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8月中旬にムシムシの東京をエスケープして北海道に乱入

8月中旬にムシムシの東京をエスケープして北海道に乱入。旭川で旭山動物園見学!!ミーティングしてから沢山の友達(40人!)が参加してくれて白滝村で乗馬、キャンプとバーベキュー、暴飲暴食大会。翌日は釧路湿原をカヤックで川下り、最後には帯広でミーティングして悲願のジンギスカン”有楽町”を制覇・・・とにかく企画沢山の史上最強に楽しいツアーでした。イリモト、ヒロム、マンブーノブ、ナオ、ケイノリ・・・・・とにかく皆、本当にありがとう。我が家の少年1号、2号も大喜びなツアーでした。

8月中旬にムシムシの東京をエスケープして北海道に乱入8月中旬にムシムシの東京をエスケープして北海道に乱入

8月中旬にムシムシの東京をエスケープして北海道に乱入

8月中旬にムシムシの東京をエスケープして北海道に乱入

男と男の約束・・・

ボクは普段は家族と一緒に生活をしていない。わかりやすい言葉で言えば”単身赴任”というヤツだ。ただ世間で言うところの悲壮感漂うそれとは違うけど・・・思春期の少年二人とのコミュニケーションをどのように取るかは、かなり大切な問題だ。 ある時から少年二人と約束をした。携帯電話を持たせる代わりに、毎週日曜日に前の週に何があったかをメールで報告するという約束だ。これ、なかなか面白くて、毎週読むのが楽しみだし、長男と次男でも随分と違う文体で書いて来るのだ。しかし悲しいかな、少年達は、そんな約束も時々、遂行出来ずにボクからペナルティーを課せられる。二回、三回と重なると携帯電話の一週間取り上げなど・・・しかし、中学二年生の次男坊は随分とナメた態度で数週間も催促なしに忘れるという快挙。 最初は漫画本を全て破棄の刑、そしてゲームカードも破棄の刑に罰せられたが、ついに・・・ウザい父親がキレて重罪を課したのだ。 息子には三つの罰から選ばせた! ①坊主 ②全てのゲームとカードを破棄 ③沼津から下田まで歩く! だったのだが、まさかの冒険を選んだ。(笑) 結局、彼は予測を反して、ボクが下田に居る時に沼津から下田までを歩いて来るという罰を受けた・・・その距離70キロ、そしてアップダウン激しい天城峠!! 当日は母親に送り出されて5時半に出発。二時間置きに何処にいるかをメールさせて、下田で位置確認をしていたが、スピードが想像以上に遅いのだ。どんな心境で歩いているのかはわからないが、あまりワクワクはしていない事だろう。だいたいの地名と位置はわかるから地図上で追いかけても、思いのほか苦労をしていると思える。それかダラダラと歩いているのか・・・これが罪として適しているか、否かは賛否両論あるであろうが、ボクは素晴らしい体験だと思うのだ。 実は今をさかのぼる約35年前はボクが中学生の時であったが、ある事でオヤジを怒らせることになってしまい、オヤジから課せられた罰が”東京から鎌倉まで歩く!”という試練だった。歩いている間は少しも面白くないし、別に国道一号線から鎌倉街道だったかを歩く訳で、風光明媚なんて全くの無縁・・・そして歩く事、約7時間で鎌倉の鶴岡八幡宮に到着をしたのだ。その経験・・・今でも懐かしく思う位だから、良い経験になったのだ。 そしてその距離は約60キロなのだが、自分の中の距離計算の基準になっている。(60キロが、それが遠いのか、近いのか、歩ける距離なのか否かを知れるのは良い事だ。)ウチの次男坊君は小学校の頃から健脚だった。学校の5、6年生の行事で箱根ウォークというイベントがあるのだが、低学年の時から兄貴について参加して小田原から三島までの箱根旧道の山道約40キロを、簡単に歩き切っていた位だから、多分、体力的には大丈夫であろうと推測はしていた。しかし想像以上に天城峠は厳しかった様で、殆ど一日中、朝から晩まで歩いていたのだが、高低差の激しい天城峠の上までのぼり、頂上を超えて随分と下り、最後の激しいいポイントにループ橋という高低差がありすぎて直線のルートが作れずクルクル回るループ状の橋を下るという、ものすごい橋が河津という場所にあり、その車道を歩いている時にほぼ夕暮れとなり(それでも下田まで残りは約10キロ)通行中の農家のオジさんに声をかけられて駅まで乗せてもらい電車で下田までやってきてボクにひろわれるという展開になった。 最後まで歩いて来れなかったのは本人も残念だったようだが、それでも天城峠を自力で超えたのは事実だし、それはそれはいい経験になった。 下田から沼津、東京への帰り道、二人でボクの車に乗って、その道中の話を聞きながら、この道を歩いたのかぁ・・・なんて考えると、800メートルの真っ暗なトンネルは、さぞや恐かっただろうし、普段はナンの気も無しに歩く道の高低差を歩行者レベルで考えると、どれほど厳しい試練だったか想像すると、すごい罰をかぶせた気もするが・・・でも生涯、約束を破ると大変な事になる。自分は険しい天城峠を徒歩で超えた、60キロの距離感・・・多分、ずいぶんと大人になったのではないであろうか。 という罰を与えたボクがドキドキした一日だった。 少年はすこしずつ、大人になっていく。

日本を知る”箱根ウォーク、35キロ”という行事。

4月29日(祭日) 今日は次男、宗一郎クンの小学校の年一度の学校行事で”箱根ウォ―ク”というイベントに参加した。 これは小田原から箱根の東海道の旧道の山道を抜けて芦ノ湖をかすめ、三島まで、全行程35キロを歩いて行くという企画で、彼の通う小学校の恒例行事なのだ。 波田は4回目の参加だと記憶する。  今年は本来、4月25日(土曜日)の予定であったが、幸いにも雨で延期となってホッとしていた。 というのも5月23日にネパールのトレッキング・ツアーから帰って来たばかりだったからだ。 まだ13万歩の走破した後の筋肉痛から解放されていないのに、それにかぶさる様に筋肉痛が重なるなんて・・・・まぁ雨天延期を誰よりも喜んでいたのは波田であろう。本当に良かった!! このイベントは過酷な企画なのだ。 沼津駅で朝の5時に集合して、JRで移動すること約40分。三島から熱海などを通過して小田原に到着。 初めての時は、何かの間違いかと思う程に遠く感じたが、何の間違いでもなかった。 そして小田原の駅前を6時に出発してひたすら旧道を歩き、とにかく歩く・・・・・小田原から箱根湯本あたりまでは一般道の裏道のような通りで、まだまだ平和。 箱根湯本を左折して箱根の山を上がり始めるとだんだんと林道のような細い、そして長い階段を登ることになる。 登って下りて、また登る、そして登って、またまた登り、またまた登って、時々下ってまた登る、最後にはずっと下る・・・それぞれ自分のペースで歩けばいいのだが、そうはいかないのが子供の世界。 毎回、先頭集団に入ってマイペースなんてありゃしない。 結構なスピードで進むのだ。 回りのお父さんと会話はするが、どうもなかなかテンポは良くない。 どうしても、今の状況が辛いのか、ネガティブな会話になる傾向になる。 景色は素晴らしく、新緑が色濃くてマイナスイオンが出まくっているので幸せだ。 しかし、だが遠い。 そんなに辛いのならば、参加しなければ良いとも思うが、本当は結構、楽しいのだ。 子供とのたわいもない会話が楽しいし、子供の友達とも話すのは面白い。 最近の子供界のトレンドを探れる最高のチャンスなのだ。 結局、今年は8時間弱で走破。 いや走ってないから歩破!! 35キロは決して近くはなかったが、歩く途中は様々な事を考える。 昔の人々にはJRもなかったし、アスファルトの道もなかった。 箱根の旧道を、徳川家康も織田信長も豊臣秀吉も、坂本竜馬も皆、この道を歩いたのだ。(一部は籠(かご)だね。歩いてはいないと思う。または馬かぁ・・・ラクしてんだなぁ。偉い人々は・・・) まぁ、とにかく多くの人は歩いていたのですよ。 同じ景色、同じ道、同じ階段を・・・なんて考えると楽しい時間です。 本当に今月は良く歩いたなぁ! 歩くってとても原始的で、楽しい時間です!!

卒業・・・・早い。あっという間だった!

3月10日(木曜日)朝は砧公園を一時間ウォーキング&ジョギングをして発汗。まだ寒いのでドッとは汗は出ないが気分が良い。その後、朝食を軽く食い準備してから長女・桜子の中学の卒業式に出席するために沼津に向かった。初めてのメルセデスベンツ380SL(1986年式)でのドライブだったが素晴らしい走りっぷりで大満足。沼津の家に到着して少々、和んでから妻ヒデコさんと近所の素晴らしき蕎麦屋”ふくでん”でメシ。昼から少々ビール飲んでしまってご満悦だ。どうして昼のビールはこんなに美味いのだろうか! その後、1時から卒業式。それは、まったくお決まりなスケジュールだった。定番の卒業証書授与、歌、校長先生の祝辞・・・しかしその後の教室で行われた最後の会に出席して感動した。先生がパソコンを使いプロジェクターで一年の想い出をアルバムにして音楽も編集して流した。スピッツの選曲が実に中学生の最後にマッチしていた。先生が生徒一人一人を呼んで書類を渡しながらい一言を添えていた。先生と生徒の信頼感、距離感が抜群で、また生徒同士、特に男女がものすごく仲良く楽しい日々と聞いていたが垣間見れて良かった。生徒が自主的に先生への感謝の祝辞を述べていたが先生が大好きで信頼して中学生生活を楽しんでいるんだなぁと痛感した。そんな素晴らしい学校に通って素晴らしい友人が出来て最高の青春を送っているんだなぁ。青春なのだよ! 娘の幸せを見れるのは親として幸せなのだ。しかし回りを見渡したらお父さんは殆んどいないじゃない。こんな大切なシーンを見なくちゃ親として淋しすぎるぞ。そしてボクは先に家に帰って来た。学校から少年二人も帰ってきていた。

卒業・・・・早い。あっという間だった!

そのまま学校から桜子は塾に行ったらしい。勉強なんか大嫌いなのに塾にはしっかり通っている。というのも塾には素敵な先輩がいるらしい。まぁ我が家の娘が自主的にすることなんてそんなヨコシマな心が入っているんだなぁ。一度しかない青春を思いっきり楽しむのが正解でしょ。ということでボクは沼津の紀伊国屋(?)と呼ぶ高級スーパー・アオキで買い物をして夕飯の準備開始! お気に入り白ワインをシゥポン! お祝いだもんねぇ。昨日、久米島のアカさんが送ってくれた活車海老を美味しく食べた。生でそのまま、老酒で酔っ払い海老、焼いて、蒸して食いまくり楽しんだ。相当に飲んで幸せだった。今晩はなんだか、とりあえず三人の子供の一人が義務教育が終わったというので感無量なのだ。つい先日まで一緒にお風呂に入ったり肩車をしたりして、まだまだ子供だと思っていた娘がねぇ・・・・もう大人だよ。本当にあっという間だった。でもこのあっという間を感じて過ごせて良かったと思う。幸せになぅてちょうだい。卒業おめでとう!!。 素敵な人生を!!母さんご苦労さん。
※写真はまだオレの言うことを聞く少年二人。風呂から出てベランダで”兄弟裸ダンス”をご披露。まだまだ子供だぁ。

ああぁ入学式!。親はいるけど子は育つ。オレも成長しなくちゃ!。

4月6日、火曜日、本日はお日柄もヨロシク・・晴天、今日は次男・宗一郎の入学式だ。妻は和装をするとかで早々に美容院に出かけていった。自分で着ることが出来れば良いのだろうが、世間には着付けという職業があるように自分では着る事が出来ないヒトが多数なんだろう。従って和装が衰退するのも当然な事だろうなあ。(朝からブツブツ・・) そして元太朗、宗一郎、桜子と朝食をして9時に子供を送り方々、学校に行った。6年生の少年、少女が校庭でプラカードを掲げて新入生の宗一郎を迎えに来てくれていたのが感動だった。担当制になっているらしく低学年を面倒見るのが風習になっているんだなあ。ランドセルを背負う事が出来るのか心配な程の小さな一年生を見ていると感無量だねえ。皆に素晴らしい小学生生活を楽しんでもらいたい。式典は早めに終り、クラスで父兄が集まった。そんな時に明日からの学校のレクチャーよりもどんな父兄がいるのかが職業的に気になって、想像を膨らませているのだ。ウフフ・・その後、ボクは東京へ戻る。自宅でランチしてからポルシェ・ジャパンの福ちゃんにショールームまでトリプルーXを納品に行った。愛用しはじめてから大変に調子がヨロシイようで何よりだなぁ。そして恒例の試乗しまくり大会をした。最近、車買い替え病が発病して、何か買い換えたいと切望しているのにナンだか燃える車が無いのだ。この数ヶ月で興味を湧かせようと10数台の試乗をしているが”コレだぁ!”という感動が無い。ポルシェもカイエン、911、ボクスター、マニュアルにティップ・・・乗っては見たが今年のポルシェは燃えないなあ。来期に期待しよう。夕方に大工・ハマーがウチ来てくれて下田《オキラクハウス》のブロック塀の工事の指導をしてもらった。しかしブロック塀の工事ってシロウトがすることなのかなあ!?。(楽しみます!)夕飯は自宅で和定食、最近何故だか体重増加があり気分はダイエットしなくてはと焦る。テレビで”プロジェクトエックス”を見てから、電話大会。長く東京を空けていたので電話を色々とかけまくりコミュニケーションしまくった。昔の友人と何人か話したが厳しい状況のヒトが多い。こんなご時世に管理される事も無く将来の不安も無しなんて本当にAMを選んで良かったゾォ。自分が良ければヨロシイというもんじゃ無いので、明日からまた頑張っちゃおう。頑張ると刺激的な出会い、面白い出会いが出てくるのがAMの幸せだ。ウキウキ~~~。

今日は “ノバ”な日!。

1月18日、日曜日。朝起きて頭がグルグルするなかで長男・元太朗の同級生のウイリアム家と富士・裾野の”富士子供の国”に出かけた。(ウイリアム家はアメリカ人で父さん、母さんとは会話はエイゴ!。結構汗だくな1日となった。そしてミセスサンディーは次男・宗一郎の幼稚園の担任でもある。)さて静岡県が作った”富士子供の国”は広大なスペースの公園なのだが子供も大人も自然相手に楽しめる施設がいっぱいで物凄い楽しめる施設だ。こんな施設を作って静岡県は財政赤字になっていったんだと痛感する利用率の低さでいつもガラガラなのが利用者には嬉しい。途中のコンビニでお弁当を購入して向った。富士の裾野の山の上にあるのでだんだんと雪が残っていて冬景色だった。子供の国の近所は特にモノスゴイ濃霧と残雪で驚いた。普段は閑散としているのに今日は結構な人出だった。ボケボケしていたら駐車場から門までの間で興奮していて三万円入った財布を落としのだが、素晴らしい人が届けておいてくれた。ウイリアム夫妻はお金が入った財布が何も無く届けられているという事実に日本の素晴らしさを感じると感激していた。そんなイイヒトがココには遊びに来るのだ。雪合戦をしながら歩いて”雪の国”まで行った。ソリをレンタルして遊んだが普通にお尻ですべるのには飽きて立ってスノボーみたいに真似をしたが危険で面白かったが最初はそんなことする奴はいないのでキミョウーに見えたのだろうが一時間後は真似するソリボーダーが数十人に増えていておかしかった。ミスタージョーさんはなかなか子供好きで我子とも遊んでくれて楽しんでいる。そして相変らずミセスサンディーはフレンドリーだった。みんなメシも食わないで遊んでいた。その後、別のエリアで”水あめ作製”をさせてくれた。ボランティアーの人々は真剣に楽しみながら子供に遊びを教えてる。ここは自然の中で遊びながら大切な事が得られる素晴らしい場所だ。

今日は "ノバ"な日!。

夕方になって帰路につく途中でゲートの近くで歌を歌うボランティアの女の子がいてとてもキレイな歌声に感動したなあ。帰りがけ裾野を上がった露天風呂のある日帰り温泉に寄って雪を見ながら入浴をして和んだ。ミスタージョー氏も喜んでいたので良かった。日米交流に一役かったなんて大袈裟ではないが日本的文化をガイジンに喜ばれると嬉しいもんだ。裾野から沼津に帰宅。平和な家族的夕飯でベロベロに泥酔して和んだ。サザエさんを見ながら迎える日曜日の夕飯に平和を感じてしまうのはA型だからであろうか。部活で忙しかった娘の桜子にお土産にアイスボックスに雪を入れて持って帰ってきたら相当に喜んでいた。中学生はまだまだ子供なんだなあ・・・。 子供の国のなかに掲げてあった”遊び”の注意書きが面白かった!。

“少年の目に写るのは・・・・・”

7月20日、日曜日。朝起きてウォーキング&ジョキングを沼津御用邸記念公園方面に向った。このコースは鹿野川沿いでなかなか情緒があってヨロシイ。1時間の発汗。その後、10時までに出発準備して元太郎(長男、10才)と共に沼津の家から東京に向った。今日は石井キンスケEX主催のミーティングのゲストで渋谷AM本社のオーディトリアムでラリーがあるのでせっかくの元太朗の夏休み中ということで同伴をしたのだ。行きは久々にお気に入りのレンジローバーで行った。しかし今日で最後のロングドライブ。8年近く愛して乗っていたが菊地クンに見せて売却なのだ。別れは辛い・・・。昼頃に東京の家に到着して着替えて歩いてニコタマに向った。元太朗のリクエストでニコタマの商店街裏道の”ソババリュー”で食事。そばに卵とバターという不思議な味だったがそのキミョウさが以外に美味い・・・。そして電車で渋谷に向った。時間に余裕があったので渋谷東急ハンズで最上階からゆっくりと見て下りた。結構、面白いものが発見できた。外人が初めて観光旅行でトウキョウに来てこの東急ハンズを見たら何より感動するだろうなぁ。その後3時半にはアムウェイ本社に参上してイシキンミーティングに参加。畠山よし子ダブルがマーケをしていた。元太朗にショールームやらレコグニションの写真やらを見せてから楽屋で待機させて石井キンスケ夫妻にご挨拶と世間話、その後、ボクは約40分のスピーチをした。会場は500人以上の人が入っていただろうか。内容はどうしても下田≪オキラクハウス≫になってしまう。だって本当に夢の実現なんだから語りたいよなあ・・。(しかし緊張もなく気分良く人前でしゃべれるなんて凄いことだ。誰も信じないが、AMを始める前はこんな事想像できなかった。話し方教室に真剣に行こうかと思う程に上り性だったつたなんて誰も信じない・・。慣れとはすごい事だ。)ラリーの終了後はお食事会で六本木の中華・香妃園に行く事になってたらしいが、無理やり渋谷の台湾料理の麗郷に変更してもらった。なんと勝手なゲストであろうか。(考えたら香妃園を紹介したのもオレだった!)イシキンは快く変更受諾。しかし”麗卿”は素晴らしい。(波田啓次郎の勝手でしょ。バックナンバー参照。)ものすごく美味しい店だが小人数だと、やはり中華系で多品目が食べられなくて悲しいので今回みたいな大人数ならば美味いメシになるのは間違いない。皆で乱入したら参加者からは相当に喜ばれた。(ような気がする。)たしかに美味しかったし・・!!。その後、驫木氏に新横浜まで送ってもらって新幹線で三島経由で沼津に帰った。今日は元太朗と過せて楽しかった。父がラリーでスピーチする姿は10才の目にどのように写ったのだろうか。本社のレコグニションの写真は・・・父の生業であるアムウェイの会社は・・・しかし麗郷で老酒を飲みすぎたのかなあ・・。新幹線で寝たら最後と思いとても辛くキツイ時間だった。夏の初めのワクワク感イッパイの素晴らしい1日だった。 もうすぐ夏の28連休が始まる・・。

子供と遊んでんだか遊ばれてんだか・・・・ある平日。

10月28日(月曜日)平日だが子供が昨日はバザーで登校したために学校が代休なので朝からお休みモード。それに付き合い波田もお休み。朝一で狩野川沿いを1時間ジョギング。沼津の家の近所には4コースの6~7キロ(1時間コース)のコースを決めていて最近気に入っているコースだ。最近は根性鍛えなおす為に元太朗と走る。(※1)その後、朝食を終らせた頃に元太朗が休みなので親友のスバル、トモハル、イッピ、シュウヘイが家に来て全員を連れて富士・子供の国(※2)に出かけた。普通のお父さんはこれしきのことで会社を休むわけはないので、時間的余裕のボクが子供を連れてピクニックに連れて行く事になったのだ。お弁当だけ持参して昼前に到着。車中は異常な盛り上がりで”ゴリラの鼻くそゲーム”に興じていた。(※3)。子供の国は、もう結構涼しくて寒かったが流石に子供は風の子で走り回っていたので寒さなんてものともしていなかった。園内の電車に乗って草原の国やら水の国を廻った。水の国ではカヌーに乗って小さな湖を廻った。少年たちは皆、ハイテンションで楽しんでいた。巨大なハンモックみたいなジャングルジムではダンゴのように折り重なり盛り上がっていた。最後に駐車場でサッカーをして遊んだ。流石に静岡県のガキはサッカーが上手な気がする。帰りも山道で危険な運転で盛り上がり(極秘事項)沼津に戻ってきた。そして子供達は波田家に泊ることになっていてそのまま盛り上がり最近はまっているゲーム・モノポリーに興じた。夕飯は天野惠さん(※4)も来て大人子供が入り混じり盛り上がった。大人は当然に飲んだが、まあ平日からよく飲む集いでまたまた恐ろしい量のワインを消費。とても楽しい休日となった。さて、明日からはお仕事モードで頑張ろう。(なんだかこの日記、いつもオレ遊んでるなあ・・・。)
※ 1-元太郎、私の子息、長男です。器用でモノ作りが得意。オモロイ奴です。
※ 2-富士・子供の国、静岡県はこうして財政赤字になったのかと思う素晴らしい施設。広大な富士の裾野に水の国、草原の国、遊びの施設、湖・・・とにかく走り回ってれば楽しめる施設。ガキどものお気に入りです。
※ 3-”ゴリラの鼻くそゲーム”何を聞かれてもゴリラの鼻くそと答えなくてはイケナイ超くだらないゲーム。今日の朝は何を食べたの…ゴリラの鼻くそ!!。誕生日プレゼントは何が欲しいの・・・・ゴリラの鼻くそ!!(子供はひたすらに笑いこけている。)
※ 4-天野惠さん。沼津のブルーウオーターという相当にカッコいいカフェ&セレクトショップのオーナー婦人。波田の飲み友達。