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シンクビック・ラリー・・・・『あとはヨロシクねぇ!』そして旅立つ・・・

11月12日 ラリー・・・・・生まれて初めて見たラリーはAMを初めて二ヶ月目だった。それは港区芝の厚生年金会館で行われた、AM本社の主催のイベントで、メインのゲストスピーカーは、今は他界された猪股哲也さん(当時ダイヤだったかなぁ。)と奥様だった。それ以外に若手、主婦などのスピーカーだったと記憶する。そして沢山の表彰もあったなぁ。まだボク自身も結果が出ていないレベルだったので、ボクでは歯が立たない、アンチというか興味ゼロと宣言をしていた先輩を連れて行っていた。なにせその先輩には十数回断られ、3回スッポカシを食らっていた。普通ならあきらめるか、止めとくかであろうが、オレの場合は断られれば断られるほどに燃えてくるのである。(誤解されているのが許せないのだ。100%理解しての断りは大歓迎。)そして何とか、話をつけて”もし、面白くなかったらメシをおごる!だから見てちょうだい!”と約束して送迎付きで向かったのが、そのラリーだった。僕自身、神に祈る気分で見せたラリーで、本社主催だからと言っては語弊があるが、地味目なラリーだった。しかし結果はオーライで、その日にその先輩はサイン、そして家に帰って先輩は奥さんと大衝突!(奥さんが超かける20のアンチ)しかし正義は勝つ!!結局、奥さんにマーケしたらヤル気満々!・・・そんなもんだぁ。そして3年後にはダイヤモンドを達成していた。   という事でラリーは大切なのである。ラリーは新規の人への人間ウォッチングには重要なイベントだ。そして功績を称える表彰、ゲストスピーチやハロートークで感じる緊張感、また自分を表現する能力向上とか、とにかくラリーはなにかとこのビジネスには素晴らしい機会の提供になるのだ。ということで堀正樹W(新潟在住だが東京にもグループは多い。)に誘われて始めたラリーなのだが事前の準備が相当にある。これは承知していた事だが、やっぱり日常の仕事プラスなので時間は相当に取られる。しかしスタッフにも恵まれ、みんな本当に良くやってくれているので、準備にも熱が入った。ということで第二回は第一回の反省点を考慮し、第二目なので、段取り的に楽になる予定が、まだ甘かったと感じる程に、やる事は山積していた。がぁ期限のあることなので頑張ったのだ。このラリーが誰かの、何かのキッカケになってくれたらと思うとヤル気も出てくる。 ラリー当日は夕方4時から会場の中野ゼロホールにスタッフの打ち合わせなどで集まりだした。前回と違う会場なので会場整理係とかが、慣れていなくて事前打ち合わせも出来なく、そのわりにはみんな頑張ってくれていた。 前回は主催者三人の話が聞けなかったと言うリクエストが多く(波田にしてみたら余計な事、言うナァというのが本音だった・・)史上初の三人で司会という異例の人事となったので打ち合わせにも余念は無い。ラリーは、そんなうちにスタートした。ゲストスピーカーは木崎真之介SP、福井みよDD、大谷健F・DD、昼間はヘッケルのゲストでラリーに引っ張りダコの石井俊八&千賀Fダイヤ、そしてメインゲストのデッカイ話をしてくださった梶原CAご夫妻。 皆さん、本当に素晴らしい話をしてくれた。何でもそうであろうが、見ている側と作る側、全然違う視点から見ているのだと思う。これから、おそらく二会計年度(あと5回)は続ける気持ちなので、回数を重ねるごとに、感動を共有出来るような素晴らしいラリーを作っていきたい。その為にも、皆さんの意見をどんどんと聞いてみたい! 見る人も、もし自分が将来、ラリーなどを主催するならば、どのような演出しようか!自分がスピーカーになったらどんなエピソードを披露しようか!とか考えて見ると、面白さが15倍に膨れ上がるのだ。ということで、主催者側としては満足感イッパイなラリーになりました。 そして我々はバッチリと盛り上げて、ブラジル&ニューヨークに旅立ったのだ。 『あとはヨロシクねぇ!』っと!! (この場でお礼をさせてもらうが、デブにぃーこと鈴木直ニイと美帆、千葉嘉、山野辺兄弟、藤田直之、大谷康、そして土岐ちゃんをはじめ、スタッフ全員に感謝です。)

12月4日(月) “波乱万丈”ラリー

朝から何となく落ち着かない。昨晩は熱海のドクター佐藤富雄事務所でジンギスカン&モツ鍋パーティーが開催されて参加。そして風情のある冬の花火大会を鑑賞させていただくという贅沢極まりない時間を過ごし深夜に東京に運ばれて帰ってきた。(オレは佐藤先生と共に泥酔!藤田Rが運転してくれて爆睡のなか帰宅。すんません!感謝!) という事で、朝はニンニク臭、ジンギスカン臭を感じて少々の不快感を伴っての起床だからかなぁ・・・・”臭い抜き”には発汗が一番なので風呂のスイッチを入れてから多摩川の河原を目指して走った。そこから田園調布まで往復すると距離にして8キロ、時間で1時間程度なので、こんな日のアルコール抜きには適した距離だ。(これって脳いっ血とかになるかなぁ!)頭の中は今日のスピーチで一杯。いや二杯!!おかわり三杯!  今日は月曜日なのに昼間からヘッケル・ラリーが開催され、そのゲストスピーカーとして呼んでいただいているのだ。今日は”波乱万丈ラリー”というテーマなので、今更、新しいネタで話すわけではなく、過去のエピソードを話せばいいので、基本的には内容は決まってはいるのだが、やはり700人の前で30分というと考える。・・・・・・・暗中模索の20代は面白かった。30代はチャンスを抱えて突き進んで結果を出した。40代は、ある意味、自分探しであった。確かにオレ的に人生はアップダウンが激しく、軽い”波乱万丈”と言えると思う程に様々なシーンに巡り合った。本くらい書ける程に色々あった。決して自慢話ではないが、最低の生活と最高の生活の二色アイスを食べられたお陰で、わかったことが100万個あるのは事実だ。スピーチの内容はここで改めて書くつもりは無いが、色々あるから人生は楽しいのだと思うし、色々遠回りをするから、目的地に到達したときの感動があるのだろう。さて、そんなにカッコいい事を言っているがスピーチはやはり緊張する。昼過ぎに今日、同じラリーでスピーチするスピーチの名手、渡辺正人氏が家に迎えに来てくれて本社のある渋谷まで向かった。正人氏にはこんな緊張はわからないであろう。彼はスピーチの名手中の名手。どんな状況でも適切な内容を民放テレビ局のアナウンサーのごとく落ち着いてウィットに富んだジョークを交えて話す様は業界ナンバーワンだ。そしてシロウトながら、ヘッケルの大きなミーティング、ラリーでは司会をこなしたというキャリアがある。ニューヨークのラジオシティー、シュライン・オーディトリアム、ラスベガスのMGMホテル、武道館に横浜アリーナ、日本中の大箱会場での経験はハンパではない・・・どこの日本人がこんな強力な場所で司会をした経験があるだろうかと言う程に華麗なる経験を持つ名司会者なのだ。従って緊張など微塵ももっていないであろうから・・・・とにかくラリーのお役目は無事に済ませた。久しぶりに昔話を沢山した気がしたが、当分、こんな話は封印しようと思った。過去の自慢話、苦労話なんかしたって仕方が無い。それにしがみ付く気持ちなんて毛頭ない。ラリーのアフターの食事会は楽しい時間だった。

12月4日(月) "波乱万丈"ラリー

朝のミーティングでマーケを担当した城野W夫妻、SG50のゲストの面々をはじめ十数人のゲストと共に渋谷のセルリアンホテルの名店”金田中”にて会席料理(だとおもう!創作的だった。)を食した。本当にいつも思うが、薫さんと食事をすると物凄く楽しい。いつも様々な話題で皆を盛り上げてくれるのだ。 今日も今までに無い幸せな気分だ。人と交わり、適度な緊張があり、楽しい食卓があり、感動があり・・・・感謝の気持ちでイッパイな中で就寝。これって幸せ!!!!!!!

東北巡業~~日本は素晴らしい!

10月4日(水)ホテルで目が覚めたのは8時過ぎ。起きてカーテンを開けて景色を見た瞬間に”しまった!!!”と叫んでしまった。そこから見える景色は雄大な最上川だ。その向こうに見える山々の緑と黄金色に輝く稲水田の色!あぁ~早起きしてウォーキングでもすべきだったと少々後悔。もうすぐ迎えの車が来てしまう! しかし昨晩は楽しかった。昨晩は山形県酒田市で会場ミーティングを行った。今回はパーソナルで頑張っている今井親子というか今井家(長男の陽介にニュージーランド在住の遠藤タケ君から伝わり、妹のメグミ、そしてお母さんの絹子さん、末妹の智里、友達のサチコと繋がっている!とにかく、みんな明るく、特にお母さんの頑張りが素晴らしい!)のフォローにやってきた。

東北巡業~~日本は素晴らしい!

今井家は山形県酒田市で子供の長男、長女は東京に出てきていて、本業の傍ら将来の為に頑張っている。お母さんの絹子さんは昨年の新潟で行われた堀正樹ダブルの達成ラリーを見に来てくれて(隣の県だけど相当に遠い!そこでノンナこと川口文子ダイヤ、82歳で現役で飛び回る!)のスピーチのシビれてサインし、子供達の応援のつもりが御自分の末来の為にビジネスを展開し始めたのだ。ボクがフォロー出来ない分、というか出来ることは本当に無いが・・・地元の大内Eme、船岡SPが手伝って下さっている・・・有り難い。ということで酒田の他系列を含めた皆さんへの感謝を込めてのミーティング開催となったのだ。昼過ぎに空路、庄内空港に到着。空からの庄内平野の豊かな緑と黄金色にまぶしいばかりに輝く稲穂の絨毯(じゅうたん)のコントラストには感動した。演歌歌手みたいな盛大な歓迎を空港で受けて、皆さんと蕎麦を食べ、善宝寺、そして羽黒山登山(正確には下山・・)と酒田をたっぷり楽しめた。(土門拳写真美術館などは前回訪問)そして夜のミーティングは実に盛大だった。老若男女という人員構成が、家族でAMを楽しんでいるのだナァと実感。ハロートークも夢イッパイだった。アフターは地酒がもの凄い数が用意されている居酒屋さん。夜の10時なんて誰も歩いていない街で、ココだけは盛り上がっていた。今回わざわざ来てくれていた仙台の田中ダイヤはボクの酒飲み友達だ。彼の飲みっぷりが実に素敵!!量を飲むのではなく、酒を美味そうに飲ませたら田中が一番!なのだ。今回は酒田の人と沢山、話が出来て楽しかった。美味い酒、メシもこんな楽しい人達と共有したら美味さ倍増だ!!・・・・・・そして結果、飲んでるつもりが飲まれて(*^_^*)この朝に至るわけ・・・・最上川を横目で見ながら、田中君に迎えに来てもらい、今井家で朝からホームミーティング!結局、二日酔いのボクは新規の主婦には役に立たず、同行してくれていた田中グループの熊谷奈保子F・DDがお見事なクチ全デモをご披露してくれたのだ。なんとアリガタヤ!!!いらっしゃっていた新規オバ様、今井家の大お婆ちゃんも大感激な時間となった。ランチは、みんなで美味しい酒田ラーメン(近所と聞いて行ったら10キロ位あったかと思う。)はさっぱりして美味しかった。こんなさっぱりしたラーメン食べて育ったから、今井家の皆さんはサッパリとした性格な仲良し一家になったんだろうか! 最後の絹子さん(お母さん)の一言が強烈だった。”AMのお陰で離れて暮らす娘、息子ともマメに話せる機会が増えて本当に喜んでいる。”との事・・・・よかった!そして酒田でDDになって一緒に子供達と海外旅行に行って乾杯しましょう! 夢なんて片っ端から叶えましょう! 仙台までは田中ダイヤが運転してくれた。途中の河原の景色、光り輝く水面、真っ青な空に真っ白な雲、活き活きとした樹木の緑・・・自然の自然たる美しさに感動の連続だった。

東北巡業~~日本は素晴らしい!

夜の仙台でのミーティングでは、また新しい出会いがあるスバらしい時間を過ごした。(宇津木グループ、大友グループ頑張れ!他系列の皆さん、いつも感謝!植前君・・・カラんでゴメン!)  こうやって日本を旅していると知らなかった世界、空間、生活、時間・・・・生きていてヨカッたぁ~と実感するのだ。翌日は久々に郡山で朝から後藤グループとミーティングをしてランチをした。ここも本当に元気いっぱいだった。みんなどんどん素敵に変化しているぞ。しかし司会の長谷川三和さんは見事な司会ぶり。リーダーとしての素質は充分、川崎可奈ちゃんも素敵に変化、お母さんも登場で素敵な方。 村上久美子も子育てしながら若々しく頑張る。秋田から来てくれた松井君と長雄昭子さんは本当に面白かった。AMは素敵な仕事だと思う。 誰かに争うではなく勝ち負けでない世界。人の成功を素直に喜べる世界、そしてそれをお手伝いできる充実感! こんな仕事ってないよなぁ!

ペリー来航以来の下田事件

9月27日(水)下田は相変わらず平和な朝である。9月~11月にかけての下田は夏以上に素敵な季節だ。朝の爽快な気分といったら、格別である。湿度を含まない海風というのは本当に気持ちが良いしマイナスイオンがドバァーと大盛り”つゆたく”で含まれているのだ。朝の深呼吸をした瞬間にニュートリションと同等の栄養を吸収できる。(あくまでも比喩ですよ。薬事法違反ではありません。) 大体、下田での朝は5時から6時に自然と一度起きて、歯磨きをしながら波のチェックをする。そして早朝のうちに庭の樹木に水を撒いて草花と会話。(これは成長効果絶大です。)その後、コーヒーを入れながら海に入るか朝食の支度をするか、もう一度寝るかを考える。そんな事をしているうちに、泊まっていた友達が起き出して、なんとなく毎日が始まるのだ。今回は昨晩一緒に東京からやってきたシンノスケ、ミュージシャン一樹(DノーツというグループでCDデビューしている。)、その友達の女の子、何故か昨晩、我が家にAMの話を聞きにきていたアフリカ系ブラックのアドゴニ(アフリカ生まれ、フランス育ち、中国で勉強、日本で俳優!”ミラクル・バナナ”なる映画に主演している。)がやってきた。相変わらずの人間筑前煮で新たな交友が始まっている。さて昼間は各自、サーフィン、海水浴、カヤック、散歩、昼寝・・・・そんなユルい時間を過ごしていた。波田は裏庭に椅子を持ち出して座って、何も無い所に5年計画で何を作るかの考え事に費やしていた。(プール、バー、屋外暖炉・・・・) 実は今日は下田での歴史的な夜なのだ。 そう、何故か波田の中では下田では仕事は考えていなかった。(ここが甘い所・・・スマン)ところが半年前に先会計、ダブルダイヤを達成した城野夫妻のフロントの森夫妻(下田で老舗の薬局を経営)がいるという事は知っていたが、なんとその森夫妻は9月でDDになるという。この事実は衝撃であった。この人口二万人弱の小さな町でDDだなんて・・・・ということで、波田の方針は全く変わった。そして聞けば下田の街の中で会場ミーティングをするという。”えぇえぇ~~~!!下田でぇ!!”正直ビックリした。これは利用させていただいて、波田チームも、この地で盛り上がりたい!絶対に下田でグループを作ろうということに当社の取締役会議(波田一人)で決定した! フロントのシンノスケは下田で出会った少年である。彼は、とても自由人で日本全国、世界中で旅をしてサーフィンして、友達作って生きている。(現在25歳)その彼は友達が下田にいるので一緒に下田にやってきてミーティングに沢山の友人を連れて行った。ミネ君はプロを目指すサーファーで神奈川で生まれたが下田で暮らしている。彼はシンノスケのAMの考え方に賛同してサイン!グループもだんだん出来てきて6~7人の仲間を連れてミーティングに参加した。19時から行われた下田商工会議所会議室は熱かった!下田の商店街は19時を過ぎれば、全く歩行者なんていなくなるが、この会場に満員に近い40人位が参加していた! 富士市から荒川エグ御一行、そして”飛ぶ鳥落とす勢い”の畑山喜子T・ダイヤもグループと参加している! ヤンベェ~~・・・とにかく素晴らしいミーティングだった。城野ダブルのマーケは完璧!つい昨年まで超稼ぎまくっていた敏腕・音楽プロデューサーだったのに、そんな過去をひけらかす事も無く、AMの魅力を語ってくれたのだ。終了後はアフターミーティングに参加する為に、またオキラクハウス(波田の別荘の愛称)に戻り軽い”宴”をした。15人が参加して当然、今日のミーティングの話、AMの可能性についての話、今後の展開の話、少し馬鹿話で盛り上がった。やはり、下田でもビジネスを広げていこうと決断!波田のプロスペクトの地元サーファーのユウジも、ミーティングを見て理解してくれた。ウッフッフッ~~”頑張るゼィ!!”  森君、城野夫妻有難うございます! ペリー来航以来の下田の大事件として捉え、このビックウエイブに乗らせていただきますよ!!!

石井俊八&チカがくれたハッピーデイ

9月16日(土)今日はハッピーな日である。夜は石井俊八&チカのニューファウンダーズ・ダイヤモンドの達成ラリーが横浜市の都筑公会堂で開かれるのだ。二人の達成ラリーというよりグループのリーダーのファウンダーズDDのお祝いの意味も多くある。ということで、とにかくお祝いムード満点な日なのだ。朝から雑務仕事やジムでの発汗をして過ごし夕方にクルマで会場の都築公会堂に入った。

石井俊八&チカがくれたハッピーデイ石井俊八&チカがくれたハッピーデイ

入ってイキナリ目に入ったのは主催というかゲストというか、ある意味、主賓な俊八が受付周り、駐車場とかをウロウロしている。何をするではなくウロウロ・・・・元来の貧乏性という性格を引きずっているのか・・・こいつ!可笑しい!(普通、楽屋でジッとしているもんだ。) 俊八と初めて会ったのは、今から約14年くらい前であろうか。AM本社(当時は南麻布のビル)の本社でのオフィス・ツアー(会社が一般の為に会社見学を受け付けている日、コレ見るとサラリーマンはスケールにヤラれる!主婦は只の小遣い稼ぎでは無いと気が付く。)にボクは、はじめたばかり若者を連れて行っていた。そして、その時に目を吊り上げて”仁王立ち”していたのが石井俊八だ。彼は当時、大手ゼネコンで出世街道まっしぐら!!社長になるためになりふり構わず働いていた時代だった。そして義理の弟がAMビジネスを始めて、それを阻止して欲しいと義母さんから頼まれ、そのビジネスのヤバイ点を探り、そこから説き伏せようと思い、会社を見に来たと言っていた。まさに一流のアンチ(ネガティブ)だったのだ。しかし疑れば疑る程に確信に向かってしまい、結果・・・サインしてエメラルドにダイヤに、そしてファウンダーズダイヤという偉業を達成したのだ。彼らを見て分かった事はマイナス10レベルのアンチは、分かるとプラス10に転じるという事なのだ。順風満帆でここまできたとは思えないが、やればやる程に核心から遠のくサラリーマンと、やるほどに核心に、夢の現実化へ向かえる仕事とは”やりがい”が違うのだ。 さて本日の司会は国府田修司ルビーと安久津友香SPで、進行も爽やか、ゲストのスピーチも爽やかだったなぁ。当然にファウンダーズだから6系列紹介コーナーも涙モンだった。咲間光雄、児玉佳則&美記、加藤公治&路子、元村孝之&窓佳、上野由利子、宇田淳子とそれぞれ石井の紹介が素敵だった。みんな本当に人生に頑張っている。”運”も当然に追い風にはなったが、それ以上にアキらめずに頑張ったのだと思う。ラリーは本当にアットホームを越して石井グループのディストリビューターは家族になっていると感じる素敵なイベントだった。イイモノを見せてもらいました。有難うございました!!そしてエグの達成ラリーを見せてください!!ヨロシク!(しかし実力的には全然できちゃう石井夫婦です。)

石井俊八&チカがくれたハッピーデイ

アフターはセンター北の”ラ・ボエム”で立食パーティーが行われた。キャパ40人に85人位、いやいやもっと・・・いたかとおもう混雑振りだった。まぁ!とにかく楽しい盛り上がり感、イッパイな夜でした。アップラインのチカちゃん弟(ナカジー夫妻)は現在エメラルドになり一族で幸せ。アップの大熊実&真理ダイヤモンドも沢山のダウンに囲まれて幸せそうだった。      ファウンダーズダイヤはこの数年で出来たピンレベルだが本当に意味がある。これを安定させていれば、間違いなくエグだぁ、ダブルだぁはいけるでしょう!! 誇りに思えるお二人でした。やはり、”ア~じゃコ~じゃ”言ってないで、目指す人が結果を出すんですよ。・・・・・・・・・そしてクリックしちゃったんです。ヘッケルに! (*^_^*)

満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!

9月8日(金)今日は満月である。昨日までの二日間は夏明けの久々の”下田ブルーカラーディ”だ。(ブルーカラーディは波田が造った造語で肉体重労働系の作業がある日を指す。肉体労働というとどうも重い汗臭い空気でお手伝い要員が集まりにくいので、ブルーというマリン感覚を連想させ錯覚して来た友達に、楽しい肉体労働をして楽しんでいただき、サーフィンして和みましょうという企画。そうブルーは海のブルーと労働系の象徴色ブルーをかけたわけだ!ナイス!まぁここ以外では通用しない造語である。いずれにしろ新種の詐欺に近い名称だと思う。)さて昨日まで来てくれた作業隊員&サーファーは福井剛、米軍健ちゃん、千葉正、磯貝とデブゥ~兄、そして玉田と徳永君だ。そうだ室町と鈴木将吾も来てくれた。飯炊き女として米軍勤務のさち子嬢も来てくれた。今回の作業は昨年暮れに手に入れたオキラクハウス裏のテニスコートのフェンス破壊だ。

満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!

破壊=福井という図式は正しくものすごい破壊活動をしてくれた。なにせ5人で二日間かかると見積もっていたのに、オレが朝、資材を買いに二時間出かけていた間に、すでに完了していた。そしてご丁寧にちゃんと廃棄施設に持ち込むようにトラックに綺麗に積んであった。アンビリーバブル!!若き労働力は無駄には使われず、土地を改造する為の基礎工事に突入。穴掘り→鉄筋埋め込み→生コン流し込み→平らにする・・・・という日曜大工の域を越した工事を手伝ってくれたのだ。とにかくその仕事ぶりといえば人間ワザを越えて人間ユンボウ、人間掘削機、人間セメントミキサーとして15通りの使い方が出来るスーパーマシーンなのだ。昨晩は満月ということでお月見台で相当に盛り上がっていた。この十五夜の為に作られたといっても過言ではなかったであろうお月見台は本当に楽しめる。さて今日は朝から二日酔いで痛い頭を抑えながら朝食の準備をして、早々に東京に向かった。

満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!

福井号(元は波田のV次郎号なるベンツの黄色いワゴン)は快適。愛したクルマをまた愛してもらえている事は嬉しい。東京には結構、早く帰れて、そのまま千葉に向かった。今夜は千葉でミーティングなのだ。時間があったので福井の幕張の新居を訪問して、とにかくビックリした。ビビビビビビックリ仰天だ!!かっこ良すぎる!ずるい!スポーツマンのクセにズルイ!! 幕張のオシャレな町の最前列で海のまん前。最上階からの眺望は東京湾から大空から夜景から、もう何でも見えまくってしまう! そして室内が驚異だ。天井高はマンションなのに4メートルもあるから、まぁ広いのナンのって!!部屋も一部屋づつが天井が高いから外国みたいだ。東京都心なら間違いなく100万円コースだろうなぁ。それがナント・・・・・だって!許せない! その後、近所のホームセンターを覗いて(ホームセンターめぐりはボクのらライフワークなのです。)から今日の会場の”松戸ラドン温泉大宴会場”に向かった。しかし話には聞いていたが、闇の中にそびえ立つ古びた旅館風の建物に光る真っ赤な”松戸ラドン温泉”の看板にはやられた! なんだか燃えるぜ!

満月ナイトは肉体労働が癒されるかぁ!

福井グループを中心にもの凄い人数が宴会場に入っていた。今期、ダイヤを真剣に狙っている宍倉久美子チーム、石井俊八チームの阿久津有香SP(超ダイナマイト級元気!超ナイス!)も来てくれている。 波田も福井チームの新会計への心意気も感じまくり、結構しゃべりまくった! 奴にも今期はやってもらわなくてはメンツにかかわるゼィ!(やるとはダイヤモンドという事) しかし、ひつこいが築100万年の松戸ラドン温泉の宴会場とは思えない程に雰囲気もヨロシク、楽しいミーティングだった。 アフターはまたまた牛角グループの”しゃぶしゃぶ温野菜”で深夜に食べ放題を選択するところが感心! さすがに若さと狂人的肉体を誇る福井チームの食欲は尋常ではなく、見ているだけでお腹イッパイになった。今日も沢山の人と会ったし感動出来た。 AMって本当に面白い!!

かっこいい大人!佐藤富雄ワールド!

9月3日(日曜)今日は佐藤富雄先生(※1)の愛艇”トミーウォーカー”という船に乗せてもらう機会を得た。佐藤先生とは昨年に講演を依頼してからの付き合いなのだが、以前に西麻布でイタリアンをご馳走になった際に、この新艇をフィンランドに注文していて、もうすぐ日本に入ってくるという話を聞いて是非、見せていただきたい、乗せていただきたいとお願いして今日に至った。11時に熱海の佐藤先生の事務所で集合ということで、早めに熱海には到着して駅で山崎ヨッちゃんCA(船の購入を検討しているので参考にと誘った。)と藤田直之R(当社の第二秘書)と待ち合わせた。海岸の前の大海原を一望の見渡せるオフィス(オフィスというより超快適なリビングでお仕事が出来るような仕様になっている。)は快適だった。

かっこいい大人!佐藤富雄ワールド!

そしてそこに飾られている物も、それぞれが先生の思い出の品々だった。 医学博士にして農学博士、そして写真家、冒険家の肩書きを持つ(最近も新しい写真集を出版されていた。)先生の趣味は多枝に渡る。床には熊の毛皮が横たわる。狩猟したヒグマの毛皮だ。棚にはカメラマニアならヨダレもののカメラがまたカメラ庫(ワインセラーみたいにガラスケースでレンズやカメラが保管。)にハッセルブラッドやライカがズラリ。そして三台の大型デスクには数台のパソコンが並び、後ろの書籍棚にはボクの一生分位の本が並んでいる。織田信長がキリシタンから献上された剣・・・・置いてある先生の愛用品もイチイチなんだかカッコいい。そしてダイニングテーブルでビールで乾杯した後に先生の武勇伝を聞いた。北極熊を狩猟しに1ヶ月のキャンプをした話、ソ連のミグ戦闘機で大気圏を出て青い地球を見た話、最近作ったフィッシング用の北海道中標津の別荘の話、銀座に購入した38階建てのタワーマンションの話、美味しい熱海の店の話(この話には加われた!)とにかく会話は多枝に渡りまくっていた。その後、徒歩4分の熱海マリーナまで歩き先生の新艇”トミーウォーカー”(ウイスキーのジョニーウオーカーをもじっている。船の横のロゴがパクっていて可愛かった。)に乗船。

かっこいい大人!佐藤富雄ワールド!

波は決して高くはなかったが台風12号の影響でウネリは激しく少々揺れたが出航して目視できる熱海から20分の初島まで渡った。先生はこの前の船まではヨットで32フィート程あったらしいが、シングルハンド(一人で操縦出来る。)の船が気軽で散歩気分で船に乗れる感覚ということで、このフィンランド製の27フィートのクルーザーに乗り換えたそうだ。(サイズは小さいが国産のこのサイズの倍以上の価格!)初島港は湾内は穏やかで簡単に接岸した。そして今日のメインイベントの定食屋に向かった。初島には先住民の経営する11軒の定食屋が並んでいる。なかなか個性的で美味しい店もあるらしい。ということで先生の推薦の”かご屋”に入った。結構混んでいたが、流石に常連の佐藤先生で席はすぐに設けられて宴会は始まった。昼のビールは本当に美味しい。刺身と鯵のナメロウ、そしてお奨めの島ラーメンと島カレーはなんとも言えない味だった。その後は波が高くなる前に退散ということで熱海港まで帰った。本当にお散歩感覚なクルージングだったなぁ。再びオフィスに帰って海の話で盛り上がった。

かっこいい大人!佐藤富雄ワールド!

趣味の幅が広いということは生きる幅を広げる。共通の趣味は新しい出会いを生み、会話がはずむ。何かに興味を持って好奇心を大生にしていると、きっとストレス解消になるし若返りに通じるのだ。 佐藤富雄先生は75歳にして朝はジョギング、山盛りのサプリメントを食べて、勉強をして、論文を書いて講演をしまくり全国を廻り、ハーレーに乗り、フィッシングの為にアメリカ、ハンティングの為に北極、ミグでの大気圏旅行の為にロシア(当然、ミグで大気圏を越えた最高年齢と言っていた。)、写真を撮ったらプロ級、ご自分の操縦で食い倒れクルージング、食通にして、恋のプロフェッショナル(恋愛術の本も沢山出版)ガールフレンドは20代から各世代に配備(酔った勢いで語っていた!決して不健全な交友ではない。)とまぁ、男なら憧れる人生を地でいっているのだ。素晴らしい生き方を垣間見せていただいた素晴らしい一日だった。きっと、これからももっとお付き合いさせていただいて、カッコいい男の行き方を学ばせて頂きたいと痛感しながら家路に着いた・・・・・。

佐藤富雄
生き方健康学者、作家。医学博士、農学博士。外資系企業勤務、医療機器メーカー役員を経て、現在、口ぐせ理論実践塾塾長、ヒューマンギネス倶楽部主宰、スピル・ハーレット大学(ルーマニア)教授 、ルーマニア名誉領事。栄養生化学者、健康科学者として長年にわたって人間のからだや健康のあり方を、抗老化(アンチエイジング)に焦点をあて追求。 そうして、健康とは体の状態だけではなく考え方であることを、心と体の制御関係から説く。適切な健康観をもって正しい健康づくりをすれば、100歳を元気に生きられると提唱する実践理論が「生き方健康学」。その「生き方健康学」を学び、いつまでも生き生きと素敵に加齢するオプティマルエイジングを実践する会「ヒューマンギネス倶楽部」を主宰する。また、同時に話題となっているのが、大脳・自律神経系と人間の行動・言葉の関連性に着目した独自の「口ぐせ理論」。サイエンスをベースにした明快な理論と誰もができる実践方法が支持され、数々の著書や講演・セミナーで大反響を呼ぶ。2003年10月に開講した「口ぐせ理論実践塾」では塾長を務め、セミナーでその生き方理論を直伝している。これまでに、受講者数は1000人を超え、理論を実践することで人生が変わった、夢がかなったという受講者が続出、絶大な人気を誇っている。人間は何歳になっても心身ともに成長しつづけるということを自らの人生を通して実証する。例えば、48歳から始めたスキーは上級の腕前で世界の山々を滑っている。2005年もカナダのウィスラーでのスキーを楽しんだばかり。また、58歳から大学で再学習をはじめ、65歳まで3つの大学、大学院で学ぶ。65歳のときにはイヌイットとともに北極グマ狩猟の旅をする。そして、73歳でミグ戦闘機で大気圏まで飛びアクロバット飛行を体験。その他、クルージング、モーターバイク、射撃、写真等を趣味とし、遊びの達人とも言われる。こうした活力ある自身の生き方を通して説かれる生き方理論は、誰もが納得するところであり、人々を魅了してやまない。口ぐせは「人生これから黄金期 未来はますます開けていく」。
<所属団体>創作関係
日本ペンクラブ会員(国際委員)
日本文芸家協会会員
日本旅行作家協会会員
日本写真作家協会会員
日本写真芸術学会会員学術関係
日本農芸化学学会会員
日本栄養食糧学会会員
日本農業経済学会会員
日本健康心理学会会員-認定専門健康心理士
中国中医薬学会顧問
American Academy of Anti-Aging Medicine(米国) 会員その他
日本・ルーマニア協会理事
静岡経済同友会会員
以上、ホームページより抜粋。

ONE DAY at AUGUST 2006

8月の東京はひたすらに蒸し暑い日が続く。この蒸し暑い夏の日々が実に好きだ。波田のイメージの中の夏休みは”蒸し暑いある日、セミが泣き狂うに山を背にした海岸で海水浴”なのだ。そこでスイカを食うかビールでもシュッパッーと飲めればパーフェクトだ。これこそ夏を満喫している瞬間なのだ。 正直言うと東京の8月は辛すぎる。オレの少年時代の東京の8月と明らかに暑さが違うと思う。それはやはり地球温暖化というか世の中エアコンを使いすぎて周囲の温度が上昇しすぎているのとアスファルトの地熱であろうか。いずれにしろ、大好きな夏休みは東京ではあまり過ごしたくないというのが本音だ。またスーツに皮靴なんて想像もしたくない。なぜならば、実はオレは”汗かき”なんて可愛いもんじゃなくて多汗症というか、夏場はもう人類を越えて両生類となってしまう “激しい新陳代謝野郎”なのだ。なにせ常に汗ばんで肌はペタペタ状態。メモ用紙なんて腕にピタッと貼り付けられちゃう程だ・・・・・(不快粘度は1~5まで決められている。この学説はいつかご紹介しよう。)そんな不快な場所からはエスケープ(逃避)したいと考えている。もちろん両生類化を避けて軽井沢とか北海道も正しい選択肢ではあるが”無き狂うセミ””程々の蒸し蒸し湿度”は必要なのだ。

ONE DAY at AUGUST 2006

夏を下田で過ごすようになり三年目となった。厳密には少年時代から何かにつけて下田には来ていた。(南伊豆に初めて来たのは小学校3年生の夏休み。強烈な海の綺麗さが印象で下田より少し先の仲木という場所。そして衝撃を受けたのが大学2年生の頃、先輩に連れられてきた多々戸浜、海が真っ青で砂が真っ白、そして外人が沢山いたのが記憶にある。その後DDになって皆で下田の会員制のホテルの権利を購入。来る頻度は当然に上った。) そうして貸し別荘を借りて過ごしたり、キャンプしたりと様々なスタイルでここで時間を過ごしてきた。その後、縁あってアメリカ人が建てたビーチハウスを購入して、いよいよ定住型で下田で過ごす時間がどんどん増えた。昨年は夏を40日近く、ここで過ごした。(夏だけでなく通年来ている。) 今年は昨年ほどは暑くは無いが、夏の下旬にして未だにエアコンは使っていない程に清々しい。海の前なので内陸と気候が違っていて涼しいわけではないがエアコン不使用のギリギリの爽やかな風が抜ける日々が続く。今年も沢山の仲間が下田にやってきた。延べで150人は優に超えている。作った食事は45回を越え、という事は500人前以上の食事を作った。何年か前にハロートークで言っていた・・・・いつか民宿のオヤジをやりたい、それがボクの夢です・・・・が実現化しているから驚く。(我が家は民家で絶対に民宿ではないが近所からはそう思われている。) さて今日も12人のゲストと数人の子供が来ている。みんなそれぞれビーチで遊んだり、海水浴、サーフィン、ボディーボード、プール(近所のホテル)、温泉(これも近所のホテル)釣り、海中生物捕獲(古山専門)デッキで昼寝をする人もいれば、屋根の上の展望台で過ごす人もいる。読書をしたり昼寝をしたり、日光浴したり・・・要はここでは皆が勝手にオキラクに過ごすのだ。 そんな時間を楽しむ皆の顔を見ているのが好きだ。

ONE DAY at AUGUST 2006

今年も沢山の夏の思い出作りの手伝いを出来たと思う。・・・・・・しかしここで本当に何を言いたいかと言えば、世の中の人々にもっと”人間的”に暮らして欲しいという事だ。先日、フランス・パリに行った時に現地の日本人からスゴイ話を聞いた。フランス人のサラリーマンは年間に117日しか働かない。これは国が定めた法律なのだ。それ以上働かせたら、その企業は国から罰せられる。そして週35時間労働、年35日のバカンスが約束され年間で135時間しか残業は許されない。(月に135時間位サービス残業している日本人サラリーマンを知っている。)そんな話を聞くと日本の雇用事情とのあまりのギャップを感じるのはボクだけかなぁ。しかし環境がどうであれ、人生の自由は勝ち取るものでしょ。社会に、会社に幸せにしてもらうのではない時代がこれからではないであろうか。自分の力で自分の本当に過ごしたい人生を勝ち取って欲しい。日本のエンドレスサマーは勝ち取るものなのだ。(まわりと同じ事をしていたらどうなるかわかるよね・・・・・・) オレの夏休みはまだまだ続く。自分の夢を叶える事が可能な仕事を目の前にしている幸せを感じて欲しい。人生であと何十回しか過ごせない好きな季節を好きなスタイルで過ごしたい・・・・・これって贅沢?
※ 写真は今年完成した”お月見台”で満月観賞する皆・・・・放心します。

1日・・・今日は一人でLM。たまにはAMについて語ろう。笑いは無いよ!

7月1日(土)毎月1日というのは好きだ。昨日までの臨戦態勢から一夜明けて平和が訪れる。同じ”一日”なのに月が替わるとこうも心境が変わるのか・・・と言う程にこの仕事をしていると一ヶ月という単位が意識の中に思いっきり入ってくる。現在48歳。自分の年齢は過ぎてから様々な事を感じる。あぁ20代はこんなだった。35歳のころはこんなだった。40歳になってもまだ・・・・・その時点では年齢的なことは感じない。ただ今日が残りの人生で最も若い日である事は間違いが無いから、未だに年齢的な焦りの方が多いのだ。そうやって思い起こすと10代後半も焦っていたし、20代も思いっきり焦っていた。というより不安だった。30代になってその不安のエネルギーを仕事に全精力を傾けた。40代は経済的な不安は無くなったが別の不安が浮上。(不安は大袈裟かなぁ。自分自身の生き方の問題です。やっぱりA型の悲しいサガなのかぁ!)今日は朝から”一人LM”をしている。AMという仕事に出会って21年、いや22年目だ。オレの場合、最初に知ったときから13ヶ月間、全く何の活動もしなかった。というか完全なる義理サインだったので、スポンサーからのアプローチも無かった。自分からこの可能性に気が付いたなんて事は絶対にないが、ある時、素直にこの仕事の可能性を気が付けて良かった。なにか虫の知らせというか、当時、自分が全精力注ぎ込んでやっていた仕事に未来が見えず、ハッキリ言えば相当な挫折をしたころだった。今、考えたって二千万円近い負債は26歳のオレには厳しい数字だった。頑張れど頑張れど未来が見えない辛さと不安・・・あの心境を身体が覚えたら、チャンスに人並み以上に敏感になって当然だったと思う。いずれにしろ、もしAMの仕事をしていなくても何かの仕事を、それなりにやって結果は出していると思うが(ずっとこの自信過剰がオレを支えている。)・・・他の仕事でここまで多くを学べたか、沢山の人と知り合えたか(知り合うというレベルも微妙で、ただ知り合いの数が多いなんてヘボな自慢ではない。)そして経済的な安定を得る事ができたかを考えると、とても自信は無い。・・・・・・なんてこと考え出すと、強運といえば強運。運命といえば運命、そして今では様々な過去の事柄が必然で今があると思えてくる。オレは意志は強い。そこそこ根性もある。理不尽なことは絶対に嫌いだが納得すれば、どこまでも頑張れる・・・そんな性格は幸いした。(そんな性格に自分で変えた。)しかし本当に、こうなれたのも全ては”出会い”なのだ。”人生、誰と出会い何と出会うか”  最近、高校の時の同級生をスポンサーした。お互い48歳という年齢をどのようにとらえているのか。大昔ならばその年で死んでも長生きといわれる歳だし(江戸時代位・・かなぁ)、また一昔前なら55歳が定年で、48歳といえば、もう定年後の準備を考える歳。肉体的にも30代とは違うし40代前半とも違う。内面的にも変わった。物に対しての欲求も大きく変化したし、第一、性格も相当に変わって、戦いを避けて思考して、また怒る事が少なくなり・・・・自然なのか意図的なのか分からないが明らかに変化はしているのだ。 まぁいいや・・・・・とにかく、この年齢になったから、こんな言葉を噛み締めるのかもしれない。 “青春はある一時期を言うのではない。人は年を重ねただけで老いるのではない。人は夢を忘れたときに老いが始まる。”とアメリカの詩人は言っていた。 老いを恐れて、その為に夢を持つつもりはないが、夢がある人生が楽しいに決まっている。そして夢を叶えられる仕事を持っているという幸せを感じる。マップ書いて様々な想像をしながら、これから出会う人、出会うべく人への思いを馳せよう。来会計はやるよ!! 必ずひとつの節目にしたい。  きょうは一人ジィワーンと考えている。そう、オレはいつもLMで言っている”おまえはどうしたいんだ!!?”・・・・それを自分に問いかけている。 自分のしたいようになるのが人生。たまにはゆっくり本当にどうしたいのか考えてみよう。それが自分の、そしてアナタの人生のキーワードなのだ。人生のは”一人LM”が必要だ。

シンクビックラリーとパーティーでの真実!!

6月17日(土)朝は相当に辛い起床だった。昨晩は遅くまで最近始めたミーティング(イッピデゴォー/毎月1日から飛ばしてゴォー!という意味。)の三ヶ月に一回の達成者のお祝いホームパーティーが波田家で行われたのだ。ニューSP以上を達成した人6人が招待された。(というかした!)食事は波田とスタッフの上埜DDとグループのマキちゃん、そして姫路から来ていた重田頼弘DDが手伝ってくれて作った。パーティーには石井俊八ダイヤも参加して皆で祝杯を上げた。しかしみんな食うわ、食うわ、飲むわ、飲むわ!!大量の料理も酒もドンドンと消費されていった。祝福する人もされる人も幸せな夜だった。そして藤田直之Rの愛妻・朋子さんの誕生日も発覚してリトル・サプライズ!!・・・・そんな”宴”の翌朝には当然のツケがまわるのだ。ドリンクガードでもガード仕切れない限度を超えたのか。止めとけば良いのに・・・・しかし今日はそんなダラダラしているわけにはいかないのだ。今夜は春からずっと準備を続けてきたラリー(Think Big Rally)が開催されるのだ。

シンクビックラリーとパーティーでの真実!!

最終的な打ち合わせは夕方4時に会場に集合なので、それまでは雑務をしよう。最近、植え替えた観葉植物(モンステラ、かしわばゴム、くわず芋、そしてウンベラータ)のお手入れと”波田ハーブ農園”(すごいでしょ!!そこにはローズマリー、イタリアンパセリ、唐辛子、パセリ、ゆず、山椒、シソなどが栽培されている。・・・・わずか畳1畳だけだが・・・)のお手入れをした。草花は手入れをするとちゃんと元気に育って、お返しにボクに元気をくれるのだ。最近はジジイ化してきたのか、そんなガーデニングに興味が絶大なのだ。そして7月のF,I,T(ファウンダーズインビテーショナル)のビフォーとアフターの旅行の企画を最終的にJ,T,Bのタコ・田中(波田パーソナル・毎年の冬の激安スノボーツアーなどは全てこのタコの仕事です。)と打ち合わせをした。今年はワールドカップの影響かヨーロッパ方面への移動が物凄い混んでいる状況。結局、悲願であった北欧(ノルゥエー、フィンランド、スウェーデン,デンマーク、そして帰りにスペインのイビザ島とバルセロナ)を訪問する。その際、無限に時間があるわけでもないしツアーに乗って回るわけでもないのでエアーの手配、ホテルのチェックや予約(高級やらデカイばかりが良いホテルではない。ホテルにゆっくり出来る日と夜中に入って早朝移動なんて日にはそれなりに異なった目的となる。こんなことが面倒と言ってしまえばそれまでだが、情報さえあればゴキゲンな旅が出来るのだ。)3時半に田口Emeが彼のメルセデスベンツ”S”500ロング(真っ黒でデッカくピッカピカな車。世間的には一般人とか優しい人という印象はあまり与えないであろう業界人に見える。しかし快適さはハンパ無い!) で迎えに来てくれた。奴のピカピカな黒塗りのベンツが家の前に来ると、やはり近所の目が気になる。(はぁっはぁ~~波田さんはやっぱり・・・怖い人!!)さて、ラリーの打ち合わせは順調っぽかったが会場に入ってステージのセットや再度のリハーサルなどをやった。時間的に余裕がなかったのでキツかった様子だ。ラリーは本当に素晴らしかった。スピーカーの四人も緊張も無く(きっとあったんだろうけど全く感じさせない出来栄えだった。)素晴らしかったし、メインゲストの井利元はバッチリと決めてくれた。(今、ラリーのビデオは製作中なのでお楽しみに!)終了後に出来る裏話だが、実は今回は三回の映像を流したが最初から機械とソフトに不具合が発生して予備の機械も準備はしていたがリハーサルでは完全に不安を感じていた。結局、土壇場で二台の機械ともダメと発覚して担当者は放心!!しかし”捨てる神あれば拾う神あり!”でたまたまDVDプレイヤーを持っている奴がいたんだって。普通そんなものは持ってないでしょ!!後から聞いて冷や汗がタラァ~ンと出た。だって映像を凝ったのにそれが流せなかったら全く別モノとなる。やはり神は見方してくれた。まぁ、今回ほどにラリーの企画に気合を入れたのも久しぶりだし、ラリーを主催するという事の重要さ、また苦労を再認識したということでも重要な意味があった。グループの人達に、もっとスポットライトを浴びさせてあげたいし、キッチリと表彰という形でやったことの偉大さを評価してあげたい。そんな思いは伝わったであろうか。アフターは近所のパーティースペースを堀グループの大谷が探してきてくれてセットしていた。なにせ新潟からもバスで数百人きていたので、そのエネルギーを発散させなくては!!とうことで250人と関係者と考えるとなかなか難しい条件だった。会場はなかなか素敵でとてもこの予算のパーティーとは思えない内容。

シンクビックラリーとパーティーでの真実!!

アフターに関しては一切の関与をしていなかったので進行を楽しみに、乾杯の音頭とともに思いっきりビールをイッキ飲みしていい気分に突入。そのうちボーカルの人がハッピーバースデーを歌いだしたから、昨日の藤田朋子さんのサプライズかと思いヘロヘロしていたら、♪♪♪ハッピーバースデーディア・ケージローさん~♪♪と皆から歌われ・・・・泣いた。泣いてしまった。だって嬉しかったから・・・・・48歳の充分なオッサンが皆からサプライズで祝ってもらえるなんて素晴らしい事だ。その後、藤田が作ってくれたメッセージビデオは過去20年AMをやってきて最も感動的なビデオだったなぁ・・・・というか抱腹絶倒の一言である。本当に楽しい時間だったなぁ。ゲストのイリモトには申し訳ないが主役がボクになってしまった。余興も毎度の福井グループ空手の演武、田口、文彦キノコ隊、古山率いるパーソナル隊の顔面LОCデモも激しく笑えた。ということで実際の誕生日より8日も早いサプライズだったが、企画してくれた皆、参加してくれた波田グループ、堀グループ、福井グループには感謝している。さぁ立派な48歳になるぞぉ~~!!!