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ここは”ノラ猫”のパラダイス! モロッコの”エッサウィラ”

モロッコの大西洋岸のリゾート地”エッサウィラ”を訪れた。ここはモロッコ人も生涯の間に一度は訪れたいと切望する大西洋側にある美しいリゾートだ。 モロッコは地中海の向こうからヨーロッパの文化、東側からイスラムの文化、そして南側からアフリカの文化が入り込み混ざり合う独特の文化があるが、ここには地中海を超えてエーゲ海にありがちな”ブルーと白”が基調になった色使いと、15世紀にポルトガル人により、作られた高い城壁に囲まれたメディナ(旧市街地、そして世界遺産に登録)で人々が生活し、商売を営み、観光客と生活する人々が同居する場所だ。

ここは"ノラ猫"のパラダイス! モロッコの"エッサウィラ"

メディナ(旧市街)のなかにあるスーク(市場)に魚ばかりを売るコーナーがある。メディナでは様々な”秋葉原現象”が確認できるのだ。同業者は同業者同士が集まって商店を作る方が、買う側がラクチンであるという顧客重視な配置になっている。魚を買うならこのエリア、野菜ならココ、衣類ならばココと住み分けが出来ている。魚屋エリアは20軒ほどの魚屋が集まり商売している。そこで、好きな魚を購入して、そのまわりのレストランに持ち込んで調理して食べるというのが、エッサウィラでのお楽しみの定番だ。 ということで魚屋市場を眺めるとアジ、ヒラメ、カレイ、イワシ、カサゴ、タイ、イカ、エビはわかるけど、どうみてもウツボ(恐ろしく獰猛な魚、柄がルイ・ヴィトンみたいで笑える。)とか、様々な見た事も無い魚が見受けられる。

そこでイワシをはじめ数種類を購入して持ち込んで調理を依頼! 調理というか結局はエビ以外は全て店の前の路地で炭で焼くという最も原始的で安全な調理法で、ドンドン出してくれた。 モロッコでも焼き過ぎは厳禁、魚のコゲは発がん性物質として認知されているとは思えないが、絶妙に焼かれている。この腕前ならば日本の炉端焼き屋でも就職できるであろう! そして、次から次に出される魚を片っ端から”素手(スデ)”で食べるのだ。ドンドンと手で食う!! 素手で骨をはずし、皮をのこし、コゲ部分を除去しながら食らいつくのだ。 そして炭水化物はパン!! ゴハンではないパン! 焼いたイワシにレモンをかけてパンを食う、そして素手!! この違和感ったら無かったけど、美味いんです。

ここは"ノラ猫"のパラダイス! モロッコの"エッサウィラ"

絶対に日本ではありえないシチュエーションにテーブルには原始的作業をする事で一体感が出ます。 これならばマイ箸も不要、皿も最低限、とてもエコライフです。 ただ問題は、手がハンパなく”ベタベタ”になる事は覚悟を。 そしてこの店で素敵な友好関係を”猫”と持てた。 店にはウロウロと数匹のノラ猫が生活している。 店主も追い払う様子はまるでなく、お客さんの椅子の下をウロウロ。 波田もついつい可愛くてイワシや食べカスを下の足元に落とすと、猫はムシャぶりついて食べている。面白がってどんどんあげたら、どんどん食べるのだ。 まさにここは猫のパラダイス。オレが猫ならばキャットフードより、こんな魚を日夜、食えたら最高だと思う。

さてお値段は6人が魚類だけで満腹になるほど(たとえばエビは1キロ・・、アジ、イワシ、メッロ、イカ、タイなど)の魚代が200DH(約1800円)と調理代金が全部で100DH(約900円)で〆て3000円弱という計算。 庶民には豪華な出費だが、日本からやってきた観光客にとっては素晴らしく豪華で美味しい、ちょっぴり日本を思い出し、相当にモロッコを感じられる素晴らしいランチでした。 しかし”手”というのは便利な道具だと再認識しましたよ!!」 (DHはディラハムというモロッコの貨幣単位、1DHは90円弱)

  • RESTAURANT BEREBERE
  • Rue NASER No.2  Essaduira MOROCCO
  • 06 11 88 32 66

モロッコまでひとっ飛び!!

冬のパリを訪れた。ハダのイメージでは春や秋のパリはもちろん、清々しくマロニエの並木道を歩いても、セーヌ川のほとりを歩いても、素晴らしい季節感があって好きなのだが、冬のパリは格別な楽しみが沢山あった。もちろん外気温は1桁になるのでそれなりのコートなどの装備も必要で荷物も多いのだが、それを差し引いても素晴らしい季節だ。特に街のイルミネーションは強烈で、エッフェル塔のライトアップショーなんて一人の観光客として観光協会の期待に応えるべく放心しながら口をあんぐりあいて、その美しさに見とれるのであった。 そんな素敵な8日間を過ごした後、何処かに行こうと世界地図を開いた。 寒いのが好きと言いながらもパリより北上する事は考えにくく、従って赤道に向かうのが正しき道! それはアフリカ大陸で未体験ゾーンといえば”魅惑のモロッコ”という事になった。 アフリカはそのままのイメージのサファリ(ケニアの国立公園でヌーの大移動、ライオン、象などをはじめ野生動物を観賞する旅)、そしてアフリカ最高峰のキリマンジャロを登る旅(タンザニア)また、イタリア対岸に位置するイスラム圏のチュニジアを散策する旅を体験したが、モロッコはハダにとって未知の国。 ・・・楽しみだった。 しかしこのモロッコ、人から聞けば聞く程に不思議な国だ。この数ヶ月でモロッコを旅して来た人々に7~8人会った。その殆どが女性。 そのうち何人かは世界中で数十カ所を回ったが、そのうちのベストな旅であった、まさにお気に入りの国であるとまで言い切った。 そしてその彼女達が連呼していたのが”モロッコ人の嘘つき、適当さ加減”であった。(笑) ハダもモロッコ経験者に会うと”モロッコ人は嘘つきなの?” と冗談半分で聞くと、真顔で”ヒドい!!”の答えが例外なく全員から聞く事が出来たのはなにかの偶然か。ちなみに、モロッコのマラケッシュの街で出会った世界一周の旅の途中の女の子は完全にモロッコに魅了されていたが、ことモロッコ人(男)の話になると、涙を浮かべて悔しがりながら、そのエピソードを語ってくれた。(笑)とても公共の場所で話せる事ではないが・・・・笑うよ! モロッコ男は男としての苦労が様々あるんです。 (毎度の事ですがモロッコ人やモロッコ観光局にケンカを売るつもりはありません。とても友好的関係を築きたく思います。) しかし彼女達はそれを差し引いてもモロッコは素敵な旅であったと断言する、そんな魅惑のモロッコに行く前から期待感がどんどん膨らんだ。

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12月9日(水) 一日目《カサブランカからマラケシュへ!》 早朝のエアーフランスでシャルルドゴールからカサブランカに飛んだ。機中3時間はほぼ爆睡! フランス人子連れ家族の”自己中心”を象徴するようなウルサさに参ったが、それも仕方が無い。 カサブランカ空港は驚く程に近代的でビックリ!! 冷静に考えるとそんなに近代的ではないが、ハダの頭の中ではハンフリーボガードの名画”カサブランカ”(おそらく1930年代とかの設定だろうなぁ・・)で止まっているので、そんな空港をイメージしていたんですよ。 ありえない話だなぁ・・(笑) 今回の旅は、プチ豪華なのです。まぁ、豪華というより効率重視が正しいかな。地元のツーリストのミニバン&ガイドを手配してあって9日間の全日程をサポートしてくれます。様々な話を経験者から聞くうちに、自分で民間のバスに乗ったり、あのメチャクチャな状況で運転したりなんて、行く前からウンザリで余計なエネルギーは使いたくないとの結論でこうなりました。  参加者は分かりやすく言えば”ヤロー4人組” 福井豪ボデイーガード1、ケンシローボディーガード2、愛葉ノブ・ボディーガード3と貧弱なハダの4人だ。この最初の3人を見る限り、対外的に獲物の対象にはならない。逆に容姿だけで稼ぐ気になれば稼げそうなメンツだ。(モロッコ人を不用意に脅かすことはありません!) 空港に迎えに来てくれたガイドのアラシッド氏とドライバーのカリド氏は信頼できそう!! ミニバンは快適でカサブランカから最初のマラケシュまでの三時間は快適そのもの。こんなラクチンに慣れたら自分がダメになりそうな気がしてくる。(迎えはランドクル―ザーでホコリっぽい砂漠のガタガタ道を発展途上国を旅する様な・・・イメージは大幅に異なり、新車に近いミニバンとキレイに舗装された高速道路!ただこの道の良さはマラケシュまでだけど!)   ランチは途中のドライブインで食べた。 経験上、ここで美味しいモノは無理とレッテルを貼るようなガソリンスタンドに併設されたドライブイン・・・仕方が無い。空腹を満たせるだけ幸せだと言い聞かせ・・・・すると美味しいパンとサラダ、そして”タジン鍋”が登場! 簡単に言えば”鶏のカレー味”なのだが、見事に美味しい! クミンの香りがパンチになっていて、なかなか日本で食べられるモノとは一線を画す、素晴らしい一品であった。最初からウレシいカウンターパンチ!  午後3時過ぎにマラケッシュに到着をした。今晩の宿泊は”リヤド”という、ホテルではない、一言で言えば高級民宿。世界遺産であるフナ広場にほど近く、まさにメディナ(グッチャグチャに入り組んだ旧市街地)の中にありなにかと便利。この手のリヤドは最近の流行で一般向けから高級まで色々とあるらしい。モロッコの建物もヨーロッパと同じで表に開放的ではなく、口の字の形をしていて表側からは壁があるだけ。まるで城壁のようで中に入ると中庭を囲んで建物が建つのだが、そんななかなか出来ない体験が連続することが、旅の醍醐味なのだ。この街には、かのアマンリゾートもあるが、そんな処に泊まっては見えない物が沢山ある。 早々にメディナを散策してみると、日本人ガールが本当にウザがる意味が良くわかる。小さなバブーシュ(日本で大流行の革製の刺繍を施したスリッパ)を売る店、彫金を売る店、布地を売る店、通るたびに『こんにーちわぁ!』と声をかけてくる。我々に現地人ガイドがいる事がわかると退散するが、いないとガイドを申し出てくるのを追い払うのに一苦労するらしい。(その意味でもガイドを雇って正解!旧市街地はあまりに複雑な迷路状態で誰が歩いても方向感覚を無くして出口がわからなくなる!) メディナの真ん中のフナ広場には蛇使いやら怪しい商売人が沢山ウロウロしている。そして一日に5回はアダンというお祈りの時間を知らせる案内が街中をモノスゴい爆音でスピーカーから流れるのを聞くと、ここが完全なるイスラム教徒の国なのだと実感する。

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夜になって再び、フナ広場に行くとなんとビックリ、何も無かった広場に100軒近い屋台、それも屋台というよりお店が出来上がっていて、どの店も美味しそうなモノを出している。まさに”活気”という言葉が似合う大盛況なのだが、なんとこのフナ広場のモロッコ版屋台村は2000年の歴史をもつのだ。ニセンネンだよ!!(イスラムとしてはキリスト教よりも古いという事を 強調しているらしい) なんとこの屋台 数軒をハシゴして食いまくり!! しかし何かが足りない。それは”酒”である。厳格なイスラムの地域なので酒が無いのだ。・・・・簡単に済ませないでいただきたい! オレは軽いアルコール依存症なのだよっ!!(笑) ということで今夜は都合よろしく休肝日に認定した。 しかしメディナにしてもフナ広場にしても写真を撮るといちいちカッコいいのだ!  我ながら『オレってなんて写真が上手なんだろう!』と感激しているが、それは本当に街の景色が”絵”になるからなのだ。  リヤドでの寝心地は抜群だった。良い夢見たよ!!
12月10日(木)二日目《マラケシュの朝》 朝は7時に起床して散歩に出かけた。朝日が昇るのが7時過ぎなので朝焼けが差し込むメディナは静寂とキリリとした朝特有の空気で気分を一新してくれる。朝早くから営業を開始しているCD屋の屋台があったので覗いてみた。一枚位、モロッコらしいサウンドを調達してもいいかと考えたのだが、CD一枚の値段を聞くと600ディラハムと言われた。(1DHが約9円) 日本円に換算をそのまますると約5400円・・・・それはあまりに高いんじぁないのか!? ちなみによく見ればコピーモノである。マイケルジャクソンのコピーならわかるが(わかったらいけない!コピー撲滅っ!)地元のモロッコのミュージシャンをコピーしちゃダメだろとおもいつつ・・・・その店主の目を見たら”ライヤー(ウソつき)”と書かれていた。(笑) 『それ高いだろ!まけろ!』『3枚なら1200DHにする!』『じゃ、いいよ!オマエ、ライヤーだろ!』『・・・』そして一時間後に迎えに来た通訳兼ガイドのアラシード氏に聞いてもらったら、一枚がいきなり20DH(180円弱)になった。 ヒドい、ヒドすぎる!! いきなり30倍も吹っ掛けてヘッチャラだった。 しかし彼らも生きる道! よかった、ひっかからなくて! ”国民、全員うそつき論”は真実なのか!!  朝食の後は再び、メディナ散策をした。ココで昨日会った”女子一人旅リエコちゃん”と偶然の再会をして一緒にフナ広場を見下ろすレストランでタジン鍋ランチをして、世界一周話題で盛り上がった。午後には移動して大西洋岸のエッサウィラに向かう。エッサウィラに到着する直前に小高い丘からエッサウィラの夜景と夕焼けが見る事が出来て、とても感動的だった。日が暮れてライトアップされたエッサウィラはものすごいチャーミングな街だった。15世紀に作られた旧市街メディナはエーゲ海でよく登場するミコノス島やサントリーニ島のようなブルーと白が基調色になって、雰囲気は抜群。 今日も宿泊はリヤド(高級民宿)でこれまた雰囲気抜群! 夕飯はオープンテラスのレストラン。昨日の禁酒から解禁されてビール、ワインが美味しかった。夜になると大分、涼しいが空気がキリリとしていて好きだなぁ!  酔っていい気分で旧市街地を歩いていると200年位をタイムスリップしてしまった。

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12月11日(金)三日目《大西洋岸の街・エッサウィラの朝》  爽やかな朝!!! 朝、7時に起きてもまだ真っ暗な闇だ。うっすらでも日が出るのを待って、海岸に散歩に出動!! とにかく絵になる風景の連続だ。 一時間の散歩ですでに100枚近くの写真を撮った。カモメにノラ犬にノラ猫、流れ着いた貝殻に、波が作った砂の模様、ビーチサイドのバーにカフェ、その看板、広大な空に雲、メディナの壁に、ブルーと白の建物、自分の影・・・無限に写真の題材が見つかるのだ。そんな街で午前中をすごして十二分に楽しめている。ここは超大物ロックギタリストのジミヘン(ジミーヘンドリクス)が愛してやまず、ついにここで暮らし始めたと聞いた。わかる!わかる!みんなここが好きになるに決まってる。ランチはスーク(市場)で魚料理を食いまくった。ランチの終了後はムーレイ・エルハッサン広場の前のカフェでエスプレッソを飲んだ。その時に靴磨き人がやってきて、ボクの砂でよごれた登山靴(ダナー)をピカピカに磨き上げてくれた。足元が綺麗になると気分がヨロシイ。 夕方にかけて再び、経由地であるマラケシュに3時間かけて戻った。途中で砂漠に入る為のモノをスーパーマーケットで購入!(モノってワインとビールなんですけど・・) 夕飯はマラケシュに60年近く前からあるイタリアンに入った。パスタ類は完全にアウトだが、他のモノは美味かった。なにせ最高の価格のワインが一本2500円位なので、心おきなくドンドンと飲めて皆でいい気分で様々な話をした。 そしてリヤドにて就寝! 寒っ!

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12月12日(土) 4日目《アトラス山脈を超えてサハラ砂漠の入り口・ワルサザードへ!》 今日は移動が長いので少々、早起きで散歩は無し! カフェオレとパンの簡単な朝食をした後、早々に移動しはじめた。とはいっても車の後ろの席で座っているだけなので快適である。スタートして約一時間で景色はアトラス山脈っぽく変化してきた。 ピンク色っぽい岩山が永遠に続き、ワインディングロード(ぐにゃぐにゃ道)から下を見れば、断崖絶壁で落ちたら即死は免れないであろう高さだ。この先にアフリカの大地があるのかと想像すると雄大な気分にならずにはいられない。永遠に続く道から見える景色はどこまでもピンク色(いやレンガ色が正しいのか!)山岳地帯なのに冷たくないのだ。 途中2260メートルのティシュカ峠を超えて、要塞の村、世界遺産である”アイトベン・ハッドゥ”を訪れた。 土で作られた要塞は今でもベルベル人の6家族が電気も水道もない生活をしているらしい。 頂上からの景色は絶景で、とてもカメラではそのスケール感は伝えられないサイズだった。 ランチはお決まりのタジン鍋!! 毎日、毎日なのに飽きがこないのは何故だろう。 午後はひたすらに移動時間でカスパ街道をぬけて、バラの街・ティネリールまで向かう。街で一軒のホテルに宿泊。今日は移動が多くて歩き不足気味なのか食欲がわかない。久しぶりにネットがつながりドップリとジャパニーズな情報を入手! こうやって旅行してると、オレがいてもいなくても、世の中の体制に影響が無い事に気が付くし、いなくてもちゃんと回っているという事実に少し、感動するんです! 感謝だなぁ!(アフリカでも夕暮れ過ぎは相当に冷え込む。なのに同行の福井とケンシローは、何か記念にと訳の分からない事を行ってプール(当然ンに室外!)で泳いで死にそうになっていた!(笑)) 旅してる間は移動時間などで、普段よりいいペースで読書ができます。二日に一冊以上のスピードで読書してます!!

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12月13日(日)5日目、《ティネリールから砂漠の入り口、メルズーカへ!》  9時に出発をしてトドラ渓谷のオアシス(砂漠のオアシス!)を見学。あんなに乾燥した大地に水があり、木が茂り、農業をしているなんて不思議です。 ランチはエルフードの街でデディユーン(フランス語で砂丘)という名前のレストランで通称”砂漠のピッッア”(メットフーナ)を食べた。ちゃんと石釜で焼いた中にミンチが挟まっているピザでチーズは使っていない。そしてタジン(Kalia)はトマトに牛肉、タマネギそして味付けはクミンと塩、胡椒で卵が落としてある。これが激美味くて、思わず”おかわり”を注文してしまった。なんだろう、このタジンの美味しさは!! そして昼食後、一時間したら右側に砂漠が見えて来た。ピンクに光ってオーラがガンガンに出てますよ!! 早々にロッジにチエックインをした。いくらアフリカだ、砂漠だといっても12月で冷え込みも厳しそうで、夜はテントでもロッジでも泊まれる段取りになっている。本当はテントがいいが、ここまで来て凍死はイヤだ!!  ロッジとはいえ、建物はワラと泥を練って作ったここら辺界隈風の景色を邪魔しない建物。実にサハラ砂漠の中で雰囲気がいいです。 またここもロの字の形をしていて中央には中庭とプールが備わっている。 早々にサハラ砂漠に向かう準備をした。 とはいえ、やることは通常の服にターバンを巻いてもらうという程度。(ターバンは宿の従業員からワガママ言って借りた。) ロッジの前にはラクダが4頭つながれて今日の観光客である我々を待っていた。 ラクダは思いのほか背が高い。現地の案内人のベルベル人が乗せてくれなければ、一生、一人で乗るのは不可能。 やっと乗ってもなかなか安定しないので、ダイエットマシーン・ジョーバ(乗馬の雰囲気で腰をグネグネするマシン)のノリで乗っていたらだんだんとコツがわかってきた。四頭のラクダはロープで繋がっていて絶対に裏切れないシステム。 そんな風に写真を撮ったり、ラクダを研究しているうちに景色は待望のサハラ砂漠になってきた。写真で予習していたそのままだ。途中でラクダを降りて歩いて眺めの良い砂丘を目指した。全員、テンションは絶好調になってきた!! まわりには一切の障害物もなく見渡す限り空と砂漠・・・それだけだ。 興奮しているうちにパラパラと小雨が降ってきた。砂漠で小雨とは相当にビックリだった。砂漠イコール雨とは無縁と思い込んでいた。空は雲が重なり、少しイメージと目指す景色が違うと残念な気持ちがわき上がるのは、ひょっとして今日は夕焼けが見えないのではと思い始めたからだ。淋しい・・・夕焼け、満点の星空、朝焼けは外せない三点セットだったのだ。砂と戯れウロウロしているうちに西の空がなにやら赤くなってきた。なんと!!!遥かかなたの空と大陸の間がすっかりと雲が抜けて見事にくっきり太陽が出て来て、その差し込む様な光が沢山の雲の合間に突き刺さり、空の雲にはものすごいグラデーションの夕焼けショータイムの始まりを予告したのだ。 一度、あきらめかけた光景なので余計に興奮!! その数分後から、見た事もないような真っ赤な太陽が辺り一面を照らし、サンドベージュの砂漠はピンク色がかり、空中に残っていた雲にも、そのピンク色の光が差し込み、また時間とともにピンクかオレンジに変化して行くのを見届ける幸運にみまわれたのだ。そしてオマケに東の空には、先程の小雨の置き土産に”虹”がくっきりと!! ハワイで見る虹が、このサハラ砂漠にて見る事が出来たのだ!! 感動→興奮→放心→を超えた瞬間、涙がどんどんと出て来た。 日が暮れないうちにラクダの待つ場所に戻る事だけを気にしながら砂漠をブラブラと大スペクタクルの中にいる事に感謝できた。 もう充分!! 帰りのラクダの上でも四人の興奮は全く収まっていなかった。 そんなうちにだんだんと雲が厚くなりホテルに到着して回りが真っ暗になった頃これだけラッキーな夕焼けを見られたんだから満点の星空なんて贅沢すぎてバチが当たるなんて思いながらロッジの煖炉の前で暖まった。そしてディナーは平和そのもの。ディナーを終わってあまりの寒さにテントは断念! 外を見上げたら、なんと満点どころか億点の星空が!!!!四人とも同時に『なんだぁ!こりゃーーー!!!!』と驚喜!! 衝撃的な景色がそこにあった! 全員、あんぐりと口を開けてひたすらに空を見上げていた。頭上ばかりでなく横の面(正しい表現がわかりません!地平線方面ですね。)まで満点に星が見えるんです。 流れ星は30秒ごとに見られるは、それも同時に2個、3個と・・・UFOも見ましたよ! 間違いない! とにかく、あんなに星を一度に見てビックリを超えていました。(天体マニアが一人でもいたら詳しく、なにがスゴいのかを解説できるんですが・・・) あまりの興奮でグったり疲れてベッドに入りました。 そして見た夢は何故か”味噌汁”・・・帰ろう! 日本に帰ろう!!

モロッコまでひとっ飛び!!

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12月14日(月)旅の6日目 《砂漠の入り口のメルズーカからフェズへ!》 今日は移動日。高速道路も整備されていない普通の道、そしてアトラス山脈の山道を抜けて一路、世界最大の迷宮都市(メディナ)のあるフェズへ! その距離520キロ、行程は8時間! 途中の景色は雪まで積もり完全なる冬景色! アフリカは広いのだ。車中はひたすらに睡眠、読書、パソコンで写真整理、みんなでアホ話とポルトガルの基礎知識のお勉強! けっこうアッと言う間の8時間だった。ドライバーのカリド氏は温和な性格が運転に出ていて安心できるのが何よりだ。 夕方には無事にホテルにチエックインできた。今回のツアーで一番、ある意味、高級なホテルだ。(決して大好きとは言いません!) 夕飯はホテルのバイキング(決して大好きとは言いません!) の人畜無害ディナーでした。 そして久しぶりのバスタブでの入浴はトロけたね! トロトロです。これは大好きです。
12月15日(火) 7日目 《世界遺産フェズでの一日!》 昨日は良く寝られた。 隣の部屋の福井とケンシローの部屋は、そのまた隣の部屋の宿泊客が新婚さんみたいで、とにかく一晩中激しく燃え合っていたらしく寝不足気味!!(笑) すこし散歩をしたが、街にはパリみたいにカフェが多くて、なかなか豊かな印象だ。 朝食を済ませた頃に、ガイドのラシドが来てくれ、様々な観光スポットを回った。”ガイド付きの観光旅行”って印象が”旅慣れていない人”という感じだが、今回はこれが大正解だったと皆で話している。だって住所表記なし。旧市街なんてまったく道がわからず、なにが何処にあるかなんて、まったく不明・・・結果、全てを見ようと思ったら大正解だったと考える。というかモロッコも観光が資源になっている国なので”ウザいモロッコ人”が沢山、存在するのは事実なのだ。 それを追い払うのにもガイドがいて良かった! さて、モロッコで4番目に大きな、そして一番最古のメディナ(旧市街地)であるフェズは、遠目に見るとスペインのアンダルシアか、イタリアはトスカーナあたりに似ている。良く見ると、全然そうじゃないんですが・・・街の家々には驚く数のパラボラアンテナが!!世界遺産にパラボラがぁ・・・ 尋常じゃない数なんです。(笑) 主な観光スポットを制覇した。個人的にビックリ仰天だったのは、街を走るクルマだ。 古い車の数が多いのはわかるが、メルセデスベンツ(W123という型式で1976年から85年に生産されたモノ、時代的に最も最強で強固と言われている。)がハンパ無い数がタクシーとして走っていて、タクシー乗り場に行ったら100台以上が列をなしていた事。 波田は実はこの型が大好きで、いまだに愛用しているんですが、東京でも本当に見なくなりました。それが現役バリバリで100台!勇敢な姿でした。波田のも、あと20年は楽勝でのれるなぁ!!   ランチはまたまたタジンです。 まぁモロッコなんでタジンはウエルカムですがぁ、さすがに7日連続、時には夕飯にも・・・となると話は別。でもモロカンサラダは相変わらず美味しかった。野菜がヤルキ満々なんですよ。 午後はダラダラと街で過ごしました。ここでも日本人女子バックパッカーと遭遇。日本女子は根性あるよ。一緒にお茶飲んで楽しい話、恐ろしい話を聞かせてもらいました。 夜はイタリア料理だが、どことなくモロッコ的だった。持って行ったワザビと醤油が本当に美味しく、アボカドに付けて食べたら、日本のお寿司やさん気分でした。 味噌汁飲みたい!! 夜は福井の部屋で、ある下心があって待機していたけど、新婚さんはお疲れなのか、なにも無くて残念・・・迷惑だったのか、ウエルカムだったのか・・・!(笑い)
12月16日(水)8日目 《フェズからカサブランカへ!》 朝は早めにカサブランカに向かった。カサブランカ=ハンフリーボガード(1940年代の”カッコいい映画”の代名詞!)なのだが、そんな一面に出会えるだろうか! 街に入ったらウルサくてどうしようもない。クルマは意味も無くホーンを鳴らしている! ここは中途半端な都会だ。街の中心にあるモスクはハンパの無いサイズでビックリだった。波田の広角レンズでもまったく入らない。こんなスケールのモスクを見たら思わず、イスラム教徒になってしまいそうな迫力!! その後、食事をしたが、暴力的な量でウンザリ!! この同じ大地で飢餓に苦しむ人々がいるなんて考えてるのかなぁ・・・(注文してないのに勝手に出て来た。)しかし回りを見渡せば明らかにメタボな人が多い! 実に不思議!!  カサブランカ空港まで送ってもらい、今回のモロッコは終了。ガイドの二人は本当に気がいい奴だった。実に流暢な日本語を話すのだが、どうも”はひふへほ”がアラブ語にはないらしくて、昼ご飯と言おうとすると”ヘルゴハン”になる。それじゃ”地獄のゴハン”だし、”いろいろあります”は”エロエロあります!”になる。最後まで直らなかったのが気がかりのまま、空路でカサブランカを後にした。アンフリーボガードの影は見えなかった。 夕方にポルトガルの首都、リスボンに到着。ポルトガルに降り立ち、ハダの訪問国は、累積で50カ国を超えた。そして西ヨーロッパは制覇!  空港では先日、マラケシュで会った一人旅のリエコ嬢が来ていてビックリ! 丁度、陸路でポルトガルに入ったのでジョインをする事になった。 リスボンの街はすでに闇の中。 タクシーで先日、ネットで予約をしたホテルにチエックイン。 最近では”booking.com”という便利なサイトがあって直前でも日本語で世界中のホテルの予約が出来るとの事。素晴らしいシステムだ。空けておくよりは格安でも部屋に客を入れた方がお得という方針だろうが、あまりにホテルの質に対して(四つ星)値段が安いのにビックリだ。 夕飯は、ホテルの女の子、そして別のマネージャーに聞いたレストランに行ってみた。 これが満塁ホームランでいきなりポルトガルのファンになってしまった!! 前菜類(プロシュート、小さいコロッケ、チーズなど)は座るとすでに新鮮な物が置かれて、食べた分を払えばよろしいシステムにウレシい。注文した料理はとことん正解だった。(あまりに美味しくて結局、翌日もこのレベルは他では狙えないであろうという事で連チャンで通うことになった。 ホテルに帰ってそのまま就寝! 寝心地ヨロシク幸せです。

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12月17日(木)旅の9日目! リスボン・デビュー 早朝にウオーキングでもしようと思ったら7時過ぎは、まだ”闇” しかし歩きたいので街の中心地まで歩き始めた。 地図が分かりにくくて、理解が難しいのだ。それでも何となく歩くうちに街の中心地の位置関係は把握できた。まるまる二日なので見る物には限界があるのだが、優先順位を決めてかかる! ホテルに戻り準備して皆で出動した。実はレンタカーを手配するつもりが国際免許を取得するのを忘れ、タクシーになったのだ。そしてタクシーをつかまえて、最初の訪問予定のジェロニモ修道院を告げると、そのオジイさんドラーバーは英語で(英語を話せる人は少し希少!)『そんな観光に来たのなら、まずはシンドラーへ行け! そしてアレとコレとアレを見ろ! とにかく見ろ!』 とまくしたてる。 どうも声のボリュームが壊れているらしくてウルサいし、まぁ別にどうしてもというワケでもない場所だったので、せっかくなので、そのまま乗って、いわば言いなりになって回ったらこれが大正解!ケリューシュ宮殿やペナ宮殿、そしてヨ―ロッパ大陸の最西端のロカ岬など、”本当に、コレを見ないで帰る気だったのっ!”という素晴らしい体験をさせてくれた。リスボンまでの帰り道はカスカイスという大西洋岸のリゾートをドライブ。ものすごいキレイな波が立っていて、少々サーフィン魂がゆすぶられた。 このツアーは本当に良かった!! ラッキー!!(しかしオレ達、どんなスケジュールを組んでんだぁ!) 夕方にカフェで軽いランチをした。昨日の食事は美味しかったが食べ過ぎて少々重かったのでモタレ気味みたい。その後は街の中心部のバイシャ、バイロ・アルトを散策して、行きたかった数店を廻った。 最高なのが、缶詰専門店のConserveira de Lisboa、 ポルトガルはサーディン(いわし)が名産なのだが、そのサーディン缶詰だけでも25種類の品揃え。 そしてそのパッケージ、店のデザインは驚異的な可愛さで感動した。ハダは世界中のサーディンの缶詰を収集しているのだが、これにはマイッタ!! 当然に購入!! 様々なモノを購入してホテルに戻り、夕飯は、迷わず昨日と同じ店COLLONIにてディナー! 昨日とは全く違うモノを注文して食べたが、どれも本当に満足のいくモノだった。今晩も幸せな夜だった!!
12月18日(金)旅の10日目  リスボンの二日目にして最終日! 朝から雨だった。昨日、”雨よ!降るなよ踊り”をするのを忘れていた。これかなり効果を望めます!  しかし今日の朝は絶対にハズせない予定があるのだ。 それは”リスボンの街のナナメ・ケーブルカーに乗る!”という悲願なのだ。(ちなみにナナメ・ケーブルカーの名前はハダが勝手に命名!) 数年前にクレジットカード会社のCMで”異国の地ポルトガルのシーン”で出ていて、何故かそのシーンに強烈に引かれたんです! という事で出陣!! これまた、どうしてだか地図にも表記がないし、なかなか捜せないのだが、ついに偶然発見!!感動だなぁ!! 可愛いなぁ!!みんなに愛されいてる、頼られている乗り物ってかんじなのだ! たしかに小高い丘の上まで歩くのは相当な旧坂で足腰に自信が無かったら難しそうだ。でも上でも沢山の人々が暮らしているから相当に頼られてるんだろうなぁ! 乗ってみたらわずか3分で頂上、そし5分待機して、またそのまま下降して終わった。雨の中、断り切れずに付き合ってくれた愛葉ノブに感謝!  それでも最高に楽しい時間だった。(おれって鉄道マニアだったのかなぁ・・・確かに乗り物好きなのは事実っ!)

モロッコまでひとっ飛び!!

その後、リスボン的ファーストーフードの店にて”ポーク塩焼きサンドイッチ”(正式名称分からず。)を食べてホテルに一度戻った。今日は悪天候ながら、アレンティージョ地方に遠出が正しいとの情報。 実はブログで数ヶ月前にポルトガル情報をお願いしたところ、美人読者のH-Tさんがポルトガル在住の岸さんというコーディーネーターに連絡をしてくれて、かなりディープな情報を仕入れることが出来たのだ。そして彼女いわく、せっかくならばアレンティージョまで足を伸ばしたら充実のリスボンツアーになるとの事。彼女はレンタカーを提案していたが、運転を考えるとアレンティージョは相当にグルメな街で、往復は電車も可能との事・・・誰が運転するの。その終電に間に合うの・・・様々な未知への場所への移動で結局、『行ってから決めっかぁ!!』の問題先送り自民党体質だったのだが、昨日のハイテンション・ジー様タクシードライバーと交渉したら、午後2時からリスボンを数カ所回り100キロ以上、離れたアレンティージョまで回り、お薦めのレストランまで送ってくれて、迎えに来てまたホテルまで送ってくれて200ユーロで話がついたのだ。 4人なので分担を考えれば、何よりラクチンでしょ!! ということで観光旅行に出かけた。 ジェロニモ修道院界隈を見学して、小雨降る中、一路、目的地へ!! アレンティージョ地方の中心は城壁に囲まれたエボラの歴史地区。当然に世界遺産で雰囲気は抜群。最初にサンフランシスコ礼拝堂を訪れた。ここは礼拝堂の中がナンと5000体の人骨(ヒトの骨!)で出来ているのだ!! もう衝撃的! 恐ろしくて何かが写りそうで写真は撮れなかった。(笑)ここで瞑想をするんですって・・・ゾクっ!! その後、可愛らしい小道を歩きながら(道は可愛いが歩いている奴はヤロー4人組で可愛くはない!)お買い物!どういう訳か、物価がリスボンより安く感じられた。そしてライトアップされたディアナ神殿なども見学!! もう感激ですっ!! ここに来ないでどうするつもりだったんだ!!

モロッコまでひとっ飛び!!

ナンだかんだしているうちにディナータイム。数日前にモロッコから電話をしておいたレストランに行った。薄暗いがまだ営業前の準備中。わずか15席程度の小さなレストランなのだが、ポルトガルでは有名な店! 最後まで正式な名前は読めなかった!!(笑) ホールは一人のウエイターが全て仕切っていて、こきみがいい。(ヨーロッパのレストランには、本当にリジェンド的なウエイターがいてカッコいい!) またまたポルトガル形式で座るやいなや前菜(コールド物)が10点程、運ばれてワインもハウスワインを注文。(アレンテージョ地方はワインの産地としても有名!)この前菜がブッたまげる程に美味しかったのだ。 もう今思い出してもわざわざ行きたくなる程に美味しかった。結局、この前菜を散々食べてメインは二品を注文して4人でシェアとなったが、ウルトラ満足大会!!(いずれ”世界7大陸食ガイド・食次郎”に紹介します。HPの名称変更しました。)あっと言う間の2時間半、外には迎えのタクシードライバーが!!! めちゃめちゃ後ろ髪を引かれたが仕方が無い。また来ようじゃない!
■エボラ Tasquinha do Oliveira Rua Candido dos Reis 45 A – Evora 7000-582 EVORA 266744841
日曜休、ひとり40ユーロ前後 15席ほどの小さい店。早めに行くかできれば予約を。 城壁内。カルヴァリオ修道院のある通り沿い。
そしてタクシーに乗った。本当にこのタクシーを雇って正解!! 全員20秒後には爆睡して、気が付いたらホテル・・・この一時間半の車中睡眠は全員、あの店の前菜が夢に出たと思う。 ポルトガルの食事って、なんだかどこか懐かしい味なのです。 あぁ、愛しのポルトガル! たった二日半だったけど、十二分に魅力を感じました! また必ず来ましょ! 翌日は、いよいよ帰国日。 またまたジー様タクシーに迎えに来てもらい空港へ! 3週間ぶりの東京に戻りましょ! 良い旅だっ!!!!

夢が叶って二冊目の本を出します!!イェい!

2009年のモロッコ旅行は本当に素晴らしい旅だった。冬の12月にパリを訪れていたが、本来は12月は “師走(しわす)”と言う位で忙しい時期ではあるけれど、別にイバる程、忙しくもないから、友達四人で何処か旅するか!? なんて話になって、ただでさえ寒い12月のヨーロッパだから、少なくともパリより以北の地域なんて論外。地図を広げて考えた。スペインなんて魅力的だけどやはり灼熱の太陽が似合う国。サファリを楽しむ為のケニアは季節があまり好ましくない。地中海を超えてアフリカ大陸に目をやれば未体験のモロッコが目についた。モロッコ・・・・いつか旅友のTさんが言ってた。『サハラ砂漠の夕焼けを見たら全員、泣く!例外無く全員!』・・・その言葉を思い出してモロッコに行く事に決めた。 世界遺産だらけのモロッコなんだけど、当時はイスラム圏への旅はそんなに経験が無かったから衝撃も大きかった。(それが引き金となってイスラム圏への興味は増して中近東8カ国とか東ヨーロッパとかに行く事になる。) 冬という季節だからであろうか。空気が澄んで心地よくて、差し込む光が本当にキレイだった。 カサブランカ、マラケッシュ、エッサビラ、ワルサザート、メルズーカ、フェズ・・・個性的な街ばかり。イスラム圏なのでお酒が飲めない、あっても不味いというのは困ったもんだったけど、そんなの差し引いても素晴らしい旅であった。 その時の撮れた写真は自分で言うのもナンだけど自慢だった。上出来だったんです。それが何人かのプロフェッショナルな方々の目に留まり、モロッコ料理研究家の原田佳代子さんとの出会いがあり、今回の出版に至ったのです。

夢が叶って二冊目の本を出します!!イェい!

細部にまでも口出し(というかアートディレクション全般)ボクの意見を取り入れてくれるという約束でデザイン!  フランスとモロッコでの販売も見据えてフランス語の翻訳が半分!(これが結構大変でだれも文章の校正が出来ない!) 表紙も遊びに遊んで大満足! とてもカワイイ雑貨みたいに仕上がりました。 是非、手にとって見て下さい。きっとモロッコという国に強い興味をもたれると思いますよ。そしてモロッコ料理の美味しさ、簡単さも楽しめると思います。 そんな形で二冊目の出版に・・・嬉しい!! 自分の想いが形になったんです。是非、素晴らしいモロッコタイム楽しんでください。 《読み終わって日記でもナンでも無い、ただの宣伝ですね!(笑)》
HPのモロッコ旅日記 http://www.keijiro.co.jp/936

14番です! 世界最古のモロッコの屋台

世界最古の屋台・・・それはアフリカ大陸のモロッコにある。国民の98%がイスラム教の信者であるモロッコ。 アフリカ、ヨーロッパ、アラブの交易の十字路として栄えたモロッコはベルベル&アフリカ文化をベースに各国の文化が混ざり独特の文化になっている。

14番です! 世界最古のモロッコの屋台

モロッコのマラケシュにあるフナ広場の屋台、これは正真正銘の世界最古の屋台なのだ。 歴史は2000年を超えると聞く。これはキリスト教の文化よりも古いのだとガイドさんは自慢をしていた。 さて、その100軒近くの軒を連ねる屋台だがここも近所同士の売り物は似通っている。魚アイテムを多く扱う店、シシカバブー(串刺し)専門店、カタツムリのスープ(バーブッシュ)専門店、などなど、それに物販の店、ジュースの店などと色々あるんです! 最初はガイドの絶対的お薦めの店”14番”だった。(店名は番号で呼ぶ!) 全て世襲制度となるこの店だが、いったい何年の歴史があるのだろう。 ”やせた料理人を信じるな!”という格言を聞いた事があるが、ここの店主はその格言を裏切る事の無い体格で迎えいれてくれた。

14番です! 世界最古のモロッコの屋台

トマトとタマネギとピーマンのサラダ(ベルベルサラダ)からスタートして、ナスのディップ(ザエリョク)、お決まりのパン、そして魚のフライ、どれもシンプルで美味しい。唯一の問題は・・・・酒が無いのである。イスラム教の影響だが旧市街は仕方が無い。ガイドのラシッドもその事には積極的ではない! 二軒目はシシカバブーの店。数点の串ものを注文! アラブ語なんて話せなくって”指差し発注”で大丈夫! マトンの串刺し、チキンの串刺しを発注。注文された品物を手際良く、主人らしきが焼くのだが、なんと炭で焼くのを”手”で行っている!! 手ですよ!”素手”しつこいけど”スデ”ね! これはビックリ仰天でした。天ぷら職人が高温の油に指を入れて温度を確かめるのを見たことがあるが・・・こなす量も多いので、トングはハシなどを使うより、素手が便利になったのは想像できるけど、後継者育成なんて簡単じゃないだろうなぁ。そんなオヤジが素手で焼いたカバブーはかなり美味しかった。

14番です! 世界最古のモロッコの屋台

ここも唯一の問題は酒が無い事、せめて薄くても良いからビール位、お願いしたい!しかしイスラム文化圏に来ると、本当に異次元空間を味わえます。

  • モロッコ、マラケシュ フナ広場の屋台
  • 営業時間 19時頃からずっと・・・  定休日は無し! 永遠・・・
  • 翌朝にはアレだけ盛況だった屋台は跡形も無く退去する。 おそらく電話無し、住所なし!