5月19日、月曜日。朝から屋久島への出発モードで戦闘状態!。家族全員が早起きして子供の弁当の準備をして3人のガキを7時15分に学校に送り出して沼津を7時半には出発することができた。まさに戦争のような朝だった。東名には7時45分位には乗れて東京の家に順調に到着してタクシーも9時前には迎えにきてくれてセーフ。相当に時間的には心配モードだったので安心した。オネーサン(※―1)を奥沢まで迎えに行ってそのまま羽田空港に突進!。10時50分の鹿児島行きに無事に乗る事が出来て鹿児島空港でトランジット。そこで昼食。鹿児島空港というだけで黒豚を食わなくてはイケナイと考えて一路、ラーメン屋に入る。九州巡業から直接参加の渡辺正人氏とも空港で会えた。屋久島空港には天候不良で引き返しの可能性と言われてビビッたが無事に到着した。素朴な屋久島空港には小笠原さん(※―2)が迎えに来てくれていてそのまま今回の宿泊の小笠原家に向う。太平洋を一望する家は平和で部屋も過しやすそうだ。草木も手入れされて素晴らしい環境だ。貸してくれたタウンエースで4人でドライブに出かけた。ガジャマロがウヨウヨと生えている公園を見学。そして汗を流しに楠川温泉に行ったが混んでいて諦め。(有名なのに3人しか入れない浴槽。そして混浴。)そして平和な海亀の産卵で有名な”いなか浜”に行ったが、ここはゴキゲンだった。真っ白い砂が可愛くて袋に入れて持って帰った。最初に宿泊を予定していた”送陽亭”はなかなかな景観だった。小笠原家の夕飯は6時で、それまでに戻った。夕飯は完璧で鯖の刺身が絶品。(名物の首折れサバ)またカンパチも物凄い美味しい。大好物な島ラッキョウもバカスカ食べた。焼酎は”愛子”と”三岳”(※―3)が用意されていて屋久島ムードは絶好調。本当に美味しかった。最後に鯖のシャブシャブを食ったが、これも超美味い!!。絶品中の絶品だった。とにかく倒れそうなメシの美味さのオンパレードで感激だった。
オネーサンがブッちぎれて泥酔して倒れてそれを見て冷めた。なぜか自分以上に酔う人間を見ると酔いがさめるなぁ・・。英子さんも酒でハイテンション!!。それ見てまたまた冷めた!!。コラァァ俺より酔うのはヤメンかぁ!!。しかし小笠原さんは相当に面白い人だ。また島のラグビーの後輩も来ていて色々な話しを聞けて和めた。実に屋久島的な素晴らしい夜であった。屋久島は年300日、雨と言われているが明日は晴れの予報。勿論、山に出かけて屋久杉森林浴でも楽しもう。もう一度、いなか浜のも行ってみよう!!。たった東京から2時間半でこんな楽園があるなんて・・・。今日だけで緑を見すぎて視力が0,3位上がった気がするぞぉ・・。
※ ―1 オネーサン。度々、この日記に登場の鈴木啓子女史。名門・慶応ラグビー部の女史マネージャーという経歴で察しがつく性格と面倒見の良さ、そしてサッパリとした性格。波田のマブダチ。
※ -2 小笠原さん。元・プロ野球のピッチャー。肩を故障して引退。そしてその3年後には初挑戦のラグビーで日本代表に選出。(事実!)その後はワールドラグビー部の鬼監督となり全国制覇へという輝かしきメチャクチャな経歴。ルックスは長身で日本男児そのもの。星飛馬の父、星一徹氏にそっくり。合宿に訪れた屋久島が気に入って住んでしまった。オネーサンの知合いで、自宅に招待してくれたのだ。屋久島滞在中、一度も外食なんてしなかった位、美味しいモノを食わせてくれた。そして陶芸への造詣も深く素晴らしい器にふれられた。
※ -3 ”三岳”は焼酎である。イモ焼酎なのに香りが素晴らしく美味しい。屋久島島民は99,7%、三岳しか飲まないとのこと。それ以来、波田も三岳にはまり、調達して飲んでいる。ラベルが超カワイイのだ。
5月7日、水曜日、晴れ、午前中に砧をウォーキング&ジョキングすること1時間。のんびりと入浴して昼メシを食った後に原宿の写真家・寺内マサト氏の写真教室に出かけた。昨日、宿題の提出に間に合わないので急ぎで受けてくれる青山ラボにて写真をピックして原宿に向う途中で表参道の交差点で非常識でアホなオンナに愛車をぶつけられた。その女はぶつかっているのにシカトして逃げ切ろうとしている。とっかまえて文句言ったら娘の塾の送りで急いでいるという。唖然・・・・!。そして警察を呼ぶように言ったら拒否。仕方なく警察を拒否されたので一筆もらい解放。本当にアホで非常識な女だ。きっと馬鹿なガキに育つ事だろう。その後、FоBで皿乾かし棚を購入。思わずカワイいランプシェードも購入した。下田リニューアル計画の備品揃えはもう始まっている。寺内オフィスでの写真教室は実に勉強になる。一緒に習っているのは渡辺正人氏と岡里栄子さん。3人で有名人・寺内先生から写真を教えてもらえるなんて、丸山茂樹にゴルフを教えてもらうほどに豪華な話しだ。今回の講義も面白かった。僕の宿題は苦労のかいあって誉めてもらえた。5時過ぎに終了して、大急ぎで首都高で帰宅。そして夜のワイン会の準備をした。本日は金森信一夫妻とまたまたイイヒト・荒川夫妻が素晴らしいワインを御馳走してくれるという。(※―1)僕に出来る事はなにかということで、僕は自宅を場所提供。しかし良く考えたら誰がメシ作るの・・・・ということで、僕が担当。そうなんです。その気になれば出来るんです。サラダ、トマト、牛タン塩蒸し、牛のワイン煮、ゴルゴンゾーラのペンネ・・・どうダァ!!。写真教室があって仕込ができなくて前の晩から準備をしておいた。食事はなかなか評判がよかった。今回の参加者は城野夫妻、金森夫妻、荒川和彦、残念ながらヒロコさんは病欠、波田、そして正人氏、岡里栄子だった。相当に美味しい上等なワインのオンパレードで感激だった。リエちゃんと荒川氏が波田タクに宿泊した。僕は意識不明でいつか、就寝していた。 ※―1 その晩に飲んだワインを御紹介しましょう。ルイロデール・クリスタルグリュット(1996)、シャトーオーブリオン・ブラン(1981)、プチシュバル(シュバルブランのセカンド)(1997)、シャトーモンローズ(1976)、シャトーレオビルラスカーズ(1984)、シャトーオーブリオン(赤)(1976)、シャトーオーゾンヌ(赤)(1976)・・・・・・・フルトンストリート。
5月5日、朝起きたのは5時半。下田に来ていると夜が早寝で朝が早くなる。それにしても早過ぎるぞ。昨晩も興奮状態で寝られなかったのだ。今回はホテルジャパンに宿泊しているので、上から海岸を見下ろして憧れのアメリカンハウスを眺める事1時間。昨日、初めて内装をを見せていただき衝撃的にカワイイ内装に感動をうけた。おかげで昨晩も良くは寝られなかったのだ。外観から想像していたものの570倍位カッコ良かったのだ。朝メシ前にホテルの洞窟風呂に入浴して、その後、ホテルのロビーの朝市を見学してから朝食を食った。ここの朝飯はすこぶる美味い。その後、散歩がてらビーチハウスを外から見学。見るほどに素晴らしい。少しビーチで子供を遊ばせてからゴールデンウイークの渋滞を避けるために早めに帰宅する為に下田を出た。少し混んだが渋滞回避裏道を駆使して昼には沼津に到着して、お気に入りの映画館前のラーメン屋で昼食をした。なんと今日は子供の日で子供のラーメンが何を食っても100円という企画でラッキーだった。オレってどうしてこんなことがやたらにウレシイのだろうか。その分、混んでいたが結構な企画だと思った。このラーメン屋は店員も調理場も全員女性で和風のラーメンを得意とするのだ。その後、自宅に帰って少しだけソファーでウタタネ。夕方に香貫山山頂までウォーキング&ジョキングをした。気分は壮快。ここからの景色は絶景で駿河湾、伊豆半島、箱根、富士山、沼津の町が見渡せて絶景なのだ。子供達もここが気に入っている。そのまま帰ってから宗一郎と元太朗を連れて鶏肉屋と魚屋に買物をしてから海岸まで自転車で行って和んだ。メシは自宅で”和みメシ”。朝、下田で買ってきた竹の子やら何やらを食い焼酎を飲んだ。そして食事終了後にパソコンで日記を書いていたら、運命の”下田の老舗旅館の女将”から電話がかかってきて下田のビーチハウスを提示していた金額で譲るとの事で連絡をもらったのだ。この上ない喜びだ。強運すぎる。感激しまくった!!!!。夢はやっぱり叶うんだぁぁ!!!。お仕事頑張ろう。今夜は寝れないかなあ・・・。
※―1 下田は素晴らしい街だ。下田にはまって20数年。一年中この地に通っている。抜群にキレイな水、そして白い砂のビーチ。人もメシも素晴らしい。そしてここに素晴らしいビーチフロントのアメリカンハウスの所在を意識し始めたのが10年前、3年前に調べ始めてオーナー(老舗旅館の女将)に出会えて挨拶できた。それから嘆願するこ3年。そしてこの春に、売る予定は無いと言っていたのが急転した。誠意が通じたと解釈しているが、僕のその家に対しての強力な思いが通じたのだ。そしてこの5月5日に波田のモノになる事が決まったのだ。築35年のアメリカ人が建築したこの家はアメリカそのものだ。パーーーーフェクト!!。夏までにデザインと修理計画を立てて10年間使っていなかったこの家を生き返らせるんだ!!。
4月29日、晴れ。朝起きたのは4時前で5時に集合の芦ノ湖(箱根)で行われるイトウシンペイの釣り大会(グローバルフィッシングトーナメント)に向った。今回は第20回ということで全国から170人もの釣り人間が集まった。僕は長男・元太朗少年とバスプロ鈴木(※―1)とその友人の4人で参加。6時に開会挨拶が行われそれぞれがボートで出港。天気もヨロシク気分が良くてついつい釣れなくてもイッカァと言う気分になってしまう。芦ノ湖は緑も深く富士山もキレイにくっきり見えて実に平和な景色だ。それにしても、今回も全然釣れない。完全に魚に無視されているではないか!!。普段魚ばかり食っている恨みなのかなあ・・・・。元太郎は過去5~6回この大会に参加しているが、一度も可哀相に魚に触れていないのだ。釣るのはマス(トラウト)かバスなのだが、目の前でジャンプしているのに釣れない。今回は絶対に釣ろうと決断していたのに!!・・・・。また、今回は元太朗に釣らせてやりたくてリールまで買ってやったのだ!!。お父さんしっかりしなくては!!。しかし結局、昼までに魚を見ることもなく、とりあえず集合というか今回は20回記念大会なので特別にランチが用意されていた。170人が平和に芦ノ湖の湖畔の駐車場でカレーやらサラダやらを食ってビール飲んで談笑。しかし、すでに釣っている人もいるんだよねぇ・・。我が班の鈴木氏はバスプロと言って本業の釣り師なのにまったく釣れないのは困ったもんだ。悠長にランチを食っている暇はないのでサッさと出陣した。午後も魚を見ることもなくリミット時間の午後3時になった。全員上がってから釣った人は計量をした。170人中釣れているのは、たったの17人。10人中1人しか釣れていないんだなあ。驚いたぁ!。表彰式は今回とても盛り上がり、賞金は15万円だった。また今回は”中島薫賞”も出ていて面白かった。今回、わざわざ神戸から来ていた細見寛氏を三島駅まで送迎して沼津に帰った。力が余る波田は夕方に香貫山頂上までウォーキング&ジョキングをした。夕飯は育ち盛りの少年、少女の強い希望で焼き肉屋になった。結構、ホルモン関係が充実していて美味しい店だ。結構、疲れた。そりゃ5時前から起きてれば疲れもするわなあ。焼き肉屋での焼酎が効いて、帰ってそのまま倒れて意識を失った・・。
(※―1)バスプロ鈴木氏。現在はプロとしての釣り師は引退しているが、ちゃんとスポンサーがついて釣りを生業としていた本物の”バスプロ”だったのだ。そんな職業があると知って驚いた。アメリカだったら億万長者も夢ではない仕事なのだ。しかし今回はそんなプロでも駄目なもんは駄目だったのだ。
4月23日、曇りというか雨、昨晩は飲んだ割には、あまり二日酔いもなく快調だ。ニュートリを朝食として食い、その後、健康人間は1時間のエアロバイクをして発汗。320カロリー消費。更に最近、習得しつつある”ヨガ”で身体をほぐした。朝一から波田のお抱え大工のハマー(浜田君)がバルコニーの修理に来ていたので家具を移動する手伝いをしていたら隣人の阿部婦人と会ったので突然だったが本日の山本ヒロコのナベデモに誘ったらオッケーで10時半に家の前を出発して九品仏に向う。本日はモノスゴイ参加人数で驚いた。25人以上が来ていただろうか。阿部さんは楽しんでくれたと思うし質問も出ていたので良かった。大分、使用方法に理解をしてくれたかとおもう。帰りに参加していたノンナ( ※―1)を柿の木坂の自宅まで送りついでに阿部さんと一緒に家を見せてもらい、その後、送って帰った。というかトナリなので送るも何も無い。その後は自宅で雑務をして過した。夜は7時に山崎恵美の友人で少し老け顔の中川君にマーケを話すために目黒で待ち合わせて大戸屋で食事をした。そしてオフィスにてマケを話す予定がオフィスに行ったら渡辺文彦(※―2)が藤田とミーティングをする予定らしくて、そこに乱入させてもらった。中川氏はわかったのかわからないのか・・・。まゆっくり考えてもらっていいんじゃないかなあ。頭がヨロシイ人らしく・・・考えすぎるってソンなことなんだなあ。別に説得してやる仕事じゃないしなぁ。深夜、帰り道にある目黒通り沿いの自由ヶ丘の本屋で趣味の立読みしまくってから(約30冊は目を通した。実は2週間に1度の慣例です。)帰って2時に就寝した。今日も平和だ。
※ ―1 通称ノンナ、本名は川口文子さん。なんと78才にしてダイヤモンド。素晴らしい女性度ナンバーワン。ノンナとはイタリア語でオバアチャンという意味。娘さんとノンナ&シディーというイタリア食材の輸入会社も経営。2005年には80才のバースディーパーティーを開きますよ!!。目黒区の築30年の超オシャレなマンションに在住。(オシャレとか言ってるけど実は波田がデザインしました。)
※―2 渡辺文彦 フミヒコは多分,40才位。ルックスはもっと若いが。波田が生まれて始めて会った東京大學卒の秀才。でも、低学歴の僕が言うのはナンだが、何処か抜けていてナイスなキャラクター。交際範囲も面白い。現在S。(シングルじゃないよ!)あまり夜遊び人でもないのに西麻布に在住。
4月4日、とても快晴。朝は6時半に起床してしまった。まったく酒を飲んでいない翌日は健康度がグッとアップするのだ。日課の砧公園に向った。素晴らしいサクラを見ながらのウォーキング&ジョキング1時間はゴキゲンだ。今日はデジカメを持参していって撮影した。その後、玄米和朝食を急いで食い入浴、そして準備して10時半から行われる目黒のミーティングに向かった。今日は大島Rとの朝ミーティングで参加者は12人程度だが波田グループが沢山で嬉しかった。ミーティングは盛り上がり、そして終了後は深沢一江さん,鹿田さんと妹さん、大島、兵庫のDDの森垣さんの息子と目黒駅前の中華・上海園で円卓を囲んで中華をした。とってもオモシロイ時間だった。その後、恵比寿で沖縄から帰ってきた高橋伸二と会った。今日は天気もヨロシかったので愛車・ロータスエランだったのだが、駒沢通りに車を停めた際に100?先からでも識別可能なシンペイの1962年型のサビと汚れの塊のビートル(通称イッペイ号、絶対に年収三千万円の人間が乗ってるとは誰も信じない。)がやってきた。手を振ろうと構えていたら助手席に乗っていたのは薫DCAでビックリ仰天だった。ホワーーイ?。信ちゃんとはガゼボでミーティングをした。今後は頑張って来期にはエメラルドになれるように応援しよう。その後は恵比寿で時々寄るセレクトショップ”トゥモローランド”春物のチェック!!。そして何故か空いている目黒通りをエランでかっ飛ばして一度、世田谷の自宅に帰った。着替えたりして夕飯を自宅で軽く食った。深夜に食うのは避けたいし、またキリマンジャロから帰って3?体重が落ちて気分は壮快なのでなんとしてもキープしたいもんだ。昔は燃費が悪くてスグに空腹になったが、最近ではエコロジー仕様になって燃費ヨロシク快調だ。夜のミーティングの前にニュージーランドで最近頑張っているフロントのタケがスポンサーしたタカ君と会った。そして色々な話しをしてミーティングを見せてあげた。夜のミーティングは面白かった。パーソナルも来たし充実感ありなミーティングだった。アフターは遠距離者が多く無しで解散。次回のミーティングのチェックをして、新規の人々と挨拶をして解散。帰りにツタヤで映画”陰陽師(おんみょうじ)”を借りて帰った。何故なら、明日、誘われたホームパーティーに原作者の夢枕獏(ゆめまくらばく)氏と同席するのだ!!。映画は見ていなかったので面白かった。まあ、明日はオーパスワン(メチャウマのキャリフォルニアワイン)を飲む会なので予備知識より肝臓強化が大切かもしれない。12時半に就寝した。今日も絶好調だった。
3月25日、火曜日、雨。朝8時だが、春休み中で子供も奥さんもまだ睡眠中。なんだか腹が減ったので一人で先に昨日の残り物などで和定食を食った。午前中に家族全員で出発の準備をして東京の家に向った。昼過ぎにニコタマ(二子玉川)の明治屋で買物をする奥さんを下ろしてから自宅に帰ってランチの準備をした。(※―2)土岐チャン含めて子供とパスタランチをした。自我自賛だがなかなか美味しい納豆スパゲッティーだった。午後にはナンダカンダと雑用をしたり、エアロバイクをこぎながら発汗。溜まっていた新聞を生産的な時間で読破できてとても有益だ。今晩は春休み中ということで夕方からバーベキューの準備で火を起したりテーブルセットをしたりした。6時にこの四月で小学校一年生になるスミレちゃんを連れて渡辺正人家御一行が到着。早々に乾杯してしっとりと盛り上がっていたら、ブーニン家に遊びに行っていた長男・元太朗が帰ってきて、後からブーニン氏の御子息○○君がくるという。(※―1)アッソーと聞いていたら、一緒にお母さんも来ると言う。そして、ついでにお父さんも来ると言う。それはピアニストのブーニンさんじゃないの!!。いきなり慌しいモードになって準備をしていたら本当にブーニンさんが我が家にやってきたのだ。驚いた。(勿論はじめてのことだった。)そしてブーニン夫妻歓迎の乾杯!!。ブーニン氏は相当に飲める様子で盛り上がった。そうしているうちに正人氏が至急に中島薫・御大に電話連絡をしたら偶然にも等々力の自宅にいてタクシーで吹っ飛んできたのだ。(その間わずか23分18秒)中島薫氏はブーニン氏の大ファンで前から会いたがっていたのだ。そして会話の流れは一気に薫さんになって、ファンとしての記念品贈呈大会。薫流写真集からスタートして、薫さんがデザインした伊万里の贈与、シャトーラトゥールの開栓、フルーツの贈与・・・・と目まぐるしく続き、ブーニン氏も御満悦。そして薫さんはブーニン氏の自宅でショパンを演奏してもらうお願いをして了解!。数時間、歓談した後に皆で向い側のブーニン邸に移動。泥酔する我々に世界的ピアニストが自宅の完全防音の演奏ルームにて演奏してくれたのだ。ブーニン宅でピアノを弾いてもらえるヒトなんてそうはいないだろう。それはそれは至福な時間であった。そしてナント数日後にヨーロッパツアーに出かけるにも関らず、後日、薫邸を訪問してランチをしてピアノの演奏をしてくれるという!!。なんという強力で豪華な事だろうか!!。(勿論我々も参加できるということでホッとした。)深夜に向いの波田家にハイつくばる様に戻ったら、ものすごい量のワインの空き瓶だった。それを見たらメマイがした・・・・・・・。
※ ―1 ブーニン氏はご存知世界的ピアニスト。ものすごい日本びいきで昨年から我が家の向えの豪邸に越して来たのだ。御子息と我家の長男が仲良しなのだ。
※ -2 波田のオフィスでは通常、毎昼食は僕が担当。お客さん多数の場合、土岐チャンと二人の場合、今日のように子供がいる場合も例外なく作る。料理は楽しい・・・。
3月10日、月曜日、雪、昨晩の札幌のミーティングは本当に面白かった。さすがに目指している不屈の男、井利元は気合が入っているし奴のリーダーシップには関心するとしか言えない。本日より2泊2日、ニセコスノーボードツアーだ。ホテルにて朝食をしっかりして井利元号レンジローバーでニセコに出発した。約2時間半で到着。Jファーストはなかなかゴキゲンなホテルで、驫木氏(EX)、岩永氏(C)とで3人部屋にチェックイン!。早々にニセコ・ジモティー越智君からガンガン催促電話がかかってきて井利元と岩永の3人でトナリ町の岩内の越智宅に向った。岩内スキー場前の越智家は外観は質素だが中に入ったら驚くほどに快適な家だった。グランドピアノ、6匹の犬、プラズマディスプレイ、快適なソファー・・・超美人妻。素晴らしい。そして仲良し夫婦だ。今回は初めてのバックカントリー体験ということで越智氏の手ほどきで誰も登っていない閉鎖されている岩内スキー場を頂上までスノボーを担いで自力でハイクして、そこから新雪を一気に下るという超エクスタシーモノな企画なのだ。スノーシュー(かんじき)、ビーコン(遭難時の探索機)などの準備を急いで閉鎖されている岩内スキー場に向ったら、ラッキーなことに雪上車で山頂の手前まで送ってくれたのだった。なんという幸せなことだ。こんなの歩いたら大変な距離だ。しかし、そこから30分以上も強風の中をハイクして山頂に到着!。とにかく圧巻な景色でぶっ飛んだ!!。そして準備して、いよいよスノーボードで一気にパウダースノーを食いまくって下りた。約20分の相当に根性入って楽しい快適な瞬間だった。アルペンには無い爽快感にたまげた。(昔、新雪食いにはまるボーダーが最高の女、10人よりも良い位に楽しいと比喩していたが納得だ!)。林間コースはそれはそれはオソロシク、何回も木、枝にぶつかった。マンガみたいな転倒を何回もしたし、岩永は全然帰ってこれ無くて心配した。やっと下山できて皆で万歳三唱(喜びの基本)その後、越智家に行ってタカちゃん(美人妻)とともに乾杯した。その後は皆が待っているのでニセコに向った。越智君もトモキ君(プロスノーボーダー、ナイキがスポンサー)を僕らに紹介したがり一緒にニセコに入った。夕飯はトモキ君が知っている居酒屋に乱入して盛り上がり、相当な量の酒を飲んで騒いだ。(焼酎のビンがビールみたいに空いていた!)トモキ君と家族は最高だった。しかし実に美味しい夜だったなあ。その後は超オシャレなゲンテン・バーで飲んだ。上品な店なのに岩永、井利元が裸になって気合を入れる叩き合いをしていてムードはメチャクチャ!!。(客は喜んでいたが・・・)驫木氏は大の字になって熟睡。僕は何故か後ろに座っていた関西系淑女二人と話しに盛り上がり、結局AMな話しになってスポンサーリング活動に勤しんだ。(とてもナイスな女性でバッチリ!!)しかし今日は、良く遊んで騒いで飲んで滑って、すこしアムッた日だった。深夜に完全なエネルギー切れ。営業終了・・・。
2月9日、日曜日、快晴。今日は長男・元太朗の少年サッカー大会で沼津の山の上にあるアシタカ運動公園に9時に集合なので送っていった。モノスゴイ施設の運動公園で、こうして沼津市は財政赤字になっていったんだなあ・・と感じられる競技場だ。今回はナント少年チームが172チームが集合して、ピーケー戦で競い合う大会で面白かった。しかし静岡県のサッカー熱はスゴイものがある。元太朗は3本中の2回、入れることが出来て良かった。親としてはハラハラもんである。同級生の父親、砂山さん、野村さん達と昼に弁当を食って世間話。少々寒いが冬の青空の下のお弁当は幸せだ。帰ってから、まだまだ時間がたっぷりあるので、元太朗を連れてランニングを1時間、沼津の町を見下ろす香貫山展望台までした。ここがまた素晴らしい絶景で遠くアルプス、伊豆半島、駿河湾、箱根山、そして富士山がバッチリ見えるのだ。その後、帰ったら義兄さん夫妻が伊東温泉の帰りで遊びに来ていた。結構、アクティブで洒落モンな義兄さん(年齢は一つ下)と世間話で盛り上がる。夕方に近所のカフェ&セレクトシヨップのブルーウォーター(※―1)で春物の洋服をチェック!。オーナーの青年実業家、イル・アマーノ氏(天野君)と世間話。(なんだか世間話ばっかりしてるなあ。)彼の洋服界事情通ブリは凄いゾ!!。その後、オンジン荒川夫妻(※―2)を迎えに富士市までドライブをした。今夜は沼津の自宅で荒川夫妻と娘のナギサちゃんを招待して、お食事会なのである。波田家は荒川家の紹介で沼津に移住したので”命の恩人”なのだ。人生のアップラインなのだ。荒川氏はものすごいワイン・コレクターで、今日は大奮発でルーチェを持参してくれた。デザインも味も大好きな一本なので感動したナァ。持ってきてくれた”白”も相当にボディーがしっかりしていて飲み応えのある一本だった。メシが美味くてワインと相性もヨロシクそれが追い風になって5本飲んで泥酔と化した。素晴らしい夜でした。またまた記憶は無くなってしまったが・・・・・・・・。ゲラゲラ笑いながら食うメシは本当に幸せだ。
※ ―1 ブルーウォーター セレクトショップ&カフェ、オシャレなバーもある。伊豆半島をゆったり流れる狩納川沿いにあり景色は最高。幸せ度数99,78である。服のセレクトも抜群!。東京からわざわざ行くの値する店ですよ。(本当に来る人は沢山います。) 静岡県沼津市魚町15 0559-51-0001 沼津駅から港に向って東急ホテルを越えて信号を超えてから48メートルの左側。
※―2 荒川和彦&弘子+なぎさチャン。 富士市在住 素晴らしいバランス感覚な夫婦。500坪の敷地に半分が超超超快適な北欧系の豪邸。そして残りの半分の土地で菜園をやっている。様々の季節の野菜を出荷する事なく自分達の食べる物だけを生産している。当然、愛情たっぷりで無農薬な安心野菜はこの上なく美味しい。(いつもオスソワケいただき感謝してます。)まさに究極なコダワリ生活。そしてワインのコレクターときたら完璧。
2月5日 水曜日、快晴。今日はスノーボード。スノボーは平日に限る!。朝6時に大熊(※―4)家に迎えに来てくれて一路、久々のエコーバレーに向った。今日は沢山の人数と行く予定が裏切られ結局3人となった。途中で何も食わなかったので腹が減ったが、早く午前のコンディションがいい状態を楽しみたかったので急いだが、着いたのは10時過ぎになってしまった。準備してゲレンデに乱入したら、いきなり大阪から来ている浦夫妻(※―1)に会って笑った。だって今年、エコーに来て浦夫妻に会わなかった事が無いのだ。浦夫妻は大阪在住なのに毎週火曜日から金曜日まではエコーバレーでスノボーに勤しんでいる。(もう楽しみを越えて勤しみなのだ。)週末は大阪で仕事を少々こなしてまた週明けにはエコーに来る生活パターンなのだ。当然に浦夫妻はシーズン券を購入して常宿的なペンションがある。とにかくスノボー好きには信じられない年間滑走日数100日以上であろうか。とにかく最高の生活をしている。波田は今日はなんだかフリースタイルからアルペン(※―2)の違和感がスゴくて午前中は不調。全く別モンなんだなあと実感。午前中一杯、復帰にかかった・・・・が、きっちり楽しんだ。(前の週に北海道でフリースタイルをバリバリやっていた為)。昼は浦夫妻、大阪の井上チームを含めて平和に7人と長野からやってきた北野で馬鹿話に花咲き盛りあがった。本当にバカだった。その後、真剣モードでスノボーはスポーツなんだぁと認識して午後4時頃まで、浦夫妻にビデオを撮ってもらって自分の滑りを見て驚きまくった。なんて下手クソなんだろう。やはり自分の滑りは客観的に見て治さなくては自己満足でしかないのだなあと痛感した。来週は大人数で来るのでビデオ持参で来て皆を撮ってあげよう!。夕方になり日も暮れてきて下山。帰りは大好きな巨大ホームセンターでお買物をして、長野から1時間、東京までの中間点にある甲府昭和インターでわざわざ下りてお約束になっている居酒屋 “福良”(※―3)で飲んだが、またまた終始、アホ話で盛り上がり。そして気を失って東京に戻った。今日も平和な冬のお気に入りな1日だった。
※ ―1 浦夫妻。まさに”スノボーは鎹(かすがい)”の超仲良し夫妻。この夫婦なしにエコーバレーのスノーボードは語れない。上手とかカッコイイなんて、通り越していて、好きでここまで入魂出来るとは幸せの境地であろう。エコーバレーは今シーズンも晴天率は90%、浦夫妻出会い率100%という快挙でした。金と時間の勝利です。
※ -2 スノーボードには大きく分けてアルペン(硬いプラスティックブーツでスピードを身上とする。)とフリースタイル(柔らかいブーツで新雪、ジャンプなどを楽しむ)がある。
※ -3 甲府昭和の”ふくよし”は幸せな店。”波田啓次郎の勝手でしょ”のバックナンバーを参照してください。
※ -4 大熊実 朝4時に電話かけてもボリューム9(通常人の大声の相当)で”おおくまでぇぇぇぇすぅぅぅ~~”と元気度は素晴らしい。このヒトは面白すぎて三行ではとても紹介しきれないので、そのうちに特集でも組んで世にお知らせしたい。波田にとって信頼出来るヒト度99,7を記録。
PV-BV Corporation. Presented by Keijiro Hada