「伊豆」タグアーカイブ

ONE DAY at AUGUST 2006

8月の東京はひたすらに蒸し暑い日が続く。この蒸し暑い夏の日々が実に好きだ。波田のイメージの中の夏休みは”蒸し暑いある日、セミが泣き狂うに山を背にした海岸で海水浴”なのだ。そこでスイカを食うかビールでもシュッパッーと飲めればパーフェクトだ。これこそ夏を満喫している瞬間なのだ。 正直言うと東京の8月は辛すぎる。オレの少年時代の東京の8月と明らかに暑さが違うと思う。それはやはり地球温暖化というか世の中エアコンを使いすぎて周囲の温度が上昇しすぎているのとアスファルトの地熱であろうか。いずれにしろ、大好きな夏休みは東京ではあまり過ごしたくないというのが本音だ。またスーツに皮靴なんて想像もしたくない。なぜならば、実はオレは”汗かき”なんて可愛いもんじゃなくて多汗症というか、夏場はもう人類を越えて両生類となってしまう “激しい新陳代謝野郎”なのだ。なにせ常に汗ばんで肌はペタペタ状態。メモ用紙なんて腕にピタッと貼り付けられちゃう程だ・・・・・(不快粘度は1~5まで決められている。この学説はいつかご紹介しよう。)そんな不快な場所からはエスケープ(逃避)したいと考えている。もちろん両生類化を避けて軽井沢とか北海道も正しい選択肢ではあるが”無き狂うセミ””程々の蒸し蒸し湿度”は必要なのだ。

ONE DAY at AUGUST 2006

夏を下田で過ごすようになり三年目となった。厳密には少年時代から何かにつけて下田には来ていた。(南伊豆に初めて来たのは小学校3年生の夏休み。強烈な海の綺麗さが印象で下田より少し先の仲木という場所。そして衝撃を受けたのが大学2年生の頃、先輩に連れられてきた多々戸浜、海が真っ青で砂が真っ白、そして外人が沢山いたのが記憶にある。その後DDになって皆で下田の会員制のホテルの権利を購入。来る頻度は当然に上った。) そうして貸し別荘を借りて過ごしたり、キャンプしたりと様々なスタイルでここで時間を過ごしてきた。その後、縁あってアメリカ人が建てたビーチハウスを購入して、いよいよ定住型で下田で過ごす時間がどんどん増えた。昨年は夏を40日近く、ここで過ごした。(夏だけでなく通年来ている。) 今年は昨年ほどは暑くは無いが、夏の下旬にして未だにエアコンは使っていない程に清々しい。海の前なので内陸と気候が違っていて涼しいわけではないがエアコン不使用のギリギリの爽やかな風が抜ける日々が続く。今年も沢山の仲間が下田にやってきた。延べで150人は優に超えている。作った食事は45回を越え、という事は500人前以上の食事を作った。何年か前にハロートークで言っていた・・・・いつか民宿のオヤジをやりたい、それがボクの夢です・・・・が実現化しているから驚く。(我が家は民家で絶対に民宿ではないが近所からはそう思われている。) さて今日も12人のゲストと数人の子供が来ている。みんなそれぞれビーチで遊んだり、海水浴、サーフィン、ボディーボード、プール(近所のホテル)、温泉(これも近所のホテル)釣り、海中生物捕獲(古山専門)デッキで昼寝をする人もいれば、屋根の上の展望台で過ごす人もいる。読書をしたり昼寝をしたり、日光浴したり・・・要はここでは皆が勝手にオキラクに過ごすのだ。 そんな時間を楽しむ皆の顔を見ているのが好きだ。

ONE DAY at AUGUST 2006

今年も沢山の夏の思い出作りの手伝いを出来たと思う。・・・・・・しかしここで本当に何を言いたいかと言えば、世の中の人々にもっと”人間的”に暮らして欲しいという事だ。先日、フランス・パリに行った時に現地の日本人からスゴイ話を聞いた。フランス人のサラリーマンは年間に117日しか働かない。これは国が定めた法律なのだ。それ以上働かせたら、その企業は国から罰せられる。そして週35時間労働、年35日のバカンスが約束され年間で135時間しか残業は許されない。(月に135時間位サービス残業している日本人サラリーマンを知っている。)そんな話を聞くと日本の雇用事情とのあまりのギャップを感じるのはボクだけかなぁ。しかし環境がどうであれ、人生の自由は勝ち取るものでしょ。社会に、会社に幸せにしてもらうのではない時代がこれからではないであろうか。自分の力で自分の本当に過ごしたい人生を勝ち取って欲しい。日本のエンドレスサマーは勝ち取るものなのだ。(まわりと同じ事をしていたらどうなるかわかるよね・・・・・・) オレの夏休みはまだまだ続く。自分の夢を叶える事が可能な仕事を目の前にしている幸せを感じて欲しい。人生であと何十回しか過ごせない好きな季節を好きなスタイルで過ごしたい・・・・・これって贅沢?
※ 写真は今年完成した”お月見台”で満月観賞する皆・・・・放心します。

真夏のある日。ボクは悲願の日帰り旅行。

8月5日(金曜日)朝は5時半に起床。波をチェックしたらまるで無い。この数日は本当に下田の海は山中湖かと思うほどに”ベタなぎ”状態だ。庭の木々に朝の水撒きをしてから朝食のゴハンと昼飯のトマトのカッペリーニの仕込み、夕飯の鶏肉のバーベキュー用鶏肉の漬け込みもした。朝食の後に少年1号(元太朗)の親友のシュウヘイが電車でやってきて下田駅に迎え、その後、ボクは古山に送ってもらい9時台の”踊り子号”で東京に向かう。今日は日帰りで東京に行くのだ。正直どうしても行かなくてはならない用事ではないのだが、タイミング的に今日、会うのが都合が良い友人とのランチが入った。実は散々、下田に来る人々を下田駅に送迎するばかりで、その電車には乗ったことが無かったし、これからもスチィエーション的に乗ることは考えられない。(ボクが電車で下田に来ることは無いからね。)ということで、いつか一度”伊豆の踊り子号”の景色を見ながら日帰り観光旅行をしたいと思っていたのだ。(用事も無いのに往復するのもねぇ・・子供じゃないんだし・・)また下田にいる時間が将来的に長くなると、こうやって東京に出稼ぎに出かけるのだからその疑似体験もしたかったのだ。ということで友人とは13時に恵比寿でランチのアポなので10時前の電車に乗った。初体験の”伊豆の踊り子号”は素晴らしい。景色の良さには本当に驚いた。しかしそれ以上に睡魔(昼寝が日常なもんで・・・)が激しく行きの車中は爆睡状態となった。そして東京に到着。あららぁ、せっかくの景色を見損ねた。山手線で恵比寿には時間通りに行ったが、しかし待ち合わせの時間になっても友人・岡本君(なぜかあだ名がウンベラータ)とは連絡が取れない。何回メールいれても音沙汰なし。絶対におかしい・・・たいした用事ではないが、やはり会えず仕舞いは許されないし空し過ぎる。困り果てて待ち合わせ場所の駅前をウロウロしている時、それは待ち合わせ時間から28分も過ぎて途方にくれていたら偶然に駅前で出会うことが出来た。結局、岡本ウンベラータは携帯電話を自宅に忘れて出掛けていて連絡不能。(僕が急きょ待ち合わせ場所をずらしたのが事の発端なのだが。)結局残るところ32分間のランチとなってしまい、話しらしい話も出来ないで生き別れた戦友が偶然に会って涙の再会みたいな状況を喜びあい終わった。それなりの共通の話題で盛り上がることは出来たのだ。駅ビルで慌ただしく中華を食い解散。。ボクはそのまま東京駅に戻った。そこでまた偶然に姫路の梅村さん(グループのDD)の息子さんが東京に来ていて今、東京駅にいるということで電話があり多少の時間だったが駅構内の喫茶店でお茶をした。この親子が信じられないくらいすごいンダァ。(今日は秘密)そして帰りの”スーパービュー踊り子号”の最前席にて下田に帰った。(いい加減、どっちが帰ったで行ったんだかわからない。東京がボクの家だし・・)景色重視の特別な車両は前面総ガラス張りでビックリな景色。走る金魚鉢といっても過言ではない。しかし最前列はグリーン車なのにシートは狭いしリグライニングもしない。この景色見ないで睡眠なんて許されないシートなのだ。パノラマビューは普段見る品川駅とかも別世界に見えた。熱海あたりからの海岸線の景色は本当に素敵だった。夏の太陽、深い緑、青い空、夏らしい入道雲、みかん畑越の太平洋、単線のトンネル、トンネルの出口の一点の光、咲き乱れる花々、ローカルな駅。I-Podから流れるCafeDelMarの一曲一曲が感動の粋を思いっきり引き上げ2時間半の少旅行は素晴らしい体験となった。ポロリと涙が出るほどに気分は良かった。伊豆って素晴らしい所なんだなぁと痛感。夕方の6時少し前に下田駅に到着していて再度、古山が迎えに来てくれて”おかえりなさい”の言葉で迎えられジィーン、その後、下田の高級スーパー紀ノ国屋と呼ぶスーパーアオキで夕飯の買い物をして家に戻り、みんなで夕飯の支度をした。ウチで留守番していたみんなは(一応、お客さんだった。実は十数人泊まっている。まぁみんな大人だからぁ)一日中海でおもいっきり夏休み生活を満喫していて楽しそうだった。夜はバルコニーで飲んで食い楽しい時間をすごした。キリリと冷やした白ワインがやたらに美味しく感じた夜だったなぁ。些細な夢でも叶うとウレシイのだ。戦友の岡本ウンベラータとはまた東京でゆっくり会おう。きっと生き別れ談義で盛り上がれるに違いない。

今年も始まった夏の下田生活

2005年7月26日(火)≪下田・オキラクハウスでの夏の生活、沢山の友達が訪ねてくる日々 ≫ 台風9号が東海、関東地方に向かってきている。 昨日から”暴風・波浪・洪水・大波・警報”が出ていて恐怖だ。気象警報関連の警戒警報がすべて出ている感じ。これ以上の警戒態勢はあるのだろうか。我が家は最高な立地条件だけど、その分、天災の恐怖感は臨場感を伴いハンパではない。いつもの平和な砂浜の、なんと波はすぐそこまで来ているではないか。スマトラ沖地震の津波の映像を見て以来、決して他人事ではないぞ!! 外出もままならず家でウダウダしながら過ごしていた。サーフィンなんてとんでもない。海には人っ子ひとりいない状況。昼前に遅れに遅れて電車で少年・宮田岳(ガク)がやってきた。岳は現在高校二年生、小学2年生ころからの付き合いでウチの娘と小学生時代を共に過ごしてきた。(家が近くで両親はEme)ダイヤモンドフォーラム・フロリダのディズニーワールドにもウチの家族として行ったこともある。下田駅に迎えに行ったら少年・宗一郎(次男七歳)が180センチを超える岳に向かって『ガックン大きくなったねぇ・・・・・そういう、お前もナァ・・・』という二人の会話が笑えた。宗一郎、元太朗にとっては憧れの存在なのだ。今回、オキラクハウスに来ているのは岩渕テっちゃん、沖縄のケイコちゃん、菊池Dと北野E(三人の男は誇り高きオキラクハウスのA会員という重労働により改築を手伝ってくれた名誉会員なのだ。)あとは岐阜の松田ルミちゃんと友達のチハルちゃんとトモちゃんのギャル三人。夕方、あまりに暇なので近所のゴキゲンな温泉”千人風呂”に入りに行って長湯をした。ここは本当に快適な温泉なのだ。菊池は自慢の”オネーさん踊り”を少年達に伝授していた。他の客がいないとはいえ露天風呂でのその光景は・・・逮捕だょ。ゆうがたになり台風がそれて雨雲の間から晴れ間が出てきて一安心。とてもサーフィン出来る状況ではないが雲の切れ間から見える青空は本当に清々しい。夕飯は焼酎&バーベキューナイトをして結構飲みまくったゾ。そして沖縄・ケイコ嬢はお誕生日なので皆でお祝いをした。

今年も始まった夏の下田生活

下田の気の効いたケーキ屋を知らないのでお手製ナベデモ・チョコレートケーキのレシピーを速攻で送ってもらい製作して祝賀。なかなかかわいく出来た。3メートルのダイニングテーブルには左側に子供達(少年ゲンタローの親友のシュウヘイも預かっている。)右側には大人達が座り盛り上がった。久々の少年・岳は大人と子供の中間で双方の会話に入り、それぞれと話しを合わせて面白かった。そんな楽しい”宴”は深夜まで続いた。岳は少年達とも本当によく遊んでくれたのだ。少年達は前のビーチで花火大会。明日はスイカ割りと基本的夏休みの正しい生き方、過ごし方を実践している。これから毎日様々な人間が入れ替わり立ち代り出入りして、飲んで食ってアホ話して、盛り上がり過ごす。ここ”オキラクハウス”は人生のお気に入りの場所だ。

秋のサーフ合宿。下田はオキラクな日々。

10月18日 月曜日、天気は絶好調。今年は実に異常気象で台風の連続だ。今日から下田にてサーフ合宿なので沼津から向った。少しずつ紅葉が始まった天城峠を抜けて波チェックを兼ねて海岸線を走る。河津を抜けるといきなりリラックスな気分になるんだよねぇ。そして下田の町の中にのお気に入りの地元農家が共同で出店している八百屋、そしてハンディーホームセンターなどに寄ってから”オキラクハウス”に到着。着いたら東京からイトケンと大山律子がすでに来ていてビーチで待っていた。家に入って生活の準備。別荘といっても先週も来ていたので全然汚れてはいない。ただ台風が通過した後なので被害は多少あった。我が家はベランダのナミイタ(透明な屋根材)が三枚吹っ飛んだ。そしてハイビスカスの木々が多少斜めになぅていた。我が家の被害は小さいほうで隣家は二階に窓ガラスが全部、そしてその隣は屋根が全部飛んだのだ。直撃の台風21号が下田を襲ったが近所に被害からみれば平和なもんだ。昨日は沼津で暇だったので今日のランチのカレーを作っておいたので昼飯の心配は無用。

秋のサーフ合宿。下田はオキラクな日々。

色々と準備をしているうちに湘南の小川兄弟チームやら石堂グループ小林さん夫妻らがやってきた。カメラマンの小林さんの友人の松崎のグラフィックデザインをしている面白い石塚さんという人もやってきた。デザイナーにして農業を楽しみ作った沢山の有機野菜がお土産に!。ここにいるとAМ関係だけでも愉快な人が沢山いるのに他業種に渡って知り合いが出来まくる。午前中からサーフィンをみんなでしたが波が結構サイズが上がってきて緊張した空気だ。ローカルのサーファーがキリキリしてそんなに平和な空気じゃないのが悲しいけど折角だから楽しもう。しかし状況はロングには決して向いている波ではなかった。しかし数本は楽しく乗ることが出来たので満足。午後に下田の紀伊国屋と呼ぶ”スーパーアオキ”に皆で出かけた。ここは結構な食材が揃い決して田舎とは思えない充実の店。ハーブ類、エスニック系調味料、チーズ類にワインも充実しているのだ。(僕はここのポイントカードを貯めるのがオレの無情の喜び。先日チェックしたら12500ポイントがぁ!これは食材をこの夏からで125万円購入したということ・・・・恐ろしい。)美味そうな食材を購入して夕飯はバーベキューをするのだ。午後はサーフィンしたり昼寝をしたり散歩、読書、大工仕事、庭掃除と各自勝手に過ごしていた。ここ”オキラクハウス”はいつもみんな、こんな風に気楽に過ごしているのだ。サーファー大和田剛とチカゲも夕方に来た。今日は本当に天気が良いので気分壮快。しかし明日からまた台風がくるなんて思えない美しい夕方だなぁ。空が本当に綺麗だった。バーベキューは外のダイニングで行われ地元友達のチエと3人の友達も来てモノすごい大所帯で盛りあがり、アホ話しながら飲んだワインは13本、ビールは1.5ケース、焼酎、ジンも空に・・・明日は頭の中まで台風上陸になるかもねぇ・・・。しかし皆、大人なんだから・・・・・・。

みんなに喜ばれて、なんて幸せなタコなんだぁ!!。

8月15日(日曜日)昨晩は我が家《オキラクハウス》のイベント”ウクレレナイト”なるイベントが企画され沼津のブルーウオーターのアマーノ(天野氏)が自分のカフェで催すついでに下田までアーティストのリナ(ビームスレコード)を連れてきてくれてライブを行いモノスゴイ盛りあがった。なにせ東京から60人以上が大挙押し寄せ(全て仲間)それだけでも楽しいのにライブで倍増!した。ということで大塚夫妻。お抱え密漁師・古山、歌手のリナ、アマーノ氏、そして岩渕と斉藤ひろみ、波田家5人が泊まっていて朝をむかえた。朝から大所帯で朝ゴハン。波はまったくなくて困ったもんだ。というか天気が最悪で大雨に見回れたのだ。しかしある意味でオッケー。昨日だったらハラハラもんだったなあ。午前中にアマーノとリナは沼津に移動した。アマーノの愛車マセラティーが実に下田の海に似合わないのが可笑しかった。

みんなに喜ばれて、なんて幸せなタコなんだぁ!!。

ということでダラダラムード一色の午前中を過した。さてランチということでパスタの湯を沸かしていたら密漁師古山がなんと沢山のサザエ、アワビ、トコブシそして生け捕りのタコを拿捕してきたのだ。その長さは60cm以上。それを道具なしに海中で戦い岸に投げシェフ大塚健司がその場で素手で解体!。数分後には我が家のキッチンに持ち込まれイキナリ調理。アシ2本は生でポン酢、ワサビ醤油そして昼からビール。アシ4本は湯煎して、またまたビール、残りはパスタに入れたりニンニクで炒めたりして、またまたワイン。結局昼前からキッチンで突然に酒宴はスタートして3時近くまで超超盛りあがりビール1ケース、ワイン6本が飲み干されたのだ。こんなにタコを堪能したのは当然初めてでミンナも相当に至福な状態だった。結局その場にいた8人で全てを制覇してゴキゲンだなぁ。午後はサーフィンをしたいが波が全く無いし雨なので昼寝。

みんなに喜ばれて、なんて幸せなタコなんだぁ!!。

そんなダラダラ生活をしているうちに夕飯タイム。波田のリクエストで大塚健司スペシャルサッパリ中華を作ってくれて素晴らしかった。大満足。今度は老酒、ビールで幸せだ。しかし大塚健司はタコの解体から調理、そして飲みまくり食いまくりで寝たかと思ったら夕飯はハンパ無しに美味い中華を作ってくれたのだ。我が家に欲しい。オレも大塚健司が欲しい!!。礼子は一人占めしてズルいじゃないかぁ。9時頃に電車で尾崎大チーム3人がやってきた。サザエを持参。なんだか海産物づいてきて良いぞ傾向ぞぉ!!。深夜には東京から金田リュウジ&伊世子夫妻と高夫妻がやってきていた。明日も楽しいぞ。うふふぁ~~

最終段階に突入の下田《オキラクハウス》工事!!。楽しいを通り越すと辛くなる。

2004年2月23日、月曜日。沼津での朝、妻が朝からお腹が痛いと唸っている。子供の朝食の仕度や弁当を準備してあげて僕は下田に向った。今日から二日間は下田の風呂工事なのだ。まったく想像以上に手を焼いている。10月初旬に庭工事、新設風呂工事、バルコニー増築、バーベキュー用庭ダイニング、芝生整備、樹木の手入れ、ガレージ、玄関廻りの整備・・・・永遠に仕事が増えてきている。ボクは9時過ぎに下田に到着した。午前中に岩渕、菊池、そして森垣青年が来てくれた。昨日も泊まり込んでいた大工ハマーも東京にて用事を済ませて戻ってきた。昼には福井チームの福井土木部長(旧役職は奴隷マスター)とグネカンジロー、そして室町が来た。最強のメンバーで頑張るのだ!!。

最終段階に突入の下田《オキラクハウス》工事!!。楽しいを通り越すと辛くなる。

皆でデッキで作業着に着替えてからコーヒーを飲んで和んでから打ち合わせて配置決定。岩渕班がデッキの修復部分の交換。なにせ30年前のと同じ厚みが無くて一枚一枚を削って使う。これも予測以上のハードな作業。土木担当・史上最強の福井チームは門の支柱を埋め込む為に穴掘りをした。(穴掘り他土木工事はユンボウのごとく素早く確実だ。福井チーム出現で下田工事はものすごい進化をとげた。)ハマーはプロにしか出来ない風呂の仕上げ工事。ランチはパスタを食ったが物凄い量(1,5キロ)はぺロリンチョ!でたいらげたゾ!。全く肉体労務者にはパスタなんてオシャレな炭水化物は似合わないのか!。食後もゆっくり和む間も無しにシャワーブースの作製をしたり木戸の作製、石の不法投機(!)、風呂の壁作成を分担した。そして庭に残っていた岩を廃棄したりと物凄い清々するような土木仕事に精を出した。まったくこんな事はシロウトがやることなんだろうか!?。9月以降の工事の辛いのは風呂であった。タダで使わせてくれた大和館にもこれ以上迷惑かけられないので・・・でも迷惑かけて入っていたが・・・・・。昔からあるシャワーはタイル張替えの為に仕事が頓挫していて使用不能。外のシャワーは寒いし・・そんなカンジでやれどもやれども終わりが無いような工事ばかりで取り組むほどに新たな問題、仕事が涌き出てきたのだ。日が暮れて遅くなってから全員、入浴を済ませてスっきりと晩飯とした。こんな日のビールは極上に美味しいゾ!。鶏鍋とミゾレ鍋が今晩のメインで和食系で焼酎を飲んだ。菊地の知合いというかグループの河津のコンパニオン3人組みが盛り上げに来てくれて異様な盛りあがりとなった。そして明日の事なんか考えてないかのように皆で飲んで・・・疲労困憊が爆発してバタバタと就寝した。明日は職業的筋肉痛をこらえて朝は皆で海にはいるんだぁ!。 結局、4月下旬に下田《オキラクハウス》の第2期工事は終了した。この間、9月以降でのべで200人以上の手弁当ボランティアーが手伝ってくれた。みんなには本当に感謝している。特に福井と千葉方面巨漢格闘系軍団、岩渕、菊池にも感謝!。ありがとう。楽しい夏が来るぞ~~~。

文部化学省推薦なとても夏休みチックな日、下田海の家≪27連休の6日目≫

8月6日、下田、海の家”オキラクハウス”の朝は早い。5時には誰かが起床して波のチエックをして、そのまま海に入るか再度、睡眠。海に入ってからもまだまだ意識はオネムが続いている。何せ起床してから5分30秒後にはポイントにいられる位の環境だ。(歯磨き1分、着替え1分、ボードを用意してワックス塗り1分、コーヒー飲んで波見て1分、庭から波打ち際まで1分、そしてポイントまでパドル30秒)今日は早朝に数人が東京に帰って行った。波はあまりなかったが、とりあえず海に入った。その後、8時には家に戻ってきて朝食をみんなで食う。3メートルのダイニングテーブルには12人で囲んで食事が出来て大家族的で圧巻だ。

午前は大和田剛と世間話しをしながらにパソコンで日記とメールの整理。こんな日々だと毎日しっかりつけないと昨日と今日、そして明日の区別がつかなくなってしまうのだ。午前中に宗一郎,元太朗、千景と剛とで下田軽四輪”下田号”(ダイハツ・アトレーで10万円で購入。)大浜の山奥の方に竹を取りに行った。そこには竹林があって太い竹が林立していて清々しい気分だ。宮崎駿映画に出そうな景色なのだ。そこで相当に危険な思いをしながら、やっとの思いで竹を3本切り出した。今日は子供達(時々大人達)の為に”流し素麺”をするのだ。ウフフ~。そして帰ってからそれを流し素麺用に割ったり削ったりという作業をして昼前に完成した。庭のデッキで開催された”流し素麺大会”は大盛況だった。大和田剛&光さんの愛娘の真夏ちゃんも始めての体験で大喜び。ヒロリン家も、大山フェロモン律子、ウチの少年二人も喜んだ。(その後、連日やっていたら、ある日から全くよろこばなくなった。こんなものは年に一度やるからいいんだね。剛の知合いの岡本在住の安田一家も参加で面白い時間だった。その後は夏の基本”スイカ割り”をして盛りあがる。(夜は当然、花火大会だ。)午後も≪オキラクハウス)らしくダラリンと海に入ったりして過した。夕飯は子供が喜ぶというより酒飲みが喜びそうなバーベキューと料理を作って盛りあがった。またまた大和田剛チームが実に良く飲むんだなあ。信じられない量の酒ビンが転がってた。そして皆、意識不明となった。

下田海の家《オキラクハウス》素人集団改築計画・その2.いよいよ戦いは始まった!!。真夜中の海岸に鳴り響く電動工具の爆音は不気味以外の何モンでもない。

6月11日、曇り、オキラクハウスの素人集団による改装工事《第1期工事》二日目。いつ終るか、どれだけかかるか、わかっていることは作業するのは素人で予算は無い。終りの見えない第1期工事に勇気あるものが集まった。そして頼るは大工ハマーと”日曜大工の全て”というノウハウ本。常識では考えられないウルトラプロジェクトだ。昨晩も遅くまで作業していた。真夜中の海岸に鳴り響く電動工具の爆音は不気味以外の何モンでもない。

下田海の家《オキラクハウス》素人集団改築計画・その2.いよいよ戦いは始まった!!。真夜中の海岸に鳴り響く電動工具の爆音は不気味以外の何モンでもない。

夜中に浜松から鈴木道彦チームが来てくれていた。大塚、名高そして小栗夫妻と静岡の名桐氏、名古屋の高橋氏。青木夫妻。昨日からの大塚健司と阿部ちゃん、そして大工ハマー。手弁当(無料奉仕)というムチャクチャな労働条件に関らず来てくれている。ものすごい人数でペンキの下地作り、壁のブリック張り、天井ペンキの準備、キッチンの棚のペンキ塗り、各所お掃除、地階のブロック壁のシーラー塗り、床ハリの準備(※―1)、ドア外してペンキ・・・・とにかく恐ろしい数のやるべき事の山である。こんなこと一体ダレが素人でやろうとするのか。しかし現場には笑い声が絶えない。浜松チームは表玄関のファサードを枕木で作り出した。これはけっこう傑作だし、白玉砂利を入れるというのは相当にナイスアイデアだ。しかし片付け様と思うほどに仕事が涌き出てくる。浜松の青木君は元建具屋で扉の修理、襖、障子の張り替え、ドアの調整、製作など素人では出来ない仕事をしてくれた。昼は食う場所もないので適当に外してあるドアをテーブルに床に皆で座ってソーメン・ランチ。夕方まで皆、本当に頑張ってくれた。

下田海の家《オキラクハウス》素人集団改築計画・その2.いよいよ戦いは始まった!!。真夜中の海岸に鳴り響く電動工具の爆音は不気味以外の何モンでもない。

夜になって皆で大和館にお風呂に入りにいった。女将が大変だろうということで作業中はお風呂を貸してくれるというのでそのお言葉に甘えた。(その後、数十日超汚い大人数で風呂を借り続けでしまった・・・感謝)ここの展望風呂はすこぶるゴキゲンでびっくりした。本当に疲れが吹っ飛ぶ。そしてメシはハダズフェイバリットの”ゴロサヤ”(波田啓次郎の勝手でしょバックナンバー参照)に乱入した。浜松チームは車中泊、ミツチームは民宿にステイ。庭のテントに泊まる者、現場にてキャンプ用簡易ベッドで寝る者、とにかくスゴイ状況でみんなで休んだ。いつまでも波の音が心地良くてこんな作業所みたいな所なのに快適睡眠がおくれた。明日もやることが山ほどあるぞ。頑張ろう!!。皆に感謝だ。きっと最高な夏がやってくる。(そしてこのプロジェクトはこんな調子で約20日間、のべで125人が手伝いに来てくれたのだ。)

(※―1)たかが床ハリといえ、合板のフローリングもどきではない無垢(むく)の板を一枚ずつ張り込んだ。そりゃ簡単なのは一般的な合板だが、素足で歩いたときの感覚が全然違うのだ。そしてペンキではないオスモという自然系の塗料を5回塗り。そりゃスバラシイぞ!!。

下田海の家《オキラクハウス》この大仕事、相当部分を素人、いやド素人である自分達でやろうと壮大な計画。そしてこの夏を楽しむためには時間制限までついている恐ろしいプロジェクトなのだ。やるしかないぞ!!。

5月24日土曜日、沼津での朝、天気は晴れ。7時過ぎに起きてウォーキング&ジョキングで沼津港周りで海岸コースを走った。そして10時に東京から大工のハマー(※―1)に来てもらって一緒に下田に向った。今日は下田の工事計画の下見をして作業計画を立てるのだ。元太朗は友達のタイガ君を連れてきた。4人で昼前に到着して下田で回転寿司に乱入して、みんなでランチ!。元太朗友人タイガは僕の倍位、バクバクと高級食材ばかり食っていた!!。ウニ、アワビを食う屈託の無い少年の前には金、銀、ハデ系の皿が立ちあがり、オレはアジ、イカ、サバの青い皿ばかり食う。(まあ、それが好きなんだから良いじゃないの!)そしてシーハーしながらホテル大和館にビーチハウスの鍵を受け取りに行ったら女将の中川さんがいて子供とハマーを優しく迎えてくれてラウンジでアイスを御馳走してくれた。波田はこの女将程美しくインテリジェンスに富んだ女性を見た事が無い。今回もこの家の件で交渉している際に何度もボーッとなってしったほどに美しいのだ。そして鍵を借りて、ハマーとビーチハウス(仮称)に行ったら庭師を入れてくれたみたいで見違える様にキレイになっていた。

下田海の家《オキラクハウス》この大仕事、相当部分を素人、いやド素人である自分達でやろうと壮大な計画。そしてこの夏を楽しむためには時間制限までついている恐ろしいプロジェクトなのだ。やるしかないぞ!!。

といっても10年間未使用に近い状態だったのでやる事は沢山あるのだ。その後、夕方まで時間を忘れて室内の計測、傷んでいる部分のチェック。ハマーと作業上の相談,材料の考察をしながらデザイン上の相談をしまくった。また不要なカウンター外し、ドア外し、そしてジュータンの撤去、最後には床に穴を開けて地下への階段の新設する位置を確かめたりした。少し考えたって、マスターベッドの天井、リビング、キッチン、ベッドルームの床張り(約40畳)、壁の全面ペイント、一部は漆喰壁の塗り直し、キッチンの造作しなおし、地階倉庫を床を張って部屋にして泊れるように改造。玄関部分の作りなおし、庭の造作、バルコニーの防腐ペンキ、和室の壁、天井全てペイント、シロアリにやられているハリの入れ替え、電気の引きなおし、上下水道のチェック・・・・果てしなく仕事がある。書き出したらメマイがした。でも、この”下田海の家”は手の入れがいのある素晴らしい建物なのだ。(※―2)しかし、この仕事は誰がどうやってコナすのであろうか。なんと、この大仕事、相当部分を素人、いやド素人である自分達でやろうと壮大な計画があるのだ。そしてこの夏を楽しむためには時間制限までついている恐ろしいプロジェクトなのだ。そしてそして予算なんか、全然無いのだ!!。だんだん相当不安モードも入ってきたゾ。夕方に時間も遅くなってしまったので沼津に戻り、素晴らしき定食屋”ヤジキタ”で夕飯を食った。その後、ハマーとカフェ・ブルーウオーターで打ち合わせをした。オーナーの天野氏も加わり盛り上がった。しかしやる事も山盛りだが、デザイン上の決めなくてはならない事も山盛りだ。ヤルからにはハンパ無い最高なモノに仕上げたい。だって、これこそオレの夢そのものだったのだから・・・。
(※―1)大工ハマー 大工ハマーはニホンジンである。浜憲工務店という3代続く宮大工なのである。そこらぁのデェイクゥ(ダイクの江戸っ子読み)とは訳が違う腕前なのである。そんな心やさしきハマーは何処までもボクの我がままに付き合ってくれて下田に共に寝泊りする事,数十日となった。しかしその仕事ブリはお見事。今回の工事で絶対素人には不可能な部分、また技術的な事を我らド素人軍団に丁寧に教えてくれたのだ。下田海の家の庭に銅像でも立てなければイケナイくらいに尽力をつくしてくれたサイコーな男です。だれかオヨメサンにいませんかぁ!?。そして良い仕事しまっせ!!。
(※―2)下田・海の家。波田の夢だったビーチサイドの家。32年前にアメリカ人、ロバートニコラスラテンバーグ氏が建てた。豪華ではないがキュートなビーチハウスでフロリダの片田舎の水辺にありそうな建物。現在の法律ではありえない建物なのだ。

夏の終り・・・・でもまだ続く。

《昨日から下田にサーフィンしに来ている。宿泊はキャンピングカー。夏も後半になると朝夕は涼しく車中も快適、しかし昨晩はパラダイスカフェで飲み巻くって不快少々》

8月27日、昨晩は前半はしっかり寝られて後半は少々熱くてというか昨晩のバーボンの飲み過ぎか・・・・・・・しかし総合的には壮快な朝だ。海岸で迎える朝なんて贅沢な事だ。朝5時半に起きてサーフィンを楽しんだ。ものすごい気持良い波に乗れて楽しかった。そして8時過ぎにエネルギーも切れて一度上がり朝飯のパンにキューピーのマヨベーコンを塗ってレタスを山盛りはさんで食おうと思ったら前歯がイキナリ折れた。あせった。しかし先ほどのサーフィンがご機嫌で差し引きしても、まだ楽しい。朝食のあとノンビリとして、午前中にもう1度入ろうと思いビーチを歩いていたら十数年ぶりに友人のマイク淺川(※1)に会ったのだ。偶然すぎてビックリ仰天した。凄い偶然すぎるではないか!!。盛り上った。元気な再会がウレシイ。そして一緒に海に入ってサーフィンを楽しみながら色々の共通の友人の近況報告を聞いた。しかし歯が無いと辛い・・。ヒトに正面から顔が見せられない。昼は海の家”なぎさ”でラーメン炒飯を食った。そしてマイク御一行は他のビーチに移動していった。午後も菊地、岩渕と3人でノンビリとサーフィンしたりとビーチライフを楽しんだ。ここ、伊豆の多田戸浜は日本とは思えない環境で本当に和む。海の青さ透明さ、そして白い砂のビーチは最高だ。天気予報を聞いたらどうも夕方から雨の予報。仕方なくいつも宿泊しているホテル・ジャパンを予約して移動してチェックイン。その後、ついでに以前から捜していたオートバイ、ホンダスーパーカブC100(※2)を民宿のオヤジから 譲りうけたのでピックアップしにいった。ものすごいデザインが可愛くてウレシイ。ちゃんとレストアして乗るのが楽しみだ。その後、温泉で汗を流して夕飯時間になったので愛する下田市街にある”ごろさや”(※3)で大満足の刺身と料理、そして酒を楽しんだ。岩渕の友人の美容師とイデーカフェの店員も参加で面白い夜だった。ホテルに帰って布団に突入して寝たのは9時半(記憶は無い)で充実の夏の終りの一日だった。明日の朝が楽しみだ。
※1 マイク淺川・・波田の高校生くらいからの先輩だが、全ての遊び、人生に精通する男。多分48才かなあ・・、アメリカ生活も長くとにかく洒落モノ。
※2 昭和34年製でホンダが世界戦略に出る為のバイク、よく郵便屋とか蕎麦屋が使っているモデルのクラッシック。
※3 下田の”ごろさや”は素晴らしい居酒屋。刺身の船盛り3000円なんて他店なら一万円取るかもと言うぐらいの高品質。”波田啓次郎の勝手でしょ”のバックナンバー参照してください。