ニッポン人の会話のなかで”普通ナニナニだよ・・”という言葉には、かなり重い意味合いがある。そんな平均値が大好きな日本人の中でも、コレは明らかに尋常ではない時間をかけているのが、今回の駒沢プロジェクトだ。簡単に話せば、春に悲願であった駒沢という場所に土地を購入した。そこに家を建てるのだ。通常、土地を購入したら2ヶ月から3ヶ月以内には建築がスタートするのが世の常ではないだろうか。借金をしている場合はますます金利ばかりがかかるし、家賃の二重の支払いなど金銭的にも大変な事なのだ。 ところが、購入から6ヶ月も経過したのにまだ着工どころか設計図も出来ていない。そして施主もまるっきり焦っていない。(笑) この設計の時間こそが大切な時間なのだ。練って、練って、練りまくる!! 考えて考えてまた練る。本当に大切な時間なのだ。こうしている間にも銀行への金利だけて毎月35万円も吹っ飛ぶが、この設計の時間こそが未来を決定する最重要な時間なのだ。何もしていない訳ではなく、そして他人任せにしている訳でもない・・・なのに時間が刻々とたっていくのだ。ペースで言えば週に一回は一級建築士のモトと、空間デザイナーのシゲジと三者打ち合わせを重ねている。毎回、なんと朝の9時からスタートして夕方まで、永遠に様々な細部の打ち合わせをしている。 50年代に主にアメリカで成功を収めた建築家ミースファンデスローエは”神々は細部に宿る”と言った。その細部をキッチリやらなければ完成は無いのだ。 人生で三回建てて初めてわかるという家・・まだ二回目だ。 来年の正月は新しい家で迎えたいと思う。 あと、ついでにもう一つ・・・今の時代に家を持つという事の、投資的な賛否両論! ハッキリ言って興味が無い。ボクが買ったのは、その過程の楽しみと、そこで過ごす時間だからだ。コレには価値は付けられないからだ。 楽しんでます! ※建築関係の方、なんでも売り込みしてください。 ◯◯業者ウエルカム!
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忙しいとは・・・・
忙しいという言葉を辞書で調べてみると・・・《忙しい》急ぐの形容詞化、多くの用事に追われて暇がない。多忙である。せかせかして落ち着かない。せわしない。用事が多くて暇がない。等々と決して好ましくない説明ばかりだ。 ボクも忙しいという言葉があま好きではない。 だいたい”忙しい”と”心が亡くなる”と書くではないか。 心が無い状態なんて淋しい仕事の極地であろう。仕事には愛は常に必要だ。 さて、波田の今月のスケジュールを見ると・・・普通の人は”えぇ!お忙しいですねぇ!”と驚くと思う。 7日の福岡をスタートして大分、岡山、四国は高松、同じ四国で愛媛は松山、そして一瞬、福岡に戻り沖縄に飛んで二日間、そして東京に戻り沼津、東京でミーティングをして中国は上海に三泊、戻ってから福島に入り、仙台をまわって東京で大きなイベントを主催してから翌日は東京、そして東北は秋田県、そして羽田を経由して広島、姫路、京都に寄って東京、そして沼津から下田、そして東京に戻るという、読んでいただいた皆さんに申し訳ないくらいのぶっ飛びなスケジュールだった。 これ会社に出張で”行ってこい!”と命令されたらイヤだろうなぁと思う。大変ですねって人は挨拶をするのが好きだが、波田からしたら家のおコタでやる事も無くブラブラしているほうが、よっぽど大変だと思う。オレは新幹線や飛行機に乗ってるだけだからね。かなり楽しい時間なんです。読書、スケジューリング、昼寝、景色をながめて、またうたた寝をして・・・なぜ今月がこんなにハードになったのかはわからないけど、まぁ、人が待っていてくれるという事は幸せな事だと痛感する。いったい何人の人にお会いしたのだろうか! でも正直、当分、電車と飛行機には乗りたくない・・・よくスケジュールを見たら、来週からベトナムじゃないの!! 当然に飛行機。
有馬七重さんの追悼ラリー
時間が経つのは早いもので有馬七重CAが他界されて一年が過ぎた。時間が経つのは本当に早いものだ。この世にいなくなっても、まだまだ影響力は絶大で、いまだにこの世にいらっしゃる位に思うのはボクだけだろうか。どうも長期の旅行に出られている様にしか思えない。 一周忌という湿っぽいイベントは七重さんには似合わないという事で、明るいラリーが開催されることになった。企画は業界きってのアイデアマンの正人氏。プロ以上にプロ的な腕前の司会までこなすので進行は間違い無いであろう。 そしてそんな大切なラリーのゲストを仰せつかった。ダレか最近、頑張ってるグループの現役のヒトとスピーチをしてくれとの依頼。スピーチだけならお易い御用だが、七重さんの追悼ラリーと考えてしまうとちょっと緊張してしまうのは本音だ。 ラリーは最初のスピーチがボクとミネ(山中峯喬SP)。持ち時間の45分は最初に掛け合いをして、そしてミネは一人で10分。これがビックリする程に落ち着いてのスピーチ!その後はボクで30分間。スピーチは別にエラそうな話をするつもりもないし、自分がやった事のみを話すのがポリシーなのでそんなに緊張もないのが正直なところ。ボク達の後のクロージングが林立夫&厚子CAが担当。本当は長男の一樹君(ニューファウンダーズDD)が話す予定が体調を崩してしまい、ピンチヒッターに母さんが登場という次第! そして今回は七重さんが生前に関わっていた”ゆめBOX”という知的障害者を支援するボランティアのチャリティーという事で、主催のノンナさん(85歳でダイヤモンド!)がゆめBOXを代表してスピーチ! もう迫力満点のスピーチで会場にいた全員が感動のルツボと化したのだ。 最後、参加者は有馬七重さんへの各々の想い出を思い出しながら帰路についてくれたであろう。 夢はいつでも忘れてはならない。七重さんが生前に残してくれた偉大な功績への恩返しは何であろうか。それを捜すのが近々のテーマとなった。 七重さん。ご冥福を祈ります。本当に系列を超えて優しくして下さり有難うございました。
男ならば”無人島冒険旅行”だろ!!(笑)
冒険旅行という言葉にやたらにあこがれる! そんなのはオレだけかなぁ。 まぁ、猛獣が出たり、人跡未踏の未開の地とかいう訳では無いけれど、とにかく男のロマン的な旅がいいじゃないの。
今回は、沖縄の本島から30キロにあるケラマ諸島を目指す。そこでカタマラン(双胴艇というスタイルの船で細長い二つの船体がつながれた居住性の高い船)をレントして無人島から無人島へと旅に出る・・・という企画だ。途中で港に帰港をする事はあれど、基本的には船上生活を送る。 なんと男のロマン!!! この界隈には数多くの名も無い様な離れ小島が点在しているのだが、そこを”キノミキノママ”に上陸したり、ダイビングをしたり・・・とにかく都会人的な冒険旅行なのだ。

沖縄本島を朝の9時発の高速ボートで慶良間諸島の座間味島へ渡り、そこでチャーターしておいた”やどかり号”に乗り換えいざ出航! いきなり航海が始まる。最初からユルーい空気でのスタート。二泊三日の旅は選ばれた男6人と船長さんのユーキさん。一言で言えば”男ばっか!”ということで気取りもなにもありゃしない。でも良いのです!それが男のロマンなんだから・・・食事は当番の波田が担当して、ちゃんと毎日のお献立表を書いて来て、昨日は那覇のスーパーで買い物もしているからバッチリ! しかし船の上の揺れ方ってどうしてこんなに眠くなるんだろう・・・メシを食うと眠くなり、本を読み始めると眠くなり、ダイビングから帰ると眠くなり、寝て起きると眠くなる・・・まったくキリが無い程に眠いのだ。オレが船の船長になったらイっパツで居眠り運転で座礁して転覆すると自信がある!

カタマラン艇はヨットのように下にバラストと呼ばれる重りが無い為に浅瀬にも入って行けるのが最大の特徴で、沖縄の様に珊瑚礁に囲まれた島には打ってつけなのだ。ただしスピードは少々遅めになるのが難点。でもおかげで普通では入れない様な入り江とかにも停泊が出来たりとご機嫌だった。
今回の参加者は古山兄ちゃん、岩渕、ダイちゃん、カァーズゥ、ナオジィー、そしてその息子のリオンだ。リオンは5歳! なんだかどうしてもリオンには来て欲しくてナオジィーに提案した。当初は父と息子だけの参加に不安だったがこれもきっと良い思い出!(オレ、息子が5歳の時に8歳の長女と三人でアフリカを旅行したことがあるんだけど、本当に素晴らしい時間だったんです。) ということで7、5人のチームだ。リオンには全てが新鮮な体験だったようで、本当に楽しそうにしているのを見ていると、こっちまで楽しさが倍増していく気がした。

沖縄の、特に慶良間の海は本当に美しい!ここの海の綺麗さは格別だとおもう。久しぶりにダイビングをしたけど、心から感動できた。船長が気をきかせてキレイな入り江に停泊をしてくれるのだが、聞けばその島は阿嘉島と言って裏側にはヒトが住んでいる島じゃない。内心、無人島をお願いしたいと思ったが・・・まぁ仕方が無い。
そんな二泊三日は本当に大満足の良い時間でした。来年も是非とも企画しよっ!あんな夕焼けを見る為にだけ行ったっていい!

追伸/那覇の宜野湾マリーナでは船で暮らす人々が随分といるらしい。将来、マンションで暮らすより、こんな船を家(別荘)として暮らすのも悪くないなぁ・・・なんてマジでイメージしてしまうのでした。
こんな旅を企画してくれたのはグループの古山兄ちゃん!彼は水中カメラマンにしてダイビングショップも経営!全然ガツガツしていないから、ゆるーいダイビングを望むダイバーにはおすすめ。そしてこんな無人島ツアーも企画してくれます。実はこれがかなりリーズナブル!! 友人割引ありなのでドーゾ!!

SEVEN-TENTHS IMAGE(セブンテンス・イメージ)古山氏
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ウエオ君とのランチ!
久々にウエオ君とランチした。ウエオ君は某マニア系アパレルの有名なバイヤーで世界中を買い付けに回っている。いつも本当にカッコいいスタイリッシュな男だ。そんな刺激的な人生を送る友達の話は楽しい。久々の待ち合わせは渋谷の109という少し恥ずかしい場所!(笑) 遠くから手を振る不思議なカッコをした人が見えたが瞬間には判断出来なかった。『・・・・誰!?』・・・近づいてビックリしたのは久々のウエオ君は和服を着ていたのだ。 和装・・・『えっ!マジっ!』が久々のご挨拶! 上から下までを3往復くらいは見て、最後に顔を確認して『うっうっウエオ君!!久しぶりっ!』しかし驚いた。その着物の着こなしが実にカッコいいの! どこかの若旦那か、着物店の店主さんって感じ。 ボクも和装への憧れがあったんだけど、友達が、それも洋服のプロが和服を着こなしている・・・かっこいい! 聞けば散々、世界中の洋服を扱って結局、日本人にとってカッコいいのは和服だと気が付いて、外出時の殆どは着物を着て過ごしているという。 食事の間中、ずっとなぜ和装にいたったのか、和装のコツ、着物の選び方、着こなし方・・・様々な疑問を全てなげかけて答えてもらった。 オレも着物を着よっと! やはり日本人が行き着くカッコ良さは着物なのかも・・・友達の奥様が外国でのパーティーというと着物で登場するんだけど、どんなドレスで登場するよりニッポン人のアイデンティティーを発揮していてカッコいいんですよ! 勝負は和服で!! 勉強しよっ!
下田での庭作り!!
下田のセカンドハウスの《オキラクハウス》を持って7年・・・家の修復、改築、増築から始まって、別棟の土地作り、基礎から棟上げ、建築、そして庭作りまでを沢山の友達の協力で行った。普通では出来ない様々な経験を出来た事に感謝をしている。そんな経験をする事は子供の頃からの夢だったからだ。
昨年、下田でピカイチのビーチハウス(某有名タクシー会社社長の所有物)を、昔からの友人(アパレル会社社長)が縁あって購入! ロケーションと建物は抜群だったが庭が今イチだった。


まぁ、そんな事はオレが口を出す事ではないので黙っていた。しかしその夫妻が我が家に遊びに来るうちに、ウチの快適な理由がわかって、ボクにそのビーチハウスの庭の改修工事を依頼してきた。主な仕事はバーベキュープレイスの製作と荒れ果てた原野を庭にする事。 波田はアイデアを振り絞るのは大好き。そしてそれが形になって出来上がれば尚の事、楽しい! 友達の大工ハマーと庭師タケシ、一級建築士のモトの仕事になればという事で請け負った。 夏に発注されて秋に一度、庭師と入り、無秩序に生えまくった木々を整理整頓。庭も手を入れないとツタとかが樹々に悪い影響を様々、及ぼすのだ。 キレイさっぱりさせてからプランニング! 現地に何度も何度も通い、そこで散々、考えて考えてスケッチをして、シュミレーションをしてデザインを書いた。この該案が出来上がったのが2009年の秋、そしてバーベキュープレイスとアウトドアキッチンの図面を起こしてもらい、見積もりに入りゴーサインが出たのが2010年の冬。そして作業がしやすくなる春に着工してゴールデンウィーク前に完成っ!・・という予定が悪天候が重なり80%までしかGWまえには出来上がらなかったが、まあ施主の友達も夏までに完成すれば良いという事で、時間にユトリが出て、益々楽しい仕事になった。ツリーハウスも建築をする。 4月の中旬には福井チームの肉体的援助がはいり作業は急速に仕上がった。


しかし何かモノを作るという仕事は本当に楽しい! そしてやる程に本業ではなくて良かったと思うのだ。(笑)趣味でとは失礼なので言わないが、別のしっかりした収入の道があって、やりたい仕事をするというのは精神的にも幸せな事ではないか!!
施主様、楽しい仕事をさせてくれてありがとうございました。
日本中の皆さん、良かったら仕事ください!(笑) 良い仕事しますよ! 時間と知恵をかけて頑張ります!
ちょっとCMチックな今回の日記でした。
城野智則と麻婆豆腐!
10月2日(土) 下田は清々しい朝だ。ただ、波は全くなくて、海に入る気は起きずに、昨日のペンキ塗り(正確にはキシラデコールという防腐剤)の仕上げをしたりとそれなりにやる事は沢山ある。これを楽しめる人と苦痛な人で別荘生活はまるで違うモノになるんだろうなぁ。オレはかなり楽しい!(笑)
昼過ぎに城野佳子さんがグループのお仲間十数人でオキラクハウスを訪ねてきてくれた。なかには宮崎県から軽自動車で18時間もかけて・・・早いもので城野智則氏が他界して一周忌が9月の末日だった。それは今でも忘れることの出来ない、まさに衝撃的な事故だった。城野氏はボクとここ、下田でミーティングをして、終了後にオキラクハウスで、仲間20数人でアフターの食事会をした。 その日はここ何ヶ月はお酒をお互いに抜いていたのに、何故か盛り上がり一緒に、そして皆で飲むことになり、相当に楽しく幸せな宴だったのだ・・・・その数時間後に、まさかのもらい事故で帰らぬ人となったのだ。 そして一年後に前妻・佳子さんとビジネスのお仲間が、一周忌を下田で過ごしたいという事でウチにも寄ってくれたのだ。
午後の2時の訪問ということでケーキなど甘いものを準備するのが、お客様を迎える主のサービスだろうが、ボクは”麻婆豆腐”を準備した。 それは城野氏が”正”に最後に皆で食べたモノだったからだ。思いっきり山椒の効いた四川風というか李福偉氏直伝の”緑の麻婆豆腐”だった。 皆で、思い出話をしながら麻婆豆腐をつついた。それは、本当に良い時間だった。様々な下田でのエピソードを交えながら・・・

しかし人の人生はわからない。
残された、我々はとにかく日々を有意義に生きる事しかないと思う。
城野智則氏の死によって考えさせられた事は、本当に多い。
ボクもビックリする位に引きずったのが事実だ。
彼の死を無駄にはしたくない。 毎日を精一杯に生きよう! それしか考えられない。
たぶん、一生、麻婆豆腐を食べる度に思い出すんだろうなぁ。 合掌。
少し大きな買い物!
2010年9月15日もうすぐ、ひとつの夢が叶う。ずっと東京に”基地”的な家が欲しかったんです。借家でもいいんだけど、やはり徹底的にこだわった家が・・・・そして、今回もこれまた強烈な”引き寄せ”の恩恵をちょうだいしたんです!(笑) ずいぶん前から、東京の都心部とファミリーエリアである世田谷などの中間点である、そして大きな駒沢オリンピック公園がある、好きで便利な三軒茶屋、ニコタマ(二子玉川)、自由が丘にもほど近く、大好きな魚屋”神田屋”にも近い、東名高速も羽田空港もまぁ便利・・・という駒沢をピンポイントで狙っていたんです。 たまたま、知人に駒沢の一軒の古いビルを紹介されて、それを一大リノベーションをして住むか・・・と考えたんですが、なにか最後で決断し切れなかったんです。 その決断をした瞬間に『妥協はダメよ!やっぱり本命を狙わなくては・・!』と思い出した場所があったんです。 少し大通り沿いで、駅にも近くて、公園にもほぼ隣接、雰囲気のよろしい路地があって・・・
その午後に何かピンときて友人で信頼出来る不動産屋さんのジロー君に電話をいれて、事の経緯を話したら・・・するとジロー君が『ケージローさん、昨日、未公開物件の駒沢の土地が出て来てましたよ!』との情報。そしてその場所を聞けば、まさにアンビリーバブル!! ドンピシャでボクがかねてから欲しかったその場所!!(ありえない!!) ・・・ただいくつかの障害はあった。 というのも、その土地はかなりの広さでとても一人で買えるボリュームではないので、この土地の半分を買うヒトを捜す事・・・でも本当に魅力ある場所だから根拠無い自信があった!(結局、素晴らしい御夫妻のお目にかかり解決!)その他の問題も強烈なパワーのジロー君の敏腕により解決! ということで話の勃発から数ヶ月後に契約となったのです。・・・嬉しい!かなり嬉しい!! 今は、信頼出来る建築士とデザイナーと三つの頭脳をフル回転で、その土地で出来る様々な可能性を考えて、夢の家をデザインしている最中です。完成は来年の今頃かなぁ! そんな自慢話でしたが、夢は片っ端から叶えましょ!! というお話です。 人生に”お楽しみ”は沢山あったほうがいいでしょ!
夏の定番の日記!
2010年8月2日 オレは自分の日記を読み返すなんて趣味は無いので、おそらくだが、こんな同じ様な文章を毎年書いている気がする。 でも、これを読むアナタも、一年前のオレの日記なんて記憶にないだろうから新鮮に読んで下さい。
この最近の7年間は、夏の上旬は下田《オキラクハウス》で過ごしている。そしてそこには毎年、毎年沢山の仲間が来てくれる。その数はのべで300人近く・・・笑う! オレの生活はまるで民宿のオヤジだ。朝は5時から6時には起床してとりあえずは海に入る。気持ちよく波乗りが出来る日もあれば、力不足をまざまざと感じる日も多々ある。8時には皆で朝食をする。ゴハンに味噌汁、ぬか漬け、焼き魚・・・そんなシンプルな朝ご飯だ。その後、後片付けは皆さんにお任せをして、オレは数人を引き連れて“野菜の産直/旬の”に出かける。(朝イチに行かないと良い野菜は買えないのだ。)ここのおネーサン達とも当然に仲良し! 毎朝のたわいもないおネーサンとの取り交わしは楽しい。 帰って様々な雑務。庭掃除、お家の掃除は皆で分担。なんとなくランチの準備がはじまり13時にはランチ。午後は皆も勝手に過ごして、オレは夕方にはサーフィンをして2時間位で出て夕飯に支度を皆でする。その時に飲む、サッポロ黒ラベル(瓶)は格別だ。皆でアホ話95%で夕飯。二日に一度は外のデッキでとる。この時間もご機嫌に楽しい。という事で、何もストレスがないオキラクな日々こそ、ここオキラクハウスの世界! 当分、何年も先までこの季節にはこんな時間の過ごしかたをするんだろうなぁ。 だから来年も同じ様な日記を書いているかと思う。
山形に行くには意味がある!
2010年7月22日 朝から新幹線で長野県上田市に向かい午前中にミーティングをしてから、昼過ぎの新幹線で、一度、大宮に戻り東北新幹線と山形新幹線を乗り継ぎ、終点の新庄まで向かった。・・・遠い!! なんだか一日中、新幹線に乗っている気すらする。 今回は勢いで約束をしてしまった事を実行するツアーだ。 話せば長い・・・数ヶ月前に飛行機で国内移動をしている時に、JALに機内誌(アゴラ)をながめていた。すると“山形ラーメン”の特集がなされていたのだ。山形ラーメン・・・聞き慣れない名前だ。しかし読んで衝撃を受けたのが、なんと山形県はラーメン出荷量が日本一とある!! かなりビックリな事実だ。和歌山でも、福岡でも、横浜でもなく、そして人口も決して多くはない“山形が日本一”!!そして新庄、山形、米沢の名店が6軒、丁寧に取材されていた。その味はそれぞれだが、“丁寧な中華そば”が基本になっている。 とにかく食べたい・・・そんな事を思っていたら、数日後のミーティングに山形の女性がいらしていた。・・・何かの縁かなぁと思いつつ、後日上海に行った時に紹介された高橋クンが山形に精通しているらしく、ゲストに来てくれたら山形ラーメン6軒を案内してくれるとステキな提案を!! 日にちは仙台、福島にボクが行く時に絡めてくれるという事で決まり!! もう一度、JAL機内誌を読んで胸を膨らませた!!
そして約束の日は訪れた。夜に新庄でミーティングをする関係上、早めに新庄に入り、まずは一軒目の“末広”で一杯!量的にも軽く、何よりオバアちゃん二人連れが楽しそうにラーメンを食べているのが可愛かった。ここは地元民にこよなく愛されている店との事。地元では“モツラーメン”が有名だ。(本に紹介されていた2店は様々な事情により割愛!) 翌日は一路、山形市を目指した。途中の道は牧歌的な景色が連なり、蝉が鳴き狂い、入道雲が空イッパイに広がって正に“ニッポンの夏休み”だった。山形には11時半に到着して、そこで仙台から来たケージローチームの桂さん、中村とも合流して二軒目の老舗“栄”へ乱入。開店と同時に地元の門間さんご夫妻が席を確保してくれたおかげでスムーズに注文!その先制パンチに衝撃!!~~~その後、一行は山形市でもう一軒、米沢市でもう二軒を食べたのだ。 もう限界!!

波田は夕方に皆さんと分かれて福島に向かった。福島の長谷川さんチームとの夕食会があるからだ。そして数あるお店から選ばれていたのが・・・餃子専門店の“山女”だった。 胃腸の中は中国人だ!(笑)
高橋英臣クン&チームの人々、本当にありがとうございました! 頭らか冷やしラーメンが離れません。 詳しくは“食次郎”で書きます。