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キューバの星! 街は変わった!

5年ぶり、そして三回目のキューバ訪問となった。

 

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アメリカの民主党のオバマ氏がいきなりキューバとの国交正常化を言い出し、政治的な関係がガラッと変わるのだ。
決して良い方に変わるとも思えず
(市民にとっても良い部分も悪い部分も想像ができるけれど)
とにかく70年近く続いた、国交が始まるとアメリカンナイズして来るのは想像に容易い。
前回、来た頃はインターネットも存在していなかったので、ガイドさんとか、アテにならない観光情報誌しかなかったので、キューバ=不味い国という位置づけで、100万人に語ってきたことは認める。
今回も、初日に、初めて来た頃に知った店 ラ・ポテギータを訪れたが、決して美味しくない上に
・・・高かった。と言うかボラれた。まぁ観光振興費に使ったと諦めモード。
後日、諦め半分でレストランを捜している時にこの店を発見。
明らかに素敵なオーラが出ている。裏通りにある店特有のだ。小さいけれどなにかチャンとした
・・・ハッピーアワーをやっていたので入ってみた。
まずモヒートを頼むと、どこのモヒートよりも丁寧。
人気の店は昔のディスコのカクテル(古いね、粗雑と言いたい。)みたいにデカいヤカンに作り置きされていて、どんどんと注ぎ足すシステム。それは悲しいでしょ。
ここはキッチりと愛情混めてミントの葉っぱを絞って一杯一杯、丁寧に作っていた!
メニューを見ても実に誠実さを感じられる。奇をてらっていない感じ。
キューバから他国に出稼ぎに出て、料理を覚えた若者が祖国復興の為に、あえてハバナで、めでたく開店!
なんて勝手な想像だけれど、こんな店を知っていたら、キューバの魅力が倍増する事は間違いない。

 

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余談だが、この奥の店も本当に美味そうだった。もう二度とスレた観光客相手の店なんかには行くまい!! メニューはなんだか読めなかったし、言葉も通じなかったけれど全然、問題無かった。
スタッフもサイコーだった。

 

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Abierto todos los dias de 12 a 12  アビエルトトドス

San Ignacio #58 A e/O’Relly y Empedrado

Callejon del Chormo. Plaza de la Catedral

Tel 537 8625109

 

 

大平夫妻との時間!

ニューヨークからジャマイカ、キューバ、ケイマン諸島を廻るかなり変態な旅を予定していた。

 

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大平夫妻を飲んだ席で気楽に何気なく誘ったら一緒に来るという返事!
(誘ったクセにビックリ)

 

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とにかく約10日間はよく飲んで食って話して楽しい時間だった。
ただ大平マコトが甲殻類アレルギーでメニューが限られた。
(と言うか世の中のメニューに甲殻類が以外に多いのに驚いた)

 

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普段、甲殻類は俺は積極的には食べないんだけど、
ダメと言われるとやたらに食いたくなってきたのは不思議な現象。
キューバで別れてから、ひたすらにエビを食った。(笑)

 

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2016 アメリカ&キューバと“濃厚”文化体験!

2016年3月11日
午前便で成田空港からニューヨークへ!
ANAのビジネス・クラスは素晴らしい。
12時間の引き込もリ生活。
空港から時間もあったので乗り合いバスが空港出口の目の前に停まっていたので乗ってみた。
お一人さま21ドルと言う格安なトランスポーテーション。
ミッドタウンのエースホテルへチェックイン!
部屋は想像以上に広かった。
時差ボケで倒れない様に出かけて、近所のサラダ専門店で軽いランチ!
これが衝撃的なお店。
いきなりニューヨーカーに先制パンチをブチ込まれた気分だった。

 

スイートグリーン サラダの専門店

http://sweetgreen.com/

 

その後、街をブラブラ!
マディソン・スクェアの三角ビルを初めて見た。
ずっと見たかったので少々感激。
そして広場脇の大型グルメ店EATALY(イータリー)には圧巻!
夕方にハッピーアワー目当てでオイスターバーに入ってみた。
お味はSOSO・・・
その後は週末夜間割引を利用して、MPDに引っ越してきたホイットニー美術館を見学。
(お金払ってたら怒ったかも、タダなら許せる。)
そしてハイラインを上から見学。
例のグルメショップでピザを買って、ホテルからプレゼントされたワインとでエンパイヤステートビルを眺めながら部屋飲みをした。
寝落ち・・・

 

《2日目/3月12日(土)》

沖縄から来ている大平夫妻とMOMAにて待ち合わせ。
ここはやはり見所が満載だ。
見ていると自分にも出来そうな気がしてくる。(笑)
美術館前のミュージアムシヨップは相変わらずオシャレで感心する。

ランチは予約しておいたレストランでランチ!昼からワインで肉魂だ。

 

 

午後は五番街から老舗デパートのバーグドルフグッドマンなどを見学。
ここオーラ大全開!素晴らしいです。
五番街のアップルストアも衝撃!
そしてセントラルパーク脇にあるホールフーズもグッチャグチャでニューヨークらしかった。
その後はブラブラと昼間のMPD地区を散策。

ディナーは大人気のNOHOのイタリアンで!
ここもさすがのニューヨーク!美味かったぁ!

 

◎アリメンタリ・イルブッコ・ビネリア

http://www.ilbucovineria.com/

 

 

《3日目/3月13日(日)》

朝からワールドトレーディングセンター跡地を見学。
少々、感傷的な気分になるね。
途中で、偶然にも見たかった建築家フランクゲーリーの作品のビルを見れた。

ランチは並びに並んでチャイナタウンの飲茶。
ここは満塁ホームラン!とにかく大満足。

 

 

 

その後はブルックリンに移動して街を散策。
TOKIO君がクルマで迎えに来てくれてフリーマーケットなどを見た。
公園からの景色も絶景。ディナーは中華街のマレーシア料理店に乱入!
ここも美味かった。

 

◎マレーシア料理  NYONYA

http://www.ilovenyonya.com

 

 

そしてルーフトップバーを初体験。
摩天楼、エンパイヤステートビルを見ながら飲んだ。
しかし時差ボケには勝てず。テントで撃沈。

 

《4日目/3月14日》

朝から天気は雨!とても寒い。
ACEホテルのジムで一時間走ったけれど壁を見ながらのランは本当に盛り上がれない。

郵便局で切手を購入してから事務仕事。
その後、ベーグルサンドを買いにダウンタウンに移動。
今日も地下鉄だけれど、やはり一週間パスを買っても元取れたなぁと今さら反省!

 

◎ベーグルサンドイッチ屋さん

RUSS & DAUGHTERS(ラス&ドーターズ)

179E, HOUSTON STREET. NewYork

 

その後、当分はお醤油味の食べ納めという事でランチは中華街のフラッと入った小さな中華料理店を二軒。
一軒目は小籠包の店。
そして二軒目は麺類が強そうな店で、素のラーメンに蒸し鶏だけを載せたものを注文。
これまた美味かった!

午後は地下鉄でアップタウンへ。
バーニーズを見てからグッゲンハイム美術館を見学。
NHKの子供番組のピタコラスイッチアメリカ版を見ているみたいだった。
DEAN&DELUCAなどを見ながらミッドタウンへ。
ディナーは二人だったのでマディソンスクエアの回りの店で!
ここメチャメチャにニューヨーク!

 

  • EATALY

https://www.eataly.com

 

《5日目/3月15日、ジャマイカは通算108カ国目の訪問》

 

早朝のフライトでJ,F,Kからカリビアンエアラインでモンテゴベイへ移動。

ジャマイカの空港で先月、インドに行ったことがわかり検疫官から問診。
マラリアは恐いぞ。

空港からはタクシーでホテルまで。

シークレットナンチャラと言うオールインクルーシブなホテル。
遅めのランチをホテルで食う。
ビールがやたらに美味しい。
かなり大規模なホテルでサービスは期待しない。
部屋はバスタブがエロい感じ。
午後はひたすらビーチサイドで昼寝&読書した。
ディナーは何個もあるレストランの一つ。
オールインクルーシブのワインが不味くて驚いた!
カリブ海はこんなもんかなぁ。

しかしいまだに時差ボケはキッチリしていて夜の10時になると強烈な睡魔。
そして早朝の三時半になるとパッチリと目が覚めるのだ。

 

《6日目/3月16日》

ジムで一時間のランニング。
ここのお客さんは両極端で健康志向の人も相当に多い。
10時に迎えが来てくれて、一路、島の反対側のキングストンに向かう。
迎えのクルマは広くて新しいハイエースだったけれど、
途中に検問があって、運転手がなにか書類の不備の為に待たされる事、1時間半。
そしてクルマはボロくなり、運転手は乱暴になった。(笑)
相変わらずガイドは無愛想。
途中でホンモノのジャークチキン専門店にて食べた。
スパイシーで美味しかった。
途中の数少ない観光地は、『アンタ達、寝てたからパスしたわ!』だってさ。(笑)

キングストンの街、特にダウンタウンはやはり恐い感じ。
カメラを向けると真剣に怒っていた。
結構、ヤバい空気で観光客は歩いちゃイケナイ感じ。
ボブ・マーレィの家を訪問。
ツアーは時間がなかったので不参加。
CD一枚を買って中をチラ見させてもらったけど、ドキュメンタリー映画で見た、そのままだった。

ホテルはテラノバなる高級ホテル。
通された部屋が何だか淋しいぞという空気をだしたら、マネージャーがいきなりホテルで最高のテラノバスイートに通してくれて嬉しい。
冷蔵庫も全てタダと言われて、外食を急きょ変更して部屋飲みに変更。
ルームサービスは美味かった。
夕方、雰囲気に誘われて行ったバーで飲んだカクテルが美味いけれど、
やたらに効いたみたいで、夜はお約束通りに時差ボケで10時にはダウン。

 

《7日目/3月17日/119カ国目のグランドケイマン諸島 》

6時に起床してサンドイッチを作って空港へ。
8時半のフライトはおもいっきりディレイ。
結局、飛んだのは2時間以上遅れだった。
カリビアンエアラインは大して謝りもしない。
日本の飛行機は10分、遅れただけで永遠に謝っていてウルサいけれど、
こっちの謝らなさもイヤだなぁ。
でもラウンジが使えたお陰で、助かった。
グランドケイマンは金融で成り立っているだけあってお金のニオイがブンブンする空気。

到着後はタクシーで予約していたマリオットホテルへ。
するとマネージャーがロビーで待ち構えていて、部屋のトラブルで、なんとリッツカールトンへ移動してくれと。
もちろん一つ返事で快諾。
(ちなみに値段は倍は違う。
)お陰で出かけるのも止めてホテルライフをエンジョイする事にした。
ディナーはタクシーで5分のビストロ。
かなり南の島の空気もしてエレガントで素晴らしい時間になった。

 

 

《8日目/3月18日》

午前中はホテルでくつろいで、遅いブレックファースト兼ねてサンドイッチを作った。
ケイマン島をゆっくり出発。
(13:30)
空路で一時間でハバナに到着。
米国大統領オバマのキューバ訪問の影響でなのか、空港はいつになくごった返していた。
アメリカの放送局が機材を搬入していた影響か、ラゲージをピックアップするのに小一時間は待たされた。
そしてタクシーをひろってハバナへ。
今回はホテルはヘミングウェイの定宿だったアンボスムンドスが予約出来たので嬉しい。
そして部屋に入ったら、なんとヘミングウェイの使ってた部屋(507)の真下の部屋だった。
ある意味、街で一番ヨロシいホテルと言う事で居心地は抜群だった。

ディナーは、安全と思いラ・ポテギータへ!
周りは見るからに観光客ばかり、なんだかがっかり。
かつてヘミングウェイが来ていたという理由だけで随分と儲けているなぁ。
その上に少々ボラレてしまった。
まぁ、仕方ないのかえねぇ。
その後はアンボスムンドスのバーでラム酒を飲んだ。
大平夫妻は初、悲願のキューバを楽しんでいる。
しかし何処で写真を撮っても絵になる街だな。

 

《9日目/3月19日》

キューバ2日目。
10時にアンボスムンドスで待ち合わせ。
葉巻工場に向かった。
結局、工場は移転していて販売所だけ見学。
アツシご推薦の豚の煮込み料理を食う。なかなか美味しい。
そして辺鄙な場所なのに、人がどんどんと買いにくるからスゴイ。
そして中華街に行ってみた。
これまた可愛らしい中華街で世界中のどことも違う佇まいであった。
その内の評判が良さそうな一軒でメシ。
店の名前は・・
中華街を入って一番奥の左側の店。
水餃子とビール、そしてラーメンを食ったが充分な美味しさだった。
街をぶらぶらと徘徊。そこを見ても絵になる景色。

タクシーでミューゼ・ヘミングウェイのハバナの屋敷を観に行ったら4:30締め切りに間に合わなくて見る事が出来ず。無念・・・

ハバナ旧市街に帰ってメシ。
評判の一軒を訪ねたら、予約が無くて無理、仕方が無く隣の店に入ったら、これが満塁ホームランだった。
(この店、なんて読むんだろう?)

 

◎Esto No Es Un Café

https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g147271-d6619999-Reviews-Esto_No_Es_Un_Cafe-Havana_Cuba.html

 

 

Abierto todos los dias de 12 a 12

San Ignacio #58 A e/O’Relly y Empedrado

Callejon del Chormo. Plaza de la Catedral

Tel 537 8625109

 

その後、広場脇のカフェでラムを飲みながら葉巻を吸って、気分はキューバ人だ。

大平夫妻とはここでお別れ。二人は明日の早朝に帰路に着く。

楽しい交流ができたなぁ。

 

《10日目/3月20日》

ゆっくりした朝だ。
新市街にむかってウォーキングした。
屋上のレストランからの景色も素敵で朝食。
決して美味しくはないけれど、キューバでコレだけ出てくると感心する。
11時にチエックアウトして新市街のメリア・コヒバに移動。
部屋が間に合ってなくて3時までプールでゴロゴロ。
ランチはプールサイドのレストランで!
結局、天気も悪くなってきて、ホテルの部屋でゴロゴロしていた。
実は部屋の用意が遅れた罰に、ものすごい素晴らしいスイートを充てがわれたのだ。(笑)
またまたワラシベ長者状態。
最上階角部屋スイートで市内の景色が一望。
ちょうどオバマ大統領が到着している様子で、ホテルの中も慌ただしい。
結局、夕方までホテルでゴロゴロしていた。
隣のホテル リビエラのネットを使いに行ったら、いきなり豪雨。
夕飯は向い側のレストランに行くにも両替が面倒だし、
休肝日にしたくてホテル内の小さなイタリアンで軽く済ませた。
夜に隣のクラブにブエナビスタに観に行ったら、なんと観客が限りなくゼロで見る気が失せて、ホテルに帰った。
早々と就寝。

 

《11日目/3月21日》

早朝のフライト
(アエロメヒコ)でロサンジェルスに移動。
ホテルから空港までのタクシーからの車窓がとてもシュールで良かった。
メキシコシティーの空港でタコスを食したが、なかなか美味くてメキシコを感じた。
ラウンジでウダウダして12:36のエアーメヒコにてロサンジェルスへ。
夕方にLAXに到着。
幸運にもアンドリューが迎えに来てくれてパロスベルデスへ!
ウエルカムパーティーで皆さんに『やぁやぁ!』

 

《11日目から15日目/ダイヤモンドフォーラム PAROSVERDES 》

 

《15日目/3月25日》

早朝の4時にホテルから空港へ向かう。
アンドリューの手配で35ドル!
これは助かる。
7時のデルタ航空で一路、オレゴン州ポートランドへ北上。
アンドリューも渡辺正人氏も初めてのポートランドなので、かなり興奮気味。
空港でレンタカーを借りて、街に向かう途中のSweeDeeDeeで遅い朝食。
メチャメチャに美味しくてびっくり仰天だった。
こんな住宅地の平日の朝なのにひっきりなしの人でごったがえしていた。

ホテルに荷物を降ろしてから,前回行かれなくて悲願だったNIKE(ナイキ)の世界本社を訪問。
Mさんの案内でキャンバスを散歩。
ここから世界の95%のデザインが行われていると聞いて感動。
しかしポートランドにはアンバーマーや
アディダスもデザインセンターを作っていて、
ヘッドハンディング合戦も激しいとの事。
それぞれのビルにはナイキに今まで貢献してきたアスリートの名前が付いていた。

その後は市内見物。
デッドストックの殿堂アウトドアーポートランド、ダウンタウンのキーンなどのエリアを散策。

ディナーはお馴染みのオリンピア・プロビジョンで肉系ディナー。ここ美味い!

深夜にアンドリューとビリヤード大会。盛り上がったなぁ。

 

  • Sweedeedee

http://www.sweedeedee.com

 

  • Olympia Provisions

http://www.olympiaprovisions.com

 

 

《16日目/3月26日》

朝からランニングを一時間。
市内を散策した。
見たいお店がイッパイあってワクワクする。
こんなスモールビジネスが大切にされている風土ってスバラしい事だ。

ランチはボリウッドシアターでインド料理を食う!
美味かったぁ〜!
アメリカ人が作るインド的空間に食事。楽しめる。
その後はその界隈を散策。23stがいい感じだ。気に入った!
夕方にアンドリューは町中からウーバーで帰って行った。

ディナーはウーバー使って送迎してもらってウッズマンタバーンへ!
ここは満塁ホームラン。雰囲気も何もかも素晴らしかった。

 

  • Bollywood Theater

http://www.bollywoodtheaterpdx.com

  • The Woodsman Tavern

http://woodsmantavern.com

 

《17日目/3月27日》

正人氏は早朝便で帰国。
朝から空腹モード全開で、オーガニックスーパーでスープを試飲しまくり、野菜サラダを買って食う。
幸せだ!!
結局、お昼抜き。
23st界隈を散策。
ここら辺、とても気持ちが良い。
日曜日と少し雨という事で、洋服など10%OFFで買えた。
ホームセンターACEも楽しめる品揃え。

ディナーはダウンタウンのパークキッチンで地産地消の料理。
3月はレストラン月間らしく、様々な人気レストランで29ドルの3コースディナーを提供。
その恩恵に預かって素晴らしい食事だった。
帰りに隣のホテルも散策。かなりカッコ良かった。

 

  • Park kitchin

http://parkkitchen.com

 

《18日目/2月28日》

朝からウォーキング。素敵な時間だ。
11時にチエックアウトしてクルマを停めたままでダウンタウン界隈のお店を散策。
ペンドルトンストア、その隣の雑貨屋などスバラしい。感心する!
ランチは昨日、気になっていたラルドなる豚肉専門店でバインミィーとキムチの入ったサンドイッチを食した。
中々だね。でもハンバーガーが食いたかったなぁ。
次回の宿題だ。

 

午後もエースホテル界隈で過ごした。だんだんと地理感覚がわかってきて楽しい。

17時にレンタカーを返却してポートランド空港からLAX経由で帰国の途へ。

 

時差を含めて19日間の旅!
今までのどの旅よりもミックス感がイッパイだったなぁ。
異文化サーフィンと言っても差し支えないくらい色々な味を楽しんだ。

そんな事をしながら、また三つ先までの旅の計画をネリネリしています。

まだまだ遊ぶぜ!!! 世界はお庭!

 

  • LARDO

http://lardosandwiches.com

キューバのラポテギータでヘミングウェイになろう!

キューバは文豪ヘミングウェイが愛した国。ハバナから30分のサンフランシスコ・パウラの屋敷で晩年の20年間は過ごし、”誰がために鐘は鳴る”や”老人と海”などの傑作を残した。その屋敷は見事に残されていてヘミングウェイの趣味の幅広さ、豪快さが伝わる素晴らしい屋敷だ。街の至る所にヘミングウェイの足跡を見つける事が出来る。 定宿にしていたホテル・アンボスムンドスの501号室はそのまま残されているし、バー・フロディディータのカクテルのダイキリは”パパ・ダイキリ”と呼ばれ、いつも、それを作らせて魔法瓶に入れて持ち歩いていたそうだ。結局、ヘミングウェイが愛した、ヘミングウェイが好んだ、ヘミングウェイが通った・・・で本人の没後も多くの人々がヘミングウェイ神話に養われているのだ。

キューバのラポテギータでヘミングウェイになろう!

そんな数ある店の一つに、LA BODEGUITA DEL MEDIO(ラ・ボデギータ デルメディオ/小さな道と道の真ん中の店という意味)の本当に小さなレストラン&バーがある。ヘミングウェイがこよなく愛した、モヒートがこの店の名物だ。来る客は全員、例外無く最初に、ここのモヒートを注文する。(モヒートはキューバの代表的なカクテル。ミントの葉とライム,ラムで作る爽やかなカクテル。)そしてモヒートだけでは文豪ヘミングウェイはここまで通わなかったであろう。料理が素晴らしく美味いのだ! キューバは決して豊かではないし(GDPは世界100位あたり) たいした食材が集まる場所でもない。なにせカリブ海にある島なのだ。ということでここの専門は煮込み料理。なんでもグツグツと煮込んである。チキンキャセロール シュレッテッドビーフシチユー、シュリンプクレオール(クリオール料理は中南米料理)、ポークロースト、ブラックビーンズのスープ、クリオールライス(黒米)など名物料理は全て制覇!どれも本当に味わい深かった。

キューバのラポテギータでヘミングウェイになろう!

しかし沢山注文が出来ない、酒も思う存分飲めないのが残念。その理由は ①明日、キューバを離れるのでキューバの通貨ペソを両替してまで使いたくない。②キューバ・ペソは余れば紙切れ・・・ ③キューバはカード類は一切不可!現金のみ。 ④米ドルは使えない。使えても露骨な嫌な顔。(アメリカが大嫌い!アメリカもキューバが大嫌い!そして換金レートは最低。 ④食い逃げしたら・・・・死刑になる気がする。 という事で計算しながらの注文になったのが大人として残念だったが、ちょうど良い量だった。(酒に関してはちょうど良くはなかった。)ということで腹八分目な素晴らしいディナーだった。キューバのレストランは例外無くライブのバンドが入る。そんなキューバ・ミュージックが味のレベルを押し上げているのは間違いが無い。この店の来客者はハンパじゃない。世界のセレブが目白押しだ。ショーンペン、ピアスブロスナン、ロバートデニーロ、ジャックレモン、橋本龍太郎(元・日本の総理大臣)、ナオミ・キャンベル、ジョージベンソン、スティング、ヘミングウェイの孫達・・・・その壁の落書きも味がありまくる。

キューバのラポテギータでヘミングウェイになろう!

あぁ次回は絶対にお金を沢山用意して、もっと飲んで食おう!!この後悔の念が三回目のキューバ訪問につながる気がする。ここのバーでたたずんでいると気分はヘミングウェイになれるのだ・・・

  • LA BODEGUITA DEL MEDIO C/Empedrado e /Cuba y San Ignacio. HAVANA CUBA 887-1374
  • ラテンアメリカの賞を総ナメにしたらしい。しかし値段はいたって庶民的。(キューバ人には高いのかなぁ・・・上記メニューはだいたい10ペソから14ペソ(1000円から1400円程度、モヒートなんてたったの4ペソ!)ライブのレベルも相当だ。

甘いキューバの香り・・・男はハバナを目指す!

メキシコから空路でハバナ国際空港に到着した。やはり社会主義国への入国は緊張する。いきなり目についたのは空港ロビーの天井には万国旗が掲げられている。間違いなくアメリカ国旗だけはない。”オレたち世界中の人と付き合うけどアメリカだけは付き合わないもんね!”と物語っている。(アメリカ国籍の神谷アンドリューは相当に人生の想定外の旅だったようで、モロに緊張! アメリカで初等教育を受けたアンドリューにとってキューバに行く事は日本人のオレ達が北朝鮮に行く感覚と似ているらしい。そういえばオレの英語教師のケニー(完全アメリカ人)も同様にキューバ行きに関しては異常なまでに嫌悪感を示していた。そんな教育をうけているのだ。実際にはキューバは貧しいが相当に平和レベルが高く、歩いていて危険もないし国民は精神的には豊かそうにみえる。なんといっても社会主義なので最低生活が保証されているせいか自殺者は皆無らしい。 空港で緊張のイミグレーション(入国審査)を抜けて荷物をピックしようと思ったら同行者の室町茂がいない・・・奴は何を思ったか、今日のコスチュームは迷彩柄のシャツだった。どうもその挑戦的態度をかわれて別室に連れて行かれたようだ。待つ事、数十分で出て来れた。良かった!! そしてタクシーで30分で市内に入った。

甘いキューバの香り・・・男はハバナを目指す!

決して上等ではないが、位置的に便利なクラシカルなホテルだ。(というか町中にはクラシカルしかない。なにせ時代は1950年代の今のカストロ政権になってから諸外国との国交を断絶したことにより停止。走る車など50年代の羽根がはえた巨体のアメ車かソ連製の車がほとんど。その時代の止まり具合というかモノに支配をされていない雰囲気が面白い。そして町中、何処に行っても音楽に包まれている。国民のほとんどが楽器または歌を歌うといわれている。レストランに入ると”生バンド”は当たり前だ。市街地を散歩して夕飯時になってきたのでレストランを選んだ。だいたい夕飯はスペイン圏などだそうだが10時位が日本の7時位の感覚。従ってオレ達がメシを食う時間はガラガラだ。(カブれて10時まで待ったら倒れちゃう。ランチは機内食のパン一個だった。)ディナーはパエリアをメインとしたスペイン料理。 酒は普通はワインとなるが・・・・実は一昨日、成田発メキシコ往きのJALの機内販売で幻の焼酎の”森伊蔵”を買ってしまったのだ。(一年のうちの限られた期間に限定で販売される。見たら”買う”が鉄則。ちなみに機内では3000円だが市場に出るとプレミアで1万円は軽く超える。)何の考えも無くラッキーとか思い買ってしまったが、よく考えたら”液体物”なので機内持ち込みが出来ないのでメキシコ、またはキューバで飲むしか無い! 持って帰る事は出来ないからね。自業自得とはいえ困った。そして思いついた必殺技がペットボトルに入れてレストランに持ち込んで水のふりして飲むという技であった。最初から水で好きな濃さに割っておいたら尚、便利!(これ前割りという技なんです。氷だと薄まるでしょ!)

甘いキューバの香り・・・男はハバナを目指す!

一応、カモフラージュにキューバの酒”モヒート”は注文。乾杯して飲んでから、我々は酒は弱いから後は水を飲みますね・・みたいな顔をして名酒・森伊蔵を飲んだ。しかし幻の名酒も鹿児島で生まれて、まさか飛行機に乗せられてメキシコ経由でカリブ海のキューバに連れてこられて、その上、ペットボトルに入れられ、カバンの中で半日連れて回され、ワイングラスに注がれ、あげくの果てには故郷の薩摩揚げなどと胃腸のなかでのランデブーを楽しみたかったであろうに、一緒になったのは友達だれもが見た事も無いパエリア・・・少し気の毒になったが、その分、誉めまくって飲んで差し上げた。しかし波田の脳みその中では《森伊蔵=キューバ》の図式が出来てしまい、作者の意図とは違う方向に向いている気がしてしまう。次回出会ったらちゃんと薩摩揚げと一緒にしてあげよう・・・・しかしレストランの従業員は、水を飲んでゴキゲンになるニッポンジンは奇異に見えたに違いない。ホテルに帰ったらホテル従業員の激しいセールス活動を受けた。この国は全員がセールスマン化していて可笑しい。ボーイは葉巻の手配からレストラン斡旋、タクシー斡旋、葉巻の販売までこなす。終いには、仲介人と女の子まで部屋に乱入されてマイッた! 処理を室町に依頼してオレたちは寝た。 翌朝はウルサい目覚めであった。多分昨夜は4~5回は起きてしまった。ホテルは一階の部屋だが回廊の隣で人通りが激しい。なによりキューバ人は朝からテンションが高くて騒がしい。人は最高!! みんなで朝食をしながら本日の行動を検討! ハズせないのはヘミングウェイの屋敷の見学。コヒバ(キューバは最大の葉巻の産地なのだ。その中の最高級ブランド。国営で本当にカッコいい!)あとは・・・別に無い。 近所のフリーマーケットをのぞいて、数点のお土産的人形を購入して、タクシーでヘミングウェイ邸へ。キューバでの観光では相当に人気があるようで、綺麗に修復されヘミングウェイが暮らしていた時と同じ状態である。(古い屋敷を維持、管理するということは相当にお金がかかるのだ。)

甘いキューバの香り・・・男はハバナを目指す!

素晴らしい邸宅で置いてある物、全てがカッコいい! 小高い高台にあるのだが本宅とは別にお茶目な離れが10畳間そのまま三階建てのようになっている展望台型の書斎があって相当にいい雰囲気で執筆活動が出来たのだろうと想像がつく。書斎、応接室、ベッドルーム、ゲストルーム、バルコニーからの景色、すべてに文豪ヘミングウェイのこだわりを感じられる。とても素晴らしい時間になった。(オレも印税生活でこんな屋敷に暮らしたい。)その後、タクシーで市内に戻り、腹も減り、国営ホテルのナシオナルデェoクーバに向かう。1930年に出来たままの姿で維持管理され、まさにキューバの顔的なホテル。何となくランチをして、午後の活動に入ろうと思いきや・・・メチャメチャにダルい空気になってロビーのソファーでまったり状態に突入! 『あぁ、今回はビーチに行くチャンスが無かったなぁ!トホホo・・』(砂コレクターなんです。ボクの密かな趣味です。)なんて思った矢先に、アンドリューが『砂をとりにビーチに行きましょう!』と声をかけてくれて行く事に決定!バンザイ!ということでセント・マリアーナビーチに向かった。

甘いキューバの香り・・・男はハバナを目指す!

タクシーで20分、行く道々も気分がよく窓から入る風も、なま暖かく、潮と木々の香りを含んだ素晴らしい風で、今、カリブ海にいるのだと実感した。ビーチはご機嫌だがビーチ対策の服がなくて少々残念だが、目的の砂も回収できたし、プリンプリンのカリビアンな女の子を沢山見る事が出来て幸せだった。タクシーの運転手のオジさんは遠距離のお客を乗せて上機嫌! 帰りは頼みもしないのに色々なベストビューポイントを案内してくれた。みんな、ドーにでもなってチョウだい的な空気で運転手の案内に身を任せた。ホテル・アンボスムンドスというヘミングウェイが居を構えるまで暮らしたホテルでモヒート(ラム&ミントのカクテル)を屋上のバーで飲んだ。その後、全員の意見が合致してホテルに帰りシェスタ(昼寝)をした。夕飯はラ・ポテギータ・デルメディオでキューバ料理を堪能(すばらし店なので波田ケージローの勝手でしょで紹介)実にキューバ的な素晴らしい時間でした。明日は朝、6時の便(朝3時起き!)でメキシコ経由、ロサンジェルス、そしてサンディエゴに向かいます。一日中移動かなぁ??またキューバが好きになったのは間違いない。

甘いキューバの香り・・・男はハバナを目指す!

ヘミングウェイが愛したキューバ

1年前に”ブエナビスタ ソシアルクラブ”というライ・クーダーのプロデュースした映画を見た時から、キューバ行きは決まっていた。その映像の鮮烈さとラテンリズムの心地よいサウンドが記憶にある方も多いだろう。キューバ音楽を紹介した映画なのだが、今までは社会主義の下でカストロ政権の元、決して観光に気軽に行く地域ではなかったが、東西冷戦状態となった現在は国交の無いアメリカは別として、あまりの遠距離を苦にしないなら(なにせ国交がないのでフロリダから150キロ弱な距離なのにエアーがないためにメキシコを経由しなくてはならない。日本から出発して翌々日に着く)素晴らしいカリブ海に浮かぶ宝石のような島だ。元はスペイン人の植民地でアフリカからの黒人奴隷が多数、労力として連れてこられていた。そこでヒスパニック系とアフリカ黒人文化が融合して新しいリズムが生まれ独特なマンボ、ソロ、ボレロ、そしてルンバへと発展して行った。これらのリズムとカリブ海からの貿易風、そしてラム酒の香りと酔いが手伝って完全にタイムスリップした街並みに引きずり込まれて行く。近代化なんて何の意味がある・・・なんて考えちゃう。

ヘミングウェイが愛したキューバ

ここの街並みはまさに驚異である。50年代に栄えて当時の近代的な美しいビル(とはいっても3階建て程度、装飾は素晴らしい。)が建ち並び、大きなアメリカ製のハネの生えたような優雅なアメ車が走り回っていた。そして1959年にカストロやゲバラの率いる革命軍によって政治的に独立。社会主義の道を歩むようになる。ソ連とのつながりが強かった為にアメリカからの物資供給はストップ。従って他の東側諸国同様に物質的に困り,車など買いなおすなどということは全く無く、ひたすらに現在にいたるまでその家、車、道具、全てのモノを直し続け使っている。しかし社会主義ゆえ最低限の生活は保証されている為に人々の生活はいたって豊か。(豊かのレベルは違うが。)屈託が無い笑い顔と犯罪が殆ど無い安全な社会が不思議にさえおもう。

ヘミングウェイが愛したキューバ

キューバをこよなく愛したアーネスト・ヘミングウェイ(1899~1961)が居を構えたのは1940年。以来20年間に渡ってこの地ですごした。ヘミングウエイはキューバ人の底抜けの明るさと澄みきった青い海に魅了されてサンフランシスコ・デ・パウラの丘の上にフィンカビビア(眺望楼)と呼ぶ邸宅を建てた。生い茂る南国のココナッツやマンゴーの樹木や極彩色の花々に囲まれ北に海を望んでいる。ノーベル賞を受賞したときもここにいた。そして午前中は自宅で執筆して午後はコヒマルという漁村に船を置き気軽に釣りを楽しんだ。その船長グレゴリオ・フォンテスこそ老人と海の主人公のモデルそのもの。現在も102才でコヒマルで漁師をして暮らしている。

ヘミングウェイが愛したキューバ

キューバは本来、社会主義だから海外旅行とか所有などの自由は無いが、彼等は決して悲壮感など微塵もなく、”キューバ主義”という言葉を使って自信と誇りに満ちていた。街中、いたるところで見られる人々の”たむろ”は何を話しているかわサッパリ分からないが、いつも皆で大笑いしている。モノを盗む人間もいないに等しいらしいし、自殺者は皆無。これだけでも素晴らしい国家ではないか。(つい何処かの金持ちぶった貧しい国と比較してしまう。)偶然的に近代化から取り残されて独自の文化が根付いたわけだが、まさにパラダイスだった。カリブの生暖かい貿易風、街を歩いていると何処からともなく香ってくるキューバ産のシガー(葉巻)の香り。ラムベースに多量の生のミントの葉っぱの入ったカクテル”モヒート”、街中で自分達が楽しむ為に歌い踊り演奏している人々、ライトアップされた旧市街、煙を吐きながら走り行く50年代の丸いアメ車、あまりにも出来すぎた平和の象徴のような国だった。

ヘミングウェイが愛したキューバ

(2001年7月初旬)