メキシコから空路でハバナ国際空港に到着した。やはり社会主義国への入国は緊張する。いきなり目についたのは空港ロビーの天井には万国旗が掲げられている。間違いなくアメリカ国旗だけはない。”オレたち世界中の人と付き合うけどアメリカだけは付き合わないもんね!”と物語っている。(アメリカ国籍の神谷アンドリューは相当に人生の想定外の旅だったようで、モロに緊張! アメリカで初等教育を受けたアンドリューにとってキューバに行く事は日本人のオレ達が北朝鮮に行く感覚と似ているらしい。そういえばオレの英語教師のケニー(完全アメリカ人)も同様にキューバ行きに関しては異常なまでに嫌悪感を示していた。そんな教育をうけているのだ。実際にはキューバは貧しいが相当に平和レベルが高く、歩いていて危険もないし国民は精神的には豊かそうにみえる。なんといっても社会主義なので最低生活が保証されているせいか自殺者は皆無らしい。 空港で緊張のイミグレーション(入国審査)を抜けて荷物をピックしようと思ったら同行者の室町茂がいない・・・奴は何を思ったか、今日のコスチュームは迷彩柄のシャツだった。どうもその挑戦的態度をかわれて別室に連れて行かれたようだ。待つ事、数十分で出て来れた。良かった!! そしてタクシーで30分で市内に入った。
決して上等ではないが、位置的に便利なクラシカルなホテルだ。(というか町中にはクラシカルしかない。なにせ時代は1950年代の今のカストロ政権になってから諸外国との国交を断絶したことにより停止。走る車など50年代の羽根がはえた巨体のアメ車かソ連製の車がほとんど。その時代の止まり具合というかモノに支配をされていない雰囲気が面白い。そして町中、何処に行っても音楽に包まれている。国民のほとんどが楽器または歌を歌うといわれている。レストランに入ると”生バンド”は当たり前だ。市街地を散歩して夕飯時になってきたのでレストランを選んだ。だいたい夕飯はスペイン圏などだそうだが10時位が日本の7時位の感覚。従ってオレ達がメシを食う時間はガラガラだ。(カブれて10時まで待ったら倒れちゃう。ランチは機内食のパン一個だった。)ディナーはパエリアをメインとしたスペイン料理。 酒は普通はワインとなるが・・・・実は一昨日、成田発メキシコ往きのJALの機内販売で幻の焼酎の”森伊蔵”を買ってしまったのだ。(一年のうちの限られた期間に限定で販売される。見たら”買う”が鉄則。ちなみに機内では3000円だが市場に出るとプレミアで1万円は軽く超える。)何の考えも無くラッキーとか思い買ってしまったが、よく考えたら”液体物”なので機内持ち込みが出来ないのでメキシコ、またはキューバで飲むしか無い! 持って帰る事は出来ないからね。自業自得とはいえ困った。そして思いついた必殺技がペットボトルに入れてレストランに持ち込んで水のふりして飲むという技であった。最初から水で好きな濃さに割っておいたら尚、便利!(これ前割りという技なんです。氷だと薄まるでしょ!)
一応、カモフラージュにキューバの酒”モヒート”は注文。乾杯して飲んでから、我々は酒は弱いから後は水を飲みますね・・みたいな顔をして名酒・森伊蔵を飲んだ。しかし幻の名酒も鹿児島で生まれて、まさか飛行機に乗せられてメキシコ経由でカリブ海のキューバに連れてこられて、その上、ペットボトルに入れられ、カバンの中で半日連れて回され、ワイングラスに注がれ、あげくの果てには故郷の薩摩揚げなどと胃腸のなかでのランデブーを楽しみたかったであろうに、一緒になったのは友達だれもが見た事も無いパエリア・・・少し気の毒になったが、その分、誉めまくって飲んで差し上げた。しかし波田の脳みその中では《森伊蔵=キューバ》の図式が出来てしまい、作者の意図とは違う方向に向いている気がしてしまう。次回出会ったらちゃんと薩摩揚げと一緒にしてあげよう・・・・しかしレストランの従業員は、水を飲んでゴキゲンになるニッポンジンは奇異に見えたに違いない。ホテルに帰ったらホテル従業員の激しいセールス活動を受けた。この国は全員がセールスマン化していて可笑しい。ボーイは葉巻の手配からレストラン斡旋、タクシー斡旋、葉巻の販売までこなす。終いには、仲介人と女の子まで部屋に乱入されてマイッた! 処理を室町に依頼してオレたちは寝た。 翌朝はウルサい目覚めであった。多分昨夜は4~5回は起きてしまった。ホテルは一階の部屋だが回廊の隣で人通りが激しい。なによりキューバ人は朝からテンションが高くて騒がしい。人は最高!! みんなで朝食をしながら本日の行動を検討! ハズせないのはヘミングウェイの屋敷の見学。コヒバ(キューバは最大の葉巻の産地なのだ。その中の最高級ブランド。国営で本当にカッコいい!)あとは・・・別に無い。 近所のフリーマーケットをのぞいて、数点のお土産的人形を購入して、タクシーでヘミングウェイ邸へ。キューバでの観光では相当に人気があるようで、綺麗に修復されヘミングウェイが暮らしていた時と同じ状態である。(古い屋敷を維持、管理するということは相当にお金がかかるのだ。)
素晴らしい邸宅で置いてある物、全てがカッコいい! 小高い高台にあるのだが本宅とは別にお茶目な離れが10畳間そのまま三階建てのようになっている展望台型の書斎があって相当にいい雰囲気で執筆活動が出来たのだろうと想像がつく。書斎、応接室、ベッドルーム、ゲストルーム、バルコニーからの景色、すべてに文豪ヘミングウェイのこだわりを感じられる。とても素晴らしい時間になった。(オレも印税生活でこんな屋敷に暮らしたい。)その後、タクシーで市内に戻り、腹も減り、国営ホテルのナシオナルデェoクーバに向かう。1930年に出来たままの姿で維持管理され、まさにキューバの顔的なホテル。何となくランチをして、午後の活動に入ろうと思いきや・・・メチャメチャにダルい空気になってロビーのソファーでまったり状態に突入! 『あぁ、今回はビーチに行くチャンスが無かったなぁ!トホホo・・』(砂コレクターなんです。ボクの密かな趣味です。)なんて思った矢先に、アンドリューが『砂をとりにビーチに行きましょう!』と声をかけてくれて行く事に決定!バンザイ!ということでセント・マリアーナビーチに向かった。
タクシーで20分、行く道々も気分がよく窓から入る風も、なま暖かく、潮と木々の香りを含んだ素晴らしい風で、今、カリブ海にいるのだと実感した。ビーチはご機嫌だがビーチ対策の服がなくて少々残念だが、目的の砂も回収できたし、プリンプリンのカリビアンな女の子を沢山見る事が出来て幸せだった。タクシーの運転手のオジさんは遠距離のお客を乗せて上機嫌! 帰りは頼みもしないのに色々なベストビューポイントを案内してくれた。みんな、ドーにでもなってチョウだい的な空気で運転手の案内に身を任せた。ホテル・アンボスムンドスというヘミングウェイが居を構えるまで暮らしたホテルでモヒート(ラム&ミントのカクテル)を屋上のバーで飲んだ。その後、全員の意見が合致してホテルに帰りシェスタ(昼寝)をした。夕飯はラ・ポテギータ・デルメディオでキューバ料理を堪能(すばらし店なので波田ケージローの勝手でしょで紹介)実にキューバ的な素晴らしい時間でした。明日は朝、6時の便(朝3時起き!)でメキシコ経由、ロサンジェルス、そしてサンディエゴに向かいます。一日中移動かなぁ??またキューバが好きになったのは間違いない。