9月7日(金)この日はYちゃんのクルーザーに乗せてもらって夏の最後を楽しむ算段だったのだが、なんと彼のクルーザーがかなり重傷な故障ということで急遽キャンセルとなった。でも気分は完全に大海原、それに友達のヒロ夫妻も誘ってしまって、なんと彼女は会社まで休んでしまっている。・・・・どうしよう! あぁぁ??久々の公君に頼んでみよう! と言う事で電話したら快諾してくれた。公君は油壺マリーナに友人と30フィートのセーリングヨットを所有しているのだ。

朝の8時半に自由が丘で待ち合わせしたヒロ夫妻。なんとほぼ手ぶらだし!! オマエらこれから海に海水浴に行くんだぜぇ!?(笑) まぁナントカするかぁ。という事で一路、湘南を抜けて葉山の先の秋谷海岸のオンザビーチの家にて暮らす公君をピックアップ。そして油壺へ! 油壺は三浦半島の先っぽ。素晴らしいヨットハーバーが並んでいるのです。その中でも特に素晴らしい油壺マリーナ。ここに公君達が数人で所有するヨットがERICKS 。(実は10年少しまえまでボクもそのメンバーでした。)50歳以上の方ならば誰でも知っているE,H,ERICK氏(E,H、エリック氏)が旧オーナーでエリックさんが我々にヨット航海技術のノウハウを教えて下さり、そして船を譲ってくれたのだ。当時の我々の年齢は28歳・・・随分と生意気な20代だったんですよ。(笑) 昼メシを三崎港の漁港の定食屋ですませた。そうそう途中のスーパーでヒロ夫人は全てで5000円程度の水着も購入。

久々のセーリングは本当に気持ちが良かった。風はあまりヨロシクなかったけど、ぎりぎりセーリング。そしてシーボニアの入り江にヨットを停泊させて和み大会。 海水浴にお昼寝、読書と素晴らしい時間を過ごした。公君はつい7月中旬に100日間の世界一周豪華客船旅行から帰って来たばかり。そのお土産話なんて最高に面白かったなぁ。あのまったりとした時間は体験しなければわかりません。本当に幸せの極地。 帰りは林ロータリーにある唐揚げ専門店の三平、そしてその裏でモツ鍋食べて、またまた公君宅で飲み直し・・・いい一日になりました。 公君、実に幸せそう! 本当にありがとう!! 一緒に行ったヒロ夫妻もクルージング初体験で本当に楽しんでました。 幸せな毎日×365日 そんな積み重ねの一生にしたいもんだ。
8月28日は沖縄にいた。本当はこの三日間は友達8人で巨大ヨットをレンタルして離れ小島の慶良間諸島あたりの無人島をクルーズしてキャンプ&ダイビングするというお楽しみスケジュールがあったんだが、台風ともろに当たってしまい中止となり、スケジュール変更。東京から来ていたオレは2日間、沖縄で過ごすしか無くなった。まぁ、一生に一度の事ではないから大丈夫! きっと何か良い事、楽しい事があるに違い無いと思っていた。 夕方までは友達とお茶したり、映画を見たりと過ごした。 早い時間に待ち合わせしてローカル友達の大平とダイビングシヨップ、オーナーの古山兄ちゃんとで栄町に飲みに行く事に! この栄町のディープさったら日本一。今この平成の時代になっても赤線(一言で言えば売春宿)がおもいっきり存在する世界。そこにある飲み屋や居酒屋も昭和初期で時代が止まっている世界。その中でも特筆に値するのが”便利屋”という名前の小籠包(しょうろんぽう)や水餃子を提供する店。元々はお惣菜屋であった店を居抜きで借りて、面倒なので名前はそのままという超テキトーな店。(オレの想像)なのに味はピカイチなんですよ。そこには正式な食べる為のイスとテーブルは無くて、近所の八百屋や総菜屋が閉店したあとの商品陳列台を利用して勝手に食うシステム。当然に予約なんて無いので早く行って陣取るしかない! という事で暇なオレ達はまだ明るい6時前に行って陣取って待機。そこに大平達の新しい友達が数人混ざって飲み会がスタート。今日の初対面は某国営放送の女子ディレクターさん。かなり飲み会も盛り上がり始めて、彼女と共通の趣味の旅の話題に! 彼女が『私、モロッコに行きたいんです!』と言った瞬間に、何となく見上げた視線が店に並ぶ列に見えた顔はなんと、なんと、旅人のリエ! お互いに目があってビックリ仰天!!『あぁぁ!リエっ!!』『ええええっ!ケージローさん!!』 数年ぶりの偶然の出会いではあるんだけど・・・彼女との初対面はモロッコのフエという世界遺産である広場の屋台。彼女は真の筋金入りの旅人で、なんと一人で世界中を三年間近く旅している途中で出会ったのだ。話せば長いがモロッコ男に追い回されてヘキエキとしている時の出会いだったんです。そしてモロッコで2日間、ポルトガルのリスボンでも会ったりして遊んでました。その後、数ヶ月後に彼女は帰国。それだけ旅してもまだ足りないらしく、あと一年以上かけてアジアを回れば満足との結論。看護婦とは結構な職業で何処でも働けるらしく貯金目的で集中して勤務して一年で◯百万円を溜め込んで、東京の全てを引き払い、またアジアに旅立ったのだ。その際、携帯電話も切り、唯一の連絡手段はミクシィだったが、オレにはミクシィは未開の世界。まぁ縁あればまた会うだろう・・・程度の別れだった。そのリエとの再会がまさかの沖縄。彼女は日本に帰ってどうも東京の生活は食指が動かず。そしていきなり沖縄を選んでこの春から生活を始めたと言う。この二年間の間でオレも携帯のアドレスを変更したりと連絡が途絶えても仕方が無い状況。 そんな中での偶然だ。それはそれは感極まる時間だった。再会は19時で、そのまま盛り上がって解散したのは日にちも変って26時・・・ 偶然なのか必然なのか、まさかの沖縄、まさかの台風での予定変更、まさかの栄町の便利屋、まさかの時間帯、もう偶然とは思えない。 それで何だってわけじゃないんだけど・・・(笑)
2012年8月25日 悲願の大曲の花火競技大会に行った。この企画、寒い寒い冬場に提案されていた。秋田県の能代という場所でミーティングをしていて、その時に斎藤さんという現地でかなり力のある素晴らしいリーダー御一行が遊びに来てくれて、その時に大曲花火競技大会の映像を見せて頂き度肝を抜かれたのが最初だ。そのiPadでの映像・・・分かりやすく言えば普通の花火大会のフィナーレの部分が10倍、いや20倍になって、それが4時間近くも続くという代物。 映像だけでビックリ仰天だった。そんな場所での軽い口約束・・・それが実現したのだ。もちろんそれだけでなく大きな、秋田県始まって以来というスケールのラリーも翌日に開催。(ただでは帰れない!)

その日が来た。新幹線の車内は当然に満席。新幹線のチケットは発売日の当日に瞬間的に売り切れるらしい。 隣の席の家族は東京から秋田の大曲までの四時間弱の間、永遠に花火の話題であった。どうも聞いているとこの参加が初めてでは無い様子。いわゆる熱狂的なリピーターっていう奴だ。 何せこの花火大会、80万人という参加者だ。桟敷席だけでもその数で、売り出されていないフリーな場所をいれたら100万人を軽く超える参加者があるイベント・・しかし簡単にヒャクマンニンと言うけれど東京ドームの満席の20杯分・・・それが平たい川原に座っている迫力ったら想像の域を超えてるのだ。こんなに一度に人間を見たのも生まれて初めて。 そして、このイベントは花火大会ではない。”花火競技大会”なのだ。全国の花火師と花火会社28社が競い合い順位を決めるというもの。という事で各社、自社の威厳をかけて最新作、および最高技術を披露しあうという究極の祭典なのだ。

5時からスタート、まだ明るい時間は昼花火なる物が披露。そして暗くなった19時から三時間半にわたりものすごい勢いで花火が打ち上げられる。それぞれにテーマが決められ、音楽が選ばれ演歌っぽいものからエグザエル、AKB48、葉加瀬太郎のバイオリン・・・と様々な演出が繰り広げられるのだ。その迫力も超ド級で、もう視野にも入らないくらいにデカイのだ。一つが直径300メートルを超える。音もハンパ無くドドォーーンと地響きと共に身体に響き渡る。桟敷席では斎藤君の仲間が様々なお弁当を準備してくれてビールで枝豆を食べながらお弁当をつまんで、実に至福の時間を過ごした。(改めて斎藤チームの方々、感謝です。)

ただし人口4万人の街で訪問者がたったの一日に10万人、そのインフラのパニックぶりはハンパ無し。道路はムチャクチャ、駅もグチャグチャ、トイレは長蛇、迷子は泣きわめき・・・これだけは避けて通れない世界。良い席程前なので遠いのは事実。 でもそれを差し引きしても充分に見る価値があるのが、この大曲の花火大会だ。 この花火はテレビでも放映されていたと聞く。でも花火好きならば一度は”生”で見るべきイベントだ。 ドデカイ花火がド迫力の地響きとともにドバッと開花しまくり真っ暗な夜空が明るくなり、見物客100万人が同じ色の光で包まれる。一瞬バックライトで人々の顔が見えるのだが、観客全員が静かにウットリとその花火を見つめている姿・・・まさに平和の象徴の様な光景でした。 みんな平和で嬉しそうな顔に見えたんですよ。

実は花火ももちろんですけど、その観客の嬉しそうな顔100万人分に感動もしました。 とにかくどんなに素敵な写真でもあの迫力は伝え切れないでしょうね。是非、一度の人生のどこかの夏休みにお出かけください。 新幹線、飛行機の予約だけはお早めに! 参加者全員本気ですから!(笑)
大曲全国花火競技大会 http://www.oomagari-hanabi.com/
2012年7月16日 オレの唯一の弱点・・・時差に弱いのだ。・・・という事を思い込んでしまっている事。毎回、これで苦労している。海外旅行から帰って3~4日経っているのに昼間にいきなり強烈な睡魔、夜中にいきなり起床!そのまま朝まで、そして翌日は眠たい一日を過ごし、我慢出来ないで寝たら、また深夜に起きてしまうという始末・・・誰かオレの過去の”思い込み”のトラウマを外してください。(笑)

中近東(ヨルダン、レバノン、イスラエル、エジプト、トルコ・・・)の旅から帰国した。機内では時差対策の計算をして適度に寝たりしてすごした。寝過ぎもヤバいし、寝不足も帰ってから危険。午前11時に成田空港に到着して友達ポテチンが迎えに来てくれて、そのまま蕎麦屋に突入。(蕎麦に飢えていて、見る夢は蕎麦ばかりだった。) 午後もまだ睡魔は大丈夫! そのまま東京の家まで送ってもらって不在中のお仕事をして、倒れそうになるけど大丈夫。シャワーを浴びて(飛行機で帯びた静電気を抜くのはシャワーが一番。) 意識が完全に時差ボケに負けている! 沼津の家に戻る1時間15分の高速道路の運転も眠い様な眠くない様な、なにか頭の中を『ボォ~~~~』という音が鳴っている。夕飯をすませて夜の11時になりだんだんと睡魔が~~おお!いいぞっ!このまま爆睡6時間だぁ! と信じて就寝。『おおっ!良く寝たっ!!』と起きて時計を恐る恐る見てみると~~夜中の三時。そしてそのまま寝られないでベッドのなかで『羊が一匹、羊が二匹・・・』こんなのが4~5日は続くんです。オレって繊細!? いやただメンタルに負けてるんですよ。完全なる思い込みだと思う。 だれか、この時差ボケ対策を教えてください。 だいたい時差ボケしても問題にならない生活をしているのも問題なのかな!? こんな時、自由業は辛いのよ・・・・(笑)メンタルだけは強靭な自信があるのに、なぜか時差ボケだけは思い込みで負けてます。 結局、今回は7日目に通常生活に復帰!! 長かったぁ~~ このメンタルブロックを誰か外してちょうだい!!
2012年7月某日 泣く子も黙るという表現があるが、まさに無く子も黙ったのがテッちゃんだった。テッちゃんなんて気安く呼んでいるけれど、年齢はオレの三歳上。友達というかオレの兄貴(実)の高校の同級生だったのだ。当時の悪さは半端無しで三軒茶屋を中心とした暴走族Sの会長を務めていた。(ああいうのも務めるのか!?) 中学3年生の好奇心バリバリなケージロー少年を、わざわざ深夜に我が家まで迎えに来てくれて、暴走族の集会なるモノに連れて行ってくれたのもテッちゃん。様々な悪の道へ導いてくれたのもテッちゃんだった。そんな頃もケージロー少年を”ツカイッパ”などにはしないで優しくしてくれた。そんな男気のあるテッちゃんに遊んでもらうのが大好きだった。時は過ぎ、テッちゃんは様々な理由から高校を早期卒業! 社会に出た。元々の根性はビジネスでも生かされて、アパレルで名を上げた。オレも当時のキャラクタービジネスの手伝いをして仕事ももらった。(なんとそのキャラクターは明治製菓からスナック菓子が出るまでに成長。そのロイヤリティーは美味しかったと後日談。) ビジネスはどんどんと成長。日本の好景気にも押されて地元の三軒茶屋に大きなビルを持つまでに! その後はバブルの崩壊と共に倒産。負債はウン十億! でもゼロからスタートした根性はそのままで、数年間は海外で暮らし、気付けばちゃんと日本に戻り”カレーうどん”の店を開き大成功。そんなウワサは聞いていた。コンビニでテッちゃんのカレーうどんがカップ麺になっているのを見た時には腰が抜けたけど・・・! そしてまた地元に戻ってホルモン焼きの専門店を出した。これが満塁ホームラン! 現在は都内に20店舗近くを経営し、世界戦略も成功。上海では一人勝ち状態・・・だとさ! 先日、朝の駒沢公園をジョギングしていたら向かいから十数年ぶりのテッちゃんが!! 『あぁぁぁ!テッちゃん!』『おぉ!!ケージローかぁ!』と久しぶりの再会で嬉しかったのだ。そして近々に飲みに行く約束をしてテッちゃんの店に案内された。昔話も楽しかったけれど、もう60歳寸前なのに夢を淡々と語る姿がカッコよかった。 まさに波瀾万丈な男の人生っ!! 毒の無い人生なんて何がオモシロいんだろう!? 最近、岡本太郎の”自分の中に毒を持て!”なる名著を読み直したけれど、安全なんてナンのオモシロミも無い代物だと思った。 一度の人生、やりたい事をやろう!と再度、思わせてくれたテッちゃんに感謝だ。
2012年6月22日 お誕生日を前に、そわそわとした日々であった。まわりに日頃から人が喜ぶのを見るのが好きな人々が多いせいか、サプライズパーティーなどやったりやられたりと、とかく多い気がする。なので、ボクもスレた性格かダマす方も相当に苦労をさせているし、ちょっとやそっとじゃ驚かないという厄介な男になってきてしまった。(本当に申し訳ない・・・)


ところが、そんなボクを襲った今回のサプライズは尋常ではないアイデア、企画なのであった。正直・・・参りましたっ!! 場所は沖縄だ。毎年、皆で様々な企画を出して驚かせて、喜ばせてくれているのだ。本当に心苦しい程に皆が色々な企画を出し合い、様々な場所を捜してきて企画を立ててくれるのが常であった。ところがなかなか”ビックリ仰天”というレベルにまでは達しないのがオレ。もちろん充分に楽しんでいるし、何かを期待しているからこそ、毎月、足蹴に通う沖縄は誕生日の日にちの近くの日程で行く様にしているという性格の悪さ・・・ ところが今年は違った。 そもそも最初から演技が臭かったのだ。(笑) 担当者の古山兄貴は、朝から挙動不審・・・夜はスケジュールを空けておいてくれと言われ、その理由を聞けば実にワナワナしながら、今、考えましたみたいなお粗末な答え。


まぁウソのつけない男というのは誠実な現れで良いではないか! 夜になって、白々しく連れて行かれたのは那覇空港。ただ、宿泊ホテルを出た時間が遅くて8時の集合の時間厳守という事を知らないオレは空港までの一般道を120キロで走る温和な古山兄ちゃんを完全な挙動不審に思い、何かあるのはミエミエな状態になっていた。スレたオレは『空港で誰かが待ち構えていて・・・』なんて考えていたら、空港駐車場に到着するなり、とにかく8時のモノレールに乗るから走れという・・・『電車で移動して何かあるなぁ!』と深読みするオレに対しての、このミエミエを超してこの段取りの悪さ・・・と思い素直に従いダッシュで改札を通り抜け、エレベーターを駆け上がり、出発ブザーが鳴り響くホームを走り、モノレールに飛び込むと・・・・・その車内はなんとパーティー会場になっていたんですよ!


乗り込むなり出発ブザーが鳴り止み、出発!!なんとモノレール(ゆいレール)の2両が貸し切られていて、完全なパーティー列車になっていたんです。その後は司会のテッちゃんの挨拶から、シャンペンで乾杯っ! ニュージーランドのマオリ族のダンス(もちろんパチもん、酋長は光さん!歓迎や戦いの前の踊り。)、バイオリンの演奏(これだってモノレールの中で弾くって大変な事!)フラダンスやらなんやらのパフォーマンス、東京からはわざわざコンサルの野田っチや福井豪まで来てくれている! とにかく片道30分の首里城駅までの車内は狂喜乱舞状態。ボクは想像をはるかに超えて放心状態! 途中の駅は止まらずに徐行をして通過するのだが、駅で次の電車を待つ一般のお客さんは驚喜する電車を通過するのを眺めて唖然・・・!


そして首里城駅に到着すると、そのホームはなんとステージになっていて、電車が止まるや否や、ホンモノのエイサー(沖縄のお盆の時期に踊られる伝統芸能)が披露されるは、アンジェイ・ザハルスキー氏の外人空手の演舞(彼は5カ国語堪能なポーランド人、空手の研究に琉球大学の院生となった!)そして、30分の様々なパフォーマンスをしてから、復路について出発点の那覇空港に戻り、その車中はハロートーク有り、ダンスありという、まったく通常の脳ミソをしていたら想像もつかない衝撃の、まさにサプライズというパーティーでした。 イヤぁぁぁビックリしたぁ!! を通り越して、もうまさに夢の中みたいな時間になりました。 参加して下さった皆さん、企画してくれた皆さん、裏方をしてくれた皆さん、大平チームの皆さん、本当にありがとうございました。


いつか、これを超えるサプライズを企画して、誰かさんを喜ばせたいという、新たな闘志に燃えましたよ。・・・・・しかし、こんなのやっちゃって・・・来年はどうする!?(笑)
6月15日(金)もうすぐボクの誕生日! でもまあ10日も前だし気分的にはまだまだ盛り上がっていない気もするし、そして昨年が昨年だったから(昨年の沖縄のバースデーはなんとユイレールという電車を一両、貸し切ってのイベントだった。笑!)もう今年はそれ以上は望めないし・・・なんてかなりスレた自分の発想を感じながらだった。前日の夜のミーティングのアフターで居酒屋にて二十人で飲み会。これは普通。そして最後ですごい可愛いケーキが用意されていて充分な幸せ感を感じたりして、そして正直、あぁ良かった!これで皆のお役目も終わって・・・みたいな生意気な事を思ってたりして!(笑)実に平和な小さなサプライズでした。 うんうん平和でヨロシイ!!

翌日はダイビングの免許を取った沖縄のリーダーの大平が、一緒に潜りたいという事で、古山氏(セブンテンスイメージというダイビングシヨップを経営。http://www.seventenths-image.com/diving.html 本職は水中カメラマンという素敵な職業。)とその二人が迎えに来てくれて宜野湾マリーナに向かった。今日はウッチー君の所有する豪勢なダイビングボートで慶良間諸島を目指すという。スレたオレはホテルのお迎えに何か仕掛けがあるのではと、持参していた一番キレイな服であるポロシャツとお洒落タンパンを装いで出かけてみたけどサプリライズの空気は無い。なぁんだぁ・・・と心で思い車内でダイビング用のTシャツと短パンに着替えた。そして宜野湾マリーナに到着してクルマから下車してダイビング機材をおろそうとしたら~~~遠い桟橋の向こうから、それはそれはドデカイ声で歌声が聞こえる!『んんんっ!?』と予期せぬ方向を見れば、大きなダイビングボートの一階と二階に、昨日、夜の宴で顔を見ていた奴らがズラリと並んでいて、ハッピーバースデイの大合唱!! それはそれは驚いたぞ!(笑) みんなで記念撮影したけど、そのみんなの笑顔ったらないね。サプライズはダマされる人も嬉しいがダマす計画を立てた人々が倍増で長い時間、楽しめる。


その後、ダイビング機材を積み込んでダイビングをする8人だけが乗船し、今日の目的地の慶良間諸島を目指した。約1時間のクルージングは快適そのもの。今日は沖縄にも訪れる梅雨の谷間みたいな天気で、昨日までは豪雨の連日だったらしい。(しかし先程の企画、雨だったらどうするつもりだったんだろう!?) ひさしぶりのダイビングは、少々緊張したがやはり身体が覚えている事なのですぐにリラックス&エンジョイ!水中を無重力で浮遊していると宇宙船の中の生活はこんなかなと想像する。ダイビングは潜水マスクをしているので、少々だけ視野が狭いのだが・・・・・ふと、振り返ると仲間が皆で記念撮影の空気。そっちに行ってみると、なんとHAPPY BIRTHDAY KEIJIRO の横断幕がぁ!!(笑)ビックリ仰天! そして皆がBCのポケットから隠し持っていたお花のレイをクビに掛けてくれた。その嬉しさったらなかったけど、口にはマウスという酸素を吸い込む為の機材が入っているので声も出せないし、実はその日のレンタル機材のマスクがあまりボクには適合していなかったのか、マスクの内側にかなりの海水が入り込み、手で押さえていれば問題ないのだけれど、手を外すと水がドボッと流れ込む! なのでレイをもらってクビに掛けてもらう度に、手で押さえないとクビに巻き付くは、視界が全く見えなくなるわでマスクの中は海水でドボドボ!(笑)・・・(スタッフの方々・・・次回、水中でのレイの贈与は浮かない為の工夫をお願いします。) なので涙も出てるんだか、とにかく目は海水でシャバシャバだしと、とても複雑な喜び表現となりました。たぶん現場に居合わせた皆はボクが喜んでいないのではと思われたかと・・・違いますよ! 喜びが表現出来ない状況だったんですよ。 そして古山氏がボクを呼んで上(海面)を見ろと!!! なんと、なんと~~HAPPY BIRTHDAY KEIJIRO のサインボードがっ!!!! 素潜り隊が準備して海面で待機だ。 聞けばこの企画は前回の ”ユイレール電車貸し切りサプライズ”の翌日から考えられ始め、その為に、全く興味をもっていなかった三人がダイビングのライセンスまで取得したという、それはそれは素晴らしい、愛情のこもった企画でした。 ちなみにこれらの写真、本当に素晴らしいでしょ。これカメラマンの古山氏の作品です。 本当にありがとう!! いつかサプライズのお返しをしたい!! だけどこんな企画を超えられる自信が無いなぁ! 来年も楽しみにしてるよ!!!



ゴールデンウィーク半ばの5月5日に富士山の袂(たもと)である静岡県富士市の荒川家のバーベキューに呼ばれた。 一も二もなく即答で行く事にした。というのもこのバーベキューのウワサも聞いていたし、スチエーション的にもスゴいバーベキューである事を想像するのは簡単であった。

荒川家は富士市の中心地からそんなに離れていない住宅街の中にあるのだが、500坪ある敷地の前には茶畑、そして後ろには日本人の憧れの富士山という基本的静岡県な風光明媚な景色。 そこの奥の半分が農園になっていて、そこでは出荷はしない自家使用だけを目的とした野菜が常に30種類も作られている。それも果物からハーブに至るまで様々なモノだ。当然に農薬類は使わない自然栽培による野菜なのだが、その美味しさは格別だ。

そして手前の半分には芝生の広大な庭、その中心にはスウェーデンホーム(たぶん!北欧らしい木材で作られた、とてもエコな住宅。) 屋根にはソーラーパネルが付けられ自家発電をして、残った電気は電力会社に販売するという優れもの。そして趣味のワインセラーにワインの在庫は600本(別の場所に数千本と聞く!それ趣味を超えてるよなぁ。ちょっとした酒屋より在庫は多い!)

奥様はとにかく料理上手で、世界中の良いモノを食べてるからセンス抜群! そして手を抜くという事が全く無い性格。時々、彼女が焼いたパンをもらうが、こんな美味しいパンを食べた事が無いという絶品!(ちなみに中華鍋ウォックで焼いています。)もう美味いものを食べる条件が揃い過ぎているではないですか!! 11時半のスタート時間に出向いたらすでに多くの人が集まっていた。荒川グループを中心としたスタッフが準備に余念がない! 前菜からサラダ、デザート類まで豪華絢爛! 何せ150人近くが参加するというのに、料理類に手抜きが一切感じられない!!

品数は30品目以上で、メインのバーベキューも鳥からブタ、そして牛に様々な部位。 まずはご挨拶! そしてビールをお願いしたら生の”銀河高原ビール”が!! 人様の庭先で飲むビールなのに・・・なんたるこだわりようであろうか! 昼間っから飲むビールの美味しい事ったらなかった。その後は白ワインにシフトしてガンガンに飲んだし食べた。多くの人々とハッピーな空間での会話と、極上の考えられないレベルの高い品々のお料理・・・・豊ってこんな事を言うんだろうなぁ?? 荒川夫妻っ!

そしてグループのスタッフの皆々様、どうもありがとうございました!本当に未来に夢を見られる素晴らしい時間でした。 ~~~また来年もお邪魔しますね!(笑)ヨロシクお願いします。 興奮状態がずっと続いて気づけば写真があまり無くてジーザス山田にもらいました。殆どが自慢になりますが参考までに!
一年に2度か3度は北海道にスノーボードをしに来る。ここニセコやルスツの パウダースノーは格別だ。それは日本だけの評価ではなく世界中から人が集まる程で、この季節には外人率は90%近くにもなり、薄目で見たら海外で遊んでる様な日々なのだ。 東京から数時間かけて長野や新潟に行くならば羽田空港から1、5時間で北海道に飛んだ方が早いし、渋滞などのストレスもない。(というか元々ストレスは無いんだけど・・・) 今年は引っ越しの関係とかで3月が厳しく忙しく、4月の初旬にスケジュールを入れた。このスケジュールを提案した2月には北海道ローカル友達の大ちゃんいわく、いくらなんでも4月の雪は期待が出来ない・・・との当たり前の答えがっ!! そりゃそうだ!(笑) 4月2日の朝イチ便で羽田からスノボー友達のケンシローと飛ぶ。その時の東京の天気は快晴! だが予報では午後から大荒れだという。(その様子はニセコでテレビで見ていたが、ものすごいゲリラ的暴風雨だった。そしてその暴風雨はそのまま東北をぬけて北海道を襲うという。北海道ってあまり台風も通過しないんですよ!)という事で、翌日の3日は北海道も暴風雨!冬場にスノーボードが出来なければ他にはやる事などなにもなくニセコのロッジでヤロー三人の引きこもりとなった。

なにがエネルギーの源になっているかといえば、この暴風雨(雪)によって、もう、うっすら春化粧が始まり地面が出始めた山に、再びサラッサラのパウダースノーが降り、暴風雨の後は、雲一つない快晴が見込まれるからだ。 抜群の雪質+快晴な日和・・・これをパーフェクト・ディと呼ぶのだ。嬉しい!! どんなに荒れ狂おうが明日には素晴らしい一日が待っていると思えば引きこもりも楽しい。 結局、ヒマつぶしがてら下山してランチ、そして夕飯の買い出しをしてホームセンターでダラダラと時間を過ごし・・・ロッジに帰り夕飯の仕込みっ!(今夜は外食もつまらないのでロッジでパーティー、実は大ちゃんとオレは料理が大好き。今夜は悪天候の中、札幌から4人の友達が遊びにくる。) 翌日4月5日はまさに絵に描いた様なパーフェクト・ディだった。朝起きてカーテンを開けるなり雄叫びが出たっ。『ウッヒョー!』 今日はニセコの羊蹄山をハイクして登り滑る!(バックカントリー”BC”という領域。)スノボーを背負ってスノーシューという雪にもぐらないで歩ける昔で言うカンジキ、雪崩が起こる事を前提とするのでビーコン(遭難時の位置発見装置)ゾンデ、スコップ(遭難者を捜して掘り出す道具)をザックに入れてハイク。

歩く事4時間で羊蹄山の七合目(1350メートル付近)まで到達。自分たちの足跡を見るとメマイがする。ローカル友達の絶叫ぶりは比べ物にならない。何故ならば4月にこの雪質と快晴なんて考えられないという価値を東京から来たオレ達以上に良く知っているからだ。そして天気は快晴っ!! ハイクは正直、すこしだけキツかったが、11時過ぎに予定地点に無事に到着して、一服してから装備をつけた。ひとつひとつのバーンを大切に大切に30分以上かけて滑り降りた。そのパウダースノーの浮遊感はまるで雲の上を走っているような、いやそれ以上の感覚だった。 本当に素晴らしい朝になった。 昨年に続いて二年連続も登頂できて、そして快晴っ、そしてパウダースノーなんてどこまでツイテいるんだろう! また来年も狙っちゃいます。 日々のトレーニングはこんなツアーに参加し続けたいからやっているのかもしれない。男53歳! まだまだ現役で頑張りますっ!
2012年2月18日・・・日本の冬の寒さが昔以上にキツくなったのは、気候の変化か、波田の肉体的なサーモスタットの変化なのか・・・とにかく冬に日本を脱出する生活は理想だ。 そんな2月にLSがハワイで開催された。2011年4月のLSが、震災の影響で延期になり、今回となったのだ。 さて、かねてからチャレンジをしたいスポーツ(というか冒険、いやレジャー!?)があった。それは・・・・・スカイダイビングだ。 スカイダイビングの話をすると人は真っ二つに分かれる。是非やってみたい!もしくは死んでもやりたくない!である。 どっちでも良いなんてヤツには出会った事は無い。しかし波田は気は進まないが・・・やってみてもいいかなぁ!?という曖昧なポジション。とはいえ言い出しっぺとなり引くに引けない状況となり決心した。 オレの中ではバンジージャンプ(2009年にニュージーランドで体験!)とスカイダイビングを体験すれば“真の男”になると信じていた。(笑) いよいよその時が訪れた。・・・というかオレがスケジュールを決めたんだけど! 朝の6時50分に車が迎えに来てくれて、向かうはノースショアのスカイダイビングの専用の空港・・そりゃそうだ。何処かまわずに上から人が落ちて来たら困っちゃうもんなぁ。

行きの車内では書類三枚がはさまれたバインダーを渡されて、それを全てチェックしてサインをしろと・・・そこには、死んでもゴメンナサイ。インストラクターは技術は抜群だが、人として間違いはある。アナタの残された家族は大丈夫か!?などなど・・・万が一の対策が万全なのは、流石に訴訟の国アメリカだ。 しかしこの書類、日本で予約をした時に送られて来てサインしろと言われたら、スカイダイビングを中止する奴が続出するのは間違い無い。ちゃんと考えられている。(笑) そしてひつこく、到着してからも法律的なレクチャー映像を見させられるが、どこかの宗教団体の教祖様みたいな風情の男の話で、それこそ心底恐くなってきた。だいたい今更引き下がれない。 スカイダイビングの説明は必要最低限の三つが教えられる。まぁ、初心者の体験なので当然に一人に一人のインストラクターがついて飛ぶわけだから多少、ボケていても大丈夫そうだ。そのダイビングの解説よりずっと丁寧に、慎重にわかりやすく『我々にチップをください!!』の説明がおかしかった。 我々8人は二つのチームに分けられて、各々のインストラクターが説明。全て機材をセットしてもらい滑走路に迎えに来たセスナに乗せられた。セスナの中は長椅子が前から後ろに向かって2列。そこに後ろを見ながら、またいで座りインストラクターが我々を亀の親子のように背中から抱きかかえる形になってハーネスでしっかり止められる。セスナはすごい勢いで急上昇! 後ろ向きの離陸はかなり違和感いっぱい! 地上から4000メートルまで10分前後で上がるのだが、セスナにはドアが殆ど無い状態なので、気圧や温度の変化も激しく感じられるし、爆音もスゴい! そんな戸惑ううちに落下ポイントまで到着して、一気に緊張感が高まる。

『気分はいかが!?』『やっぱり止めておく!?』なんてイントラが聞いたら、半数は躊躇するかもしれないが、そんな愚問は聞いてはもらえず、テンションの上がったイントラは一気にドアを開けて先程、簡単なレクチャーを受けた姿勢(エビぞり)で4人(組)は間髪入れずにダイブ!! なんだか幽体離脱をしたような・・・気づけば高度4000メートルから落下してどんどん加速!! 高度2000メートルまで時速200キロのスピードで落ちる。もちろん何とも似ていない初めての体験だ。気持ち的には高揚しすぎて、冷静に景色を楽しむなんて無理な話! わずか1分の出来事だが、パラシュートが開いた瞬間にドスンという軽い衝撃がありスピードが一気に遅くなった。イントラとの会話も普通に出来る程の静寂だった。空中からコーラル(珊瑚礁)やイルカの群れ、クジラなども見る事ができて感激。地球は丸いんだなぁ~なんて感じられる程に壮大な景色を楽しめた。着陸はイントラのガイドでフワリと着地。皆で感激のハグハグ大会! 本当に素晴らしい時間になりました。~~~『やって良かった!!!』が参加者全員の感想。 男なら挑戦だ!! 女も挑戦だ!! 心底スッキリするぜ! 『またやりますか!?』と聞かれたら『イエス!』だ!
PV-BV Corporation. Presented by Keijiro Hada