ジジ臭い表現だが、月日が経つのは早いものだ。9月の末になると、一気にそれを感じる。セミの鳴き声が大好きだから、特に意識しているせいかアブラゼミからミンミンセミに代わり、ヒグラシに変化していき、秋の虫へとなるのを楽しみに聞いている。秋とはウイキペディアで検索すれば、そのまま・・・
日本では夏の暑さがやわらぎ過ごしやすい季節。日中は暑いが、朝晩に肌寒さを覚えたり、吹いてくる風に爽やかさを感じたりする。夏の蝉は次第に鳴りをひそめ、赤とんぼの群れや、虫の声が耳にとまるようになる。夏休みが終わって新学期が始まり、運動会や文化祭がある。稲が黄金に色付き、栗、梨、葡萄などとりどりの果実が店頭を飾る。台風がしばしば日本を襲い、秋雨が永く続くこともあるが、晴れた空は高く澄み渡り俗に「天高く馬肥ゆる秋」ともいわれる。夜が長くなり、月や星を賞でたり、読書や夜なべにいそしんだりする。朝寒夜寒が段々とつのって、昼夜の温度差が大きくなり、野の草には露が置き、木々は紅葉してくる。色付いた葉が散りはじめると、重ね着が増え、暖房が入り、秋も終わりに近づく。
要するに、大好きだが “あっ” という間に終わるのが “秋” で、心して楽しまなくてはイケないのが秋なのだ。 ここからクリスマス、年末、そして年始に向かって一気に時間が過ぎて行く。 秋を楽しみたい・・・という波田の強い “秋への決断” でした。 時間が過ぎるのはアッという間だよ!
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欧米人のあたりまえ!和田さんのあたりまえ!ビジネスを始めた26年前に、衝撃な出会いがあった。
2011年8月15日、品川の勝島にあった当時の流通センターに商品をピックアップに製品を取りに行っていった時に、アマグラムでは見ていたが、当時日本で初のダイヤモンドを達成したばかりという和田洋子さんに出会え、“生”が見れて感動して名刺を持参してハロートーク!(やはり自己アピールは大切!)その時に当時の和田さんグループで使っていた特殊なデモキットが欲しくて図々しくも、入手のお願いをしたのだ。

その後、和田洋子さんからは連絡は無く(主婦にビジネスという激務の中で生きている人なので当然と期待もしてなかったのが本音。)2ヶ月近くが経過していた頃に突然、電話をいただいたのだ。『ごめんね!あなたの名刺をなくしてしまったんだけど出て来たのよ!』と・・・ ビックリ仰天だ。 そして用件のデモキットの件の返答をいただいた上に、その後、一時間位は何をどうすればビジネスがうまくいくかをアドバイスくれたのだ。

その最後に和田洋子さんは、『夏は一ヶ月間、野尻湖の別荘で過ごすのよ!』と・・・ そんなフランス人みたいな生活をしている人に会った事がなかった。まわりは過剰な働き者の日本人ばかり・・・ ビジネスの成幸ってそういうことなのかと思い知らされた時だった。 この日記を下田の別荘オキラクハウスの海を見渡せるバルコニーで書いている。

そんな和田さんとの出会いがあって、衝撃を受けて今があるのだ。 夏は一ヶ月休めるビジネスを構築しようじゃない! その為の仕事でしょ。 出来ないのではない。しようとしていないだけの事。
旅の前の幸せ・・・
7月3日(火) 旅の前の時間が好きだ。気持ちが先に旅先に出向いているのはともかくとして、日々の雑務が全て片付く、数少ない瞬間であるからだ。毎日、仕事を進める上でのタスクリスト(TO DO リスト/やるべき事リスト)を眺めて仕事をするが、どうしても先延ばしになる仕事が多々出来て来るのは否めない。(ヒトにはエラそうなタイムマネージメントなんて話しているのに、実際は・・・)

しかし旅に出るとなると、どうしても気分的にもケジメをつけたくて、全てを片付けるに至るのだ。今時は、インターネットの恩恵で地球上のどこでも仕事が出来るのは事実だけど、やっぱりそんな仕事は片付けたい・・・なのでかなりタボーなハードなスケジュールなのです。そんな慌ただしい中、旅支度もしなくては!!

今回の旅行は中島薫DCAが主催してくださった、素晴らしいツアー! なんとスーパーハイシーズンの地中海を豪華客船でクルーズするという企画。その船も”シルバーシー”という最高級のクルーズ船。薫さんはこの豪華客船のチャーターをする為に1、5億円(!)の保証金を預けたと聞く。そこまでする価値が十分にあるのがこの船旅なのだ。 スタートはモナコ(そうモナコ王国です。)

そこから地中海のサルディニア、ソレント、カプリ島、アマルフィ、ポジターノ、そしてフィレンツェ、ローマをまわり、途中でウフイッツィ美術館でガラディナーをするというありえない企画もある。(スゴ過ぎて想像もつかない!) せっかくヨーロッパまで行ったという事で、帰りはロンドン経由なのでロンドンに5日間寄る。今回は新しく建てる家の部品(ドアノブ、ヒンジ、取手、電気のスイッチ・・・)を買うのが目的。ロンドンで売っている金物が世界一、良い物が手に入る!昨年の6月に訪問してそのロンドンの面白さは相当に満喫しているので楽しみだ。

という事で全てキレイに片付けて行って参りますと言いたいが・・・今夜は徹夜かもなぁ・・・!
桜・・・本当に好きなんです。
花を愛でる心とは日本人特有のモノだという事を本で読んだことがある。
3月の末になると桜前線の上昇を心待ちにする様になり、日々、どこどこの桜が芽吹いていたとか、何分咲きだとかいう会話が出てくる。

満開も素晴らしいが七分あたり、そして満開を通過して葉桜が目立つ頃、蕋(しべ/おしべ、めしべの蕋)も濃いピンクが素晴らしい。そして桜の花吹雪・・・
とにかくこの桜が大好きだ。大大大大大好きだ。
シーズン中には特に好きな”千鳥ヶ淵”と”砧公園”には5~6回は行く!多くは一人で・・・ブルーシートをひいて酒を飲むでも無く、バカ騒ぎをするわけでもない。ただ散歩する! これってジジイかね!?

砧公園の近くの岡本町に約10年間住んでいて、時期にかかわらず、週に3日はジョギングに出かけていた。それは30代から40代にかけての事。でも正直、その頃も同じ桜の下を歩いていたんだけど・・・ここまで愛おしい気持ちにはなっていなかった気がする。
年齢と共に見えない物が見えてくるのかなぁ・・・・
ならば年を重ねるって素晴らしく楽しい事じゃないか!
夏というシーズンは飛行機に乗ればどこでも常夏の場所に行く事が出来るけど、
日本での桜だけは人生で限られるからなぁ。一生、この時期は日本を離れないと思う。

東北の方々が今年も桜を見て心和む事を祈る!
沖縄人の夢を叶えろ!
2011年2月10日(木)今日は数多くの沖縄の友達にとって特別な日だ。 殆どの沖縄で暮らす人々は“雪”を見た事が無い。昔、沖縄の友人の大平と静岡県御殿場市で会っていた時、朝方に霜(しも)が降りたのを見て『雪だぁ!』と興奮していた。それは違うよと言うのには間があった。なんか夢を壊したらいけないかなぁ・・なんて思って(笑) 沖縄の大平夫妻達は本当に愉快な奴らだ。真面目だし、遊び好きだし、暖かいし、情が厚いし・・・大平達の夢はテレビの世界でしかない雪国遊び。それもカマクラで酒を飲む!という東京住まいの人間でもそんな経験をしたことがないのに、そんな野望を抱いていると聞いてビックリした。 そしてボクの友人の長野出身の岩渕(現グリーングリーン社長)は、縁あって沖縄の女性と結婚した。元々は東京で大学生活と社会人生活をしていたので、長野を離れて随分になるけど、まさか東京を飛び越えて沖縄に行くとは!

だけど沖縄の生活をしたら逆に生まれ故郷の長野の良さが一層、良く見えて来たのではないであろうか。 そんな岩渕の提案で今回の企画がスタートした。 長野県の白馬の近くの青木湖、冬場は深い雪につつまれる。そこには友人、北野の奥さんのトモちゃんの実家で今は営業していないが、10室程度ある民宿があるのだ。 沖縄チームはそこに集結してカマクラを作り、宴会もして、新提案で公式ルールに則った雪合戦もしようと! 結局、このツアーに賛同した沖縄人は約30人!羽田空港からの移動もそれぞれが雪上の運転をするのは恐しすぎるのでバスをチャーター。カマクラはいきなり出来ないので、トモちゃんのお父さんが除雪機を駆使して大きな山を作っておいてくれた。当日、皆でこれに穴を掘るのだ。 雪合戦には公式ルールがあると初めて聞いた。それにはヘルメットなど道具も必要で、それらは全て長野の人々が調達してくれた。食事も沖縄の人々、東京からの参加者、そして長野の地元の人々などマックスで60人を超す人数になったが近所に外食などを出来る店も無いので、民宿の厨房をお借りして皆で作ることにした。その買い出しの量など想像を絶するボリュームだ。

10日の夕方に沖縄からの本体は到着した。車中は車窓から見える初めての雪景色や富士山に興奮状態にあったらしい。 旅の疲れもまるで無く、そのまま飲み会がスタート! そして翌日は朝からスノーボードを楽しむ人、カマクラ作る人々、公式雪合戦のコートを作る人々、子供をソリで遊ばせる家族、初日から二日酔いで寝込む人々(笑)・・・思い思いに楽しい時間を過ごしていた。 公式ルールの雪合戦はナンと初参戦の沖縄若者チームが優勝した。 その模様は信濃毎日新聞にも取材されたし、ラジオでもニュースで放送されたらしい。 とにかくこの3泊4日は沖縄人の既成概念をブチ壊されて、新体験が出来た最高の経験が出来たと思う。 長野の人々の“沖縄人の喜ぶ顔が見たい!”という優しさ一心で成功した、今回の企画! 長野チームの優しさに感動! 沖縄人の笑い顔に感動! 素敵な時間をありがとう。
信濃毎日新聞 http://www.shinmai.co.jp/news/20110213/KT110212SJI090002000022.htm
2011年は“初”がテーマ!
ボクは毎日、通はなくてはいけない会社もないし、毎日の決まり事も無い。だからルーチンな連続の毎日とは無縁だが、それでも“初なになに”という事は意外や意識をしないと起こらない。という事で、今年は“毎日、初にチャレンジと決めた! 初はなんでもいい。初めてのコースをジョギング、初めてのレストラン、居酒屋をチエック! 初めての食べもの、下田の近所の自給自足をする仲良し夫婦から”たくわん作り“”切り干し大根作り“も習って実践した。 初対面の人に積極的に会う、初めてのコンサート、10年ぶりの再会、初めての町を訪問、無理矢理でも作って行けば初体験はそれなりにある。それが毎日のメリハリになるし、新たな好奇心を呼び起こす原因になるとおもうし、様々な発想の転換になると思う。 それをiPadの”瞬間日記“というアプリに毎日(実際には数日に一度)書き込んでみている。やはり書き込んでみると、読み返すと面白いのだ。1年で365の初体験があったなんて、かなり楽しいではないか! そして、今月は随分と久しぶりの友達と会っている。年賀状だけのやり取りだった友達と実際に会うと決めて、会う為のアプローチをして会う。ダラダラっと10年以上、長い人だと30年とかの友達と会うと、それはそれは面白い! もう別世界ですよ! でも根本的には変わっていないなんて事に気づくのも面白いですよ。 アメリカ人が良く別れ際に“Keep in touch”(キープインタッチ!連絡を取り続けましょ!)と挨拶をするが、その感覚がかなり好きですね。 今年は日々の生活の中にも沢山の新鮮をみつけます!
“初”は楽しいお正月!!
2010年の大晦日は、ここ十数年の定番お決まりのお食事会が波田家で開催! ロサンジェルスからわざわざ帰ってくる神谷アンドリューファミリー、渡辺正人家(今年のみは訳あり不参加)、波田家、ノンナそして大塚家が集まる。料理はフレンチのシェフである大塚健司が担当!

その際に、なぜか話題に出たのが“波田ケージローが元旦の午前中にやってみたかった事”・・・それは皇居の一周ランニング! それを発表したら、いきなりアンドリューも健チャンも響いて、是非とも一緒に行きたいという話になり、結局はほぼ全員参加(神谷良子さんはご懐妊中で辞退)で、普段は深夜まで続くパーティーもサッさと年を越して解散! そして朝を待ち、午前9時に皇居脇のイギリス大使館裏の駐車場で待ち合わせた。 みんなヤルキ満々で時間通りにキッチリ集まって、初めての経験である皇居一周ランニング(一部はウオーキング)を決行したのだ。

英国大使館前から半蔵門を抜けて、お堀越しの皇居に光が差し込み本当に感動した。右には国立劇場に最高裁所、国会議事堂を遠目に見て、警視庁・桜田門を抜けて、ピッカピカのホテル・ペニンシュラを右に見ながら、皇居前広場、から二重橋、建設途中のパレスホテル、大手町から、消防庁、気象庁、平河門、竹橋には毎日新聞、国立近代美術館、そこから北の丸公園を抜けて武道館を過ぎて、千鳥ヶ淵に入り、インド大使館、イタリア大使館を見ながら一番町、そして英国大使館に戻った。その距離5キロ(高低差2.6メートルなので楽勝! 北の丸を回ったらプラス1キロ程度)だった。

皇居ランニングのファンが激増しているとは聞いていたが、これを体験したら絶対にハマると思う。あまりにも美し過ぎる日本の1シーンを見たなぁ!
今年は毎日、“何か初めて!!”を体験します。脱マンネリ!!(全然、マンネリしていないけど!笑!)
久しぶりの “ハノイ”で見た大切なもの!
12月3日 今日から4泊6日でダイヤモンドフォーラムでハノイに来た。 ベトナムは4回目の旅。いつも香港の帰りとか、タイの行きに寄るとか”ついで”的に寄っていた。ベトナムという国は南北に細長い国なのだが、今回は北側のハノイ。政治と文化はハノイ、工業はホーチミン(元はサイゴン)だ。(たぶん間違いない!)

ホーチミンに最初に行ったのが、ちょうど発展が始まった頃だった。そして3年後に行ったら別世界になっていた記憶がある。なので最初に訪問をしてから2回目の北の町、ハノイはどうなっているんだろう! そんな興味もあった訪問! 空路は航空券手配を人任せにした結果だろうが、タイのバンコック経由で入った。タイ航空はビジネスクラスでも、まぁ居心地が良いので良いとしても、バンコクでのトランジットの待ち時間をラウンジで過ごし、ハノイまで飛んだ時にフライトの航路を示す機内テレビに写る地図の方向を見て呆然!(笑)なぜ右上を向いてるの!? 要するに直行でない経由までは許せるがハノイを飛び越えてわざわざ遠いバンコクで経由して戻る形で飛んでいるコースを見た時に茫然!

位置関係を調べるべきであった。ムダが嫌いな僕には信じられない、損した気分!(東京から福岡に行くのに沖縄でトランジットして福岡入るみたいな感覚。帰りも当然にその逆だ・・・) とか言っているうちにハノイに到着。空港の設備は昔と変わっていない。 そしてホテル(ソフィテルハノイ)までの道を走る間の景色もそんなに大変化は遂げていなかった。 発展していないで安心なんてオカシな発想だけど昨今のアジア主要都市の変化はちょっと疑問だからだ。 ソフィテルハノイは文句無しのナンバー1ホテルだけあって由緒正しき門構えだ。アジアのホテルにいるポーターは何故か律儀に、そして忠実そうに見えるのは気のせい?!ホテルの部屋にはバスルームでないリビングのハジの場所に猫アシのバスタブがあって最後まで不思議だった。でも快適そのもの!

結局、ハノイにいたのは約2日半だけで、ハノイからわざわざチャーター機でアンコールワットを日帰りで行ったり、世界遺産ハロン湾にバスをチャーターして皆で日帰り観光をしたりと過ごした。アンコールワットは遺跡マニアにはたまらない仏像や寺院が大迫力。ハロン湾はその切りだった島が連なる幻想的にも思える光景と信じがたい時間が織りなしたサイズの鍾乳洞にビックリ! なんだか世界遺産というだけでありがたい! ハノイの町には人口630万人に対してオートバイ(HONDAのカブのスタイル)がなんと300万台も存在するのだ。従って町はバイクであふれかえり、外の人間から見たら無秩序状態! ところがそこにはそれなりの秩序が存在していて、歩行者はバイクが来る方向を見て早くもなく、決して遅くもないスピードで渡る方向だけを凝視して進むのだ。

すると自動的にバイクは人間をすり抜けて進んで行くというスタイル。町には信号の数がいたって少ない。(あっても守らないから付けないと言っていた。本当かなぁ!?)なので交差点では”先に頭をイレタモノ勝ち”の原則が存在し、それなりの秩序があり事故を見かける事はなかった。(でもどう考えたって事故は多いであろう。)まぁそんな光景を眺めるだけでも文化の違いを垣間見られて楽しい時間だ。 ベトナムのハノイ・・・何が一番印象的だったかといえば、何処で誰にカメラを向けても、必ず”満面の笑み”が返って来た事だ。それってシンプルに素晴らしい事ではないか。

経済発展も大切だけど、得るモノの代わりに失う物もあるのは事実。この町の発展は意外やちょうどいいスピードなのかもしれない。 そして次に、この町を訪れる時も、このスマイルが迎えてくれる事を祈る。
あっ!!災い転じて福と成る!(笑)
2010年10月30日 10月の下旬に東京電力から電話がきた。下田のオキラクハウスの電信柱を多少、移動させたいと・・・残念な事に、どうもこう大企業の方々は、モノの話し方がわかってない。(間違ってもケンカは売ってません!)結局、オレも普段、自分でも電柱の位置など意識に無いし、中途半端な返事をして、せっかくの窓からの景色をさえぎられたら困るので、ちゃんと写真で提示して欲しいと依頼。するとさすがに大企業!(今度は誉めてる!) 早々にわざわざ下田まで飛んで行って、ウチの敷地の電信柱を5カ所から写真を撮って送ってきてくれた。 速達郵便で届いた写真をじっくりと見ていた・・・その瞬間、波田には電光石火のごとく激震がっ!!なんと、なんと、なんとゲストハウス(別館)のベッドルームの窓が全開しているではないの!! フルオープン!それも最後にその部屋を使ったのは8月の後半だぞっ! という事は二ヶ月半も全解放だった・・・その間には何度もの雨も降ったし・・・今、出来る事はナンだろうという事で、近所の友達・ミネにお願いして長い棒を準備してもらい、外からグイっと押して仮・窓閉めをお願いした。これでまずは応急処置!でも根本的にはダメでしょ。という事で急きょ、下田に向かうことにした。台風が過ぎ去った後の夜のドライブは爽快そのもの!そして空には恐い程の大きく美しい月が輝いている。深夜に到着してそのままゲストハウスのドアを開けて入ったら・・・なんとか難は逃れていた。本当に良かった! そして母屋に入ってビックリ! 雨戸は閉まっているものの窓が全開・・もう笑えない。そして昨日の台風の強風の影響で我が家の守り神的な“アボカドの樹”が傾斜している!! 気が付いて良かった。 明日早々に植木屋に対処してもらわなくては! もし気が付かなくてそのままだったらと考えると恐ろしくなる。 本当に来て良かった。東京電力さん、あなたの依頼はなんでも聞きましょう。 その後、明日の朝イチのサーフィンの準備をしているうちに、ある物陰から、なんと一ヶ月前に見失っていたカメラ(RICOH製)を発見!!あったぁ~~もう狂喜乱舞! カメラがあって嬉しいもあるが、データーが戻って嬉しい!(前回までのホームページの更新では、本当に苦労した!(笑) とラッキー続きの下田だった。 オレってなんてついてるんだろう! いつもいつも! その理由は良く知っている。 たぶん、普段から強運なあなたには、その理由はわかっているはずだ! だろっ!
鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!
2010年10月15日 昨夜は名古屋でミーティング! アフターはお風呂屋さんを改造した居酒屋で雰囲気も良く、昔からの友人も沢山、参加していたので楽しい時間になった。よせば良いのに山崎豊成(タクの弟)と2軒めのハシゴ!楽しい酒でした!(笑) 深夜にホテルに帰り就寝! 実に”ニホンバレ”な朝だ! 今日は岐阜の街を散策してから、初体験の”鵜飼い”観賞だ。

“鵜飼い”自体はニュースなどで映像で見た事はあったが、その知識は何も無く、あるモノは好奇心のみ! 鵜飼いは1300年も続く伝統的な漁法である。”鵜飼いに行きましょ!”と名古屋の超美人熟女(表現がイヤらしい!?)のジュリーさんから誘われて二つ返事で乗った! こんな日本の手伝統的な行事はとにかく見て体験をしておきたい。だいたい行きましよって誘われても何をするのだか想像もつかない! 行くまでは鵜(う・・・鳥の種類)を食うかと思っていた位にわかってなかった。

”鵜”を食べるの!?とガイドに聞いたら、”お客さん、鵜は天然記念物ですよっ・・・”と冷たく言われたのだ。そう、鵜飼いで食べるのは、鵜が捕らえた鮎(あゆ)である。 流れはこんな感じ。(もちろん日帰りも良し!) 河原の街をブラブラしてから長良川沿いの風情のある旅館にチエックイン。6時半に予約をしてあった船に乗船! 雰囲気は屋形舟みたいだけどその船は、ものすごい伝統工芸の究極。

料理は通常はお弁当らしいが、さすがに食にこだわるジュリーチームだけあって、持ち寄りのご機嫌な料理が用意されていた。そして美味しいお酒も満載! たぶんこんな豪華絢爛な料理を食べている船はそうはないであろう!まわりには宴会がはじまった30隻程の屋形船が並ぶ。そして上流までクルージンング。なにせこの船には動力がなくて手漕ぎ!!

7時過ぎに鵜飼いの操る船がやってきた。ここからの表現、かなり間違いがあるかと思うが専門用語など理解をしていないのでお許しを! 鵜匠は、なんと宮内庁管轄の選ばれし者達! 正確には”宮内庁式部職鵜匠”が正式名称。1300年もの歴史はダテではない。それも世襲制度が残っていて誰でもなれるモノではないのだ。現在、岐阜市では6名だけがその鵜匠の職を代々守っているのだ。

独特の装いの鵜匠さんはそれぞれが船に乗り、10~12匹の”鵜”の首にヒモをつけて操り、かがり火(松の炭を燃やしながら照明とする。)の中で鮎を獲るのだ。 わかるかなあ!? とにかく伝統的漁法は荘厳な空気で、それはそれは感動的な時間でした。 9時位に下船してそれでは終わらないジュリーグループ! 真っ暗な河原にバーベキューを準備して、深夜のバーベキュー大会っ!!これまた風情があって楽しい時間でした。

素晴らしい時間をありがとうございました。ジュリーチームのチームワークは最高です! 仲間っていいね!
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