9月23日に行われた格闘家・福井エメラルド達成ラリーのアフターパーティー

9月23日に行われた格闘家・福井エメラルド達成ラリーのアフターパーティー の集合写真。カラテの模範演技、強力バット割り、瓦割り、空中回しゲ リ・・・・何がナンだかわかない楽しい恐ろしい可笑しいパーティーでした。痛 みがないのが幸いだった。  浦安東急ホテルにて。

9月23日に行われた格闘家・福井エメラルド達成ラリーのアフターパーティー

下田《オキラクハウス》で和み。

岩永クラウン、山本聡ダイヤチーム、サブちゃんダイヤ他大勢が 下田《オキラクハウス》で和み。みんなでサーフィンして昼からビールでカンパイじゃー。幸せな夏のヒトトキです。夜の宴も激しかった!!。今回は聡チームは秋から冬にかけての風呂造り&庭造りプロジェクトに参加で労働者としてお手伝いしてくれたお礼。皆が楽しんでくれてウレシイです。

岩永クラウン、山本聡ダイヤチーム、サブちゃんダイヤ他大勢が 下田《オキラクハウス》で和み。みんなでサーフィンして昼からビールでカンパイじゃー。幸せな夏のヒトトキです。夜の宴も激しかった!!。今回は聡チームは秋から冬にかけての風呂造り&庭造りプロジェクトに参加で労働者としてお手伝いしてくれたお礼。皆が楽しんでくれてウレシイです。

6月26日、沖縄でビギン主催のイベントに参加。

6月26日、沖縄でビギン主催のイベントに参加。翌日は昼間にミーティングをして150人が集合。アフターは琉球民家を再現した居酒屋の庭を借りきって宴会。5時半から深夜まで飲んだ。そして皆から”サンシン”(沖縄三味線)をプレゼントされて感激。大平グループ、祝嶺グループ感謝!!。

6月26日、沖縄でビギン主催のイベントに参加。

6月27日 朝からウエーチーのガイドでお気に入りの”沖縄癒しの旅”に出た。

6月27日 朝からウエーチーのガイドでお気に入りの”沖縄癒しの旅”に出た。ブッチーもトシハチも感動。そして夜の便で東京に戻ろうと思ったら空港にタレマクを持ったウエーチーグループがサプライズ待ち伏せ!。ケーキまで用意されていて本当に驚いた!!。感激したなぁぁ。感謝だょぉ!。

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ディスカバージャパン! 大井川鉄道ナウ!

最初に申し上げるが、オレは”鉄道オタク”の部類ではない。ただ、どこかのカレンダーかポスターに貼られた大井川にかかる壮大な鉄橋を走り抜けるSLに哀愁を感じて、いつかはその車窓からの眺めを堪能したいと思っていた。小さな夢の実現が叶った一日なのだ。

ディスカバージャパン! 大井川鉄道ナウ!

大井川鉄道は静岡県の島田市の山の方、金谷からアルプスに向かう森林鉄道だ。そこをレトロ感いっぱいなSLが、ものスゴい牧歌的な茶畑、そして大井川沿いの秘境の中を約100年近く前に作られたSLが快走する車両に乗れるというスペシャルな体験が出来るのだ。 ハイシーズンでは無い為にSLの本数は限られていて正午頃の新金谷駅を出発した。汽笛と共に昭和16年製のかなりレトロ感むき出しな車両が可愛らしい蒸気機関車C11に引っ張られて出発。これは蒸気機関車の動態保存(博物館にてお役目を終えて展示するのではなく使用しながらメンテして残す。)をしているのだ。

ディスカバージャパン! 大井川鉄道ナウ!

今時の列車にはない窓が手動で開くので風をビュンビュンと感じられるし、なによりSLの汽笛や機械音がリアルに聞こえて来るのが嬉しい。SLで向かうのは千頭駅。所要時間は約1時間。車窓からは見事な色の大井川と急斜面にまで広がる茶畑の絶景だった。千頭駅からは、可愛らしい電車に乗り換える。この路線は元々は長島ダムを建設する為に中部電力が開発した路線で、完成後はその線路を使って観光用に開発されたもので(南アルプス・アプトライン)アプト式という日本一の急勾配を電気機関車とディーゼル機関車で登るモノ。

ディスカバージャパン! 大井川鉄道ナウ!

途中の接岨峡温泉(せっそきょう)は何人もの友達からオススメされていた名湯という事で下車して入湯。ひなびた素晴らしい温泉で、たしかにお肌はツルッツルになった。ここは鉄道マニアだったらたまらない路線なんでしょうねぇ。 東京からわずか2時間程度の距離でこの信じられない程の景色と体験ができるのは本当に感動でした。あなたも昭和初期にイッキにタイムトリップしてみたらいかがですか!?
大井川鐵道のHP http://www.oigawa-railway.co.jp

コーカサスへ行こう!2014!

2014年ゴールデンウィーク明けの5月7日から今年度の”変態旅行友の会”定例的なツアーが始まった。
昨年の暮れに相談した結果、攻めるはアジアの左側、カスピ海、黒海の沿岸地帯と決まっていた。細かい国が数多くあるし、一般的には知られていないが自治国みたいに”国”に発展する過程の国もある。
その移動は政治的、宗教的、交通手段的に簡単ではなく、例えば自治国であるナゴルノ・カラバフなる場所に行ってしまったら二度とアゼルバイジャンには入れない。が、アルメニアに空路では飛べるとか・・・?)2週間という限られた時間の中で、どのように移動するのが的確なのかなど、仲の悪い隣国同士の移動は想像以上に面倒なのだ。本来バックパックで巡回するような地域なのだろうけど、さすがにこの歳になって、それは辛過ぎる。だからと言って、そんなに莫大なお金がかかるわけではないので、そちら方面に強いある旅行会社に手配を依頼した。

《1日目/5月7日》
成田を午前中に出発し11時間後にトルコのイスタンブールを経由、さらに2時間飛んで、最初の訪問国であるアゼルバイジャンの首都であるバクーへ。ホテルへ到着したのは東京の家から丁度、24時間。それは早いのか、遅いのか!? とにかく無事に到着。フライトは昼便だったのでひたすらに映画を見ていた。(オレは5本見て、頭がグチャグチャだ。)

《2日目/5月8日》
昨夜は深夜の到着だったので遅めの朝メシ。ガイドのスレイマンは長身のおしゃべりな男、真面目でひたすらにアゼルバイジャンの歴史を語っていた。国の象徴である”炎”のフレームタワー(ガラスの3本建つビル)や、ハイデルアリエブを見学、さすがに石油や鉱石の産出国だけあって豊かなのか、町にはゴミ一つ無いのが印象的だ。 午前中は現代美術館を見て、ランチはビジネス・ビルの最上階ペントハウスのカッコいいレストラン。ここは美味しいしカッコは良いけれど、残念ながら目指しているものとは違ったなぁ。
午後は世界遺産のメイデンタワー(乙女の塔)。建造は6世紀頃に下の部分が出来て12世紀に上の部分が作られた。ゾロアスター教からイスラム教に移り、時代を見て来たタワーで、様々な神秘的な作り方をされているのだ。まわりではアートフェスティバルが開催されていてとても賑やかだった。

コーカサスへ行こう!2014!

世界遺産のシルヴァン・シャフ・ハーン宮殿を見学。現地の日本語堪能なガイドの説明と我々のスレイマンが言っている事が違っていて、指摘したらケンカ寸前(笑)
夕方は旧市街をブラブラ。実にキレイな町で女の子も可愛いし楽しい時間だった。パームツリーなるカフェ、まわりに植わっているのはシュロの樹でどうみてもパームじゃないんだけれど大目に見よう。夜はガイドに教えてもらった地元民向けのレストラン、ここは美味かった。
FIRUZE Restorani (+994 12) 493 96 34
firuzerestoran@mail.ru

コーカサスへ行こう!2014!

《3日目/5月9日》
晴れ!気持ちが良い朝!
8時に出発してグルジアのトビリシに向かう。途中、聖域であるデリババ・モゼリウム、シルバン王国の旧都シェマハを訪問。今日は国境まで6時間、更にトビリシまで2時間半のドライブ。けっこう一日中、移動日という感じ。
アゼルバイジャンの独裁政治を司る大統領の誕生日という事で祝日なんだけど、途中の町でその関係の通行止めが入り、随分と遠回りをする結果になってしまった。ランチは農家みたいなお庭で昼食。壷に入ったスープが美味かった。
国境はかなりスンナリ。緩衝地帯がかなり幅があり、そこをスーツケースを引きながら随分と歩いた。 グルジアのガイドは随分と変わった日本人だ。(この男が後半で諸問題を勃発!)山の頂上のリゾート地みたいな場所でビール休憩する。トビリシは想像以上に発展した素晴らしい町だった。夕飯はガイドが連れて行ってくれたレストラン。
SHEMOKIHEDE GENATSVALE
No5 Marjonishvill st Tbilisi
電話 (+995 92)2 91 00 05

《4日目/5月10日》
グルジアの首都トビリシでの朝! 川沿いをアンドリューと一緒にウォーキング一時間。これかなり良い時間だった。
世界遺産ムツヘタのジュバリ修道院、スヴェティス・ツホヴェリ大聖堂を見学。そしてグルジア軍用道路を通ってコーカサス山脈を観光。ランチでガイドと一悶着。そこからトビリシに引き返し、トビリシの町を見学。2000年に完成したグルジア聖教の教会など見ようとしたけど短パンで拒否された。

コーカサスへ行こう!2014!

古い教会を見ていたらその脇のホテルの屋上のバルコニーが気持ち良さそうなので、そこで軽いカクテルアワー!絶景の景色で雰囲気も最高。トビリシにしては相当な値段(6人で8千円程度)だったけど幸せな時間だった。
HOTEL KOPARA
8/10 Chekhov Str Tbilisi 0103 GEORGIA
995-32 2775520

その後、ホテルの近くで2軒目。グルジア料理のハジャプリ、カッテージチーズ&パイ、オジャクリと言う 家族的な煮込み料理。ハーチョと言うクッパビビンバみたいなのも抜群!

コーカサスへ行こう!2014!

《5日目/5月11日》
トビリシからアルメニアのエレバンへ! 国境超えのイミグレーションの係官ってどうしてあんなに気分が悪い奴らなんだろう。無事にアルメニアのガイド(アーシャ)と会えて一路、世界遺産のハグパト修道院を見学。ランチはイノブタ料理の店。雰囲気ヨロシク野菜が沢山食べられて幸せだった。玉田の誕生日ということで、グルジアでゲットしたワインTAMADAで乾杯!二本を制覇して車に乗るなり撃沈。午後はサナヒン修道院を見学。セバン湖は琵琶湖の2倍のサイズ。と言われてもピンとは来なかった。宿泊のAQUATEK HOTELへチエックイン。どうして巨大プールにウオータースライダーの付いてるホテルなの?(笑)男四人で!?
夕飯はエレバンで人気のアルメニア料理の店! ココは満塁ホームラン。5人で散々食べてワインを二本飲んでお一人様1200円弱! 安っ!
TAVERN YEREVAN
Amiran str 5
545 545 52 58 01
www.pandokyerevan.am

《6日目/5月12日》
アルメニアのエレバン滞在日2日目。早朝5時に起きてクルマでナゴルノ・カラバフ共和国に向かう。ここは予定になかった自治国なのだ。昨日、ガイドと話していたら行けない事はないという事で満了一致でGO!(ドライバーなどの追加料金が約5万円程度。そこまでして行くんです!)途中、キャラウンジというイギリスのストーンヘンジみたいな巨石群を見学。石の古さから紀元前4500年前と推定されたそう。ちなみにイギリスのストーンヘンジは紀元2000年前のモノ。それはそれは感動したなぁ。 ナゴルノ・カラバフ共和国の税関はビックリする程にサッパリしていた。税関っぽいモノも国境警察も無くすんなり入国と思いきや、小さな外務省的な役場に行って書類を提出。そしてビザを発給してもらい一人3000ドラム(US8ドル)を支払った。まぁ、この小国の税金の”タシ”にしてもらえれば幸いです。そして可愛い商店街的な道にクルマを停めて、ランチにピザを急いで食って帰路に着く。運転手のニコルさん、本当に有り難う。

コーカサスへ行こう!2014!

そしてこの小国でオレは人生史上100カ国訪問達成! おめでとう!自分! 目標の152カ国まであと52カ国、楽しみです。
帰り道は世界遺産の洞窟教会”ゲハルト修道院”を見学。一枚岩を彫り貫いた礼拝堂はもう圧巻。丁度、到着の直前で雨が降り出していたが、修道院の滞在中のみ晴れて部分的に青空がのぞく。雨上がりの強力なマイナスイオンの中で、夕焼けがうっすらと山々の岩肌から深緑までを包み込んで、神秘的な空気を作り出していた。
その後、小さなパルテノン神殿みたいなガルニ神殿を見学。観光ガイドにライトアップされていた写真が出ていて、それは素晴らしかったが、ライトアップは週末だけみたいで期待は出来ない。行ってみたらすでに閉館していたのに、ガイドのアーシャは門番を呼んで開けさせて見せてくれた。照明が全て消えていて闇の中なのに、ほぼ満月の月が雲の間から強烈な光を出し雨上がりの水に反射する。そして全ての建造物が青みがかった光で覆い尽くされ、まるで現世では無いみたいな世界になっていた。これ生涯忘れない景色だと思う。
その後は町に戻って相当に遅い夕飯となった。食事は昨日と同じレストランTAVERN YEREVAN。同じ店に連続で行くなんて例がない事だけれど、あまりに幅広いメニューで昨夜、食べ切れなかった後悔があったので、満場一致で迷わず決定。ガイドのアーシャは親戚のオバさんみたいに文句を付けて来て、本当はもっと色々と食いたかったのに彼女が阻止したので注文出来ずで、少々悔いが残った。でも明日(というか数時間後の深夜2時)には空港への迎えがやってくるのでいい加減にしておかないと。今夜はアメリカから参戦しているアンドリューがラストナイト。少々お疲れ気味だったけど奴がいてくれて楽しかった。

《7日目/5月13日》
早朝2:00にエレバンの空港へ。ポーランド航空4:30でワルシャワ経由でルーマニアのブカレストへ! 途中のワルシャワではトランジットが5時間。PRIORITY PASSのおかげでラウンジでゆったりタイム。Wi-Fi、シャワー、軽食、飲み物はアルコール込みでフリー。本当に助かります。
時差の関係で15時過ぎにルーマニアのブカレストに到着。ハンガリーはブタベスト・・・間違いそうだ。待ち合わせは気をつけましょう!
早々にブカレストの市内を見学。といっても唯一観光したのは、”国民の館”と呼ばれる宮殿のみ。部屋の総数が3107部屋というハンパ無い建物で建築物のデカさではアメリカのペンタゴンの次にデカいらしい。贅を尽くしたとあるけれど、そんなに豪華絢爛には見えないのはどうして!? 独裁者チャウシェスク大統領が国民の血税で作ったモノで、地下には核シェルターまで準備されていたとか。結局、チャウシェスクは志し半ばで処刑されて、この建物は中途で終わりそうになったが、今さら止めてもどうにもならないという事で完成させた代物。 その後、小腹が空いて旧市街のカフェがまとまるアーケードのある地域へ。ただ食べられるモノが無さそうで何故か、看板に引き込まれて中華料理店へ入り、ビールと春巻き、そして海老麺を注文。少し幸せだった。
そして一路、今夜の宿泊地であるBRASOV(ブラショフ)に三時間のドライブだけど我々は車内で爆睡。何故か宿泊は町から10分以上、山に上がったスキーリゾート。少し肌寒かったけど快適。食事はブラショフに降りて町の中のレストランで。ガイドの案内だったがなかなか美味しかった。ガイドも誇らしげにルーマニア料理と言っていたけれど、どことなく全ての料理はコーカサス方面、トルコ方面から似通っている。いいレストランだったけど、やたらに明るかったなぁ。就寝。

《8日目/5月14日》
起きて準備してスキーリゾートを1時間のウォーキング。汗など1㎜も出ないくらい寒かった。9時に出発をしてブラショフのオールドタウンをウォーキングツアー。ワガママ言って予定外のケーブルカーで山頂へ。そこは絶景だった。『旅に出たら、とにかく”上”へ!』は間違いない。
その後はドラキュラのモチーフになったと言われるお城、BRAN CASTLE へ。細かいディテイルが素晴らしい城で勉強になった。階段の途中にある小さなベンチ、煖炉脇の天井の低い小部屋、無色のステンドグラスの照明器具・・・などなど。
そしてランチは途中のドライブイン的なレストラン。止せば良いのにワインが美味しくて二本をペロリ。この国もワインが本当に安くて美味しい。我々が連れて行かれるレストランは観光客価格だと察するけれどシャルドネが一本1500円程度。この店の内装が木製で木の枝を乾燥させてそこにどうなっているのか配線が埋め込まれて照明器具になっていて中々なアイデア。
その後はひたすら5時間位のドライブ。本を読んで、写真を整理して、昼寝して・・・・限界に暇だった。そして22時過ぎにヤシに到着。ガイド兼ドライバーのラードュは良く働いた。深夜でレストランに連れて行ってくれると言うけど、住宅街の中ばかり。それが営業しているから不思議な街だ。何故か確認をしたのに三人でサラダが6つも出て来て唖然。ひたすらに野菜ばかりを食べた。どういうわけだか至る所にジャックダニエルが目に付く。ということでジャック&ソーダで仕上げ。
ホテルはエッフェルがデザインしたTRIAN Grand Hotel だった。箱は豪華だけどサービスは全然!

《9日目/5月15日》
ヤシの市内観光。ルーマニアで初めての大学が出来た場所だけあって威厳のある建物が多い。午前中は新しいガイドが来てくれて観光。なぜか連れて行かれたのがガイドの卒業した大学の歴史資料館・・・(笑)一番大きくて厳格な美術館は全面改装工事中で代わりにルーマニア革命の写真展を開催していた。その後ブラブラ。ショッピングセンター&スーパーマーケットに行って度肝を抜かれた。とにかくデカイ!ナンでもある!!ヨーグルト売り場は永遠に続く。一斗缶入りのヨーグルトもあった。
そしてルーマニアからモルドバのキシナウへ移動。昼過ぎに国境を超えて新しいガイドのイーナと会えた。英語が丁寧でわかりやすくガイドとしてありがたい。遅めのランチはホテル近くのモダンなレストラン。スープにメイン、どちらも洗練されていて驚く程に美味しかった。そしてまたまたワインを二本。(BASION 060706070)
午後は教会見学などを拒否してホームセンター、マーケットを見学。夕方ホテルのまわりを男三人でウォーキング。かなりの規模の公園だった。近所にアメリカ大使館とかあるから間違い無く高級なエリアなんだろうなぁ。
夕飯はニーナに教えてもらったレストラン! 素晴らしかった!パーフェクト!
La Taifas
Chignau.str, bucuresti 67
Tel 227 692
(bucurestiとstr,Puskinの交差点)
www,lataifas.com

《10日目/5月16日》
モルドバと沿ドニエステル共和国の国境の町ディギナへ。ソビエト共産主義が色国残る街と言う事でドキドキしていたけれど、別に軍事パレードがある訳でもなく臨戦態勢でもないので普通だった。ただ街のあちこちに有事の為の戦車があったり、軍、政府関係の施設の撮影は禁止というのが緊張した。古い中世の壁、ティギナ要塞を見学。ここはモルダビアの王子によって15~16世紀の建てられたもの。高い見張り台からの景色は、ただただド田舎。
ウクライナ料理の店でランチ! これは全ての料理が真っ赤っかで、味付けもロシアのモスクワで食べたよりずっと美味しく感じた。
Kumanick
Chisinau str. V.Alecsandri.68
Tel 373 22 22 21 02
www.hutorok.md
結局、悲願だったウクライナには行く事が出来ず。しかしチトカニなるモナステリー(修道院)を見学した際にウクライナから来ていた人がいて、様子を聞いたら国境近くで昨日200人が殺されたとの事。ガイドが絶対に行きたくないと言うから自転車を手に入れてでも行こうかと相談していた矢先で、即答で却下!!アキラメがついた。
キシナウ市内に戻る。 夕飯はモルドバ料理の店! 食べたかったモノが全て食べられて大満足。そしてお値段もバカ安! ただし量がハンパじゃなかった。
Restrant Hutoroc レストラン フータロー(笑)
V、Alecsandri68 Chisinau. MOLDOVA

《11日目/5月17日》
昨日の急なアイデアで昼のフライトでイスタンブールに移動!昨日、エアーチケットまで購入したのに、最初の予約のスルーで買ったトルコ航空をキャンセルすると事件になるらしく、日本の代理店からガンガンと連絡が来ていて、またまた予定を戻して夜のフライトに変更。ガイドのイーナはイヤな顔もせずに(コメカミおさえて困ってたけど)再度、キャンセルの手配。
ワイナリーMilestii Mici は深さ80mの地下に200キロの長さの地下壕が掘られ、そこに200万本のワインが貯蔵されているというギネスブックに載るどころかギネスの表紙になっているワイナリー。もう圧巻の一言!!! ハンパ無かった。ランチは全員、食欲もわかずにレストランで半分くらいは残し、珍しくワインも飲まず。 昼食後は自然史民族博物館へ! 恐竜の骨は世界に三体しかないらしく解説員のオバさんが興奮して自慢していた。
時間つぶしにショッピングモール モールドバ(このギャグが好きだ。)にドライバーに降ろしてもらって見学。ガイドのイーナとはお別れ。スバラしいガイドだったなぁ。 モールは1時間で飽きてお茶。深夜のフライトなのでホテルをレイトチッェックしてもらえたので、お部屋で引き込もリ。19時半にドライバーが来てくれてキシナウ空港からイスタンブールへ! キシナウ空港から空路でイスタンブールへ!
深夜にイスタンブール空港に到着してホテル! 宿泊は南アフリカで友達になったエレファンのホテル。とても良い場所で良いサイズ。

《12日目/5月18日》
ウォーキング1時間、街を散策!エレファンと彼のスタッフが街中を案内。なんとトルコアムウェイのダイヤモンドのアリさんがアンゴラから来てくれて一緒にランチして丘の上まで散策。とにかく積極的な人でオモシロかった。本当に感謝だ。ディナーはエレファンと友達のブラク、もちろん千鶴さんと一緒に海辺のオシャレレストラン。有り難いね!!

《13日目/5月19日》
帰国日なので朝からパッキング。その後、三人で旧市街やマーケットを散策。そして悲願のサバサンドを食いに出かけた。今日もエレファンのスタッフが一緒に来てくれて案内。英語も良く通じないけれどとても素敵なスタッフだった。サバサンドは感激の一言!昨年食った対岸のサバサンドはナンだったのか!?
夕方のフライトで帰国の途へ!!

今回は全く期待していなかった旅・・・ガイド読んでもそんなに見所もないし、世界遺産も地味! ところが聞くと見るでは大違い。スバラしい体験の連続でした。そして食生活の充実ぶりはスゴかった。移動距離はかなりだったので体力勝負なところがあったのは否めないけど、とにかく良い旅ができました。   みんなありがとう!!来年もヨロシク!

コーカサスへ行こう!2014!

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

今年も恒例の変態ツアー。別に変態ヤローが集うツアーではなくて、人が決して行きたがらない場所を好んで回るというツアー。 オレ自身としては4月に中米五カ国を回って一週間後に、この旅に参加! ロシアでお仕事が少々あるが総体的には物見遊山かもね。
毎度ながら、そこに行く理由・・・行った事が無いから!(笑)

《一日目/5月8日 成田からモスクワへ》
アエロフロート(SU261)にて一路、モスクワへ。以前アエロフロート(ソ連航空)に乗ったのは33年前のヨーロッパ貧乏バックパッカー時代の事。やたらに機材がボロかった記憶しかない。当時はまだ東西冷戦の壁もある時代。モスクワの空港は軍用空港みたいで戦車が止まっていて機関銃を所持した兵士がそこら中にいた。
今回の旅は飛行機の乗り換え自体が少ないので気が楽。(やはり乗り換えが多いと荷物の心配が増えるんです。)モスクワとの時差は5時間(夏時間)なので夕方に到着。北極圏に近いロシアはこの季節は白夜と呼ばれる時期に近づいているので昼時間がやたらに長くなる。タクシーでホテルまで、いきなりタクシードライバーの先制パンチを頂戴した。アムウェイ社の配慮で空港まで迎えのクルマが用意されていたが、そのタクシー(アウディーA7)のドライバーは何を勘違いしているのか映画トランスポーター(カーチェイスとアクションが連続の人気映画、主人公はアウディー、悪役はメルセデスと決まっている)を見過ぎたのか、5車線の一般道で全車線をフルに活用して追い越し、蛇行運転、終いには最高速190キロを確認した。アウディーは高性能をフルに発揮されている。とにかくホテルに着いた時には安堵感でいっぱい。生きている事に感謝した。
ホテルはなかなかご機嫌な作り。アンドリューとも合流出来てディナーを! 当然にロシア料理とおもいきや、近所にレストランは一軒しかなくて選択の余地無し。外は地味でも中に入るとやたらにデカイ店で男性客は男性客同志、女性は女性だけで来ている確立97%。これまた好奇心の湧く所です。料理はロシア語のメニューを解読出来るはずもなくて近所のお客さんの食べているモノの美味しそうな物を指差して注文。今夜は肉に始まり肉に終わるというディナー。大皿にドンドンとバーベキューされたマトン(彼らはシープと呼んだ。)チキン、ポークがガンガンと盛りつけられダイナミックです。それをロシア人っぽいと勝手に判断してウオッカで食ったら時差ぼけな上に頭がグラグラ(笑)死ぬ思いで100メートル近のホテルまで帰って就寝。

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《二日目/5月9日 モスクワからサンクトペテルブルグへ》
午前中に国内線にて移動。昨日みたいなタクシードライバーでは無くて安心。フライトは、わずか一時間でサンクトペテルブルグに到着。カナミちゃんのロシアのお友達でアーティストのMisia親子が迎えにきてくれていてスムーズにHotelノボテルへ。そこでロシア?アムウェイの事実上のドンであるデイビット?メルカッツ氏とマーシャと会いロシア?アムウェイの様々な話を聞いた。デイビッドの両親はドイツアムウェイを35年前にスタートさせて世界でも有数の巨大なグループを作ったFCA。その上、デイビッドはロシア?AMの開業の二年前からロシア語を勉強しながら起業して友人関係からネットワークを作った強者。彼無しにはロシアのアムウェイは語れない真の立役者なんです。その後、デイビッドは我々をクルージングに連れて行ってくれて街を案内。確かに水路がイタリアのベニスの様に発達した場所だし、全ての建築物は水路に向かって建っているので水の上からの眺めは最高だった。現在、ロシアは日本のゴールデンウイークに相当する連休状態なのでお店は閉まり気味。今日は“戦勝記念日”という事でパレードが開催されていて大通りで観賞。なかなか珍しい光景でオモシロかった。ただ日本みたいに全てがキッチリしていなくてどうみても一般者がパレードに参加していたりとアバウト感が楽しい。夕飯もデイビッドが招待してくれて、そのうえ運転までしてくれて川沿いの景色の素晴らしいイタリアンに連れて行ってくれた。そこで様々な話を聞けて勉強になりました。
ホテルに遅くに帰ってチェックイン!巨大なホテルに驚いた。かつて泊まったどこよりも長い廊下でビックリ。イメージ的には30年前のモダンなホテルのスイートって感じ。そのスイートに四人泊まってます。

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《三日目/5月10日、@サンクトペテルブルグ》
朝からエルミタージュ美術館に向かった。珍しく雨だった。ロシア人はサービス精神なんて何も無くてちょっと困りもん。結局、裏技を駆使して最短で入る事が出来た。エルミタージュ美術館はなんと言っても世界四大美術館の1つ(メトロポリタン、大英、ルーブル、そしてエルミタージュ)展示物の量も質もハンパ無い。ピカソ、マチス、ゴーギャン、ユトリロ、セザンヌ、モネ、レンブラント・・・東京だったら一作品で一部屋で展示するであろうモノをギュウ詰め状態で展示。美術館の箱自体も驚異的な豪華絢爛な作りでビックリ。なんだか素晴らしく目の保養になった午前中でした。スパース・ナ・クラビィー教会(血の上の救世主教会)はもう圧倒、どうしていちいち何もかもドデかくて荘厳なんでしょう! モザイクの作品としては世界最大。個人的には壁画より管理が楽チンだなぁなんて思ったりして。 そしてイサク大聖堂の展望台を頂上まで登って街を上から見学。もうお腹がイッパイ!! でも本当のお腹は空いて来て、そこから近所のガスプロム社(世界一の株価の会社)のビルの最上階にある“GINZA PROJECT”なるレストランに乱入。どこを銀座から学んだかは分からないけど受付には、美人を越えて生きたマネキンというか身長180センチにハイヒールで完全に上から見下ろされた美人受付嬢が案内してくれた。英語の質問には馬鹿っぽい答え。(なんだか納得)席に着けば先ほどのイサク大聖堂を見上げる景色の全面ガラス張り。街が世界遺産であるサンクトペテルブルグではこんな建築は簡単には建てられず貴重な存在にも思える。メニューは実に銀座。オイスターは一個1000円。ワインのグラスで1500円から。これって高いのか、または円が弱まってるのか。どっちにしろ気取って和むオレ達ではないから適当に飲み食いして退散。十分に社会科見学にはなった。(でも4人で3万円は支払った。しかし初任給が3万円の国でねぇ。)   帰りがけに庶民的なワインバーに寄ってから帰宅。

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《四日目、5/11サンクトペテルブルグ二日目》
宿泊しているホテル(Azmut Hotel St.Petersburg)の朝食が激しい。どれだけ大人数が泊まっているかは計り知れないけど朝食会場の列は100人は列んでいるのだ。とにかくロシア人は列に並ぶ事に何の抵抗も無いみたいだ。いつでもどこでも列ぶのは、長らく共産主義の時代に配給制度で鍛えられた過去があるからなのか。
今日は午前中からAMのマーチャンダイジングセンターを案内してもらい、その後はデイビッドのAMのオフィスに連れて行ってもらった。そこには彼のビジネスを過去を物語る様々なモノが所狭しと飾られていた。そこでカナミちゃんの友人のアーティストのMissaもサインでオモシロい展開に! 午後はエカテリーナ宮殿に“琥珀の間”を見学に行った。
エカテリーナ宮殿は300メートルも続く荘厳なゴールドの館。もう圧巻!! ここも例外に無く長蛇の列で入場には一時間以上は待たされたけど、見て良かった! コレ逃したらダメでしょ。お庭も素晴らしい作り込みでした。しかしこんなモノ、庶民が見たら怒るのも無理ないね。そこからアンドリューを空港に送りかたがた街に戻った。(途中で食べたファラフェルなるサンドイッチ、メチャメチャな美味さでした。)
グランドホテルで北野の友達の坂田君と待ち合わせて合流。彼は日本の某自動車会社の転勤でこの街に移り住んだばかり。住宅など手厚い会社の対応には驚いた。家を見せてもらって様々な現地の話を聞いた。夕飯は彼の推薦してくれた近所のロシア料理専門店。なかなか美味しくてラッキー。その後はせっかくカナミちゃんといるんだからバレエ観賞という事でチケットを取ってもらって観に行った。お題目は“白鳥の湖” カナミちゃん(モスクワのボリショイバレエを卒業している。)だけど解説してもらったらオモシロさが倍増! 二時間半は意外にも短く時差ぼけが残っているので心配だったけど無事に乗り越えられて良かった。終了後は坂田君のクルマで市内の川沿いにて夜景見学。ありがたい!!
そうそう今日は玉田君の40歳の誕生日!! ハッピーバースディー!!

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《五日目、5/12、モスクワへ!》
朝イチにサンクトペテルブルグからモスクワに戻る。ホテルにて北野の弟君と待ち合わせをして街案内をお願いした。彼はこちらに、もう20年も永住をしている。地下鉄を乗り継いでホテルから市内に入る。途中で中華料理店に入ったが醤油味が有り難かったけど化学調味料が激しかった。その後は“赤の広場”へ。もう何もかもがデカい事、ハデな事!皆でクラシカルなモールみたいな中のカフェでお茶をした。カナミちゃんの友達のアンニャも面白い子だ。そこから北野兄弟とは別れて、我々はモスクワの若者が集まる東京の原宿的な店のあるアルバート(?)を歩いた。しかしオシャレな店は見つけられず。ここにも沢山の“FREE HUG”と書いた紙を持った女の子に会った。これ世界的な流行り!?でも他人でもハグしあうと幸せ感が出て来る。 またそこからひたすらに歩いた。ロシア人はとにかく歩くのが好きらしくレストランまでトータルで2時間近くを踏破!健脚が自慢のオレも足がグラグラ。レストランは結構、スノッブなテントみたいな店。オシャレにアレンジされたロシア料理が中心で楽しいひと時。カナミちゃんはボリショイバレエを見学するとの事で一人だけ別行動で玉田とオレ、そしてアンニャと三人での食事。アンニャはかなりの旅好き。カトマンズからヒマラヤの麓のチベットにも行ったし、かなりの日本通で長崎から東京まで電車でずっと旅したと聞いた。22時近くにカナミちゃんと合流して川沿いのロシア聖教の教会前の美しいカフェにてワインを飲んだけど~~~眠くて死にそうだった。まだ少し時差ボケが残っているみたい。

《6日目 5/13 タリンへ!》
午前中のフライトでタリンへ!(この時点でオレはタリンはどこの国かわかってない。笑!)・・・・・・タリンはエストニアでした。(笑)基礎知識なし、そして既成概念と想像力だけだ。空港に到着するなり驚いた。近代的というかわかりやすくいえば対岸(約二時間の船での移動)はフィンランド、要は北欧文化圏なのだ。デザインが見るからに北欧。早々にレンタカーのハーツにてクルマを借りた。日本で予約をした時には三国にまたいでレンタルする場合はカーナビが借りられないと言われていたので少々心配していたけれど難なく貸してもらえて一安心。結構、安っぽいナビなんだけれど使ったら驚く程に高性能。そしてこれまた心配した道路標識だけど英語表記もあって助かった。一路、旧市街を目指す。玉田が旧市街地と新市街の間にあるホテルを昨日、ネットで予約をしておいてくれたのでチェックイン。清潔で三人で泊まっても問題なし。市街地に出てみたらなかなかいい町だ。そのサイズ感が好き。そして城壁に沿って街路樹も青々としてて気持ちがいい。するとそこにセグウェイの店を発見。なんと一台一時間で35¢(レートが悪くて約5000円)玉田と北野は初体験なのでトライ。先月、コロンビアのカルタヘナでボクが初トライした時はガイドがついていたけれど、今回は野放し。ボクが経験がある事を言うと『二人に教えてやってくれと!』自由奔放な貸し主。ヘルメットもお好きにと!(笑)
一時間で旧市街地は全て走る事が出来て大満足。本当にセグウェイはこんな街では便利だ。その後、ブラブラするけど歩くと遅くて・・・なんだか寒くてHOLUGHOFが近所のブランドだと思い出し探したけれどアウトドアショップとかがまるで見つからない。市民権ないのかなぁ!? 近所の洋服屋さんを見ていたら衣類がかなり安い。ここ恐らく繊維の工場があって中国的に近所の国のブランドのカジュアル服を作っているのではないかなと勝手に推測。夕飯は昼の散歩時に古着屋のカワイイ店員さんに聞いたスペインバルの店を訪ねた。これが満塁ホームランな美味しさでタリンの街が大好きになったのは言うまでもない。旅においてメシが美味いか、不味いかは大変重要な問題だ。

ノルディックホテル
『alter ego』オーナーはJuan Borras
Roseni8,10111 Tallinn Estonia +372 54560339
http://www.alterego.ee

エストニア・タリンのオシャレなレストラン

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

《7日目、5月14日タリンからラトビアのリーガへ!》(324キロ) 朝は早めに出発。エストニアのパルナのビーチに向かう。というか通り道なんだけど。初めて見たバルト海は今まで見た海とは違う雰囲気。外海でないからウネリも無く風波だからか。何かの鉱物が川から流れ込んでいるからか水がコーラみたいな色なのが印象的。砂は細かく真っ白だった。(早々に収集!)ここは古い別荘が並んで樹々も美しく、まるで“海の軽井沢”という感じ。街を見たけど何もない。なんだかこんな事を想定してランチはサンドイッチを作ってあった。というのもノルディックホテルの朝食が素晴らしく豪華で美味しかったので、サンドイッチの具材も完璧という事で作って持ち出したのだ。なんとマメな三人男であろうか! でもおかげで公園で美味しいサンドイッチを日光浴しながら食べる事が出来て幸せ。 その後、国境を越えたけどとても緩い査察。ボクの88カ国目の訪問国であるラトビアに入った。結構、大きな街で驚き。そしてキレイだ。さすがにリーガは“バルト海のパリ”と言われるだけのことはある。街をグルっと車で回ってみたけれど渋滞が結構激しい。そしてやっと駐車スペースを見つけたら現地通貨の“ラッツ”を持っていなくて、駐車のパーキングメーターの代金が払えない。時々通る通行人に?(ユーロ)と交換してもらってなんとか投入。(海外で交通違反するとしつこいし後々面倒なんです。)歩いて旧市街地を回った。様々見ているうちに聖ペテロ教会の展望台に登る事になり両替までして入った。夕方で閉館時間もわかっていたのに教会の一階で展示していたピューリッツァー賞の写真展に完全に釘付けになってしまい、結局、展望台に登る時間を惜しみ見入ってしまった。この写真展は衝撃的だった。街をブラブラと徘徊して夕飯はスペアリブ専門店へ。別にそんなに食べたかった訳ではないけど看板に“二品オーダーしたらワイン一本サービス”とあったのが気に入った。スペアリブは甘いバーベキューソースみたいなのが嫌なので念を押したが、結局甘かった。せっかく持参の醤油とワサビで食べようと画策していたのに・・・・
ホテルは現地で見つけたOLD CITY HOTEL. トリップアドバイザーの推薦通りにステキなホテルでした。

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《8日目、5月15日 リーガからリトアニアのカウナスへ!》(316キロ)
駐車場代金は約1500円、結構高いなぁ。そのまま旧市街地を見学した。ビクトリア様式は美しいには美しいけど趣味ではない。一路、十字架の丘へ!ここはソビエトの宗教弾圧に反して民衆が十字架を小さな山に飾り始めて、結局、ソ連も政府も撤去できなかったという反逆の証。数十万といわれる大小の十字架が飾られていて圧巻!空気も澄んでいて気持ちがよかった。ランチは街の中心部の木陰でサンドイッチ。不味いピザとか食べるより100倍良いかと思う。カウナスに到着して杉原千畝(すぎはらちうね)記念館を訪れた。杉原氏はナチスドイツから迫害を受けて処刑される運命となったユダヤ人を政府の意向に反して勝手にビザを発給。結局6000人のユダヤ人を救った偉大な日本人外交官。外交官としては許されない事をしたが、人道的には正しい事をした素晴らしい誇り高き日本人なのだ。その後、要塞を改造して収容所や牢獄にした「第九要塞博物館」を鑑賞。全体がものすごい巨大な公園でそよ風の“音”が聞こえて感動した。カウナスに到着。ホテルは予約無しにカウナスシティーホテル。素晴らしかった。そして値段もトリプルで8000円弱。清潔そのもので大満足。ディナーは何故か嗅覚が働いて入ってみたら満塁ホームランだったMOKSYA。インド料理なんだけど、かなり都会的にアレンジしてあって、スパイシー感も抜群!『まさにこんな味の料理が食いたかった!』と叫ぶ美味さ。そして三人でワインを3本飲んで8000円弱!マジックアワーから夕闇に変わる時間をも楽しめた。最高です!

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《9日目、5月16日、リトアニアのヴィルニスへ!》(228キロ)
またまたクセで朝食のレストランでサンドイッチを制作してしまう。リトアニアのカウナスから、まずは水辺のお城であるトゥラカイ城。道の左右が湖に面した素敵な場所。まわりには何十もの湖が連なっている。到着して、そのまま桟橋に停泊していた小さな観光船に乗って湖クルージング。豪邸も見学したし、カッコイイ建物なのに廃墟と化したボートハウスを見たりと楽しい時間だった。ランチは水辺のカフェでビーツの冷たいスープと名物のキビナイを注文して作ってあったサンドイッチをベンチでいただく。コレはコレで相当に満足! その後、湖の真ん中の城を見学。そして世界遺産の丘まで行ったが、遠い割には感動無し。確かに場所はスゴいけど・・・それだけ。これが世界遺産を取れるならば富士山なんかとっくに取れるであろうにと素人は考える。ヴィルニュスの街に入った。ブラブラしていたら、玉田がセグウェイに乗っていた人を発見して業者の店まで行ってみた。三台空いていてレンタル。勝手にどこでも行って帰って来いという姿勢。これで三軒目のセグウェイ業者だけど、共通点は適当そう、そして遊び人風! 本来、ケーブルカーで行くような街を見渡せる丘を目指した。街の中に勝手に独立した“国”であるウズピオ共和国を発見!(笑) 頂上の少し手前でセグウェイは挙動不審な動き。停めて頂上に行って見学して戻ったら北野のセグウェイが完全にダウンしてウンともスンとも言わず。仕方なくセグウェイ屋まで北野は走る羽目に。多分、離れていた事で盗難防止のセキュリティーが働いたのか!?セグウェイ屋に行ったら激怒され、一緒に山までまた上がってピックアップしに行った。北野は一往復走ってご苦労様。ホテルに戻ってクルマを停めて、メシは、現地のナルミミユキさん(玉田の紹介)から推薦してもらった、La Bohemeなるレストランにて。ここが衝撃的な店でした。美味しいしエロエロだし、超カッコいい店なのに、店内のBGMにいきなりクリスマスソング・・・お会計がビックリする程に安くて感激!

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ウズピオ

《9日目、5月17日、鉄道でリトアニアから最後の訪問地ベラルーシのミンスクへ!》
今日は久しぶりにゆっくり起きた。主なる観光地は見てしまったし。今日は夕方の列車で移動。という事で駅前のホテルに泊まっていた。午前中にテレビ塔を見に行った。最上階は展望室ではなくてレストラン。365度、同じ景色に思えた。下山してレンタカーを返却する前に最後に街中をドライブ。オシャレなエリアを歩いたけどイマイチ。女性も男性も顔立ちは超カッコいいのにファッションセンスは・・・無い。ランチはヴィリニュスに在住のナルミミユキさんとオーガニックレストランへ!ここは店員さんが元受刑者というユニークな店。めちゃくちゃにキレイな店員さんが元犯罪者と思うだけでワクワクする。事実、その女性はスパイ映画に黒ずくめのピタピタなコスチュームで出て来るスパイ工作員にしか見えなかった。ミユキさんから様々なリトアニアの話が聞けて面白かった。
午後はクルマでレンタカー返却をする為、ハーツの営業所方面へ。途中、現代美術館があったので入った。かなり箱もカッコ良かった。近所のショッピングモールで時間を潰した。残念ながら購買意欲が湧く物は全く無かった。カフェでネット使ってお仕事。しかしここ数年だけでもネットの便利さは格段に上がった。どこにでもフリーWi-Fiが飛んでいて、ラインで電話も出来て、日本語でなんでも調べられる。もうどこにいても仕事ができてしまう時代なんですねぇ。レンタカーは無事に返却できて良かった。19時10分の列車なので早めにホテルに戻って荷物をピックアップして駅へ!駅から国外に出るのも久しぶりだ。けっして得意ではないので心配。メシを食べる機会も無さそう。本当に仕方がなく駅前のマクドナルドへ行ってサラダと豪華そうなハンバーガーを購入。これ10年ぶり以上だと思う。空腹になって車内で食ったら、もう一生食わなくても大丈夫な気がした。

90カ国目の訪問地、ベラルーシのミンスクに到着。夜の遅くに初めての都市に訪れるというのは何とも心もとない気分。駅前を地図を持ってウロウロする姿。オレがもしも悪人だったら最も狙いたくなる姿だ。そんな所に先ほどの列車の後ろの席に座っていた美女が『大丈夫!わかりますか?』と声をかけてくれてホテルまでの道のりを説明してくれた。いきなりベラルーシLOVEになるのは当然。ホテルまでは徒歩で5分、女の子もミニスカートを履いて歩いている位だから安全な街なのは間違いない。ホテルにチエックイン。このホテルは三人一緒ではなく、ボクだけ1人部屋。ソ連時代の有名ホテルという佇まいだ。久しぶりの休肝日でなんとなく違和感。就寝!

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《10日目、5月18日、ミンスクの日》
今日はミンスクで一日過ごす日、玉田が昨日、ガイドブックを読みながら『この街、見るべきモノは何も無いですね!』なんて言うもんで観光意欲は完全になえた。(笑)という事でゆっくりめのスタート。メインストリートであるモスコフスカヤ通りをブラブラ歩く。ナンだか地下の方から群衆が騒ぐ音が。その迫力たるや尋常ではない。気になって観に行ったら地下の大きな会場に二千人以上の若者が集まっている。良く見ればなんとゲーマーの集会。元、社会主義で自由に既成があったとはいえなんだか骨抜きになった若者を見た気がした。 見るべき物はココだけという事だがデパートなんか見てもまるで購買意欲は湧かず。旧市街に行ってみたが土曜日なのに驚く程に人はいない。いったいどうしたの!?なにか劇団員による豪勢なパフォーマンス&音楽なんていうイベントにも出くわしたけど人はパラパラ。 イタリア料理店でランチをしようと思ったけど、ここも人はいない。決して不味くはないのに。お茶して歩いていたら“大祖国戦争史国立博物館”なる戦争の記録が残る博物館が土曜日で無料開放。ガイドには生半可な気持ちでは見るな!とまで書かれていたがアウシュビッツを過去に見ていたので免疫があったから大丈夫。小学生が学校から随分と来ていて残虐な光景の写真の前で丁寧な説明をちゃんと受けていたのが印象的。ずいぶん日本と違うもんです。夕方、早めに帰ってウザかった北野のヘアースタイルを奴のヒゲ剃り機を使ってカット!切った自分が気分爽快になった。 夕方はホテルでのんびりして夕飯は先日、美女から聞いた店に行ったらなんとやってない!! 慌ててトリップアドバイザーで調べたら数件がヒット。ホテルから歩ける範囲だったので向かったら遠目に見ただけでオーラ溢れるレストラン。迷わず入店したら、驚くばかりの絶世の美女があっちにも、こっちにも!!まるで観賞用に用意されたように!メシはさすがにどれも美味しかった。
勢いに乗って二軒目にも突入。ここはピンチョス(スペイン小皿料理)の店だけど、はいった直後にライブが入って店内は激しくノリノリ状態。もう異常な勢いだった。そしてここでも女子は超カワイい。世界一と言われる所以がわかる。オレは最終日ということでウオッカを食らって撃沈! ロシア人がアルコール依存症が多いのもわかるなぁ。最後の夜はふけて行った。
(翌日は朝から移動、モスクワで5時間のトランジットタイム。北野の弟氏が迎えにきてくれてゴーリキ公園など散策。感謝です!)
とにかく何もかも新鮮なロシア&バルト海の旅!! 旅はしてみなけりゃわからない! 多くの出会い、体験が出来て生涯忘れられぬ日々になりました。

皆さんに感謝です。

Bistro de luxe
Tapas bar

ロシア&バルト三国 変態ツアー2013

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

2013年4月、今年は桜の開花も3月下旬、そして4月の初旬には散り始めると言う不思議な気象状態。それとこの旅はナンの関係もない。 しかしこの季節は世界中どこにいっても比較的、良い季節なのだ。特に赤道に近い地域は、夏だと暑過ぎて呼吸をするのも辛い気温と湿度の事もあるし、また逆に日本の冬場に訪れると、ラテン系の場所はどうも雰囲気ではないのだ。と言う事で絶好の季節。あと四月の中旬にAM社のインセンティブ・トリップのEDC(Executive Diamond Forum)がメキシコのカンクン近くで開催。とてもオトナの旅で現地集合、現地解散というスタイル。従ってその旅の前に、せっかくだから何処かに行きたいという事情もあった。地図を広げてみれば、北米大陸ではないし南米の中で何処がベストかをアンドリューと相談。時間的な事、過去の訪問地ではなく新しく今まで未経験の場所である事・・・メキシコから下の北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の付け根あたりと決定。最終的には時間的な事情、アクセスの問題で五カ国に絞られた。本当は8カ国だったんだけれど、”世界の危険な都市ベスト10”なるリストにその中の三カ国が入っていたので迷わず却下。いい歳してわざわざ危険な思いはねぇ? という事でグアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、パナマ、そしてコロンビアを攻める事になった。

《初日4月9日 ロサンジェルスで!》 最初から相当なハプニング!東京から参加の服部テッちゃんが旅の準備で大忙しの前日の13時にバックパックを背負って我が家にやってきた。その姿を見てお互いにビックリ仰天! 『どうしたのテっちゃん!そんな格好で、大きな荷物を背負って!?』 彼は出発を一日間違えてエアーを予約。もうどうにもならなくて一人で成田に向い、当然にボクは翌日に乗ってLA空港で会う事に。 従ってロサンゼルスまでは一人旅。LAは昔、超貧乏学生をしていた経験があるからファーストクラスで旅が出来るなんて余計に感動なんです。ボロボロのチァイナエアラインしか選択の余地は無かったのに・・・(涙) LA空港でテッちゃんと無事に会えてハーツレンタカーにて車をピックアップ。あまりに快晴で予約をコンパクトセダンからオープンカーに変更しようとしたけど在庫がなくて無理! オープンカーがこんなに似合う街は無いんだけどなぁ。ナビ付きも無くて、もう昔の記憶で走り切ります。実はちょうど30年前にLAを中心に一年間、暮らしていた事があるんです。

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

まずは調べておいたラグーナの”Thalia”(タリアサーフショップ)を見学に向かった。ラグーナの街は本当にご機嫌な空気!大好きな街だ。トランクスを一枚購入してランチ。サーフショップの店員さんにオススメのランチの店を聞いたら即座にいい店を紹介してくれた。その名は”スタンド”ビーガン料理(菜食主義、動物は一切食べない)の店。ここがメチャメチャに美味しかったんです。 ここで何故か想い出になる出来事が! インプラントをしていた下の前歯がポロリとナンの抵抗も無く取れた!!前歯でなくて良かった。上の歯だったら旅の間中、モゴモゴと大声で笑う事も出来なかったであろう。少々”さしすせそ”の息が抜けるのは不便だけど・・・ その後は通称PCH(Pacific Coast Highway)を抜けてニューポートのピア、通り沿いにある気になるサーフショップ、そしてベニスのAbbot Kinney地区のオシャレな店々を見て回った。少し来ない間に素晴らしくカッコ良い街に変身していてビックリだった。その後、サンタモニカで夕焼けを見て、お気に入りの道でのサンビセンテ(SanVicente)からサンセットブールバードを抜けてビバリーヒルズ方面へ!テッちゃんを観光ツアーがてらだと色々見るモノも新鮮だ。ビバリーヒルズのロデオドライブ界隈。閉店時間を過ぎているのにハデハデな世界。ここは世界の間違い無く三指が集まる富豪のエリアだけある。そしてゲイのメッカのウエストハリウッドを通り抜けてサンセットストリップでメシ。もう朝からのお元気活動の為に、男二人でラグジュアリーな食事なんて考えられなくて、そこにあったMels Drive Inn なる映画アメリカングラフティー(巨匠ジョージルーカスのデビュー作品)に登場したドライブインを再現した店に入った。これが完全なアウト!! 塩っぱいは冷たいは・・・甘かった。アメリカと言う国の最高もあれば最低もあるというのを感じたディナーであった。 エアポート近くのヒルトンに宿泊。

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

《2日目、4月10日 まずはガテマラへ!》 朝は5時に起きてそのままロサンジェルス国際空港へ! 無事にアメリカ人で日本人の神谷アンドリューと会えた。そして3人でアメリカン航空でマイアミへ!ここで時差が三時間、そして次のフライトを待つ事三時間。ラウンジパスがあったのでここでも相当に助かった。またアメリカン航空で二時間で中米のグアテマラに到着。地震が多発する国なので空港の鉄筋の柱とかが、やたらに太く感じる。そして待機してもらっていた現地のドライバーにグアテマラシティーを抜けてアンティグア(ANTGUA)まで向かう。とにかく舗装している道も悪く、舗装道路も道もグニャグニャしているのか、石畳がガタガタすぎて車は新しいのにショックアブソーバーがガタがきているのか、ひどい乗り心地だ。ガテマラシティーは危険度数は少し高めな街なのか、皆さん早寝なのか、夜の9時を廻って、人通りは至って少ない。約一時間で目的地の街、アンティグアへ!なんだかコジンマリとしていい感じ。 ディナー難民(メシを食う場所を失う事)を逃れて喜んでいたら、難民どころか案内された店は超いい感じ! ステーキ専門店なんだけどお庭とか美しく、サラダバーもご機嫌! スカートステーキ(ハラミ)が抜群。当然にサーロインも美味い!ワインも地続きのチリやアルゼンチン(ワインの有名な産地)から入ってきているからなのかお見事!!実に大満足な良い時間でした。ちなみに入り口ではライフル銃をもったSPが守ってくれていて安全何だか不安なんだか・・・・

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

《3日目、4月11日 アンティグアの街LOVE!》 朝から手配をしておいたガイドと待ち合わせ。街中をガイドしてもらった。車かと思ったら歩いて来た。家まわりの細工品や鉄細工製品がかなり可愛い物が沢山見れた。けっこうカッコ良い店もいろいろとあった。なにより人々のスマイルが抜群だった。ランチは少し観光客向けっぽい店。というかローカルは、ちょっと抵抗があるしまぁ、こんなモンかなぁ。午後は別で田舎を尋ねるみたいなツアー(35ドル)を頼んだけど、これは大失敗。5星ホテルであるサントドミンゴ・ホテルは部屋をみせてもらったがスバラしかった。併設の教会がテント作りでカッコ良かった。夜は昼間に見つけた二軒をハシゴ! 元、たぶん荒物雑貨店をそのまま上手に使ったイタリアンとワイン販売をするのはエルサボール! とにかく雰囲気抜群で作ろうにも作れない空気。なぜかそこで販売していたイルカと牛の水道の蛇口(グアテマラ製)が可愛くて3人で購入! 二軒目のビストロチンクも中々なお味!そして流行ってました。コノ街はやたらに文化レベルが高い様です。ゴミなど全く落ちていないし、物乞いもいない。とにかく素敵な街だった。 【また来たい度数5】

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

Restaurante El Sabor del Tiempo
3a.Calle La Antigua Guatemala
502-7832-0721
BISTROT CINQ
4a.Celle Oriente No 7 Antigua Guatemala
7832-3408
【宿泊】Sor Juana
4ta calle Oriente #45 La Antigua Guatemala C,A
電話 502-7832-6902
www.hotelsorjuana.com 

《4日目、4月12日 エルサルバドル!人生最後かぁ!》 グアテマラを朝の7時05分のフライトに乗る為に4時に迎えに来てもらって向かった。従って時差ぼけに睡眠不足が重なってものスゴい状況! 一時間のフライトで82カ国目の訪問国のエルサルバドルに到着。税関を抜ける時にボタンがあって青ならば無審査。赤ならば厳重に審査というアバウトな方式でアンドリューが拿捕! 今日はコノ街にはステイしないで夕方に移動。と言う事で犯罪的にも厳しい街なのでタクシーを半日雇って観光しようという事になっている。タクシー選びも慎重に!英語が話せてなるべく温和そうなドライバーを捜した。アレクシーは身長160センチ弱のかなりのメタボ。60ドル(USドルをコノ国は使う。)で交渉成立。最初は海岸に向かう。サーフィンで有名なポイントであるエルトゥンコにやって来た。かなり遠いポイントでパワーのありそうな波だった。しかし暑くて!!そして空腹で11時にはランチをスタート。ビールを飲んでピンチョス的なオツマミを食べた。そしてランチ!シーフドピラフを頼んだらバケツ一杯の分量が出て来て衝撃! 午後は市内を見学。ハッキリ言って見るところが無くてガイドも困る始末。丘の上から景色を見たり、スーパーマーケットに行ったりと過ごした。そして17時に空港に送ってもらって搭乗手続き。珍しく様々調べられて、なんと七味唐辛子を没収!凶器になるんですかね!? ラウンジで過ごした。エルサルバドル・・・人生でもう来ないのかもしれないなぁ。【また来る度数1】
18:35のTACA(エルサルバドル航空)でニカラグアのマナグアに飛ぶ。 到着後はホテルのお迎えが来てくれてグラナダ(GURNADA)という古都へ!首都のマナグアな治安が今イチなのと見るモノも無いのであえてグラナダへ。ホテルはかなりファンシーながら居心地がよさそう! 中庭のプールを見下ろすと回りにはブーゲンビリアが咲き乱れ、アマンドピンク(古いですか!?)の外壁と素敵なコントラストだ。街に出てみたら店の外の道にイスとテーブルが出され、十軒近くある店は盛況そのもの。というか流しの楽団の奏でるラテン系ミュージックにお客が踊りまくり! 完全に文化の違いを感じる瞬間だ。見ているだけで楽しい時間だった。しかしそれにしても疲労困憊!(笑) ワインも少なめに軽めのモノを選択してメシ。当然にワインは飲んだけど!
《5日目、4月13日 少し高山病な朝!@グァテマラ》 今だに時差ぼけが残って寝不足状態。緯度が赤道に近くなるごとに気温も湿度も上がってくる。夜はエアコンが無ければかなり蒸し暑い。 朝イチにツアー会社がピックアップしてくれて火山ツアー。少々、寝不足だったからエアコンの効いた車内で寝ようと画策していたら、来たバスはなんとトラックの荷台にプラスティック製のイスを取り付けたフルオープンな車・・・無理! そんなトラックに揺られ始めるとかなり爽快な風に当たって楽しい。通り過ぎる街並みを見ているだけでハッピー。休火山であるモンバチョの麓に到着。しかしトラックはシートベルトも無いのに完全は四輪駆動車で恐ろしい傾斜を登っていくのだ。その迫力たるはハンパ無い。そして山小屋に到着して山岳ガイドにモデルの前で説明を受けて、サッパリわからない英語だったので再度、アンドリューから説明を受けて出発。トイレでも済ませておこうと場所を聞いて行ってみたら驚いた! だって回りに壁も無ければドアもない。平なデッキに便座無しの便器がおいてあって、下は穴ぼこ。こんなの野糞の方がよっぽどいい!コレ間違い無く世界でもマレなトイレでしょう。これから行く人は是非、先にトイレはしっかり済ませておきましょう! 火山トレッキングは想像より過酷だった。それはボクの時差ボケによる寝不足も影響していたからであろうか、かなりバテバテだった。地熱を実際に穴に手を入れると感じられたり、谷間から湯気が出ていて熱かったりと、かなりリアルな火山を感じられて少々、感動! 下山した山小屋脇のカフェで飲んだコーヒーは流石にコーヒー産地。

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

グラナダの街に戻ってオススメのステーキ屋zaguan は昼間っから大盛況。週末だからか、日本で言うなら家族連れで焼き肉を食う光景のニカラグア版と考えるか!とにかくボリュームも豪勢で美味しかった。そして昼間っから飲んでヘロッヘロ! ホテルで荷物をピックアップして空港まで送ってくれたのだが、車に乗るなりに爆睡! 空港からパナマに向かう。パナマの到着は乗り換えもあったので深夜近く。食事は機内食。ここの路線はビジネスクラスだったので、かなり助かった。 ホテルはアパートメント形式の2ベットルーム。長期滞在のビジネスマン向けであろうか。かなり快適で、洗濯機があるので洗濯を開始! こんなホテルも全てアンドリューがネットで発見してくれたのだ。感謝! ガテマラの税関は最低!砂と七味唐辛子を没収。凶器になるんだと・・・(笑)七味でハイジャックしたらお笑いだ。

《6日目、4月14日 少年の夢、パナマ運河だ!》 パナマの朝! タクシーをひろって今回のメインイベントのパナマ運河観光に向かう。9時スタートらしくタクシーにゲート前で降ろされて、オープンまで待機。わくわく感はマックス!! オープンを待ってゲートから水門を見られる展望台まで歩いた。小学生の時に教科書で習った水門をずっと見たかったのだ。チケットを購入して早々に四階にある展望台へ! そこには2ラインの水門があって、超大型タンカーがタグボートに引かれて入って来て水門が閉められて水位を上げて大西洋と太平洋の高低差を無い状態にして船を通過させるという、ものすごい作業を行う現場を見せるのだ。そもそもパナマ運河が出来たおかげで世界の航路はググっと短縮化されて効率化されたのだ。この革命的な構造を考えた人もスゴいし、実行したパナマという国もスゴイ。ボクは建造物というモノを見るのが大好きなので、こんな運河なんてたまらない存在なんです。その後は飲茶を食べに街中に出没! 飲茶レストランはどこも大盛況。まだ12時台なのに150席はゆうにある椅子とテーブルは片っ端から片付けられ始めて意味不明な空気。その後はビーチ方面に出かけた。今日は日曜日と言う事で多くの店が閉まっている。ある海辺のカフェでゆっくりとノドを潤わせるというアイデアに皆さん、賛同してくれて(3人の合意)シャンパンを注文して飲んだ。そしてヤル気無し。結局、そこに日が暮れるまでいて、日没後にやっと旧市街に移動してカサブランカという屋外レストランにてフリッターと赤ワインという組み合わせで楽しい食事をした。思い起こせば一日中グッタリとマッタリと飲んでいた週末の一日だった。それはそれで最高でした。

《7日目、4月15日 いよいよコロンビア!》  早朝、4時30分に起床して空港へ向かう。今日は緊張のコロンビアへ!コロンビアと言えば麻薬と悪の枢軸なる印象しかない。正直、そんなに積極的に行きたいとも思わなかったけど、今回行かなかったら間違い無くこの先もわざわざ行く事は無い気がして行く事に!  最初は首都ではないカルタヘナという古都を訪れた。空港に到着してタクシーでホテルへ! 旧市街なのでまるでモロッコのリアドの様な民宿的な小さなホテル。でも今回の旅では高額な方で、一泊3人で180ドル程度。決して広くはないけれど必要十分なサイズ。大昔の邸宅をそのまま改装しているので天井の梁(はり)とか柱が本当にカッコ良い。荷物を置いていざ出陣。(その前にネットでメールなどをチエック。しかしどこのホテルも無料Wi-Fiが当たり前になった昨今の旅のラクチンさったらないです。) とにかく空腹だったので少し街を散策してレストランを発見。(11時)昼からやりたいことがあったのでサッサと注文したけど飲み物しか出て来ない。超多汗症の黒人のオジさんが動く度に汗が飛び散るの。結局、待つ事30分でナニも出て来ない。空腹は極地だけど仕方が無い。断念!スペイン語は全くわからずなので・・・(アンドリューはかなり話せるので助かるんですけど、どうもスペイン語にも方言的なモノがあるようで!) 午後のメインイベントは”セグウェイ”(SEGWAY) http://www.segway-japan.net/index.html なる未来の乗り物!(二輪車の間に乗って立って電動で進む乗り物。体重移動で走行するんだけど見事に簡単に安全に乗れる。本国アメリカではショッピングセンターや空港内のパトロールに良く使われている。)で周囲4キロのカルタヘナの旧市街を観光しながらまわるというツアーだ。これをアンドリューが見つけておいてくれたので早々にトライ。これがメチャメチャに楽しいのです。スピードが丁度良いし小回りも抜群!道が狭い旧市街地を縦横無尽に走るにはもってこいのアシです。3人ともレクチャーを受けて5分後には乗れて、そのまま一列になって観光旅行です。楽しかったぁ!! やっとランチにありつけると言う事でセグウェイツーリストのオーナーのセザールも一緒に、彼のお気に入りの街の定食屋”MULATA”でランチ。それはそれは美味しい時間になりました。どれもこれも満塁ホームラン! その後、なんと翌朝のセグウエイツアーを申し込んでホテルに帰ってマッタリモード。ダラダラと太陽が下がるのを待って、街のシンボルにもなっている要塞を見に出かけた。当時のここ一帯を牛耳っていたスペイン軍が南米大陸から略奪したモノを海賊使ってイギリスが略奪し、また奪いみたいな、要は略奪の歴史が根深くあるのだ。 暑い中を歩いているだけでノドを潤わせたくなってきた。これまたセグウエイ観光のセザールが紹介してくれたセビーチェの店に乱入。美味かったぁ!二軒目はホテルの斜め前のワインバー。ボクは大陸に到着して一週間も経っているのにまだ時差ボケが残っていて眠くて死ぬかと思った。でも美味しくて楽しい時間でした。深夜にホテルに戻って就寝。
La Cevicheria
Cssllr dtreet7-14
【宿泊】Puertasdecartegena
www.hotelpuertasdecartagena.com

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

《8日目、4月16日 かなりラブリーなカルタヘナ!》 朝起きて準備して7時半にまたまたセグウェイツアー。今日はかなり上級者コースだった。昨日よりビビリが入っている。一時間で考えられないくらいの距離を走って楽しめた。帰って準備してタクシーで空港へ。今日は国内線なので検査もアッサリ! 一時間のフライトでコロンビアの首都のボゴタへ到着。かなり色眼鏡で見ている気がするけど、誰もが麻薬関係者に思えてくる。そんな事があるわけないのに!(笑)タクシーでホテルへ。旧市街地の荒れた場所ではなくて高級住宅地を背に位置するオシャレなエリアはゾナ テ(英語だとZONE T)なるエリアだ。道を走っているだけでワクワクする街並み。時間も昼過ぎだったのでホテルにチエックインしてホテル併設のイタリアンでランチ。なかなか美味しかった。しかし3人は隣の常識を超えた美女に釘付け!!(あとからホテルの人に聞いたら有名なモデルだった。)しかし屋外で食事をしているだけでトロトロになれる場所なんです。樹木もカッコ良いし、ここは高地(2500メートル、富士山の6号目程度)なので生えている樹々も少し違っていて高山植物的なモノも沢山。それがまたいい味を出しているんでしょうかねぇ。その後、ホテルでドライバーを紹介してもらって効率良く市内観光をした。最初は”モンセラートの丘”に行った。ケーブルカーで10分で頂上に到着。相当な急斜面なんだけどグングンと上がっていって、その見渡す景色は圧巻。街のサイズも相当なんだろうけど高地であるせいで空気が澄んでいてスモッグも溜まっていないせいかとにかくキレイなのだ。頂上には教会があって回りが展望台になっている。そこからの景色は圧巻! 感激したなぁ。そこにレストランが併設。日本だったらダッサいお土産物屋とか、ソフトクリームを売ったりナンだろうけどオトナの街であるボゴダは超美味そうなイタリアレストランが鎮座している。いつかここで食いたいなぁ?と真剣にメモリー。頂上で面白い日本人の旅人の二人とつながった。ものすごいユニークな奴でコロンビアのどこかの街で追い剥ぎにあったと楽しそうに語っていた。ドライバーには40分で戻ると言いつつ、結局1時間は待たせてしまった。下山して”ムセオ・デ・オロ・Museo de ORO”(金の博物館)を観に行った。これまたドハデで豪華絢爛、そして入場料は格安(200円程度)な博物館で面白かった。その陳列の仕方がかなり素敵だった。その後は国会議事堂界隈の風情のあるビル&広場を見て、夕焼けタイムに何処に行くかと言う事になって満場一致で再度、モンセラートの丘に夕焼け&夜景を見学に行った。これまた宝石箱を散りばめた様な絶景に息を飲んだ。世の中で素晴らしいと言われる夜景を随分と見た。函館、山梨、六本木ヒルズ、神戸、リオデジャネイロ、ロサンジェルス、ニューヨーク・・・ここボゴタの夜景は引けを取ら無いどころか勝っているかも・・・昼間の景色とはまた違う素晴らしい景色でした。 ディナーはアンドリューがカウチサーフィンという旅行サイトで知り合った地元コロンビア人の22才の青年とメシ。完全な草食系でビックリしたなぁ。とても穏やかな青年でした。地元のローカルフードの店に連れて行ってくれて説明を聞きながらコロンビア料理を堪能。友達と言うのは有り難いもんだ! 倒れる様に就寝。服部哲二はこの夜に我々とは解散をしてペルーのリマにマチュピチュを見学する為に空港に向かった。次は23日にサンフランシスコで会います。

南米ツアー2013 変態旅行友の会5カ国訪問!

《9日目、4月17日》 酸素不足でか寝不足気味~~近所の豪邸街を散策。やはりホテルのあるエリア、ソーンティーはものスゴいスノッブなエリアなのだ。殆どの建築物がレンガと打ちっぱなしに黒の窓枠という配慮された建築なのだがそれぞれが本当に美しい。樹々も高地のせいか大降りな葉っぱ、そして奇妙な花を咲かせていた。アンドリューがカンクンで着る服を買うと言う事で近所のショッピングモールに付き合った。どこの店も売っているモノは冬服でビックリ。まさかリゾート地のカンクーンで冬物を着るわけにも行かないので困ったら迎えにZARAが見えたので飛び込んだら、ちゃんと夏物を販売していて調達できた。なかなか素敵なダブルのジャケットが買えて一件落着。ファッションビルの三階のカフェで前に何処かで食べた事があるようなチキンとサンドイッチ、そしてスープを食いホテルに戻って空港に向かった。 これから出国してパナマ経由でメキシコのカンクーンに向かいます。 これにて第一部は無事に完了! 全てが新鮮で感動で驚嘆で、最高の旅が出来た。 様々な手配とスペイン語を駆使してくれたアンドリューに感謝。テッちゃんとの初めての旅も新鮮で面白かった。あいつのヒョーヒョーとした性格、学びたいね。
好きだった都市はグァテマラのアンティグア。
そしてコロンビアのカタルへナとボコダ
メシで美味しかったのはアンティグアで食べた深夜のステーキ(スカートなるハラミ) パナマのイタリアンレストラン・カサブランカで食べたフリッター 一番キレイだったのはコロンビア・ボゴタの夜景。
感動の建築物はパナマ海峡。
スマイルが素敵な人がいたのは各地!

中近東8カ国ツアー

今回も実に変態な旅行だ。(変態とはヤバいという話ではない、普通の人がなかなか行きたがらない場所を好んで行く旅行。)今回のメンバーは東ヨーロッパもご一緒した人間ウイキペディアの玉田と、壮大な好奇心を持ち合わせる北野とボクの三人。三月の終わりに”世界変態旅行会議”がウチで開催。世界地図を広げて、何処に行こう、ここに行こう!と相談しているうちに満場一致で決定したのがこの中近東を回る旅。中近東と聞いて、人がイメージするのは ”恐い””テロ”であろう。しかしそれは本当なのか行ってみなけりゃわからない。(なんて平和な事を書いてるけど恐かったらイヤだなぁ!)そして調べれば調べる程に様々な難問がわかってきた。例えばイスラエルの入国スタンプがパスポートにあるとレバノン等に入国を拒否されるとか、うまく交渉すればスタンプを押されないで済むとか(事実、国益である外貨獲得を重視してキューバの様にスタンプを割愛する国もある。)ビザは前もって取る事が必要であるとか無いとか、かなり重要だったのが・・・イスラム圏なので酒は飲めるのかとか! とにかく情報量が圧倒的に少ない。雑誌PENのイスラエル特集なんて買ってみたけど楽しそうな雑貨屋さん、レストラン、カフェなんて一軒も記載無し。(笑)とにかくわからない事だらけだけど、だからこそ行ってみよう!

《1日目 7/2 成田空港よりイスタンブール経由ベイルート(レバノン)》午前11:40分に乗ったトルコ航空TK051便、乗客の女性がみんなベリーダンサーに見えるのはオレの勘違いであろうか!? 約11時間のフライトは充実の機内映像のおかげで楽しかった。(トルコ航空はヨーロッパで大人気の設備とサービス。) 到着したのは時差もあって17:45にトルコのイスタンブール。当然に到着するなり、普段は歌う事など無い庄野真世の”飛んでイスタンブール”を口ずさむ。そして2時間トランジットで待ってトルコ航空でレバノンのベイルートへ。かなり様々な理由から、今回は最後にイスタンブールで旅を仕上げるという算段なのだ。結局、フライトが遅延して到着はかなり遅く23時頃・・・結構、長い間、飛行機に乗ってるなぁ! 到着してタクシーでホテルへチェックイン。近所に出たが夕飯を食べれる店も殆どなくて近所のカフェへ! スタッフの女の子が可愛かった。 (STAY WHITE HOUSE HOTEL/オススメ度2 少なくとも自己評価の4つ星はウソ!)

《2日目 7/3 ベイルート、バールベック、そして空路でアンマン》 時差ボケも無く寝続けて6時間後の7時半に起床。窓を開けたらその目の前に地中海がっ! ここは素晴らしいロケーションだったのだ。 日本から手配したガイドとドライバーは見るからに良い奴! 見るからにお坊ちゃん顔をしていて名前は アハマダ!(ウチのスタッフの濱田さんに加えて一つのという意味の”A” あっを加えて”一つのはまだ”と記憶。奴はひたすらに、もうすぐ結婚をする彼女(MARUWAちゃん、感じで書けば ”丸和”で意味は円満でピースフルと教えてメモ書きしてあげたら相当に喜んだ。)の自慢をしていた。 今日は、あまり期待はしていなかった世界遺産のバールベックを見学! しかし、そのスケール、デカさ、荘厳さ全てにビックリ仰天した。いくら権威の象徴とはいえ数十年もかけてこんなにデカいモノを・・・思いは果てない。ギリシャのパルテノン神殿より大きいというのだから・・・しかし観光客はゼロ。そうなんです!

中近東8カ国ツアー

こんなに平和はレバノンなのに外務省の渡航情報を見るとかなり厳しい”渡航は見合わせましょう!”という国。中近東ってオモシロいかも! ベイルートに戻る途中でランチをしたのだが、お決まりの観光客相手の店に行く空気だったので、地元の人が行く店に変更をしてもらう。お坊ちゃんアハマダは父上に電話して相談して、レバノン・ローカル料理の店に連れて来てくれた。そして、この店が大正解っ!! (詳しくはホームページの食で紹介してます。)

中近東8カ国ツアー

本当に幸せな時間でしたよ。 町はものすごく繁栄していてビックリ! 実はベイルートの街は夜遊び天国で数百のクラブが営業していると。(若者のクラブ?ね。クラブ?では無いです。) そしてアラブ人の大金持ちにとっては最高の遊び場なのだ。(アラブの国々はかなり戒律が厳しくて酒やデート、ましてセックスなどをすると厳重に罰せられるのだ。他の悪いことも・・・)  海岸線をドライブしてピジョンロックス(鳩の岩)など見学をして空港に向かう。 夕方の便(ロイヤルヨルダン航空)でヨルダンへ! この出国がけっこう複雑な気分。また来たいのは当然なんだけど、この先で立ち寄るイスラエルのスタンプをパスポートに押されると、二度と入国は出来ないルール。敵国なんですよ!! なので次に行きたかったらパスポートを更新するかして新しくしないと無理・・・ビックリでしょ。 そう言われると、なんだか行きたくなるではないですか!? 夜はNHKの取材のお手伝いを頼まれてディナーに同行した。現地での様々な手配をしてくれたコーディネーターの木村さんという女性が”アジアで花咲け!なでしこたち”という番組で取材されるらしく、彼女に手配をしてもらった我々がエキストラで出演するとの事。デイレクターは大の中近東好きな若手で、話がオモシロかった。レストランは庶民派のお店。深夜にお腹が痛くて起きた。オレの強靭なお腹が壊れるなんて・・・でも他の二人は何も無くスヤスヤと寝ているから食中毒ではないのだろう。イテイテイテイテ・・ (後から聞いたら二人もヤバかったらしい。昼間の生肉が原因か!?) THE REGENCY PALACE HOTEL《オススメ度4.5》

《3日目 7/4 ペトラ観光 ペトラバイナイト 》 今日はかなりの興奮だ。事前に旅行関係のジャーナリストの友人と話している時に『ペトラとワディラムに行くんだぁ!~あそこに行っちゃったら他の遺跡が全部、小さくなっちゃうよ!』と言われた。スケール感が変るのだと・・・興味ある!! ペトラがイメージ出来ない人・・インディージョーンズの映画のロケ地と言えば想像がつくかな!?

中近東8カ国ツアー

朝の8時半にガイドがやってきた。彼の名前はワイロ!(Wa’e l! 賄賂ですか!贈収賄のワイロ、簡単に記憶)とにかくそうやって記憶しないと難しい名前ばっかり。 そして娘の名前はラマイカ(LAMAIKA/典型的な昔からある名前で”私は暗影”ダークシャドーだった!という意味)という一人娘のいる父さん。今から永遠に砂漠を3時間走って世界遺産のペトラに到着。アラブ人ってどうして運転がこんなにハードなんでしょう!? この人も運転するとシューマッハになっちゃうんです。ものスゴいスピードで走りながら急にポケットに手を入れて携帯電話を取り出して写真を捜して、コレがオレの娘だ!とか自慢始めるわけ・・・勘弁してよ!) 最初にホテルにチェックインして荷物を置いてランチ、その後、ペトラ遺跡の入り方を聞いてドライバーとは夕方に待ち合わせて解散。ついに来ました! ペトラ遺跡。入場料の50JD(ヨルダンディナール)円換算で5500円! 世界一高額な世界遺産と呼ばれているそうだ。 決して安くはないが外貨獲得の為には世界遺産が稼がなきゃ! 街には意外にヒトがいないし、店が休んでいるので不思議に思ったら、今は閑散期(暇な時期)であると。なぜこの時期にと思いきや・・・理由は暑すぎるからと・・・確かに暑い!いや熱い! さて、ペトラ専門のガイドを雇い、歩き始めて20分、最初はなだらかな開けた道。ガイドのムハマド君、やたらに早口で、なかなか理解が大変! ミラーのサングラスをかけた奴はいきなりイッパツ芸!・・・皆さんはアメリカの映画を見たことがある!?そしてサングラスを外しながら『アイム ロバートデニーロっ!』って言った瞬間に三人は大爆笑! でも相当にイケメンなナンパ師で通り過ぎる女子には声をかける! 白人の女の子に『キミは何処から来たの!?えっ!ヘブン(天国)からかと思ったよ!』そして女の子はニンマリ・・・キミぃ、仕事中にナンパはやめてくれるかなぁ・・

中近東8カ国ツアー

道中は左右に彫り込まれたモニュメントの解説を。そして長さ1.6キロメートル、高さ100?180m?、幅は3?20m?程度のまさに峡谷のシークを歩く。ひたすら歩く。なんだか自分が”アリ”になった気分がする。そして歩く事、1.6キロでいきなり開けた広場に出る。とはいえ、まわりは三方が際立った渓谷になっている。そこにはエルハズネ神殿がある。そのサイズは30m?×43m?! まさに”インディージョーンズ最後の聖戦”の世界だ。とにかくデカイ! その先もどんどんと歩く。王家の墓、野外円形劇場などを見学。しかし気分はまさに砂漠を迷う旅人。だんだんと意識はモウロウとしてくる。するとずーっと向こうに日陰にある売店が見える。一路、先に見える売店を目指して進む。実は昨日から三人とも相当にお腹の様子が悪くて、かなり力尽きていたのだ。・・・ジュースを買って小屋の後ろのベンチで横たわってお昼寝・・・というか力尽きていたという感じ。帰りは迷わず高額ながら馬車で帰った。(砂漠で死んで行くってこんな感覚なんだなぁ!と学習。) ペトラ遺跡の歴史的背景うんぬん知りたい方は・・・ http://ja.wikipedia.org/wiki/ペトラ 夕方はホテルに帰ってプールでまったり読書&日光浴。このホテルはWi-Fiがサックサクで溜まっていた仕事が片付いて嬉しい。二年前までは考えられない通信の進化。パソコン本体も重量は重かったし部屋のネットは有線で超カッタルかったし、写真どころか動画を送るなんて考えられない。Facebookに写真をアップなんてあり得ない事だった。 さて、夕飯はホテルで済ませた。この食事を済ませるという言葉は不本意中の不本意・・・でも何も無いんです! ドリンクメニューを見る時なんてドキドキする。唯一あったのはビール・・・それは冷たくて美味しい。でもアルコールを感じないんです。薄い・・・酔わない・・・ そもそもアルコールを飲むという習慣があまり無いエリア。というかイスラム教の人々は飲酒している人を軽蔑しているらしい。別に軽蔑されたってかまわないから売るだけ売って欲しいというのがオレの個人的見解!(笑) まぁ、なにかの修行と思って頑張ります。

中近東8カ国ツアー

夜はペトラバイナイト(Petra by Night) 週に数回開かれる世界遺産ペトラ遺跡の中を3000個のキャンドルで飾り付けて小さなコンサートが開かれるという催し。さらに満月ということで楽しみがいっぱい。20時にゲートで待っていると入場が始まり(入場料は12JD)昼間通った開けた砂利道を歩く。まさにマジッックアワーで、空は日中のサンサンと突き刺さる様な日の光から一転して涼しくなり、深海の様な不思議な青に変わり、段々と闇になっていくのだ。道の両脇には点々とロウソクが灯されて究極的にロマンチック! そして峡谷の道もキャンドルで両脇を照らされている。エルハズネ神殿の広場に出ると昼間は観光客用に用意された馬車やロバはいなく、そこにも数千個のキャンドルが等間隔に飾られて、それはそれは愛しい光景だ。そしてそこで前衛的なアラブ民族音楽のアーティストが出て来てパフォーマンスを見せてくれた。上を見れば岩の突き出た部分に月の光があたって薄白く光り、幻想的な世界。帰り道、同じ道をダラダラ歩いて行く先に見えたのは、何かロケかなにかをしているのかと思う程に明るい月明かり。♪月の明かりを~はるばると~♪ 三人の歩く姿が月明かりによって影が砂漠に映し出されていた。 《ARMA PALACE INTERNATIONAL HOTEL /オススメ度5、素晴らしい!(部屋もキレイ、ガウンまである。プールにジャグジー、インターネットに豪華な朝食までついて三人で70JDは7700円!三人だよ!それも2部屋)》

《4日目 7/5 ペトラ、ワディラム(ジープツアー) そして死海!》 昨夜は爆睡して体調は完璧。まぁ、いい気になって暴飲暴食には気を付けましょ! そんな新たな決断を出来たのは昨夜の満月によって様々な悪いものが浄化されたからかもしれない。お迎え時間を早めて8時に出発。 一路、世界遺産に最近認定されたワディ・ラム自然保護区に向かう。アラブ語でワディはVALLEY(谷)ラムはMOON(月)という名前。ここ、わかりやすく言えば アメリカのグランドキャニオンとサハラ砂漠を足して2で割った場所とご理解頂きたい。とにかく荘厳かつ雄大! もうビックリでした。当分、どんなに大きな物が目の前に現れても驚かない自信が出た。砂漠を四輪駆動車で走り回るんだけど遠くに見える巨大な岩が、手前にある車と見比べると大きさが認識できるでしょ。とにかくスケール感がハンパなかった!

中近東8カ国ツアー

ランチを済ませて、クルマで死海まで約3時間のドライブ! 走っても走っても砂漠という景色。そしてだんだんと景色が変って来た頃は、実は海抜ゼロメートル地帯なのだ。そして遠くの下の方に、死海が見える。随分と下に見える死海はなんと海抜マイナス420メートル。ということは世界で一番低い場所が死海なのだ。もう一度、よく読んでね。海抜ゼロから下に420メートルですよ。世界最高峰はエベレストとか知ってるけど、最低はあまり知らないかも。まわりは山々なので降りる程に盆地状態なので蒸し暑くなってくる。そしてほぼ降り切った界隈の景色たるや、全く見た事のない景色だった。塩分濃度30%(普通の海水は3%)故に生物が生存する事が出来ない、この湖は人間が泳ぐと身体がプッカリと浮くので有名だ。もちろん、それはやりたかった事のリストに入っている。早々にホテルにチェックイン! かなりリゾートのいいホテルだけどヤロー三人なので、たいして盛り上がりはしない・・・そんな事は無い。(笑) 三人で小道具を用意していざ、死海へ! いざスイミングへ! ホテル内のオシャレなプールにはヨルダン人らしき家族連れがイッパイ。そこを過ぎると死海が待っている。その奥様方は普段からベール(ヒジァ―ブ/布地を頭から首、人によっては鼻から目まで隠す)などを被って肌を隠すのが日常なので、さて海水着となると専用につくられたイスラムバージョンの上から下まで隠れて、顔だけ丸く開いたモジモジクン(古いね)みたいなファッションでプールに挑んでいるのが痛々しかった。 そして運命の死海へ! 世界で最低な(悪い最低ではなく最も低い地、なにせ海抜マイナス420メートルですよ!)の海水浴。ここは塩分濃度が海水(3%)に比べて30%という超塩分が強いため、人間の身体がフワッと浮いてしまうのだ。この浮遊感がビックリ!早々に撮影大会だが、通常の写真では書物を読んでいるのが普通!というか一般的。しかしオレ達ヤロー三人は英字新聞っていうのもウソ臭いという事で、東京からわざわざ”東スポ”(東京スポーツはわりと下世話な新聞!笑!)を持ち込んで撮影っ! ひとつの夢の実現です。

中近東8カ国ツアー

しかしここ死海は世界自然現象七不思議にも数えられる程の不思議だらけ。皮膚病などイッパツで治るらしい。逆にキズ口など痛いのなんのって! あとここの海水だけど味は塩分が強いのはいいとして、カドミウムが通常の7600倍も入っていると! それは飲みたくない。 とにかく楽しい体験でしたよ。そして浜を歩くと恐竜の背中を歩いているようにユラユラしているんです。そこを掘ると中には泥んこがっ!! これがまさに ”死海の泥んこパック”という事で試しました。ゴンゴンと身体に塗り付けてヒリヒリ感を楽しみながら、約10分。シャワーで流すと出来上がり!見事に身体がツルツルに変身しちゃってました。死海地方は盆地なので極端に蒸して暑いんです。いや熱い! 恐らく気温は40℃を超えて湿度は限界点! でもそれを差し引きしても最高な体験でした。

中近東8カ国ツアー

夕飯はホテル内のバイキングで日本の調味料を持ち込んでセルフ和食加工して満足なディナー! 最近のホテルはWi-Fiが飛んでいるので、ネットとかで連絡していると自分が海外にいるのを忘れてしまいそう! いい事なのか、悪いことなのか・・・間違い無く世界は小さくなってるなぁ。  (Holiday inn Resort Dead See スバらしいリゾートでした。オススメ度5 )

《5日目 7/6 死海、キングフセイン橋、国境越え、エルサレム》 いよいよ国境越えの時。朝7時にガイド&ドライバーのワイロが迎えに来てくれて国境&緩衝地帯のあるキングフセイン橋まで連れて行ってくれた。本当にここの出国&入国は一筋縄ではいかないのだ。出国時は日本大使館の若い外交官が同じ列に並んでいて様々な情報をくれた。ここの入国の面接は厳しくて曖昧な事や適当な事を言ったら大変。列に並ぶ時間など考えると5~8時間もかかる場合がある。だがここの陸路のゲートはパレスチナ人の為の物で、空路より少しは緩いらしい。(だが手数料が高い。)あと入国時に入国のスタンプをパスポート押されると、今後そのパスポートを持つ限りイスラエルと仲の悪い国には入れなくなるのです。(軽いスパイ容疑!?)だから別紙にスタンプを押してもらう様に嘆願。そんな面倒な事をしてでも入ってみたいのがイスラエルなのだ。島国ニッポン人には絶対に理解の出来ない世界だ。結局、かなりスムーズに3時間で出入国が出来た。(一緒だった日本国の若き外交官は更に3時間も足止めになったみたい。) そしてイスラエル側の入口には現地のガイド&ドライバーのイーサ氏が待機。(日本の友達の伊佐さんの同性と記憶) 奴はドヤ顔のフルサイズマッチョ!また怖い顔を余計に恐くするサングラスをかけて武装。運転はシューマッハ気分で日本ならば逮捕っ! しかし車内で聴いている音楽は・・・ラップか、ソウルか、クラブ系かぁ~~~いや、イーサが愛する音楽は ”賛美歌” (笑)賛美歌聞きながらどうして、そんな運転が出来るんだろう!?

中近東8カ国ツアー

最初から濃厚なガイドぶりを発揮。予定には無かったエリコという世界で最も古い街(紀元前7800年。また海抜マイナス260メートルという世界で最も低い場所にある街なのだ。) そして、オリーブ山のイエスが捉えられたと言われるゲッセマネの園、万国民の教会、そしてその後は旧市街地のザイオン門から城壁内の、アルバニア人地区、ユダヤ人地区、嘆きの壁、ムスリム地区、キリスト教地区、キリストが十字架を背負って歩いたヴィアドロローサを歩き、聖墳墓教会(キリストが磔にされ、埋葬され復活した場所)ダビデ王の墓、最後の晩餐の部屋を訪問。もう頭は世界史の教科書の復習状態だけどグッチャグチャ! そりゃ戦争は終わらない訳だよ・・・本当に勉強になった。 夕飯はタクシーで街をブラブラしてイタリアンにて! 安くて美味しかった。そしてワインも飲めて幸せ。 (Commondore Hotel 決して便利、キレイとは言えないけどスタッフが本当に良かった!なのでオススメ度は4)

《6日目 7/7 エルサレム観光》 パレスチナ自治区のべツレヘムという街で”分断の壁”を見学。パレスチナ問題はニュースでは散々聞いて来たけど初めて少しわかった気がする。そこの中にある聖誕教会(2012年6月29日に世界遺産になったばかりの教会、世界で最古!)を見学。キリストが生まれた場所を見学。しかし地下のその部屋は時間制限がアリ見られない。ガイドのイーサ氏は裏技を使って隣の部屋の鍵穴から覗けと!(笑)しかし良く見えた上にiPhoneのカメラならば撮影可能で盗撮。 (合法)

中近東8カ国ツアー

そして、壮大なるイスラエル博物館で世界最古の聖典を見学、裏にはエルサレムにユダヤ教が君臨していた時代の一大ジオラマが石で作られていて飾られていた。これがものスゴいスケールで驚き。様々な迫害を受け続けたユダヤ人の心のオアシスなんでしょうね・・・いつかは取り返すぞっ・・・なる意気込みを見ました。 そしてなんとパレスチナ自治区の中(ベツレヘム)で中華レストラン(もちろん出入りには毎回、パスポートチエックがある。すこし緊張!)へ!ここが美味しかったんです。 その後はガイドのイーサ宅を無理言って家庭訪問。奥様、子供達にご挨拶(どうしても現地の家庭を見たかった!)、その後は旧市街を散策。 夜はローカルのヒロヨ親子とディナー!  お店はDOLPHIN! ビックリな美味しさと雰囲気で大正解。

《7日目 7/8 ホテルから国境、キングフセイン橋、アンマン、アンマン空港からカイロ》 起床は6時、そして7時に出発。今日はかなりの緊張。なぜならば12時にアンマンからエジプト航空でエジプトのカイロに向かうのだが、イスラエルの出国にどれだけ時間をとられるかわからない。入国に3~5時間とか平気でかかる国だからだ。空港はセキュリティーの関係で2時間前には到着が理想だし、国境からアンマン空港はクルマで一時間は楽にかかるし・・・結局、全てのシワ寄せはクルマの移動にかかった。その恐ろしさったらなかった。なにせヨルダンには車線とか追い越し禁止地域とかは存在しない。という事は常に対向車から、こちらの車線にもクルマが飛び出して来ている・・・恐っ!! とにかく締め切り寸前にアンマン空港に到着した時にはクタクタだった。(笑) 無事にカイロ行きに乗って爆睡。 エジプトのカイロに到着。これまたタクシー運転手がものすごい奴(悪い意味)にあたり、ハンパの無い運転でビックリ仰天! スピード超過、車線変更無視の追い越し、意味も無くクラクション&パッシング! 隣に乗っているだけでクタクタ・・・タクシーを降りると正面にピラミッドが見えて感動。でもそれ以上、近づこうとは思わない。タクシーの運転にマイッタ。明日ゆっくり行きましょ!という事でプールでまったり。とにかく何もかもヤル気を失う程に熱いんです。きっと45℃とかだったと! 日が暮れて外にメシを食べに行くのも面倒で(という位にカイロの街が超ゴミゴミ×100みたいな場所でモチベーション下がったんです。)ホテルの屋上(2階)のオープンエアーなレストランでシンプルなモノを注文して自前のワサビ、味噌、柚子胡椒、胡椒で加工してニセ和食を作り出して美味しくいただいた。

《8日目 7/9 カイロ ギザ観光》 9時に迎えが来てピラミッドを見学。ガイドのテンションが低くてこっちもヤル気が出ない。というかとにかく熱い!!!! 熱過ぎてシーズンオフというのもわかる。 クフ王のピラミッド、王の玄室も細い通路を這い上がり見学。そしてカフラー王のピラミッドを見学。そしてメンカウラー王のピラミッドを見学。(これが三大ピラミッドといわれる。)それをパノラマで見学した。そしてスフィンクスを見た。スフィンクスの正面にケンタッキーフライドチキンがあるのも確認した。(笑) イスラム地区に移り、ムハンマドアリのモスクを見学。もちろん世界遺産(1857年に完成)内部の壮麗さはイスラム地区で抜きん出ている。

中近東8カ国ツアー

ハーンハリーリ(バザール)を散策。エジプトの国民食の”コシャリ”をいただいた。(これは美味しい!)そして、そのまわりだけで世界遺産が10以上。その地区一帯も世界遺産。エジプト考古学博物館でツタンカーメンを鑑賞。しかし4500年間も観光で食べているエジプト人たち。とにかく観光客からむしり取る根性には脱帽。 ホテルに一度戻って、プールでゴロゴロした後にグランドハイアットに和食を食いに行った。オレ達が海外で和食を食べるなんて異例中の異例。だがどうしても今回は我慢が出来なかった。意を決して行ってみたら、なんとメニューにビールが無い!! 店員はそんなモノを飲むのかという態度!(笑) このホテルにはバーも無いという事で早々に退散!(二度と行きません!) コンシェルジェで近所の酒が飲める和食屋を捜してもらったがなかなか無いんです。やっと見つけたら残念なお店。しかし脳みそは完全にビールを待ちこがれる体制になっているし、仕方が無くその店に入るとボク達の下半身を指差され入店拒否。暑過ぎて全員短パン&ビーサンだったんです。(笑)でも隣の店で注文して配達してくれるという優しい計らいでやっと食事にありつけ一件落着。それなりに良い夜だった。 でもこの街には住めないなぁ・・・

《9日目 7/10 カイロ、カイロ空港からキプロス、ニコシア》 朝から何処かに行こうなんて意欲無し。ロビーでネットをしてお仕事。しかし何処にいても仕事が出来てしまうって本当便利な事です。こんな革命的な事、ここ最近二年の話ですよ。という事でプールサイドでまったりとお昼まで。せっかくだからカイロの街に出ようよなんて提案は誰からも出なかった。 ランチは昨日食ってかなり美味しかったコシャリを食う。ホテルのタクシーを雇い空港まで連れていってもらう途中だったが、実に美味しかった。本当に店により少しづつ違うんです。しかしながらホテルの専属ドライバーなのにスキあればオレ達を土産物屋に連れ込もうとする根性はいかがなものであろうか!? 空港に行く道のりなのに、三軒も連れ込まれそうになった。(笑)本当に気が許せない奴らだ。 おもいっきり早めに空港に行ってラウンジでまったり。

中近東8カ国ツアー

キプロス島のラルナカ空港に到着したのが夕方遅く。玉田のお友達のお友達のニコリナ(ニコちゃん)が友達二人と迎えに来てくれた。ビーチ帰りらしくカジュアルを超えてグチャグチャ(笑)ニコちゃんの車は小型車。通常ならば4人で満席。だが、なにを考えたかニコチームは3人、オレ達3人&荷物! その上、車のトランクには先約の荷物が!結局二列目座席に大人四人と荷物をヒザの上という荒技で乗り切る事40分! キプロス島の中央部のニコシアでキプロスローカルディナー! ここメチャメチャにいい街です。空港近くのホテルをキャンセルしてCENTRUM HOTELに急きょ、変更! 深夜までニコちゃんの友達、彼氏らとバーで飲んだ。ココ好きだなぁ!!

《10日目 7/11 ニコシア(キプロス)観光、北キプロス観光、ラルナカ空港からアテネ経由でイスタンブール》 9時にニコちゃんが迎えに来てくれて、街の真ん中にある国境に向かう。もちろん徒歩ながらパスポートは持参。ついこの間まで島のなかで内紛があり、現在はギリシァが支援するキプロス共和国とトルコが支援する北キプロス・トルコ共和国に別れている。あちら側はイスラム圏なので少し違う空気なんです。 これまたいい経験したなぁ! ランチはラルナカビーチのレストランで海産物ランチ!! 飛行機が真上を飛んでる迫力満点なホテル。本当にいい時間になったのはもちろんだ。

中近東8カ国ツアー

ラルナカ空港からアテネ経由でトルコ・イスタンブールへ。再び戻った形になった。夜も遅いので空港近くのホテルを予約。シャトルバスに無理矢理の乗り込みホテル(WOW AIRPORT HOTEL)にチェックイン! メシは向かいに併設されているカフェ。昔のカフェバーっぽい作りで不安感イッパイ。店内にはビリヤードにボーリング場! 店員さんはオレ達に全く気が付かない。そしてまずは最低限のモノをオーダー。するとそれらのモノが美味しい! トルコ&アメリカンのミックスおつまみセットみたいなのを注文したら、揚げミニ春巻きにバッファローチキン~~お見事でした! ここも幸せっ! トルコ人の食への探究心はなかなかなんです。ココの街、好きかも! 玉田充電センターに全ての電気充電グッズをセットして就寝。 (毎日の事だがかなり電気に支配された生活をしている。カメラ、携帯、パソコン、それらを充電するのは”携行品・準備率ナンバー1”の玉田君。海外対応コンセントに加え延長コードまで持参してくれて助かる!)

《11日目 7/12 イスタンブール、カイセリ、カッパドキア》 早朝5時に迎えが来て空港へ!のはずが、アメックスの手配の旅行社が来ず、自力で空港へ!この問題が後々のハプニングを引き起こす!(笑) 早朝のイスタンブール空港は想像を絶する混雑。 カッパドキアのあるカイセリまで1時間程のフライト。 カッパドキア近所のカイセリ空港にはスティーブンセガール似のナントカ君がドライバーと二人で迎えに来てくれた。(セガール、セガールと勝手な名前で呼んでいたら本名を忘れた。) クルマは15人乗りのメルセデスのピカピカのバスが来ていてビックリ。  ガイドの日本語もお見事! 早々にカッパドキア見学へ! 写真では見ていても実際にあの姿をパノラマで見ると言葉を失う。世界遺産カッパドキア自然保護区~~~なぜ、この形になったの!? なにせカッパドキアは2億5千年前のエルジエス山の噴火から隆起がはじまり火山灰と溶岩が数百メートル積み重なり層が出来て風雨に打たれて浸食が進み硬い部分が残り不思議な形の、まさに奇岩と呼ばれる岩になった。もう今にも崩れそうなオカシな形の岩もあるが、なにせ浸食が進むスピードは100?1000年間で6センチほど。人間の一生など5センチ程度の話で、本当に違う時間軸で動いているのだと感心します。 ギョレメ国立公園、キノコ岩、洞窟レストランで壷ケバブ、ギョレメ野外博物館。カッパドキアパノラマ、そして洞窟住居兼カフェでお昼寝(スケジュールには無いが勝手に寝た。) カイマクリ地下都市見学! インチキ臭い絨毯屋、トルコ式お風呂(ハマム)体験、ローズバレーの大パノラマでサンセット見学。今夜のホテルはCappadocia Cave Suiteなる子洒落たホテルだがヤロー三人組は変わらず(笑)。ファンシーだったけど・・・夕飯はホテルのビュッフェ。それなりに美味しい!

中近東8カ国ツアー

夕飯後は時間があったので同行の北野の頭髪をカットする! オレって上手!! (Cappadocia Cave Suite 素晴らしいホテル!最高です!なんといっても洞穴っ!)

中近東8カ国ツアー

中近東8カ国ツアー

《12日目 7/13 気球ツアー、カイセリ、イスタンブール》 早朝、日の出前に迎えが来て、気球ツアーに参加。ものすごい盛況で、我々クラスの気球は70機は出ていた。約1時間のクルーズは本当に楽しかった。ボクの気球にはフィンランド人、オランダ人、中国人、韓国人、ポーランド人が乗っていた。朝日も拝める約1時間のクルーズは本当に充実!高度200メートルまで上がったり地表面ギリギリまで降りたり~~また上がったり降りたり~~オモシロい!! 本当に楽しい時間でした。

中近東8カ国ツアー

ホテルに帰って遅い朝食をして荷物を準備、そしてカッパドキアのカイセリ空港へ! 空路でイスタンブールに戻った。今回はいったい何回、この短距離の移動の飛行機に乗ったであろうか!? イスタンブールにはアメックスに手配しておいたガイドのアリ君が来ていた。旧市街地を散歩、道ばたの店でケバブ-サンドと、そしてガラタ橋のたもとでサバサンドを食す。これが見事に美味しい。  現地の旅行代理店が、昨日朝のピックアップが遅れたことを申し訳ながり、ベリーダンス&ディナーを招待してくれると・・・それは嬉しい! 約束の時間にホテルのロビーで待っていたら、ホテルの間違いで違う迎えの車に乗せられて・・・気付けばガラタ橋のたもとの別のレストランへ!もう面倒になって自費で食べると決めてスタート。そんな頃、旅行代理店は相当なパニックになっていた様だ(笑)。 二人のガイドがご機嫌伺いに我々のレストランにやってきた。 おかげでダブル迷惑大会! でも結局ベリーダンスも見られたし、会社の手厚いサービスと心がこもった陳謝のお陰で我々は大満足。いい一日でした。

《13、14日目 7/14、15。 イスタンブール、機内泊、成田空港》ここのホテルは本当に素晴らしい。三人一部屋でもそんなに辛くない。午前中に世界遺産スルタンアフメット・モスク(ブルーモスク)を鑑賞! そして時間がなかったがトプカプ宮殿も見学。ホテルに一度帰ってからシャワーして荷造り、ランチはホテル前にあるトルコ人向けの料理店で食べた。ここも満塁ホームラン!! トルコは本当に何処で何食べても幸せだ。

中近東8カ国ツアー

車で空港に向かって、ラウンジで時を過ごした。いや、あまりに快適なラウンジでのんびり時間を過ごしすぎてあわや乗り遅れ!!!時計を見て三人は青ざめて一路ゲートまで全力疾走した(笑)。なんでこうなるの!! 結局、予期せぬフライトの遅延のお陰で乗り遅れなくて済んだ(笑)。

中近東8カ国ツアー

三人、無事に帰国しましたっ!! 海外渡航回数は250回近いけど、今回は印象に残る10指に入る素晴らしい旅。もちろん世界中には様々な素晴らしいモノがあるけれど、風習、習慣の違いを肌で感じるのが地球に生まれて本当に良かったと思える瞬間だ。 半月にわたる中近東8カ国ツアー! ますますイスラム圏の人々の暮らしに興味津々になってきた。世界は広いぞっ!! 急がねば!! Thanks god !

ブータンの人々の笑顔を見たい!

【2011 11/3~4 激しく充実な長~い1日】
東京でしっかり大きなミーティングを完了させて、軽い(いや重い・・・)宴会をして、深夜の羽田空港からタイのバンコク経由でブータンに入る。ほぼ24時間稼働する様になった羽田空港の完成で東京人の旅のスタイルは如実に変化した。 5時間のフライトはアッという間、バンコク国際空港ではアメックスのプライオリティーカードのおかげで快適なラウンジタイム!シャワー&軽食でリセットが出来た。実はラウンジで、和み過ぎてブータン・パロ行きの飛行機に乗り遅れる寸前・・・(笑)しかし空港から少し離れたバンコク市内では水害で大変なことになっているのに、この空港にいる限りそんな空気がまるでない。パロまでは3時間チョイのフライト。途中のバングラデッシュにトランジットしたが、ものすごいスモッグで驚いた。どうせわざわざ行く機会も無さそうだから、寄れば良かったと思ったが、この空気を見たら行かなくて良かったと思ってみたり・・・  ブータンの空港は恐ろしく山岳地帯を抜けて入って行く。もう飛行機のハネが、山とスレスレに近づいているかと思える程に近かった。 空港に降りるとニオイが気になるのだが、まさに空気清浄機を100台くらい並べてブンブンに回しているかのごとく、清く澄んでいて清々しかった。 ブータンの観光は、様々と制限されていて、自由気ままに入国をして勝手に見て回るという事が許されない。全てビザの取得など専門の観光会社を通して、そしてしっかりガイドをつけてホテルもキッチリと予約するのだ。1日のビザ代金が200ドル近く(それのホテル、食事代金などが含まれる)というシステム。
空港は本当にキレイで人々も紳士だ。物乞い的なひとも見受けられない。迎えに来てくれたのはガイドのサテン氏(たぶんそんな発音。喫茶店の略語であったサテンと暗記)パロから一番の都市であるディンプーへ! 国立僧侶学校ディチュポタン、伝統工芸院のソーリクチュズムなどを訪問。どちらも若いというか子供も沢山いたのだが、みんな良い笑顔してました。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

このブータンに興味をもったのはここの有名なイケメン国王です。 世の中はグローバルスタンダードとか言って”発展”という方向を向いているのは事実。ブータンという国は地図で見ればわかるが強大な経済的発展を遂げているインドと中国に挟まれた土地なのだ。しかしそんな無意味な発展は国民の生活をマイナスにする部分も大いにあると判断した国王、政府はGNP(GrossbNationalProducts国民総生産)なる国の発展指標を捨ててGNH(GrossNationalHappiness国民総幸福度)を提唱したのだ。2006年、英国レスター大学の心理学者エードリアンホワイト氏の全世界8万人の100項目に渡る聞き込み調査を集計!で明らかになった、世界一幸福な国は! 1位 デンマーク 2位 スイス 3位 オーストリア 4位 アイスランド 5位 バハマ・・・・ブータンは8位、そして23位 アメリカ 35位 ドイツ 41位 イギリス 62位 フランス 82位 中国 90位 日本 125位 インドということで、日本は中国より下に位置している。 また、ブータン政府の聞き込み調査(2007年)で、9割の国民が幸福と感じている。
今回の旅、そんなブータンの微笑みを生で見てみたいと思ったのだ。ちなみに、ココの国には沢山の歴史的建造物があるが、なんと世界遺産登録は一つもしていない。なぜならそれをすることで観光客が無意味に増える事への懸念・・・と聞いている。スゴくない!?
ホテルはティンプールの町中のHOTEL Pedling 設備はお世辞にも上等とは言えないが必要十分、それ以上にスタッフのスマイルとサービスが素敵だった。 夕方に街をウロウロ~~買いたい物は残念ながら無かった。トレッキング時に使う手袋、せっかくならば記念にでもなったら尚、嬉しい!東京でお洒落につかえたら更に嬉しいと考えて捜したが・・・該当品はまるで無かった。買えたのは子供用のヒドいデザインが施されたモノだった。 そう、このブータンでは”モノに支配されない世界”があるのだ。
夕飯はホテルの地下にあるレストラン。決してブータン料理ではない。一生懸命とコジャレようとする意欲を感じるが・・・持参していた醤油、ワサビの登場、そして持参したイモ焼酎を初日から頂いてしまった。美味かった!!
【ブータン3日目 11/5 ドチユラ峠をぬけてプナカへ!】
天気は曇り、ひいき目に見ても暗い・・・気持ちは快晴! 今日は3時間のドライブでプナカに向かう。途中のドチュラ峠ではドゥオンゲルという寺院。ここには108個の石碑が立つ、荘厳な空気なのだが、まわりに霧が立ち込めて一層、荘厳な空気を醸し出している。本当は遠くにヒマラヤが見えるらしいが、残念っ! 昼前にチンミーハーカンという寺院を見学。聞けばここは”子づくり祈願”の聖地らしい。それらしき女性と家族が来ていた。そこの木の彫り物をみるとまるで冗談にしか思えないのだが、あえてその写真を載せたら、ここの威厳に関わると思うので割愛致します。(笑) その後はランチ。平野を見渡すレストランで食事を楽しんでいるのは欧米人ばかり。薄目で見ればヨーロッパの山岳リゾートだ。そこに来ていた日本人女性二人と友達に成る。女性二人のブータン旅行・・・謎だ。しかし今回も随分と多くの女性一人旅遭遇した。そんな時代なのかなぁ!? 午後はもう少し離れたプナカへ! ここは川の中洲にとんでもない寺院(プナカゾン)がある! その荘厳さたるやハンパではない建造物で衝撃的だった。これが世界遺産登録をしていないなんてあり得ない。そのスケール感もデザインもスゴいの一言! その後、同じコースをティンプーに戻った。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

ホテルに帰ってちょいと事件が! 不覚にもホテルの部屋に鍵を忘れてしまった。正直、そんなに悪いことをしたとは思わなかった。フロントでスペアを依頼。ところがいつになっても開けてもらえない。上がって部屋を見てみると部屋の前で鍵を100個位並べて一つ一つ合わせている。なんとスペアが準備されていなかったのだ。これ、いつになったら開くのだろう・・・待って見ていたら結局、全ての鍵があわない。ホテルのエンジニアは困り果てて、結局、鍵を破壊しようと目論むがなかなか壊れない。するとその向かいの部屋に宿泊する格闘家・福井がジムから帰って来た。破壊=福井という事で、ヤツに鍵の破壊を依頼したら、なんと後ろ蹴りイッパツで開くには開いたが、なんとドアのど真ん中がガッツリと開いてしまった。従業員全員で笑い転げた。しかしこの部屋は明日からどうするんだろうか!? 福井は今日の昼間も畑でアーチェリーを練習している子供から弓を借り受けて、弓を引いて戻す瞬間にどんな力を加えたのか、弓を破壊してしまい、子供は放心! 温厚なブータン人の父親を怒らせるという事件を起こしたばかりであった。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

夕飯はやはり外人専門のレストランでメシ! 可も無く不可もない当たり外れの無いレストランでした。 しかし予想外の停電でのキャンドルディナーはお洒落・・・でもヤロー三人です。
【ブータン4日目 11/6 パロへ戻りましょ!】
パロに戻る途中で鎖(くさり)で出来た橋を見学。これが衝撃的な橋で17世紀に出来たなんて信じられないモノ! というのは手づくり製の20センチ程度のクサリ4?5本のみで吊ってあり、今は網がかかっているが、昔は無かったという恐ろしい橋なのだ。オレって橋好きかもしれないって最近思います。なんだか橋を渡る時に、異常にワクワクするんですよ。とにかく良い体験でした。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

そして市内のパロ・ゾンに入る。毎日毎日ゾンばかり見ていて、少々トゥーマッチ気味で、その次のヤツはパスしてもらって、その分、なんとパロから山中に20分入った所にあるアマングループのホテルであるAMANKORA(アマンコラ)を訪れた。道に小さなエントランスっぽい看板があるものの、そこにはアマンとはとても関係無さそうなオジイさんが数人座り、世間話をしている。そこの林の中を抜けるとホテルがあるのだが、そこにはナンのファサードとしての小細工もなくて、ただの松林を歩く感じ。するとだんだん見えてくるのだけれど、実にアマンらしく天然素材を使って、ブータンの建築様式をディフォルメした、ハイクラスなデザインで処理している。カナダ人のマネージャー(というか只の私服でフレンドリーなお客さんにしか見えなかった。)が挨拶してくれて、館内を見たいと言うとウエルカムで部屋を見せてくれた。自然と一体化した室内はゴージャスでハイセンス! ここで一週間位、引き込もりしたいもんだ。 そしてラウンジでお茶タイムを楽しんだ。実に良い時間だった。その後、ナショナルジオグラフィックが関与しているというホテルも見学、大分、大きなサイズのホテルだがブータンらしさが残って素晴らしかった。 今夜の宿泊はJANKA RESORT だ。チエックインするとスタッフのスマイルは素晴らしい。でも部屋を見ると、というかアマンの後だと何処を見てもトホホ・・・ (笑) ここにはHOT STONE BATH(石焼き風呂・ドツォ)という真っ赤に焼いた石をフロに入れて入る個室のフロがあり、気持ちが良かった。
【ブータン5日目 11/7 いよいよタクツァン僧院へのトレッキング】
ブータンの朝食・・・お世辞にも美味しいとは言えない。良く言えばシンプル!8時半に出発をして、今回の最大目的地であるタクツァン僧院へのトレッキングだ。9時半に駐車場をスタートして途中、15分の休憩をして、到着は11時45分ということで、片道約2時間半のトレッキングだった。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

アップダウンは見ての通り、結構キツいが実に爽快な道だった。ただ標高は2300メートル近くまで上がるので、やはり息が上がり気味。途中、数カ所から断崖絶壁のそびえ立つ、タクツァン僧院が見えるのだが、お見事な建築だ。街で見かけた絵葉書そのままの景色がいくらでも見える。14世紀という時代に、この場所にこんな建築物を作れたのが不思議だ。 僧院に到着するとカメラ、携帯電話などは預ける事になる。というのも僧院の中ではいまだに修行を重ねる僧侶がいるからだ。 三カ所の仏堂を訪れてそれぞれゆっくりと座って瞑想チックな時間を過ごした。その時の体験・・・とても文章にはできません。

ブータンの人々の笑顔を見たい!

そして下山。途中の展望台にあったレストランで”例の”ランチ。ゴハン、炒めた野菜が2種、唐辛子の炒め物、ダル(スープ)を食す。3時には麓の駐車場に戻り、皆で今日の体験を喜び合った。
夕飯はパロの街の外人向けレストラン。というのも、この街では外食成る習慣が無い様で、レストランは外人観光客の為の物なのだ。ブータンは食料自給率も極端に低くて、野菜なども輸入に頼る。宗教上、あまり肉類は食べないという事で、今回の食生活はいたってシンプル、言い方を変えれば、食は期待をするなという事だ。 それを差し引きしても充分に楽しめる4泊4日だった。
ここからタイのチェンマイに移動します。11時にパロを出発して途中、バングラデッシュを経由して16時半にバンコク、そしてトランスファー、チェンマイは20時ということで1日が移動日。タイoチェンマイも楽しみだ。
※旅に出る前にブータンに行くと人に言うと『ヘェー・・・』で終わっていたのが、入れ違いの国王の来日で、帰ってからブータンに行って来たというと、いきなり『いいなぁ!ステキっ!』に変わっていた。人は不思議だ。