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人生の定番的日記です。下田《オキラクハウス》の夏。

多分、過去に何回か同じような内容の日記を書いた気がする。わざわざ調べようとも思わないが記憶にはある。仕方が無いのだ。これが夏の定番のライフスタイルであるし、こんな生活をイメージして目指していたのだから・・・・・・この夏も随分と長い時間を下田《オキラクハウス》で過ごした。オキラクハウスも今年で5年目の夏となった。毎年来る人もいれば久々に来る人も沢山いる。

人生の定番的日記です。下田《オキラクハウス》の夏。

みんなビックリするのが、毎年の進化だ。なんの進化かと正確に言えば、家と庭だ。この一年を簡単に振り返ってみても、裏のただのテニスコートがテニスコートでなくなり(テニスコートを庭にするには、まずテニスコートを破壊することから始まる。やってわかったが、フェンスの破壊、人工芝の撤去、下地のアスファルトの除去・・・・相当に大変だった。正確には福井達が大変だった。ご苦労様です。) 大体のデザインを考える・・・・植える木々、塀のデザイン、芝生の場所、植えるに相応しい木を選ぶのも簡単ではない。花も季節的に向いている花、向いていない花と知識が無くては出来ない事が多すぎる。(相当に園芸には詳しくなったが奥深すぎる。) とまぁ幾多の楽しい困難を乗り越えて、晴れて夏を迎えることが出来たのだ。(あまり中途半端な状態で夏を迎えると落ち着かない。)・・・・・・・・今年の夏も7月後半から北海道のイリモト御一行から始まり、山崎よっちゃんCAやシンペイ家、米村EXチーム・・・8月の下旬にかけてまで、延べ人数を計算したら約200人が遊びに来てくれた。(毎日平均10人、それが三週間続く!その間のビール消費量は約700本、ワインなんて恐ろしい量だ。)    夏は基本的に二泊三日でみんなが来るので、重複する日(前の班は三日目を夕方まで過ごし、次のチームは渋滞を避けて早朝に到着することが多い。するとある日のランチタイムは20人!そしてそんな日に限って地元の友達とか日帰りで遊びに来た友達が訪ねてきて25人のランチになるなんてことも頻繁にあるのだ。前はそんなランチは血相抱えて準備をしたが、もう全然、慣れてしまった。今年は夕飯も一度25人という日があったなぁ。

人生の定番的日記です。下田《オキラクハウス》の夏。

でもそんな日は準備をする人、仕込みの手伝いをする人、バーベキューを焼く人、どんどんと出てくる洗い物をサッサとする人、ゴミを整理する人・・・無言のうちに自分の役割が出来ていて、チームワークも良く和気藹々と和んだ時間になるのだ。だいたい2~4人組みのチームが3チーム来ているので、最初は他人、三日過ごすと新しい友達!みたいに新しいコミュニケーションがドンドンと生まれていくのが楽しいのだ。(そんなコミュニケーションから新しい仕事に発展した人、彼女が出来た人、結婚したカップルまでいるから可笑しい!!) サーフィン・デビューした人も数多く、かつてはウエイクボード世界ランクまで持った新潟の堀正樹はウェイクを捨ててサーフィンに没頭するに至っているキッカケもオキラクハウスでのサーフィンだった。園芸魂に火が付いた人、改築魂に火が付いた人、料理に、もちろんAМに火が付いた人も数多い。そんな沢山の出会いやキッカケが生まれたオキラクハウスは本当にハッピーだ。そして毎年、四季を通じて時間を過ごす事を楽しみにしてくれている友人が沢山いるということが、夏の楽しみのひとつになっているのは事実だ。 オキラクハウスはただのビーチハウスではない。人と人を仲良くしてくれる、そんな素晴らしい空間に発展している。 当分、夏はこんなスタイルで遊んでいるんだろうナァ・・・・・ちなみに、今年はどこも猛暑だったでしょ。でもオキラクハウスは一度もエアコンのお世話にならなかったんです。快適なんですょ!!・・・・・・・・・・来年も新しい”出会い”があるんだろうなぁ。今から楽しみだぁ。(余談ですが下田は一年を通して温暖な素晴らしい気候ですが、一年でベストシーズンは夏休み以外の時なんです。夏は人も多いし・・・・実はこれからが楽しいシーズンなんですょ。)

12月の海《冬=寒い=悲しい=楽しくない=コタツが一番》 ではイカン!小川から学ぶサーフィンの心得。

12月2日(木曜日)月初めの5日間は安息日と呼んでいる。月末の緊張から解き放され心の底から自由を感じるのだ。(相当に大袈裟な表現だがその位、月末を楽しんで仕事はしている。だから小さな達成感と安堵感が月初の5日間にものすごく充実の開放感が得られると分析。この緊張が無かったらボクの場合は引退というか隠居でしょうね。) 朝早めの7時過ぎに起きて宇宙人の朝飯(プロテイン+ポジトリウム+ニュートリ山盛りの朝をこのように呼んでいる。だってものスゴイ未来的というか宇宙的な感じじゃない!)を食い、早々に湘南の小川タカシ宅に向かった。あいつのサーフィンへの”志”(こころざし)を見ているとサーフィンの練習をしなくてはいられない。正直、存在を思い出すとなんだか落ち着かないのだ。しかし12月ってどう考えたって《冬=寒い=悲しい=楽しくない=コタツが一番》と考えるのが常人であろうが小川タカシは違うのだ。サーフィンを上達したさに湘南は鵠沼のポイントの前のマンションに引っ越し、そしてとにかく波があろうが無かろうが毎日海には入ると決めたらしい。オレはそんなことは決めたくは無いがぁ・・・・それが上手になる人とヘタッピーの根本的な違いなんだろうね。上手くなろうと思う奴は”志”が違うのだ。私も悔い改めます。(AМも一緒だねぇ。)しかし今日は全然波がないらしいがとにかく表敬訪問をこめて行ってみた。月初はドライブしいても気分が爽快だわなぁ。第三京浜がキャリフォルニアのフリーウェーに思えてくるもんね。渋滞も無く一時間で湘南・鵠沼の小川家に到着。わざわざ待っていてくれた小川弟のコウジと玉田君とまずは世間話。波が全然なくて”湖”状態だったので”風邪ひくといけないからヤメにしましょ!”という言葉をどこか期待していたが・・・・小川はとにかく入ろうという。まあ少々離れた河口のあたりまで移動すれば出来ないことは無いがぁ・・・ということで足取り重く準備して海に入った。(いったいオレは何しに来てんだぁ!)頭から”12月・・・冬”の文字は消し去った。なんとか今日は9月の少し寒い日と思い込むように努力。そんなメンタルはオレは強いのだ。しかし間違いなく一人だったら入らないだろうなあ。(グチャグチャ言うな!)結局、波は小さいながらも一時間半位、楽しんでサーフィンができた。入ったら楽しいじゃないの。ものすごい楽しいし寒くない。富士山が素晴らしく綺麗だったなあ。これは月初の開放感だけじゃなくて事実、楽しいぞ!!。ヒェーイ!!。いい加減、波が皆無になってきたしランチタイムにわざわざ湘南サーファー・国府田が材料を購入してきてメシを作ってくれるというので、海から上がってシャワーを浴びて国府田が作ってくれたパスタ二種と牛スジ煮込み(しかしどうゆう組み合わせなんだろう。パスタとスジ煮込みとは・・・美味しかったんだけどネ。)をみんなで美味しく食った。(本当に感謝だ、また作ってね!)皆で盛りあがって食うメシは抜群に美味いねぇ。そしてビールがまたまた美味しい事。その後、国府田サーフィン教室やらサーフィン・ビデオや達成ラリーのお馬鹿ビデオを見たりとまったりと発展性のない会話の時間を過ごした。皆に別れを告げ夕方に東京に戻った。結構帰りはガラガラで6時前には到着して岡本で着替えて軽くメシを食い、目黒に向かった。夜は目黒オフィスで大熊Dとのジョイントのミーティングなのだ。大熊がマーケをして僕がLMをした。少々気合がぬけたミーティングだったのが正直な気分。(オレがだよ!)でも参加していたパーソナルの子には充分にメッセージは伝わっていたとアフターで感じた。結果オーライ!。アフターは4階のオフィスでニュージーランドのタケグループとした。先月は古山君が自力で9%だったそうだ。これはグッドニュース。タケはニュージーで暮らしているのに日本に作っているグループは少しずつ確実に進化しているぞ。深夜に帰って倒れた。いい一日だったなぁ。 ※―1 小川貴司(おがわたかし) 昨年、湘南レジェンド吉田成民さんが下田《オキラクハウス》に連れてきた男。そのころサーフィンを始めたばかり。そして真っ白でプルプルッと肥満っぽい男だったのに夏に会った時は別人みたいに身体が締まり黒く日焼けして男らしさ100万倍、昨年の波田ビックリ大賞に入賞する驚き。カッコよくなっている!そしてサーフィンが上手くなってる!!。ものすごいもティベーションじゃぁ。『ケージローさんも頑張って下さいねぇぇぇ』とか言われたらヤルだろ!感謝してますヨ。グループが皆、いいんだぁわぁ。先会計ニューダイヤ。 弟がセットになって大成功。美しき兄弟愛が魅力なんだぁ。

秋のサーフ合宿。下田はオキラクな日々。

10月18日 月曜日、天気は絶好調。今年は実に異常気象で台風の連続だ。今日から下田にてサーフ合宿なので沼津から向った。少しずつ紅葉が始まった天城峠を抜けて波チェックを兼ねて海岸線を走る。河津を抜けるといきなりリラックスな気分になるんだよねぇ。そして下田の町の中にのお気に入りの地元農家が共同で出店している八百屋、そしてハンディーホームセンターなどに寄ってから”オキラクハウス”に到着。着いたら東京からイトケンと大山律子がすでに来ていてビーチで待っていた。家に入って生活の準備。別荘といっても先週も来ていたので全然汚れてはいない。ただ台風が通過した後なので被害は多少あった。我が家はベランダのナミイタ(透明な屋根材)が三枚吹っ飛んだ。そしてハイビスカスの木々が多少斜めになぅていた。我が家の被害は小さいほうで隣家は二階に窓ガラスが全部、そしてその隣は屋根が全部飛んだのだ。直撃の台風21号が下田を襲ったが近所に被害からみれば平和なもんだ。昨日は沼津で暇だったので今日のランチのカレーを作っておいたので昼飯の心配は無用。

秋のサーフ合宿。下田はオキラクな日々。

色々と準備をしているうちに湘南の小川兄弟チームやら石堂グループ小林さん夫妻らがやってきた。カメラマンの小林さんの友人の松崎のグラフィックデザインをしている面白い石塚さんという人もやってきた。デザイナーにして農業を楽しみ作った沢山の有機野菜がお土産に!。ここにいるとAМ関係だけでも愉快な人が沢山いるのに他業種に渡って知り合いが出来まくる。午前中からサーフィンをみんなでしたが波が結構サイズが上がってきて緊張した空気だ。ローカルのサーファーがキリキリしてそんなに平和な空気じゃないのが悲しいけど折角だから楽しもう。しかし状況はロングには決して向いている波ではなかった。しかし数本は楽しく乗ることが出来たので満足。午後に下田の紀伊国屋と呼ぶ”スーパーアオキ”に皆で出かけた。ここは結構な食材が揃い決して田舎とは思えない充実の店。ハーブ類、エスニック系調味料、チーズ類にワインも充実しているのだ。(僕はここのポイントカードを貯めるのがオレの無情の喜び。先日チェックしたら12500ポイントがぁ!これは食材をこの夏からで125万円購入したということ・・・・恐ろしい。)美味そうな食材を購入して夕飯はバーベキューをするのだ。午後はサーフィンしたり昼寝をしたり散歩、読書、大工仕事、庭掃除と各自勝手に過ごしていた。ここ”オキラクハウス”はいつもみんな、こんな風に気楽に過ごしているのだ。サーファー大和田剛とチカゲも夕方に来た。今日は本当に天気が良いので気分壮快。しかし明日からまた台風がくるなんて思えない美しい夕方だなぁ。空が本当に綺麗だった。バーベキューは外のダイニングで行われ地元友達のチエと3人の友達も来てモノすごい大所帯で盛りあがり、アホ話しながら飲んだワインは13本、ビールは1.5ケース、焼酎、ジンも空に・・・明日は頭の中まで台風上陸になるかもねぇ・・・。しかし皆、大人なんだから・・・・・・。

感動的にカッチョ良い湘南レジェンド(伝説のサーファー)

8月27日(金曜日)、晴れ。早朝から大和田剛、進藤由美子、アキヤン、ヤッシー、橋本じゅんとで昨日も行った湘南のサーフポイント”カブネ”に向った。2日連続でサーフィンとは優雅だなあ。朝早く出たのに剛のクルマが第3京浜・横浜インターのパーキングで停めたら二度とエンジンがかからなくなって、そのままJAFを呼んで牽引して川崎の修理工場”A2ファクトリー”まで持っていった。しかしメゲないで2台のクルマに便乗して湘南に向い、やっと昼前に到着して入水した。昨日とはまったく違う状況で人出はすごかった。湘南のレジェンドが総出演という位、ものすごい豪華な有名サーファーオンパレード状態で素晴らしいライディングが見れた。

感動的にカッチョ良い湘南レジェンド(伝説のサーファー)

皆、レジェンドな不良オヤジがカッコ良くて最高だったなあ。しかし今日は昨日みたいには気分良くは乗れないのが残念だった。オレみたいにヘタッピなんて一人もいないくらい上級者ばかりで気分はブルー。いったいいつになったらあんなにすごい波に乗れるようになるのだろうか。2時過ぎにストレスを溜めたままメシを昨日も行って気に入っている定食屋・ゆうき食堂で食った。昨日は連れて行ってくれたサブちゃんが誕生日ということでビールを飲ませてあげて運転して帰ったので仕方なかったが、今日は乗せてもらっているのでビールでカンパイ。しかし海鮮丼が芸術的に美味しかったなあ。そして帰宅。夕方に東京の家に着いてまたシャワーをあびて府中の鹿田宅のホームミーティングに出かけた。鹿田夫妻は昨会計に見事にニューDDを達成した50代のオシャレな夫婦で奥さんは本業がインテリアコーディネーターなのだ。今日は新規も沢山来ていたので盛りあがった。未来の明るい兆しを感じたなぁ。10時過ぎにミーティングが終了してから昨日、突然に誘われた高校(明大中野)の同級生が12~3人集まっていると言う事で渋谷の居酒屋に向った。27~8年ぶりの再会の人間もいて懐かしいやらで不思議な感覚。顔の造作を見ると確かに友人だが輪郭、体型、頭髪は別物になっている。(もちろんボクも含めてね。)しかし可笑しい時間だった。ただ車で行っていたので酒が飲めないし途中参加で既に完全に出来上がっていてなかなか溶け込めないのが悲しかったなぁ。そして二次会は参加しないで戻った。本当に眠いし疲れたなあ。家に帰ったら3時過ぎで洋服のままベットで倒れた。21時間充実しっぱなしだった。

ホノルルは幸せ。50年サーフィンしているジイ様と出会う。

≪昨晩はダイヤモンドフォーラムの最終日でグランドバンケット、昔の友人と散々盛り上がり二日酔い気味、しかし気分はホノルルへ!!。≫
2002年11月22日、ダイヤモンドフォーラムで御招待のハワイ島から脱出して大好きなワイキキにゴー!!。何度来ても悪いけどハワイ島は好きでない。そしてこのワイコロアも不自然で好きではない。朝起きて荷物部屋からポーターに渡して8時半までゆっくり小鳥にエサをあげながら朝食をして、その後タクシーが迎えに来てチエックアウト。空港でチエックインしてからコナ・コーヒーを野外の待合場でハワイ感を高めた。しかし野外の待合所というのがとってもハワイ島だ。日本航空でホノルルに向かった。ビジネスクラスはアムウェイで貸し切り状態。ホノルル空港からタクシーに無理やりロングボードを屋根にくくりつけてホテル・モアナサーフライダーに向う。このホテルはワイキキの真中の由緒正しきクラシカル・ホテル。どうしても泊りたかったのではなく、サーフィンがしやすいと判断で宿泊。(夢だったヒトはスミマセン。でもカッコ良かった。)そう!。オレはナンチャってサーファーなのだ。チエックインしてから、腹が減っては戦は出来ぬということでパンダクイジーン(※―1)に昼飯に飲茶を食いに行った。これが実に美味しい飲茶なのだ。帰って早速に着替えて海にドボーン!!。サーフポイントはポップスに向かった。300メートルのパドルは相当にキツイが気分は壮快度数100を越えた。夕方、日が暮れるまでの3~4時間は海に入って楽しんだ。こんな素晴らしいポイントに入っているのは10数人程度。そして皆、素晴らしくフレンドリーで和気藹々。日本ならみんなカリカリ状態だろう。ローカルのジイサンと仲良くなり話していたら、なん1953年からサーフィンしているという。ナンとサーフ歴50年!!。驚いた。そして憧れるカッコよさだった。ゴルフやる友人がゴルフはジイサンになっても出来るなんていうけど、このジイサンをそんな奴に見せてやりたい。他のサーファーを見ているだけでも充分に楽しめて素晴らしく気分がいい時間だった。少しの時間、波が来なくて皆、ブラブラ放心していたらデカイ波がきて瞬間緊張状態。そしたらローカルの恐ろしい巨体の男がデカイ声で”エブリバーディー、ゴ~~~”と叫んでそのポイントに居た10数人が一度にその波に乗って、皆が笑いこけていた。もちろん、オレも参加した。俺ってサーファーだ!!!。夕方サンセットを見て涙が出るほど感激。またまたオレってサーファーだ!!と認識。余力があるうちに、また300メートルパドルして帰った。ヘトヘトになってからホテルでシャワーを浴びて外食の準備。(モアナにはちゃんとサーフボード置き場があって素晴らしい。)そしてヒルトン・ハワイアンビレッジに花火を見に行く予定がナント、行ったら終っていた。増田夫妻(※―2)のマッスン号に6人乗りのところに無理やりに10人以上乗りこんでハーレベトナム(※-3)でベトナム料理を食った。物凄い楽しくて美味しい時間だったなあ。ハワイはいつでも本当に素敵だ。今晩は明日の朝も日の出前に海に入るつもりなので酒は控えめにするつもりが、またまた致死量を越していた。だって・・楽しいんだもん・・・。仕方が無いさ。11時に気持ちよいベッドで就寝。きっとヨダレたらして笑って寝ていた・・・。  (結局、翌朝は6時前に同じポイントに入って朝日も楽しめた。そしてローカル爺さん達とサーフィンも最高に楽しめた。)

※ -1 パンダクイジーンは”大三元酒楼”という中華で昼には香港スタイルの美味しい飲茶が堪能できるのだ。ホノルルランチのお気に入り。アラモアナの裏手。そして安い。
※ -2 増田夫妻(増田マッスンとナルちゃん。)、アムウェイ界きっての健康夫妻。トライアスリートで毎年、宮古島のトライアスロンに参加。ホノルルマラソンも参加。いつでもどこでもトレーニングにはげみ健康という名の不健康と言われて久しい。ルックスは驚異的なカッコよさと可愛さ。天は5ブツを与えた。京都在住、ハワイにコンドも所有、色々所有、なんでも所有。国民全員が羨ましがる二人。
※ -3 ”ハーレベトナム”はハワイのベトナム料理屋で抜群のお味。あの南国ムードにこの店の味が実にマッチ!!。そのうちに”波田啓次郎の勝手でしょ”で紹介。

恐怖の朝…人生こんなこともある。

(波田は恐ろしくサーフィンが下手である。しかし今回はせめて、人並み程度に上達したいという、ささやかな目標の為にサーファー大和田剛氏のツアーに参加。毎日、サーフィンの生活で、海とホテルの往復でテロの危機感はゼロ。ド下手から並みの下手に昇格した。) 10月21日、バリ島サーフィン合宿の最終日の7日目。7時半に起きて出発。今日はエアポートというポイントに入った。海岸から渡し舟で乗せていってもらい約10分、陸がかすかになる距離にサーフィンを楽しむポイント。大海のど真ん中にイキナリ思いっきりデカイ波が立っている。9時に上地(※1)と僕が船から下ろしてもらい大海にすてられ、大和田剛(※2)と大塚健司(※3)他の人はライテンダーという更に遠いポイントに向かって2時間後の11時にピックアップしてもらう約束をした。相当に波は大きくてビビッタが頑張ろうと努力した。結構、恐怖だったのだが一本乗れた。気分は壮快だ。他に20数人の上級者ばかりが入っていたので少々肩身が狭い。でも日本でサーフィンするみたいにピリピリしていなくて、特に地元サーファーは親切だ。上地が入水後30分でW級(背丈の倍位)の波から落ちてサーフボードが真っ二つに割れてしまい、そのまま漂流していった。絶対に折れた板では戻れない。あ~~どこへいっちまうんだろう!?。そのうち、だんだんと他の上級サーファーが迎えの船がやってきて帰っていき結局最後に若いニホンジンと僕になった。そいつは結構、良い奴で不安な僕を元気付けてくれた。しかし、彼にも迎えが来て最後には独りぼっちになってしまった。物凄い不安状態でまいった。だってポイントが何処にあるかわからない。まわり見渡す限り海だけ!。コレ以上の恐怖はなかった。11時に迎えにくる大和田剛(ゴーワダさん)は来なかった。初心者の気弱い僕をインド洋のど真中に置いて来ないのだ。海上で一人・・・・・・仕方ないので大声で歌って見たり”ゴーのバッキャロ~~~!”と叫んだ。その後、幸運なことに漂流している黄色い目立つ僕のボードを見つけてバリ人漁師のカトちゃんが助けてくれた。”お~~い、そんなとこで淋しくないか~い?だってさ。淋しいに決まってるだろう!!。そしてカトちゃんが拾ってくれたおかげで助かった!!。戻ったら先に漂流して助けられていた沖縄人・上地のサーフボードは見事に真っ二つ!!。その後、みんなが帰ってきて盛り上がった。本当に無事に、よく帰って来られたと思うと笑えた。鰆(さわら)を買って近所の花さん(※4)がやっている海鮮中華料理屋に届けて夕飯に使ってもらう企画だ。大塚健司は夕飯の為に三枚に素晴らしい手さばきでおろした。花さんは大和田剛が大好きでオマケにランチを御馳走してくれた。バリ人は素晴らしい人だ。大和田剛の顔の広さに感動してしまう。午後はボードを修理に出して、その間に近所の生地屋街をウロウロしてサンダル、面白い靴などを購入した。上地とシゲ君の3人で楽しい時間だった。その後、帰ってパッキングして晩飯に出かけた。7時に先程の花さんの中華料理店で食った。本当に美味しくて楽しい時間だった。店員とマジックで盛り上がりをした。3時間の宴で暴力的な量の老酒(ラオチュー)を飲んだ。そして飛行機に搭乗するギリギリの時間にヘベレケでチェックインした。桜子、元太朗、宗一郎(我子)のお土産が見つからないで困ったが間に合わせを購入。テロの影響でビジネスクラスは3人、エコノミーは30人位しか乗っていなかった。乗ってリグライニングも倒さずに爆睡してしまった。夜11時過ぎのフライトで到着するまでまで一切なにも記憶になく着陸したら成田だった。(朝8時)そのままニコタマの高島屋裏の定食屋に向い11時の開店を待った。まだ昨晩の老酒が残っている朝だった。考えて見たら赤道を越えて泥酔、二日酔いしたのは初体験だった。

※1:沖縄人上地は軽い。軽すぎる。バリ出発の1週間前に波田はお仕事で沖縄に行き、そのとき気軽に冗談97%で1週間後のバリに誘ったら本当に来た!!。Aмでも成功しているがカフェとゼンザイ屋も経営している実に明るく明るく明るい奴。マジでイイ奴度100%。
※2:大和田剛、バリニーズはミステルゴー(ミスターゴーは何故かこうなる。)と呼ぶ。バリ中の人間を知っているかと思うほど顔がひろい。バリ情報もハンパなし。人望の厚さもハンパじゃない。東京の豪華マンションに住むが多分近所の人は不思議に思う大人。もとファッションモデル、俳優にして一児の父、サーフィン上級者。年に2~3ヶ月は海外でサーフィン三昧。
※3:大塚健司、べーリ~~ナイスガイ。元フレンチシェフの彼の料理センスは抜群。”啓次郎の勝手でしょ”の特別顧問。カッコ良くて少々、しわがれた声が渋く女の子にはオオモテ!!。波田と同じでいつもナニ食うか考えてる。
※4:花さん。勿論インドネシア人(というかチャイニーズも入っているかな?。どうでもいいが・・)名前が花さんでなく、誰が見てもクレイジーキャッツの花ハジメにそっくりだから勝手に呼んでいる。超ウマイ中華料理店を経営。酔いすぎて名前は控えていない。

夏の終り・・・・でもまだ続く。

《昨日から下田にサーフィンしに来ている。宿泊はキャンピングカー。夏も後半になると朝夕は涼しく車中も快適、しかし昨晩はパラダイスカフェで飲み巻くって不快少々》

8月27日、昨晩は前半はしっかり寝られて後半は少々熱くてというか昨晩のバーボンの飲み過ぎか・・・・・・・しかし総合的には壮快な朝だ。海岸で迎える朝なんて贅沢な事だ。朝5時半に起きてサーフィンを楽しんだ。ものすごい気持良い波に乗れて楽しかった。そして8時過ぎにエネルギーも切れて一度上がり朝飯のパンにキューピーのマヨベーコンを塗ってレタスを山盛りはさんで食おうと思ったら前歯がイキナリ折れた。あせった。しかし先ほどのサーフィンがご機嫌で差し引きしても、まだ楽しい。朝食のあとノンビリとして、午前中にもう1度入ろうと思いビーチを歩いていたら十数年ぶりに友人のマイク淺川(※1)に会ったのだ。偶然すぎてビックリ仰天した。凄い偶然すぎるではないか!!。盛り上った。元気な再会がウレシイ。そして一緒に海に入ってサーフィンを楽しみながら色々の共通の友人の近況報告を聞いた。しかし歯が無いと辛い・・。ヒトに正面から顔が見せられない。昼は海の家”なぎさ”でラーメン炒飯を食った。そしてマイク御一行は他のビーチに移動していった。午後も菊地、岩渕と3人でノンビリとサーフィンしたりとビーチライフを楽しんだ。ここ、伊豆の多田戸浜は日本とは思えない環境で本当に和む。海の青さ透明さ、そして白い砂のビーチは最高だ。天気予報を聞いたらどうも夕方から雨の予報。仕方なくいつも宿泊しているホテル・ジャパンを予約して移動してチェックイン。その後、ついでに以前から捜していたオートバイ、ホンダスーパーカブC100(※2)を民宿のオヤジから 譲りうけたのでピックアップしにいった。ものすごいデザインが可愛くてウレシイ。ちゃんとレストアして乗るのが楽しみだ。その後、温泉で汗を流して夕飯時間になったので愛する下田市街にある”ごろさや”(※3)で大満足の刺身と料理、そして酒を楽しんだ。岩渕の友人の美容師とイデーカフェの店員も参加で面白い夜だった。ホテルに帰って布団に突入して寝たのは9時半(記憶は無い)で充実の夏の終りの一日だった。明日の朝が楽しみだ。
※1 マイク淺川・・波田の高校生くらいからの先輩だが、全ての遊び、人生に精通する男。多分48才かなあ・・、アメリカ生活も長くとにかく洒落モノ。
※2 昭和34年製でホンダが世界戦略に出る為のバイク、よく郵便屋とか蕎麦屋が使っているモデルのクラッシック。
※3 下田の”ごろさや”は素晴らしい居酒屋。刺身の船盛り3000円なんて他店なら一万円取るかもと言うぐらいの高品質。”波田啓次郎の勝手でしょ”のバックナンバー参照してください。