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10月20日、季節ハズレの強力な台風23号が東京を襲った

10月20日、季節ハズレの強力な台風23号が東京を襲った。しかしその日は目黒オフィスでミーティング。結構沢山の人が来てくれて盛りあがったのは良いけれど、なにせ地下にあるオフィスなので冗談でミーティングにハロートークで床下浸水の話しをしていたら本当に雨水がどんどん浸水してきて生まれて始めて本当に床下浸水を体験。そして深夜までミンナが手伝ってくれて荷物の避難と水をくみ出す作業を手伝ってくれたのです。本当にみんなアリガトウ。感謝してます。

10月20日、季節ハズレの強力な台風23号が東京を襲った

9月23日に行われた格闘家・福井エメラルド達成ラリーのアフターパーティー

9月23日に行われた格闘家・福井エメラルド達成ラリーのアフターパーティー の集合写真。カラテの模範演技、強力バット割り、瓦割り、空中回しゲ リ・・・・何がナンだかわかない楽しい恐ろしい可笑しいパーティーでした。痛 みがないのが幸いだった。  浦安東急ホテルにて。

9月23日に行われた格闘家・福井エメラルド達成ラリーのアフターパーティー

未知の国ブルネイへ・・・・・

ダイヤモンドフォーラムはブルネイ王国と発表されたのは前回の開催地であったニューヨークの最後のフェアウェルパーティーの席上だった。通常、こうやって次回の旅行が公表されると、その後の数日間は、どこを回ってその地に入ろうかとか思いを馳せるのだ。ちなみに、その回のニューヨークの時は以前から行ってみたかった、南米はブラジルのリオデジャネイロとサンパウロを訪れて、数日を過ごしてからニューヨーク入りをした。 それはそれは、楽しい経験が出来た。リオデジャネイロ・・・憧れはあるけれどわざわざ行くには遠すぎる。ついでならばこの上なくし幸せだ。 そして今回のブルネイ・・・・いったいそれは何処なのだ・・・・・映像から想像するとイスラム教の国、そして石油産出国で相当にリッチ。世界に二つしかない7つ星ホテルであるザ・エンパイヤ ホテル&カントリークラブ があるっていう程度。あまりに情報も知識も無くて予定も立たなかった。・・・・・別に何処にも寄らないでただ、真っ直ぐに行って真っ直ぐに帰れば問題ないのだが、なんだかモッタイナイの一言なんですよ。そして地図と飛行機の運航表(日本から直行便はないので、香港、タイ、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを経由して行く必要がある・・・・・ということで以前から寄付を続けているタイのチェンマイのエイズの孤児の施設であるバンロムサイを訪ねようと準備をしていたら、なんと秋になった頃にロイヤルブルネイ航空にフライトをキャンセルされてしまった。航空会社なんて勝手なもんで、こっちがキャンセルしたらお金を取るクセに、あっちからは一方的通達となった。そしてタイ経由の日程的には断念。アンコールワット観光もチェンマイでの雑貨屋めぐりもフッ飛んだ。 もう今更、ストレートに近いルートでブルネイに入るルートから席を探すのは不可能ということで、インドネシアはバリ島を経由を模索したらバッチリ。バリで三日間すごして、直行でブルネイに入れるルートがあり、これはラクチンということで予約。ところが直前にまたまたロイヤル・ブルネイ航空はバリ~ブルネイの直行便をキャンセルしてきた。どうなってんの!!そんな適当な事で国際社会の信頼は獲得出来ないぞ!と叫んだところで、ブルネイの王様の耳には入らない。(ブルネイ航空は王様の所有物。)結局、8日の過激なスケジュールでの移動となった。(ロイヤル・ブルネイ航空の広報部の方、ちゃんと謝罪しないと永久に悪口を言いますよ! 謝罪はね・・・・ボクは甘いものはキライですから!!)
12月5日 午後15時50分のフライトで成田から直行便でバリのデンパサール空港に飛んだ。ファーストクラスの設定が無いフライトなのに機材はファーストのフルフラットを使っていてお得感イッパイ。(ビジネスクラスでファーストに乗れたと言う事。)

未知の国ブルネイへ・・・・・

読書しまくり、映画を見まくりな文化レベルの高い時間を楽しめた。深夜に到着して空港にはホテルの迎えが来てくれていて、そのままホテルにチェックインした。入室後4分で就寝。
12月6日 朝6時にホテルのロビーに集合して堀正樹Wと専属サーフィンガイドのマデ君に案内されてスミニャックから1時間半のバリアンというポイントにサーフィンに出かけた。とっても良い空気のビーチで幸せな時間を過ごせた。なにせ波はいいのに入ってる人数は10人弱ということで気分は最高だった。ただ波田自身が2ヶ月近くサーフィンから遠ざかっていたので体力的な限界が早かった。どうしても最後の最後でパワーが入らないのだ。ということで二時間半位だが楽しんで出た。なかなかタイミングがつかめなかったが、一本のロングライドが決まって気分は爽快!堀はまたまた”親のカタキ打ち”的に攻め込んでいる。堀も一時間後には出てきてシャワーを浴びてから移動した。 ランチは途中のクロボカンのサテカンミン屋(細めの焼き鳥を自家製味噌に漬け込んで味付ける。それを専門的にやっている。)にて食う。三人分で500円程度。(ビンタンビール大瓶二本を含む値段!安っ!!)これが超美味い。本当に美味い。ホームページに紹介しようと思い、住所を聞いたら『住所は無い!!』との事。電話も『無い!!』そんなアホなぁ・・ おまけに店名も無いとの事。・・・・その後、ホテルに帰ってマッタリしてから夕方の1ラウンドということで、今度はチャングービーチのポイントに来た。ここは以前に大和田剛が連れてきてくれた”サーフポイント世界十選”に選ばれていポイントで素敵。その日はチャングーにしては波が無かったらしいが、波田には充分なビッグウェイブだった。m(__)m 二時間半の間に、楽しめる三本の波に乗れてゴキゲンさんだった。入ってから一時間もしたころから地元の小学生は10数人が入ってきて、ものすごい勢いでサーフィンを始めたが、その、すごいレベルの高さでビックリした。(オレ、この先どれだけ頑張れば、こんなレベルになるのだろう。俺、負けてる・・・と見ていてネガティブが入ってきてしまった。) オッサンサーファーは小学生に迷惑をかけないように頑張るのだ。夕焼けをしっかり眺めて帰った。 夕飯は堀正樹と二人でワルン・イタリアという”簡単・バリ風イタリアン料理店”がオススメということで出かけた。そしてその料理は実に多彩で美味しかった。(ここは住所も電話もあるのでご紹介します。) ○紺CAは一緒にゴハンをする予定だったのに・・・・彼女としっぽり・・悪の虫が爆発してしまい来なかった。友情は大切なのになぁ・・・・
12月7日 朝6時にサーフガイドのマデが来てくれて、昨日は入ったチャングーに入った。人数も少なく幸せだったなぁ。昼はホテルのプールサイドでインドネシア料理を食べた。プールサイドの野郎二人は絵的に人迷惑な気がしたのはオレだけだろうか。午後はそのままプールサイドで日光浴&読書。 今回は本は10冊持参してきていて、すでに機内からで三冊を読破。 少し頭も良くなった気がする。(ちなみに読んだのは《頂点のサービス・リッツカールトンとペニンシュラ》《カンブリア宮殿/村上龍×経済人》《人間の関係/五木寛之》読み始めが《養老訓/養老孟司》) 夕方はお洒落なエリアである近所のスミニヤックを散歩して小さな店を見学。家賃が安いからか、様々な国のチャレンジャーが様々な店を出している。来るたびに発見があるのが若い町な証拠なのだろうなぁ。 夕飯は大和田剛と連絡を取って、クロボカンのワルンソバというインドネシア料理店で食事をした。増田C、細見W、橋本T夫妻、進藤ユメT、堀正樹W、大和田剛EX・・・要はバリ経由のブルネイ組みが集まった。終始アホ話とサーフィン話題で盛り上がった。解散して帰ろうと思ったら外はイキナリの豪雨。この熱帯地方の夕立が好きなんだ・・・
12月8日 朝、5時に起床して空港に向かう。冒頭で話したが、アホ・ブルネイ航空のドタキャンでジャカルタ経由に変更となり、そのうえジャカルタで5時間も潰さなくてはいけない羽目となった。結果、ブルネイには夕方の5時過ぎに到着。  空港の税関でオレンジ色の書類に持参してきた酒類を書き込んで申請。実はこの数年で最強の問題が降りかかってきたのだ。なんとブルネイは国をあげての”禁酒”の国。そんな国、あるのかと耳を疑った・・・・以前、行ったモルジブがやはり禁酒の国だが、なんとかなったのだが、ブルネイは一筋縄にはいかないようだ。申請書を出すと受け付けた係官は心なしか犯罪者をみるような、軽蔑の目で見るのだ。中学校の頃に本屋でエロ本を買おうとして店主に見られた目と似ていた。・・・飲酒がそんな悪い事には思えないが・・・・ 暴飲暴食がオレのライフワークなのになぁ。  ホテルまではタクシーで向かう。高畠秀ちゃん夫妻とジョー君と四人で楽しい車内。 エンパイアホテル&リゾートに足を踏み入れて驚いた!なんだぁこのロビーはぁ!なんだぁ!この部屋はぁ!!

未知の国ブルネイへ・・・・・

(豪華絢爛を超えている。黄金蛇口の黄金ベンキブラシだよ!m(__)m) チェックインしてその夜はディナー難民を恐れてあらかじめ日本で夕飯友達(メシダチと呼んでいる。)お願いしていた京都の外川EX御一行と合流してホテルの中のタイ料理に出かけた。そしてイキナリに持ち込みをした焼酎を飲んだ。トムヤンクンと芋焼酎の組み合わせはなかなか好きだ。終始、ここでもバカ話で終わった。そして、やたらにでっかいバスタブに入って和んで入浴。浴槽が大きすぎて滑って、あわや水死するところだった。酔っての入浴は危険だと学習・・・・就寝。
12月9日 《ブルネイ2日目》 今日はフリーチョイスアクティビティーの日。ということでウル・テンブロン国立公園日帰りツアーに参加。(他にはゴルフ、市内観光、エステとか色々準備されている。このコースは明らかに変態系だ。)ボルネオの荘厳な手付かずの原始熱帯雨林を体験することが出来るのだ。参加者は約20人。今回のダイヤモンドフォーラム参加者の殆んどは市内観光とかゴルフをチョイスしていた。我々はホテルを朝の7時半に出発してバスに30分、運河を高速のボートで40分、また小さなマイクロバスに乗り換えて20分、再度、唯一の交通手段の伝統的なロングボートで公園の入り口まで30分。衣服は結構なビショビショ状態。そしていよいよハイライトの1226段の階段を登るトレッキングになった。

未知の国ブルネイへ・・・・・

つり橋を渡り、階段を登って・・・・その道のりは決して楽ではなかった。約40分かかって頂上到着。そこにはアルミの工事現場の足場で作ったキャノピー(鉄塔)がある。その高さは推定30メートル。200段はある鉄塔をまたまた登りきると、ボルネオの密林からポッコリと展望台が出ていて、とんでもない景色を見ることが出来るんです。みんな、オタケビを上げて興奮していた。素晴らしい森林浴を楽しめました。 ランチは下山して皆でバーベキューを食べた。こんな発汗して気分は爽快なのに、ビールが飲めないって厳しいなぁ。また帰りは行きの逆で時間をかけて帰った。ホテルに戻ったのは夕方。 帰って一番先にやった事は、当然に部屋に配給されて冷やされていたビールをプシュッと飲み干した。二本目もプシュッ! ダメって言われると10倍に美味しい。なんて美味しいビールだろう。ちょっと感激。 夜はウエルカムパーティーがあった。本来はガーデンパーティーの予定だったが、夕方のスコールで出来なくなりプールサイドのレストランで行われた。日本全国のダイヤモンドが一同に会して楽しい時間になった。波田は『やぁやぁ!!』と皆さんに久しぶりのご挨拶。  その後、渡辺正人氏の提案でホテル内のボーリング場で”賭けボーリング”をした。(きっと酒がダメなんだから賭け事なんて絶対にダメなんだろうなぁ・・死刑かなぁ。) 波田は恐ろしく下手っぴなのだが、ハンディーを三十点いただき2ゲーム戦った結果、勝った。そうなのだ!!波田は賭け事になるとものスゴイ、パワーが出てくるのだ。と言う事で明日の夕飯はご馳走になることとなった。うふふぅ~~やたらに嬉しい!
12月10日 《ブルネイ3日目》 朝7時からジムで発汗した。外国のホテルのジムはやたらに外人がテンションが高くて好きだ。健康オタクっぽい人々、ビジネスマンが朝からトレーニングに精を出している。 帰ってゆっくりシャワーを浴びてホテル内を散歩。ビーチで砂を採取(これ、小さなボクの趣味なんです。モノケージローを見てください。)写真をたくさん撮ってブラブラして過ごした。 その後、市内観光のシャトルバスでお出かけ。街は・・・・・地味だ。食事は、やはり飲茶でしょ!! ということでローカルなホテルの中のレストランで食べた。何故か一味、足りないのは、やはり料理にもお酒を使わないからかナァ・・・その後、近所のブルネイで一番の繁華街を見たが何も買うものは無かった。ショッピングセンターの最上階に不思議なカフェが二軒あった。 一軒は”ブライダルカフェ”と書いてある。

未知の国ブルネイへ・・・・・

薄暗い中を覗くと周りにはウエディングドレスがかけてあり、真ん中では女の子達がお茶を飲んでいる・・・・・理解不能だ。その隣は、店は明るいカフェで周りでは輸入文房具を売っているという”文具カフェ!” こんな店を考えた事も無かった。沢山のファイルやボールペンを眺めながらお茶・・・・引き続き理解不能だ。 近所の庶民エリアに突入してスーパーマーケットを散策した。プラス思考で考えれば買うものが全く無いので無駄遣いをしないですんで良かった。 今晩は唯一のフリーな日なので、6時に林厚子CA、正人T、山本EX夫妻、岡リエコEX、佐々木穂積W、堀正樹ダブル夫妻、石井俊八・ちかEX、伊藤かずえEXらと中華料理でお食事会を開催。ちょうど夕方はハンパの無い豪雨でものすごい水溜りを駆け抜けて地元の中華料理屋に突入。このフォンムンレストランは、検索ワード”美味しい中華で酒を持ち込める”という条件でAМのホスピタリティーデスクで探した。(多くのレストランは持ち込みがダメなのだ。そんな店はこっちからお断りだぁ!!)静かなローカルな店で個室に案内されて各自、持ち込んできたシャンパン&ワインをテーブルに並べてご満悦。 そのワインのビンを並べて驚喜する我々を見て、従業員は完全に軽蔑の目・・・・そんなの関係ねぇ!! 早々に注文して超盛り上がりながら食事をした。

未知の国ブルネイへ・・・・・

本当に楽しい食事だったなぁ。料理も美味しいしワインも最高、それ以上に楽しい仲間なんだなぁ。普段から酒が飲めない佐々木穂積や石井俊八などは割り勘負けがなくて嬉しそう! 二時間のお食事会はアッという間に終わってしまった。帰りもまだ洪水みたい水溜りが残る中、帰って波田の部屋で再度、酒宴は続いたのだった。 正に乱れ狂う異教徒を地元の人々はどんな風に写ったのだろうか・・・・国際問題に発展しない事を祈るばかりだ。
12月11日《ブルネイ4日目》 朝からビジネスセッションが開催。ホテル内の超カッコいい国際会議場のエンパイヤシアターで行われた。新社長のJohnParkerのスピーチは素晴らしかった。完全に参加者の気持ちは一体化していたなぁ。そして日本市場に対しての考え方などを細かに説明してくれた。ちなみに本社社長のダグ・デボスはパーカーに連れられ、日本の庶民の家を見学、山手線、地下鉄に乗り様々な小売店などを見学して日本のマーケットを理解すべく時間を過ごしたらしい。こんなことは今までには無かった事。なにかが変わるなぁ!

未知の国ブルネイへ・・・・・

ランチはまたまたまたまた中華料理。ホテル内の高級中華を食べに行った。雰囲気はお洒落だったが、やはり昨晩のローカル店が美味しかった。 午後は完全なるヒキコモリ状態で部屋でパソコン、読書、時々うたたね・・・そしてジムで発汗大会。こんなの贅沢でいい時間だぁ。今晩はグランドバンケットということで全員、正装(タキシードまたはブラックスーツ) 会場はホテル内のエムパイヤシアターで行われた。荘厳な作りのこのシアターは本当に、タキシードが良く似合う。豪華ディナーも素晴らしい。海外旅行はいくらでも出来るけど、こんなパーティーを海外で経験出来る人なんて、すごい事だ。

未知の国ブルネイへ・・・・・

エンターテイメントは世界中が注目するピュアボイスのヘンリーウェステンラ。(ホセカレーラス、アンドレボッチェリ、などのデュエットパートナー。イギリス王室の前でも歌う。若干20歳にして3枚目のCDを出す実力派。フジテレビ45周年記念ドラマの”白い巨塔”の主題歌も歌う。)がもの凄い美しい声と声量を披露!まさに圧巻的な歌唱力だった。アンコールはなんと”なだそうそう”を歌う。ものすごい感動したなぁ。終了後は中島薫DCAの部屋を見せていただいた。なんと一泊が170万円。出来て七年のホテルだが、その間に泊まったのはクリントンとプーチンだけ。でもそれぞれ一泊だけだった。そこに薫さんは4泊ということで凄い!!室内プールなんて25メートルあって衝撃のデカさで笑えたナァ。

未知の国ブルネイへ・・・・・

クローゼット部屋も8畳、そして専用エレベータまで付いていた。だいたい、こんな部屋に泊まる人は沢山の友達を部屋に呼んじゃうなんて人はまずいないのだ。薫さんの部屋には30人くらいはいたけど広すぎてガラガラ。(*^_^*)豊かなお金持ちなんだなぁ。翌朝はクアラルンプール経由で日本へ帰国する。・・・・・・・・ 今回も新しい経験がテンコ盛りで本当に楽しかった。人生は一回だけ。そして賞味期限付き! こんな旅行にグループの沢山のダイヤモンドを連れてくるのが当面の”夢”だなぁ。こんな楽しい時間を仲間と共有したら最高だよ!!・・・・・一度来てみたらいかが!

リオデジャネイロ&ニューヨーク

11月13日(月)冬の到来を少々、感じるような肌寒さを感じ始めた11月中旬、南米はリオデジャネイロに旅立った。昨日(11月12日)は第二回シンクビックラリーが開催されたので、出発日は13日以前は無理。そしてニューヨークで行われるダイヤモンド・フォーラムまで約6日間ある。この限られた時間を何処で使おうか、どこかに行こうかと考えた。地球儀をぐるりと見てみたら・・・・興味は南米だった。ただ正直、日程的には相当に厳しい。ブラジルは遠いいのだ。(キューバ、メキシコ、バハマ、カリブ海・・・選択肢はあるが、行った事が無い所を攻めたかった。) その上に接続する便も少ないし、情報も少ない。聞けば予約していた便がキャンセルなんて日常の事らしい。また情報も無く、例えば大きな本屋さんを何軒か回ってもガイドブックすら扱いが無い。出版されていないのか扱いだけが無いのか・・・ようは、あまりわざわざ遠路はるばる行く人はいないというのが南米なのかなぁ。旅行者のパンフレットが並んでいる店先を見たってブラジルやアルゼンチンなんてありゃしない。ということで何だか名前的にロマンを感じる”リオデジャネイロ”に行く事になった。しかし実際、ニューヨークのJohn・F・ケネディー空港までは12時間。そして乗り継ぎして10時間のフライトでブラジルのサンパウロに到着。二時間待って一時間のフライトでリオデジャネイロに到着。なんと家を出てから26時間・・・・書いていてイヤになってきたが、気が付いたら・・・もう機上の人になっていた。時差に時差が重なりどんな状態でリオに到着するのであろうか。今回の同行者は堀正樹W、そして福井F・Eme、室町R、そしてサンパウロで神谷アンドリューCと合流する。海外で行った事も無い場所で”待ち合わせ”なんてオシャレすぎだ。 空港でチェックインしてある事に気が付いた! ニューヨークでの乗り継ぎのリオデジャネイロ行きの次の便までの待ち時間はなんと11時間もある事が発覚。(よく見りゃスケジュール表に書いてある。)ってことは・・・プラス11時間で合計37時間で家からリオデジャネイロ到着。すごい!! 37時間あったらいったい何が出来るか!!持ってきた本は6冊、雑誌2冊、パソコン、BОSEの雑音を軽減するヘッドホン、安眠マスクにマクラ・・・・機内を快適にする道具は万全だ。実は今回は恐ろしいことにビジネスクラスもファーストクラスも予約が取れなかったのだ。5ヶ月も前から予約をしたのに、どうもアメリカ系航空会社が太平洋路線を撤退したらしく、予約状況は半パニック状態らしい。話が長くなるので・・・・要は十数年ぶりにエコノミークラスでの長旅となった。なんだか、それも楽しみたい!(ごめんなさいね、生意気になっちゃって・・・) ニューヨークはJohn・F・KENNEDY空港に到着した。 数日後に戻ってくる、宿泊予定のウッドルフ・アストリアホテルに向かい荷物を預かってもらい市内観光に出かけた。目の前にあったディアンデルーカでランチをした。スープ、小さいサンドイッチ、サラダで約1800円!!高いナァ(アナタに文句を言っているわけではない。ニューヨークの物価が高いのか、日本の国力が無いのか・・)  街に出たら堀正樹が”観光用二階建てバス(グレイハウンド/日本ならばハトバス)に乗りたいという。それが夢だったと言うのだ。そんな夢は叶えましょうということで早々に乗った。二日で49ドル乗り放題!!一瞬、間違えて安いと感じて乗ったが今晩は又、飛行機でブラジルに向かうのだった!! 疲労から判断を誤った! しかし堀様は長年の悲願が叶いご満悦。車内は観光ムードムンムンで楽しい。どうみても外国から来た観光客のご夫妻と話になり写真を撮ってあげたら、なんとカナダのバンクーバー近郊のホワイトロックという街のメイヤー(市長)だと言って名刺と、その街のバッチをくれた!是非、カナダに来たらよってちょうだいね!!なんて言っていたけど本当に行ったら覚えていてくれるのかナァ・・。そして悲劇のグランドゼロに行ったが小雨と芯から冷える寒さでテンションゼロになっていて滞在時間1分20秒でスターバックスに向かいタクシーに乗った。(これは5日後に帰ってきてから、ちゃんと訪問しましょうという事。)そしてスタバのカフェラテがまぁ美味しかった事。そして時差ぼけと睡眠不足で4人は完全にエネルギーレベルが要充電の赤ランプが点滅した状態であった。 ウッドルフアストリアのロビーの影のほうで、英気を養い(超高級ホテルのロビーで昼寝してしまった。)その後、気を持ち直してかお出かけ。しかし時計を見ればそんなに時間的余裕も無さそうなのでタクシーをつかまえて最近、いい雰囲気の店が集まるM、P、D(ミートパックディストリクト)地域に出かけた。ウワサ通りの、構えだけみていてもヨダレダラリンの店が沢山並んでいる! 可愛らしい洋服屋などもチェックして、待たせてあったタクシーでホテルに戻り、そのまま預けていた荷物を積み込んで空港に向かった。(アメリカではチェックインは国際線3時間、国内線2時間が常識らしい。とにかくセキュリティーが厳しいのだ。)これを乗りきれば、今回の最終目的地、憧れの”リオデジャネイロ”だと思うと我慢も出来る。そして機内に乗り込みコンセントをブチッと抜いたみたいに倒れて寝た!!!  ウッフッフ~~~楽しみじゃ!

リオデジャネイロ&ニューヨーク

11月14日(火) いや13日()《日本をでて二日目・・微妙、日にちが何だかわからない!》リオデジャネイロに到着した。午後であったが、あいにく天気は曇り一時、雨。雨のリオデジャネイロなんて全くイメージしていなかったから意外! 神谷アンドリューとサンパウロ空港で出会えて、人数は5人になった。プラス五人分のスーツケース。タクシーを見つけるのは普通では容易ではない。まぁ近頃は海外に行くと空港にはミニバン的なタクシーがいるのが常だからとおもいきや、リオデジャネイロでは先制パンチ! なんと通常の小型ライトバン型のタクシーに、その全てを載せるという。”乗車定員”なんて野暮な事を言わないのがラテンの血なのだ。大人運転手を含め6人(容積的に言うと6,5人、そしてスーツケース5個)のキツキツなタクシーでホテルにチェックインしてからランチに繰り出した。今回は本当に情報もなくて、唯一に近いモノが古い雑誌”pen”の南米・イパネマ特集であった。(この本に衝撃を受けていつか機会があったらイパネマに行こうと決断していたのだ。)その本に載っていた野菜のデリカテッセン的な店を訪れたら、これが満塁ホームランで得点4点ゲット!!いやぁ、当然にリオデジャネイロが大好きになったのは当然だ。大満足の遅いランチを食い終わり、ただでさえ時差ぼけで疲れているのにビールを飲んで余計にダルくなる”自業自得”体験をここでもした。みんなでブラブラ徘徊しながら街方面に向かう。お店を見てみると、まぁ可愛い店はあるが、購買には繋がらない。”オスクレン/OSKLEN”なるリオデジャネイロを発信地とする、ヨーロッパでも”ビーチウェアのプラダ”と称される店があるので、興味津々見てみたら素晴らしかった。なんとミラノにも店があるらしい。ということで何かを買わなくてはと思うがシャツなどはイパネマ仕様で、試着してみたらエッチな空気で恥ずかしくなった。しかし何か買わなくてはとトランクスを購入。その後、ホテルに戻り相談の結果、ブラジルで有名な肉料理屋”シュラスコ”に乱入を決断。これがまた素晴らしいシステムで”お肉のわんこソバ屋”とでも言おうか! 肉がどんどん出てくる。肉も部位により20種類以上あるらしい。そして前菜的な料理もサラダ、パエリア、魚介、野菜マリネなど40~50種類あり食べ放題。そんな料理は通常、あまり期待は出来ないのが常だが、相当に美味しくて皆、満足だった。 オスクレンの店員の可愛い女の子に”今晩、どこか面白いクラブかなにかは無いの!?”と聞いたらパーティーがあるからおいでという。すごい!!さすがにリオ・ねーチャン達は、こんな平日からパーティーしているのだと感動。そしてそれは詫びながら”サンバ・パーティーなんだけど良いかしら!?”という。結構じゃないの”サンバ!!”なんて最高!ということで場所をメモでもらっていたので、行こうかと思ったら、なんとそのメモが無い!!!!タクシーで落としてしまったのだ。辛い・・・・・・リオ・ギャルズと素敵なナイトライフな予定だったのに・・・・しかし夜10時にして、皆の目を見たら既に営業終了の目になっていたのでホテルに退散した。タクシーでホテルに向かった瞬間に車内は例外なく全員、撃沈していた。 11月15日(水)今日はリオデジャネイロの祭日であった。(だから昨晩は深夜にパーティーだったんだね・・・)皆で朝食をすませ、8時にタクシーが迎えに来た。気の利くホテルマンに、直接ホテルを通さないで5人を丸一日、行きたい場所に案内してくれるタクシーはいないか聞いたら、そいつの知り合いが受けてくれるという。値段は一日で400レアル(約200ドル)これで一日、あっちへ、こっちへと効率よく動いてくれるなら申し分ない。最初に今日、行きたい場所を全部指示!こんなに全部行けるのかしらと思いきや”オッケー!”と快い返事。まず、最も有名なリオの見学すべきポイントのコルコバードの丘に行きたいと告げたら、行くならば夕方に行ってサンセットも楽しめという。それは本当に大正解だった。ということで、ますは”ボンジアスカール”なるリオのシンボル的な超不思議な形をした丘をケーブルカーで登ることにした。何故!こんな巨大(海抜395メートル)な奇岩が存在するのであろう。そこをまたロープウェイで登るのだ! 雲の中を抜けるケーブルカーは絶景だった。グアナバラ湾に突き出しているので、ここからリオの町を見下ろすと感動。リオの街の形がそのまま良くわかる。そしてそこにはヘリコプターの観光会社が待機していたので、皆でコルコバードの丘のキリスト像を見学に約10分の空の旅を楽しんだ。空からの景色は本当に感動的だった。

リオデジャネイロ&ニューヨーク

その後、ボクにとっては悲願の絶対に外せないミュージアムを見学しに対岸まで出かけた。1950年代に出来たコンテンポラリーアート・ミュージアムと言われるモノなのだが、その建物はブラジルの生んだ巨匠オスカー・ニーマイヤーがデザインした”超宇宙的”な建造物。実はこの建物を中学校の頃に何か雑誌で紹介されていて衝撃を受けた記憶がある。これを見て建築家という職業を思いついたが、先生に相談したら『お前は数学が弱いから無理』と一括されて諦めた。今を思えば、ひどい先生だなぁ。いつか行ってみたいと思っていたが実現できて相当に嬉しい。まるで空を飛んでいるような、海に不時着しているような、何故、こんな形。デザインとなったのか、またコレを許す施主もスゴイ。とにかく、こんな斬新的なデザインが50年前に発案されているのがすごいのだ。とにかく終始感動しまくった。(しかし不思議なのはこんなに重要な建築物なのに観光の本には出ていなかった。) ブラジルは相当にデザインに関して進んでいる部分を感じるけど、少年時代からこんな作品を見ていたら、そりゃ発想も違う子供になるのだろうナァ。

リオデジャネイロ&ニューヨーク

今日、タクシーを一日貸切にしたのは本当に正解だった。こんな所に来るには、相当に苦労するはずだ。その後、市内に戻ってランチを”海の幸版シュラスコ(食べ放題)”を食べたのだが、これがまたビックリする程に美味しかった。海老なんてブリブリの伊勢海老がドッドーンと何匹でも出てきた。皆でこんなの食べ放題で本当にいいのかナァと相談しながら食った。ブラジル人は太っ腹なのだ。

リオデジャネイロ&ニューヨーク

昼食後は”ボッタリー植物園”まで出かけて植物を鑑賞。ここがまた巨大な上に、植わっている葉っぱまで強力にデカイ。日本だったら観葉植物でチンマリと育成されているモンステラの葉なんて畳一畳位に成長していた。とにかく今回、リオの街で相当に感激したのが樹々が本当に美しい事。街路樹の素敵さはハワイもタヒチもカリブ海の島々もかなわない。この植物園は昔の統治していた国王が作ったらしいが、きっとその国王が町の街路樹まで、考えて植樹を行ったのだろうか。ここにいても永遠に飽きないので見切りをつけて、次の目的地に向かった。通りがかりのコンラッドという海岸でサーフチェックをした。やはりブラジルはサーフィン大国なので波はなかなかなのだ。

リオデジャネイロ&ニューヨーク

そして夕方になって、本日のフィナーレであるコルコバードの丘に向かった。今日はブラジルの建国記念日だったらしく行楽地周りの道は相当に混んでいる。タクシー運転手は相当に飛ばしまくりサンセットには間に合って、到着した。朝、ヘリコプターツアーで空からキリスト像を見たのも感激だったが、下から上るのも素敵だった。しかし何故このような切り上がった丘が出来て、その上に頂上に30メートル近くもあるキリスト像が建てられたのだろうか。これこそリオデジャネイロの象徴で町中何処にいても拝めるというか、見守られている感じだ。結局、サンセットの時間を楽しんで、その後、太陽が完全に沈んで空が真っ暗になり町の夜景がキラキラに輝く頃、すなわち閉館の時間までいて楽しみ、係員に追い払われる様に退散した。

リオデジャネイロ&ニューヨーク

リオデジャネイロ&ニューヨーク

夕飯は湖畔にあるバー&カフェに出かけてワインとおつまみを食った。店は7~80年前の建物で店内はアールデコ調で素晴らしかった。皆、体力を使い果たし、食事の席も盛り上がりに欠けた。今夜も夜遊びも出来ないで、ホテルに帰ってイキナリ爆睡モードとなった。 11月16日(木)(旅の4日目) 朝起きて空港に向かう準備。国際線は三時間前が常識らしく相当に早い。今回は荷物を本当に限界まで少なくしているので、それもラクチンだ。11時のフライトでブラジルの最大都市であるサンパウロに出かけた。行く前からサンパウロはとにかく危険と言われた。福井がいても(福井は極真空手を操る野獣!)拳銃VS空手では多少、部が悪い。あまり危険エリアには行くのは止めよう。そしてランチタイムだが、和食は食べたくないので(食べて不味かったら余計悲しい・・)中華でも食うかなぁ。ということで、まず到着後にアンドリューが予約していたホテルにチェックインした。マリオット・エアポートホテルは何故か安全地域みたいな気分になった。アンドリューはここで解散して明日から一人でイグアスの滝を見学に行って、ロサンジェルスに一度帰り翌日にニューヨークに入るとの事。まったくジェットセットな生活だなぁ。しかしこのホテルのお陰で荷物置き場にも困らなかったので本当に助かった。そしてタクシーを待たせておいてガイドブックの紹介する中華料理店に行ったらまたまた量り売りタイプでビックリ。中華も計るんだなぁ。味は語るのは止めよう。腹が減ってたが沢山は食べなかった。(量り売りは許せる!)道端で買って食ったカバブーサンド(1リアル/60円)は相当に美味しかったのに・・・・。その後、ガイドに載っていたお洒落なエリアに乱入したら、これが相当に楽しかった。というのも、何も無い、全然つまらない、所詮工業都市・・・なんて悪情報ばかりが入っていたので逆に喜べたのかも! ”オスクレン”でベルト他を購入。オスクレンは相当にカッチョ良いブランドだ。ブラブラ時間を数時間過ごし、気が付いたら夕方。夕飯はフライトの時間があるので早めに開始した。お洒落な街、界隈の何チャってビストロに何となく入ったのだが、雰囲気は良いが、多分シェフが何やら流行の雑誌を見すぎたせいか、やたらにノブやらパシフィッククイジーン的な盛り付けで笑えた。今日は実はアンドリューの誕生日だったので皆で祝った。男四人の全員、音程はずれたバリトンみたいな可愛くない声のバースデーソングが店内に響き、間違いなく”ホモ軍団”としか写らなかっただろうなぁ。アンドリューは喜怒哀楽が少ない中で恥ずかしそうに万遍の笑みを浮かべてくれていた。

リオデジャネイロ&ニューヨーク

空港近くのホテルに戻る途中は全員、爆睡状態!何処かに連れて行かれてもおかしくない状況だが、ちゃんと帰れて無事にチェックインできて機上の人となった。この辺りは、旅の疲れと まだ残る時差ボケで記憶は薄い。ただ、福井と室町は初めて乗ったJALのビジネスクラスで死ぬほど、”おかわり”しまくって機内食を食っていた。若いってスゴイ。(奴らは行きのサクララウンジでもオニギリ7~8個をカバンにしまいこみ、翌々日位まで事あるごとに食べていた・・・俺ももらったけど!ちなみに彼らは苦労して貯めたマイルでアップグレードです。ダイヤの疑似体験と言っていました。)

リオデジャネイロ&ニューヨーク

11月17日(金) 旅の5日目 ニューヨークに到着してウドルフアストリア・ホテルには昼にならないとチェックインが出来ないのでコンシェルジェでレストランの予約や確認などを依頼して、街に出た。何となく醤油系の食べものが食いたくなる。ここで絶対に日本食は食べない。失望をしたくはないのだ。ということで中華街に飲茶を食いに出かけた。これが満塁ホームラン的な店で感動!!正直、自分の嗅覚と探索本能には感心する。(後日、勝手でしょ・・・に掲載しますよ。)大満足の昼食をしてからソーホー界隈の店を見て回った。本当にお洒落な店が多くて溜め息モンだ。夕方までひたすらにプラプラを繰り返す。夜は最近、最もイケている地域のミートパッキングデイストリクト(MPD)の最も予約が取れないレストラン・スパイスマーケットに乱入。(さすがにウドルフアストリアのコンシェルジェは予約を取ってくれるのだ。)感想を述べるなら・・・・多分、いや二度は行かない。しかし店の内装は強力だったなぁ!!まるでディズニーランドのフォンテッドマンションだ。その後、リンカーンセンターのアレン・ルームという今、話題のJAZZクラブにお出かけ。ステージの後ろがマンハッタンの夜景とセントラルパークという壮大なホールなのだ。しかし・・・・・洒落ては見たものの半分は寝てしまった。まだ時差ぼけが残っているんだよね・・・・トホホ。でもとてもいい時間でした。 11月18日(土) 旅の6日目。 朝から悲願のホームデポー・マンハッタン店を訪問。(全米一のDYIのチェーン)波田のホームセンター巡礼の旅は生涯のテーマである。何故か本当にワクワクするんだよねぇ!アメリカ郊外型の巨大ホームセンターがマンハッタンに登場と聞いていたので興味津々行ってみたら本当に楽しかった。(堀、福井、室町には申し訳なかった。貴重な時間を・・・)今日は皆を待たせて落ち着かないから、また出直して来よう! 福井班は明日からサンフランシスコに向かうので、初ニューヨークということで解散して観光に出かけた。堀とボクはマディソン界隈のバーニーズ、家庭用品のケイト&バレル(相当なお気に入り。)他様々なショップを散策。ランチはマディソンをチョイと入った地元民ご愛用らしきデリカテッセンで軽いランチ。とはいえグラスワインを注文したら美味しい事!!その後、軽い酔いで強気になったか、堀がイキナリに買い物魂に火が付いて相当に”スノッブな革製品ブランド”M0851”大量購入!見ていて気分が良かった。そろそろホテルに帰ってチェックインをしましょ!

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レギュラースケジュールの日本からダイヤモンドフォーラムに参加する皆さんが来るので”やぁやぁ!!”言いに行かなくては。アムウェイから手配された部屋はデカかった。一泊20万円だそうだ。有難うございます。それなのに朝早くから出て、夜遅くに帰るのはもったいないなぁ。夕飯は渡辺正人チームとでSOHOのイタリアン”ダ・シルバーノ”に乱入。これは満塁ホームランがまた出てしまった。札幌のいたずらっ子・イリモトが何故か知り合ったLAの人気セレクトショップ・フレットシーガルのオーナーの紹介というのだから間違いは無いと思っていた。参加者全員泣きました!来ている客は超×5カッコいい。オーナーのシルバーノ氏はやんちゃなイタリアオヤジ。食べている間も何度と無く人のテーブルに座り込み話し込んでいった。これは是非また行きたい店でした。

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11月19日(日) 旅の7日目 朝からフリーチョイスアクティビティーのメトロポリタン美術館散策ツアーに参加。他の選択はナイトクルーズ、ヘリコプター観光、ディナークルーズ、ムービーツアー(映画で登場した場所を巡る)・・・色々あるのだが、あえてこの地味目なツアーに参加。これがまた大正解であった。美術館はしっかり理解したガイドさんに案内してもらうと面白さが200倍になるのだ。ボクに下田や世田谷区の観光に連れて行ってもらうようなモノ!わかる?

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今回はハーレムにある別館(これがすごい建築物で大富豪ロックフェラーが世界中の修道院をバラして運んで合体させた。そして庭の景色を保全する為に川の対岸の見える土地を全部購入してからNY市に寄付)からスタートして本館(マネ、ルノアール、モネ、セザンヌ、ゴッホ、ルーベンス、ベルメール・・・・本当に解説が面白かった。その絵の背景、作者の人柄など聞いてから見るのと、分からないで見るのとでは、全く違うなぁ。

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ランチは超お洒落なスウェーデンスタイルのレストランでインテリアは北欧家具で構成されていてお見事。料理も綺麗で美味しかった。その後、ツアーは解散してボクは五番街、界隈を見てまわった。ここらへんはマディソンアベニューと並んで世界一高級なエリアで、歩いている人を見るだけで楽しい。夜はウドルフアストリア・ホテルのバンケットでのウエルカムパーティーが行われた。もの凄いスペースで舞踏会とかが似合いそうな回廊(3フロアーをぶち抜いた部屋。)で豪勢だ。パーティーには陸上競技100m.走世界一のアサハパウエルも登場。また、メイクアップアーティストのエディーファンクハウザーのショーも行われた。これまたド派手! 本日は休肝日でスッキリした体調。

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11月20日(月) 旅の8日目。 朝からジムで大発汗大会! !走ってストレッチして発汗した。海外のホテルのジムはテンションが高くて好きだ。朝食はルーム・サービスで注文。9時のオーダーは時間通りに届けられた。”ア ロット オブ サラダ”と注文シートに書いておいたらボール一杯分の野菜(レタス、トマト・・)が来て笑った。全部、当然に食べた。朝はマディソン界隈の店を見たりブラブラした。気になっていたレザーのジャケット(M0158)があったのでドドーンと購入!!結構嬉しい。ランチのカフェテリアも相当にサンドイッチが美味しかった。ニューヨークはこの10年で本当に食べ物が美味しくなったと言われている。アメリカンコーヒーのように薄いコーヒーの味(ファミレス的なコーヒー)しか飲んでいなかった人々もスターバックコーヒーで新しい味を知り、どんどんグルメ化していると聞く。町のデリカテッセンも本当に美味しくなった。午後もブラブラと買い物をしていた。

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夕方にホテルの近所のワイン屋でワインとシャンパンを5本、購入。白ワイン、シャンパンはすぐに飲めるように、ちゃんと適温で冷やして売っている。今晩は7人で中華を食いに行くのだが、その店は抜群に美味しいと評判ではあるが、酒を置いていない。(結構、この手の店は多くて、その代わり好きな酒を好きなだけ持ち込めるのだ。酒の販売ライセンスは結構、高額らしい。)待ち合わせは6時半でホテルに集結!ビニール袋に入れたシャンパン、白ワインに氷を山盛り入れて運んだ。中華レストラン”フェニックス”はミッドタウンの住宅街にある地味目なレストランだが、本当に美味しかった。今晩の7人が実に飲む人ばかりで、あっという間に5本は無くなった。神戸の平井君と堀正樹はものすごい勢いで喋り捲っていた。他は聞き役に徹し、終始盛り上がった!その後の記憶は無い・・・・

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11月21日(火曜) 旅の9日目。 ニューヨーク最後の日である。ボールルームでビジネスセッションが開かれた。表彰はオリビエ・バンドーン氏のアーティストリーのパッケージデザイン他のプレゼンが行われた。新しいコンセプトのアーティストリーは相当に素敵だ。終了後は、中華街の飲茶を食いに出かけた。初日に行った”ハーモニー”に再度、乱入したが、やっぱり美味しかったなぁ。轟エグ夫妻、石井Fダイヤも大満足だった。

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そのままニューヨーク最後の今日はSOHO地区を散策した。SOHOには小さな可愛い店が沢山並んでいる。どちらかといえばレディースが多いので、やはりファッションが気になる人にはタマラない地域だ。元々は倉庫街で家賃が安いので沢山集まってきたクリエーター達も、流行りすぎて又、別のエリアに移ったりした。いまやSOHOにも高級ブランドが店を連ねるにいたっている。夕方までブラブラしてホテルに戻りパーティーの準備と帰国パッキング。今晩のパーティーはなんとニューヨークが誇るメトロポリタン美術館のエジプト館で行われるのだ。これは一企業レベルで開催するのは本当にスゴイ事!カクテルパーティーの部屋も素晴らしかったし、古代宮殿を展示するためだけに作られた部屋での着席パーティーも感動。その上、食事もケータリング(調理場が無いので何か工夫されている。)なのに本当に美味しい。

リオデジャネイロ&ニューヨーク

エンターテイメントに出てきたJAZZトランペッターのクリスボッティー氏は”全米50人の美貌”といわれるイケメン・ミュージシャンだ。雰囲気は最高潮になっていた。こんな体験はそうはないであろう。ビジネスの安定で得られる収入も、インセンティブな旅行も魅力だが、個人ではまず出来ない、こんなに素晴らしい規模の体験が出来るのも魅力だし、またそれを仲間と共有出来るのは、やっぱりスゴイ事だと思う。明日は久しぶりに東京に帰る。今回、もらったエネルギーや感動を皆に教えてあげよっと! 人生に夢を持つことは大切だ。そしてそれを現実化させる手段を知っているという事の有り難さに再度、気が付いた。もちろん簡単な道のりではない。簡単に手に入るサクセスなんて、基礎工事の無いビルみたいなものだ。少しずつ目標に向かい”構築”をすることが、未来を作っていくのだ。 来年のダイヤモンドフォーラムは”ブルネイ”です。・・・・・・想像もつかない新しい感動があるのだろう。  今回も本当に感動の連続だった。人生は”旅”なのだ。

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大人の夏休み北欧→Fit→スペイン

7月9日 成田空港を午前11時10分発のパリ(シャルルドゴール空港)行きに乗る。成田は第一、第二で大分引っ越しがあった様子で模様が変わった。新しいVIP用のゲートが作られセキュリティーが大幅に短くなった。何が違うかと言えばセキュリティーに時間がかからなくなったのと機械が木目になって優しく見える程度。ユーロ(ヨーロッパの通貨)を買おうと思ったらなんと1ユーロ150円という円安になっている。大丈夫かよ・・前回イタリアに行った時は115円位だった。機内では映画を三本見まくり、本を一冊読破、雑誌三冊に目を通し2時間の睡眠を取った。JALのフルフラットにはマッサージ機能が付いているは、パソコン用コンセントが付いているはで、たったの1,25?の中での生活は楽しい。機内生活は”空飛ぶ、楽しいヒキコモリ”なのだ。 シャルルドゴールで今回の同行者の井利元夫妻と会えて安心。すでにイタリアで数日を過ごし、今回は一ヶ月近い旅をするようだ。同日にヘルシンキ(フィンランド)までパリを経由してそのまま飛んだ。 (Radison S,A,S Roya Hotell)
7月10日 ≪ヘルシンキでの朝。≫ 昨晩はホテルにチェックインして、そのまま寝る程疲労も溜まっていないので、近所のパブへ出かけた。ちょうどワールドカップの決勝戦が行われていて(残念ながら試合を見ることは出来なかったが・・・)街は静まり返っていた。パブも静まり返り,なんだか北欧っぽさを感じた。そう北欧はボクのイメージでは”静かな場所”なのです。そのままホテルに帰り就寝しドリーミーナイトのおかげで熟睡。朝はホテル近くの湖をジョギングした。やはり涼しいので汗も出ない程に爽やかさだ。早々に朝食を食ってお出かけした。午前中はヘルシンキ観光という事で湾内の観光船に乗船して世界遺産のスオメンリンナ島を訪れたり街を散策した。さすがにデザインされた街は美しく清潔だった。しかし歩く人を観察しているとみんな静かだ。クルマもクラクション鳴らす人は全くいないし大声で話す人、電話で話しながら歩く奴、店内のインフォメーション・・・とにかくクワイエット!!静かなのが印象。ランチはとてもお洒落な中庭のあるレストランVIAでワインを飲みまくり食べた。(ここで出会ったプジョー社の胡椒引きマシンス/ペパーミルをこの旅行中探す事になった。モノケージロー参照)おかげで午後は完全にヤル気を失い広場のカフェでマッタリモードに突入していた。夕方の4時にシリアラインに乗船した。これはヘルシンキとストックホルムを往復する豪華客船で夕方に出航して翌朝到着という便利で快適な船なのだ。船は13階建て船内には6軒のレストラン、ディスコ、バー、サウナ、プール、ショッピングアーケード、免税店、お土産物屋、カジノなどがあり快適な時間を過ごせる。バルト海は内海なので静かな上に船は巨大なので殆んど揺れないのだ。値段は一人三万円程度と記憶しているが、二食、ホテル代、飛行機代が浮いた事を考慮したら安いと思う。

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夕飯はビュッフェ・ディナーを選択した。7時45分から閉店時間までマッタリモードで夕飯を食べていた。ここでも持参したワサビ&醤油は活躍!)夕食後は船の先端の景色が素晴らしく見えるバーで夕焼けを観賞。食事が終わったのは10時過ぎだが、まだ日は高く日没は10時半過ぎだった。それは正に”白夜”という奴で夜中に起きると既に日が出ていて困惑する。(逆に冬場は一日数時間しか日照がないのだ。朝から夜のミーティングみたいなんだよ。)そして就寝。そう、いつも瞬間的に寝てしまう日々。
7月11日≪フィンランドからスェーデンへ移動≫ シリアラインでヘルシンキからストックホルムまで夜の間に豪華客船で移動する。朝起きたら外は”基本的北欧の水辺の家”が並んでいた。食欲的には無かったけれど朝飯クーポンを良く見たら”マキシム・スペシャルブレックファースト”と書いてあり急きょ食欲を呼起こした。ということで朝ごはんは船の中のマキシム(フランスの高級レストランの出店。)で食べた。しかし内容は・・・いたって普通でビックリ。9時半に下船してタクシーで今日の宿泊のホテルに向かう。(Birger jarl Hotel)今回の北欧の4カ国は全て違う通貨なので出来る事ならば両替などはしたくない。その度にお金が残るのは面倒すぎるではないか。さて今日の宿泊先のHOTEL Birger jarl (この名前が読めなくて困った・・・波田読みだとホテル・バーギャージャール、またはビルゲージールかなあ・・・と思いきや正解はホテル・ビエールヤール・・・絶対に読めないだろ。レストランの名前なんて別に笑う対象ではないけれど高級レストランの”オナメ・プー”とか意味不明に笑ってしまう。(正式名はオメナプー・・・・・・一緒だなぁ。)タクシー乗っても手話状態で全くわからなかった。英語はあまり役に立たない。しかし旅先でのお役立ちは通称”ナビモトチズオ(ナビもと地図雄)”こと井利元敏哉は生まれ持ったナビDNAを最大限に生かし土地勘100%発揮してあっという間に街を理解していた。やはり北海道の原野で育つと、そんな本能が自然に育成されているのだろうか。とにかく”そこの角を曲がると○○がある!”位の素晴らしい能力だ。きっと奴はヤマト運輸に入ったら奴の持ち前の強靭な足腰とナビ本能を最大限に発揮して5人分位のテリトリーを一人でこなして宅急便業界の風雲児となるのは間違いない気がする。話は戻って、スェーデン語はわからんのだ。やはりその国の言葉で簡単な挨拶とかお礼位は言えたほうが気が利いているし国際交流を考えたら大切だ。またこの地域の人々は100年位前までは略奪を繰り返した恐ろしきバイキングという人々。じつは静かな顔して怒らせたら怖いのだ。ということで基本的ご挨拶は大切なので覚えようと努力。デンマーク語での”ありがとう”は”マンゲタック”・・・・・覚えられない。ということで”○○毛の拓巳君”と記憶。またスェーデン語では”タックソーミュッケ”で”タクが草原でユッケ”と記憶した。毎回、山崎拓巳氏の登場なのだよ。こんな覚え方でいいのかナァ。さてバーギャーナンチャラ・ホテルはデザイナーズ系で本当にかっこよかった。さすがにデザイン王国スェーデンなのだ。道を歩いていたらファッション誌らしきの撮影をしていて見ていたら、是非その写真に入ってくれと頼まれて皆で”北欧ファッション誌デビュー”を果たした。

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ランチは醤油系テイスト+濃厚刺激味を求めて中華料理にした。世界中、何処に行っても中華料理は美味いのだ。地元民にも愛されるフートン(富山)という店に行った。さすがにバイキングの国で中華料理も食い放題(バイキング形式)だった。何故かカレーが美味くて集中攻撃をした。後で考えると何故カレーが中華なのかなぁ。今日はランチで酒を飲まなかったので午後は快適(毎回、わかってるなら止めなさい!!)午後はソーデルマルム方面に突撃して家具屋、雑貨屋を見て回った。なかなか可愛い店がいっぱいあったぞ。しかしここで”買い物魂”に火が付くと間違いなくこの先で後悔するから買い物はバルセロナに期待しよう。(堀正樹は何故かそこで雑貨を買い捲り、その後荷物で泣きを見ていた。)夕方はユールゴート橋を回る運河クルーズに乗ってみた。9ヶ国語の案内マシーンは流石に国際的観光都市を感じた。運河沿いは信じられないほどに美しい家々が建っていた。ちなみにスェーデンのスーパースター・アバもここに住んでいるそうだ。水辺の家・・・幸せそうだ。夕飯は雑誌フィガロに載っていた”サーディン”というビストロに乱入。予約は三日前までにとあったが、そんな事は絶対に無理。だって食いたいのは今晩なんだぞ!という事で祈りながら電話をしてもらったらなんと予約出来たのだ。おぉ~! 今日も間違いなく強運だぞ。そして行ってみたところ間違いなくこの店は美味しいに決まっているだろう的状態な店で食指が動くどころかブルブルと痙攣。オーナーらしきスウェーデン人がメニューを解説してくれて片っ端から注文して食いまくったら、全てに完全、パーフェクトだったなぁ。そしてワインも飲むわ飲むわ、5人で4本をアッという間に胃袋に流し込んだのであった。いや肝臓かなぁ。まぁどっちの臓器でも通過してホロヨイとなった。こんな店が近所にあったら幸せだなぁ・・波田満足度数は99点であった。(一点はウチの近所にない事。遠くてまた来られない!世田谷だったら週二回は行くね!) そしてホテルに帰って爆睡した。(今回はヨーロッパのホテルの枕がフニャフニャして駄目なのでテンピュールのトラベル用を持参したら、これが抜群の快適な安眠を約束してくれるのだ。枕と”指きりゲンマン”はしていないが・・・・・・
7月12日スェーデンのストックホルムからノルウェーのオスロを経由してフィヨルドの入り口のベルゲンへ。オスロの空港はオスロしくかっこ良かった。(オヤジギャグですわ!!)鉄とガラス、そして木の使い方がお見事なんです。空港内にはエコロジー的な二輪のスケーターが空港職員用に配備されていたが、皆我慢出来ないで借りて乗り回した。全くタチの悪い大人達だ。そこから一時間でノルウェー海に面した港町のベルゲンに到着した。飛行機が着陸する時、天候が不安であったが見事に雨だった。この地での雨は完全な想定外な事。なにせやる事は青い空の下でフィヨルド観光とかケーブルカーで山頂に上がり景色を眺めるとか晴れの日を前提に予定を組んでいたのだ。ということで全ての観光行事はキャンセル。いいのですよ!また来ればいいのだから・・・・ということで昼から世界遺産のブリッゲン地区のスイスの山の中の居酒屋っぽい店を探して入りビールを飲み始めた。入店時に混んでいるから料理が出るまで多少の時間がかかるとのことだったのでビールとつまみのタラの乾燥させたものを注文して待っていた。しかし待てども暮らせど料理は出ないので、テーブルに置いてあったローソクを利用して乾燥タラを調理開始。持ち合わせていたチューブ入りワサビと醤油、そしてパン用のバターを塗ってローソクで炙ってみたら美味しい!唸って食べていたら周りの外人達も、なにか新しい香りを感じて真似を始めて店内の好奇心旺盛な外人さん達がトライし始めたのだ。店内は”焼き乾燥タラ臭気”が立ち上がった。それは恐らくノルゥエー人がかつて嗅いだ事のない新しい香りであったであろう。美味しいというより可笑しいランチをしてから観光名所を廻る気力というか情熱も湧かずに(また酒飲みすぎてダルくなってる・・・)

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近所のマーケットとかを散策してホテルに帰って・・・・・・寝た。(いったいベルゲンに何をしに来たのだという自問自答は避けていた。)18時に皆で夕飯に出かけた。フィッシュマーケットで聞いた評判のシーフードのレストランだった。(店名はBryggelofiet &Stueneブリッゲロ~なんとかぁ!!とにかく読めない!!)でも結局は観光人相手なので決して安くはない。あまり動いていないので食欲もないのにムール貝を食べ始めたら、食欲にスイッチが入った。結局5人で2キロのムール貝を制覇した。そして・・・・・帰ってまた寝た。人生でもう一度、この地、ベルゲンを訪れる日があることを祈って・・・・・。(Clarion Hotel)
7月13日≪雨あがりのベルゲンの朝≫  昨晩は11時に就寝していた気がする。ドリナイ投入した朝はタイマーでセットしたみたいに6時間後に起床。そして携帯ホームページを更新してから天気を見たら青空が出ているじゃないの。慌ててジョギングウェアに着替えて外に出た。世界遺産のブリッゲン地区を目指して走り始めたら空がだんだんと青くなってきた。一昨日、ストックホルムでアメリカ人と話しをしてベルゲンに行くならばケーブルカーで山頂を目指して下界の景色を見るのが最高だと言っていたのを思い出し、いきなり進路を変更して山頂を目指した。(ケーブルカーは早朝で走っていなかったので自力で走破。)19世紀までは北欧最大の都市だっただけあって古い町並みは本当に美しくウットリしてしまう。そして45分で山頂に到着。途中から景色は森の中に変わり昨日までの大雨が気化してなんともいえないマイナスイオンを吸い込む。I―podの音楽は何故かシャッフルされてモーツアルトになった。もう脳内モルヒネはタレ流れっぱなしで気分は爽快だった。頂上からの景色は絶景!!大満足で下山・・・・あぁあと数日ここで過ごしたかったなぁ。

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朝食の後に迎えのクルマが来てくれて空港にて搭乗手続き。ベルゲンからコペンハーゲンへ10時05分のフライトで飛んだ。約1時間のフライトは爆睡だった。どうしてこんなに良く寝られるんだ・・・起床したらデンマーク。これはワープに似た状態だった。最近のヨーロッパはEU連合になったので入国審査が無いに等しく、その国のハンコウも押してくれないのでパスポートがまるで使われないのが淋しい。昔はハンコでどんどんパスポートのページが無くなっていくのが素敵だったのに・・・ホテルまではミニバンタクシーで向かう。今日のホテルは”ホテル27”でデザイナー系のモダンな内装だった。最近はダサいホテルは人気が無いみたいで、どんどんデザイナーズ系のホテルに模様替えされている。とはいえ部屋に入ったら全然ドン臭い昔の空気のホテル。しかしあまりに狭いので文句を言ったら、アッという間にリニューアルされたピッカピカの超カッコいい部屋に変わった。ここ、コペンハーゲンでも”言ったもの勝ち!”が証明された。夕飯のレストランの予約をホテルのフロントに依頼。そこでホテルにレンタルサイクルがあることを発見。一日120クローネ(約2400円)だが安い。この街は程よいサイズで自転車で廻るのが丁度良い。タクシーにはコスト高なことが多そうなので即、レンタサイクルの調達をした。そのチャリでいざ出陣。インテリア誌”エルデコ”のデンマーク特集に出ていた家具屋マップで町を散策。公道にはクルマ用、バス用、歩行者用、そして自転車用と完全にレーンが分かれているので運転はいたってラクチンだった。最初は逆斜線走行、信号無視、並列走行と地元民の反感を買う運転マナーであったが、だんだんに学んで実行して数十分後にはコペンハーゲンの爽やかな風を受けて快適に走行が出来た。家具屋の並ぶエリアはやはり若者が多い地域で決して高級ではないがワクワクする地域だ。意外にこの街で困ったのが何故かアメックスやビザ、マスターなどのクレジットカードが使えない事であった。支払いはデンマークカードでヨロシクって言われたって困ってしまうぞ!雑貨屋で可愛い品物を選んで、結局買えなかったのが残念だった。 今回はチャリンコのおかげで相当に広い範囲の場所を回った。

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夕方にコペンハーゲンで有名な観光スポットのチボリ公園を訪ねた。ここはディズニーランドの原型になったといわれる遊園地なのだ。そして7時半に楽しみだったヤコブセン・レストランに行った。ヤコブセンは60年代から活躍した北欧、いやヨーロッパを代表する家具&インテリアデザイナーだ。氏の遺作はこの界隈には色々と残っているのだが、レストランとして残っているのは希少だ。食事は美味しかったしロケーションは海の前で素敵だった。そして店の家具は全てヤコブセンデザインで北欧ムードは満点だった。(Restaurant Jacobsen. )
7月14日≪デンマークからスイス!FITが始まる。≫ コペンハーゲンからスイスのジュネーブまで飛ぶ。コペンハーゲンの空港でひと悶着。話すと長いが”言ったもん勝ち!”搭乗して、またまた爆睡。しかしこの5日間は良く飛行機に乗ったものだなぁ。スイスのジュネーブからFITが行われるローザンヌまではタクシーで37分。さすがの国際都市スイスは綺麗だ。空も真っ青で絵葉書みたいな世界が続くのだ。そして到着したBEAU-RIVAGE PALACE(ビューリバージュパレス)はブッタマゲの豪華絢爛。ホテルのロビーもクラシカルな威厳そのものだが階上にあがるエレベーターなガラス張りの超モダン(当然にシンドラー製!)ホテル前のエントランスに並ぶ車は外車博覧会がそのまま!どれも全然ピッカピカではない。フェラーリもベントレーもメルセデスも”足”なんだと衝撃。ホテルはこんな朝からチェックインしても大丈夫なようにAMが昨日からキッチリと確保してくれているので嬉しい! ボーイの”アロォ~ムッシュ~!”とフランス語が心地よいのよ! 日本からの殆んどの人々は夜に到着なので、誰も来ていない様なので、我々はまたまた中華料理を食いに出かけた。スイスで食うサンラータースープは美味い。平和な味付けを感じた。焼きソバも中々なんです。その後、ダウンタウンエリアを歩いたがたまたま今風の不良っぽいエリアに行った。何処よりも安全感が高いのが流石にスイスという感じ。不良が怖くない。しかしスイスというと涼しいイメージであったが、ビックリする暑さと湿度で北欧帰りにはキツかった。ということで避暑を兼ねてホテルのスパ&プールに出かけたら宇宙一(当社比較)なカッコ良さでブッタまげた。お客も超超超怪しげな大富豪風オヤジとカノジョ(歳の差36歳)からモデル風男を引き連れたマダム(推定53歳、体力自信あり)フランスからの愛の逃避行風カップル、エロい視線でプールボーイを観察するマダム、日光浴しながら投資顧問会社に資産150億円の運用指揮を伝える謎の中近東の石油商(推定69歳)、本を読んだふりして”人間・身上当てクイズ”を一人楽しむパパラッチ風の波田・・・・・と明らかにプールの本来の”水泳をする場所”という使い方ではない人達の集合場所であった。きっと同じニオイがするんだろうなぁ。泳いでジャグジーで.ブクブクして、サウナで発汗、ミストサウナで深呼吸して部屋に帰った。

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部屋がさっき散々散らかして出かけたのにピッカピカになっている。長旅だったので流石に洗濯と思い、ホテルのランドリーに出すにはシャツは良いけどパンツは自分で手洗いと思い、自分で洗って干しておいたのが恥ずかしくなった。(だってパンツの洗濯代1000円位する!せっかくクールウォッシュを持ってきたし!)その後夕飯は北紺CAを含めて6人でカジュアルなイタリアンを食べに行った。(北紺氏はパリの後、8月中旬までフランスからスペイン界隈でサーフィンするそうだ。王子様生活だよ!)店はピザやパスタでカジュアルだが値段はカジュアルでないのがやはりスイスだったなぁ。帰って就寝。
7月15日 朝起きて豪華絢爛朝食を食べにレストランに降りたら、すでに昨晩の深夜にチェックインしていた正人渡辺氏と会い情報交換。こんな旅行ではフリーの日にディナー難民(ディナーの計画を立て損ねてメシ友達がいない人の事、またはレストランを選んでいるうちに何処も予約が一杯で食えなくなる状態をも指す。波田の造語。)を避けるためには大切なのだ。昼間はフリーだったので山崎ヨッチャンCA夫妻も交えて、みんなでレマン湖対岸のフランスのエビアンに水を飲みに行く事にした。遊覧船は一人往復で35フラン程度で楽しい小旅行となった。しかし到着したが誰も一切、下調べもしていないし、ガイドブックも無い。何をしたら正しいのかもわからないので、とにかくアテも無く嗅覚のみで歩いてエビアンの水が湧き出ている場所を発見して飲んだ。物凄い勢いで住民が水を汲みに来ていてビックリした。その上、みんなエビアンのボトルかと思いきや他社ばっかり!!(どうでもいいのか!?)しかしこんなに美味しい水がどんどんとタダで出ていたら浄水器売るのが大変だと思った。そういえばホテルの水もあまり塩素臭くなかったぞ。東京で良かった。日本で良かった! その後ケーブルカーで山頂へ。可愛いホテルの庭で平和にお茶をした。後で気が付いたが山頂へ登る電車は無料!!!ビックリだよ。箱根登山鉄道なら1200円は徴収するぞ。水で潤うエビアンの行政はリッチなのだ。下山して港前のレストランで濃厚ランチをした。サービスされるスピードがフランスで、結局ワインを飲んでマッタリしているうちに船は出港してしまい次の船まで無駄話をしていた。帰りの船で畑山T夫妻と城野もうすぐW夫妻と合流。またまた無益な話で盛り上がり。ホテルに帰って大好きなプールに直行してエッチなフランスマダムを見ながら獏睡した。夜はレマン湖を見下ろすバルコニーで弦楽四重奏をバックにカクテルパーティー、そして超豪華絢爛なバンケットルームでのウエルカムディナーが行われた。ここで今までどれだけの世界の要人が会食をしたのであろうか。会場は本当に荘厳で感動した。このホテルは世界の要人(天皇陛下・・・)が泊まるそうだ。(そりゃそうだ!)同席は高木エグ(JALのパイロット)夫妻と武智ダブル夫妻、渡辺辺正人氏と波田家。今日もAM話で盛り上がる。みんな、この仕事がとことん好きなんだナァ。そしてニューエグ以上の方々の表彰があった。明日は早くからフリーチョイスアクティビティーなので寝よう。

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7月16日 今日はフリーチョイスアクティビティーの一日だ。AMもここには相当に気を使っている様子で様々な嗜好を凝らしたツアーが準備されているのだ。今回は①名門ゴルフクラブ・ドメーヌデ・ディボンヌでのゴルフ。②ローザンヌとシヨン城観光(スイスを代表する城)③モレゾン村と世界遺産の街・ベルン④ヘリコプターで遊覧するマッターホルンとツェルマット。ゴルナグラード山頂&豪華ランチ⑤気球体験飛行ということでヘリコプターを選択した。起床は5時半で6時集合。バスで一路ツェルマットに向かった。ここは有名な山岳リゾート。街にはガソリン自動車の侵入は許されず電気自動車が走っている。バスで隣町まで入り電気ミニバスで移動して最初の目的地のヘリポートまで向かった。ヘリポートへはエレベーターで上るのだが、そのエレベーターがシンドラー社製で皆、ビビッていた。いちいちディストリビューターは盛り上がり好きだ。ヘリは4人組になって待機。三機のヘリが15分ずつのツアーをした。たった15分とおもいきや15分は、ある意味充分なのだ。通常クルマで2時間位の距離をヘリなら10分で着けるのだ。いざ搭乗するとものすごい爆音と共に上空に舞い上がる。氷河みたいな(氷河なのかなぁ!あまり見慣れない光景で・・・氷の巨大な塊。これも世界遺産です。)を抜けると断崖絶壁の急斜面からいきなりマッターホルンが顔を見せた。それまでの所要時間わすか3分! この形はスイスの象徴みたいな印象を受ける、この山の頂(いただき)には何か独特のオーラがある。自分の足で登頂した人のみが観ることが出来ると思っていた山頂からの究極の景色がヘリコプターならばいとも簡単に見えてしまう事に衝撃。マッターホルンには数人の登山客がいて手を振ってくれた。だいたいこんなに晴天でハッキリと見えることは強運らしいが、格別な天気の良さでウレシイ限りであった。(ガイドによると10連続で見ることが出来なかった人もいるらしい。)マッターホルンから近隣の山々をグッグッと接近して見せてくれた。あぁそんなにヘリで寄ったら危なぁーい!!驚喜の15分間はアッという間だった。あぁ大金持ちになってヘリで移動なんてしたら最高なんだろうなぁ。

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その後、ツェルマットの街から登山電車でゴルナーグラット3089mまで上った。あぁこの景色!数ヶ月前のブルータスの高原特集”山へ”の表紙でみた景色そのままだぁ。素晴らしい景色に息を飲む。深呼吸をすると肺のなかからクリアーになる感じ。そして軽い高山病になる酸素濃度なのだ。売店でビクトリーノックス(万能ナイフ)を発見。なんとその場で名前の刻印もしてくれるという事で、何個かを発注した。なんだかスイス気分満喫だよ! 下山して途中のスイスシャーレー風五つ星ホテル(リッフェルアルフホテル)で上等なランチをした。またまたスイスホルン奏者の演奏をバックにシャンペン、ワインと飲みまくり、しまいにはみんな子供の遊技場でブランコに乗って歌っていた。食後もゆっくりしてから登山電車で車窓の景色を見ながら下山した。本当にスイス・・・っていう一日だ。

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夕飯はホテルに帰ってから山崎ヨッチャンCA、堀ダブル夫妻、神谷アンドリューC夫妻、食の友、渡辺正人氏、イリモト孔美(トシヤ氏は病欠)波田家でムール貝を食いに行った。これがまたビックリな美味さだったなぁ。ムール貝を様々な味で食わせてくれるのだ。食欲もアル、金もアル(*^^)vということで注文しまくり端からどんどん皆で食べた。僕がタイムキーパーになりムール貝に入ったバケツを回して食べた。”はぁーい交換タァイム!!”カレー、レモン、クーム系、トマト系・・・どれも美味かった。堀氏は新潟で15軒の店を展開しているので、是非こんなムール貝の店を開店してくれと嘆願した。しかし皆、話題豊富で話は尽きなかった・・・
7月17日 朝は6時半からジムにて1時間の発汗。そしてレマン湖畔を30分間ジョギングした。なんだかもったいなくて寝てられない。実は運動を二日に一度に抑制されているために、どうしても発汗がしたくなる。(筋肉増強には休みが必要)それにここのホテルのジムのモチベーションが物凄く高くレマン湖が豪華淫乱プール越しに見えて快適なのだ。ヨーロッパの最新建築は古い城のような建物と最新建築のガラスと鉄を本当に上手に組み合わせて伝統と快適を融合させているのに感心する。11時にホテルを出発してジュネーブ駅に向かいTGV(新幹線)でフランス・パリに向かう。ヨーロッパでの電車に乗るのは言語がわからないプラス日本みたいに案内が極端に少ないということで、ものすごい緊張を強いられるが、ここはAM団体旅行なのでアホ状態で問題ない。車内から見える景色はフランスの牧歌的な素晴らしい草原やブドウ畑か続き感動だった。そうなんだ、ここフランスは食料自給率100%を誇る農業国なんだなぁ。3時間半でパリに到着してそのままホテル・グランドハイアット・ヴァンドームにチェックインした。部屋は快適には快適だが、美術館みたいで、なにか居場所が無いのだ。夕食時間までそんなに無かったが貧乏性はそんな時間を無駄にはしないのだ。宿泊しているホテルのエリアは超高級エリア。そして今はバーゲンシーズンなので外出。ギャラリーラファイエットというデパートの家具&生活雑貨屋を探索した。しかし欲しかったペパーミル(詳しくはモノケージローで後述。)が見つからなかった。大体、なかなかパリでもミラノでも歩いていて珍しいモノなんて、見つからない。カワイイと思って買ったら日本で自由が丘の雑貨屋で売っていたなんてよくある話だ。そして8時にディナー難民を恐れてレストランを予約しまくったら結構、休業日と満席が続き当惑。結局、タイ料理になった。タイ料理は美味しいがタイで食うな!と安積CAは言っている。パリで食うタイ料理!なんだかエキゾチックで良いじゃない!スポンサーの林CAと久々の旅先でのフランスで食うタイメシは何処か求めている物と違うやんわりした食べ物だった。結果、満場一致で途中退場をした。(後から嗅ぎ付けて来た城野、畑山チームや安積CAはどうだったのだろうか。)そして林立夫氏とレアールのフレンチJAZZバーにお出かけした。ここ最近のパリの温度は32度、ときおり38度位にまで上るらしい。しかしエアコンの装備率は至って低く店内がやたらに暑い。そしてタクシーもエアコン装着率40%ということで、キャッチするのも選んでキャッチするのだ。なにせフランスでは昨年は猛暑で15000人死んだらしい。JAZZライブは、楽しかったけれど、熱さで弱ってきて林さんが帰ると言い出したときは実はホッとした。さぁ帰って寝ましょ!
7月18日《FITパリ二日目》今日だけがパリでの自由な日。朝から計画的な行動しましょ!ということで朝食の後にタクシーで6月末に開館したケ・ブランリーという博物館を訪問。展示品もアジア、アフリカ、オセアニアの原始時代のモノ30万点ということで興味深いが、それ以上にここはエッフェル塔にほど近い1,8ヘクタールの土地に70%が緑地、そしてカルチェ財団美術館やアラブ研究所を設計したジャンヌーベル氏が設計した建物は壁がもの凄い種類の植物で緑化されていている部分とモダンなエリアからなり現代建築界に一石をと投じた建物なのだ。11年かかった建物はシラク大統領がパリ市長だった頃からの企画。展示品も面白かった。(よく解らないが、原始時代の笑うほどにヒョウキンな顔をした木材から削りだした人形があって見るだけで笑いたくなるのだが、きっと当時は笑う材料のテレビもマンガもなかったので、こんな可笑しい人形を彫って皆で笑いあっているうちに病気が治ったとかで重宝された・・・・なんてことはないよな!?と馬鹿な事を考えていた。)その後、フィンランドのオスロのお洒落なレストランで見た、プジョー社のペッパーミルをめでたくゲット(胡椒引き機なのだが赤ワインのハーフボトル型、超かわいい。)(◎モノケージロー参照) パリで唯一欲しいモノだったので本当に嬉しかった。そんな大満足な日のランチは醤油補給をしたくて讃岐ウドンの大国屋という店に行った。久々に美味かったなぁ。その後はレアール、サンジェルマン界隈の雑貨屋、服屋をチェック。買ったものといえば”オイルサーディン”の缶詰くらいかナァ。(現在コレクションを開始してます。)夕方早めにホテルに戻りグランドバンケットの準備をした。このパーティーはシャイヨー宮殿というエッフェル塔が最も美しく見えると言われる荘厳な場所で開催された。カクテルパーティーは厳かに大写真大会。みなさんエグ本の写真収集に余念が無い。”立食”で薄暗い美術館のような館内でシャンペンを飲み、みなさんと”やぁーやぁー”とご挨拶。その後、演出も濃厚にカーテンがドド~ンと音楽とともに上がると、その向こうにはエッフェル塔がそびえ立っていた。ありえない荘厳な演出に会場にいた人は全員、大きなため息をついた! そしてディナー。終始平和な会話だった。隣席の高木氏は現役にJALの機長さんで様々な話を聞けて面白かった。そして最後にヨーロッパ全土で大人気のチューザレピッコ(ピアニスト、作曲家)のクラシック、オペラ、バレエ、ポップスのジャンルを超えてJAZZの伝統の革新的なソロライブが行われた。なにせこの会場で催し物がフランス政府から許されたのはバレンチノとベルサーチのファッションショーのみ。食事を許されたのはAMが初めてとのこと。そんな、夕暮れが映り込みオレンジ色に輝くエッフェル塔とピアノJAZZに全員悩殺されたのだ。ほんとうにこの空間にいれて幸せだった。 (後で考えたが、ここはレストランではないので100人以上のゲストが同時に暖かい美味しい食事を同時にサーブするということは至難の業であっただろう。当然給仕人だけで数十人が待機していたはずだし・・・・こんな手配がAMの凄いところだと感心してしまった。感謝!)

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7月19日《FIT最終日・スペイン移動日》早朝に目覚めてシテ島からサンジェルマン界隈を一時間のジョギングをした。その後ホテルに帰ってチェックアウトの準備。皆さんとはお別れして11時半にバルセロナ行きの飛行機に乗った。機中爆睡である。到着したら乗り継ぎの時間的には全然、ヤバイ!!イビザ行きは数分前で飛んでしまっている時間。山崎拓巳夫妻、イリモト夫妻とボクの五人は走った!! !搭乗口に着いたら・・・・全然飛んでいないしなんともなっていない。みんな何のことも無く並んでいる。それも踊る奴、歌う奴と普通じゃない。別段、遅れてスミマセン的な放送も無い。スペイン人はどうなってるんだ!!? ということでヘッチャラで1時間遅れて謝罪も無く普通の出来事のように離陸。待合室から機内にいたるまで、イビザに向かう若者でごった返している。この島、イビザ島は知る人ゾ知る、知らない人は全然知らない、ある意味パラダイス的な島なのだ。70年代からイキナリ盛り上がり始め、ヨーロッパの若者はここイビザで夏を過ごしたがると聞いていた。とにかく様々な点で盛り上がっている島なのだ。ダンサー系の子達は列に並んでダンスを披露。機内でもI-Podにスピーカー設置して盛り上がり。そんなの全然気にしないスペイン人のスチワーデスもなんか可笑しい。(イビザ島はヨーロッパ音楽の結構先端を行っている。また島中のクラブが営業して朝2時から営業開始とか日の出からスタートなんて店もある。)45分で地中海の楽園に到着。スケジュールは何も決まっていない。ただ世界中の若者が集まるイビザのクラブに行きたい(クラブは昔のディスコです。少しニュアンスは違うが・・・)あとはカフェデルマーで茶飲んで夕焼け観たい・・・それだけ。レンタカーを借りてホテルに向かう。(INVISA LA CalaHOTEL)レンタカーのエンジンをかけた瞬間から鳴っているラジオの選曲が超カッコいい!そのラジオ局は永遠に期待を裏切る事無く素晴らしい音楽がかかっていた。ホテルに荷物を置いて、早めの夕飯(といっても8時、通常スペイン人の夕飯は10時)を食べてから仮眠した。そして2時に起床して空港で会ったダンサーから聞き込み調査をしたクラブ”パチャ”を探した。(ダンサーはオランダから来た四分の一日本人のダンサー・ナカァタァー、とてもナイスガイだった。)やっと辿り着いたパチャはハンパ無い田舎にあった。そして店内に入ってブッたまげた!!!外の屋根の上には巨大カクテルグラスの中で踊る美女! 夜中の1時から始まった店は3時近くには爆発的な状態になっていた。恐らくフロアーには2000人以上はギューギュー詰め状態。しかしこんなにまとまった人間を見たのは久しぶりだよ。曲選択は超~かっこよくシビれた。今日はワケがわからないが、どうも有名なカリスマDJが来ているらしい。そんなデカイ部屋が3つあって何処も違ったジャンルの音楽がかかり超満杯なのだ。いったいコイツらぁなにやってんダァ!とにかく爆音のなかのハウス系ミュージックはノリノリだった。ホテルに帰ったのは朝の7時。そして寝た。

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7月20日 昼近くに起きて散歩した。当然に街には普通の人もポロポロといるが暑さで進む時間はラテン系なスピードだ。ランチをするにもランチタイムは二時からが通常。(夕飯は10時が通常。だいたいラテン系民族は3時~5時は昼寝・シェスタをする。)昨晩と同じレストランが、なんとなく、また食指が動き再度、乱入をしてビールで乾杯。こんなダラダラ生活がだんだん当たり前になってくる恐ろしさ!ランチで盛り上がり・・・・何故か先日から浮上していたイリモト坊主頭願望の話しになり、せっかくだからイビザ御来島記念に実行しましょと満場一致で決定して近所のコンビニでハサミを購入してホテルに帰った。そう、この名誉ある仕事を仰せつかったのだ。(ちなみに波田は美容師ではない。さだ散髪経験はいたって豊富で少年1号、2号の頭髪は10年位刈り続けていた。ただし今回は電動バリカンは無く、あるものは髭トリマーのみ。)ということである道具で断髪大会をホテルのベランダで始めた。ものスゴイやりがいを感じる作業だった。途中、横綱の断髪式みたいに拓巳FCAも参加した。出来上がった頭はお見事なモヒカンとなった。今日はこの”謎の東洋人モヒカン男”でイビザの遊び人小僧を威圧するのだ。

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数時間のシェスタの後に夕方5時に起き上がり島の反対側の街までイリモト運転で波田ナビ次郎の役割で向かう。今回はここにあるカフェデルマーにやってきた。イビザ島は独特の音楽選曲で有名だが、その中心的な店がカフェデルマーと聞いていた。オリジナルのコンピレーションアルバムが特徴で実に選曲が美しい。ここで観る夕日は最高だと聞いていたので9時過ぎの日没の為に7時過ぎから席取りをして待機した。夕日に時間になると店の中は当然ながら一段下がった海岸にもおびただしい数のギャラリーが集まっている。店はそのギャラリーにも楽しませるほどにハイクオリティーな音を強烈なボリュームで流している。日没の時間が近づくにつれてビーチの人々、店内の人々はいい雰囲気になってきている。地中海の暑い中でのライムの入ったコロナビールは格別に美味しい。だんだんと夕焼けショーは盛り上がり300人位のギャラリーが集まってきた。日没直前の選曲が楽しみだったが、それはショパンであった。(相当にビックリ!) 日が落ちた瞬間にビーチから、店内から割れんばかりの拍手と歓声が上り、その瞬間から音楽はハウス系の超ノリのいい曲に変わった。”さぁ、夜だぜ!レッツパーティー!! “まさにサンセットは完全な一つのショーとしての演出がされていた。この光景が毎日繰り広げられているのかと思うとそれだけで感動した。

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その後は中華料理を食い、時計は11時を回っていたので相談して一度ホテルに帰り仮眠というか寝て4時に起きて出直す事にした。今日はスペースという巨大クラブに行く。(とにかく店の開店が深夜の二時から三時、そして盛り上がりのピークは5時、6時とかなのだ。正直オレにはキツイ時間です。コレ20代の遊び方だね。)皆で荷物のスーツケースを全てクルマに詰め込んでホテルをチェックアウトして向かった。(クラブから直接空港に行くという強行スケジュールをタクFCAが発案。店内は異常な盛り上がり。入って間もなく朝日が出てきた。なんとボク達は9時過ぎの飛行機でバルセロナに行く予定だったので7時過ぎに店を出たのだが、今日の朝8時からパーティーがあるからと誘われた。いったいこの街はどうなってるんだぁ!(ということでいつの間にか21日、しかしイビザに滞在した間は一日二回ずつ寝ていたので4日間位いた気分)イビザに来て本当に新たにライブな感動をした。夢がまた実現したなぁ・・・しかし40代の遊び方ではないと自覚。(^.^)
7月21日 9時40分のフライトなので8時過ぎに空港に入りチェックインした。荷物はイビザで買ったCDなどでだんだんに確実に増えている。搭乗して爆睡。バルセロナ空港は洗練されたお洒落な空気が満々だ。タクシーは超陽気な大男で30キロのスーツケースを軽々と持ち上げて屋根に載せでロープで留めた。めちゃめちゃ不安だなぁ。そして市内まで30分、運転手がなかなか話せる面白い奴でバルセロナの事を様々教えてくれた。チェックイン(Catalonia Corcega Hotel)してシェスタ(昼寝)をしてランチは運転手が教えてくれた”ボータフメイロ”へ行ったら、満塁ホームランな美味さで感動した。(今回の旅の最優秀レストラン!かも・・)死ぬほど食い飲んだ。店内の雰囲気も最高で絶対にここのカウンターでいつか渋くメシを食うぞと決断。(わいわいも良いけど、なんだかやたらにカウンターがイイカンジなんですょ。スペイン語練習してフラメンコダンサーとかも良いかナァ・・)その後、タクシーで、まずは脳への先制パンチでも一発という事で”サクラダファミリア”まで出かけた。(1882年着工。100年経ってもいまだ未完成の教会。もちろん日々工事で進歩しています。)

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10年前に来た時と同じだけ感動出来た。前回より確実に工事は進んでいると思え、大聖堂もだんだんと出来ている。今回も当然に最上階まで上がりバルセロナの街を眺めた。とにかく、こんな壮大なものを作ろうと考えた建築家ガウディーも凄いけどそれを許したパトロン、教会も凄いとおもう。その後はガウディーの遺作でも人気のあるカーサミーア(集合住宅・1910年)を見学。タクFCAも大感動していた。本当に可愛らしい建築物で、よくもそんな時代にこんなアイデア、発想をしたと感心する。お土産物屋をチェック(この手のスーベニアショップに驚きの雑貨やハイセンスなモノが見つかる。)そしてホテルに一度帰り、本日、二回目のシェスタをした。(だって今日も朝4時から生きていてヘロヘロですよ。だんだんラテン系な生活に慣れてくる。)夕飯はマリーナ沿いの超美味しいシーフード店だったがランチが美味すぎて食欲が進まなかったのが残念。そして帰って倒れた。こんなのを充実というのだなぁ。
7月22日《バルセロナの最終日そして旅の最終日》朝は7時半に起床。イビザボケか老人性かわからないが快眠をした。結構、日が高くなっていたがホテル界隈を1時間ジョギングした。高い湿度と運動発汗で結構な汗だ。そして帰って準備して9時に集合してガイドブックに載っていた古物マーケットが今日、土曜日に、たつということで行ってみたが発見できないで再度必死でタクシーを探してピカソ美術館に向かう。10時開館なのにすでに長蛇の列。ただの人気というだけでなく検証すると①スペイン人は”待つ”ということが苦ではない。②受付が異常に作業がノロく単に時間がかかっている(1人に対して1分はかかる。)面接でも一人ずつしているとしか思えないスピード。理解不能。③職員が何故か高慢な態度で文句あらば帰れという空気をかもし出している。(おそらく特種な教育、洗脳がされなければ、ああはなれない。以上の理由から20分は待たされて、やっと入館。ここはバルセロナでも一番下町な地区なので、なぜかピカソ美術館がこんなエリアにあるとピカソの”ヒトトナリ”を感じる。逆に画家ミロのミロ美術館は丘の上の真っ白く明るい瀟洒な建物で対極的に感じる。画風も対極だ。ということでピカソ美術館は程よいサイズでピカソの幼年時代の作品(ひたすらピカソ的でなく絵の上手な子供だった。)から晩年までの変化などがわかる。きっと子供みたいな大人だったんだろうなぁ。ミュージアムショップは充実していた。面白いグッズを数点購入してウレシイ。ランチはホテルの近所のバール(簡単なバーと軽食が食べられる気軽な店。ドトールコーヒーの原型みたいな店。)で簡単なランチ。と思いきやワイン開けてプロシュート、チョリソ、数種の小皿に載った野菜マリネなどを食ったが相当に幸せ感いっぱいになった。午後はタクシーでガウディーの作品・グエル公園に向かう。ここも相当に簡単には理解不能なデザインで驚きの連続だ。”どーしてこうなったの??””何故、施主(依頼人)はこれをオッケーしたの!?””どうしてこんな曲線でなくては・・・”全く自分は凡人なのだ。

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次は波田の悲願であった建築家ミースファンデルローエの”バルセロナ・パビリオン”を観賞。バルセロナ万博のドイツ館。近代建築のモニュメントといわれる名作。こんなクールなデザインが巨匠ガウディーとほぼ同じ時代ということが驚嘆。イリモトは”こんな家に住みてぇ~~!”を連呼していた。そりゃオレも住みたいよ! そしてこれまた悲願であった雑貨屋のビンソンに乱入。あの店内に入った瞬間のワクワク感はディズニーマニアがディズニーランドに行った時のような、釣りマニアがシーズン解禁で湖に入った時の様な・・・・そんなワクワク感であった。珍しく不思議な道具、見たこともない雑貨を数点、いや数十点購入した。まさに”金に糸目はツケねーゼィ!”状態だったが2万円にも満たない金額。オレって安い! ホテルに帰り購入したものをチェックしてほくそ笑みバックに投げ込み一時間のシェスタをした後に、また皆と合流してディナーに出かけた。最後の晩餐は10年前に来て食べて雰囲気にやられたレストラン・トラガルーズ。土曜日なので予約をしておいて良かった。店は相当に古い温室のような場所をモチーフにデザイン。カッコ良く落ち着く。温野菜のサラダ、ビッソワーズ(冷静スープ)、タコのカルパッチョ、イベリコ豚のロースト、オックステールの煮込み・・・・どれも圧巻!ワインも文句なし。二時間はあっと言う間の出来事だった。その後は深夜だがスペインと言えば・・・・フラメンコということでタクFCAが探し当てた店に乱入した。ショーは約1時間20分だが完全にフラメンコダンサーにやられた。なんだぁ!!!あと艶かしさはぁ!オッレェイ!!ホテルにかえって寝たのは2時近くだった。実に長く激しい一日だ・・・・頭の中であの激しいフラメンコダンサーが踊っている!
7月23日 帰国日 東京に帰る! 山崎拓巳FCA夫妻はロンドンへ、イリモト新婚夫妻はまだ、バルセロナ。オレはパリ経由でトウキョウへ! 帰るところがあるのはウレシイ。また、いくらでも旅はするが、今晩はトウキョウに帰ろう。”人生は旅のようなものだ”と先日引退したナカタは言っていたが本当だ。旅をすると外から自分の位置とか姿が見えくる。たまには客観視してみよう。自分の常識が、いかに偏っているか、自分の考えがいかにチッポケかわかるだろう。知らなくても罪ではないけど、知ろうとしない事はとっても恐ろしい。 ヘルシンキ、ストックホルム、ベルゲン、コペンハーゲン、ローザンヌ、パリ、イビザ、バルセロナ・・・・様々な都市で見たものは観光地、世界遺産、レストラン、街で会った人、雑貨や道具・・・だけではない。本当に見ることが出来たのは自分の未来だ。そして過去だ。人間は過ぎてから解る事が多すぎる。 そして、やはり痛切に思う事は素晴らしい仕事に出会えて良かったということだ。

ラスベガス・レポート。 しかし・・ありえない企画。日本から4700人参加。

9月28日(水曜日)《時差の関係で長い一日》 今回は中島薫DCA主催のラリー&パーティーということで二年も前からスケジュールが決まっていたラスベガスでのイベントだ。ボクにとってラスベガスという街は結構好きと、何だか嫌いが両立する複雑な街だ。とてもハッキリと好みが言えないのが我ながら辛いところで、嫌いなら行かなければ良いなんて単純なものではない。

ラスベガス・レポート。 しかし・・ありえない企画。日本から4700人参加。

今回でラスベガスは人生上で四回目、いや五回目かなぁ・・。第一回目は学生時代の貧乏旅行中。当然、極端な安宿で映画に良く出るシーンで(ニコラスケージがロサンジェルスで女に見捨てられてダメヤローになってしまいラスベガスに逃避。ギャンブルと酒、娼婦に明け暮れる日々・・・みたいな空気の宿。二回目は友人とやはり安宿(モーテル)三回目はAMご招待で少しは大分出世した。その後はグループツアー・・・今回はこの世紀のイベントの参加したいのと、ラスベガスを大好きになりに来たというのが本音。そして、それだけではもったいなくて帰れないのが貧乏根性丸出しで帰りにはどこかに寄ろうと考えていた。街と田舎を組み合わせるのが単純に楽しい。例えばリゾートとシティー、街と田舎的な・・・(マイアミとミューヨーク、ホノルルとマウイ、地中海とミラノ・・・みたいなね。)ということ考えていた時に、映画”モーターサイクルダイヤリーズ”を見て単純に南米だぁ!そしてマチュピチュだぁ!行くしかないだろ!と決まった。(ゲバラがマチュピチュを見て放心する姿・・というか何を考えて放心したのかが知りたかったのだ。)しかしこのチョイスは奇想天外というか全くの別物の街、水と油、オトコとオンナという程に例えようの無い違いとしか思えない。(旅の荷物を見てみると、その両方の場所で使う服がまるで違う。そして9月の下旬、AM生活始めて初めての”海外で体験する最終営業日”の月末に出発した。・・・・今回はサンフランシスコ経由ということで、なんだか後ろ髪を惹かれる思いだ。サンフランシスコは世界でもお気に入りの町。後から少々、後悔したが、実は寄ればよかった。ダウンタウンもソーサリートも、とても好きな街だ。2~3日過ごしたら楽しかった。さて行きのJAL002便のビジネスクラスは本当に快適だった。シートが改良されていて見事な寝心地で飛んだ瞬間から7時間10分爆睡状態だった。 起きたら飛行機は着陸態勢に入る直前で慌てて貧乏根性出して食事をした。到着したら空港には沢山のディストがウロウロ。そして13時42分のアメリカウエストでラスベガスに入った。 無事にチエックインして荷物の整理。無事というのは今回泊まるMGMホテルは巨大なんてもんじゃないスケールで5000室以上あるようなメガホテルなので、普段、好きなこじんまりとホテルとは相反する、チェックインのフロントなんか量産型という感じの処理システムでどんどん人が運ばれるというカンジだ。その晩はハワイのパシフィックリムの名店”ロイズ”でメシ。洋でもない和でもない、でもワサビ、生姜、醤油、ゴハンを上手にアレンジした洋食は大変、胃腸にも心にも優しくアメリカゴハン導入の初日には身体が喜ぶ・・・・・キャリフォルニアのワインの名産地”ナパ”はここの近所、ということで飲んだワインは美味しい白のシャルドネであった。ハワイのロイ・ヤマグチの名店はラスベガスの客も満足させていた。さて、このラスベガスという街の旅行記を書くに当たる上での結論を言うならば、元来の24時間眠らない町である歓楽的な街と時差ボケ、天然ボケ・快楽主義者で一日という区切りはあまり無く、寝る、食う、話す、ショーを見る、飲む、寝る、食う、ジムで発汗、パーティー、寝る、食う、飲む、話す、飲む・・・・・のような時間の流れであった。そのすべては楽しい時間、いわば充実だったが、この街で通常生活をおくるのは不可能。というのは観光旅行とは本来こうありで非日常的な事が素敵であり、こんなダラダラ生活も良いんじゃないの・・・ということで自分で処理。では何が楽しいのかを解説・・・・・・・・・・・・・
《ラスベガス的ショー》ラスベガスの楽しさはこれだ。常駐(この表現が正しいかはわからないがぁ) シルクドソレイユの”О(オー)””KA(カー)””ミスティア””ズマニティー”などはその代表。ステージの特種効果などはとても移動できる代物ではない。ここに見に来なくては見れるものではない。しかし人間のポッシビリティー(可能性)ってこんなにあるのかと感心する。それを引き出す才能、引き出される才能に驚く。とにかく、このショーだけを見に行っても満足だろう。ほかには話題のセリーヌデュオンのショー(A New Day)他、見るべきモノが多すぎる。あと特筆するのはタダで見られるホテルの周りで行われるショーだ。べラージオホテルのファウンテン(噴水)ショー、ミラージュホテルの火山が大爆発する”ボルケーノ”他、ぶったまげる規模のショーが町中で行われている。
《カジノ》ボクはあまり熱を入れるほうではないので語る事ではないが”ギャンブルで家が建った奴はいない” 要は楽しみとして遊ぶのだ。スロット、ルーレット、カード、ダイス・・・・・それぞれやったら深い世界なんでしょうね。ただ日本のパチンコ店で遊ぶ人々と装い、雰囲気は相当に違う。いや全然違う。高級なホテルほどスゴイ空気だ。こんなのに場慣れしたらカッコいいねぇ。
《ラスベガス的食生活》 これは実に幅広い。しかし結論から申せばアメリカのゴハンだしラスベガス的な食事はやはり大量処理型。(当然、ロブションが手がける高級店なども目白押し。しかしラスベガス的で今回はハマッたのは日本語で言うならば”食べ放題バイキング”こちらで言うと”バッフェ”だ。(これを日本的に発するとビュッフェだろう。)が楽しい。楽しめる!各ホテル必死でこのバッフェにかけている。というのはこれを安く提供することで客を引き込みカジノでお金落としていただくというのが戦略なのだ。だからオレ達みたいに食って帰る奴は喜ばしい客ではないかなぁ。予算が限られた同行者は泣いて喜んでいた。
《ショッピング》ショッピングもスケールが激しい。当然、世界中の有名ブランド店が軒並みある。なかでもイベント性いっぱいのショッピングモールはすごい。古代ローマの町並みが見事で天井に描かれた空が青空から夕焼けに変化する仕掛けの”ザ・フォーラムショップス”6店の有名デパートを併設し250店もの店を擁する”ファッションショー”イタリアのベニスをモチーフにしてモール内に運河がながれカンツオーネを歌うゴンドラが流れる冗談みたいな”グランドキャナルズショップ”他、有名店の巨大アウトレットモールも3軒。買い物は欲しいものはなんでも手に入るのだ。

ラスベガス・レポート。 しかし・・ありえない企画。日本から4700人参加。

そして今回のメインイベントのラリー&パーティー(前夜祭、アフターパーティー)は素晴らしく盛り上がれた。本当に感動の域であった。前夜祭のショーのエンターティナーのライネルリッチーも想像以上の盛り上がりに本人がブッ飛んでいたが本当にすごかった(オレッて日本ではまだまだ人気があるんだなぁ!という顔を終始していた!)ラリーの表彰は感動的で皆、嬉しそうだった。その為にがんばったんだモンねぇ。そしてAMの創業者のリッチデボスは素晴らしいく “もし今・・AMをしてなかったら・・・”というスピーチで沸かせてくれた。しかし心臓移植手術後8年にしてこの元気はすごい。(世界一の記録)ラリーのエンターティナーのケニーロギンスも良かったヨォ! アフターパーティーも楽しいひと時だった。しかし個人でこのような興行をできる中島薫DCAのスケールって何なのだ!!参加者パーティーで3700人、ラリーが4500人(全員が日本から来ている・・・)すごすぎる。ニューヨークラジオシティー、ロサンジェルス・シュラインオーディトリアム・ラスベガスMGMと続きいったい次回はどこなのだろう・・・・・・・・・AMはおもしろい。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

今回のダイヤモンドフォーラムは、マウイ島の南側のワイレア・リゾートだ。毎年素晴らしいリゾート地に行けるのはダイヤモンドになって良かったと実感できる時だ。さて、今回のグランドワイレアはホテルのレベルも相当に高いホテルだ。この地域に限らないがアメリカ人のトータルに町をデザインして美しく自然を生かしながら開発するセンスには本当に脱帽する。このホテルの界隈にはフォーシーズンを始め強力なホテルが建ち並ぶが、どこも本当に美しい。11月4日から10日までがオフィシャルで希望の人(というかほとんど)が前後に自由で北側のハナとかオアフのお気に入りのホテルに滞在というパターンだった。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

初日はウエルカムパーティーで海沿いのプールサイドでガーデンパーティーが行われハワイアンのエンターティナーを聞きながらビュッフェスタイルのディナー。久々の全国のお友達と歓談、暴飲暴食。しかし普通、こんなビュッフェは料理は不味くて量もなくすぐ無くなってしまうのに山盛りの料理と美味さに流石!と感心。2日目はフリーチョイスアクティビティー(ゴルフ、天体観測、ディナーショー、スパなどをチョイス)ボクはフリーをチョイスして橋本ちあき&みどりTダイヤ、八松エグ、小川ニューダイヤらとサーフィン三昧、夕食はビーチサイドでイタリアン。美味しいワインをガバガバ!。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

次の日も結局、朝から夕方までサーフィン三昧だった。幸せ度数100な最高な一時であった。橋本夫妻はハワイに数年間暮していた事もあってハワイの海を知り尽くしていて今回はアテンドしてくれて本当に感謝だった。みどりチャンも冗談みたいにサーフィンに入れこんでいて、こんな40代のサーファーな夫婦なんて見た事が無い。(長女は16才でプロスノーボーダーにしてプロサーファー)しかし、みんな好きな事をやって楽しそうだったなぁ。(橋本夫妻のすごさは後日特集でも組んで皆さんにお知らせしたい。今年一番の衝撃な家族です。本当にすごい!)そして夕飯はパシフィゥクリムの総本山のロイズでワイン飲みまくり。美味いモノ食いまくり。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

4日目の朝はビーチウォークを1時間ジョギングして朝食、そしてビジネスセッションが行われ作家の林真理子さんが特別ゲストで講演をしたが相当に面白かった。(そういえばプロダクトフェアーは行くの忘れていたので誰かから話しを聞いてくださいな。相当に新製品が紹介されていたらしいです。)そして集合写真。(コレ大事!)午後はやっぱりサーフィンを!。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

シンペイ、山崎ヨッちゃんCA夫妻、橋本じゅんニューダイヤ夫妻、髙木直ニューダイヤ夫妻、ケンタロー夫妻でキヘイの平和な海でサーフィンをして遊んだがこれまた楽しい時間だったなあ。ほとんどが初体験なのに波に乗れて絶叫していた!。ハワイの波は乗りやすいんだよね。デビューにはもってこい。夜はグランドバンケットで皆ドレスアップしてカクテルパーティー、着席ディナーはベジタリアンメニューをあらかじめ注文しておいたら美味かった(決してベジタリアンじゃないんだけど・・)エンターテイメントはオリータアダムスが素晴らしい美声を聞かせてくれた。オフィシャルはここまで。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

翌日からウチと正人T、湘南・小川D、名古屋の山本夫妻他でホノルルにヒトッ飛びして2日間を過す。ハレクラニホテルはいつでも完璧!。ベルボーイに会うなりチエックイン前なのに”ハローミスターハダー!”と呼ばれてゴキゲン。さて今日もこれがまた忙しい。ワイキキは大好きな街なのでやる事が沢山ある。そしてやはりサーフィンもしたい!!。ボードも買いたい!、注文しておいたボードのピックアップもあるぞ。服も買いたいし!!。ホームセンターも行きたい!。到着した日はサーフガレージにサーフボードのオーダー、オジサンサーファーは器具に頼るのだ。晩飯は井利元W、野佐掛ひろむDも交えて中華”レジェンド”で海鮮食いまくり!ワイン飲みまくり。久々の醤油味にウナリ、そしてナゼかボクの悲願だったローカルには有名なボーリング場で食う牛テールスープがバツグンに美味しいという話題になり即刻乱入。そして注文して制覇(その間34分、いずれ紹介します)帰りにダイエーハワイ店でコナコーヒーを購入して帰った。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

翌日は朝からサーフィン、ワイキキのポップスというビーチから10分位沖(パドルで10分は相当な距離)のポイントに入って力尽きるまで約4時間入った。橋本夫妻も来て楽しい。入っていたローカルサーファーは皆、友達になった。今日アテンドしてくれた面白いアメリカ人のトニーは友達の友達で世界は狭い。メシはローカルなオノ食堂へ乱入。信じられない感動だった。(後日紹介しますね。)そしてトニーの家を訪問。山の上にあってカワイイ!。景色もバツグンで家賃が12万円!許せない。その後アラモアナにてヒデ子さんと待ち合わせ(今回の旅行で奥さんと夕飯以外出会うのは初めてだよ!!スンマセン!)買い物をしてホテルまで帰った。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

その後下半身の運動不足を感じてジョギングを1時間した。夕飯はカフェミロという新悦なレストラン。近所にタムラというホノルルでは有名なワイン屋があってそこでワインを購入して持ちこんでも良いという寛大なサービスを気に入った。ものすごい種類のワインの中から店員に相談して4本をチョイスしてレストランで最後の晩餐。ワインも当りで感激なヒトトキだったなあ。明日は帰国です。充充充充充充実の7日間だった。ハワイで観光的でなく日常的な過し方が出来る様に旅慣れる事が出来てウレシイ。

ダイヤモンドフォーラム 2004 マウイ

世界にはもっともっと楽しい事、綺麗な物、美味しいモノ・・・・が色々あるのだろうなあ。感謝です。(しかし今回の参加者は176組、305人その人数をファーストクラスとビジネスクラスのみで招待・・・スゴイ。そしてあなたもこのタダの旅をゲットしてください。そう!やれば出来る!!と思う。こんなインセンティブツアー(招待旅行)に来て色々な人と話せば話すほどに感じるのは・・・・皆、普通の人だ。本当に普通の人なのだ。ただあきらめなかった普通の人だと痛感する。)

何故かアフリカ最高峰・キリマンジャロ。

何故かアフリカ最高峰のキリマンジャロ。波田はアルピニスト(登山家)ではない。道具も無ければ経験もない。そしてなにより7大陸最高峰制覇などという野望も無い。”山と渓谷”なんて雑誌は絶対に立読みもしない。しかし今回はキリマンジャロを目指した。理由は一つ!。断る理由が無かったのだ。今回の隊長である石川龍彦氏(※1)は素晴らしい方だ。私事ではあるが、数年前に南米最高峰アコンカグアを目指した。それは”勢い”での約束だった。しかし丁度その時期に父親が他界して波田啓次郎のみ脱落を余儀なくしたという過去がある。(正直、脱落して安心した。後日、ビデオを見てことさら安心は確信に変った。)ところがそのリベンジにキリマンジャロはいかが?・・・という事だったが・・・。とにかく誘ってくれるということは波田でも登れる山で楽しめる見込みがあるからであろう。わざわざヒドイ目に合うような登山を石川隊長が誘うわけは無い。今回はキリマンジャロでコーヒーも飲みたいし、行っちまうカァァ~~と参加を決定。帰ってきてみたら気分はアルピニスト。7大陸最高峰制覇もあとはたったの6つか!!、ふん!!という気の大きさだ。

何故かアフリカ最高峰・キリマンジャロ。
【キリマンジャロ登山のスタート点、マラングゲート】

2003年1月16日【1日目】6時に大熊が迎えに来てくれて羽田に向かう。羽田に着いてチェックインして坪松氏と会った。(関空経由なので羽田空港発。)そして関空に飛んで登山参加者6人と会えた。今回行けなくなった林光太郎さん(※8)も来てくれて、23時30分のエミレーツ航空317便で一路、アラブの石油産出・金持国家アラブ首長国連邦のドバイに飛んだ。11時間25分のフライトの殆どを曝睡状態。到着して全員がアングリと口を開くほどにドバイ空港は豪華絢爛。流石に中東の石油産出国だ。そして24時間空港なので朝の5時過ぎなのに、物凄い数の人間が空港内を移動。店なんか100万軒開いていてまるでラスベガス。免税店で買い物をすると車が当たるキャンペーンを実施していて空港内通路にはポルシェ、ベンツ、フェラーリ、マセラティー、ベントレー、がゴロゴロと展示。さすがにアラブ首長国連邦じゃ~~と唸った。トイレのトッテが金製なら○○と考えたがTOTOだったので諦めた。そして数時間後にエミレーツ航空でアフリカのケニヤに飛び時間的には昼過ぎに到着。遠かった。本当に遠い~~。アフリカ大陸の空気は乾燥した大地の香り。なんとも形容し難いオイニイがあるが過去3回もこの臭いがした。迎えが来てくれて荷物を積みこみナイロビの街に入って宿泊のホテルに向かう。機内食を変な時間に食っていたのでランチは無しでホテルに荷物を置いて観光旅行に出た。 ジィラフパーク(群れからハグれたキリンが保護)でキリンに餌付け。物凄い迫力だ。そして何故かそこにデカイ、土色をした亀がいて、必死に唸声を上げて交尾しているのを外人も我々も関心して見入ってしまった。亀の絶叫唸り声を聞いたヒトは珍しいでしょうねえ。”えうぅぅ~”。(カッタカッタカタカタ・・という甲羅の当る音もオカシイ。)隊長、以下全員気に入って永遠に亀の絶叫の声を真似ていたアホオジさんチームとなった。その後、動物孤児センターで様々なハグれた動物を見学した。その際、チーターの檻に入れてもらいチーターとツーショットが出来た。マジで恐かったよ。チーターと心は打ち溶け合えなかった。しかし何故に水前寺清子はチーターなのか??。まぁいいかぁ・・。夕方にホテルに帰って夕飯はホテルのプールサイドでバイキングを食い飲みまくり盛り上がった。満月が美しいアフリカの風が吹く夜はロマンティックだが見まわしたら男ばかり・・・まだ、亀の絶叫をしている奴も・・寝た。

何故かアフリカ最高峰・キリマンジャロ。
【マンダラハット】

1月18日、【3日目】 アフリカはケニヤの街も高地なので清々しい朝、美味しいバイキングで朝食をとって出発。チェックアウトして乗らされたバスはなんと、乗合のバス。荷物はマイクロバスの天井に乗せられアフリカ人も乗りこみ国境の町であるナマンガに向う。昨日、”ゲェ~ヒデェバスだなあぁ!、イヤだネェあんなバス乗りたくないネェ~”と笑っていたバスにまさか自分達が乗るとは・・)約3時間のドライブでヘロヘロしながら陸のイミグレーションにてケニヤからの出国とタンザニアへの入国手続きをすませて再度、バスでタンザニア第二の都市アリューシャに向う。結構、疲れたがランチはノボテル(ホテル)で美味しいランチ。なんだか絶対に山に上がったら美味しいモノを食えそうに無いので必死に食った。アボカドサラダが抜群だったなぁ。そこから宿泊地の”モシ”という街のホテルに移動。家を出てから3日目なのに、まだまだ、キリマンジャロの麓にも着かない。モシのホテルは快適だが、シーツの上で寝るのもシャワーも今日で最後なのだ。夕飯はホテルで用意されたメシを食う。アメリカ人の学者と友達になって一緒に食事。長い移動のせいか皆、早々に倒れてしまった。
1月19日【4日目】 朝飯を食いニュートリを食い準備万端。いよいよキリマンジャロ登山の出発点であるマラングゲートに移動。登山口の雰囲気は素晴らしく、まさにこれから登山が始まるというワクワク感。入山手続きを済ませて荷物を整理。自分達のガイドのソブリンとオニックスを紹介されて、いよいよ出発。なんだかアルピニストな気分。今回はキリマンジャロの規則で荷物はポーターが持ってくれてコックもガイドも自前。6人の我々のチームを支えるのに15人のスタッフなのだ。しかし決して大名旅行とはいかない。結局はこの高度差、距離は自分の足だけが頼りだ。ガイドのソブリン(※2―波田はサブちゃんと命名)はゆっくりゆっくりとした足取りで標高2727?のマンダラハットを目指した。もちろん、この低さでは高山病の症状は出ないが、一人だけ荷物がデカイというか倍以上の用意周到・坪松氏(※3)は汗ダラダラで少し心配だ。しかしガイドはあくまで物凄いスローペースで上がっている。これが高度順応の基本なのだ。ランチは簡単なサンドイッチだがマーガリンが不味かった。皆で文句言ったらその後、二度とマーガリンは出なかったので助かった。マンダラハットまではまだまだ森林地帯で緑の空気が素晴らしい。気分はハイキングである。まだ決してアルピニストではない。約4時間で到着。ハット(山小屋)はとても可愛くて4人部屋になっている。あてがわれた部屋に入ってワクワクした。”立って半畳、寝て一畳”という言葉を思い出したがなんだか狭さが快適だ。しかし荷物を背負ってくれた現地人の汗のオイニー(臭い・・)がザックに染み着き少々の騒ぎになった。夕飯は中央の食堂で食うのだが、結構まともで皆驚いた。最後だろうと思いビールを飲んだ。調子にのって隠し持っていた緊急用バーボンを飲んだら気分が不思議な症状になったぞ!。もうすでに高度が上がっているので普通ではないのだ。食後は2段ベットに早々に入り寝袋で熟睡。酸素が薄くなり胃腸が圧迫されているせいか、みんなやたらにオナラを連発していた。一部、臭いヒトがいたが名前は伏せよう。堀正樹隊員(※4)の名誉ためにも・・・。

何故かアフリカ最高峰・キリマンジャロ。
【ホロンボハットの朝】

1月20日【5日目】 マンダラハットの朝は爽やかだ。朝焼けもキレイだ。昨晩、トイレで起きた時に夜空を見上げたら、満点の星に驚いて唖然とした。南十字星が手に届きそうな距離だ。今日は高度順応の為にココにステイして高度で数百?高いクレーター周辺を散策したりして体調の調整。今回は通常のツアーより、この高度順応に時間をかけている。この山登りは高山病との戦いでナメると地獄を見るのだそうだ。ガイド達とゆっくりゆっくり森林地帯を徘徊した。なんだか物足りないが仕方が無い。しかし、木々がものすごく珍しい形が多くて飽きない。そしてせっかく上がったのに下りるのはもったいないなあと感じながら、またまたマンダラハットの戻って、みんなで和んだ。洗濯をしたり雑務をしているうちに夕飯。今夜もメシは美味しかったがアルコールは控えた。波田の歴史に残る控えめな食生活だ。就寝。また誰かのオナラがうるさい。
1月21日【6日目】本日は移動日で朝飯を食った後に3720?のホロンボハットを目指した。はるかにキボ峰を眺め草原地帯をひたすらに歩いた。それもゆっくりゆっくり(スワヒリ語でポレポレ)。この辺にくると森林限界を超えて高い植物は殆どなくなってくる。あまりノンビリと休憩をする事もなく歩く事、約6時間でホロンボハットに到着した。今回のハット(山小屋)もとても可愛くて、ここは6人部屋で全員で同じ部屋に入れた。結構酸素が薄い感じがするのだが、考えて見れば3700?といえば、富士山の頂上と同じではないか。そう思うとイキナリ酸欠化をイメージしてしまう。お湯をタライに入れて持ってきてくれて洗顔、身体拭きをしたらジイ様みたいだけど気分が壮快だ。しかしオレはどうも高度順化がしにくい体質らしいのであと100?位歩いて上がりまた下がりを3回繰り返した。すこし足が速くなるたびに息が上がってしまう。こんなことで大丈夫だろうか。しかし景色は雄大そのもので、ここまでくるとキリマンジャロの氷河とギルマンズポイントが遠くに見える。そして下界のサバンナがウッすら見えている。夕日がものすごく美しく本山隊員(※5)と大きな岩の上で放心しながら見入ってしまった。夕焼けが終ると満点の星空で、その後にはなんとアリューシャーの街の夕焼けまで見えて素晴らしい。撮影をしてもこのスケール感は間違いなく伝わらないので視覚で記憶。またまた夕飯もいい加減、期待しなかったのに思いの他に美味しく鶏の唐揚げなんて最高だった。空気が薄いと言う事はお湯の沸点も違うので低地と同じ事をするのがなかなか困難なのだ。たいしたもんだなあ。しかし相変らず呼吸は少し辛いのだ。10時頃まで、みんなでヘミングウエイの”キリマンジャロの雪”についての考察とか、イラクの査察問題、北朝鮮拉致問題を話しあうかと思ったら終始、アホ低俗時折エロ系な話題のみの会話が繰り広げられた。

何故かアフリカ最高峰・キリマンジャロ。
【標高4700mのキボハットへ】

1月22日 【7日目】今日はまた高度順応の為にホロンボハットに滞在。しかし、じっとしていては意味が無いので水を持って400?程度を上がった。だんだんと紫外線が激しくて日焼け止めが必須だ。足立健造隊員(※6)など歌舞伎役者みたいに不気味なメイクだった。400?上がったと言っても横ではなく縦なので歩く距離は結構なものである。右側には壮大なマウエンジ峰が聳えている。白黒のまだらなゼブラロックまで上がる。そこまでは、よかったが、そこから一気に高度差はないが急な傾斜を上がったら呼吸困難になって、一気に自信喪失。高度は4200?、実際のギルマンズポイントは5685?なので、まだまだ程遠い!。大丈夫かねえ・・・。しかし、そこから見えたキリマンジャロははじめて見たキリマンジャロの全景で感動だ。まさにJTBのカレンダーで見た、コーヒーのパッケージデザインで見た、数々のアフリカ紹介の映像でみたそのもののキリマンジャロがそこのそびえていた。しかしネェ、どう考えたって遠いいぞ。まあココまで来てしまったんだから行くしかない!!。なんだかもったいないが、そこから下山して宿泊のホロンボハットに戻った。今日も清々しい風で気分は絶好調だ。
1月23日 【8日目】朝早めに準備して朝食を取った。朝食といっても、お茶と焼けた色というか柄のトースト。(焼いたのだろうが冷めていて・・・)救いはケニヤで購入してきたマヨネーズだ。不思議なのは卵の黄身の色がオレンジでなくて黄色なのだ。まあとにかくランチをもらいパッキングして出発した。今日はキボハットに向い6時間の走行予定。標高が4703?なので一層、空気が薄くなる。当然ゆっくりゆっくり(ポレポレ)上がるが少し敏速なことをするとたちまちに呼吸が困難になる。クゥキィガザスィタァァァイ・・・・景色はやっと昨日みたゼブラロックを越えるがキリマンジャロの山は歩けど歩けど近づかない。ラストウォーターポイントという小さな最後の湿地帯を抜けてサドルという高山性の砂漠で赤茶けた大地を抜ける。すでに4000?を越えているので全員、頭痛、呼吸困難など高山病の症状が出てきている。遠くにキボハットが見えてきた。しかし歩けど近づかない。6時間ゆっくり歩き到着。今回の宿舎は大部屋だが僕ら御一行様だけなのでくつろいだ。食欲もまるで無い。登山はダイエットには最高だ。きっと体重も落ちた様な気がするしアルコールだって数日飲んでいない。そんな人生何年ぶりであろうか。そして5時に夕飯をしてガイドは寝ろという。そう、明日が本番というかアタック日なのだ。日本を出て9日目、キリマンジャロを決断して半年、そのいよいよの日が明日だ。

何故かアフリカ最高峰・キリマンジャロ。
【キリマンジャロ頂上のギルマンズポイントの朝焼け】

1月24日、午前0時、【9日目】1時間前に起こされというかあまり寝られない。やはり酸素が半分の場所だと深い睡眠が得られないのだ。それに加え足立健造隊員のひどいイビキでせいぜい1時間しか寝られなかった。緊張しているし、気がはっているから精神力でゴー。宿舎の世界中から来ている外国人チームもほぼ同じ時間に頂上アタックにスタートした。一気に標高差1000?を上がって御来光(朝日)を拝むには6時間を要するのだ。たった200?を平均1時間で上がるのがやっとな程に厳しい急激な斜面、そして決して足場はしっかりしていなくて崩れる。ゆっくりゆっくり上がるが、眠いし寒いし景色は無いし休むとガイドは怒るし、そして苦しいし・・・・なんでこんな辛い思いをするのであろうかと登山家の気持なんて全くわからない。歩きながらヒトと話すユトリも酸素もなくて下ばかり向いて歩いているからロクな事考えない。苦しい~~~~。そして少し明るくなりかけた頃に頂上に到達!!。最後の一歩を登ったら倒れて外人が起きあがらせてくれた。意識不明だ。そして感動を通り越して気絶しそうに眠かった。おれは眠さには本当に弱い。優しいガイドのオニックス(※7)が熱くて甘い紅茶をサーブしてくれて、それが宇宙一美味しかったのでガブガブ飲んだら意識もエネルギーも戻ってきた。景色を見たら物凄い!!。ざまあみろ!!。おれはキリマンジャロに来たんだと痛感した。参加者全員登頂で皆で狂喜した。そこで一応は登頂。もうひとつのピークであるウフルピークを目指した。標高差で200?だが時間は往復で3時間。坪松氏はリタイヤしてガイドと下山して、他の5人はウフルに向う。今度は平坦だが一歩足を滑らせたらクレーターの底、数100?にまッさかさまだ。しかし足は重くなってきたし・・・。中盤で波田は予定変更で下山してキボハットに先回りして待機することにして他の隊員4人はウフルに向う。同じ道を下山しながら驚いた!!、よくもまあ真夜中にこんなに険しい足場の悪い道を永遠に登ったものだと関心した。はるかかなたに宿舎であったキボハットが見えるが歩けど歩けど着かない。約2時間でヘトヘトになって到着。登りもキツイが下りもヒザには辛いのだ。小休止するつもりがベットで倒れこんでわずかな時間だったが水深200?位の勢いで熟睡した。そしてみんなが戻り、感想を語り合いながら、あまりの疲れに食欲も湧かないままに下山。これからは下山の一途だがホロンボハットまで降りるのだ。おそらく3~4時間の道のりだ。もう、考える事も無しに”無”になった状態で歩いた。後ろを振り向くと雄大なキリマンジャロが!!。しかしこんなデカイものに本当に登ってきたなんて信じられない。ああ、あとは帰るだけだ・・・。夕方全員へとへとになってホロンボハットに到着。空気はだんだん楽になってきたが、まだ3700?だから人間の順応とは凄いなあ。夕飯もそんなにガツガツも食えないまま8時過ぎには全員就寝した。数日間の間、寝ていても酸素濃度が50%の為に普通ではなかった睡眠状態が慣れたのと疲れていたので翌日の6時まで永遠10時間以上もトイレに行く事も無しに全員、曝睡した。

何故かアフリカ最高峰・キリマンジャロ。
【登頂証明書をもらい、達成感!!】

1月25日【10日目】 壮快な朝である。もう1?も上には行きたくない。お家へ帰ろう!!。朝食をすませて荷物を整理してポーターに渡してから今回のサポートしてくれたスタッフ総勢15人がロッジの前に勢ぞろい。そう!!。彼らはチップを要求しているのでニコニコしている。全員の役割別にチップの贈呈式を行った。みんなウレシそうにしていた。そしてアムウェイの旗を中心に記念撮影をしてから下山。帰りも、やはり永遠に遠い。丘を越してやっとかなと思い山を越えると、またもや丘が来るのだ。下りはじめて5時間で最後というか出発点のマラングゲートに到着した。終った・・・。感無量だぞ!!。記念にカッコイイ登頂証明書をもらえた。ガイドとキリマンジャロ国立公園のサインが入っている。なんだかガイジンさんのサインが入っていると本物感が強い。ランチをした後にスタッフとは別れて車でアリューシャのホテルに向かった。途中、アフリカらしい樹齢650年の”バオバブの樹”を見たりした。そしてホテルで7日ぶりに風呂に入った。風呂の水は汚水と化していた。だから快適感は格別だ。みんなでプールサイドでビールを飲んだが本当に美味しかった。夕飯は決して美味しくは無いメシだったが、やはり相当に飢えていたせいでワインも美味しく飲めた。ちょっとの量で頭がグラングランきたぞぁ!!。達成感だなあ!!。そして嬉しい事に仲良くなったスワヒリ人ガイドのオネックス(オリックスと覚えたせいで時々、アコムとかプロミスとか呼んだ。)が可愛らしいシャイなガールフレンドを連れて会いに来てくれた。盛り上がり、その後はバーにいって堀隊員は生バンドにリクエストして歌いまくっていた。観客なゼロだが堀隊員には武道館になっていた。そして全員、倒れた。
1月26日【11日目】 朝食はあまり食えなかった。少々、都会的な二日酔いな頭痛を抱えてバスに乗る。今日はシャトルバス(全然、そんなオシャレな名前とは似つかわないヒドイ、9人乗りの乗合ワゴンだ。うんざりする程に長い距離と時間だった。しかもバスがボロくてショックが抜けていて乗り心地は最悪。右からは強力な日差しで右手の皮がむけた。国境を越えて昼過ぎにケニヤのナイロビに入った頃は全員クタクタで、そのまま観光相手のレストランに連れこまれた。しかしそこは以外や以外に美味しいというか奇妙なレストランで鶏肉、豚肉から始まり牛は当然としてゼブラ、ガゼル、ダチョウ、インパラ・・・・と普通じゃない珍獣食材のオンパレードであった。なんだか”アフリカ”を食った気がした。象やキリン、かば、ライオンも食ってみたくなった。(ウソ)その後、ガイドに無理言って地元スーパーに乱入してコーヒーなどお土産を購入。6時半の飛行機なのに3時過ぎには空港に向った。理由は航空会社がへっちゃらでWブックをしでかすのだ。アフリカの常識は違うのだ。出発までダラダラと過し飛んでからも一層、ダラダラとドバイ到着の深夜まで過した。そして深夜に経由だったのでステイすることにしたアラブ首長国連邦のドバイに到着。ギンギンギラギラな空港で目を丸くした。そして深夜にシェラトンにチェックイン、ちょっとヒトモンチャク。

何故かアフリカ最高峰・キリマンジャロ。
【現地のスタッフ(ガイド、コック、シェルパー他)】

1月27日【12日目】朝起きて、昨晩にコンシェルジェで手配した砂漠ツアーと観光に出かけるので朝食を取った。マィウーーな朝飯に満足。10時にアブダビだかアルデヒトとか言うガイドが迎えに来てトヨタランドクルーザーで町を散策、まぁ、とにかく新しい町でいたるところが建設ラッシュだ。ドバイセンター、ミュージアムを見学。昼に中華を食い、その後はメインイベントの砂漠に向い、なんとそこには仲間のランクルが数10台終結していて、4時過ぎに全車両が一気にスタートして一列に砂漠を物凄い勢いでかけ回った。飛ぶは跳ねるはで、それはそれは壮大な気分だ。時々丘陵のテッペンに停車させて景色を眺め、そこはもうアラビアのロレンスそのものの景色で、赤い土が波うって永遠に続く別世界だった。そしてその先に夕焼けが沈み、そこを野良なラクダが過ぎて行って完全にやられたのだ。もう、観光協会の仕業とは思えないが参った・・・。参加者全員放心しまくった。誰しもがイメージしたアラブがあるのだ。その後、日が暮れてからアブラハムじゃないアブダビ?が連れて行ってくれたのが、砂漠の真中の集落のような所で(もちろん観光用の場所)そこでラクダに乗せてもらった。坪松氏のラクダは気性が荒く彼は吹っ飛んでいた。そしてホテルに戻って食事。色々と夕飯の選択肢はあったが、今晩深夜の出発と言う事もあったのでホテルのビュッフェで食ったが、結構美味しくて正解。じつは昨晩のホテルのチェックイン時のフロントの失態に対してのペナルティーで支配人からの招待だったので、より嬉しい。深夜12時半にラゲージアウトして3時の飛行機で関西空港に向い時差が重なって夕方4時に関空に到着して解散した。波田はアクセスが悪く羽田に帰れたのは9時過ぎでそのまま直行して鯖寿司を食いにニコタマ・パパゲーノに迎えにきてくれた大塚健司らと乱入した。ああ、幸せな旅でした。そして日本は幸せな国だ。キリマンジャロの旅が教えてくれた事は多い。今までのどんな旅とも違う感動があった。不自由な中の快適がたまらない。そして偉大な大自然の美しさに勝る物は無いと実感した。美しい地球を守りましょう。 2003年1月
※ 1) 石川龍彦隊長、5○才には全然見えない。京大出というインテリ臭さを出さない元、高校教師。世界の山を制してヒマラヤ、アコンカグアなど7000?級はお庭。EX。
※ 2) ソブリンが正式名だが波田はサブチャンと認定。 タンザニア人のガイド。とてもインテリ系。超薄いジャージ一枚とスニーカーでキリマンジャロにポケットに手を入れて登頂。過去に100回のアタック経験。
※ 3) 坪松隊員 歩くジャポニカ百科事典、どうしてそんなこと知ってるのと言う事を日に平均12,6回ヒトを唸らせる。とにかく1、聞くと100は答えが用意されている。事前調査を鬼のようにしていて、とても初めて登山してキリマンジャロに来たとは思えない予備知識状態。そう現代のイッキューさんと呼びましょう。難は知識が多すぎるいこと・・・・?!。しかし荷物の量は要リストラ状態。DIA
※ 4) 堀正樹隊員 度々、波田とは変態旅行を共にする新潟在住40才、オシャレな年齢不肖の二児の父。6軒のカフェ、レストランを趣味で経営。波田には時々イジめられるが新潟ではきっとエライ!!。EX。次回は内科検診受けてオナカ治して登頂してください。プ~~ 。
※ 5)本山隊員 絶対に裏から見ても表から見ても下から見てもめくって見ても50歳になんて見えない。体脂肪率9%以下の研ぎ澄まされたバディーは男の憧れ。ゲイの夢。EX。水泳とランニングが得意で趣味のトライアスロンも!!!。愛車はE55!!。
※ 6 足立健造隊員 三重県四日市在住。荷物は少ないのに聞けば何でも持っている。真夏の下界でも氷点下の頂上でもほぼ同じコスチュームで過していた。上海師範大學御卒業で中国語はべーラべラ(未確認)。ユニークな人格。
※ 7) オニックス、スワヒリ人の長身ガイド。ノーとは絶対に言わない頼れる奴。彼女が可愛かった。オニックスが何故か覚えられなくてオリックスと覚えたら、みんなからオリコとかアコム、プロミスと呼ばれていた。
※ 8)林光太郎 準隊員 出発二週間前の正月にいきなり左足を骨折。ギブスに車椅子・・・行きたくなかったのか、わざとの骨折と一部からウワサ。(波田説)自分で骨を折るのは、ざぞや痛かっただろう・・・しかし、林ギャグ百連発が聞けなかったのが淋しかったなあ・・・。DIA

“37写真集”はオリジナルなお誕生日プレゼント。

この写真集は世界で二冊だけのオリジナル! 便利な時代でこんなオリジナルな写真集はMAC(アップルのパソコン)の編集ソフトに写真を挿入して、メールで送ると、なんと数週間後には見事な写真集になって送られてくるという優れモノだ。 希望の場所に文字も入れられるし、かなり自由に、そして簡単に出来るのだ。  このテーマの“37”の写真、“37”という数字には魔法がある。何か運が向く瞬間に前に走るクルマのナンバーが“37”、良い出会いがあった飛行機の座席番号が“37”・・・天地創造の数字とも言われる数字だ。 そして敬愛する薫DCAの誕生日でもある。 世界中で5年間かけて約20カ国で撮りためた約600枚の中から厳選した120枚を採用した。プレゼントした薫DCAはとても喜んでくださった。 一冊は作者のボクが保有! 一冊1万円ちょい! マックに詳しい人に聞いたら簡単です! A4版 100ページ

“37写真集”はオリジナルなお誕生日プレゼント。 “37写真集”はオリジナルなお誕生日プレゼント。 “37写真集”はオリジナルなお誕生日プレゼント。