2月15日(水)朝は慌ただしく準備。と言ったって会社に定時に向かう人から較べたら楽チンだ。10時半の目黒オフィスのミーティングなので家を出るのは9時45分、そしてクルマで向かうので10時15分には着いてしまう。ミーティングは10時半から開始。本当に朝のミーティングは毎回、違った展開で面白いのだ。アフターの食事も様々な人が毎回来ていて8人から10人と中華料理の円卓を囲む。話題は実に毎回様々だが、結婚前の仕事と現在の仕事、ダンナの話、近所の珍しい井戸端会議的話などが多いかナァ。まぁとにかく同級生と会っているときの話とは全然違って面白い。みんな様々な生活をしながら世の中の状況を見ている。確かに子育てをしながらの女性の仕事環境は相当に厳しい。子供を預けての仕事には完全に限界があるし援護者がいなくてはまず難しいのが実情。そんなことを理解、体感している人達にはAMの仕事は魅力的なのだ。しかし大好きだった目黒駅前の上海園は時代の流れには逆らえず閉店となるらしい。なんやら駅前の再開発でビルを建て替えるらしく、家賃も上って、とてもではないけれど経営出来ないのだそうだ。ということで殆んどの店員は解雇! あぁ淋しい。夕方には渡辺正人氏が野毛の新居に表敬訪問してきてくれた。正人氏はとてもスタイリッシュにして清潔好きなので来るに当たって掃除と整理は何故か入念となった。新居をお褒め頂きウレシイ。そして夜はご奉仕ミーティングに千葉に向かった。これは男”室町”への謝礼だ。話せば長いが12月の初旬に欲しいものがあった。皮のライダーズジャケット(バイク乗り用のジャケットで丈が短く襟がスタンドになっていてピッタリしたデザイン。)がとても欲しくありそうな店は何軒かチェックしたが、これだ!というのは無かった。後日、オフィスでミーティングをしていたら参加していた鎌倉君というDDが正に欲しいそのままのジャケットを着ていた。そしてブランドを聞くとアメリカ製の”ショット”であるという。”ちょうだい”の要求には”だめ!”と当然の答え。実に想定内の答えだが聞いて見なければわからない。鎌倉君の答えは実に自然で当たり前だ。そして数日後のAM本社でのミーティングでの事、一緒に南米のマチュピチュを旅した室町R、DDが来ていた。室町は元、自衛隊に所属していただけあって律儀で、そしてすごい筋肉質な体格をしている。極真カラテは初段(極真の初段は強力)の実力。しかし話すとものすごく優しくいい奴! その室町がナントナントナァーント、欲しいそのままの”ショット”のジャケットを着ているではないか!!そしえその古着感も抜群! そこで一応聞いてみた・・・・その”ジャケット・・・ちょうだい、いやぁ売って! いやぁ何かと交換して!”の答えに快く”イエス”と快諾。(たぶんこの表現は相当に波田に都合よく表現されていると思う。)なんと古着っぽいが10年間も着て自分で古着化させたらしい。とにかくイイカンジだ。という経緯があり、なにか恩返しとは思っていたが、やはりご奉仕ミーティングはとりあえず大切と考え実行日が決まり本日に至ったのだ。市原駅までは電車で向かった。そしてリーダー(というか親分)の格闘家集団の福井F・Eme御一行が迎えにきてくれた。いかつい男数人の駅前での出迎えは実に不思議な気分だ。(オッスの号令での出迎えだけは止めて欲しい・・・・)会場は彼らのオフィス(グリーンピース)。なんと駅前にも関わらず趣味のバー経営で週1回しか営業をしていない。店主のケンシローはスノボーフリークだ。ミーティングには約70~80人の福井グループの人が参加していた。(ちゃんと数系列の波田グループも参加していた。)LMと言うことで最近、色々と考えている事を話した。初心者向けにもしゃべった。(たぶんミーティングは盛り上がった。)そして終了後にはアフターが用意。このグループのアフターは正直怖い。だいたい”ダイエットなんてクソ食らえ”的な食欲に毎回ビビル。この前のミーティングのアフターは超ヘビーな台湾料理だったので、深夜のヘビーな食事は勘弁との希望を述べたところ、美味しいしゃぶしゃぶ屋だというので行った。それは深夜にはヘルシーであるという講釈。(・・・・・・?)そして地元のお店というのは大手焼肉店”牛角”の経営する店だった。とのかく、とても楽しい時間だった。しかし深夜12時からスタートした宴は2時近くまで続いたが、さすがの福井グループだけあって(福井は格闘家、グループもそんな奴が多い。)とにかく燃費最悪に皆、太い食欲だったなぁ。だいたい深夜12時から貸し切り食い放題にしているグループというか団体って見たことない。見ているだけでお腹がいっぱいになってきたぞ。まぁ、本当に付き合って気持ちがいい奴らで、これからも末永くヨロシクって感じです。 オッスゥ~~~(おっ!洗脳されてる!)
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最近の若ものはぁねぇ!!・・・・すごいよ!! 二十代はスゴイ!
1月13日(金)来週から新居への引越しなのでその準備が忙しい。(そうだぁ!忙しいとは心が無いと書くから、あまり感心する文字ではないのでやる事が沢山あると表現しよう。)とにかくダンドリーマン・ケージローは下準備に明け暮れている。9時半に世田谷区野毛の新居の書斎にインターオフィス社がハラーシステムを設置しにきたので立ち会った。(このスティール家具のユニットは宇宙一美しい製品。デザイン性、機能性にここまで完璧なものは珍しい。デザイン事務所でもスタジオでも、あぁカッコいいなぁと思うオフィスへの導入率はとても高い。もちろん住居にも申し分なし。難点は・・・・高い!しかし組み替えが出来るから一生モンと考えれば安いナァ)既に新居の工事を請け負う業者の職人さん達は作業に入っていてバスルームの改装やキッチンなどの工事は佳境に入っている。10時半からは目黒オフィスでの定番ミーティング。宍倉久美ちゃんエメラルドと月一回行っているが、相当に面白い。久美ちゃんはAM歴は長いがエメラルドを達成した後に8年間子育て休暇をしていた。しかしその間もAMで構築したビジネスは進展していて親戚のオバさん一族はDDザクザク輩出してオバ夫妻はダイヤモンドカウントに入る勢いに発展したりと、まさに権利収入的な収入を取り続けていた。そして彼女は子育てもヒト段落ついて一昨年に復帰!!またまたビジネスは強力に進化を始めたのだ。 そして今日は豪勢にも金田位世子EXがグループのお洒落なビジネスマンと参加してくれて、盛り上げてくれた。彼女のスピーチで参加の主婦(というか人妻)は完全なる一体化していた。位世子婦人は恐ろしく妖艶でカッコいい。以前、派手な人の多いニコタマ(二子玉川)で偶然出会ったとき150メートル(少しオーバートーク、本当は45メートル程度)離れたところから、認識出来るほどに美しく存在感があった。美しさを捨てたオバハンは位世子夫人を見たら何かを感じて反省し、自分に変化を与えるであろう。ミーティングはとにかく素晴らしい盛り上がりだった。その後、参加していたグループの人々で目黒駅前の上海園にて中華ランチをした。円卓を10人の主婦と一人のオッサンが囲む姿は世間様から何の”集い”と映るであろう。まぁ世間からの写りなんてどうだっていいのだけど・・。その後は麻布商店街の中のマキチャン宅(美容師、波田グループのDD、山崎たくみFCAの専属美容師)の新しい麻布十番の長屋の自宅&アトリエを訪問。実は波田家に80年位昔からあるソファーのサイドチェアーとマホガニー材のテーブル(双方祖父さんからの遺品)を預かってもらいに行った。彼女のレトロな空気のアトリエにはそれらの家具はビッタシ! ボクは結構沢山家具を持っているが、使わなくなると捨てるわけにもいかないしで人に預かってもらっているモノが沢山あるのだ。その後、赤坂経由で雑用して東急ハンズでステンレスバーを購入(これも新居の地下の帽子、カバンを整理するための発案)、AM本社でプロテイン購入(切れると事件になる!風邪に似た症状を感じるが気のせいと信じプロテイン大量投与で菌に対抗する身体を作ろう!) 岡本の家に特急で戻りクイックシャワーして藤田が迎えに来てくれて、再び野毛に現場視察に行き、そのまま6時開場を目指して目黒オフィスに向かう。今日は服部哲二エメラルドにゲストをお願いしてのスペシャル・ミーティングなのだ。テッちゃんは若干24歳だが、ビジネスをスタートしたのが21歳、そして23歳でエメラルド。ついこの間まで高校生だった若者が何を語ってくれるかが興味津々なのだ。ボクのグループの若者も大いに影響を受けていていつもながらに感謝している。マーケとLMっぽい話をしてもらったが、様々な事を勉強しているし自分で体験した事を交えてえて話す調子は何にも臆する事なく、実に凛々しい。来ている参観者は20代から60代まで、そしてダイヤモンド以上も沢山、聞きに来ているというのに・・・(これまたスゴイ事だが参加者の年配者、ハイピンもしっかりとφメモを取っている。) 今は社会状況的に就職など決して昔と較べて良いとは思えない。しかし、それは僕たちの過去の経験と較べてだが20代の若者には不景気感なんて全く感じてない。ある意味、過去の社会通念などブチ壊れた現代に発想が軟らかい20代であることがラッキーとも思えてくる。テッちゃんの人生への真剣なヤル気は本当にモチベーションとなった。今の若い者は・・・的な批評をするオッちゃんも沢山いるが、いつの時代も様々な奴がいるのである。そんなオッさんだって20代の時には年配からそんな風に言われていたに違いない。外見だけ見たらテッちゃんも鼻ピアスに穴開きボロボロジーンズというルックスだが外見と内面は全く関係ないのだ。(仕事出来そうな格好してアホなんていくらでもいる。)とにかく様々な感動と気付きを得ることが出来たミーティングになった。これからも吸収させてもらいます。そしてアフターは皆でお気に入りの”焼き鳥屋・鳥繁”で飲んだ。テッちゃんグループの面々も本当にいい奴だし将来をしっかり考えている奴が多い。小針君なんてナイスキャラすぎる。しかし冷静に考えてオレ、47歳・・・・24歳違いの若いジェネレーションとアホ話をして、人生を語りあい刺激しあえるってすごい事だよなぁ・・と痛感した。この仕事、面白い!!!本当に面白い!!!
昨晩21時発シドニー行きの便のJAL771に乗り、早朝にシドニーに到着。到着したシドニーは南半球なので初夏だっ。
12月2日(金)今回はダイヤモンドフォーラムがシドニーで開催。ダイヤモンドフォーラムは今回で17回目位の参加だと思うけど毎回、様々な出会いがあってお楽しみだ。通常は2日発がオフィシャル便なのだが、帰りにニュージーランドに寄る都合上、自己手配をしたら結局予約が出来ないで前日便に乗ったが機内はAMディストが前方ほとんどを占めていていた。坪松ニューFEX、熊谷W、篠原エグ、濱本智子FCA・・・と濃厚な人々。機内は和気藹々としていた。(あまり世間では機内で和気藹々なんて無いね・・・)シドニー空港で検疫と入国審査をイミグレーションで受けたのだが、なんとオーストラリアは食物を一切持ち込む事ができないので担当官に気づかれた人はニュートリからプロテインまで没収(だいたいプロテインなんて白い粉は只でさえ怪しいのに・・・)ボクは知らずに通過して逃げ切れた。危うくビタミンレスな不安な日々に突入するところだったぞ!!

そして皆でタクシーに乗ってシドニー湾を望む好立地なシャングリラホテルにチェックイン。景色も抜群な部屋で満足だ。まだ10時位だったが坪松夫妻、濱本DCAとランチまでホテルの部屋で馬鹿話に興じて、早々とランチの相談をして港の前のお洒落なシーフードレストランまで歩き豪勢なランチに挑んだ。みんなハングリー精神全快でタダ旅行なのに折角だからモトトリパワーを発揮してシーフードを食べまくり、昼から何の躊躇も無く飲みまくった。そう、なんの躊躇も無く・・・値段を見てビックリした。絶対にこの店の平均客単価の2,3倍は食っている自信がある。だからといって満腹にもなっていない。(坪松志津子さんは超ダイナマイト級のお嬢様な方だが、魚介のパスタなど数が人数で割り切れないものが出るたびに”あらぁ、これじゃ分けられなくて血の雨が降るわよねぇ・・”と言う。相づちは打てないが僕も皆も、たかがパスタで血の雨は降らせたくないので高級食材、とくにパスタの具はすべて献上したのだ・・・なのにまだ空腹だって・・・)午後は港前のお洒落な店を見たりして、そのまま勢いでシドニー湾のクルーズ船(海上タクシー)に乗ってお洒落と言われるダブルベイまで行きお茶をした。しかし実際に行ってみたらあまりに何も無い街で驚いた。まぁ無駄な買い物しないで済んだというのが感想。なんでこんなに何も無い町を観光ガイドの本は行きたくなるように書き立てるのだろうか・・帰りはタクシーで戻った。

一度解散して今晩はレストラン”テツヤ”を予約していて、偶然にも濱本班も予約していて北紺CAも合流で6人での楽しい時間となった。このレストラン”テツヤ”は衝撃の連続の店だった。(評判は相当前から聞いていて機会があったら是非行きたいレストランだった。今回のフォーラムで行けたのはどうもこの6人しかいないみたいだった。随分多くの人が予約をチャレンジしたがダメだったみたい。世界十指の予約が取れないレストランと言われているのだ。)”テツヤ”は想像以上に美味しく素晴らしい時間になった。食事は全てに完璧で適量、ワインも美味しかったなぁ。オーナーのテツヤ氏はオーストラリアで大成功した日本人の料理人なのだが、こんな海外で頑張る日本人を見ると誇りに思う。そして値段も超一流だった。(波田啓次郎の勝手でしょに紹介される機会はないだろうなぁ・・) 帰りにタクシーが拾えないで一苦労。他の人は一台で帰ってしまい困っていたら、テツヤ氏のお抱え運転手がホテルまで黒塗り高級車で送ってくれたのだ。何故!!そしてその運転手と交わした話が印象的だった。テツヤ氏は心から料理ともてなし、そしてオーストラリアが大好き。当然、終身現役を決断しているらしい。そしていくら成功してもこの店1店以上広げる予定は無いらしい。自分の目の届かない店を作って儲けたって何の意味も無いと言っているらしい。そんなエピソードを聞けて素晴らしい時間になった。その後ホテルのラウンジで皆で続けてガンガン飲んだ。肝臓君、数日間頑張ってくれ!!

12月3日(土)朝からシドニー湾をジョギングを一時間した。素晴らしい公園が湾の周りにあり幸せな発汗であった。公園のビーチフロントに巨大な特設の透明なテントを大人数で製作している。いったい何をするのだか覗いたら、なんと今晩のウェルカムパーティーの特設会場を製作しているのだった。(あー仕掛けがバレて残念。でも昼間に見て更なる感動だなぁ。)その後渡辺正人氏と山本可根夫妻と会って飲茶ランチを中華街まで出かけて食った。シドニー、サンフランシスコ、LA、シアトル、ニューヨーク、チャイナタウンが頑張る町では当然ランチは飲茶に限ります。どうしてこんなリーズナブルで大規模で楽しい飲茶が日本にはないのだろう・・・(日本の中華街のは何故か違うのだ。)大満足の午後は何をするではなく町を散策した。夜はオフィシャルでは最初の晩なのでウェルカムパーティーだった。ハーバー脇の特設会場のテントはライトアップされて素晴らしく出来上がっていた。食事もワインもなかなか美味しかった。今回は林厚子CA(ボクのスポンサー!!)が参加していてビックリ、ご公務の場で会うなんて何年ぶりだろう。そのアップの坂本久美子EXも参加していて三人揃ったのなんて本当に久しぶりで感激だった。

坂本グループというか林グループで円卓で食事をして楽しいひと時だった。ニューダイヤモンドのハロートークがあり緊張の雰囲気がまた良かった。パーティーの最後にAMが用意した花火がすごかった。シドニー名所のオペラハウス前の海上から打ち上げ花火がガンガン上げられた。終了後は佐々木穂積W、正人氏、山本氏、堀夫妻とで一階のバーで飲んだ。解散後再度、堀、穂積と再度、飲んで意味不明な会話で盛り上がり不思議な時間となった。みんな個性が激しいなぁ。明日はサーフィンをしにマンレイビーチに北紺CAに連れて行ってもらう。ワクワクだぁ!
小さな夢が叶った日・・・・ありがとう、堀様!
11月10日(木)関西でのシゴトを終えて午前中、早めの新幹線で東京に戻った。昨晩は、やはり飲みすぎて、いまだに頭の中でジェットコースターが走っている。いや今日の状況は観覧車が回っているというのが正しいかぁ・・・・ぐぅるぅーん、ぐぅるぅーん・・・グリーン車にのるなり、再び熟睡モードに入り昼過ぎに東京に着いた時には完全なる復活を遂げていた。(遂げていたなんて大層なもんじゃないなぁ・・・)そんな状況なのに途中、新幹線車内で朦朧としながら、むさぼり食った弁当の”さば寿司(ばってら)”は美味かった。さて急いで家に戻り様々な事務仕事を済ませた。引越しの段取りや、イベントの企画、ミーティングの準備となにかと忙しい。(忙しいという言葉は正しくない。忙しいとは心が無いと書く。)ひとしきりして二子玉川のスポーツクラブに行って二時間の発汗タイム。最近は気温も下がってきたし公園をジョギングするよりもジムで有酸素運動をしたほうが気分は優れる。そして家に急いで帰り、ゆっくりと名湯”波田の湯”で和むのがリラックス&エンジョイが出来るのだ。その後、来客がありで一時間少々の軽いミーティングをして、お客を送り出してから着替えた。

今日はとても大切な日なのだ。堀正樹ダブルダイヤのWダイヤモンドデーなのだ。これは日本AMが用意する素晴らしい企画でダブルダイヤという偉業を達成すると、その日はその人の業績を称えて本社社員が全員でセレモニーを通じてお祝いするというものなのだ。通常、早朝に東京在住者は自宅まで、地方の人は東京駅か羽田までホテルオークラの所有するストレッチリムジンがお迎えに来る。(海外のスター、要人が来日するとこのクルマを使うのが常。)そのまま本社まで連れられて、本社では”赤じゅうたん”でのお出迎え。(これ古典的な最大なる歓迎。外国政府要人が来日するとやっているね。)そこで本社幹部と全社員のお出迎えがありセレモニーが行われて社員が見守る中でスピーチ、このスピーチが緊張するんだ。だって相手はディストリビューターでなく社員だからね。

そこの会場には当人がやり始めた頃、ニューDDセミナーでのスナップ、各種旅行でのスナップ、ラリーでのスピーチとかの会社で保存してあるお宝写真が展示。その数、シーンに必ず感動!!だってそんな写真をよくも保存していてくれた(あなたの写真も撮ってあるんだよ!!・・・・その後、会社中を案内されるのだが、その際に社員は胸に”おめでとう堀正樹さん、ニューWダイヤ”と書かれたプレートを付け、また社員のパソコンの待ち受け画面は同様に”おめでとう~~”とある。会社中を案内されてその度に社員がスタンディングオーベーションして拍手して歓迎!(相当に照れる!)社長室で歓談の後にリムジンでホテルフォーシーズン(ボクのときはホテル・オオクラだった。)でものすごいランチを物凄い部屋で食べるのだ。ひろーい広間にダイニングがドーンとあって緊張のランチだった。その後は解散してその日はリムジンを使いたい放題なので各々、買い物とかお礼参り(薫さんは断った奴にSA―8を配達したと聞く。)などに利用するのだが、普段の景色がリムジンに乗って観ると別世界である事に気が付くのだ。

(ボクは銀座界隈を散々乗ったり降りたりして周り、というのもその度に帽子をかぶった運転手さんがドアの開け閉めをしてくれる。カッコいいわけ! そして悲願だった夢を実現! リムジンで青山の”ホープ軒”という当時気に入っていた立ち食いラーメン屋を訪問。全員タキシード、ロングドレスで食券買って立ち食いするという夢を実現した。その後はグループがパーティーを企画してくれて盛り上がった。)ということで堀正樹に話題を戻す。僕の夢は誰かWダイヤを達成して我が家を訪問してくれないかなぁ・・・という事だったのだが、それを堀が実現してくれたのだ。今日の朝から堀は本社でセレモニーを受けて、その後都内をドライブ、そしてそのリムジンでボクを迎えに来てくれて、そして六本木ヒルズのレジデンシャル棟のパーティールームで行われる福井チームが企画してくれたパーティーに参加するのだ。やはり同じ渋滞も都会の喧騒もリムジン越しの景色は違う。毎日こんなのは窮屈そうだけどたまには楽しいし、素敵な経験だ。対面式のズッポリと包み込まれる革シート、運転手さんとの間にはガラスの仕切り!なんだかヤバイ話とか内緒話がしたくなってくる。こんな車内で怪しい相談がされるもだろうなぁ・・・とか考えつつ、堀様を見るとバシッと決めカッコいい!今日の主人公に相応しい風格だ。そして何より嬉しそうだ。

パーティーは物凄い盛り上がりだった。ロケーションも最高で景色も抜群。ハイピンも沢山お祝いに駆けつけて豪勢な夜だった。参加した400人が全員見たものは”やりきった男の達成感”であろうか。ボク的には本当に夢を叶えてくれて嬉しかった。(次はグループの誰かにその夢をお願いしたいとも思った・・・誰か頼むよ!) 今日はいい具合に酔ったなぁ。 《バックナンバーの日記、堀様になりたい・・・・にリンクしてください。》
堀正樹というオトコ。オレも堀様になりたい!!
9月11日(日)《新潟のホテルで起床、さすがに昨晩の暴力的ワインの飲みまくりで頭は放心状態。昨晩は悲願の山形のイタリアン・アルケッチャーノで食い倒した。しかし・・選挙はちゃんと不在者投票してきましたよ!》 朝起きて川原をウオーキング&ジョギングを一時間、二日酔いを抜くにはこれしかない。これは医学的に健康な事なのだろうか。でも間違いなく発汗して入浴するとアルコールは抜ける。今日の新潟の天気はスカッとはしていないが、街の真ん中を流れる最上川のお散歩コースは幸せだ。今日は何が何でも昼までに絶好調な状態に戻さなくては!!今日は新潟のマブダチ、堀正樹&範子のニューダブルダイヤのセレブレーションラリーのゲストなのだ。ホテルに帰って通称・宇宙の朝ごはん”プロテインとニュートリ山盛り”を飲んで11時にチェックアウトしてノンナ(川口文子D)と福井Eの三人でホテルの一階のカフェでお茶した。その後、ホテル新潟の料亭でゲストのキム・ジョンスD、主催の堀正樹、ニューEmeの中村君と富樫君(この二人本当に変わった!カッコいい!)、久々のアキヤンで食事をしてから会場に入った。会場には人が溢れてすごいことになっていた。700人位の会場に数千枚の申し込みがあったらしい程のイベントだ。

今回の堀のダブルダイヤは快挙だと思う。物凄い数のダイヤモンド以上の人々がお祝いに全国から駆けつけていた。(札幌のイリモトなんてオレの知る限り日本全国の全部の達成ラリーに出ていたよ。この盛り上がり感は最高だもんねぇ。)ラリーは始まる前からものすごいテンションになっていた。スピーチは緊張こそしないが、すこしエネルギーを使ったなぁ。アップのジョンスDは”AMはやる人、やらない人、そして出来ない人・・・その出来ない人に堀がいたと語った。でも今や・・・80歳のノンナのスピーチは相変わらず若者に刺激を与えた。(ちなみに今回、初めて参加していたパーソナルの洋介の山形からわざわざやってきた母親は完全にキレていた!!) 波田も頑張った!本当に今回のゲストに選んでもらえたのは光栄の極みであった。ラリーは相当に映像などの演出も凝っていて楽しめた。そして表彰は盛り上がり、3時間以上続いたラリーはアッという間であった。アフターパーティーは場所を日航ホテルに移し500人ぐらいが集まり、様々なパフォーマンスに加え福井Emeのカラテショーが行われたがものすごい盛り上がりだった。今回はバット4本割りとブロック割り!しかし完全に空気が変わる。福井を見ていると友達で良かったと思う。だって怖い・・・パーティーの最後の堀のスピーチには惚れ込んだねぇ。(本職の人は怒るかもしれないけど・・・趣味でレストラン、ダイニング、バー、カフェを13軒も経営しているのだ。本人は経営している意識は相当に薄い。どんどん作ってどんどん任せている。)スピーチでは、他の仕事でもきっちり成功できる自分を証明したかったし、その自分が選んだのがAMと言っていた。そして全知全能傾けるのはAMであると・・・・素晴らしいパーティーだった。ゲスト、ハイヤーピンは何の仕事だかわからなくなるほどモミクチャになり写真撮影サービスをしていた。参加していた人々は本当に幸せそうだったし、その中心の堀のご満悦な顔は最高だった。夜も更けて人数も少なくなり、その後は堀の店を数軒案内してもらった。カフェ37、和ダイニング、アジアンカフェ、そしてジョイスで暴飲暴食の追加攻撃。どこも雰囲気も良いし美味しかった。店員さんも活き活きしていたのが印象的。堀はグループに、社員に、仲間に、家族にヤル気、元気を与える天才的頭脳と行動力、センスの持ち主なのだと一緒に回ったイリモト他、面々と結論に達した。幸せな家族、可愛い娘、ウェイクボードは世界ランキング保持者、13軒の繁盛店、まだまだ店を作る勢い、友達いっぱい、そしてダブルダイヤの安定収入となによりの達成感、これ以上なにが欲しいのだ!!久しぶりにウラヤましさ全開となった。 い~~~~なぁ、堀さま!!堀さまになりたーい!!
シンドウユミコを考えよう!
6月30日(木) 最終営業日だ。一ヶ月の集大成(そんなに大袈裟なことではないかぁ。)朝から色々と慌ただしいかんじだ。とは言いつつ午前中の2時間はジムにて発汗。ルール違反だが携帯電話はスイッチは入れてあるが大した電話は無かった。勝負はまだこれからだ。帰って浄水シャワーを浴びて気分爽快のなんのって! ランチは家でパスタを食う。我が社というか我が家はランチは社長が作るのが恒例なのだ。本日は二種(夏野菜ペペロンチーノと茄子のトマトソース)その後、7月のスケジュールを仕上げて、細かい予定を立てて、ホームページの更新、そしてユメに頼まれたホームページの原稿を書き上げたりした。(ユメとは進藤由美子トリプルダイヤの事。彼女の有名サイトの投稿を頼まれたのです。せっかくだから読んでくださいね。)なんか雑務に終われる月末なのだが少々の緊張感とワクワク感が好きだ。そんなことしているうちに時間も遅くなり夕飯も食いそびれているのでニコタマ高島屋デパ地下までヒョイと行って数点のオカズを購入。そして帰って8時すぎ、最後の点数確認をしてニィマァァ~~うふぅぅ! 皆、達成しているじゃないのぉ。頑張ったナァ! 祝杯のエビスビールで乾杯!今日は新しい達成者も続々出たのでご褒美に取って置きの焼酎”森伊蔵”を飲もう。(買ってきたのは薩摩揚げ他 焼酎にピッタシアイテム。)焼酎飲みながら達成者からの電話で盛り上がった。。みんな気分良さそうだ。本当に一ヶ月頑張っていたもんなぁ。試される日々だったと思うよ。ボクがSPやったときの感動を今、思い出す。その感動を100万人に喋りまくったもんなぁ。今月は沖縄グループの一系列が先月にニューSPが誕生して、今月はDDが出た。長く通ったかいがあったなぁ。(大平夫妻おめでとう!スギノもおめでとう。あとからもニューリーダーがどんどん続いているぞぉ!)という上昇気流を感じる。みんな、どんどん跳んで飛んで素晴らしい夢をつかみとって欲しい。今夜のビールはいやに美味しい。 《 進藤由美子トリプルのホームページ掲載の文章 》 すばらしきブランド”シンドウユミコ” Message From 下田≪オキラクハウス≫ 波田ケージロー 6月下旬、天気はあいにくだが十数人の友人と下田の通称《オキラクハウス》でサーフ合宿をしている。ボクにとってはサーフ合宿なんてカッコいいものでは無く暴飲暴食の日々である。今回はサーフィン界の重鎮、テッド阿出川氏が不慮の病から脅威のリハビリで復活し、医者も驚くほどに回復して、ついに久々のサーフィンを復活デビューするということで水の温かい下田にご子息のジュン君と来てくれたのだ。そしてその復活を祝う人々でとてもにぎやかな日々となった。 さて、ここ≪オキラクハウス≫は着工後二年目の先月で庭の造作も終わり、昨年の台風22号でダメージを受けたデイゴやハイビスカスなどの木々も復活の兆候である。今年植えたブーゲンビリアはすくすくと育つが、目標のタナに生い茂るのは10年計画であろうか。”家は一年、庭は十年”という言葉があるがとても幸せな気の長い作業なのだ。このアメリカ人が35年前に建てたビーチハウスは3年前には廃墟スレスレだった。そして現在は二年の歳月と無数の労働力に支えられ完成の域である。しかし家の修理、補修仕事はドンドンと湧き出てくるのだ。全部やり終わると性格的に飽きるので、今後の作業はスローダウンしてノンビリと計画している。こんなに楽しい作業はゆっくりと楽しみたい。昔、とても高尚なインテリア誌 エル・デコに “主人の居場所”という写真が毎号掲載されていて各界の著名人、アーティストの家の中にいつでも居る、お気に入りの場所を紹介していた写真がとても面白かった。著名人はお気に入りの場所で気軽に好きな事をやっている姿が印象的だった。それは書斎の椅子であったり、ダイニングの定位置とか、キッチンの片隅の椅子や、書庫の前のソファーであったりと、おそらく本人には、とても落ち着くし居心地のいい場所であろう写真が良かったが、そこは決してカッコ良くなかったり綺麗でなかったり、意外にその人なりの汚れ、散らかりがある場所が落ち着いたりするのだが、そんなその人の素顔が垣間見られるのが楽しかった。ボクの人生のお気に入りの”居場所”が下田の家のダイニングである。3メートルの元アメリカ片田舎の納屋にあったであろう作業台がこの家の”主”になるダイニングテーブルだ。座る場所の定位置は特には無いが海を正面に見る側に座りパソコンを開いたり読書をしたりするのが好きだ。(今もそこで書いている)ここで朝飲むハワイアン・コナコーヒーは格別だし友人を迎えて飲むワインも楽しい。 また家と同じくボクを魅了する心の故郷である下田の町にはお気に入りのカフェ数軒、魚屋、肉屋、食材屋、大工道具屋(ホームセンター)レストラン、居酒屋と生活を豊かにしてくれる店がある。そしてそれらの店は単にモノを販売してくれるだけではなく半地元民として暖かく迎えてくれているのだ。こんなお気に入りの場所を地球上に発見出来たのは本当に幸せな事だと思っている。 ところで進藤由美子からホームページへの寄稿を頼まれた。断れるはずもなく快諾。ボクも彼女のホームページは読んでいたから書いてみようと思った。そう”シンドウユミコ”の事を! AMには様々なシゴトを超越した魅力があるが、その結果を出した人々の生活は人に希望と夢を与える。そしてその表現方法が具体的でわかりやすい。毎年更新されるエグ本は、そんな好奇心と夢を満足させる本だ。ディストリビューターには誰々のような生き方がしたいという人が多い。 グループの女性にどんな将来にしたいの? どんな人になりたいの? と聞くと圧倒的人気なのは”シンドウユミコ”である。”浜崎あゆみ”とか”松浦亜弥子”になりたいとは返ってこない。”叶姉妹”も無い。その”シンドウユミコ”という名前から連想されるのは自由、快適、ユトリ、旅、経済的自立、美人にしてカワイイ性格、そして強い意思、好きな男を愛するハート、そして愛される女、バリ島との二重生活、海、二年間のサーフトリップ、カリスマ性、話し上手にして聞き上手、サーファーガールにしてシティーガール、永遠の少女・・・・・・・・”シンドウユミコ”はもうブランドとして確立されているのだ。しかしこの確立とは決して最終系ではなく進化型にある。だから私も”シンドウユミコ”さんの様に生きたいという女性は世の中にものすごく多いのだ。これからも、そんな世の中の女性に希望を与え続けて欲しい。オレも女なら”シンドウユミコ”のように肩に力を入れない生き方、ナチュラルな生き方がしたい。 彼女は沖縄の石垣島に永住計画を考えているらしい。また突拍子も無いアイデアと思ったが天性の嗅覚から感じたものに間違いは無いだろう。その期待を裏切らない魅力が石垣島にはある。経済的、時間的、人間的、社会的な自由があるとアイデアは際限の無い世界に突入するのだ。アナタが本来の人間的な生活をする為に必要なモノは何か・・・・・アナタが自分で答えを出して欲しい。賞味期限付きの人生を何処でどうして誰と生きるのかを・・・・・・・それには何が必要かを・・・。
ある一日。そして感じたこと・・”器”
3月26日(土)沼津での朝・・・少々寝不足気味だなぁ。メシを食う気も起きないので宇宙の朝ごはん(プロテイン、ポジトリウム、ニュートリテンコ盛り)を食う。洗車をしてから東京に戻った。洗車なんて大嫌いだったのに最近は何故か好きになった。自分で洗車すると何故か気分が良いのだ。(そういえば金城タケシは洗車が趣味と言ってたなぁ。人の車まで洗ってるって言ってた・・・来てくれないかなぁ!)今日は昼過ぎにアムウェイ本社のオーディトリアムで行われるエグゼクティブダイヤの猪俣節子さんのラリーのゲストに呼んでいただいている。猪俣さんは業界では古く相当に早くからドバッと安定収入を取っている。ご主人は数年前に他界されたがビジネスは奥様と娘さんで引継ぎ安定。御主人を失っても安定収入ってスゴイと痛感。ラリーのスタッフの方々も真面目で親切。グループは完全主婦主導型でどうしてボクがよばれているのかわからない。きっと異分子導入の期待!?たまには別物を見てみたい・・?! ラリーには沢山の他系列のダイヤモンド以上の方々も参加されていた。これもリーダーの人柄の表れでしょう! スピーチはまるで緊張もしないで(いいのか悪いのか・・)良くスピーチというかおしゃべりした。しかしいつからこんな人前で話す事に抵抗が無くなったのか自分でも不思議だ。昔AМを始める前は人前で話すなんて三日前から緊張して腹痛まで起こす始末。東横線のなかで”話し方教室・どもり赤面解決”の広告を見て電話番号をメモっていたボクが・・・。初めてのゲストスピーチはエメラルド時代(28歳)で腸ねん転起こして内臓が口から出そうになる、まさに悪夢だった。それがねぇ・・・・ヒトは慣れるのだ。成りたい、出来るようになりたいと強く思うと叶うのだ。猪俣さん、素晴らしい機会を有難うございました。余談ですが楽屋に用意してくださったお弁当が美味しかったです。アフターは時間的に失礼して退散した。帰りに六本木のアクシスの生活雑貨屋のリビングモチーフにて買い物。欲しかったハイチェアーのLemStool レムスツゥール(とても美しい椅子でイタリア製、しかしデザイナーは日本人のアズミ夫妻)を購入。沼津の家の内装のフィニッシュはこの椅子と決めていた。無理やりに、どうしても今日、座りたくてSL(2座席のスポーツカーで狭い)の助手席に乗せて沼津まで持って帰った。夕方に到着して今晩は簡単夕飯。その後、最近 頑張っている優子嬢と初対面の弟の孝一君がうちに来て僕の車で静岡に向かった。今日は高木直ダイヤの沼津ミーティングだったのだが会場の都合(というか予約を忘れたらしい・・・)で会場が急きょ静岡に変更になったのだ。(しかし変更って沼津と静岡市は50キロ位離れているゾ)会場は水野ダイヤモンドのオフィスで行われた。素晴らしいオフィスで感心した。年末ボーナスを全て注ぎ込んだそうだ。そのグループ思いの意気込みがダイヤの”器”なんだろうねぇ。終了後は高木直グループとファミレスに行ってアフターをした。直が始めて参加した孝一君に色々と話をしてくれて本当に良かった。この優しさがやっぱりダイヤの”器”なんだなぁとまたまた痛感。深夜12時過ぎてまで盛り上がり沼津まで帰ってきた。大きな”器”に触れると自分も大きくなれる気がする。今日も色々ありがとう。・・・・・AМ的に充実していたなあ。
1/23 今日はノンナの80歳の誕生日!
2005年1月23日、今日は川口ノンナ文子ダイヤモンド(※―1)の80歳の誕生日なのだ。この日を数年前からノンナと約束していた。一生の思い出になるような記念の日にしてあげたかったのだ。ラリーがいいのか、パーティーがいいのか、こじんまり、いやハデにやるか、本当に迷いに迷ったが、やはり世間の皆さんにも一緒に祝って欲しいしということでラリーと小さなパーティーを開催することにした。だって80歳で現役にAMを頑張るなんて素敵な事じゃないか!。そんな彼女の至福の時間を共有したいと思うヒトは沢山いる。構想は1年前から練り始め、何を皆からのプレゼントにするかも色々と悩んだ。本当に助かったのは協力してくれた渡辺正人氏の存在であった。様々なアドバイスをしてくれただけではなく快く司会まで務めてくれて、おかげで素晴らしいラリーになったのだ。いよいよノンナラリーの当日。本社は時間前から、ものすごい人の列で驚いた。準備はスタッフも多かったので順調だった。また総合プロディユースをしてくれた鬼頭夫妻のおかげもあったのだ。林立夫氏がダブルブッキング発覚で冷や汗タラタラだったがスタート数分前に到着してくれて一安心。立ち見まで出る盛況さでスタート。オープニングのビデオはノンナの子供の頃からの写真をまとめ、また参加者皆からのプレゼントはノンナの愛するイタリア往復のビジネスクラスのエアーチケットを前渡しをして昨年12月に行った時のビデオを編集して流した。そしてなんと会長のスティーブヴァンアンデル、社長ダグ・ディボス、ニュートリのサムレンボーグ、中島薫DCA、バーニスハンセンCAのメッセージビデオまで流せた。そして当日駆けつけてくれたハイヤーピンの方々のメッセージも素晴らしくノンナの人徳を感じたなあ。ラリーは充分に盛り上がったし参加してくださった方々は年齢を重ねることの素晴らしさを、仲間がいることの素晴らしさを感じてくれたことだろう。

少々ハデ過ぎたけどノンナは喜んでくれていた。アフターには乃木坂のフレンチレストラン”フー”で行われ、とても楽しい時間となった。昔馴染みのメンツが集まり和気藹々とした時間になり和んだ。本当に無事に終わって良かったし何よりノンナが喜んでくれて良かった。パーティーも終了してから渡辺正人、鈴木啓子、ヒロコ、田口とボクで駒沢のバウワリーでお疲れさん会をした。ものすごい疲れたけど・・・・本当に素晴らしい笑顔を沢山見れて良かった。
※―1 ノンナはイタリア語でオバアチャン。年々パワーアップする元気ぶりで、とにかく可愛く素敵な80歳。もともとは社会教育活動をしたりと、すごい働き者。是非、ノンナのエネルギーを感じて下さい。イタリア好きが高じてイタリア食材輸入会社、業界では有名なノンナアンドシディーを設立。ダイヤモンドDDです。世間に勇気を与えています。
やっぱ大晦日、日本人を感じます。
2004年12月31日、大晦日、実に時間が過ぎるのは早いなあ。あっという間の一年だった。今年も本当に充実していたと思う。そして来年も今年以上に様々な事に頑張ろうと思う。朝遅めに起きて宇宙人の朝ごはん(プロテイン+ニュートリテンコ盛り)をしてから砧公園にウォーキング&ジョギングに出かけた。公園は完全に冬景色になっていて葉が落ちた木々から差し込む光が霜を照らして美しい。そして帰ってからイタリア旅行のアルバム整理。今晩はノンナ他、友人多数が来るので是非その映像を見せてあげたいのだ。ランチは旧友・土田氏が贈ってくれた蕎麦を家族で食った。なんだか年越し蕎麦という風習はヨロシイねぇ。精進揚げとともに食ったが実に美味しかった。午後はやはり掃除大会。(結局、掃除は翌年に持ち越されたが・・)しかし外は東京都は思えない大雪が降り、掃除どころではない。東名高速、第三京浜は通行止めで大パニックとなっている。ということで雪かきに何時間取られたことだろうか。幸い我が家には東京都民にしては珍しく雪かき道具が充実していて近所の人から喜ばれた。近所のブーニン家や安部サン達と雪かきしながらの会話も楽しかった。午後から大塚健司シェフと妻で妊婦の阿部ちゃん(正格には安部ちゃんは旧姓で礼子)、お手伝いの水道屋ヒロキが今晩の”2004年最後の晩餐”を準備してくれていた。ボクは夕方にノンナ(川口文子ダイヤ、なんと80歳)迎えに柿の木坂まで行ったがやはりすごい渋滞。年末と大雪で世間はえらいことになっている。幹線道路は閉鎖状態で終わっている。そして夜7時にカンパーイ!。

今晩は岡本町内会のヤッシー&ノブ(石島夫妻)と生後一ヶ月に満たない乳飲み子のショウタ、そしてノンナ、料理を作ってくれたシェフ大塚健二とれい子。そして水道屋のヒロキ。(ヒロキは料理のアシストにして洗濯機の水漏れまで直してくれた。ありがとう!)あとはニュージーランドから一時帰国のリカちゃん(タケ婦人)が娘二人を連れてタクシーを必死でひろって来てくれた。定番・渡辺正人ファミリー(たぶん15年位連続出場の快挙)というメンツで楽しい時間となった。食事はとにかく美味美味のレンチャン!流石のジーケンオオツカだった。和風中心で北海道から届いた蟹、中国土産の上海蟹、牡蠣、キンキの蒸したのはものすごい美味さだった。その他多数で感動的な料理だったが、それにしても何故か酔いが速く回り10時ころに意識不明に陥り11時59分まで寝てしまった。(除夜の金中に起こされた!、しまったマツケンサンバを見損ねて新年早々に後悔の念・・)失態だなあ。その後は片付けをした。ああ、本当に素晴らしい一年でした。みんなありがとう!!!。
久しブリブリにウイークエンドセミナー。 そして皆でブリブリに燃えた!。
10月2日(土曜日) 今日は久々のウイークエンドセミナーを河口湖のエバグリーン富士で開催するので午後1時に現地に到着をして2時半のスタートにあわせて準備をした。久々でもスタッフは手馴れたモンでみんなが協力してくれて順調に受け付けをしてスタートできた。なにせ300人近くが集まるので段取りが大切だ。(スタッフの皆さん、ご苦労様)午後の最初のゲストは”動物占い”ミーティング。エメラルドの佐々木夫妻がスピーチしてくれ、盛りあがり方はハンパなしだったし、みんな楽しめ自己分析が出来て良かった。”帝王切開”という言葉があるが、それは昔、帝王が自分の子息を創るに当って決まった日に生むことがその子の将来的資質を決めるということで行った行為で、人は元来から生年月日と時間で支配されているという考え。人間を大別して3つのカテゴリーに分けるのだが実際参加者を3つに分けて座ってもらうと見事にその資質がわかれていて、その3つの人々の感銘を受ける共通性があって面白かった。自分の価値基準を人に当てはめては駄目だし理解すると話しが早いということだ。これで対人関係のスムーズさが倍増したと佐々木夫妻は言っていた。佐々木夫妻は数百万円かけて学んだそうだ。その後、ゲストと食事をした。今回のゲストがは佐々木エメラルド、栃木県の山本育子ダイヤ、そしてジョーキューイル・ニューエグの超フレッシュメンバー。ホテルが船盛をサービスしてくれて涙して食う。セミナーといえば不味いメシが当然で、そんな不味いメシをバネに頑張るのだがぁ・・感動。その後ラリーはゲストが役者揃いで、みんな素晴らしいスピーチをしてくれた。その後のLMも素晴らしく皆で感動。きっと今期の目標も定まり何をすべきかがわかった事だろう。そしてアフターまでつきあってくれて感謝だ。深夜にミーティングは終り、その後は沖縄チームやパーソナルチームらで皆の部屋で飲んだ。今日は有意義な楽しい日だったし皆がスっきりした顔に見えたのは心が決まったからかなあ・・。今日もハッピーだ。