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ペリー来航以来の下田事件

9月27日(水)下田は相変わらず平和な朝である。9月~11月にかけての下田は夏以上に素敵な季節だ。朝の爽快な気分といったら、格別である。湿度を含まない海風というのは本当に気持ちが良いしマイナスイオンがドバァーと大盛り”つゆたく”で含まれているのだ。朝の深呼吸をした瞬間にニュートリションと同等の栄養を吸収できる。(あくまでも比喩ですよ。薬事法違反ではありません。) 大体、下田での朝は5時から6時に自然と一度起きて、歯磨きをしながら波のチェックをする。そして早朝のうちに庭の樹木に水を撒いて草花と会話。(これは成長効果絶大です。)その後、コーヒーを入れながら海に入るか朝食の支度をするか、もう一度寝るかを考える。そんな事をしているうちに、泊まっていた友達が起き出して、なんとなく毎日が始まるのだ。今回は昨晩一緒に東京からやってきたシンノスケ、ミュージシャン一樹(DノーツというグループでCDデビューしている。)、その友達の女の子、何故か昨晩、我が家にAMの話を聞きにきていたアフリカ系ブラックのアドゴニ(アフリカ生まれ、フランス育ち、中国で勉強、日本で俳優!”ミラクル・バナナ”なる映画に主演している。)がやってきた。相変わらずの人間筑前煮で新たな交友が始まっている。さて昼間は各自、サーフィン、海水浴、カヤック、散歩、昼寝・・・・そんなユルい時間を過ごしていた。波田は裏庭に椅子を持ち出して座って、何も無い所に5年計画で何を作るかの考え事に費やしていた。(プール、バー、屋外暖炉・・・・) 実は今日は下田での歴史的な夜なのだ。 そう、何故か波田の中では下田では仕事は考えていなかった。(ここが甘い所・・・スマン)ところが半年前に先会計、ダブルダイヤを達成した城野夫妻のフロントの森夫妻(下田で老舗の薬局を経営)がいるという事は知っていたが、なんとその森夫妻は9月でDDになるという。この事実は衝撃であった。この人口二万人弱の小さな町でDDだなんて・・・・ということで、波田の方針は全く変わった。そして聞けば下田の街の中で会場ミーティングをするという。”えぇえぇ~~~!!下田でぇ!!”正直ビックリした。これは利用させていただいて、波田チームも、この地で盛り上がりたい!絶対に下田でグループを作ろうということに当社の取締役会議(波田一人)で決定した! フロントのシンノスケは下田で出会った少年である。彼は、とても自由人で日本全国、世界中で旅をしてサーフィンして、友達作って生きている。(現在25歳)その彼は友達が下田にいるので一緒に下田にやってきてミーティングに沢山の友人を連れて行った。ミネ君はプロを目指すサーファーで神奈川で生まれたが下田で暮らしている。彼はシンノスケのAMの考え方に賛同してサイン!グループもだんだん出来てきて6~7人の仲間を連れてミーティングに参加した。19時から行われた下田商工会議所会議室は熱かった!下田の商店街は19時を過ぎれば、全く歩行者なんていなくなるが、この会場に満員に近い40人位が参加していた! 富士市から荒川エグ御一行、そして”飛ぶ鳥落とす勢い”の畑山喜子T・ダイヤもグループと参加している! ヤンベェ~~・・・とにかく素晴らしいミーティングだった。城野ダブルのマーケは完璧!つい昨年まで超稼ぎまくっていた敏腕・音楽プロデューサーだったのに、そんな過去をひけらかす事も無く、AMの魅力を語ってくれたのだ。終了後はアフターミーティングに参加する為に、またオキラクハウス(波田の別荘の愛称)に戻り軽い”宴”をした。15人が参加して当然、今日のミーティングの話、AMの可能性についての話、今後の展開の話、少し馬鹿話で盛り上がった。やはり、下田でもビジネスを広げていこうと決断!波田のプロスペクトの地元サーファーのユウジも、ミーティングを見て理解してくれた。ウッフッフッ~~”頑張るゼィ!!”  森君、城野夫妻有難うございます! ペリー来航以来の下田の大事件として捉え、このビックウエイブに乗らせていただきますよ!!!

満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!

9月8日(金)今日は満月である。昨日までの二日間は夏明けの久々の”下田ブルーカラーディ”だ。(ブルーカラーディは波田が造った造語で肉体重労働系の作業がある日を指す。肉体労働というとどうも重い汗臭い空気でお手伝い要員が集まりにくいので、ブルーというマリン感覚を連想させ錯覚して来た友達に、楽しい肉体労働をして楽しんでいただき、サーフィンして和みましょうという企画。そうブルーは海のブルーと労働系の象徴色ブルーをかけたわけだ!ナイス!まぁここ以外では通用しない造語である。いずれにしろ新種の詐欺に近い名称だと思う。)さて昨日まで来てくれた作業隊員&サーファーは福井剛、米軍健ちゃん、千葉正、磯貝とデブゥ~兄、そして玉田と徳永君だ。そうだ室町と鈴木将吾も来てくれた。飯炊き女として米軍勤務のさち子嬢も来てくれた。今回の作業は昨年暮れに手に入れたオキラクハウス裏のテニスコートのフェンス破壊だ。

満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!

破壊=福井という図式は正しくものすごい破壊活動をしてくれた。なにせ5人で二日間かかると見積もっていたのに、オレが朝、資材を買いに二時間出かけていた間に、すでに完了していた。そしてご丁寧にちゃんと廃棄施設に持ち込むようにトラックに綺麗に積んであった。アンビリーバブル!!若き労働力は無駄には使われず、土地を改造する為の基礎工事に突入。穴掘り→鉄筋埋め込み→生コン流し込み→平らにする・・・・という日曜大工の域を越した工事を手伝ってくれたのだ。とにかくその仕事ぶりといえば人間ワザを越えて人間ユンボウ、人間掘削機、人間セメントミキサーとして15通りの使い方が出来るスーパーマシーンなのだ。昨晩は満月ということでお月見台で相当に盛り上がっていた。この十五夜の為に作られたといっても過言ではなかったであろうお月見台は本当に楽しめる。さて今日は朝から二日酔いで痛い頭を抑えながら朝食の準備をして、早々に東京に向かった。

満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!

福井号(元は波田のV次郎号なるベンツの黄色いワゴン)は快適。愛したクルマをまた愛してもらえている事は嬉しい。東京には結構、早く帰れて、そのまま千葉に向かった。今夜は千葉でミーティングなのだ。時間があったので福井の幕張の新居を訪問して、とにかくビックリした。ビビビビビビックリ仰天だ!!かっこ良すぎる!ずるい!スポーツマンのクセにズルイ!! 幕張のオシャレな町の最前列で海のまん前。最上階からの眺望は東京湾から大空から夜景から、もう何でも見えまくってしまう! そして室内が驚異だ。天井高はマンションなのに4メートルもあるから、まぁ広いのナンのって!!部屋も一部屋づつが天井が高いから外国みたいだ。東京都心なら間違いなく100万円コースだろうなぁ。それがナント・・・・・だって!許せない! その後、近所のホームセンターを覗いて(ホームセンターめぐりはボクのらライフワークなのです。)から今日の会場の”松戸ラドン温泉大宴会場”に向かった。しかし話には聞いていたが、闇の中にそびえ立つ古びた旅館風の建物に光る真っ赤な”松戸ラドン温泉”の看板にはやられた! なんだか燃えるぜ!

満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!

福井グループを中心にもの凄い人数が宴会場に入っていた。今期、ダイヤを真剣に狙っている宍倉久美子チーム、石井俊八チームの阿久津有香SP(超ダイナマイト級元気!超ナイス!)も来てくれている。 波田も福井チームの新会計への心意気も感じまくり、結構しゃべりまくった! 奴にも今期はやってもらわなくてはメンツにかかわるゼィ!(やるとはダイヤモンドという事) しかし、ひつこいが築100万年の松戸ラドン温泉の宴会場とは思えない程に雰囲気もヨロシク、楽しいミーティングだった。 アフターはまたまた牛角グループの”しゃぶしゃぶ温野菜”で深夜に食べ放題を選択するところが感心! さすがに若さと狂人的肉体を誇る福井チームの食欲は尋常ではなく、見ているだけでお腹イッパイになった。今日も沢山の人と会ったし感動出来た。 AMって本当に面白い!!

ONE DAY at AUGUST 2006

8月の東京はひたすらに蒸し暑い日が続く。この蒸し暑い夏の日々が実に好きだ。波田のイメージの中の夏休みは”蒸し暑いある日、セミが泣き狂うに山を背にした海岸で海水浴”なのだ。そこでスイカを食うかビールでもシュッパッーと飲めればパーフェクトだ。これこそ夏を満喫している瞬間なのだ。 正直言うと東京の8月は辛すぎる。オレの少年時代の東京の8月と明らかに暑さが違うと思う。それはやはり地球温暖化というか世の中エアコンを使いすぎて周囲の温度が上昇しすぎているのとアスファルトの地熱であろうか。いずれにしろ、大好きな夏休みは東京ではあまり過ごしたくないというのが本音だ。またスーツに皮靴なんて想像もしたくない。なぜならば、実はオレは”汗かき”なんて可愛いもんじゃなくて多汗症というか、夏場はもう人類を越えて両生類となってしまう “激しい新陳代謝野郎”なのだ。なにせ常に汗ばんで肌はペタペタ状態。メモ用紙なんて腕にピタッと貼り付けられちゃう程だ・・・・・(不快粘度は1~5まで決められている。この学説はいつかご紹介しよう。)そんな不快な場所からはエスケープ(逃避)したいと考えている。もちろん両生類化を避けて軽井沢とか北海道も正しい選択肢ではあるが”無き狂うセミ””程々の蒸し蒸し湿度”は必要なのだ。

ONE DAY at AUGUST 2006

夏を下田で過ごすようになり三年目となった。厳密には少年時代から何かにつけて下田には来ていた。(南伊豆に初めて来たのは小学校3年生の夏休み。強烈な海の綺麗さが印象で下田より少し先の仲木という場所。そして衝撃を受けたのが大学2年生の頃、先輩に連れられてきた多々戸浜、海が真っ青で砂が真っ白、そして外人が沢山いたのが記憶にある。その後DDになって皆で下田の会員制のホテルの権利を購入。来る頻度は当然に上った。) そうして貸し別荘を借りて過ごしたり、キャンプしたりと様々なスタイルでここで時間を過ごしてきた。その後、縁あってアメリカ人が建てたビーチハウスを購入して、いよいよ定住型で下田で過ごす時間がどんどん増えた。昨年は夏を40日近く、ここで過ごした。(夏だけでなく通年来ている。) 今年は昨年ほどは暑くは無いが、夏の下旬にして未だにエアコンは使っていない程に清々しい。海の前なので内陸と気候が違っていて涼しいわけではないがエアコン不使用のギリギリの爽やかな風が抜ける日々が続く。今年も沢山の仲間が下田にやってきた。延べで150人は優に超えている。作った食事は45回を越え、という事は500人前以上の食事を作った。何年か前にハロートークで言っていた・・・・いつか民宿のオヤジをやりたい、それがボクの夢です・・・・が実現化しているから驚く。(我が家は民家で絶対に民宿ではないが近所からはそう思われている。) さて今日も12人のゲストと数人の子供が来ている。みんなそれぞれビーチで遊んだり、海水浴、サーフィン、ボディーボード、プール(近所のホテル)、温泉(これも近所のホテル)釣り、海中生物捕獲(古山専門)デッキで昼寝をする人もいれば、屋根の上の展望台で過ごす人もいる。読書をしたり昼寝をしたり、日光浴したり・・・要はここでは皆が勝手にオキラクに過ごすのだ。 そんな時間を楽しむ皆の顔を見ているのが好きだ。

ONE DAY at AUGUST 2006

今年も沢山の夏の思い出作りの手伝いを出来たと思う。・・・・・・しかしここで本当に何を言いたいかと言えば、世の中の人々にもっと”人間的”に暮らして欲しいという事だ。先日、フランス・パリに行った時に現地の日本人からスゴイ話を聞いた。フランス人のサラリーマンは年間に117日しか働かない。これは国が定めた法律なのだ。それ以上働かせたら、その企業は国から罰せられる。そして週35時間労働、年35日のバカンスが約束され年間で135時間しか残業は許されない。(月に135時間位サービス残業している日本人サラリーマンを知っている。)そんな話を聞くと日本の雇用事情とのあまりのギャップを感じるのはボクだけかなぁ。しかし環境がどうであれ、人生の自由は勝ち取るものでしょ。社会に、会社に幸せにしてもらうのではない時代がこれからではないであろうか。自分の力で自分の本当に過ごしたい人生を勝ち取って欲しい。日本のエンドレスサマーは勝ち取るものなのだ。(まわりと同じ事をしていたらどうなるかわかるよね・・・・・・) オレの夏休みはまだまだ続く。自分の夢を叶える事が可能な仕事を目の前にしている幸せを感じて欲しい。人生であと何十回しか過ごせない好きな季節を好きなスタイルで過ごしたい・・・・・これって贅沢?
※ 写真は今年完成した”お月見台”で満月観賞する皆・・・・放心します。

真夏のある日。ボクは悲願の日帰り旅行。

8月5日(金曜日)朝は5時半に起床。波をチェックしたらまるで無い。この数日は本当に下田の海は山中湖かと思うほどに”ベタなぎ”状態だ。庭の木々に朝の水撒きをしてから朝食のゴハンと昼飯のトマトのカッペリーニの仕込み、夕飯の鶏肉のバーベキュー用鶏肉の漬け込みもした。朝食の後に少年1号(元太朗)の親友のシュウヘイが電車でやってきて下田駅に迎え、その後、ボクは古山に送ってもらい9時台の”踊り子号”で東京に向かう。今日は日帰りで東京に行くのだ。正直どうしても行かなくてはならない用事ではないのだが、タイミング的に今日、会うのが都合が良い友人とのランチが入った。実は散々、下田に来る人々を下田駅に送迎するばかりで、その電車には乗ったことが無かったし、これからもスチィエーション的に乗ることは考えられない。(ボクが電車で下田に来ることは無いからね。)ということで、いつか一度”伊豆の踊り子号”の景色を見ながら日帰り観光旅行をしたいと思っていたのだ。(用事も無いのに往復するのもねぇ・・子供じゃないんだし・・)また下田にいる時間が将来的に長くなると、こうやって東京に出稼ぎに出かけるのだからその疑似体験もしたかったのだ。ということで友人とは13時に恵比寿でランチのアポなので10時前の電車に乗った。初体験の”伊豆の踊り子号”は素晴らしい。景色の良さには本当に驚いた。しかしそれ以上に睡魔(昼寝が日常なもんで・・・)が激しく行きの車中は爆睡状態となった。そして東京に到着。あららぁ、せっかくの景色を見損ねた。山手線で恵比寿には時間通りに行ったが、しかし待ち合わせの時間になっても友人・岡本君(なぜかあだ名がウンベラータ)とは連絡が取れない。何回メールいれても音沙汰なし。絶対におかしい・・・たいした用事ではないが、やはり会えず仕舞いは許されないし空し過ぎる。困り果てて待ち合わせ場所の駅前をウロウロしている時、それは待ち合わせ時間から28分も過ぎて途方にくれていたら偶然に駅前で出会うことが出来た。結局、岡本ウンベラータは携帯電話を自宅に忘れて出掛けていて連絡不能。(僕が急きょ待ち合わせ場所をずらしたのが事の発端なのだが。)結局残るところ32分間のランチとなってしまい、話しらしい話も出来ないで生き別れた戦友が偶然に会って涙の再会みたいな状況を喜びあい終わった。それなりの共通の話題で盛り上がることは出来たのだ。駅ビルで慌ただしく中華を食い解散。。ボクはそのまま東京駅に戻った。そこでまた偶然に姫路の梅村さん(グループのDD)の息子さんが東京に来ていて今、東京駅にいるということで電話があり多少の時間だったが駅構内の喫茶店でお茶をした。この親子が信じられないくらいすごいンダァ。(今日は秘密)そして帰りの”スーパービュー踊り子号”の最前席にて下田に帰った。(いい加減、どっちが帰ったで行ったんだかわからない。東京がボクの家だし・・)景色重視の特別な車両は前面総ガラス張りでビックリな景色。走る金魚鉢といっても過言ではない。しかし最前列はグリーン車なのにシートは狭いしリグライニングもしない。この景色見ないで睡眠なんて許されないシートなのだ。パノラマビューは普段見る品川駅とかも別世界に見えた。熱海あたりからの海岸線の景色は本当に素敵だった。夏の太陽、深い緑、青い空、夏らしい入道雲、みかん畑越の太平洋、単線のトンネル、トンネルの出口の一点の光、咲き乱れる花々、ローカルな駅。I-Podから流れるCafeDelMarの一曲一曲が感動の粋を思いっきり引き上げ2時間半の少旅行は素晴らしい体験となった。ポロリと涙が出るほどに気分は良かった。伊豆って素晴らしい所なんだなぁと痛感。夕方の6時少し前に下田駅に到着していて再度、古山が迎えに来てくれて”おかえりなさい”の言葉で迎えられジィーン、その後、下田の高級スーパー紀ノ国屋と呼ぶスーパーアオキで夕飯の買い物をして家に戻り、みんなで夕飯の支度をした。ウチで留守番していたみんなは(一応、お客さんだった。実は十数人泊まっている。まぁみんな大人だからぁ)一日中海でおもいっきり夏休み生活を満喫していて楽しそうだった。夜はバルコニーで飲んで食い楽しい時間をすごした。キリリと冷やした白ワインがやたらに美味しく感じた夜だったなぁ。些細な夢でも叶うとウレシイのだ。戦友の岡本ウンベラータとはまた東京でゆっくり会おう。きっと生き別れ談義で盛り上がれるに違いない。

今年も始まった夏の下田生活

2005年7月26日(火)≪下田・オキラクハウスでの夏の生活、沢山の友達が訪ねてくる日々 ≫ 台風9号が東海、関東地方に向かってきている。 昨日から”暴風・波浪・洪水・大波・警報”が出ていて恐怖だ。気象警報関連の警戒警報がすべて出ている感じ。これ以上の警戒態勢はあるのだろうか。我が家は最高な立地条件だけど、その分、天災の恐怖感は臨場感を伴いハンパではない。いつもの平和な砂浜の、なんと波はすぐそこまで来ているではないか。スマトラ沖地震の津波の映像を見て以来、決して他人事ではないぞ!! 外出もままならず家でウダウダしながら過ごしていた。サーフィンなんてとんでもない。海には人っ子ひとりいない状況。昼前に遅れに遅れて電車で少年・宮田岳(ガク)がやってきた。岳は現在高校二年生、小学2年生ころからの付き合いでウチの娘と小学生時代を共に過ごしてきた。(家が近くで両親はEme)ダイヤモンドフォーラム・フロリダのディズニーワールドにもウチの家族として行ったこともある。下田駅に迎えに行ったら少年・宗一郎(次男七歳)が180センチを超える岳に向かって『ガックン大きくなったねぇ・・・・・そういう、お前もナァ・・・』という二人の会話が笑えた。宗一郎、元太朗にとっては憧れの存在なのだ。今回、オキラクハウスに来ているのは岩渕テっちゃん、沖縄のケイコちゃん、菊池Dと北野E(三人の男は誇り高きオキラクハウスのA会員という重労働により改築を手伝ってくれた名誉会員なのだ。)あとは岐阜の松田ルミちゃんと友達のチハルちゃんとトモちゃんのギャル三人。夕方、あまりに暇なので近所のゴキゲンな温泉”千人風呂”に入りに行って長湯をした。ここは本当に快適な温泉なのだ。菊池は自慢の”オネーさん踊り”を少年達に伝授していた。他の客がいないとはいえ露天風呂でのその光景は・・・逮捕だょ。ゆうがたになり台風がそれて雨雲の間から晴れ間が出てきて一安心。とてもサーフィン出来る状況ではないが雲の切れ間から見える青空は本当に清々しい。夕飯は焼酎&バーベキューナイトをして結構飲みまくったゾ。そして沖縄・ケイコ嬢はお誕生日なので皆でお祝いをした。

今年も始まった夏の下田生活

下田の気の効いたケーキ屋を知らないのでお手製ナベデモ・チョコレートケーキのレシピーを速攻で送ってもらい製作して祝賀。なかなかかわいく出来た。3メートルのダイニングテーブルには左側に子供達(少年ゲンタローの親友のシュウヘイも預かっている。)右側には大人達が座り盛り上がった。久々の少年・岳は大人と子供の中間で双方の会話に入り、それぞれと話しを合わせて面白かった。そんな楽しい”宴”は深夜まで続いた。岳は少年達とも本当によく遊んでくれたのだ。少年達は前のビーチで花火大会。明日はスイカ割りと基本的夏休みの正しい生き方、過ごし方を実践している。これから毎日様々な人間が入れ替わり立ち代り出入りして、飲んで食ってアホ話して、盛り上がり過ごす。ここ”オキラクハウス”は人生のお気に入りの場所だ。

秋のサーフ合宿。下田はオキラクな日々。

10月18日 月曜日、天気は絶好調。今年は実に異常気象で台風の連続だ。今日から下田にてサーフ合宿なので沼津から向った。少しずつ紅葉が始まった天城峠を抜けて波チェックを兼ねて海岸線を走る。河津を抜けるといきなりリラックスな気分になるんだよねぇ。そして下田の町の中にのお気に入りの地元農家が共同で出店している八百屋、そしてハンディーホームセンターなどに寄ってから”オキラクハウス”に到着。着いたら東京からイトケンと大山律子がすでに来ていてビーチで待っていた。家に入って生活の準備。別荘といっても先週も来ていたので全然汚れてはいない。ただ台風が通過した後なので被害は多少あった。我が家はベランダのナミイタ(透明な屋根材)が三枚吹っ飛んだ。そしてハイビスカスの木々が多少斜めになぅていた。我が家の被害は小さいほうで隣家は二階に窓ガラスが全部、そしてその隣は屋根が全部飛んだのだ。直撃の台風21号が下田を襲ったが近所に被害からみれば平和なもんだ。昨日は沼津で暇だったので今日のランチのカレーを作っておいたので昼飯の心配は無用。

秋のサーフ合宿。下田はオキラクな日々。

色々と準備をしているうちに湘南の小川兄弟チームやら石堂グループ小林さん夫妻らがやってきた。カメラマンの小林さんの友人の松崎のグラフィックデザインをしている面白い石塚さんという人もやってきた。デザイナーにして農業を楽しみ作った沢山の有機野菜がお土産に!。ここにいるとAМ関係だけでも愉快な人が沢山いるのに他業種に渡って知り合いが出来まくる。午前中からサーフィンをみんなでしたが波が結構サイズが上がってきて緊張した空気だ。ローカルのサーファーがキリキリしてそんなに平和な空気じゃないのが悲しいけど折角だから楽しもう。しかし状況はロングには決して向いている波ではなかった。しかし数本は楽しく乗ることが出来たので満足。午後に下田の紀伊国屋と呼ぶ”スーパーアオキ”に皆で出かけた。ここは結構な食材が揃い決して田舎とは思えない充実の店。ハーブ類、エスニック系調味料、チーズ類にワインも充実しているのだ。(僕はここのポイントカードを貯めるのがオレの無情の喜び。先日チェックしたら12500ポイントがぁ!これは食材をこの夏からで125万円購入したということ・・・・恐ろしい。)美味そうな食材を購入して夕飯はバーベキューをするのだ。午後はサーフィンしたり昼寝をしたり散歩、読書、大工仕事、庭掃除と各自勝手に過ごしていた。ここ”オキラクハウス”はいつもみんな、こんな風に気楽に過ごしているのだ。サーファー大和田剛とチカゲも夕方に来た。今日は本当に天気が良いので気分壮快。しかし明日からまた台風がくるなんて思えない美しい夕方だなぁ。空が本当に綺麗だった。バーベキューは外のダイニングで行われ地元友達のチエと3人の友達も来てモノすごい大所帯で盛りあがり、アホ話しながら飲んだワインは13本、ビールは1.5ケース、焼酎、ジンも空に・・・明日は頭の中まで台風上陸になるかもねぇ・・・。しかし皆、大人なんだから・・・・・・。

みんなに喜ばれて、なんて幸せなタコなんだぁ!!。

8月15日(日曜日)昨晩は我が家《オキラクハウス》のイベント”ウクレレナイト”なるイベントが企画され沼津のブルーウオーターのアマーノ(天野氏)が自分のカフェで催すついでに下田までアーティストのリナ(ビームスレコード)を連れてきてくれてライブを行いモノスゴイ盛りあがった。なにせ東京から60人以上が大挙押し寄せ(全て仲間)それだけでも楽しいのにライブで倍増!した。ということで大塚夫妻。お抱え密漁師・古山、歌手のリナ、アマーノ氏、そして岩渕と斉藤ひろみ、波田家5人が泊まっていて朝をむかえた。朝から大所帯で朝ゴハン。波はまったくなくて困ったもんだ。というか天気が最悪で大雨に見回れたのだ。しかしある意味でオッケー。昨日だったらハラハラもんだったなあ。午前中にアマーノとリナは沼津に移動した。アマーノの愛車マセラティーが実に下田の海に似合わないのが可笑しかった。

みんなに喜ばれて、なんて幸せなタコなんだぁ!!。

ということでダラダラムード一色の午前中を過した。さてランチということでパスタの湯を沸かしていたら密漁師古山がなんと沢山のサザエ、アワビ、トコブシそして生け捕りのタコを拿捕してきたのだ。その長さは60cm以上。それを道具なしに海中で戦い岸に投げシェフ大塚健司がその場で素手で解体!。数分後には我が家のキッチンに持ち込まれイキナリ調理。アシ2本は生でポン酢、ワサビ醤油そして昼からビール。アシ4本は湯煎して、またまたビール、残りはパスタに入れたりニンニクで炒めたりして、またまたワイン。結局昼前からキッチンで突然に酒宴はスタートして3時近くまで超超盛りあがりビール1ケース、ワイン6本が飲み干されたのだ。こんなにタコを堪能したのは当然初めてでミンナも相当に至福な状態だった。結局その場にいた8人で全てを制覇してゴキゲンだなぁ。午後はサーフィンをしたいが波が全く無いし雨なので昼寝。

みんなに喜ばれて、なんて幸せなタコなんだぁ!!。

そんなダラダラ生活をしているうちに夕飯タイム。波田のリクエストで大塚健司スペシャルサッパリ中華を作ってくれて素晴らしかった。大満足。今度は老酒、ビールで幸せだ。しかし大塚健司はタコの解体から調理、そして飲みまくり食いまくりで寝たかと思ったら夕飯はハンパ無しに美味い中華を作ってくれたのだ。我が家に欲しい。オレも大塚健司が欲しい!!。礼子は一人占めしてズルいじゃないかぁ。9時頃に電車で尾崎大チーム3人がやってきた。サザエを持参。なんだか海産物づいてきて良いぞ傾向ぞぉ!!。深夜には東京から金田リュウジ&伊世子夫妻と高夫妻がやってきていた。明日も楽しいぞ。うふふぁ~~

死ぬならココかぁ!。”サザエさん”を見ながらの日曜日の家族的夕飯。

4月25日、日曜日、本日は休日(いつも休日みたいなもんだなぁ!)そして晴天だ。沼津の晴天はなんだか東京の晴天より晴天度数が高いカンジ。ものすごい晴天なのだ。それは海や山が間近だからだろうか。さて、朝食の後に準備をして普段は部活で忙しい長女の桜子も休みだったので家族5人で出掛けた。実に基本的家族の過ごし方である。西武デパートでオニギリを購入して沼津市のインター近くで市内からは山の上に位置する岡の宮の工事現場へ向った。(※―1)ここに現在、新居を建てているのだ。数週間前に棟上も終りだんだんと家らしくなってきた。しかしこの場所に土地を購入してからどれだけ時間がかかったことだろうか。普通は土地を購入して1~2か月、遅くたって3ヶ月で家を建て始めるのが通常だ。なのにウチの場合は一年以上もデザイナーと検討に検討を重ねた。建築業者の選択、契約してからはものすごいスピードで着工。完璧な図面、指示書があるので駒かな打ち合わせも無しにどんどんと進み部屋割りもだんだんそれらしくなってきて空間の想像も出来てくる。そしてそのリビング&ダイニングのあたりで買ってきたお弁当を食った。大工さんみたいに車座になって地ベタに適当な建築資材を椅子代わりにしての昼ご飯だ。初めて食べた家族での新居の昼食(?)なのでウレシイ。その後、車で10分弱の駿河平という田園調布もマッサオな高級エリアに出来あがったテニスクラブで皆でテニスをした。このクラブハウスは超カッコ良くてイームズかノイトラーがケーススタディーで建てたかのような完璧なミッドセンチュリーを意識したクラブハウスだ。そしてそこでは時間貸しもしてくれるとのことでテニスラケットを持参して2時間、ナンチャってテニスを楽しんだ。(5面あるのに誰もいない!)その界隈は素晴らしい美術館や公園がある。なんとイタリアンの巨匠・鉄人日高氏もレストラン・マンジャペッシュを開業していて大人気。その後は歩いて住宅街周辺から渓谷、公園を散策。約1時間歩いて様々な新しい発見があった。渓谷の小川には山の様に自然のクレソンが生息していて美味しそうだったので沢山、摘んでしまった後で真横にある”クレソン採るな!”の看板を発見!。どおりで通行人が怪訝な顔で見ていたんだなあ。申し訳無いが頂いておく。美味しく食べるのが礼儀であろうか。そして帰りに食材を沼津の紀ノ国屋”アオキ”にて購入して帰った。週末の夕方はカフェ・ブルーウォーターに顔を出してアマーノ氏と世間話しをした。夕飯は自宅でとても平和だった。サザエさんを見ながらの日曜の夕飯はこうでなくてはいけない。(もし死ぬ時間を選ぶならこんな時間がいいなぁ!)。公園で捕って来たクレソンがやたらに美味しかった。そう、大好きなキリリト冷やした白ワインが美味しい季節だ。ウフフフ~~~。

※―1 沼津の家は東京の家とは打って変わってモダンである。それも超の付くモダンさだ。あと一生の間で、子供達と過す時間を考えたら沼津にも家を建てることになった。キッチンは相当に気合が入っている。7月に完成したら少しだけ、ホームページで公開しますね。お楽しみに!。

ああぁ入学式!。親はいるけど子は育つ。オレも成長しなくちゃ!。

4月6日、火曜日、本日はお日柄もヨロシク・・晴天、今日は次男・宗一郎の入学式だ。妻は和装をするとかで早々に美容院に出かけていった。自分で着ることが出来れば良いのだろうが、世間には着付けという職業があるように自分では着る事が出来ないヒトが多数なんだろう。従って和装が衰退するのも当然な事だろうなあ。(朝からブツブツ・・) そして元太朗、宗一郎、桜子と朝食をして9時に子供を送り方々、学校に行った。6年生の少年、少女が校庭でプラカードを掲げて新入生の宗一郎を迎えに来てくれていたのが感動だった。担当制になっているらしく低学年を面倒見るのが風習になっているんだなあ。ランドセルを背負う事が出来るのか心配な程の小さな一年生を見ていると感無量だねえ。皆に素晴らしい小学生生活を楽しんでもらいたい。式典は早めに終り、クラスで父兄が集まった。そんな時に明日からの学校のレクチャーよりもどんな父兄がいるのかが職業的に気になって、想像を膨らませているのだ。ウフフ・・その後、ボクは東京へ戻る。自宅でランチしてからポルシェ・ジャパンの福ちゃんにショールームまでトリプルーXを納品に行った。愛用しはじめてから大変に調子がヨロシイようで何よりだなぁ。そして恒例の試乗しまくり大会をした。最近、車買い替え病が発病して、何か買い換えたいと切望しているのにナンだか燃える車が無いのだ。この数ヶ月で興味を湧かせようと10数台の試乗をしているが”コレだぁ!”という感動が無い。ポルシェもカイエン、911、ボクスター、マニュアルにティップ・・・乗っては見たが今年のポルシェは燃えないなあ。来期に期待しよう。夕方に大工・ハマーがウチ来てくれて下田《オキラクハウス》のブロック塀の工事の指導をしてもらった。しかしブロック塀の工事ってシロウトがすることなのかなあ!?。(楽しみます!)夕飯は自宅で和定食、最近何故だか体重増加があり気分はダイエットしなくてはと焦る。テレビで”プロジェクトエックス”を見てから、電話大会。長く東京を空けていたので電話を色々とかけまくりコミュニケーションしまくった。昔の友人と何人か話したが厳しい状況のヒトが多い。こんなご時世に管理される事も無く将来の不安も無しなんて本当にAMを選んで良かったゾォ。自分が良ければヨロシイというもんじゃ無いので、明日からまた頑張っちゃおう。頑張ると刺激的な出会い、面白い出会いが出てくるのがAMの幸せだ。ウキウキ~~~。

最終段階に突入の下田《オキラクハウス》工事!!。楽しいを通り越すと辛くなる。

2004年2月23日、月曜日。沼津での朝、妻が朝からお腹が痛いと唸っている。子供の朝食の仕度や弁当を準備してあげて僕は下田に向った。今日から二日間は下田の風呂工事なのだ。まったく想像以上に手を焼いている。10月初旬に庭工事、新設風呂工事、バルコニー増築、バーベキュー用庭ダイニング、芝生整備、樹木の手入れ、ガレージ、玄関廻りの整備・・・・永遠に仕事が増えてきている。ボクは9時過ぎに下田に到着した。午前中に岩渕、菊池、そして森垣青年が来てくれた。昨日も泊まり込んでいた大工ハマーも東京にて用事を済ませて戻ってきた。昼には福井チームの福井土木部長(旧役職は奴隷マスター)とグネカンジロー、そして室町が来た。最強のメンバーで頑張るのだ!!。

最終段階に突入の下田《オキラクハウス》工事!!。楽しいを通り越すと辛くなる。

皆でデッキで作業着に着替えてからコーヒーを飲んで和んでから打ち合わせて配置決定。岩渕班がデッキの修復部分の交換。なにせ30年前のと同じ厚みが無くて一枚一枚を削って使う。これも予測以上のハードな作業。土木担当・史上最強の福井チームは門の支柱を埋め込む為に穴掘りをした。(穴掘り他土木工事はユンボウのごとく素早く確実だ。福井チーム出現で下田工事はものすごい進化をとげた。)ハマーはプロにしか出来ない風呂の仕上げ工事。ランチはパスタを食ったが物凄い量(1,5キロ)はぺロリンチョ!でたいらげたゾ!。全く肉体労務者にはパスタなんてオシャレな炭水化物は似合わないのか!。食後もゆっくり和む間も無しにシャワーブースの作製をしたり木戸の作製、石の不法投機(!)、風呂の壁作成を分担した。そして庭に残っていた岩を廃棄したりと物凄い清々するような土木仕事に精を出した。まったくこんな事はシロウトがやることなんだろうか!?。9月以降の工事の辛いのは風呂であった。タダで使わせてくれた大和館にもこれ以上迷惑かけられないので・・・でも迷惑かけて入っていたが・・・・・。昔からあるシャワーはタイル張替えの為に仕事が頓挫していて使用不能。外のシャワーは寒いし・・そんなカンジでやれどもやれども終わりが無いような工事ばかりで取り組むほどに新たな問題、仕事が涌き出てきたのだ。日が暮れて遅くなってから全員、入浴を済ませてスっきりと晩飯とした。こんな日のビールは極上に美味しいゾ!。鶏鍋とミゾレ鍋が今晩のメインで和食系で焼酎を飲んだ。菊地の知合いというかグループの河津のコンパニオン3人組みが盛り上げに来てくれて異様な盛りあがりとなった。そして明日の事なんか考えてないかのように皆で飲んで・・・疲労困憊が爆発してバタバタと就寝した。明日は職業的筋肉痛をこらえて朝は皆で海にはいるんだぁ!。 結局、4月下旬に下田《オキラクハウス》の第2期工事は終了した。この間、9月以降でのべで200人以上の手弁当ボランティアーが手伝ってくれた。みんなには本当に感謝している。特に福井と千葉方面巨漢格闘系軍団、岩渕、菊池にも感謝!。ありがとう。楽しい夏が来るぞ~~~。