ赤に焼いた石をフロに入れて入る個室のフロがあり、気持ちが良かった。
【ブータン5日目 11/7 いよいよタクツァン僧院へのトレッキング】
ブータンの朝食・・・お世辞にも美味しいとは言えない。良く言えばシンプル!8時半に出発をして、今回の最大目的地であるタクツァン僧院へのトレッキングだ。9時半に駐車場をスタートして途中、15分の休憩をして、到着は11時45分ということで、片道約2時間半のトレッキングだった。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

アップダウンは見ての通り、結構キツいが実に爽快な道だった。ただ標高は2300メートル近くまで上がるので、やはり息が上がり気味。途中、数カ所から断崖絶壁のそびえ立つ、タクツァン僧院が見えるのだが、お見事な建築だ。街で見かけた絵葉書そのままの景色がいくらでも見える。14世紀という時代に、この場所にこんな建築物を作れたのが不思議だ。 僧院に到着するとカメラ、携帯電話などは預ける事になる。というのも僧院の中ではいまだに修行を重ねる僧侶がいるからだ。 三カ所の仏堂を訪れてそれぞれゆっくりと座って瞑想チックな時間を過ごした。その時の体験・・・とても文章にはできません。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

そして下山。途中の展望台にあったレストランで”例の”ランチ。ゴハン、炒めた野菜が2種、唐辛子の炒め物、ダル(スープ)を食す。3時には麓の駐車場に戻り、皆で今日の体験を喜び合った。
夕飯はパロの街の外人向けレストラン。というのも、この街では外食成る習慣が無い様で、レストランは外人観光客の為の物なのだ。ブータンは食料自給率も極端に低くて、野菜なども輸入に頼る。宗教上、あまり肉類は食べないという事で、今回の食生活はいたってシンプル、言い方を変えれば、食は期待をするなという事だ。 それを差し引きしても充分に楽しめる4泊4日だった。
ここからタイのチェンマイに移動します。11時にパロを出発して途中、バングラデッシュを経由して16時半にバンコク、そしてトランスファー、チェンマイは20時ということで1日が移動日。タイoチェンマイも楽しみだ。
※旅に出る前にブータンに行くと人に言うと『ヘェー・・・』で終わっていたのが、入れ違いの国王の来日で、帰ってからブータンに行って来たというと、いきなり『いいなぁ!ステキっ!』に変わっていた。人は不思議だ。

東欧への旅! 行く理由はただ一つ!『行った事ないから!』

男四人は13カ国3150キロを走破っ! 2011年9月5日  東欧(東ヨーロッパ)に旅に出た。 行く理由はただ一つ!『行った事がないから!』 世界遺産も相当あるし、アドリア海沿岸部もかなり美しいと聞く。ブルガリアでヨーグルトも食べたいし、アウシュビッツも実際を見てみたかったし・・・でも主なる理由は未体験ゾーンへの好奇心だ。 東ヨーロッパ(東欧)といえば20年前には旅するなんて考えられない土地だった。なんといっても俗にいう”東側諸国”だからだ。 今では東側なんて表現されても何も思わないが、20年前ならば”ソ連とツルんでいる国々”というだけで震え上がったものだ。そんな恐怖感はかなり昔の話で、今は少し発展が遅れ気味の国々というのが印象。良く言えば良き日のヨーロッパが残る、文化レベルの高い国々だ。とにかく見てみなければ、嗅いでみなければ、触ってみなければ分からないのが東欧だ。あまり情報も無く、地図を広げてみれば好奇心がどんどん湧いてくる。ただあまり興味が湧かない国があるのも事実。だがせっかく車で旅をするし、行きそびれそうな国(マケドニア、アルバニア・・・あたり!ブルガリアもわざわざ行かないだろうし、ましてやコソボなんて紛争地帯に用事は無いし・・・そんな事を言っていると、そんな国ばかりになってしまうから、あえて全部!行ける国は全部行こうと考えた。所詮、日数には限界があるのだから、逆に下見感覚で見て回るのも良いではないか!という事で時間が許す限り行ける国は全部行く事になった。本当にメチャメチャだ。 5日 日本から香港を経由してインドのデリーも経由、そしてフランクフルトから最初の訪問国のブルガリアを目指す。朝の成田発・香港経由のキャセイ航空は中国人でいっぱい! ヨーロッパに向かっているのに香港で乗り換える。どうも違和感があるのは同じアジア圏でも文化が全然違うからなのか・・・とにかくトランジットの2時間でニオイにやられて空港の中華料理店でラーメン!(笑)そしてそのままインドまで行くのかと思いきや、タイ・バンコクでまたトランジット、それからインドへ! 香港からはモノスゴい数の中国人、そしてバンコクからはビックリする程ウルサいインド人が機内に乗り込んで来た。 今回は復路にインドに寄る為、航空券の発券上の都合で、往路にもインドに寄る必要があるのだが、いつになっても到着しない。そしてフライトスケジュールを見ればデリーで6時間近くも時間がある。アメックスのステータスで空港ラウンジを使えるのは本当に助かった。その6時間の待ち時間にラウンジでシャワーも浴びられてスッキリ爽快っ!空港でカレーも食べられた。時計を見れば家を出てから18時間・・・それでもまだアジア圏なので距離的には半分程度。これはいったい、いつに到着するの!まさに失われた9月5日・・・この日は飛行機に乗る以外の事を何もしていない!! そして深夜2時にやっとヨーロッパ圏のドイツ・フランクフルトに向かう。朝8時に到着し、ここでもお約束の様に、空港内のレストランでフランクフルトソーセージを食う!大して空腹でもないし、座っているだけなので食欲もないはずなのに。 どこまでミーハーなんでしょ!(笑)でもすべて現地で、香港でラーメン、インドでカレー、ドイツでフランクフルトを食うチャンスって無いでしょ! ここから約2時間で東欧のブルガリアに行くのだけれど、そこでヨーグルトを食えればパーフェクトなのだ。(ちなみに中国では汁麺はあまり食べないし、インドではスパイスを多量に使う煮込みをカレーと呼んでるだけ。フランクフルトソーセージも多分、どこかの食肉加工業者がつけた名前で、ブルガリアはヨーグルトが大好きだが近隣諸国でも食うし・・・知ってます。まぁギャグですよ!)   今回のメンツは、まずはアメリカから参戦の神谷アンドリュー。まさに人間ウィキペディア!聞けば何でも知っているし、初めての街でもアンドリューはそこを曲がれば何があるまで分かっている。とにかく、いてくれるだけで安心出来る男。 そして弟家族がロシアにいるなら会いに行こうと誘ったものの、ビザが激しく面倒で、結局ロシア&バルト海界隈ツアーは東欧に変更となり、弟家族との久々の再会はキャンセルとなったのに付き合ってくれる長野県松本の北野。そしてチャレンジャー&好奇心の塊の玉田との四人だ。玉田は小さなデイパックに、旅をしつくした男しか気が付かないグッズを恐ろしい程持ち合わせていた。「玉田っ◯◯持ってる!?」の質問に持っていなかったモノは無い!レンタカーに乗るなり最後部座席に洗濯物を干す専用ロープを掛けた時は唖然だった(笑)4人の共通項は好奇心旺盛、メシ好き、酒好き、無計画好き、どんな状況でも楽しめる、そして2週間の時間が取れる仕事の持ち主・・・。

《第2日目 9/6 ソフィア(①ブルガリア)》 昼過ぎにソフィアに到着。ココが最初の訪問地になった理由はただ一つ! 交通の便だ。最初に地図を見てザッと回るコースを考えた時に、ポーランドのクラコフから南下しようと思った。しかしポーランドでレンタカーを借りると、ルーマニア等には保険の関係で乗り入れが不可能。何処で借りれば良いかを捜すと、ハンガリーのブダペスト。すると回りたい予定地の中心に位置して上がって戻って、下がって戻ってをしなくてはいけないので行程が倍になる・・・そして見つけた策がブルガリアで借りて上り(北上)約13カ国をまわりブダペストでクルマを交換(EUROPCARからHEARTZへ)そしてまた北上を続けてスロバキアを抜けてポーランドに入るというコース! コースへのこだわりは無く、効率重視なのでこれで決定!  空港でクルマをピックアップして、まず水などを買おうと入ったのが会員制スーパーのMETROだ。いきなり莫大な数のモノに圧倒! 何よりビックリなのがヨーグルトコーナー!30メートル位は続き、中には家庭用なのに一斗缶(18リットル)サイズまで売っている!ヨーグルト王国は真実なのだ。 ソフィアはブルガリアの首都。旧市街地には、旧共産党本部、大統領官邸、アレキサンドルレフスキー寺院、国会議事堂など荘厳な建物が建ち並ぶ。 少し市街地の外側に出れば、そこは西側の文化が流れ込み、マクドナルドに始まる西洋の文化が流れ込み、毒されているのが印象。みんな太ってるんです。スタバでコーヒーを飲みながら一服! 違う! オレ達はこんな時間をすごしに来たのではないと気づき、一路ソフィアの南に位置する世界遺産”リラの僧院”を目指した。山のはるか奥地にある僧院は、昔、大好きなテレビ番組の”世界遺産”でバッチリ見た場所だったので感動はひとしお! 何せ永遠に続くワインディングロードの先に忽然と現れる壮大な建物・・・演出したかの如く後ろ側には奥深い谷に挟まれて霧が立ちこめ、その荘厳さに輪をかけているんです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ リラ修道院

東欧への旅! 行く理由はただ一つ!『行った事ないから!』

その後はもう一度、ソフィアに戻ってホテルにチェックイン。ホテルの名前はケンピンスキーホテル。旧ソ連時代にきっと恐ろしい会談が行われいていたんだろうと想像つくホテルは、今ではかなりカッコ良いホテルだ。ケンピンスキーホテル=検品好きホテル・・・どうしてオレってこんな覚え方しかできないのだろう!? しかし歩いているロシア系大男がどいつもこいつもKGBかロシアンマフィアに見えてしまうのは偏見・・・ ディナーは恐ろしくレストランというモノが少なくて、選ぶというより選ばれるという状態。やっとメシを食える店を見つければケーキ屋さん・・・。そして裏通りに発見したピザ屋”マンマミーア”はブルガリアのお金”レヴァ”しか使えないという。もちろんカードは不可。そしてユーロも不可。ということで店内にいたインテリそうなお兄さんをつかまえて両替をお願いして成立させた! 見事に現地通貨”レヴァ”を使って晩飯にありつけた。ウエイトレスのオネーチャンには『お金は全財産でコレだけだから!』と万が一、食い過ぎてお金が足りなくなる事を恐れてクギを刺し、テーブルにレヴァ札を広げて出しておきながらピザを食べた。このピザが絶品だった!というのもヤギ系のチーズ(クワトロフロマジオ/4種のチーズ)を注文したんですが、外はこんがり中はしっとり・・・お見事でした。 (本日269.8キロ走破)

《第3日目 9/7 ブルガリアのソフィアから②マケドニア、③コソボ、④アルバニアへ!》 早朝、闇の中を出発! コンビニなども無いのでガソリンスタンドの中の簡単な店屋でパンを購入。勢いつけて一気に南西に向かう。目指すはマケドニア。東西の壁がなくなりユーロの時代になり”国境”がどんな存在なのかが気になったが、しっかりと昔ながらの国境は存在した。まずブルガリアで出国手続きをして、少し走るとマケドニアの税関。荷物を検査され、けっこうウザクてプロテインを不思議がられて・・・こんなの国境ごとにされるのかと思ったらウンザリだったけど、これはその後マケドニアだけだった。

東欧への旅! 行く理由はただ一つ!『行った事ないから!』

小さな街、クマノヴォで休憩してカフェでお茶! そして進路を北に変えてコソボを目指す。コソボは外務省の海外渡航情報ではハッキリと”渡航の安全上、見合わせろ!”と指示が!そして”地雷に注意”とあるではないの。地雷ってどうやって注意するのと疑問に思うが・・・舗装道を歩けば大丈夫らしい。入国の時に結構な金額の保険料を払わされるのだが、長居をする予定がないコソボだったので、クルマを税関界隈に止めてシカトでそこを去り徒歩で散歩。色々と異論はあったがパスポートには”KOSOVO”とハッキリとスタンプされたのでオッケーとしようという事になり退散っ・・・滞在時間、トイレタイムを合わせて15分というショートステイとなった。しつこいが”行った”事は事実だ。その後、マケドニアに戻り目指すはオフリドの街! ここは美しい湖畔の街でユネスコの文化遺産と自然遺産の複合遺産として登録をされている貴重な場所。到着してまずは・・・メシ! 湖畔のお洒落なレストランで湖魚、エビ、鶏肉などを片っ端からオーダー。全て美味しかった。その後、丘の上の要塞まで歩いて行った。途中、ガイドにも書いていなかった円形屋外劇場にはかなり感動! 丘の頂上の要塞からの景色は絶景そのものだった。ここで大切な懺悔・・・入場料の30ディナリ(約15円)だったがカードは不可、現地のディナリは無い、ユーロも使えないということで裏の階段から忍び入った(笑)。まるで忍者のように壁にはいつくばり・・・ドキドキしながらの観光は格別だった。 その後は一気にアルバニアに入国!!

東欧への旅! 行く理由はただ一つ!『行った事ないから!』

明らかに道がいきなり悪くなっているし、交通モラルも一気に低下。ゴミも散乱! 巨大な廃墟になった工場跡が生々しい光景。そんな”衰退”だけが目についてしまう。この国はなんと1990年まで鎖国をしていて、そして1997年に国中を巻き込むモノスゴイねずみ講事件でまたもや経済破綻!(笑)とにかく遅れていて、まだまだ発展途上の国なのだ。 目的地の首都ティラナまでは山道で3時間半! これが想像以上に幅も狭く悪路。途中で雨が降り、クルマがスピンしたりと、まさに珍道中! 下を見れば崖で落ちれば真っ逆さま!そしてガードレールさえ無い!! そんな悪路を玉田が緊張しながら走り切ってくれた。 この国民、不思議なのがやたらにクルマを洗車している光景を見た事。だからといって走るクルマがキレイとは言いがたいんだけど。あとは建築途中の家や店がやたらに多い。どうして鉄筋の駆体だけで工事が止まってる建物が多いのだろう!? そして、それからの作業は自分たち素人がやっているかの様にも見える・・・ティラナに到着して、やっとホテルを捜しチェックイン。(ティラナ・インターナショナルホテル)ノンアポだったがまぁまぁな条件で成立。 夕飯はホテル横のレストランをボーイに紹介されて入った。これが美味しい上に本当に安い! ビール、ワイン1本、追加でグラス、ラムと子牛を焼いてもらい、野菜もハイレベルなグリル!炭水化物も少し注文してお一人様10ユーロ以下(1200円程度) これは幸せだ。 今日は車内で『今日は何曜日だ!?』と議論になって結論が出なかった。長距離、長時間の移動、数多いトランジット、めまぐるしい都市めぐり・・・家を出たのは月曜日・・・正直、疲れた! 本日は爆睡してエネルギーチャージをします。    (本日の走行580キロ、それも山道!)

東欧への旅! 行く理由はただ一つ!『行った事ないから!』

《第4日目 9/8 アルバニアから⑤モンテネグロから⑥クロアチアへ!》 本日はティラナから北上! ティラナの街を出て空港の脇のカメズという街を通過。車内から見る限り、雰囲気がアジアっぽい。露天商がいたり、屋台で何かを焼いて売っていたり、人々がバスを待っていたり、道ばたに座っていたり・・・でもそこにいるのはアジアンではなくて西洋人・・・ボクの中では意外な光景。人々が、街がまさに”混沌”としている。モンテネグロまでの平地も道はかなり悪くて、運転マナーなんてメチャクチャ!あまり旅慣れていない人々はお勧めしないルートだ。(笑)だいたいこの国には信号っていうモノが無い。きっとあったって誰も守らないから、最初から無い方が良いのかなぁ!?・・・なんて思う。 国境を通過してモンテネグロへ! まず確認したのは『山は黒いのか!?』という事だ。モンテはマウンテン=山、ネグロは黒 要するにモンテネグロは”黒い山”という命名の由来。(ちなみに白い山はモンブランだ。マウント・ブラン=白・・・雑学博士のアンドリューが教えてくれた。) ということで見ればなんとなく黒部分が多い気もしないでもない。そのうちドドーーンと真っ黒い山が現れる事を期待する。BAR(バール)というビーチに立ち寄った。小さな高尚な趣味である”お砂集め”を実行する為だ。ところが砂ではなくて玉砂利・・・もちろん選別して、いただいた。玉砂利が進化(?)すれば”砂”となる。その後、左側には美しいビーチが見える。かなりの誘惑だったが、一路クロアチアを目指す。すると海岸から50メートル程度の小島がそのままホテルになっているという超お洒落なスヴェティ・ステファンというホテル http://www.amanresorts.com/amansvetistefan/home.aspxが・・・気になって降りてみた。これは良いかも!! 人生の宿題にしよう! そしてBUDVA(ブドヴァ)という1000年以上も前の海辺の要塞を街にしたリゾートにてストップ。3ユーロ払って要塞の先端の展望台に行くかどうするかで悩んだが(笑)突撃! 素晴らしい景色を堪能する事が出来た。海のキレイさはハンパがない。かなり高い位置の城壁から見下ろすと随分と深そうな海底までクッキリと確認が出来た! あぁ、いきなりシャツを脱いでドボーンとダイブして泳ぎたいもんだ。ランチは何故だか醤油味をここらで体内に注入しようという意見が出て、ビーチ沿いにある”上海”と”香港”という2軒の店のうち、少々考えて”香港”に突入。(どうも後から確認したら裏側はつながっているみたい!笑) 数種類を頼んで皆でドツキ食い・・・麺類が出て来て全員、唖然とした!焼そばの麺がなんとフィットチーネ(イタリアの乾燥の平ウチ麺)に他ならない! 早々に好奇心も爆発で食べてみたら・・・やはりイタリアンのパスタだよ! 海鮮焼そばなんて誰がどうみてもシーフードトマトソースのタリアテッレだ。キノコの焼そばはギリギリにオイスターソースがかかっていたから中華っぽいが。どちらかと言えば”中華風イタリアン”である事は否めない!(笑) まぁ、楽しく食べられたから良しとしましょ!  午後はモンテネグロが誇る世界遺産KOTOR(コトル)へ。アドリア海から十数キロも入り込んだ入り江の湾。そこの丘の上にある要塞と教会などの一連。ここは美しかった。やはり丘の上に上がるには通行料3ユーロを支払わなくては!頂上までは40分はかかるとの事。あまり時間的余裕はなかったが、駆け上がることにした!6合目あたりまで行って景色を望めば絶景なり!!こんな入り江にヨットを停泊させて2、3週間でも過ごしたいなぁ! http://ja.wikipedia.org/wiki/ コトル

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(今回、ある方のホームページの情報に本当に助けられた。この方は日本人で4年6ヶ月をかけて世界246カ国を旅されて、その記録を惜しげもなくデータにしている。その方のHPを参考にさせてもらった。世界遺産という名前だけで”えっ!?”と思うモノも数ある。お二人のランク付けした高位のものは間違いが無かった。どうしても物理的な時間という枠組みがあるので大変助かった。) http://tabisite.com/ 二人の世界旅。230カ国、1554日 夕方にはドブロブニクに到着! 今回のアドリア海沿岸の中では最も期待も大きい場所だ。実はクロアチアがまだ独立をする前、当然に内戦があるもっと前、旧ユーゴスラビアだった頃にクルーズ船で海から訪れた事があるのだ。その時の強烈な印象といったら、二十年以上経ってもまるで色アセていないのだ。そして内戦があって一度は壊滅的にブチ壊された街も、全て完全に修復されて世界遺産として登録されて復活したのだ。そんな姿も見てみたかった。 街はものすごく洗練されていた。というか20数年前は春から初夏にかけてのシーズンだった事もあるし、まだ観光地として脚光なんて全く浴びていなかったからか。ヨーロッパはこうやって観光地として脚光をあびると、カッコ良く洗練されて人が集まるが、きっと行政か総括するプロデューサー的な人間がいてしっかり総合的に見るから、こんなにまとまるんだろうなぁ。 残念な事に日本は役所のオッさんがデタラメに一つ一つをこなしていっちゃうから、結果として出来上がると、悲しいくらい税金の無駄遣いの塊みたいになって魅力が半減しちゃう気がする。昔、ケーブルカーで山頂に上がってそこから街の全景を見た時にエラく感動をした。今回も、と思っていたら、我々は山間の海岸線沿いに陸路で入る為にケーブルカーの頂上の脇を通過。という事で”殆ど同じ景色でしょ!”との結論から割愛! アンドリューが昨日、ネットで捜したホテルにチェックインした。(ホテル・ドブロニク/一泊1部屋130ユーロ) 4階なのにエレベーター無しで看板に偽りあり!まぁ金額が金額だから仕方が無いか! 街に出ればかなりの人出。やはりリゾート地には人がいないと淋しい。旧市街は期待以上に美しくライトアップされてかなり雰囲気を盛り上げてくれる。小さなお店も相当にお洒落。レストランだけは期待はしていなかった。こんな世界中から人が集まる観光地なのだから仕方が無い。 ということで雰囲気を重視して対岸の夜景が美しい岸壁沿いのレストランをチェック。人々が大きなバケツに入ったムール貝をカブりついている。コレしか無い! 入ってみればバリバリに伝わるものがある。早々にビール→白ワイン→ムール貝→フィッシュプレート(ムール貝、サーディン、白身魚、小さなタコ、エビの初心者向けセット)そしてサラダを注文! これが全てダイナマイト級に美味しかった。そして御会計をすれば100ユーロっ! 安っ!!!涙が出る程のパーフェクトディナァーになりましたよ!(おとなり地中海は海産物パラダイス!素材がいいから不味いわけがない!) THANKGOD! (本日320.6キロ走破!)

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《第5日目 9/9 クロアチアから⑦ボスニアヘルツゴビナ、⑧ブルチコ独立行政区、⑨スルプスカ共和国、⑩セルビア 》  ドブロブニクの朝は気持ちいい風が吹いていた。少しだけ近所を散歩したら公園のベンチのまわりなどにおびただしい数のビールの空き瓶が散乱! 若者が盛り上がってたんだなぁ。確かに昨夜は深夜まで外では、そこら中でパーティーをしていた。早々に荷物を積み込んで一路、ボスニア方面へ! 途中で給油の際にバックをしていたドライバーの玉田君、いきなり地元の若者のクルマのドアにガシャン!いやドッスーン! ぶつけられた若者は怒り狂う!そりゃそうだ。だいたい我々のクルマはサードシートの荷物上はお洗濯乾燥コーナーになっていて後部の確認はまるで出来ない状態なのだ。そして日本語VSセルビア語ではラチがあかずに英語が話せる女子が連れて来られた。どんどんと野次馬も集まる。そして通訳を買ってでた女の子が思い切って言って来た!『警察を呼ぶと面倒だから示談しましょ!・・・100ユーロでどーよ!?』・・・4人でウンウンとうなずき微笑んで100ユーロを出すと、相手のセルビア人男は満面の笑みで握手を求めてきた。ドアが一枚100ユーロ!どう考えたって安い。とてもピースフルな民間交流が行われた。 去り際にセルビア男はガッツポーズをしていたのを見逃さなかった。(笑) 一路、ボスニアヘルツェゴビナの世界遺産MOSTAR(モスタル)へ! ここの有名な橋はテレビ世界遺産でも見た事があった。橋の欄干に海パンで立つお兄さんがいる。お金を払えば、そこから飛び込んでみせるという芸らしい。景気が悪いのかお金を払ってまで見ようとする人がいなくてかわいそうだった。橋は1990年代の紛争で完全に壊されたが、見事に修復していた。街のあちこちに弾痕が残っていたのが、本当に痛々しかった。

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その後は首都サラエボまで山道を走り抜けて行った。サラエボの街も所々に弾痕が残っている。戦火に被害にあったままのビルも残り、かなりの空爆を受けたであろう爪痕も見られた。ホテル・ホリデーイン・サラエボにてランチ。ここは戦火の中でも営業を続けたという伝説のホテルなのだ。世界中のジャーナリストが世界にニュースを発信し続けるのをサポートしたというホテルは1960年代のかなりミッドセンチュリー系の建物&デザインで、老朽化しているのは否めないが、今なおいい雰囲気を残している。ランチはホリデーインの二階のレストランで肉料理をいただいた。ボスニアヘルツェゴビナは”お肉天国”と聞いていたので期待は大! 街は川を中心とした決してハデさはないけれど、住人のインテリジェンスを感じる素敵な街だった。もう少しゆっくりしたいなぁ・・・という気持ちを引きずりながら移動した。今日は夜までに更に約320キロ離れたベオグラード(セルビア)まで移動しなくてはならない! 途中で⑧スルプスカ共和国という初耳の国にも寄るのだ。 セルビアの首都ベオグラードに到着したのは23時頃。ネットで昨日予約をしておいたホテルを捜してチェックイン!かなりデザイナー系の素敵なホテルだが、ネット直前価格で一人約5000円程度。ハイシーズンでなければ、こんな旅も可能なのだ。 今回の旅は全て”行き当たりバッチリ”プラン。ホテルの予約は移動しながらパソコンで前日、または当日予約! この二つのサイトがあれば全く問題無い。  http://www.expedia.co.jp/  http://nicetripper3.com/hotelB/ 夕飯を食べていなくて、空腹と疲労でクラクラ・・・でも街に出ることにした。しかし外食屋はほとんどやってなくて、かなりトホホ・・・やっとカードで食べられる店を発見した時は24時も超していたのでサンドイッチ(というかコレしか無かった)とビール程度。 金曜日だっていうのに・・・帰って寝ましょ! (本日の走行距離622.6キロ・・・スゴっ!)

《6日目 9/10 セルビアから⑪ハンガリーのブダペストへ!》 朝は7時から朝食!かなりボリューミィーで美味しい朝食。ついサンドイッチを作って”小腹空き対策用”として用意してしまう程の美味しいハム、プロシュート、チーズなどが揃っている。 車を出して来て荷物を積むとともに、全員で車内洗濯物コーナーに各自洗って来たシャツやパンツを物干にかけて干す!(笑)今回、飛行機の乗り継ぎがあまりに多く、経験上、荷物が紛失する可能性が大。どうしても全ての荷物を機内持ち込みにしなくてはならない上、レンタカーに四人分の荷物を載せるという事は極端に荷物を少なくしなくてはならず、持ち物をかなり制限された為にこれがベスト!しかしセルビア国境警察の女性係官に車内に干していた洗濯物のパンツを、指を指して笑われたのは悲しい記憶である。(笑) ベオグラードの街を散策。国会議事堂やセルビア教会、旧市街地などを散策! NATO軍に空爆されたビルなどが記念碑的に残されているのが痛々しかった。 昼前にはアウトバーンで一気にブダペストに向かう。しかしセルビア国境で予想外に待たされて時間を取られてしまった。待つ事、車内で2時間、これにはウンザリ。そして入国で更に30分! あとブダペストまで175キロ。でもアウトバーン(高速道路)は最高速度制限が120キロなので、130キロでぶっ飛ばせば1時間半!   ブダペストに入ってビックリした。明らかにものすごいいい街なのだ。古い建物は美しくちゃんとして保存され、地図で見る限り、程よい大きさ。ブダ地区とペスト地区の間を流れるドナウ川も美しいしそこをつなぐ橋もいい雰囲気のデザインだ。また緑も多いし、丘の上の宮殿やパーラメント(国会議事堂)、中央市場、駅・・・・全てが本当に美しい。今朝予約しておいたホテル(フランス系のビジネスホテルでアイビスという)に早々にチェックインをしてそのまま街へ出た。川沿いを歩いて散策!景色を見ているだけでウットリだ。その美しさはパリ以上かもしれないなぁ。散々歩いて、腹も減りタクシーをつかまえると、ドライバーがなかなかいいヤツで、折角なので街の観光スポットを色々と連れて行ってもらった。パーラメント(国会議事堂)を対岸から見た姿なんて本当に美しい。建築物として美しいだけではなくライトアップされて、それがピタッと静かに雄大に流れるドナウ川に写り込み、綺麗さが100万倍になっている。丘の上のレストランに連れて行ってくれたがビールだけで退散。ホテルで教えてくれたハンガリー料理の店に行ったら予約でいっぱい!という事でホテル近くのあまりに美味しそうだったスペインバルに入って、プロシュート、フォアグラ(ハンガリーは名産)、そしてピンチョス数種類を食べてワインを飲んだ。それもハンガリーワインではなくてスペイン産(笑)そして4人で泥酔! 楽しい夜でした。  (本日422.7キロ走破!通算2215.7キロ)

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《7日目 9/11 ブダペスト(ハンガリー)から⑫スロバキア、⑬チェコを抜けて⑭ポーランドへ!予定660キロ、東京から岡山県程度!?》 今日は日曜日という事もあってブダペストの街はスローな始まり!9時にカフェが開いてのんびりとブレックファースト。 野菜のトマト煮込みの”レチョー”と魚味がやたらに濃いツナサンドをいただいた。 昨日は炭水化物無しで飲んでいたのでやたらに空腹なのだ。(そして二日酔い・・・) その後、10時にドナウ川の遊覧クルーズ船に乗った。かなりノンキな1時間のクルーズだった。 今日はレンタカー交換の日。ブルガリアで借りた車(ユーロレンタカー/韓国製KIA7人乗りミニバン)を返却して、ハーツレンタカーからVWパサートワゴンを借りた。 ランチはまたまた好奇心が膨らんだというかサンドイッチ的なモノが食べたくなくて満場一致で中華にチャレンジ!・・・満場一致で”ひどいメシ”の意見。二度と東欧で中華は食うまいと心に誓う。だいたい日本食レストラン、イタリアンすら見ないから、おそらく食に対しての好奇心はあまり無いのかもしれないなぁ。テイクアウトで酢豚っぽいモノを注文する人々を何人か見たので我々も注文してみたが、アメリカにも時々あるスィートサワーポークとうヤツで、それはそれは甘くてズレた酸っぱさでお世辞にも美味いとは言えなかった・・・というかマズかったなぁ・・・ヒドすぎて午後の会話にも出なかった。(笑)   かなりの後ろ髪を引かれながらブダペストを後にした。まぁ、気持ちよく全く見るべき物を見れていないので、次回の下見と思えばよろしい。 そのまま快適なVWパサートでアウトバーンに入り660キロ先のポーランドを目指す。 途中、スロバキアに入ったがEU加盟国なので国境は無く、少し淋しい。お買い物を少ししただけで通過。そのまま車は進んでチェコに突入! せっかくなので世界遺産のあるオロモウツに向かうが途中で挫折! 勘だけでチェコの山道は無理と判断。でも波田は新種のオイルサーディンの缶詰を発見出来てご満悦! 結局、ポーランドに入ってから道の状況が決して良くなく、途中のドライブインでディナーをして、23時にクラクフ(ポーランド)に到着した。今回はホテルでは無く、ポーランド人の友人アンジェイが紹介して予約してくれたアパートメントにチェックイン! 推定150?ある部屋は4ベッドルームでジャグジーもついて3日間で48000円(一人1日4000円)という部屋!これがかなり快適! ロング移動は今日で最後。明日からはここクラクフ(アンジェイはポーランドの京都と表現していた。)をゆっくりモードでまわります。 (本日はなんと710キロを走破!)

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《8日目 9/12 クラクフ(ポーランド)界隈!》 朝はアパートのキッチンで、昨日買い込んだ食材で朝食。 朝も夜もリビングで和めるし、それだけでも解放される。 さて、今日は午前中はヴィエリチカ岩塩坑に乱入。これも当然の世界遺産! クラクフの街から約1時間の距離。深さ100mくらいまで永遠に階段を下る。帰りはエレベーターで帰れるのか、かなり不安モードになったが大丈夫! 深さは300m以上、全長は300km以上に及び、そのわずか2.5kmのみを公開している。(2.5kmで充分!)まさに地下都市状態で中には教会(チャペル)バレーボールやバスケットボールをする運動場まである。1250年からスタートして約500年も採掘し続け、1950年代まで続いたというまさに世界遺産にふさわしい壮大な洞窟なのだ。実はチケットを買う時に、適当に見て帰ろうと考えていたので、ツアーに参加したくない旨を話すと、それは出来ないとの答え。行ってわかったが帰れるはずもない迷路状態だった。しかし人間の力と知恵というのは偉大だと痛感する素晴らしい体験だった。 http://www6.ocn.ne.jp/~wnet/story.html

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岩塩坑のチャペル。シャンデリアも岩塩製 さて、ヴィエリチカ岩塩坑見学に意外に時間がかかり、午後のアウシュビッツのツアーガイドの中谷さんとのアポに危うい時間になってきた。ここから車で推定1時間30分。でもあと45分しかない。これは困った! でもそこは素晴らしいのはアウトバーンだ。 制限速度は、昔は無かったが現在は時速120キロ(場所により異なる)。それ以上にマナーが素晴らしいので中央線をトロトロ走るヤツはまずいないので飛ばすのがラクチン! ということで時間に15分遅れるだけでアウシュビッツに到着できた。(一時は時速200キロオーバー!波田の気分はシューマッハだった!)   そして今回のメインイベントの一つ、アウシュビッツ強制収容所を見学。ガイドの中谷氏は様々なガイドブックに紹介されている唯一の日本人ガイドで、幾多の難関を乗り越えてこの仕事に就かれている方だ。このアウシュビッツで何が行われたかをここには記さないが、見学していて目をつむる事、そしてとてもではないがシャッターなど切れない部分も沢山あった。ユネスコはこれを悲劇の証拠として”負の世界遺産”として登録をしている。ヨーロッパというかユーラシアの土地、過去支配して来た国々、その精神状態、人種、民族、宗教など、からまる幾多の複雑な背景を考えないと、なかなか納得できるものではないが、二度と犯してはならない事件であるのは事実。ガイドの中谷さんはたんたんと様々なここで行われていた事を話してくれたが、最後に”平和”という事の矛盾について語られたのが特に印象に残った。 http://ja.wikipedia.org/wiki/アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所

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夕飯はクラコフに戻り CHLOPSKIEJADLO http://www.chlopskiejadlo.pl/onas.php で食事!! 基本的ポーランド人の食事はとても日本人好み!! スープからメインの肉詰めワンタン、ピエロギと全てが美味しくまたまた飲み過ぎてしまった。 その後はアパートの一階にあるポーランド人アンジェイ紹介のスキャンダルロイヤルへ! ・・・ここハンパ無いっ!!(とにかく行ってみるがいい!!後悔はさせません!!)

《9日目 9/13 クラクフ界隈》 せっかくレンタカーもあるし様々な計画が立てられたが、土壇場でホテルの自転車を借りて、近所の旧市街界隈(ココ自体が全て世界遺産)、バルバカン(城壁入り口)、ヴァベル城、ヴァベル城の大聖堂、聖メアリー教会の展望台、聖メアリー教会大聖堂、ユダヤ人街、ヴィスワ川沿いをサイクリング、河原のカフェでランチ&ビール ・・・今日もまた充実!!本当に清々しい天気でいい気分だった。 夜はまたまた昨夜に続いて、アパート下のスキャンダルロイヤルという、それはそれは楽しいお店でアフター!(笑)シュチェパンスキ広場に置かれた席での飲み食いは本当に自分が外国にいると感じられる瞬間。食事もビールもワインも最高!そしてマジックアワーからほぼ満月タイムを楽しめてゴキゲン! ここのお店のウエイトレス・・・尋常ではない可愛さだったんです。どの子も・・・(笑)独身のあなたならポーランドに引っ越すかと思うかも! 東欧ラストナイト。

東欧への旅! 行く理由はただ一つ!『行った事ないから!』

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今回の旅、とても難易度は高い旅でした、何せ9日間で走行した距離は通算3150キロ、それは日本列島を北海道の稚内をスタートして鹿児島の枕崎をタッチして戻り、大阪、東京、仙台を過ぎて岩手県あたりまでの距離に匹敵するのだ。スゴい日なんか、アウトバーンとはいえブダペストからクラクフは710キロ! それって誰にもお勧めできるとは思えないけど素晴らしい時間でした。 想像出来なかったのが国境! EU圏内ならば楽勝で当然だけど、そうでない国々の国境越えはなぜか緊張を強いられる。またその国によって保険をかけろ、通行料を払えとガイドブックにはない様々な難題が!それも今では面白かった。

東欧への旅! 行く理由はただ一つ!『行った事ないから!』

真面目なアンドリューのおかげで安心出来た事も多々あり。 あと、これはちょっとばかり困ったのは、ほぼ全ての国で貨幣が違った事。ブルガリア=レヴァ、マケドニア=ディナリ、アルバニア=レク、モンテネグロ=ユーロ、クロアチア=クーナ、ボスニアヘルツェゴビナ=マルカ、セルビア=ディナール、ハンガリー=コリント、スロバキア=ユーロ、ポーランド=ズォティー・・・毎回、両替など出来ないし、カード(VISA、MASTER!)が使えれば問題無いけど、もし使えないと大変! まぁユーロがあれば何とか出来たが。 それも全ていい経験でした。こんな変態旅行にご一緒できる仲間がいる事は幸せな事。そして出来る環境や時間があるのも幸せだ。    若者よ、老人よ!とにかく誰でも!自由を味わいに旅に出よう。そして、檻の中の囲われた自由より、ホンモノの自由を味わって欲しい。  近々、残りの東ヨーロッパを必ず制覇しますよ!! バルト三国とかロシアも含めて全部まわります。 今回はどうしても回れなかったルーマニアも含めて・・・個人的な話だが今回の旅で訪問国数は65カ国となった。目標の153カ国まであと88カ国だ。

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追加!! 帰りにインドに寄り道! そして悲願のタージマハールへ! 泣けたよ・・・

イギリスの”メシがマズい”と言ったのは誰だ!

イギリスを訪れた。海外に行く時に頻繁に持ち物に加えるのが”チューブのワサビと醤油”なのだが、イギリスに行くのにも当然に持ち合わせた。イタリアやフランスに行く時には持たないのに・・・ハッキリ言って食事にはなんの期待も無かったのが事実だ。しかし、その予想は大きく裏切られた。考えてみれば初めて行ったイギリスは今から30年前の波田の20代前半のバックパッカー時代。その頃のイギリスは本当に景気が悪かった。そして二回目が20年前のEDCの初参加の時・・・どの時もイギリスは決して景気がヨロシイ状況では無かったからであろうか、波田の印象は”街は暗く、人も暗い・・”で止まっていたのだ・・・だから、その間に”イギリスに行く”という人に会うと正直、『ナニしに行くの!?』というのが本音だった。(笑)
《初日&移動日》6月4日 成田からヒースローへ!ヒースローには30年来の友人のMr.梶原(有名オーガニックの化粧品とアロマの先駆者でニールスヤードのオーナー。原宿のブラウンライスも経営、とにかく多方面の経営をする。現在はロンドンに在住していて、またどんどんと新しいビジネスを創造しているクリエーター。)が迎えに来てくれて、一路ロンドンの郊外のコッツウオーッズを目指した。 ロンドンは30分も郊外に向かえば、もう牧歌的な空気の景色ばかりとなる。まさに豊かさの象徴のような景色の連続だ。ブロードウェイという街の400年の歴史をもつホテル BARCELO THE LYGON ARMSにチエックイン。夕食はホテルのレストランで気取ったイギリス料理。まずはちゃんと美味しかった。(気持ちが疑ってかかっていたからなぁ・・(笑)

イギリスの"メシがマズい"と言ったのは誰だ!

《二日目》  見事に時差ボケの朝! 早朝に近所を散策したが、本当に歴史を大切にする町づくりで感心する。家は数百年経った石造りの建物。(石を張りつけたハリボテではなく本当の石積みの家。家の建て替えなんて個人の勝手では出来ないのがイギリスの町づくりで、だから未節操な建築物も無いしキレイに街がデザインされているのだ。)そしてどの家も庭作りが本当に素敵なのだ。少し街から離れるとそこは草原地帯・・・コッツウォーズ、ボートオンザウォーター、ストラトフォード、チッピングカムドゥン・・・どこも本当に素敵な街だ。イギリス人の成功者は沢山稼いで、早く引退してここら辺界隈に住んでカントリーライフを楽しみたいと思う人が圧倒的に多いらしい。 ランチは街の中心部でやっていた食品中心のマーケットで試食をしまくり。インド人の出していたお持ち帰りカレーの試食をしているうちにお腹イッパイになりランチは省略。 その後はバースに移動。 ここはローマ時代のお風呂が遺跡としてそのまま残る場所。お風呂の”バス”の語源となった街!ここがまた本当にキレイなんです。 夕飯はホテル近所のタイフード。これがまたまた美味かった!

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《三日目》朝イチで近所の散策! 川の滝が見事にキレイ! そしてローマ時代から残る公衆浴場を見学。ローマ人の時代から床下暖房があったのだ。そのスケールには圧巻! Mr.梶原はどこの街も津々浦々まで知り尽くしていて、そのベストポイントを見せてくれる。 その後はローワースォーター、デイリーズフォートオーガニック(今イギリスで相当に人気の自然食品系レストラン&雑貨屋さん)を見学。充実の時間の連続だ。渋滞を避ける為に早めにロンドンに戻って、日曜日だったので、ブリックレーンのマーケット(市)を見学。かなりストリートな感じで楽しいマーケットだった。
ロンドンのホテル Millennium Hotel London Mayfair(44Grosvenor Square Mayfair.LONDON W1K2HP UK) にチエックイン。ロンドンを見るならば素晴らしく動きやすく、便利なエリア。地下鉄の駅にもかなり近く、ハイドパークやリージェントパークも歩行距離で環境も抜群。ただロンドンはホテル料金が本当に高いので覚悟を!
夜は今夜だけ一人だ。ホテルのコンシェルジェで様々なレストランを紹介された。そして中東はレバノン料理に決定。トルコ料理との区別はつかないが、かなり美味しい時間でした。
《4日目》朝はハイドパークを一周散策。ゆっくり走って一時間なので推定7キロ! しかし公園の池はどう見ても池なのに真剣にトライアスロンの練習かたがた水泳をしている人が多数! とにかく緑が本当に美しい。ロンドン市内の移動は地下鉄(メトロ)とバスが本当に便利。不思議なのが初乗りが500円近いのに東京のスイカに相当するオイスターカードを使うと全然、安くなる。
月曜日の朝はコベントガーデンのアンティーク・マーケットが開いているので行ってみた。小さな露天を開く人々は楽しみながら趣味で開いているかの風情、その後はピカデリーサーカスの大英博物館を訪れたが大き過ぎて全部は無理なのでダイジェストで回った。しかし感心するのがロンドンで地図を広げて道を探していると『どこに行くかわかる?』と声をかけてくるローカル多数!こんな街はそうはない。彼らの中にはジェントルマン精神がバリバリに息づいているからであろうが、それにしても感動する。ランチは中華街近くのミシュランで星を取っている飲茶をトライ。美味いけどやはり中華は大人数が正しいなぁ。 SOHOの街の中にある公園・フェニックスガーデンはビルの狭間の公園なんだけど、小さな公園の樹々に下にベンチが隠れていて、良く見ると沢山の人が和んでる・・なんだかロンドンの象徴的な景色にも思えました。その後、デパートのハロッズやハーベイニコルズなどを見た。 コレといって買うものが無いのはロンドンっ子はあまりファッションに興味がないからかな・・夕方に、日本から到着したばかりの土田氏と合流してコマーシャルストリートのSt.JOHNで夕飯! この店はパン屋が経営するレストラン。相当に美味かった。(土田氏はロンドンに年に何回も通う、正真正銘のロンドン”通”で日本で約70軒のファッション店舗を経営し、アンティーク家具の店も経営。店の什器で使う都合でイギリスには特に通い込んでいて、ロンドンを知り尽くす方。奥様も同様で先日も”Miss土田と回るロンドン”という企画で雑誌社のロンドン特集が組まれていた。そんな方に案内してもらえるのもスゴい!25年来のお友達です。
St。JOHN (resevation 020-7251-0848)
St,JOHN Bread & Wine 94096Commercial Street London E1 6LZ
www.stjohnbredandwine.com

イギリスの"メシがマズい"と言ったのは誰だ!

《5日目》朝から地下鉄でウエストミンスターへ。地下鉄を出た瞬間に目の前にビックベンが現れてイギリス感はヒートアップ! 大観覧車ロンドンアイでロンドンを展望! その後は植物博物館、フルハムブロードウェイの建物の金物屋、リージェント公園の庭園、キングスロード(スローンスクエアからキングスロード)チェルシーガーデン(ガーデニングシヨップ)、コンランショップ(本店)、デイリーズフォートのカフェ(先日行ったカントリーサイドの店の都会バージョン)・・・とにかく一日、良く歩いた。万歩計の数字は2万6千歩! 夕飯はデイリーズフォートの店長に聞いたレストランにトライ!超オシャレで美味しい。これまたビックリだった。
The Orange.!(37 PimlicoRoad London SW1W8NE, 020-7881-9844 ,
THE ORANGE.CO.UK) /reservations@theorange.co.uk
ただし注意!どうもイギリス人は注文したものを前菜、副菜、メイン・・・とゆっくり持ってくるのが得意でないようでドンドンと持って来る。
《6日目》朝からレンタカーをピックアップしてロンドンから約3時間弱のリーンカーンのアンティーク・マーケットへ。ここは、わりと小さめなマーケットなのでウオーミングアップ! しかし世界中からのアンティーク家具のバイヤーが集まるだけあってモノの動きが激しい。いいかなぁ・・なんて思っていたらすぐに無くなってるのだ。とにかく雰囲気が英国なんです。  夕飯は醤油味が恋しくなり店構えで選んだ中華料理店! 宿泊はニューアークのB&Bでここは素晴らしい。
info@grangenewark.co.uk The GrangeHotel

イギリスの"メシがマズい"と言ったのは誰だ!

《7日目》ここのホテルが本当に朝ご飯が美味しかった。基本的なイングリッシュブレックファーストだ。数々の賞を受賞しているらしく壁には沢山の賞状が飾ってあった。 朝イチからニューアークのアンティーク・マーケットを散策。ここはイギリスだけでなく世界でも最大規模のアンティーク・マーケットでサッカーグランド2面、いや3面位はあるスケールに山の様な物が持ち込まれている。買っているのはプロっぽい人が殆ど。見るのも計画的に見ないと大変だ!イギリス人は本当にモノを捨てない国民なのだが、こんなモノまで売るの的なモノから、偽物っぽいモノ、本当に多種多様なモノが売られ、大きな家具から小さなアクセサリーまで本当に幅広い。土田氏のスタッフもチームを組んで朝から猛烈な勢いでモノを見つけて買い、トレーラーに積み込みをしていた。ランチはマーケット内で立ち食いのホットドック・・・今回の旅で一度だけ食事でハズれたのはここだった。まぁ状況が状況なので仕方がないのだが・・・期待通りに不味くてよかった。(あまり全部が美味しいとウソ臭いし・・) 夕方にロンドンに戻りレンタカーを返却して、近所のイタリアンで食事。ホテルのコンシェルジェのおすすめがイタリアンレストラン The Genova. 店主もスタッフも生粋のイタリアンでサービスもイタリアン!ここのワゴンでくる前菜は美味しかった!!

イギリスの"メシがマズい"と言ったのは誰だ!

《8日目》朝から他の人々(土田氏とゲスト)はお買い物に行くというので、一人で二階建バス(ロンドンバス)のチケットを買って市内観光。これがかなり観光気分が盛り上がります。テームズ川沿いのコンラン卿のデザインミュージアム、装飾品を集めたミュ―ジアム、そしてセビルロードを散策。(言わずと知れた男性スーツの背広の語源となった道)トラディッショナルな店が並ぶのだ。
夕方に土田氏とチエーンファーム駅で待ち合わせてご近所散策。イアンマッキーという生地屋さんに案内された。とても小さな良い街なのだが住みやすそうだ。近所の公園に連れて行ってもらったら、そこも市内のリージェントパークの片隅だという。いったいどれだけ大きい公園なんだろう! そして6時半に梶原氏の住む町、ハムステッドを訪れて待ち合わせ。そして3人でハムステッドを散歩、この街も本当にキレイだ。なんだかこんなにキレイな処ばかりにいると自分がキタナい人間に思えてきてしまう。 その後、地元で愛されるイタリアレストランで食事をした。これまた美味しい! その後ハムステッドの石造りのパブで一杯飲んで梶原氏が送ってくれてホテルに深夜に戻った。今日、イギリスの文化を日本に伝えるツートップ、そして新時代のアントレプルニュアーとの会話から学ぶ事は膨大であった。こんな幸せはそうあるものではない。
《9日目》朝からノッティンヒルのポートベローズのマーケットにくりだした。先日のニューアークとかは業者向けで、こちらは完全に観光というか一般向き! かなり楽しいけど時間とともにものすごい人出になってきた。 その後、ブリックレーンのレイバー&ウエイト(ガーデン用品の専門店)で買い物とおもいきや開店が13時ということで近所を散策。この界隈はインド料理専門店が秋葉原みたいに集中しているので、ランチはカレー屋で食べた。イギリスはインドを植民地にしていた関係か、沢山のインド人がイギリスに住んでいる関係でインド料理が相当に美味しい。中華料理店以上に多い気もする。待ちに待ったレイバー&ウエイトは楽しい店だった。 その後はタクシーでエンジェルを散策。ここもかなりスノッブな店のあるエリアでセレクト系のアンティークショップが並ぶ。(しかし値段は先日のニューアークの倍には感じる。もちろん日本では三倍だろうが・・) そんなハードと言えばハード、しかし充実と言えばこれ以上の充実はないであろう、素晴らしい時間の連続であった。
夕方のフライトで帰路に着く! 今回の大収穫はもちろん、イギリスへの間違った印象が全て正された事に他ならない。ロンドンは次のオリンピック開催地でもある。これからはロンドンから目が離せない! つねにチエックな街なのは間違いない。

モロッコまでひとっ飛び!!

冬のパリを訪れた。ハダのイメージでは春や秋のパリはもちろん、清々しくマロニエの並木道を歩いても、セーヌ川のほとりを歩いても、素晴らしい季節感があって好きなのだが、冬のパリは格別な楽しみが沢山あった。もちろん外気温は1桁になるのでそれなりのコートなどの装備も必要で荷物も多いのだが、それを差し引いても素晴らしい季節だ。特に街のイルミネーションは強烈で、エッフェル塔のライトアップショーなんて一人の観光客として観光協会の期待に応えるべく放心しながら口をあんぐりあいて、その美しさに見とれるのであった。 そんな素敵な8日間を過ごした後、何処かに行こうと世界地図を開いた。 寒いのが好きと言いながらもパリより北上する事は考えにくく、従って赤道に向かうのが正しき道! それはアフリカ大陸で未体験ゾーンといえば”魅惑のモロッコ”という事になった。 アフリカはそのままのイメージのサファリ(ケニアの国立公園でヌーの大移動、ライオン、象などをはじめ野生動物を観賞する旅)、そしてアフリカ最高峰のキリマンジャロを登る旅(タンザニア)また、イタリア対岸に位置するイスラム圏のチュニジアを散策する旅を体験したが、モロッコはハダにとって未知の国。 ・・・楽しみだった。 しかしこのモロッコ、人から聞けば聞く程に不思議な国だ。この数ヶ月でモロッコを旅して来た人々に7~8人会った。その殆どが女性。 そのうち何人かは世界中で数十カ所を回ったが、そのうちのベストな旅であった、まさにお気に入りの国であるとまで言い切った。 そしてその彼女達が連呼していたのが”モロッコ人の嘘つき、適当さ加減”であった。(笑) ハダもモロッコ経験者に会うと”モロッコ人は嘘つきなの?” と冗談半分で聞くと、真顔で”ヒドい!!”の答えが例外なく全員から聞く事が出来たのはなにかの偶然か。ちなみに、モロッコのマラケッシュの街で出会った世界一周の旅の途中の女の子は完全にモロッコに魅了されていたが、ことモロッコ人(男)の話になると、涙を浮かべて悔しがりながら、そのエピソードを語ってくれた。(笑)とても公共の場所で話せる事ではないが・・・・笑うよ! モロッコ男は男としての苦労が様々あるんです。 (毎度の事ですがモロッコ人やモロッコ観光局にケンカを売るつもりはありません。とても友好的関係を築きたく思います。) しかし彼女達はそれを差し引いてもモロッコは素敵な旅であったと断言する、そんな魅惑のモロッコに行く前から期待感がどんどん膨らんだ。

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12月9日(水) 一日目《カサブランカからマラケシュへ!》 早朝のエアーフランスでシャルルドゴールからカサブランカに飛んだ。機中3時間はほぼ爆睡! フランス人子連れ家族の”自己中心”を象徴するようなウルサさに参ったが、それも仕方が無い。 カサブランカ空港は驚く程に近代的でビックリ!! 冷静に考えるとそんなに近代的ではないが、ハダの頭の中ではハンフリーボガードの名画”カサブランカ”(おそらく1930年代とかの設定だろうなぁ・・)で止まっているので、そんな空港をイメージしていたんですよ。 ありえない話だなぁ・・(笑) 今回の旅は、プチ豪華なのです。まぁ、豪華というより効率重視が正しいかな。地元のツーリストのミニバン&ガイドを手配してあって9日間の全日程をサポートしてくれます。様々な話を経験者から聞くうちに、自分で民間のバスに乗ったり、あのメチャクチャな状況で運転したりなんて、行く前からウンザリで余計なエネルギーは使いたくないとの結論でこうなりました。  参加者は分かりやすく言えば”ヤロー4人組” 福井豪ボデイーガード1、ケンシローボディーガード2、愛葉ノブ・ボディーガード3と貧弱なハダの4人だ。この最初の3人を見る限り、対外的に獲物の対象にはならない。逆に容姿だけで稼ぐ気になれば稼げそうなメンツだ。(モロッコ人を不用意に脅かすことはありません!) 空港に迎えに来てくれたガイドのアラシッド氏とドライバーのカリド氏は信頼できそう!! ミニバンは快適でカサブランカから最初のマラケシュまでの三時間は快適そのもの。こんなラクチンに慣れたら自分がダメになりそうな気がしてくる。(迎えはランドクル―ザーでホコリっぽい砂漠のガタガタ道を発展途上国を旅する様な・・・イメージは大幅に異なり、新車に近いミニバンとキレイに舗装された高速道路!ただこの道の良さはマラケシュまでだけど!)   ランチは途中のドライブインで食べた。 経験上、ここで美味しいモノは無理とレッテルを貼るようなガソリンスタンドに併設されたドライブイン・・・仕方が無い。空腹を満たせるだけ幸せだと言い聞かせ・・・・すると美味しいパンとサラダ、そして”タジン鍋”が登場! 簡単に言えば”鶏のカレー味”なのだが、見事に美味しい! クミンの香りがパンチになっていて、なかなか日本で食べられるモノとは一線を画す、素晴らしい一品であった。最初からウレシいカウンターパンチ!  午後3時過ぎにマラケッシュに到着をした。今晩の宿泊は”リヤド”という、ホテルではない、一言で言えば高級民宿。世界遺産であるフナ広場にほど近く、まさにメディナ(グッチャグチャに入り組んだ旧市街地)の中にありなにかと便利。この手のリヤドは最近の流行で一般向けから高級まで色々とあるらしい。モロッコの建物もヨーロッパと同じで表に開放的ではなく、口の字の形をしていて表側からは壁があるだけ。まるで城壁のようで中に入ると中庭を囲んで建物が建つのだが、そんななかなか出来ない体験が連続することが、旅の醍醐味なのだ。この街には、かのアマンリゾートもあるが、そんな処に泊まっては見えない物が沢山ある。 早々にメディナを散策してみると、日本人ガールが本当にウザがる意味が良くわかる。小さなバブーシュ(日本で大流行の革製の刺繍を施したスリッパ)を売る店、彫金を売る店、布地を売る店、通るたびに『こんにーちわぁ!』と声をかけてくる。我々に現地人ガイドがいる事がわかると退散するが、いないとガイドを申し出てくるのを追い払うのに一苦労するらしい。(その意味でもガイドを雇って正解!旧市街地はあまりに複雑な迷路状態で誰が歩いても方向感覚を無くして出口がわからなくなる!) メディナの真ん中のフナ広場には蛇使いやら怪しい商売人が沢山ウロウロしている。そして一日に5回はアダンというお祈りの時間を知らせる案内が街中をモノスゴい爆音でスピーカーから流れるのを聞くと、ここが完全なるイスラム教徒の国なのだと実感する。

モロッコまでひとっ飛び!!

夜になって再び、フナ広場に行くとなんとビックリ、何も無かった広場に100軒近い屋台、それも屋台というよりお店が出来上がっていて、どの店も美味しそうなモノを出している。まさに”活気”という言葉が似合う大盛況なのだが、なんとこのフナ広場のモロッコ版屋台村は2000年の歴史をもつのだ。ニセンネンだよ!!(イスラムとしてはキリスト教よりも古いという事を 強調しているらしい) なんとこの屋台 数軒をハシゴして食いまくり!! しかし何かが足りない。それは”酒”である。厳格なイスラムの地域なので酒が無いのだ。・・・・簡単に済ませないでいただきたい! オレは軽いアルコール依存症なのだよっ!!(笑) ということで今夜は都合よろしく休肝日に認定した。 しかしメディナにしてもフナ広場にしても写真を撮るといちいちカッコいいのだ!  我ながら『オレってなんて写真が上手なんだろう!』と感激しているが、それは本当に街の景色が”絵”になるからなのだ。  リヤドでの寝心地は抜群だった。良い夢見たよ!!
12月10日(木)二日目《マラケシュの朝》 朝は7時に起床して散歩に出かけた。朝日が昇るのが7時過ぎなので朝焼けが差し込むメディナは静寂とキリリとした朝特有の空気で気分を一新してくれる。朝早くから営業を開始しているCD屋の屋台があったので覗いてみた。一枚位、モロッコらしいサウンドを調達してもいいかと考えたのだが、CD一枚の値段を聞くと600ディラハムと言われた。(1DHが約9円) 日本円に換算をそのまますると約5400円・・・・それはあまりに高いんじぁないのか!? ちなみによく見ればコピーモノである。マイケルジャクソンのコピーならわかるが(わかったらいけない!コピー撲滅っ!)地元のモロッコのミュージシャンをコピーしちゃダメだろとおもいつつ・・・・その店主の目を見たら”ライヤー(ウソつき)”と書かれていた。(笑) 『それ高いだろ!まけろ!』『3枚なら1200DHにする!』『じゃ、いいよ!オマエ、ライヤーだろ!』『・・・』そして一時間後に迎えに来た通訳兼ガイドのアラシード氏に聞いてもらったら、一枚がいきなり20DH(180円弱)になった。 ヒドい、ヒドすぎる!! いきなり30倍も吹っ掛けてヘッチャラだった。 しかし彼らも生きる道! よかった、ひっかからなくて! ”国民、全員うそつき論”は真実なのか!!  朝食の後は再び、メディナ散策をした。ココで昨日会った”女子一人旅リエコちゃん”と偶然の再会をして一緒にフナ広場を見下ろすレストランでタジン鍋ランチをして、世界一周話題で盛り上がった。午後には移動して大西洋岸のエッサウィラに向かう。エッサウィラに到着する直前に小高い丘からエッサウィラの夜景と夕焼けが見る事が出来て、とても感動的だった。日が暮れてライトアップされたエッサウィラはものすごいチャーミングな街だった。15世紀に作られた旧市街メディナはエーゲ海でよく登場するミコノス島やサントリーニ島のようなブルーと白が基調色になって、雰囲気は抜群。 今日も宿泊はリヤド(高級民宿)でこれまた雰囲気抜群! 夕飯はオープンテラスのレストラン。昨日の禁酒から解禁されてビール、ワインが美味しかった。夜になると大分、涼しいが空気がキリリとしていて好きだなぁ!  酔っていい気分で旧市街地を歩いていると200年位をタイムスリップしてしまった。

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12月11日(金)三日目《大西洋岸の街・エッサウィラの朝》  爽やかな朝!!! 朝、7時に起きてもまだ真っ暗な闇だ。うっすらでも日が出るのを待って、海岸に散歩に出動!! とにかく絵になる風景の連続だ。 一時間の散歩ですでに100枚近くの写真を撮った。カモメにノラ犬にノラ猫、流れ着いた貝殻に、波が作った砂の模様、ビーチサイドのバーにカフェ、その看板、広大な空に雲、メディナの壁に、ブルーと白の建物、自分の影・・・無限に写真の題材が見つかるのだ。そんな街で午前中をすごして十二分に楽しめている。ここは超大物ロックギタリストのジミヘン(ジミーヘンドリクス)が愛してやまず、ついにここで暮らし始めたと聞いた。わかる!わかる!みんなここが好きになるに決まってる。ランチはスーク(市場)で魚料理を食いまくった。ランチの終了後はムーレイ・エルハッサン広場の前のカフェでエスプレッソを飲んだ。その時に靴磨き人がやってきて、ボクの砂でよごれた登山靴(ダナー)をピカピカに磨き上げてくれた。足元が綺麗になると気分がヨロシイ。 夕方にかけて再び、経由地であるマラケシュに3時間かけて戻った。途中で砂漠に入る為のモノをスーパーマーケットで購入!(モノってワインとビールなんですけど・・) 夕飯はマラケシュに60年近く前からあるイタリアンに入った。パスタ類は完全にアウトだが、他のモノは美味かった。なにせ最高の価格のワインが一本2500円位なので、心おきなくドンドンと飲めて皆でいい気分で様々な話をした。 そしてリヤドにて就寝! 寒っ!

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12月12日(土) 4日目《アトラス山脈を超えてサハラ砂漠の入り口・ワルサザードへ!》 今日は移動が長いので少々、早起きで散歩は無し! カフェオレとパンの簡単な朝食をした後、早々に移動しはじめた。とはいっても車の後ろの席で座っているだけなので快適である。スタートして約一時間で景色はアトラス山脈っぽく変化してきた。 ピンク色っぽい岩山が永遠に続き、ワインディングロード(ぐにゃぐにゃ道)から下を見れば、断崖絶壁で落ちたら即死は免れないであろう高さだ。この先にアフリカの大地があるのかと想像すると雄大な気分にならずにはいられない。永遠に続く道から見える景色はどこまでもピンク色(いやレンガ色が正しいのか!)山岳地帯なのに冷たくないのだ。 途中2260メートルのティシュカ峠を超えて、要塞の村、世界遺産である”アイトベン・ハッドゥ”を訪れた。 土で作られた要塞は今でもベルベル人の6家族が電気も水道もない生活をしているらしい。 頂上からの景色は絶景で、とてもカメラではそのスケール感は伝えられないサイズだった。 ランチはお決まりのタジン鍋!! 毎日、毎日なのに飽きがこないのは何故だろう。 午後はひたすらに移動時間でカスパ街道をぬけて、バラの街・ティネリールまで向かう。街で一軒のホテルに宿泊。今日は移動が多くて歩き不足気味なのか食欲がわかない。久しぶりにネットがつながりドップリとジャパニーズな情報を入手! こうやって旅行してると、オレがいてもいなくても、世の中の体制に影響が無い事に気が付くし、いなくてもちゃんと回っているという事実に少し、感動するんです! 感謝だなぁ!(アフリカでも夕暮れ過ぎは相当に冷え込む。なのに同行の福井とケンシローは、何か記念にと訳の分からない事を行ってプール(当然ンに室外!)で泳いで死にそうになっていた!(笑)) 旅してる間は移動時間などで、普段よりいいペースで読書ができます。二日に一冊以上のスピードで読書してます!!

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12月13日(日)5日目、《ティネリールから砂漠の入り口、メルズーカへ!》  9時に出発をしてトドラ渓谷のオアシス(砂漠のオアシス!)を見学。あんなに乾燥した大地に水があり、木が茂り、農業をしているなんて不思議です。 ランチはエルフードの街でデディユーン(フランス語で砂丘)という名前のレストランで通称”砂漠のピッッア”(メットフーナ)を食べた。ちゃんと石釜で焼いた中にミンチが挟まっているピザでチーズは使っていない。そしてタジン(Kalia)はトマトに牛肉、タマネギそして味付けはクミンと塩、胡椒で卵が落としてある。これが激美味くて、思わず”おかわり”を注文してしまった。なんだろう、このタジンの美味しさは!! そして昼食後、一時間したら右側に砂漠が見えて来た。ピンクに光ってオーラがガンガンに出てますよ!! 早々にロッジにチエックインをした。いくらアフリカだ、砂漠だといっても12月で冷え込みも厳しそうで、夜はテントでもロッジでも泊まれる段取りになっている。本当はテントがいいが、ここまで来て凍死はイヤだ!!  ロッジとはいえ、建物はワラと泥を練って作ったここら辺界隈風の景色を邪魔しない建物。実にサハラ砂漠の中で雰囲気がいいです。 またここもロの字の形をしていて中央には中庭とプールが備わっている。 早々にサハラ砂漠に向かう準備をした。 とはいえ、やることは通常の服にターバンを巻いてもらうという程度。(ターバンは宿の従業員からワガママ言って借りた。) ロッジの前にはラクダが4頭つながれて今日の観光客である我々を待っていた。 ラクダは思いのほか背が高い。現地の案内人のベルベル人が乗せてくれなければ、一生、一人で乗るのは不可能。 やっと乗ってもなかなか安定しないので、ダイエットマシーン・ジョーバ(乗馬の雰囲気で腰をグネグネするマシン)のノリで乗っていたらだんだんとコツがわかってきた。四頭のラクダはロープで繋がっていて絶対に裏切れないシステム。 そんな風に写真を撮ったり、ラクダを研究しているうちに景色は待望のサハラ砂漠になってきた。写真で予習していたそのままだ。途中でラクダを降りて歩いて眺めの良い砂丘を目指した。全員、テンションは絶好調になってきた!! まわりには一切の障害物もなく見渡す限り空と砂漠・・・それだけだ。 興奮しているうちにパラパラと小雨が降ってきた。砂漠で小雨とは相当にビックリだった。砂漠イコール雨とは無縁と思い込んでいた。空は雲が重なり、少しイメージと目指す景色が違うと残念な気持ちがわき上がるのは、ひょっとして今日は夕焼けが見えないのではと思い始めたからだ。淋しい・・・夕焼け、満点の星空、朝焼けは外せない三点セットだったのだ。砂と戯れウロウロしているうちに西の空がなにやら赤くなってきた。なんと!!!遥かかなたの空と大陸の間がすっかりと雲が抜けて見事にくっきり太陽が出て来て、その差し込む様な光が沢山の雲の合間に突き刺さり、空の雲にはものすごいグラデーションの夕焼けショータイムの始まりを予告したのだ。 一度、あきらめかけた光景なので余計に興奮!! その数分後から、見た事もないような真っ赤な太陽が辺り一面を照らし、サンドベージュの砂漠はピンク色がかり、空中に残っていた雲にも、そのピンク色の光が差し込み、また時間とともにピンクかオレンジに変化して行くのを見届ける幸運にみまわれたのだ。そしてオマケに東の空には、先程の小雨の置き土産に”虹”がくっきりと!! ハワイで見る虹が、このサハラ砂漠にて見る事が出来たのだ!! 感動→興奮→放心→を超えた瞬間、涙がどんどんと出て来た。 日が暮れないうちにラクダの待つ場所に戻る事だけを気にしながら砂漠をブラブラと大スペクタクルの中にいる事に感謝できた。 もう充分!! 帰りのラクダの上でも四人の興奮は全く収まっていなかった。 そんなうちにだんだんと雲が厚くなりホテルに到着して回りが真っ暗になった頃これだけラッキーな夕焼けを見られたんだから満点の星空なんて贅沢すぎてバチが当たるなんて思いながらロッジの煖炉の前で暖まった。そしてディナーは平和そのもの。ディナーを終わってあまりの寒さにテントは断念! 外を見上げたら、なんと満点どころか億点の星空が!!!!四人とも同時に『なんだぁ!こりゃーーー!!!!』と驚喜!! 衝撃的な景色がそこにあった! 全員、あんぐりと口を開けてひたすらに空を見上げていた。頭上ばかりでなく横の面(正しい表現がわかりません!地平線方面ですね。)まで満点に星が見えるんです。 流れ星は30秒ごとに見られるは、それも同時に2個、3個と・・・UFOも見ましたよ! 間違いない! とにかく、あんなに星を一度に見てビックリを超えていました。(天体マニアが一人でもいたら詳しく、なにがスゴいのかを解説できるんですが・・・) あまりの興奮でグったり疲れてベッドに入りました。 そして見た夢は何故か”味噌汁”・・・帰ろう! 日本に帰ろう!!

モロッコまでひとっ飛び!!

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12月14日(月)旅の6日目 《砂漠の入り口のメルズーカからフェズへ!》 今日は移動日。高速道路も整備されていない普通の道、そしてアトラス山脈の山道を抜けて一路、世界最大の迷宮都市(メディナ)のあるフェズへ! その距離520キロ、行程は8時間! 途中の景色は雪まで積もり完全なる冬景色! アフリカは広いのだ。車中はひたすらに睡眠、読書、パソコンで写真整理、みんなでアホ話とポルトガルの基礎知識のお勉強! けっこうアッと言う間の8時間だった。ドライバーのカリド氏は温和な性格が運転に出ていて安心できるのが何よりだ。 夕方には無事にホテルにチエックインできた。今回のツアーで一番、ある意味、高級なホテルだ。(決して大好きとは言いません!) 夕飯はホテルのバイキング(決して大好きとは言いません!) の人畜無害ディナーでした。 そして久しぶりのバスタブでの入浴はトロけたね! トロトロです。これは大好きです。
12月15日(火) 7日目 《世界遺産フェズでの一日!》 昨日は良く寝られた。 隣の部屋の福井とケンシローの部屋は、そのまた隣の部屋の宿泊客が新婚さんみたいで、とにかく一晩中激しく燃え合っていたらしく寝不足気味!!(笑) すこし散歩をしたが、街にはパリみたいにカフェが多くて、なかなか豊かな印象だ。 朝食を済ませた頃に、ガイドのラシドが来てくれ、様々な観光スポットを回った。”ガイド付きの観光旅行”って印象が”旅慣れていない人”という感じだが、今回はこれが大正解だったと皆で話している。だって住所表記なし。旧市街なんてまったく道がわからず、なにが何処にあるかなんて、まったく不明・・・結果、全てを見ようと思ったら大正解だったと考える。というかモロッコも観光が資源になっている国なので”ウザいモロッコ人”が沢山、存在するのは事実なのだ。 それを追い払うのにもガイドがいて良かった! さて、モロッコで4番目に大きな、そして一番最古のメディナ(旧市街地)であるフェズは、遠目に見るとスペインのアンダルシアか、イタリアはトスカーナあたりに似ている。良く見ると、全然そうじゃないんですが・・・街の家々には驚く数のパラボラアンテナが!!世界遺産にパラボラがぁ・・・ 尋常じゃない数なんです。(笑) 主な観光スポットを制覇した。個人的にビックリ仰天だったのは、街を走るクルマだ。 古い車の数が多いのはわかるが、メルセデスベンツ(W123という型式で1976年から85年に生産されたモノ、時代的に最も最強で強固と言われている。)がハンパ無い数がタクシーとして走っていて、タクシー乗り場に行ったら100台以上が列をなしていた事。 波田は実はこの型が大好きで、いまだに愛用しているんですが、東京でも本当に見なくなりました。それが現役バリバリで100台!勇敢な姿でした。波田のも、あと20年は楽勝でのれるなぁ!!   ランチはまたまたタジンです。 まぁモロッコなんでタジンはウエルカムですがぁ、さすがに7日連続、時には夕飯にも・・・となると話は別。でもモロカンサラダは相変わらず美味しかった。野菜がヤルキ満々なんですよ。 午後はダラダラと街で過ごしました。ここでも日本人女子バックパッカーと遭遇。日本女子は根性あるよ。一緒にお茶飲んで楽しい話、恐ろしい話を聞かせてもらいました。 夜はイタリア料理だが、どことなくモロッコ的だった。持って行ったワザビと醤油が本当に美味しく、アボカドに付けて食べたら、日本のお寿司やさん気分でした。 味噌汁飲みたい!! 夜は福井の部屋で、ある下心があって待機していたけど、新婚さんはお疲れなのか、なにも無くて残念・・・迷惑だったのか、ウエルカムだったのか・・・!(笑い)
12月16日(水)8日目 《フェズからカサブランカへ!》 朝は早めにカサブランカに向かった。カサブランカ=ハンフリーボガード(1940年代の”カッコいい映画”の代名詞!)なのだが、そんな一面に出会えるだろうか! 街に入ったらウルサくてどうしようもない。クルマは意味も無くホーンを鳴らしている! ここは中途半端な都会だ。街の中心にあるモスクはハンパの無いサイズでビックリだった。波田の広角レンズでもまったく入らない。こんなスケールのモスクを見たら思わず、イスラム教徒になってしまいそうな迫力!! その後、食事をしたが、暴力的な量でウンザリ!! この同じ大地で飢餓に苦しむ人々がいるなんて考えてるのかなぁ・・・(注文してないのに勝手に出て来た。)しかし回りを見渡せば明らかにメタボな人が多い! 実に不思議!!  カサブランカ空港まで送ってもらい、今回のモロッコは終了。ガイドの二人は本当に気がいい奴だった。実に流暢な日本語を話すのだが、どうも”はひふへほ”がアラブ語にはないらしくて、昼ご飯と言おうとすると”ヘルゴハン”になる。それじゃ”地獄のゴハン”だし、”いろいろあります”は”エロエロあります!”になる。最後まで直らなかったのが気がかりのまま、空路でカサブランカを後にした。アンフリーボガードの影は見えなかった。 夕方にポルトガルの首都、リスボンに到着。ポルトガルに降り立ち、ハダの訪問国は、累積で50カ国を超えた。そして西ヨーロッパは制覇!  空港では先日、マラケシュで会った一人旅のリエコ嬢が来ていてビックリ! 丁度、陸路でポルトガルに入ったのでジョインをする事になった。 リスボンの街はすでに闇の中。 タクシーで先日、ネットで予約をしたホテルにチエックイン。 最近では”booking.com”という便利なサイトがあって直前でも日本語で世界中のホテルの予約が出来るとの事。素晴らしいシステムだ。空けておくよりは格安でも部屋に客を入れた方がお得という方針だろうが、あまりにホテルの質に対して(四つ星)値段が安いのにビックリだ。 夕飯は、ホテルの女の子、そして別のマネージャーに聞いたレストランに行ってみた。 これが満塁ホームランでいきなりポルトガルのファンになってしまった!! 前菜類(プロシュート、小さいコロッケ、チーズなど)は座るとすでに新鮮な物が置かれて、食べた分を払えばよろしいシステムにウレシい。注文した料理はとことん正解だった。(あまりに美味しくて結局、翌日もこのレベルは他では狙えないであろうという事で連チャンで通うことになった。 ホテルに帰ってそのまま就寝! 寝心地ヨロシク幸せです。

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12月17日(木)旅の9日目! リスボン・デビュー 早朝にウオーキングでもしようと思ったら7時過ぎは、まだ”闇” しかし歩きたいので街の中心地まで歩き始めた。 地図が分かりにくくて、理解が難しいのだ。それでも何となく歩くうちに街の中心地の位置関係は把握できた。まるまる二日なので見る物には限界があるのだが、優先順位を決めてかかる! ホテルに戻り準備して皆で出動した。実はレンタカーを手配するつもりが国際免許を取得するのを忘れ、タクシーになったのだ。そしてタクシーをつかまえて、最初の訪問予定のジェロニモ修道院を告げると、そのオジイさんドラーバーは英語で(英語を話せる人は少し希少!)『そんな観光に来たのなら、まずはシンドラーへ行け! そしてアレとコレとアレを見ろ! とにかく見ろ!』 とまくしたてる。 どうも声のボリュームが壊れているらしくてウルサいし、まぁ別にどうしてもというワケでもない場所だったので、せっかくなので、そのまま乗って、いわば言いなりになって回ったらこれが大正解!ケリューシュ宮殿やペナ宮殿、そしてヨ―ロッパ大陸の最西端のロカ岬など、”本当に、コレを見ないで帰る気だったのっ!”という素晴らしい体験をさせてくれた。リスボンまでの帰り道はカスカイスという大西洋岸のリゾートをドライブ。ものすごいキレイな波が立っていて、少々サーフィン魂がゆすぶられた。 このツアーは本当に良かった!! ラッキー!!(しかしオレ達、どんなスケジュールを組んでんだぁ!) 夕方にカフェで軽いランチをした。昨日の食事は美味しかったが食べ過ぎて少々重かったのでモタレ気味みたい。その後は街の中心部のバイシャ、バイロ・アルトを散策して、行きたかった数店を廻った。 最高なのが、缶詰専門店のConserveira de Lisboa、 ポルトガルはサーディン(いわし)が名産なのだが、そのサーディン缶詰だけでも25種類の品揃え。 そしてそのパッケージ、店のデザインは驚異的な可愛さで感動した。ハダは世界中のサーディンの缶詰を収集しているのだが、これにはマイッタ!! 当然に購入!! 様々なモノを購入してホテルに戻り、夕飯は、迷わず昨日と同じ店COLLONIにてディナー! 昨日とは全く違うモノを注文して食べたが、どれも本当に満足のいくモノだった。今晩も幸せな夜だった!!
12月18日(金)旅の10日目  リスボンの二日目にして最終日! 朝から雨だった。昨日、”雨よ!降るなよ踊り”をするのを忘れていた。これかなり効果を望めます!  しかし今日の朝は絶対にハズせない予定があるのだ。 それは”リスボンの街のナナメ・ケーブルカーに乗る!”という悲願なのだ。(ちなみにナナメ・ケーブルカーの名前はハダが勝手に命名!) 数年前にクレジットカード会社のCMで”異国の地ポルトガルのシーン”で出ていて、何故かそのシーンに強烈に引かれたんです! という事で出陣!! これまた、どうしてだか地図にも表記がないし、なかなか捜せないのだが、ついに偶然発見!!感動だなぁ!! 可愛いなぁ!!みんなに愛されいてる、頼られている乗り物ってかんじなのだ! たしかに小高い丘の上まで歩くのは相当な旧坂で足腰に自信が無かったら難しそうだ。でも上でも沢山の人々が暮らしているから相当に頼られてるんだろうなぁ! 乗ってみたらわずか3分で頂上、そし5分待機して、またそのまま下降して終わった。雨の中、断り切れずに付き合ってくれた愛葉ノブに感謝!  それでも最高に楽しい時間だった。(おれって鉄道マニアだったのかなぁ・・・確かに乗り物好きなのは事実っ!)

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その後、リスボン的ファーストーフードの店にて”ポーク塩焼きサンドイッチ”(正式名称分からず。)を食べてホテルに一度戻った。今日は悪天候ながら、アレンティージョ地方に遠出が正しいとの情報。 実はブログで数ヶ月前にポルトガル情報をお願いしたところ、美人読者のH-Tさんがポルトガル在住の岸さんというコーディーネーターに連絡をしてくれて、かなりディープな情報を仕入れることが出来たのだ。そして彼女いわく、せっかくならばアレンティージョまで足を伸ばしたら充実のリスボンツアーになるとの事。彼女はレンタカーを提案していたが、運転を考えるとアレンティージョは相当にグルメな街で、往復は電車も可能との事・・・誰が運転するの。その終電に間に合うの・・・様々な未知への場所への移動で結局、『行ってから決めっかぁ!!』の問題先送り自民党体質だったのだが、昨日のハイテンション・ジー様タクシードライバーと交渉したら、午後2時からリスボンを数カ所回り100キロ以上、離れたアレンティージョまで回り、お薦めのレストランまで送ってくれて、迎えに来てまたホテルまで送ってくれて200ユーロで話がついたのだ。 4人なので分担を考えれば、何よりラクチンでしょ!! ということで観光旅行に出かけた。 ジェロニモ修道院界隈を見学して、小雨降る中、一路、目的地へ!! アレンティージョ地方の中心は城壁に囲まれたエボラの歴史地区。当然に世界遺産で雰囲気は抜群。最初にサンフランシスコ礼拝堂を訪れた。ここは礼拝堂の中がナンと5000体の人骨(ヒトの骨!)で出来ているのだ!! もう衝撃的! 恐ろしくて何かが写りそうで写真は撮れなかった。(笑)ここで瞑想をするんですって・・・ゾクっ!! その後、可愛らしい小道を歩きながら(道は可愛いが歩いている奴はヤロー4人組で可愛くはない!)お買い物!どういう訳か、物価がリスボンより安く感じられた。そしてライトアップされたディアナ神殿なども見学!! もう感激ですっ!! ここに来ないでどうするつもりだったんだ!!

モロッコまでひとっ飛び!!

ナンだかんだしているうちにディナータイム。数日前にモロッコから電話をしておいたレストランに行った。薄暗いがまだ営業前の準備中。わずか15席程度の小さなレストランなのだが、ポルトガルでは有名な店! 最後まで正式な名前は読めなかった!!(笑) ホールは一人のウエイターが全て仕切っていて、こきみがいい。(ヨーロッパのレストランには、本当にリジェンド的なウエイターがいてカッコいい!) またまたポルトガル形式で座るやいなや前菜(コールド物)が10点程、運ばれてワインもハウスワインを注文。(アレンテージョ地方はワインの産地としても有名!)この前菜がブッたまげる程に美味しかったのだ。 もう今思い出してもわざわざ行きたくなる程に美味しかった。結局、この前菜を散々食べてメインは二品を注文して4人でシェアとなったが、ウルトラ満足大会!!(いずれ”世界7大陸食ガイド・食次郎”に紹介します。HPの名称変更しました。)あっと言う間の2時間半、外には迎えのタクシードライバーが!!! めちゃめちゃ後ろ髪を引かれたが仕方が無い。また来ようじゃない!
■エボラ Tasquinha do Oliveira Rua Candido dos Reis 45 A – Evora 7000-582 EVORA 266744841
日曜休、ひとり40ユーロ前後 15席ほどの小さい店。早めに行くかできれば予約を。 城壁内。カルヴァリオ修道院のある通り沿い。
そしてタクシーに乗った。本当にこのタクシーを雇って正解!! 全員20秒後には爆睡して、気が付いたらホテル・・・この一時間半の車中睡眠は全員、あの店の前菜が夢に出たと思う。 ポルトガルの食事って、なんだかどこか懐かしい味なのです。 あぁ、愛しのポルトガル! たった二日半だったけど、十二分に魅力を感じました! また必ず来ましょ! 翌日は、いよいよ帰国日。 またまたジー様タクシーに迎えに来てもらい空港へ! 3週間ぶりの東京に戻りましょ! 良い旅だっ!!!!

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

ネパールに行きたかった。というか正確にはネパールという国よりも、ヒマラヤに踏み入りたかった。世界最高峰のエベレストを”生”で見たかったのだ。そこでの壮大な自然のおりなすスペクタクルを体験したかったと言うのが夢だった。ヒマラヤの山々はもちろん登山という方法で頂上を目指すという道もあるが8000メートル級の山々にチャレンジをするには、準備が無さ過ぎる。それはチャレンジャーや石川先生達にお任せ! そこには”トレッキング”なる頂上を目指さずに、遠目にその山々を鑑賞しながらひたすら歩くというスポーツというかアクティビティーがあるのだ。 決して、ハイキングなんてダラダラ歩きのものとは違う、ある程度の装備で動くのだ。実は今回は自分の中ではハイキング程度と考えていた。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

『チョロいもんだろ!ケッ!』と本当に思っていたのです! ところがどっこい、軽い高山病にはなるは筋肉痛に苦しむは・・・なにせ5日間で歩いた歩数は13万歩(ジューサンマンだよ!)そのうちで6割は階段の上り下り!これはハイキングじゃないでしょ!しかし結構なシニア世代の方々がいらっしゃる。もちろんジジババ山岳会の方々だろうが!(後から聞いてビックリしたのが、我々は通常のコースを半分の時間で走破するプログラムだとガイドから聞いて唖然!)どうりでクタクタだよ! なにせこのヒマラヤという所ですが、スケールが伝わるであろうか! ブータン、中国、インド、ネパール、パキスタン、アフガニスタンの六カ国をまたぎ、ヒマラヤを水源とする川はインダス川、ガンジス川、プラマプトラ川、長江だ。そしてこの水をたよりに7億5千万人もの人間が暮らす、そして、ここには7000メートル以上の山が100も有り、8000メートル以上はナンと14もある。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

(そのうち8ケはネパール圏内)ちなみに日本の誇る富士山は3700メートル、ネパールの中では5000メートル以下は”山”の扱いではなく”丘”なのだと言う。従って名前も無いらしい。ということで好奇心旺盛なる”珍道中”を記しておこう。 波田はこの旅を通して本当に沢山の経験をした。ヒトから、どこかお薦めの旅はと聞かれたら・・・・ネパールと答えるだろう! http://ja.wikipedia.org/wiki/ ヒマラヤ山脈
《1日目、2日目》4月14日 羽田空港から関西空港へ! 羽田からの海外への脱出はラクチン! 送迎してもらった藤田とカフェでアホな企画話でもりあがり、海外旅行気分はゼロのままで関西国際空港へ。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

そこで関西から参加の石川龍彦氏(元・高校教師、京都大学卒のホンマもんの登山家、今回の隊長。そしてEX、注釈※1)と本山進氏(56歳にしてホンマもんのトライアスリート!生の鉄人!来年は宮古島トライアスロン出場、半端ない筋肉、多分、体脂肪3%)、そして北海道のヨシキダイ(吉木大輔E、波田と同じ軽いアルコール依存症! 飲んでないとテンションはドォ?♪、飲むとイキナリにラァ?♪♪♪と無口が饒舌に!パソコンを使いこなし、帰りの機内と待ち合い時間で約1000枚の四人の写真を編集してDVDを製作。とにかく面白い30代前半の若者。そういえばニセコのスノボーのアフターで飲んでいる時に無意識にボクが、このトレッキングに誘ったらしい。翌日、ダイが行く事を聞いてビックリ!!)と合流! 深夜の便でバンコクに早朝に到着して、接続便を待つ事6時間(空港内のスタバのソファー席を占拠して時間を過ごす。)、そして三時間後の昼前に、ネパールの首都カトマンズに到着!

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

ガイドのスリヤ氏(とにかくネパール系の名前が覚えられなくて皆で試行錯誤。スリヤはスリが業の人、すり屋と記憶。本名はスリヤ・バハドール・タマンク。 この人は視力が5、0はあると言っていた。すごいのが生まれ育った場所はカトマンズからバスで12時間、そしてバス停から歩いて丸々3日だそうだ!通学していた学校は自宅から徒歩2時間弱・・・すごすぎ!そして仕事がトレッキングガイドだから人生、歩きっぱなし!) 案内されて、早々に五つ星のホテル・マーラにチエックイン。 この”五つ星”って誰が決めてんだぁ!? ”笑う五つ星”だった。 まぁいっかぁ!!早々にカトマンズの街を散策に出かけた。ここは全く洗練なんかされていない、ある意味、毒されていない街。雰囲気はインドかなぁ。まるでアメリカナイズされていないし(良い意味です)決して財政的には豊ではないはずなのに、物乞いもいなければ、ストリートチルドレンもいない、偽物ブランド業者もいなければ、ぽん引きもいない・・・平和なんですね。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

しかし大気汚染はハンパ無い! ここに空気清浄機を設置したら3~4日でフィルターは許容量をこえるであろうか。 なにせインフルエンザ対策に持参していたマスクが一日で目に見える程に真っ黒になっていた。初のカトマンズナイトに夕飯を食べていたら、イキナリの停電で真っ暗になった。この街では日常茶飯事の事らしい。店員は何食わぬ顔をしてロウソクをもってきて、いきなり男四人とガイドのスリヤさんだけのマンズワールド・男の世界がラブリーな空間に変わったのだった。(カトマンズでは一日の大半が停電状態になっていた。)従って電化製品なんてあまり無いのだ。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

《3日目》4月16日カトマンズでの朝。空港からポカラへ。国内線の空港なのだが、空港入り口のサインはブロック塀にペンキのサイン。セキュリティーのX線検査はなくて手で調査。荷物のハカリはアナログの巨大体重計。滑走路を犬連れのオッサンが歩いていたり、座り込んでいる奴がいたりと既成概念なんて吹っ飛ぶ。空路で数十分、乾いた大地を見ながら、全席自由席のプロペラ機は超低空飛行をしているので楽しい時間だった。到着したポカラの空港は本当にラブリーでいい感じ。相当に気に入った。荷物をピックアップして車で一時間のトレッキングのスタート地点のナヤプルへ。 早々に準備をして、ポーター(荷物持ち係)に荷物を預けてトレッキングを開始して、河原の道をどんどんと谷に入って行き、だんだんと傾斜がつきはじめ上り階段攻めが始まってくる。空気もだんだんとマイナスイオンが多く含まれる爽やかさで、おもわず深呼吸をする。

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ビレタンティという村のカフェ、いや休憩所でランチをしたのだが、極上に可愛く素晴らしロケーションで料理も抜群。気分はグリーングリーン・ネパール支店だった。 メニューのモモ(餃子)と春巻き(スプリングロール)など抜群に美味しかった。 まさか今後、毎日のランチ、夕飯で同じモノをずっと食べるなんて、この時は想像もしなかった。 こうやって旅をすると、言葉は無理矢理な英語でも良いが、やはり簡単な挨拶は現地語のネパール語が好感がもたれるのは万国共通ということで、皆で学習。 ところがなかなか覚えられないのがネパール語(たぶんネパール語が悪いのではなくて記憶力の問題かなぁ。)とにかく一番、お世話になる身で大切なのがご挨拶とお礼。こんにちはの ?”ナマステェ” はヨガ教室に行くと先生が最初と最後に言うので知っていた。

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インド語に同じで ”生捨てる” とメモリー。 山は行き交う人々とは必ずご挨拶な世界なので ”ナマステェ” は大変便利。 何故か最後まで覚えられなかったのが ”ありがとう” の ”ダンネバート”(鶏肉は断念と記憶・・・こんな覚え方しているからイザという時に出てこなくなるのかなぁ!) そしてセットで記憶するべくは ”どういたしまして” なのだが ”ソーガダウン”(寒川さんのダウンと記憶/寒川さんという大阪のF・EXダイヤがいらっしゃる。)・・・・今日の目標地点のティルケドゥンガ(標高1540メートルへ)までの途中、驚く程のスコールに出くわした。山の天気は変わりやすいというが、あまりにも変わり過ぎ!! 運良く雨宿りもできて濡れないですんだが! 初めて泊まるロッジは設備(電気、温水シャワー)などは無いが(裸電球があったが異常に暗い。シャワーもあったが・・・冷ッ!) なのに清潔で何とも言えずに和む空間。

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シュラフ(寝袋)には封筒型のパリっとしたシーツが仕込まれていて愛を感じる。(これは旅行社の段取り)到着するとポーターがアルミニウムのタライに温水を運んで来てくれて顔を洗えと・・・・早々に皆でテラスで裸になって、タオルを使い全身温水マッサージをして綺麗サッパリとなった。実に爽快な気分! 日も暮れて食堂に行くと、メニュ-をガイドのスリヤさんから渡されて唖然!! ランチの店とメニュー内容が一緒じゃないの!! これは後でわかった事なのだが、ガイジンがやってくる店のメニューは、ほぼ統一されているらしく、各店がその枠の中で創意工夫をして出すらしい。 毎回、頭を使わずに注文していたメニューは《モモ(餃子)、炒飯、スプリングロール(春巻き)、焼そば、トマトスープ、野菜スープ、》結局、お店ごとに味は違っていて、それはそれで楽しめた。(後日”ケージローの勝手でしょ”でご紹介予定。)

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夕飯が終わるのは21時位で、その後は停電もしていて暗いし・・・寝るしかなかった。しかし良く寝れるのですョ!! 山小屋のいい時間でした。  《本日の歩行歩数16500歩/本山EXがdocomoの老人向けラクラクフォンを持参していて、なんと万歩計が付いている。毎日何歩を歩いたかがわかってものすごい達成感があって楽しかった。》
《4日目》4月17日(金)当然に早起きが出来る!朝6時に起床しても8時間睡眠を遂行しているのだ。そしてやたらに快便! とにかく身体を使って、バカ話をして、美味しいものを食べて、美味しい空気を吸ってたら、快調にもなるわなぁ!! 今日は、ティルケドゥンガから峠の村ゴレパニ(2860メートル)へ。 標高だけで1300メートルも上がるんだから、相当な距離だろう。今回、悲願の山男ウオッチのSUUNTOを購入していたので、常に標高が表示されていて楽しいし達成感があったのだ。 朝からひたすら歩き始めた。空気はとことん澄んでいて気分爽快。

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ただ一つ、写真には写らないがライブだと要注意な問題があった。ここらへんは運輸機関がなにもなく、佐川急便もなければクロネコ・ヤマトもない。あるものはロバだけ!!この住人のライフラインをつなぐ”ロバ”は大切な労働の担い手なのだ。そのロバは犬と違って、決まった場所で排泄をするわけではない。 ハッキリ言えば、そのまま・・・出たい時に出す!ということは歩いている道のど真ん中にて、いきなり排泄物(ウンコ)に遭遇したりするわけ! 遠くの山も見たいし、下も見なくてはエンガチョしちゃうから、大変だ。前を歩くダイちゃんなんか、何回か生々しいのを踏みつける瞬間を目撃して思わず”危ないッ!!”なんて叫んでも手遅れな事があった!(登山靴は靴底が凸凹で激しい作りだから余計に入り込む!) そしてある時、ある法則がわかったのだ。

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“ロバも人間と同じでヨイショってリキむ場所で、無意識に排泄をする” という事だ。または緊張が続いた下り階段の下りた様な場所も多かった。”アナタのモヨオしそうな場所はロバにもモヨオしそうな場所である” という新しい学説を見いだしたのだ。今後もロバの研究をしたいが、ロバは回りにはいない・・・・ランチはバンダイティという眺めの良いカフェで取った。ここも例外無く同じメニューで、オーダー担当の波田が同じ注文をすると ”所変わると姿変わる” の定説どおりに違う味付けの料理が運ばれるのだ。 隣の席の白人女性一人旅の女の子と話していたら、ネーデルランド(オランダ)から来たという。約3週間のトレッキングで5000メートル級のベースキャンプまで行くという。左薬指には指輪がぁ! それを見た石川隊長は ”おおっダッチワイフだぁ!”と叫んだ。(英語ではオランダ人をダッチという。)

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まったく、流石に京都大学出身だけの事はある。その後、何故にしてダッチワイフという名前の商品名になったのかを討論する時間が随分とあった。 (深く、いや浅く、いや真剣にとらえないで下さい!) 夕方、日没の少し前にゴレパニには到着をした。ゴレパニは特別な種族が集まっているらしく、聞けば今日は、ゴレパニ村の年に一度の ”お正月”だそうで村はお祭りをやっているという。 実際に行ってみたら、想像していたお祭りではなくて、露天が少し出ている程度で、ハデなお祭りではなかった。なんとこの村は、この正月で2066年になっているらしい。 相当に未来にいっているのだ。 夕方に、山と山の間から尖って見える魚のシッポみたいな ”マチャプチャリ”(6993メートル)が見えて、尖った山が夕焼けで染まってなんとも言いがたいオーラを発していたのが見えて感激だった。

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ところで、何か、お土産をと考えているのだが、本当に買うものがなくて困った。彫金細工や木の人形などを売っている店先に古い空き缶(意味不明なアラビア文字のよう。)なんだか可愛くて交渉をしたら、相手は思いっきりふっかけてきたのだが、100円位だったので支払ったら、ビックリして喜んでいた。 夕飯は停電の中で、またまた同じメニュー!でも違う味! 夕食後は寝るにも回りの広場ではお祭り騒ぎで深夜まで騒々しかった。そりゃ年に一度のお楽しみなんだから我慢してあげなきゃ・・・なんだか素朴でいい村だ。(今日は26360歩を走破)
《5日目》4月18日(土)日の出前の4時に起床して、ゴレパニからプーンヒル(3193メートル)に朝日を見に出かける。 頂上の展望台から見るヒマラヤの山並みは感動的だった。だんだんとアンアプル・サウスが姿を見せ、マチャプチャリ、そして8091メートルのダウラギリが見えてきた。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

朝日にあたったそれらの山々は半端のない存在感! オーラ出まくりだった!! 自然のおりなす雄大な姿を見ると人はただただ無言となる。世界各地からの旅行者が、そこに集っていたが、みんな無言で視野に入らない程の雄大な姿を見とれていたのだ。 その後、ゴレパニに戻り朝食をすませてから、本日の予定は9時間のトレッキング! 思わず朝のプーンヒルまでの往復の二時間が含まれての9時間なのか質問をしたら、ガイドのスリちゃんはクールに ”含まれてませんよ!” との答え。ということは一日のうちの11時間を徒歩に費やすのだ!! なんだかダマされた気分。(笑) 文句を言ってたって仕方が無い。 いざ出発っ! 3時間かかって3200メートルのグリーンヒルズに上がり、その後2645メートルのブァンタンティまでものすごい急傾斜の階段を下りた。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

もう太ももはプルプル、ガクガク! しかしそんな急傾斜でも現地の”仮称・ヒマラヤ老人会のオバァちゃん御一行が孫とか巨大な荷物を背負いながらビーチサンダルで先を越してさっさと下りて行かれると、さすがにメゲルのだよ!  バンタンティで、またまた定番のランチをしていたら ”ダッチワイフ” が追いかけて到着して一盛り上がり!(相当にキュートな子なんです!) アンナプルナ山脈も望むグルン族の村、ガンドルン(1951メートル)へたどり着いたのは夕方遅くであった。 ガンドルンはとても素敵な村だった。ここの村はイギリス軍に派兵されている勇敢な若者が多く高額所得層が多く豊からしい。 サクラ・ホテルで久々の温水シャワーを浴びられて気分は爽快だった。しかし二日間もシャワーが無いと本当に部屋にキレイなタオルが置いてあるだけで、皆で歓喜が上がる程に感激したのだ。

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夕飯は停電のなかで同じメニュー。こうなったら同じメニューを楽しもう!!(本日の徒歩9時間、36666歩)
《6日目》4月19日(日)ガンドルンを朝の8時過ぎに出発。見渡す景色は壮大な ”谷” だ。 しかしこれから向かい側の谷を超えて山の上に行くのだが、よく見るとモノスゴい深い谷で、谷底の村の家々のサイズを見るとビックリする程のサイズでこれから末恐ろしく谷底まで下りて、ふたたびものすごい距離を上がるのかと思うとメマイがする。まずはガンドルック(1950メートル)から谷底の河原沿いの村のキューミまで高低差600メートル。そして再び急斜面を1700メートルまで上がりランドルンクへ! もう体力的にはヘロヘロ。トゥールカ(1700メートル)でランチ(これまた同じメニュー)をしてからデウラリ峠へ。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

今まで三日近くの間、携帯電話が使えなかったが、ここで久々のバリ3(アンテナ三つたった状態)になったのでブログの更新をした。まったく忙しい!! そこからは約2時間、アンナプルナ山脈を望む尾根上の村、ダンプス(1650メートル)の ”月の家” まで二時間、ほとんど傾斜もない森の中をトレッキングした。夕方に到着をして本日の力を使い果たしてチエックイン。 ここは日本人の経営するロッジで五右衛門風呂まで備えていて快適だった。 夕飯は久々に定番でない料理が出て来て美味しかった。(本日の万歩計による歩数は30500歩。)
《7日目》4月20日(月)午前にダンプスから下山してフェディ(1130メートル)まで2時間かけて下りる。しかし相変わらず、下りの2時間は本当に足、ひざに激しい負担がかかるのだ。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

波田の励みはトライアスリートの本山氏も ”きつぃなぁ!ミィはいるなぁ!(関西弁で筋肉痛になるなぁの意味)と言い、隊長の石川氏もヘロヘロになったと弱音をはく時に安心を感じるのだ。それは ”良かった!こんなアスリートの二人が疲労困憊しているのだからオレが疲れても当然だぁ!” と安心するのだ。 そしてついに最初にスタートした場所であるフェディーに戻って来た。もうこれ以上、下り階段だけは見たくもないという程に足腰は疲れた!! でも心地よいんです。あぁぁぁ良い旅です。(本日だけで7200歩)          そしてポカラにて湖畔の中華料理店でランチをしてから、空路でカトマンズへ。 通算計算したら今回のトレッキングで13万歩以上を歩いた事になる。素晴らしい体験になりました。ジュウーサンマンポ・・・・ 夕飯はカトマンズのネパール料理店にて、踊りを見ながら平和な時間。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

《8日目》4月21日(火)今日は悲願であった、ヒマラヤの山々を空から見る旅ツアーに参加。カトマンズの国内線空港からプロペラ機でヒマラヤ上空までひとっ飛び!その景色の素晴らしさたる生涯忘れられない景色でした。迫力は満点! しかし石川隊長は本当にスゴいのが『あの山はナンですかぁ!?』の質問に『あれは○○○山で標高○○メートル、そのトナリは○○山で○○メートル、あの山はアタックが難しい・・・あの山はまだ日本人が登頂に成功していない・・・』と完全に”登山オタク”なのだ。 先生の登山の美学は8000メートル以上の山に重装備で登るのは好きではなく、少人数で軽装備でサクッと7000メートル級を軽く登るのが好きなのだそうだ。 一時間のフライトから帰り、そのまま市内観光旅行に出かけた。世界遺産のバクタプール(バクダッドのプールと記憶)を訪れた。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

この街が世界遺産だということは、行ってから知った。その看板をみていきなり有り難い気分になったのだ。ランチはこれまた波田の悲願であった ”ヒマラヤ蕎麦” を食べた。 ネパールは蕎麦の実の産地で美味しい蕎麦が食べられると何かの本で読んだ記憶があったのだ。 事実、美味しかった!! 食後はまた別の街、パダンを訪問。 夕方に激しいスコールがあったが、こんなスコールを体験すると、この街がアジアで雨期を迎えているのだと実感する。夕飯は流石に、なにか別の味のモノを食べたく、イタリアンを食べに行った。しかし街は停電でイタリア・レストランもロウソクの火で超ムーディー!! この店、相当に美味しくて4人でワインを3本とグラスで数杯いただいて、散々食べまくり、なんと御会計は5000円チョイ!(全員分で!) いきなりカトマンズの街が大好きになる体験だった。 ホテルに帰ってダイちゃんは四人の1000枚近くの写真を整理し始めて、今回の旅のDVDの編集を開始した。波田はトナリのベットで平和にお先にお休みした。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

《9日目》4月22日(水)バンコク経由で東京へ!! 帰って風呂に入ろう!!帰って白いゴハンを食べよう! 世界にはまだまだ行かなくてはいけない場所が、ゴマンとあるではないか!!  仕事もしなくちゃ!! こんな旅をすると、本当に身体にエネルギーが湧き出てくるのだ。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

注釈※1 石川龍彦(EX-ダイヤモンド)ホンマもんの登山家(アルピニスト)京都大学在学中から登山三昧!そして就職は休みが多いとの理由で、高校の教師に!(普通、京都大学卒業者は教師にならない(^ .^)y-~~~)長い休みをフル活用してヒマラヤに何度も登頂。それだけでなく後輩育成に尽力。ド素人の仲間を従え、冬山へ!アコンカグア(南米最高峰)やキリマンジャロへ(ー)! 以下は、登山好きならばぶっ飛ぶ登山歴&プロフィールです。
京都大学卒。
日本ヒマラヤ協会理事
協会発表の登山家ランキングでは日本のトップ20に入るほどの実力。
登山暦 主なもの
海外登山 1979年 韓国/インスボン、 岩登り 1980年 カナダ/ヴィクトリア、テンプル他 1983年 旧ソ連/レーニン(7134m) 隊長、登頂 1985年 旧ソ連/コルジェネフスカヤ(7105m)隊長、登頂 コムニズム(7495m) 隊長、登頂 1987年 アルゼンチン/アコンカグア(6959m) 隊長、登頂 1989年 インド/ヌン(7135m) 隊員 1996年 中国/ムスターグ・アタ(7546m) 副隊長、登頂 1997年 中国/ニンチンカンサ(7206m) 登頂 1999年 アルゼンチン/アコンカグア(6959m) 隊長、登頂 1999年 中国/チョムカンリ(7048m) 隊員 2000年 カザフスタン/ハンテングリ(7010m) 隊長、登頂 2002年 アルゼンチン/アコンカグア(6959m) 隊長、登頂 2003年 タンザニア/キリマンジャロ(5895m) 登頂 2003年 パキスタン/パスー東峰(7295m) 登頂