8月5日(金曜日)朝は5時半に起床。波をチェックしたらまるで無い。この数日は本当に下田の海は山中湖かと思うほどに”ベタなぎ”状態だ。庭の木々に朝の水撒きをしてから朝食のゴハンと昼飯のトマトのカッペリーニの仕込み、夕飯の鶏肉のバーベキュー用鶏肉の漬け込みもした。朝食の後に少年1号(元太朗)の親友のシュウヘイが電車でやってきて下田駅に迎え、その後、ボクは古山に送ってもらい9時台の”踊り子号”で東京に向かう。今日は日帰りで東京に行くのだ。正直どうしても行かなくてはならない用事ではないのだが、タイミング的に今日、会うのが都合が良い友人とのランチが入った。実は散々、下田に来る人々を下田駅に送迎するばかりで、その電車には乗ったことが無かったし、これからもスチィエーション的に乗ることは考えられない。(ボクが電車で下田に来ることは無いからね。)ということで、いつか一度”伊豆の踊り子号”の景色を見ながら日帰り観光旅行をしたいと思っていたのだ。(用事も無いのに往復するのもねぇ・・子供じゃないんだし・・)また下田にいる時間が将来的に長くなると、こうやって東京に出稼ぎに出かけるのだからその疑似体験もしたかったのだ。ということで友人とは13時に恵比寿でランチのアポなので10時前の電車に乗った。初体験の”伊豆の踊り子号”は素晴らしい。景色の良さには本当に驚いた。しかしそれ以上に睡魔(昼寝が日常なもんで・・・)が激しく行きの車中は爆睡状態となった。そして東京に到着。あららぁ、せっかくの景色を見損ねた。山手線で恵比寿には時間通りに行ったが、しかし待ち合わせの時間になっても友人・岡本君(なぜかあだ名がウンベラータ)とは連絡が取れない。何回メールいれても音沙汰なし。絶対におかしい・・・たいした用事ではないが、やはり会えず仕舞いは許されないし空し過ぎる。困り果てて待ち合わせ場所の駅前をウロウロしている時、それは待ち合わせ時間から28分も過ぎて途方にくれていたら偶然に駅前で出会うことが出来た。結局、岡本ウンベラータは携帯電話を自宅に忘れて出掛けていて連絡不能。(僕が急きょ待ち合わせ場所をずらしたのが事の発端なのだが。)結局残るところ32分間のランチとなってしまい、話しらしい話も出来ないで生き別れた戦友が偶然に会って涙の再会みたいな状況を喜びあい終わった。それなりの共通の話題で盛り上がることは出来たのだ。駅ビルで慌ただしく中華を食い解散。。ボクはそのまま東京駅に戻った。そこでまた偶然に姫路の梅村さん(グループのDD)の息子さんが東京に来ていて今、東京駅にいるということで電話があり多少の時間だったが駅構内の喫茶店でお茶をした。この親子が信じられないくらいすごいンダァ。(今日は秘密)そして帰りの”スーパービュー踊り子号”の最前席にて下田に帰った。(いい加減、どっちが帰ったで行ったんだかわからない。東京がボクの家だし・・)景色重視の特別な車両は前面総ガラス張りでビックリな景色。走る金魚鉢といっても過言ではない。しかし最前列はグリーン車なのにシートは狭いしリグライニングもしない。この景色見ないで睡眠なんて許されないシートなのだ。パノラマビューは普段見る品川駅とかも別世界に見えた。熱海あたりからの海岸線の景色は本当に素敵だった。夏の太陽、深い緑、青い空、夏らしい入道雲、みかん畑越の太平洋、単線のトンネル、トンネルの出口の一点の光、咲き乱れる花々、ローカルな駅。I-Podから流れるCafeDelMarの一曲一曲が感動の粋を思いっきり引き上げ2時間半の少旅行は素晴らしい体験となった。ポロリと涙が出るほどに気分は良かった。伊豆って素晴らしい所なんだなぁと痛感。夕方の6時少し前に下田駅に到着していて再度、古山が迎えに来てくれて”おかえりなさい”の言葉で迎えられジィーン、その後、下田の高級スーパー紀ノ国屋と呼ぶスーパーアオキで夕飯の買い物をして家に戻り、みんなで夕飯の支度をした。ウチで留守番していたみんなは(一応、お客さんだった。実は十数人泊まっている。まぁみんな大人だからぁ)一日中海でおもいっきり夏休み生活を満喫していて楽しそうだった。夜はバルコニーで飲んで食い楽しい時間をすごした。キリリと冷やした白ワインがやたらに美味しく感じた夜だったなぁ。些細な夢でも叶うとウレシイのだ。戦友の岡本ウンベラータとはまた東京でゆっくり会おう。きっと生き別れ談義で盛り上がれるに違いない。
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屋久島で色々と癒しましょ!!。どんどん癒しましょ。(SARSの不安で香港セミナーは中止。そのオフ・スケジュールを利用して初の屋久島へ・・!)
5月19日、月曜日。朝から屋久島への出発モードで戦闘状態!。家族全員が早起きして子供の弁当の準備をして3人のガキを7時15分に学校に送り出して沼津を7時半には出発することができた。まさに戦争のような朝だった。東名には7時45分位には乗れて東京の家に順調に到着してタクシーも9時前には迎えにきてくれてセーフ。相当に時間的には心配モードだったので安心した。オネーサン(※―1)を奥沢まで迎えに行ってそのまま羽田空港に突進!。10時50分の鹿児島行きに無事に乗る事が出来て鹿児島空港でトランジット。そこで昼食。鹿児島空港というだけで黒豚を食わなくてはイケナイと考えて一路、ラーメン屋に入る。九州巡業から直接参加の渡辺正人氏とも空港で会えた。屋久島空港には天候不良で引き返しの可能性と言われてビビッたが無事に到着した。素朴な屋久島空港には小笠原さん(※―2)が迎えに来てくれていてそのまま今回の宿泊の小笠原家に向う。太平洋を一望する家は平和で部屋も過しやすそうだ。草木も手入れされて素晴らしい環境だ。貸してくれたタウンエースで4人でドライブに出かけた。ガジャマロがウヨウヨと生えている公園を見学。そして汗を流しに楠川温泉に行ったが混んでいて諦め。(有名なのに3人しか入れない浴槽。そして混浴。)そして平和な海亀の産卵で有名な”いなか浜”に行ったが、ここはゴキゲンだった。真っ白い砂が可愛くて袋に入れて持って帰った。最初に宿泊を予定していた”送陽亭”はなかなかな景観だった。小笠原家の夕飯は6時で、それまでに戻った。夕飯は完璧で鯖の刺身が絶品。(名物の首折れサバ)またカンパチも物凄い美味しい。大好物な島ラッキョウもバカスカ食べた。焼酎は”愛子”と”三岳”(※―3)が用意されていて屋久島ムードは絶好調。本当に美味しかった。最後に鯖のシャブシャブを食ったが、これも超美味い!!。絶品中の絶品だった。とにかく倒れそうなメシの美味さのオンパレードで感激だった。
オネーサンがブッちぎれて泥酔して倒れてそれを見て冷めた。なぜか自分以上に酔う人間を見ると酔いがさめるなぁ・・。英子さんも酒でハイテンション!!。それ見てまたまた冷めた!!。コラァァ俺より酔うのはヤメンかぁ!!。しかし小笠原さんは相当に面白い人だ。また島のラグビーの後輩も来ていて色々な話しを聞けて和めた。実に屋久島的な素晴らしい夜であった。屋久島は年300日、雨と言われているが明日は晴れの予報。勿論、山に出かけて屋久杉森林浴でも楽しもう。もう一度、いなか浜のも行ってみよう!!。たった東京から2時間半でこんな楽園があるなんて・・・。今日だけで緑を見すぎて視力が0,3位上がった気がするぞぉ・・。
※ ―1 オネーサン。度々、この日記に登場の鈴木啓子女史。名門・慶応ラグビー部の女史マネージャーという経歴で察しがつく性格と面倒見の良さ、そしてサッパリとした性格。波田のマブダチ。
※ -2 小笠原さん。元・プロ野球のピッチャー。肩を故障して引退。そしてその3年後には初挑戦のラグビーで日本代表に選出。(事実!)その後はワールドラグビー部の鬼監督となり全国制覇へという輝かしきメチャクチャな経歴。ルックスは長身で日本男児そのもの。星飛馬の父、星一徹氏にそっくり。合宿に訪れた屋久島が気に入って住んでしまった。オネーサンの知合いで、自宅に招待してくれたのだ。屋久島滞在中、一度も外食なんてしなかった位、美味しいモノを食わせてくれた。そして陶芸への造詣も深く素晴らしい器にふれられた。
※ -3 ”三岳”は焼酎である。イモ焼酎なのに香りが素晴らしく美味しい。屋久島島民は99,7%、三岳しか飲まないとのこと。それ以来、波田も三岳にはまり、調達して飲んでいる。ラベルが超カワイイのだ。
波田の一世一大の珍事
EDCで地中海クルーズの前旅行でチェコ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグを訪問。メンツは外川夫妻、清水君。完全チン道中。 7月9日(旅の二日目)朝起きたのは7時過ぎ、昨晩にチェコのプラハに到着してホテル・ヤルタにチエックインした。昨晩は時差に悩ませる事もなく熟睡ができて本当に良かった。そのまま地図とカメラを片手にウォーキング&ジョキングに出た。ブルタブァ川まで行ってレストランチェックをしながら川沿いを走った。本当に川沿いの公園もカンジが良いしカレル橋もムードがある。3~400年、完全に時が止まっている。そうしたら、なんだかモノモノしい空気の人間達がいる。朝っぱらから15人位の集団がスーツを着込んで、いったい川原で何をしているのだろうか。全員、やたらに緊張した空気だ。丁度階段で出くわしたのはナント、日本国の象徴!!。天皇皇后両陛下ではないか!!。驚きを越えていた。しかし絶対に近づける空気は無くて、そのチャンスを伺ったが、どうも難しい。すきを見て天皇陛下に手を振って”日本国民です~~!!。”と叫んだら手を振ってくれたので近づいて握手をしてもらった。お仕事ですかと皇后様から聞かれて、なんと緊張のあまりジョギングしていますと意味不明の回答。しかし貴重な体験をしたのだ。(後で聞いたが絶対に日本国内、また公務中でもありえない事らしい。死んだバアチャンも驚く事だろう。)その後、領事館前など物々しい空気の中を過ぎてまたウォーキング&ジョキングを続行した。公園の中の可愛いレストランを発見。オストロフという名前のイタリアンでイイカンジだ。旧市外、城方面を通って1時間半もジョギングした。ホテルでお出かけ準備をして、今回同行している旅の友、外川夫妻、清水君と朝食を食ったが美味しいのに驚いた。大体、ヨーロッパのホテルの朝食は豪華とは言いがたいのだ。(そして東欧・・東側で物資が不足…何年前の話ししてるんダァ・・)9時にロビーで観光ガイドのチェコ人と日本人のハーフのガイドと会って、説明を受けて地下鉄、路面電車を使って昔のプラハ城、王宮を訪ねた。行く道にチェコの歴史などを聞けて面白かった。ビロード革命などの無血革命に誇りをもっている。教会など物凄い建築物だった。ロマネスク、ゴジック、ルネッサンス、バロックと説明を聞いたが簡単には理解できなかった。黄金通り、庭園をおりて旧市街からカルロス橋を渡って午前の観光は解散した。昼は川沿いのレストランでした。ものすごく雰囲気が良くて調子にのってビールを2杯も飲んだのが運の尽きだった。(チェコは世界一のビール消費国、アルコール度数が強い1)おかげで午後はダルくて、また信じられない猛暑でクタクタになってホテルに避難。充電してホテル近くの博物館を散策したがひたすらにソファーを探した。マックでお茶してブラブラ。またホテルに帰って避難。充電をして、再度、集合して夕飯に出発した。テスコというデパートに行ったがあまり欲しいモノは見つからなかった。レストランには8時半に到着した。相当にまともな店で雰囲気もヨロシイ。オトロフは川沿いの公園の立っている今日の朝に見つけたレストランで幸せだった。全てに美味しかった。11時近くにタクシーでホテルに帰った。しかし今日は物凄い道のりを歩いたなあ。完全に本日のエネルギーは使い切ったが充実のプラハだった。就寝。明日はお楽しみのアムステルダムだ。
立って半畳。寝て一畳
8月3日、朝起きて福井県小浜の温泉ホテルで朝食をした。そして増田君の愛艇ラッキーナルの停泊してあるハーバーにいって京都の神崎氏と女子3人そして清水君が来た。今日はその7人と元太朗、宗一郎《※》で磯遊びをした。昨日と違う入り江で和み。《京都流男女混合不順異性交友ギリギリ・ドーナツ浮き輪の引きずり回し》《鮑、サザエのギリギリ密猟》《普通のウェイクボード》とか最高に楽しい時間だ。福井県の若狭湾にある小浜は素晴らしい海だった。昼には上がってハーバーでバーベキューの準備をしてサザエ、鮑を食った。一生分位食べたかもしれない。午後は運転、夜はミーティングだが、結局我慢できないでビールも飲んだ。一本じゃ効かないので3本制覇。最高にハッピーな時間だった。二時半に京都に向った。山道を越えてインシュウンテンには厳しい道筋だった。京都に着いて新幹線で来ていたデコ、桜子《※》と会った。 京都の宿泊はプリンズというカフェの2階が宿泊施設になっているのだ。超洗練されたデザインの部屋に入ったら広大なベッドに驚いた。こんなベッドが世の中にアルなんて・・・。普通のベッドの6個分位のまるでプロレスのリングのようなベットだった。(イカガワしいホテルではありませんョ。)どうしてこんなベッドを思いついたのだろう。人間立って半畳、寝て一畳と言う格言を思い出した。その後、ミーティングの会場である京都シルクホールに入った。800人の席は満員だった。急いでスライドをセットしてスタート。先日のEDCの写真を御披露した。外川めぐみさんとの司会(打ち合わせは無し)で進行した。また最後に15分スピーチしたが京都は笑いのタイミングがどうも違うのだ。終了後は”左舷右”(サゲンウ)で大人数で京都的食事をした。とても美味しい時間だった。ウルトラセブン(ミーティングの名称)は日本最古の続いているミーティングときいて余計に感動した。しかし京都の人々はイイヒトだ。チームワークも素晴らしい。そんな事を感じるのが人生の幸せだ。
※ 元太朗、宗一郎は波田啓次郎の長男9才と次男5才。とても繊細な元太朗とファンキーな宗一郎は波田啓次郎の親友です。
※ 波田家男チームは二日早く車で京都の日本海側、福井県小浜市のマッスンのクルーザーに乗せてもらいに参上し、京都と家族で合流。英子さんは全く船酔いに弱い。
※ プリンズは京都で相当にイケているカフェ。住宅街にあっておしゃれこの上ない。
とーーーーっても長い1日
7月13日(旅の6日目、ベルギーのオーベルジュ・フェルメという、今評判の自然の中のレストラン&宿泊施設。) 朝起きて外を見たら当たり一面が霧でおおわれていた。結構涼しい。しかしなんだかその牧歌的な景色に魅せられてウォーキング&ジョキングに出かけた。山道を散策。ものすごい平和的空気で時間が完全に静止している。高原の霧がナントも言えない清々しい空気を運んでくる。その後、朝食をレストランでしたが以外にも普通だった。しかし昨晩のオソろしく美味のヘビーフレンチの翌朝だから当然これで充分。美味しいパンを食おうと思いレタスとチーズとくればマヨネーズと思いウエイターに頼んだら、レストラン中に聞こえるデカイ声で”マ~ヨネ~~ズゥゥゥゥ~”と叫ばれた。アンタァ、ここでマヨネーズ食うわけ!!・・・とも聞こえたし、どうしてマヨネーズ食っちゃイカンのぉ・・・・?。良くわからんが完全に今後、マヨネーズを依頼する事に恐怖心が残ってしまった。結局持ってきたマヨネーズで食ったがやっぱり美味しいjぃやないのォ。さて、4人でミーティングして地図を広げて今日の進むべき道を相談。結局、早々に出発して300キロ以上あるフランクフルトにストレートに向かうことを決めた。途中で時間が早かったのでルクセンブルグ大公国に寄ったら素晴らしい町だった。城壁というか廻りの堀が深く、現在は素晴らしい公園になっている。観光の要点のみを見て出発した。次はドイツの小さな街でランチの為にアウトバーンを下りた。最高速度無制限(最近はあるらしいが今だ全然オッケー、自己責任なんです。)そして料金タダの高速道路アウトバーンには殆どドライブインがない。ドイツということで本当に”食”に期待をしてなかった。そして何かを食うにも店がない。町外れのピザ屋を発見して立ち食い同然だが仕方なく食ったら相当に美味しかった。何故かカバブー(アラブ系の食い物)とラザニア、ピザを注文した。金額は全員分で22ユーロで激安で再度感動。(1ユーロは約110円)そのままフランクフルトに向った。たぶん、もうこの街に一生来る事は無いだろうなあ・・・と思う程に田舎で何も無い。途中で雨が降ったが速度を落とす事も無く子豚みたいな顔をしたレンタカーの三菱号は170キロで巡航した。フランクフルトに入ってレンタカーを乗り捨てる為に空港オフィスに到着、走行距離は1050キロを越えていた。わずか4日間で、この距離を走れるのはアウトバーンのおかげだ。この4日間の気分壮快ドライブは車好きにはたまらない最高な思い出だ。ルフトハンザにチェックインしてラウンジ(※)で待ち合わせをした東京から遅れて飛んできたデコ(※)を探したが飛行機は定時より早く着いていたが異なる空港ビルで捜索困難、しかし無事に会えて良かった。海外での待ち合わせは結構なスリルだ。そして、一路、ニース空港に飛び、そのままモナコの港に向かい今回の旅のメインであるシードリーム号に乗船。ここで参加者が全員集合。今回はすでに部屋番号も決まっていてスムーズなチェックイン。シーゴッデス号時代より大分、古くはなったが完璧なリニューアルをした様で快適そのもの。部屋に荷物を入れてウェルカム的な簡単なオードブルなどをつまんでシャンパンを飲んだ。キャビアは絶品に美味しかった。時間も遅かったので船内のレストランでアラカルトなオーダーをした。早々に食事を出してもらった。スープも美味しい。メインも完璧。思わず皆、各々が注文したものを交換して試食しまくってしまった。ソムリエが選んだ白ワインも相性抜群だった。メニューには24時間前までにリクエストしてくれればどんな料理もサーブしますと記載されていた。すごいじゃないの!!。なんだかメチャクチャな”味噌カツ”とか”おでん”とか注文して見ようと思ったが、本当に出てしまったら困るから中止。しかし翌日、素麺が出てきたのには驚いた。そして食事後にモナコの港の脇にあるカフェでお茶を飲んだ。夜の景色も超カッコイイ。しかし、薄目で見てみると、どうも”熱海”と似ているなあ。(皆さんには夢を打ち壊してスミマセン。)そしてF―1でお馴染みのモナコの港には世界中のセレブが集まっている。となりの推定65億円の船はプライベートヘリコプターを積んだ推定73才のジイ様、カノジョは年の差、33才・・・どうなってんだぁ。部屋に帰って就寝。夢は73才になって地中海で33才年下の○○と旅していた。(うそ・・・実際には全然ロマンティックでもなんでもない超現実的な夢だった・・・。)
※ファーストクラス、ビジネスクラスには専用のラウンジなるものがある(ウフフ・・)
※デコは波田啓次郎の妻です。40才、結婚歴16年、趣味は料理と食うこと飲むこと。