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【昨日は日本Aмの主催の和歌山ラリーのゲスト。終了後は”銀平”という超超超ゴキゲンな店で美味しい、そして美しい料理でうなった。当然に酒飲みまくった。グループの姫路のDD、重田頼広が来ていたので和歌山マリーナの海を一望するホテルに泊めてあげた。】

1月12日、朝起きたら頼広は帰った後だった。燃えている男は早起きだ。昨晩、銀ぺいで飲み倒し、ホテルに帰ってからも冷蔵庫内のアルコールを二人で全制覇。そして気軽に了解してホテルに泊めてあげたらベットはダブル・・・。今日の天気は快晴。折角なので起きて早々に和歌山マリーナ周辺の堤防、橋界隈をウォーキング&ジョキングしたが相当に気分良かった。10時に和歌山地元の林光太郎さんが迎えに来てくれて関西空港まで送ってくれた。林夫妻と関空のスタバでお茶をしてから搭乗した。関空発羽田行きのスーパーシートは何故か怪しげなオジサンが多い。この観察がすごく面白いのだ。後方の席ではAм社員の田子氏が二日酔いで完全にダウンしていた。昨晩、飲ませすぎてしまい生きている事が不思議な位、酔っていたのだ。羽田空港からタクシーで一路、目黒のラーメン屋『楊州小人』に向った。そして食いたかったワンタンメンを制覇。食いたい物を食った喜びは感動倍増だ。2時からはPV―BVオフィスでの藤田ルビーDDとのLMが行われたが物凄い盛況で、なんと100人近くが参加した。さすがに頭の良い男で参加者全員大納得の素晴らしいミーティングだった。10年近く自己消費型が一気に可能性に気が付いて奮起。そしてアッという間にルビーDDなっている。藤田夫妻とリーダーシップセミナー・ハワイに行くのが楽しみだ。終了後は4階のオフィスのラウンジでアフター。松本ハルオがカウンターパンチ!をくらっていた。夜はテッド阿出川氏(※―1)の還暦(60才)のパーティーが原宿のサーファーズテーブルで行われた。吉田正民さんの仕切りで大盛況だった。店には偶然に初期(ウン十年前)のテッドのサーフボードがあり、とにかく阿出川氏は平和の極地に入っていた。こんなかっこいい還暦オヤジになれるんだったら最高だなあと思った。僕も挨拶をしたのだが、そのことにプライドを感じられて幸せだった。皆と結構遅い時間まで歓談していた。そして原宿からタクシーで深夜帰宅。そこにヤフーの吉野がまたまた来てくれて、トラブリまくるパソコンの復旧作業を夜中にてくれたが結局、修復できないでパソコンを持って帰ってくれた。なんて良い人なんだろう。長い一日が終った。そしてフェラーリの加速で曝睡した。
※―1 ご存知,サーフィン界の大御所、重鎮、天皇・・・阿出川氏がサーフィンをアメリカから見つけてきて日本に紹介したのだ。サーフィン界、Aм界だけでなくカッコヨロしいライフスタイルは国民全員の憧れ。全てに完璧なロケーションの千葉の夷隅川沿いに建つリンダルシーダーホームの家なんてパーフェクト!!。ああぁ、こんな大人になりたいもんだ。

だんだんキリマンジャロ登山の気分になってきた。

2003年1月9日、朝は7時に起床。どうしてこんなに健康的に壮快な朝なのだろう。入浴してメールのチェックをして十数本のお返事メールを送ってから出掛けた。新宿方面に車で行くのが渋滞と駐車場捜しが面倒なので自由ヶ丘に車を置いて電車で新宿にある旅行会社が経営する低酸素訓練(※―1)をしに出かけた。10時すぎに到着して説明を受けて開始。しかし最後のエアロバイクは汗掻きまくりで辛かった。終了後にヨドバシカメラで寒冷地に強いリチウム電池などを購入。こうやって小物を買い揃えていると気分はアルピニストで盛り上がる。昼食は通り掛かりの回転寿司で食った。結構美味かったが恐ろしい店で安い皿が高そうな色柄で高い皿が安ッチー色柄をしていたりする。地雷の様に間違えてエライ高額な海老とか食ってしまった。(回転寿司なのに一皿1200円だぞー!)クソー!。まぁ、美味かったから許そう。そして、横断歩道を歩きながら見上げたら京王デパートで駅弁フェスティバルをやっている。気になって見に行ったらモノスゴイことになっていた。とにかく物凄い客の数で驚いた。そして、こんなにいっぺんにオバサンを見た事が無い!!。1?当り3,8人位がいるのだ。人ごみを掻き分け一巡して、(一月中旬号の”波田啓次郎の勝手でしょ”を一読下さい。)なぜか石巻港のメザシと山形の納豆を購入して帰った。横でやっていた名産展の試食コーナーでハマってしまっで申し訳無いくらい沢山食いまくったのだ。それから電車で自宅に帰ったが、途中で駅の鏡に写った自分の姿は考えさられるモノがあった。だって昼間からメザシと納豆の入った名産展の粗末な袋を持った44才のオジさんは・・・・世間から見れば只の無職の職安帰りの悲しいオジさん以外のナニモノでもなかった。オフィスには秘書・土岐チャンが数日ぶりにインフルエンザを克服して出社していたが、まったく調子が悪そうだった。彼女がいないとオフィスワークが何も進まないのだ。様々な雑務をこなして、4時半には沼津に向って出かけた。今日は妻・英子さんが東京に行っているので留守番を頼まれているのだ。学校で息子一号、二号をピックしてから帰宅。本日はパスタ・パーティーで4種類のパスタを作った。①和風・納豆タラコ、②ミートソース、③イカの塩辛 ④ポルチーニ茸のクリームソースのペンネ の4種を食ったが結構、どれも正解だった。好評で良かった。子供と平和に入浴をして”王様の椅子ゴッコ”をして和み子供は宿題をして就寝。長女・桜子は塾に出かけた。偉いなあと痛感。(親は強要してませんよ!)その後、深夜に1時間のウォーキング&ジョキングをした。沼津の町の中心に流れる狩野川添いは夜でも結構、照明が美しく走っていても楽しいのだ。キリマンジャロ登山で肉体的に辛い思いはしたくないので日々頑張らなくては・・・・・。
※ ―1 登山をするヒトが高山病を予防する為に、高度順化を楽にする為に行うトレーニング。地上で酸素の薄い部屋の入り軽い運動をして慣れる。あまり楽しくはない。

恒例のスノーボードツアー(※―1)は大盛況。今回も参加者93人でブッちぎり!!。 《ツアー2日目、ルスツ高原の朝は早い》

12月9日、朝一番でメシを軽く食って、出発しようと意気込んだらホテルのフロントで越智徹二と会えた。本当に久し振りだった。本当なら参加している皆と遊びたい所だが、そんな事言っている状況では無いほどにパウダーが呼んでいる。皆さん、勝手にやってください!!。アサイチで新雪に飛びこまないでどうする!!。越智、コウキ、驫木、波田でマウント・イゾラに向う。昨日と同じ新雪コースというか閉鎖しているコースに乱入してパウダーを楽しんだ。とことん滑りまくった。お休みなんか全く無い状態だった。昼前に斉藤コウキは仕事で帰った。残った3人で午後も滑りまくり、まだまだ新雪の”浮遊状態”を絶好調に楽しんだ。実に至福の時間だったナァ!。MDプレイヤーで “U2”を聞いていたのでブットビだったなあ。しかし、コースアウトの新雪はオレ達以外に気付く人間もいなくて完全独占状態。独占禁止法適用が恐怖だ。夕方まで滑りこみ、途中の休憩はわずか20分程度だった。こんな状況はそうは無いので充実しまくりだったなあ。体育会系でもここまではしないだろう。夕方にはエネルギー使いまくって放心していた。そうだ、今晩の宴会の為にエネルギー補充をしなくては・・・。夕方に上がって入浴して準備をして大宴会の用意。早めにマルミツ(※―2)に乱入した。今回は参加人数93人で宴会だ。(定員74人に93人詰め込みで大変な熱気!!)参加希望者はもっといたのだが、マルミツで宴会したい一心でこの人数で打ち切ったという大人気ない主催者だ。4000円コースで蟹も付いている。宴会は盛り上がった。メシも酒も美味かった。そして岩渕と大塚健ちゃんのおかげでゲームも盛り上がり。最後にヤッシーがテーブルに上がって”チンゲに点火”という恐ろしい芸を披露してくれた。しかし部屋は電気を消して真暗だったので、そこに点火された○○○・・・。まさかそんな芸をする奴がいるなんて・・・・と感動の渦に終った。しかし物凄い強行な一日だった。帰りにマルミツ親父は賄賂にイクラをプレゼントしてくれた。帰りの雪道は完全に血管が切れそうな寒さで脳溢血一歩手前だったぞ。アブナイアブナイ・・・。ホテルに帰って、美人看護婦部屋を散策。ヤロードモの荒れくれた部屋も訪問、結構、酔いは回りダウンしてしまった。
※ ―1 スノーボードツアー 今回も12月初旬、2泊三日、北海道ルスツリゾートの全員スイートメゾネット、朝2食、リフト券3日分、送迎バス、もちろん飛行機羽田から往復を込みで39900円のお値打ち価格。
※―2 居酒屋マルミツ このオヤジはスゴイ。すごいったらスゴイ。ベリーナイスな居酒屋です。とにかく親切な親父。今回も豪華な料理、刺身、鍋、かに、オジヤ・・・そして酒持ちこみ可能という常識ハズレな条件を4000円で受諾。感謝感謝です。
《最近の日記を読みなおしたら、毎回遊んでばっかりじゃないの・・・・陰で仕事してますよ。そのうちに平均的お仕事日を御紹介。》

ホノルルは幸せ。50年サーフィンしているジイ様と出会う。

≪昨晩はダイヤモンドフォーラムの最終日でグランドバンケット、昔の友人と散々盛り上がり二日酔い気味、しかし気分はホノルルへ!!。≫
2002年11月22日、ダイヤモンドフォーラムで御招待のハワイ島から脱出して大好きなワイキキにゴー!!。何度来ても悪いけどハワイ島は好きでない。そしてこのワイコロアも不自然で好きではない。朝起きて荷物部屋からポーターに渡して8時半までゆっくり小鳥にエサをあげながら朝食をして、その後タクシーが迎えに来てチエックアウト。空港でチエックインしてからコナ・コーヒーを野外の待合場でハワイ感を高めた。しかし野外の待合所というのがとってもハワイ島だ。日本航空でホノルルに向かった。ビジネスクラスはアムウェイで貸し切り状態。ホノルル空港からタクシーに無理やりロングボードを屋根にくくりつけてホテル・モアナサーフライダーに向う。このホテルはワイキキの真中の由緒正しきクラシカル・ホテル。どうしても泊りたかったのではなく、サーフィンがしやすいと判断で宿泊。(夢だったヒトはスミマセン。でもカッコ良かった。)そう!。オレはナンチャってサーファーなのだ。チエックインしてから、腹が減っては戦は出来ぬということでパンダクイジーン(※―1)に昼飯に飲茶を食いに行った。これが実に美味しい飲茶なのだ。帰って早速に着替えて海にドボーン!!。サーフポイントはポップスに向かった。300メートルのパドルは相当にキツイが気分は壮快度数100を越えた。夕方、日が暮れるまでの3~4時間は海に入って楽しんだ。こんな素晴らしいポイントに入っているのは10数人程度。そして皆、素晴らしくフレンドリーで和気藹々。日本ならみんなカリカリ状態だろう。ローカルのジイサンと仲良くなり話していたら、なん1953年からサーフィンしているという。ナンとサーフ歴50年!!。驚いた。そして憧れるカッコよさだった。ゴルフやる友人がゴルフはジイサンになっても出来るなんていうけど、このジイサンをそんな奴に見せてやりたい。他のサーファーを見ているだけでも充分に楽しめて素晴らしく気分がいい時間だった。少しの時間、波が来なくて皆、ブラブラ放心していたらデカイ波がきて瞬間緊張状態。そしたらローカルの恐ろしい巨体の男がデカイ声で”エブリバーディー、ゴ~~~”と叫んでそのポイントに居た10数人が一度にその波に乗って、皆が笑いこけていた。もちろん、オレも参加した。俺ってサーファーだ!!!。夕方サンセットを見て涙が出るほど感激。またまたオレってサーファーだ!!と認識。余力があるうちに、また300メートルパドルして帰った。ヘトヘトになってからホテルでシャワーを浴びて外食の準備。(モアナにはちゃんとサーフボード置き場があって素晴らしい。)そしてヒルトン・ハワイアンビレッジに花火を見に行く予定がナント、行ったら終っていた。増田夫妻(※―2)のマッスン号に6人乗りのところに無理やりに10人以上乗りこんでハーレベトナム(※-3)でベトナム料理を食った。物凄い楽しくて美味しい時間だったなあ。ハワイはいつでも本当に素敵だ。今晩は明日の朝も日の出前に海に入るつもりなので酒は控えめにするつもりが、またまた致死量を越していた。だって・・楽しいんだもん・・・。仕方が無いさ。11時に気持ちよいベッドで就寝。きっとヨダレたらして笑って寝ていた・・・。  (結局、翌朝は6時前に同じポイントに入って朝日も楽しめた。そしてローカル爺さん達とサーフィンも最高に楽しめた。)

※ -1 パンダクイジーンは”大三元酒楼”という中華で昼には香港スタイルの美味しい飲茶が堪能できるのだ。ホノルルランチのお気に入り。アラモアナの裏手。そして安い。
※ -2 増田夫妻(増田マッスンとナルちゃん。)、アムウェイ界きっての健康夫妻。トライアスリートで毎年、宮古島のトライアスロンに参加。ホノルルマラソンも参加。いつでもどこでもトレーニングにはげみ健康という名の不健康と言われて久しい。ルックスは驚異的なカッコよさと可愛さ。天は5ブツを与えた。京都在住、ハワイにコンドも所有、色々所有、なんでも所有。国民全員が羨ましがる二人。
※ -3 ”ハーレベトナム”はハワイのベトナム料理屋で抜群のお味。あの南国ムードにこの店の味が実にマッチ!!。そのうちに”波田啓次郎の勝手でしょ”で紹介。

“サッポロ”メイクスミーハッピー

11月12日、またまた二日酔い。これは日常である。胃は完全に営業停止した状態。軽くポジトリウムとプロテインで済ませた。しかしこの二日酔いを飛ばすには発汗でしょ。砧公園をゲボ寸前のコンディションで1時間走った。そうしていると何故だか酒気が抜けている。これって身体に悪いのかなあ。身体に悪いかなあと思いながら走るのが一番悪そうなので良いとしよう。帰ってゆっくり入浴してメールチェックをしたりして11時過ぎに羽田に向かった。意外に早く羽田空港に到着したのでサクララウンジで新聞、雑誌を読みまくった。まだ、食欲は回復していないのでプロテインバーで済ます。2時過ぎのフライトで札幌に向かった。4時過ぎに到着して、迎えは渡辺ちか子とその義兄さんが来てくれた。とても寡黙な兄さんで面白かった。東京の某有名企業で働いていたが、イキナリ北海道に帰りたくなり退職して家族で帰ってきてしまったそうだ。このユニークさというか向こう見ずな性格が好きだ。千歳から札幌市内の途中で空腹に耐え切れず、”てつや”(※1)でラーメンを食ってしまった。身体に悪いとは思いたくはないが、しかし美味しい。身体に良いと言い聞かせても絶対に良いわけが無い・・・が美味い。”テツヤ”最近のお気に入りである。今夜のミーティング会場は郊外だったが物凄い盛り上がった。200人を超えるディストが来てくれた。当然にマーケは乗っていたので完璧に出来た。終了後は沖縄グループから飛んでいる内記さんも参加して、前に井利元が連れて行ってくれた居酒屋に行った。酒も美味いし肴が美味い。しかし注文しすぎて腹一杯。十数人が参加して実に楽しい美味しい時間だった。その後、ススキノの加地君の店(キャバナントカという店!?)に男3人で寄って一時間過したがあまり楽しめないで帰った。おれ、どうも女の子の居る店が好きではないんだよね。ナンで高いお金だして女の子を楽しませてやらなきゃイカンの? まあ、いずれにしろ楽しい一日だった。エネルギーは要チャージ状態でホテルに帰って即死した。せっかく素敵な夜景のホテルなのにソファーで服をきたまま寝ていた。しかし札幌メイクスミーハッピーーーだ。
※―1 札幌で結構人気で店が増えたラーメン屋。(味は美味しいとしか言わない。)宗教とラーメンの話しはしないのだ。

点数の出る月末は楽しい・・・・・

2002年10月29日(火曜日) 朝早く起きた。睡眠時間が少ない割には快眠状態だ。朝食に昨日購入したハマグリで味噌汁を食ったが相当に美味しかった。朝から関心してしまうぞ!。ハマグリ君はエライと唸りながら、そのまま7時台に東名高速に乗って東京に直行して目黒オフィスの10時半のミーティングに向かった。今回もボクと大島章弘の合同ミーティング。彼が得意なニュートリで盛り上げてくれた。結構、様々な職種、年齢層の人で面白く盛り上がって楽しいミーティングだった。リストラされたが超明るい前向きのオジさん、やる気満々な主婦、サボってきた営業マンらしき。・・・約20人が参加。そのうちの何人かと昼食一緒に駅前の上海園で円卓を囲んで中華を食った。深沢一江さんは不思議なオバさんを連れてきた。毎度思うことだが、アムウェイやっていると本当に異業種の人とプライベートで知合えてオカシイ。終了後は日高医院に治療に出かけて、その足で大阪の辻川氏を田園調布駅でピックして岡本に戻った。辻川氏はニューダイヤでセンス抜群なナニワの商人。ナンとお土産に欲しかったアランミクリのメガネをプレゼントしてくれて相当にウレシイ。そして漬物の土産もくれた。美味しい七味唐辛子もくれた。色々くれたのだ!!。また来てほしいお客さんだ。11月に行われる達成ラリーの盛り上げビデオを見せてもらってボン・ジョビの”イッツマイライフ”という曲の詩が良くて感動した。(ものすごいセンス良くグループ紹介とその曲と和訳した詩が編集されている。)たくさん、面白い話しを聞けて楽しめた。7時に目黒経由、途中で目黒通り界隈の家具屋を見学して恵比寿にて解散。その後、友人・土田氏が新しく開いたカフェのオープニングパーティーを覗いてから友人と西麻布の餃子屋にて食事。全然、美味しくなくて物凄い腹が立った。昔、流行っていたのに今はガラガラ・・・・当然だろうなあ。そんな餃子出してたら中国人に失礼だ。そしてサービスも最低だった。その後帰宅。実は月末で落着かない状態。しかし夜中に点数を確認したらいきなり増えていてウレシかったのだ。点数が出ているとウレシイ。出ていないと悲しい・・・。単純極まりない人生だ。

子供と遊んでんだか遊ばれてんだか・・・・ある平日。

10月28日(月曜日)平日だが子供が昨日はバザーで登校したために学校が代休なので朝からお休みモード。それに付き合い波田もお休み。朝一で狩野川沿いを1時間ジョギング。沼津の家の近所には4コースの6~7キロ(1時間コース)のコースを決めていて最近気に入っているコースだ。最近は根性鍛えなおす為に元太朗と走る。(※1)その後、朝食を終らせた頃に元太朗が休みなので親友のスバル、トモハル、イッピ、シュウヘイが家に来て全員を連れて富士・子供の国(※2)に出かけた。普通のお父さんはこれしきのことで会社を休むわけはないので、時間的余裕のボクが子供を連れてピクニックに連れて行く事になったのだ。お弁当だけ持参して昼前に到着。車中は異常な盛り上がりで”ゴリラの鼻くそゲーム”に興じていた。(※3)。子供の国は、もう結構涼しくて寒かったが流石に子供は風の子で走り回っていたので寒さなんてものともしていなかった。園内の電車に乗って草原の国やら水の国を廻った。水の国ではカヌーに乗って小さな湖を廻った。少年たちは皆、ハイテンションで楽しんでいた。巨大なハンモックみたいなジャングルジムではダンゴのように折り重なり盛り上がっていた。最後に駐車場でサッカーをして遊んだ。流石に静岡県のガキはサッカーが上手な気がする。帰りも山道で危険な運転で盛り上がり(極秘事項)沼津に戻ってきた。そして子供達は波田家に泊ることになっていてそのまま盛り上がり最近はまっているゲーム・モノポリーに興じた。夕飯は天野惠さん(※4)も来て大人子供が入り混じり盛り上がった。大人は当然に飲んだが、まあ平日からよく飲む集いでまたまた恐ろしい量のワインを消費。とても楽しい休日となった。さて、明日からはお仕事モードで頑張ろう。(なんだかこの日記、いつもオレ遊んでるなあ・・・。)
※ 1-元太郎、私の子息、長男です。器用でモノ作りが得意。オモロイ奴です。
※ 2-富士・子供の国、静岡県はこうして財政赤字になったのかと思う素晴らしい施設。広大な富士の裾野に水の国、草原の国、遊びの施設、湖・・・とにかく走り回ってれば楽しめる施設。ガキどものお気に入りです。
※ 3-”ゴリラの鼻くそゲーム”何を聞かれてもゴリラの鼻くそと答えなくてはイケナイ超くだらないゲーム。今日の朝は何を食べたの…ゴリラの鼻くそ!!。誕生日プレゼントは何が欲しいの・・・・ゴリラの鼻くそ!!(子供はひたすらに笑いこけている。)
※ 4-天野惠さん。沼津のブルーウオーターという相当にカッコいいカフェ&セレクトショップのオーナー婦人。波田の飲み友達。

恐怖の朝…人生こんなこともある。

(波田は恐ろしくサーフィンが下手である。しかし今回はせめて、人並み程度に上達したいという、ささやかな目標の為にサーファー大和田剛氏のツアーに参加。毎日、サーフィンの生活で、海とホテルの往復でテロの危機感はゼロ。ド下手から並みの下手に昇格した。) 10月21日、バリ島サーフィン合宿の最終日の7日目。7時半に起きて出発。今日はエアポートというポイントに入った。海岸から渡し舟で乗せていってもらい約10分、陸がかすかになる距離にサーフィンを楽しむポイント。大海のど真ん中にイキナリ思いっきりデカイ波が立っている。9時に上地(※1)と僕が船から下ろしてもらい大海にすてられ、大和田剛(※2)と大塚健司(※3)他の人はライテンダーという更に遠いポイントに向かって2時間後の11時にピックアップしてもらう約束をした。相当に波は大きくてビビッタが頑張ろうと努力した。結構、恐怖だったのだが一本乗れた。気分は壮快だ。他に20数人の上級者ばかりが入っていたので少々肩身が狭い。でも日本でサーフィンするみたいにピリピリしていなくて、特に地元サーファーは親切だ。上地が入水後30分でW級(背丈の倍位)の波から落ちてサーフボードが真っ二つに割れてしまい、そのまま漂流していった。絶対に折れた板では戻れない。あ~~どこへいっちまうんだろう!?。そのうち、だんだんと他の上級サーファーが迎えの船がやってきて帰っていき結局最後に若いニホンジンと僕になった。そいつは結構、良い奴で不安な僕を元気付けてくれた。しかし、彼にも迎えが来て最後には独りぼっちになってしまった。物凄い不安状態でまいった。だってポイントが何処にあるかわからない。まわり見渡す限り海だけ!。コレ以上の恐怖はなかった。11時に迎えにくる大和田剛(ゴーワダさん)は来なかった。初心者の気弱い僕をインド洋のど真中に置いて来ないのだ。海上で一人・・・・・・仕方ないので大声で歌って見たり”ゴーのバッキャロ~~~!”と叫んだ。その後、幸運なことに漂流している黄色い目立つ僕のボードを見つけてバリ人漁師のカトちゃんが助けてくれた。”お~~い、そんなとこで淋しくないか~い?だってさ。淋しいに決まってるだろう!!。そしてカトちゃんが拾ってくれたおかげで助かった!!。戻ったら先に漂流して助けられていた沖縄人・上地のサーフボードは見事に真っ二つ!!。その後、みんなが帰ってきて盛り上がった。本当に無事に、よく帰って来られたと思うと笑えた。鰆(さわら)を買って近所の花さん(※4)がやっている海鮮中華料理屋に届けて夕飯に使ってもらう企画だ。大塚健司は夕飯の為に三枚に素晴らしい手さばきでおろした。花さんは大和田剛が大好きでオマケにランチを御馳走してくれた。バリ人は素晴らしい人だ。大和田剛の顔の広さに感動してしまう。午後はボードを修理に出して、その間に近所の生地屋街をウロウロしてサンダル、面白い靴などを購入した。上地とシゲ君の3人で楽しい時間だった。その後、帰ってパッキングして晩飯に出かけた。7時に先程の花さんの中華料理店で食った。本当に美味しくて楽しい時間だった。店員とマジックで盛り上がりをした。3時間の宴で暴力的な量の老酒(ラオチュー)を飲んだ。そして飛行機に搭乗するギリギリの時間にヘベレケでチェックインした。桜子、元太朗、宗一郎(我子)のお土産が見つからないで困ったが間に合わせを購入。テロの影響でビジネスクラスは3人、エコノミーは30人位しか乗っていなかった。乗ってリグライニングも倒さずに爆睡してしまった。夜11時過ぎのフライトで到着するまでまで一切なにも記憶になく着陸したら成田だった。(朝8時)そのままニコタマの高島屋裏の定食屋に向い11時の開店を待った。まだ昨晩の老酒が残っている朝だった。考えて見たら赤道を越えて泥酔、二日酔いしたのは初体験だった。

※1:沖縄人上地は軽い。軽すぎる。バリ出発の1週間前に波田はお仕事で沖縄に行き、そのとき気軽に冗談97%で1週間後のバリに誘ったら本当に来た!!。Aмでも成功しているがカフェとゼンザイ屋も経営している実に明るく明るく明るい奴。マジでイイ奴度100%。
※2:大和田剛、バリニーズはミステルゴー(ミスターゴーは何故かこうなる。)と呼ぶ。バリ中の人間を知っているかと思うほど顔がひろい。バリ情報もハンパなし。人望の厚さもハンパじゃない。東京の豪華マンションに住むが多分近所の人は不思議に思う大人。もとファッションモデル、俳優にして一児の父、サーフィン上級者。年に2~3ヶ月は海外でサーフィン三昧。
※3:大塚健司、べーリ~~ナイスガイ。元フレンチシェフの彼の料理センスは抜群。”啓次郎の勝手でしょ”の特別顧問。カッコ良くて少々、しわがれた声が渋く女の子にはオオモテ!!。波田と同じでいつもナニ食うか考えてる。
※4:花さん。勿論インドネシア人(というかチャイニーズも入っているかな?。どうでもいいが・・)名前が花さんでなく、誰が見てもクレイジーキャッツの花ハジメにそっくりだから勝手に呼んでいる。超ウマイ中華料理店を経営。酔いすぎて名前は控えていない。

夏の終り・・・・でもまだ続く。

《昨日から下田にサーフィンしに来ている。宿泊はキャンピングカー。夏も後半になると朝夕は涼しく車中も快適、しかし昨晩はパラダイスカフェで飲み巻くって不快少々》

8月27日、昨晩は前半はしっかり寝られて後半は少々熱くてというか昨晩のバーボンの飲み過ぎか・・・・・・・しかし総合的には壮快な朝だ。海岸で迎える朝なんて贅沢な事だ。朝5時半に起きてサーフィンを楽しんだ。ものすごい気持良い波に乗れて楽しかった。そして8時過ぎにエネルギーも切れて一度上がり朝飯のパンにキューピーのマヨベーコンを塗ってレタスを山盛りはさんで食おうと思ったら前歯がイキナリ折れた。あせった。しかし先ほどのサーフィンがご機嫌で差し引きしても、まだ楽しい。朝食のあとノンビリとして、午前中にもう1度入ろうと思いビーチを歩いていたら十数年ぶりに友人のマイク淺川(※1)に会ったのだ。偶然すぎてビックリ仰天した。凄い偶然すぎるではないか!!。盛り上った。元気な再会がウレシイ。そして一緒に海に入ってサーフィンを楽しみながら色々の共通の友人の近況報告を聞いた。しかし歯が無いと辛い・・。ヒトに正面から顔が見せられない。昼は海の家”なぎさ”でラーメン炒飯を食った。そしてマイク御一行は他のビーチに移動していった。午後も菊地、岩渕と3人でノンビリとサーフィンしたりとビーチライフを楽しんだ。ここ、伊豆の多田戸浜は日本とは思えない環境で本当に和む。海の青さ透明さ、そして白い砂のビーチは最高だ。天気予報を聞いたらどうも夕方から雨の予報。仕方なくいつも宿泊しているホテル・ジャパンを予約して移動してチェックイン。その後、ついでに以前から捜していたオートバイ、ホンダスーパーカブC100(※2)を民宿のオヤジから 譲りうけたのでピックアップしにいった。ものすごいデザインが可愛くてウレシイ。ちゃんとレストアして乗るのが楽しみだ。その後、温泉で汗を流して夕飯時間になったので愛する下田市街にある”ごろさや”(※3)で大満足の刺身と料理、そして酒を楽しんだ。岩渕の友人の美容師とイデーカフェの店員も参加で面白い夜だった。ホテルに帰って布団に突入して寝たのは9時半(記憶は無い)で充実の夏の終りの一日だった。明日の朝が楽しみだ。
※1 マイク淺川・・波田の高校生くらいからの先輩だが、全ての遊び、人生に精通する男。多分48才かなあ・・、アメリカ生活も長くとにかく洒落モノ。
※2 昭和34年製でホンダが世界戦略に出る為のバイク、よく郵便屋とか蕎麦屋が使っているモデルのクラッシック。
※3 下田の”ごろさや”は素晴らしい居酒屋。刺身の船盛り3000円なんて他店なら一万円取るかもと言うぐらいの高品質。”波田啓次郎の勝手でしょ”のバックナンバー参照してください。

波田の一世一大の珍事

EDCで地中海クルーズの前旅行でチェコ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグを訪問。メンツは外川夫妻、清水君。完全チン道中。 7月9日(旅の二日目)朝起きたのは7時過ぎ、昨晩にチェコのプラハに到着してホテル・ヤルタにチエックインした。昨晩は時差に悩ませる事もなく熟睡ができて本当に良かった。そのまま地図とカメラを片手にウォーキング&ジョキングに出た。ブルタブァ川まで行ってレストランチェックをしながら川沿いを走った。本当に川沿いの公園もカンジが良いしカレル橋もムードがある。3~400年、完全に時が止まっている。そうしたら、なんだかモノモノしい空気の人間達がいる。朝っぱらから15人位の集団がスーツを着込んで、いったい川原で何をしているのだろうか。全員、やたらに緊張した空気だ。丁度階段で出くわしたのはナント、日本国の象徴!!。天皇皇后両陛下ではないか!!。驚きを越えていた。しかし絶対に近づける空気は無くて、そのチャンスを伺ったが、どうも難しい。すきを見て天皇陛下に手を振って”日本国民です~~!!。”と叫んだら手を振ってくれたので近づいて握手をしてもらった。お仕事ですかと皇后様から聞かれて、なんと緊張のあまりジョギングしていますと意味不明の回答。しかし貴重な体験をしたのだ。(後で聞いたが絶対に日本国内、また公務中でもありえない事らしい。死んだバアチャンも驚く事だろう。)その後、領事館前など物々しい空気の中を過ぎてまたウォーキング&ジョキングを続行した。公園の中の可愛いレストランを発見。オストロフという名前のイタリアンでイイカンジだ。旧市外、城方面を通って1時間半もジョギングした。ホテルでお出かけ準備をして、今回同行している旅の友、外川夫妻、清水君と朝食を食ったが美味しいのに驚いた。大体、ヨーロッパのホテルの朝食は豪華とは言いがたいのだ。(そして東欧・・東側で物資が不足…何年前の話ししてるんダァ・・)9時にロビーで観光ガイドのチェコ人と日本人のハーフのガイドと会って、説明を受けて地下鉄、路面電車を使って昔のプラハ城、王宮を訪ねた。行く道にチェコの歴史などを聞けて面白かった。ビロード革命などの無血革命に誇りをもっている。教会など物凄い建築物だった。ロマネスク、ゴジック、ルネッサンス、バロックと説明を聞いたが簡単には理解できなかった。黄金通り、庭園をおりて旧市街からカルロス橋を渡って午前の観光は解散した。昼は川沿いのレストランでした。ものすごく雰囲気が良くて調子にのってビールを2杯も飲んだのが運の尽きだった。(チェコは世界一のビール消費国、アルコール度数が強い1)おかげで午後はダルくて、また信じられない猛暑でクタクタになってホテルに避難。充電してホテル近くの博物館を散策したがひたすらにソファーを探した。マックでお茶してブラブラ。またホテルに帰って避難。充電をして、再度、集合して夕飯に出発した。テスコというデパートに行ったがあまり欲しいモノは見つからなかった。レストランには8時半に到着した。相当にまともな店で雰囲気もヨロシイ。オトロフは川沿いの公園の立っている今日の朝に見つけたレストランで幸せだった。全てに美味しかった。11時近くにタクシーでホテルに帰った。しかし今日は物凄い道のりを歩いたなあ。完全に本日のエネルギーは使い切ったが充実のプラハだった。就寝。明日はお楽しみのアムステルダムだ。