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ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

ネパールに行きたかった。というか正確にはネパールという国よりも、ヒマラヤに踏み入りたかった。世界最高峰のエベレストを”生”で見たかったのだ。そこでの壮大な自然のおりなすスペクタクルを体験したかったと言うのが夢だった。ヒマラヤの山々はもちろん登山という方法で頂上を目指すという道もあるが8000メートル級の山々にチャレンジをするには、準備が無さ過ぎる。それはチャレンジャーや石川先生達にお任せ! そこには”トレッキング”なる頂上を目指さずに、遠目にその山々を鑑賞しながらひたすら歩くというスポーツというかアクティビティーがあるのだ。 決して、ハイキングなんてダラダラ歩きのものとは違う、ある程度の装備で動くのだ。実は今回は自分の中ではハイキング程度と考えていた。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

『チョロいもんだろ!ケッ!』と本当に思っていたのです! ところがどっこい、軽い高山病にはなるは筋肉痛に苦しむは・・・なにせ5日間で歩いた歩数は13万歩(ジューサンマンだよ!)そのうちで6割は階段の上り下り!これはハイキングじゃないでしょ!しかし結構なシニア世代の方々がいらっしゃる。もちろんジジババ山岳会の方々だろうが!(後から聞いてビックリしたのが、我々は通常のコースを半分の時間で走破するプログラムだとガイドから聞いて唖然!)どうりでクタクタだよ! なにせこのヒマラヤという所ですが、スケールが伝わるであろうか! ブータン、中国、インド、ネパール、パキスタン、アフガニスタンの六カ国をまたぎ、ヒマラヤを水源とする川はインダス川、ガンジス川、プラマプトラ川、長江だ。そしてこの水をたよりに7億5千万人もの人間が暮らす、そして、ここには7000メートル以上の山が100も有り、8000メートル以上はナンと14もある。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

(そのうち8ケはネパール圏内)ちなみに日本の誇る富士山は3700メートル、ネパールの中では5000メートル以下は”山”の扱いではなく”丘”なのだと言う。従って名前も無いらしい。ということで好奇心旺盛なる”珍道中”を記しておこう。 波田はこの旅を通して本当に沢山の経験をした。ヒトから、どこかお薦めの旅はと聞かれたら・・・・ネパールと答えるだろう! http://ja.wikipedia.org/wiki/ ヒマラヤ山脈
《1日目、2日目》4月14日 羽田空港から関西空港へ! 羽田からの海外への脱出はラクチン! 送迎してもらった藤田とカフェでアホな企画話でもりあがり、海外旅行気分はゼロのままで関西国際空港へ。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

そこで関西から参加の石川龍彦氏(元・高校教師、京都大学卒のホンマもんの登山家、今回の隊長。そしてEX、注釈※1)と本山進氏(56歳にしてホンマもんのトライアスリート!生の鉄人!来年は宮古島トライアスロン出場、半端ない筋肉、多分、体脂肪3%)、そして北海道のヨシキダイ(吉木大輔E、波田と同じ軽いアルコール依存症! 飲んでないとテンションはドォ?♪、飲むとイキナリにラァ?♪♪♪と無口が饒舌に!パソコンを使いこなし、帰りの機内と待ち合い時間で約1000枚の四人の写真を編集してDVDを製作。とにかく面白い30代前半の若者。そういえばニセコのスノボーのアフターで飲んでいる時に無意識にボクが、このトレッキングに誘ったらしい。翌日、ダイが行く事を聞いてビックリ!!)と合流! 深夜の便でバンコクに早朝に到着して、接続便を待つ事6時間(空港内のスタバのソファー席を占拠して時間を過ごす。)、そして三時間後の昼前に、ネパールの首都カトマンズに到着!

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

ガイドのスリヤ氏(とにかくネパール系の名前が覚えられなくて皆で試行錯誤。スリヤはスリが業の人、すり屋と記憶。本名はスリヤ・バハドール・タマンク。 この人は視力が5、0はあると言っていた。すごいのが生まれ育った場所はカトマンズからバスで12時間、そしてバス停から歩いて丸々3日だそうだ!通学していた学校は自宅から徒歩2時間弱・・・すごすぎ!そして仕事がトレッキングガイドだから人生、歩きっぱなし!) 案内されて、早々に五つ星のホテル・マーラにチエックイン。 この”五つ星”って誰が決めてんだぁ!? ”笑う五つ星”だった。 まぁいっかぁ!!早々にカトマンズの街を散策に出かけた。ここは全く洗練なんかされていない、ある意味、毒されていない街。雰囲気はインドかなぁ。まるでアメリカナイズされていないし(良い意味です)決して財政的には豊ではないはずなのに、物乞いもいなければ、ストリートチルドレンもいない、偽物ブランド業者もいなければ、ぽん引きもいない・・・平和なんですね。

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しかし大気汚染はハンパ無い! ここに空気清浄機を設置したら3~4日でフィルターは許容量をこえるであろうか。 なにせインフルエンザ対策に持参していたマスクが一日で目に見える程に真っ黒になっていた。初のカトマンズナイトに夕飯を食べていたら、イキナリの停電で真っ暗になった。この街では日常茶飯事の事らしい。店員は何食わぬ顔をしてロウソクをもってきて、いきなり男四人とガイドのスリヤさんだけのマンズワールド・男の世界がラブリーな空間に変わったのだった。(カトマンズでは一日の大半が停電状態になっていた。)従って電化製品なんてあまり無いのだ。

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《3日目》4月16日カトマンズでの朝。空港からポカラへ。国内線の空港なのだが、空港入り口のサインはブロック塀にペンキのサイン。セキュリティーのX線検査はなくて手で調査。荷物のハカリはアナログの巨大体重計。滑走路を犬連れのオッサンが歩いていたり、座り込んでいる奴がいたりと既成概念なんて吹っ飛ぶ。空路で数十分、乾いた大地を見ながら、全席自由席のプロペラ機は超低空飛行をしているので楽しい時間だった。到着したポカラの空港は本当にラブリーでいい感じ。相当に気に入った。荷物をピックアップして車で一時間のトレッキングのスタート地点のナヤプルへ。 早々に準備をして、ポーター(荷物持ち係)に荷物を預けてトレッキングを開始して、河原の道をどんどんと谷に入って行き、だんだんと傾斜がつきはじめ上り階段攻めが始まってくる。空気もだんだんとマイナスイオンが多く含まれる爽やかさで、おもわず深呼吸をする。

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ビレタンティという村のカフェ、いや休憩所でランチをしたのだが、極上に可愛く素晴らしロケーションで料理も抜群。気分はグリーングリーン・ネパール支店だった。 メニューのモモ(餃子)と春巻き(スプリングロール)など抜群に美味しかった。 まさか今後、毎日のランチ、夕飯で同じモノをずっと食べるなんて、この時は想像もしなかった。 こうやって旅をすると、言葉は無理矢理な英語でも良いが、やはり簡単な挨拶は現地語のネパール語が好感がもたれるのは万国共通ということで、皆で学習。 ところがなかなか覚えられないのがネパール語(たぶんネパール語が悪いのではなくて記憶力の問題かなぁ。)とにかく一番、お世話になる身で大切なのがご挨拶とお礼。こんにちはの ?”ナマステェ” はヨガ教室に行くと先生が最初と最後に言うので知っていた。

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インド語に同じで ”生捨てる” とメモリー。 山は行き交う人々とは必ずご挨拶な世界なので ”ナマステェ” は大変便利。 何故か最後まで覚えられなかったのが ”ありがとう” の ”ダンネバート”(鶏肉は断念と記憶・・・こんな覚え方しているからイザという時に出てこなくなるのかなぁ!) そしてセットで記憶するべくは ”どういたしまして” なのだが ”ソーガダウン”(寒川さんのダウンと記憶/寒川さんという大阪のF・EXダイヤがいらっしゃる。)・・・・今日の目標地点のティルケドゥンガ(標高1540メートルへ)までの途中、驚く程のスコールに出くわした。山の天気は変わりやすいというが、あまりにも変わり過ぎ!! 運良く雨宿りもできて濡れないですんだが! 初めて泊まるロッジは設備(電気、温水シャワー)などは無いが(裸電球があったが異常に暗い。シャワーもあったが・・・冷ッ!) なのに清潔で何とも言えずに和む空間。

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シュラフ(寝袋)には封筒型のパリっとしたシーツが仕込まれていて愛を感じる。(これは旅行社の段取り)到着するとポーターがアルミニウムのタライに温水を運んで来てくれて顔を洗えと・・・・早々に皆でテラスで裸になって、タオルを使い全身温水マッサージをして綺麗サッパリとなった。実に爽快な気分! 日も暮れて食堂に行くと、メニュ-をガイドのスリヤさんから渡されて唖然!! ランチの店とメニュー内容が一緒じゃないの!! これは後でわかった事なのだが、ガイジンがやってくる店のメニューは、ほぼ統一されているらしく、各店がその枠の中で創意工夫をして出すらしい。 毎回、頭を使わずに注文していたメニューは《モモ(餃子)、炒飯、スプリングロール(春巻き)、焼そば、トマトスープ、野菜スープ、》結局、お店ごとに味は違っていて、それはそれで楽しめた。(後日”ケージローの勝手でしょ”でご紹介予定。)

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夕飯が終わるのは21時位で、その後は停電もしていて暗いし・・・寝るしかなかった。しかし良く寝れるのですョ!! 山小屋のいい時間でした。  《本日の歩行歩数16500歩/本山EXがdocomoの老人向けラクラクフォンを持参していて、なんと万歩計が付いている。毎日何歩を歩いたかがわかってものすごい達成感があって楽しかった。》
《4日目》4月17日(金)当然に早起きが出来る!朝6時に起床しても8時間睡眠を遂行しているのだ。そしてやたらに快便! とにかく身体を使って、バカ話をして、美味しいものを食べて、美味しい空気を吸ってたら、快調にもなるわなぁ!! 今日は、ティルケドゥンガから峠の村ゴレパニ(2860メートル)へ。 標高だけで1300メートルも上がるんだから、相当な距離だろう。今回、悲願の山男ウオッチのSUUNTOを購入していたので、常に標高が表示されていて楽しいし達成感があったのだ。 朝からひたすら歩き始めた。空気はとことん澄んでいて気分爽快。

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ただ一つ、写真には写らないがライブだと要注意な問題があった。ここらへんは運輸機関がなにもなく、佐川急便もなければクロネコ・ヤマトもない。あるものはロバだけ!!この住人のライフラインをつなぐ”ロバ”は大切な労働の担い手なのだ。そのロバは犬と違って、決まった場所で排泄をするわけではない。 ハッキリ言えば、そのまま・・・出たい時に出す!ということは歩いている道のど真ん中にて、いきなり排泄物(ウンコ)に遭遇したりするわけ! 遠くの山も見たいし、下も見なくてはエンガチョしちゃうから、大変だ。前を歩くダイちゃんなんか、何回か生々しいのを踏みつける瞬間を目撃して思わず”危ないッ!!”なんて叫んでも手遅れな事があった!(登山靴は靴底が凸凹で激しい作りだから余計に入り込む!) そしてある時、ある法則がわかったのだ。

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“ロバも人間と同じでヨイショってリキむ場所で、無意識に排泄をする” という事だ。または緊張が続いた下り階段の下りた様な場所も多かった。”アナタのモヨオしそうな場所はロバにもモヨオしそうな場所である” という新しい学説を見いだしたのだ。今後もロバの研究をしたいが、ロバは回りにはいない・・・・ランチはバンダイティという眺めの良いカフェで取った。ここも例外無く同じメニューで、オーダー担当の波田が同じ注文をすると ”所変わると姿変わる” の定説どおりに違う味付けの料理が運ばれるのだ。 隣の席の白人女性一人旅の女の子と話していたら、ネーデルランド(オランダ)から来たという。約3週間のトレッキングで5000メートル級のベースキャンプまで行くという。左薬指には指輪がぁ! それを見た石川隊長は ”おおっダッチワイフだぁ!”と叫んだ。(英語ではオランダ人をダッチという。)

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まったく、流石に京都大学出身だけの事はある。その後、何故にしてダッチワイフという名前の商品名になったのかを討論する時間が随分とあった。 (深く、いや浅く、いや真剣にとらえないで下さい!) 夕方、日没の少し前にゴレパニには到着をした。ゴレパニは特別な種族が集まっているらしく、聞けば今日は、ゴレパニ村の年に一度の ”お正月”だそうで村はお祭りをやっているという。 実際に行ってみたら、想像していたお祭りではなくて、露天が少し出ている程度で、ハデなお祭りではなかった。なんとこの村は、この正月で2066年になっているらしい。 相当に未来にいっているのだ。 夕方に、山と山の間から尖って見える魚のシッポみたいな ”マチャプチャリ”(6993メートル)が見えて、尖った山が夕焼けで染まってなんとも言いがたいオーラを発していたのが見えて感激だった。

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ところで、何か、お土産をと考えているのだが、本当に買うものがなくて困った。彫金細工や木の人形などを売っている店先に古い空き缶(意味不明なアラビア文字のよう。)なんだか可愛くて交渉をしたら、相手は思いっきりふっかけてきたのだが、100円位だったので支払ったら、ビックリして喜んでいた。 夕飯は停電の中で、またまた同じメニュー!でも違う味! 夕食後は寝るにも回りの広場ではお祭り騒ぎで深夜まで騒々しかった。そりゃ年に一度のお楽しみなんだから我慢してあげなきゃ・・・なんだか素朴でいい村だ。(今日は26360歩を走破)
《5日目》4月18日(土)日の出前の4時に起床して、ゴレパニからプーンヒル(3193メートル)に朝日を見に出かける。 頂上の展望台から見るヒマラヤの山並みは感動的だった。だんだんとアンアプル・サウスが姿を見せ、マチャプチャリ、そして8091メートルのダウラギリが見えてきた。

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朝日にあたったそれらの山々は半端のない存在感! オーラ出まくりだった!! 自然のおりなす雄大な姿を見ると人はただただ無言となる。世界各地からの旅行者が、そこに集っていたが、みんな無言で視野に入らない程の雄大な姿を見とれていたのだ。 その後、ゴレパニに戻り朝食をすませてから、本日の予定は9時間のトレッキング! 思わず朝のプーンヒルまでの往復の二時間が含まれての9時間なのか質問をしたら、ガイドのスリちゃんはクールに ”含まれてませんよ!” との答え。ということは一日のうちの11時間を徒歩に費やすのだ!! なんだかダマされた気分。(笑) 文句を言ってたって仕方が無い。 いざ出発っ! 3時間かかって3200メートルのグリーンヒルズに上がり、その後2645メートルのブァンタンティまでものすごい急傾斜の階段を下りた。

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もう太ももはプルプル、ガクガク! しかしそんな急傾斜でも現地の”仮称・ヒマラヤ老人会のオバァちゃん御一行が孫とか巨大な荷物を背負いながらビーチサンダルで先を越してさっさと下りて行かれると、さすがにメゲルのだよ!  バンタンティで、またまた定番のランチをしていたら ”ダッチワイフ” が追いかけて到着して一盛り上がり!(相当にキュートな子なんです!) アンナプルナ山脈も望むグルン族の村、ガンドルン(1951メートル)へたどり着いたのは夕方遅くであった。 ガンドルンはとても素敵な村だった。ここの村はイギリス軍に派兵されている勇敢な若者が多く高額所得層が多く豊からしい。 サクラ・ホテルで久々の温水シャワーを浴びられて気分は爽快だった。しかし二日間もシャワーが無いと本当に部屋にキレイなタオルが置いてあるだけで、皆で歓喜が上がる程に感激したのだ。

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夕飯は停電のなかで同じメニュー。こうなったら同じメニューを楽しもう!!(本日の徒歩9時間、36666歩)
《6日目》4月19日(日)ガンドルンを朝の8時過ぎに出発。見渡す景色は壮大な ”谷” だ。 しかしこれから向かい側の谷を超えて山の上に行くのだが、よく見るとモノスゴい深い谷で、谷底の村の家々のサイズを見るとビックリする程のサイズでこれから末恐ろしく谷底まで下りて、ふたたびものすごい距離を上がるのかと思うとメマイがする。まずはガンドルック(1950メートル)から谷底の河原沿いの村のキューミまで高低差600メートル。そして再び急斜面を1700メートルまで上がりランドルンクへ! もう体力的にはヘロヘロ。トゥールカ(1700メートル)でランチ(これまた同じメニュー)をしてからデウラリ峠へ。

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今まで三日近くの間、携帯電話が使えなかったが、ここで久々のバリ3(アンテナ三つたった状態)になったのでブログの更新をした。まったく忙しい!! そこからは約2時間、アンナプルナ山脈を望む尾根上の村、ダンプス(1650メートル)の ”月の家” まで二時間、ほとんど傾斜もない森の中をトレッキングした。夕方に到着をして本日の力を使い果たしてチエックイン。 ここは日本人の経営するロッジで五右衛門風呂まで備えていて快適だった。 夕飯は久々に定番でない料理が出て来て美味しかった。(本日の万歩計による歩数は30500歩。)
《7日目》4月20日(月)午前にダンプスから下山してフェディ(1130メートル)まで2時間かけて下りる。しかし相変わらず、下りの2時間は本当に足、ひざに激しい負担がかかるのだ。

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波田の励みはトライアスリートの本山氏も ”きつぃなぁ!ミィはいるなぁ!(関西弁で筋肉痛になるなぁの意味)と言い、隊長の石川氏もヘロヘロになったと弱音をはく時に安心を感じるのだ。それは ”良かった!こんなアスリートの二人が疲労困憊しているのだからオレが疲れても当然だぁ!” と安心するのだ。 そしてついに最初にスタートした場所であるフェディーに戻って来た。もうこれ以上、下り階段だけは見たくもないという程に足腰は疲れた!! でも心地よいんです。あぁぁぁ良い旅です。(本日だけで7200歩)          そしてポカラにて湖畔の中華料理店でランチをしてから、空路でカトマンズへ。 通算計算したら今回のトレッキングで13万歩以上を歩いた事になる。素晴らしい体験になりました。ジュウーサンマンポ・・・・ 夕飯はカトマンズのネパール料理店にて、踊りを見ながら平和な時間。

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《8日目》4月21日(火)今日は悲願であった、ヒマラヤの山々を空から見る旅ツアーに参加。カトマンズの国内線空港からプロペラ機でヒマラヤ上空までひとっ飛び!その景色の素晴らしさたる生涯忘れられない景色でした。迫力は満点! しかし石川隊長は本当にスゴいのが『あの山はナンですかぁ!?』の質問に『あれは○○○山で標高○○メートル、そのトナリは○○山で○○メートル、あの山はアタックが難しい・・・あの山はまだ日本人が登頂に成功していない・・・』と完全に”登山オタク”なのだ。 先生の登山の美学は8000メートル以上の山に重装備で登るのは好きではなく、少人数で軽装備でサクッと7000メートル級を軽く登るのが好きなのだそうだ。 一時間のフライトから帰り、そのまま市内観光旅行に出かけた。世界遺産のバクタプール(バクダッドのプールと記憶)を訪れた。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

この街が世界遺産だということは、行ってから知った。その看板をみていきなり有り難い気分になったのだ。ランチはこれまた波田の悲願であった ”ヒマラヤ蕎麦” を食べた。 ネパールは蕎麦の実の産地で美味しい蕎麦が食べられると何かの本で読んだ記憶があったのだ。 事実、美味しかった!! 食後はまた別の街、パダンを訪問。 夕方に激しいスコールがあったが、こんなスコールを体験すると、この街がアジアで雨期を迎えているのだと実感する。夕飯は流石に、なにか別の味のモノを食べたく、イタリアンを食べに行った。しかし街は停電でイタリア・レストランもロウソクの火で超ムーディー!! この店、相当に美味しくて4人でワインを3本とグラスで数杯いただいて、散々食べまくり、なんと御会計は5000円チョイ!(全員分で!) いきなりカトマンズの街が大好きになる体験だった。 ホテルに帰ってダイちゃんは四人の1000枚近くの写真を整理し始めて、今回の旅のDVDの編集を開始した。波田はトナリのベットで平和にお先にお休みした。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

《9日目》4月22日(水)バンコク経由で東京へ!! 帰って風呂に入ろう!!帰って白いゴハンを食べよう! 世界にはまだまだ行かなくてはいけない場所が、ゴマンとあるではないか!!  仕事もしなくちゃ!! こんな旅をすると、本当に身体にエネルギーが湧き出てくるのだ。

ネパールで深呼吸!ジューサンマンポの旅!

注釈※1 石川龍彦(EX-ダイヤモンド)ホンマもんの登山家(アルピニスト)京都大学在学中から登山三昧!そして就職は休みが多いとの理由で、高校の教師に!(普通、京都大学卒業者は教師にならない(^ .^)y-~~~)長い休みをフル活用してヒマラヤに何度も登頂。それだけでなく後輩育成に尽力。ド素人の仲間を従え、冬山へ!アコンカグア(南米最高峰)やキリマンジャロへ(ー)! 以下は、登山好きならばぶっ飛ぶ登山歴&プロフィールです。
京都大学卒。
日本ヒマラヤ協会理事
協会発表の登山家ランキングでは日本のトップ20に入るほどの実力。
登山暦 主なもの
海外登山 1979年 韓国/インスボン、 岩登り 1980年 カナダ/ヴィクトリア、テンプル他 1983年 旧ソ連/レーニン(7134m) 隊長、登頂 1985年 旧ソ連/コルジェネフスカヤ(7105m)隊長、登頂 コムニズム(7495m) 隊長、登頂 1987年 アルゼンチン/アコンカグア(6959m) 隊長、登頂 1989年 インド/ヌン(7135m) 隊員 1996年 中国/ムスターグ・アタ(7546m) 副隊長、登頂 1997年 中国/ニンチンカンサ(7206m) 登頂 1999年 アルゼンチン/アコンカグア(6959m) 隊長、登頂 1999年 中国/チョムカンリ(7048m) 隊員 2000年 カザフスタン/ハンテングリ(7010m) 隊長、登頂 2002年 アルゼンチン/アコンカグア(6959m) 隊長、登頂 2003年 タンザニア/キリマンジャロ(5895m) 登頂 2003年 パキスタン/パスー東峰(7295m) 登頂

ラスベガス・レポート。 しかし・・ありえない企画。日本から4700人参加。

9月28日(水曜日)《時差の関係で長い一日》 今回は中島薫DCA主催のラリー&パーティーということで二年も前からスケジュールが決まっていたラスベガスでのイベントだ。ボクにとってラスベガスという街は結構好きと、何だか嫌いが両立する複雑な街だ。とてもハッキリと好みが言えないのが我ながら辛いところで、嫌いなら行かなければ良いなんて単純なものではない。

ラスベガス・レポート。 しかし・・ありえない企画。日本から4700人参加。

今回でラスベガスは人生上で四回目、いや五回目かなぁ・・。第一回目は学生時代の貧乏旅行中。当然、極端な安宿で映画に良く出るシーンで(ニコラスケージがロサンジェルスで女に見捨てられてダメヤローになってしまいラスベガスに逃避。ギャンブルと酒、娼婦に明け暮れる日々・・・みたいな空気の宿。二回目は友人とやはり安宿(モーテル)三回目はAMご招待で少しは大分出世した。その後はグループツアー・・・今回はこの世紀のイベントの参加したいのと、ラスベガスを大好きになりに来たというのが本音。そして、それだけではもったいなくて帰れないのが貧乏根性丸出しで帰りにはどこかに寄ろうと考えていた。街と田舎を組み合わせるのが単純に楽しい。例えばリゾートとシティー、街と田舎的な・・・(マイアミとミューヨーク、ホノルルとマウイ、地中海とミラノ・・・みたいなね。)ということ考えていた時に、映画”モーターサイクルダイヤリーズ”を見て単純に南米だぁ!そしてマチュピチュだぁ!行くしかないだろ!と決まった。(ゲバラがマチュピチュを見て放心する姿・・というか何を考えて放心したのかが知りたかったのだ。)しかしこのチョイスは奇想天外というか全くの別物の街、水と油、オトコとオンナという程に例えようの無い違いとしか思えない。(旅の荷物を見てみると、その両方の場所で使う服がまるで違う。そして9月の下旬、AM生活始めて初めての”海外で体験する最終営業日”の月末に出発した。・・・・今回はサンフランシスコ経由ということで、なんだか後ろ髪を惹かれる思いだ。サンフランシスコは世界でもお気に入りの町。後から少々、後悔したが、実は寄ればよかった。ダウンタウンもソーサリートも、とても好きな街だ。2~3日過ごしたら楽しかった。さて行きのJAL002便のビジネスクラスは本当に快適だった。シートが改良されていて見事な寝心地で飛んだ瞬間から7時間10分爆睡状態だった。 起きたら飛行機は着陸態勢に入る直前で慌てて貧乏根性出して食事をした。到着したら空港には沢山のディストがウロウロ。そして13時42分のアメリカウエストでラスベガスに入った。 無事にチエックインして荷物の整理。無事というのは今回泊まるMGMホテルは巨大なんてもんじゃないスケールで5000室以上あるようなメガホテルなので、普段、好きなこじんまりとホテルとは相反する、チェックインのフロントなんか量産型という感じの処理システムでどんどん人が運ばれるというカンジだ。その晩はハワイのパシフィックリムの名店”ロイズ”でメシ。洋でもない和でもない、でもワサビ、生姜、醤油、ゴハンを上手にアレンジした洋食は大変、胃腸にも心にも優しくアメリカゴハン導入の初日には身体が喜ぶ・・・・・キャリフォルニアのワインの名産地”ナパ”はここの近所、ということで飲んだワインは美味しい白のシャルドネであった。ハワイのロイ・ヤマグチの名店はラスベガスの客も満足させていた。さて、このラスベガスという街の旅行記を書くに当たる上での結論を言うならば、元来の24時間眠らない町である歓楽的な街と時差ボケ、天然ボケ・快楽主義者で一日という区切りはあまり無く、寝る、食う、話す、ショーを見る、飲む、寝る、食う、ジムで発汗、パーティー、寝る、食う、飲む、話す、飲む・・・・・のような時間の流れであった。そのすべては楽しい時間、いわば充実だったが、この街で通常生活をおくるのは不可能。というのは観光旅行とは本来こうありで非日常的な事が素敵であり、こんなダラダラ生活も良いんじゃないの・・・ということで自分で処理。では何が楽しいのかを解説・・・・・・・・・・・・・
《ラスベガス的ショー》ラスベガスの楽しさはこれだ。常駐(この表現が正しいかはわからないがぁ) シルクドソレイユの”О(オー)””KA(カー)””ミスティア””ズマニティー”などはその代表。ステージの特種効果などはとても移動できる代物ではない。ここに見に来なくては見れるものではない。しかし人間のポッシビリティー(可能性)ってこんなにあるのかと感心する。それを引き出す才能、引き出される才能に驚く。とにかく、このショーだけを見に行っても満足だろう。ほかには話題のセリーヌデュオンのショー(A New Day)他、見るべきモノが多すぎる。あと特筆するのはタダで見られるホテルの周りで行われるショーだ。べラージオホテルのファウンテン(噴水)ショー、ミラージュホテルの火山が大爆発する”ボルケーノ”他、ぶったまげる規模のショーが町中で行われている。
《カジノ》ボクはあまり熱を入れるほうではないので語る事ではないが”ギャンブルで家が建った奴はいない” 要は楽しみとして遊ぶのだ。スロット、ルーレット、カード、ダイス・・・・・それぞれやったら深い世界なんでしょうね。ただ日本のパチンコ店で遊ぶ人々と装い、雰囲気は相当に違う。いや全然違う。高級なホテルほどスゴイ空気だ。こんなのに場慣れしたらカッコいいねぇ。
《ラスベガス的食生活》 これは実に幅広い。しかし結論から申せばアメリカのゴハンだしラスベガス的な食事はやはり大量処理型。(当然、ロブションが手がける高級店なども目白押し。しかしラスベガス的で今回はハマッたのは日本語で言うならば”食べ放題バイキング”こちらで言うと”バッフェ”だ。(これを日本的に発するとビュッフェだろう。)が楽しい。楽しめる!各ホテル必死でこのバッフェにかけている。というのはこれを安く提供することで客を引き込みカジノでお金落としていただくというのが戦略なのだ。だからオレ達みたいに食って帰る奴は喜ばしい客ではないかなぁ。予算が限られた同行者は泣いて喜んでいた。
《ショッピング》ショッピングもスケールが激しい。当然、世界中の有名ブランド店が軒並みある。なかでもイベント性いっぱいのショッピングモールはすごい。古代ローマの町並みが見事で天井に描かれた空が青空から夕焼けに変化する仕掛けの”ザ・フォーラムショップス”6店の有名デパートを併設し250店もの店を擁する”ファッションショー”イタリアのベニスをモチーフにしてモール内に運河がながれカンツオーネを歌うゴンドラが流れる冗談みたいな”グランドキャナルズショップ”他、有名店の巨大アウトレットモールも3軒。買い物は欲しいものはなんでも手に入るのだ。

ラスベガス・レポート。 しかし・・ありえない企画。日本から4700人参加。

そして今回のメインイベントのラリー&パーティー(前夜祭、アフターパーティー)は素晴らしく盛り上がれた。本当に感動の域であった。前夜祭のショーのエンターティナーのライネルリッチーも想像以上の盛り上がりに本人がブッ飛んでいたが本当にすごかった(オレッて日本ではまだまだ人気があるんだなぁ!という顔を終始していた!)ラリーの表彰は感動的で皆、嬉しそうだった。その為にがんばったんだモンねぇ。そしてAMの創業者のリッチデボスは素晴らしいく “もし今・・AMをしてなかったら・・・”というスピーチで沸かせてくれた。しかし心臓移植手術後8年にしてこの元気はすごい。(世界一の記録)ラリーのエンターティナーのケニーロギンスも良かったヨォ! アフターパーティーも楽しいひと時だった。しかし個人でこのような興行をできる中島薫DCAのスケールって何なのだ!!参加者パーティーで3700人、ラリーが4500人(全員が日本から来ている・・・)すごすぎる。ニューヨークラジオシティー、ロサンジェルス・シュラインオーディトリアム・ラスベガスMGMと続きいったい次回はどこなのだろう・・・・・・・・・AMはおもしろい。

常夏の文化の香りのするランチはいかが!? @ホノルル美術館

ハワイでのランチといえばロコモコ、プレートランチなどワイルドなモノが多い気がする。しかしより高尚な時間の過ごし方を提案。それはホノルル・アート美術館のカフェでのランチだ。人気なので予約は必須だが絶対に満足な時間になる。

常夏の文化の香りのするランチはいかが!? @ホノルル美術館

ここの美術館、建物は中庭を囲む様に自然な光を室内に最大限に取り込む形で中国と地中海のデザインを融合したデザインにハワイ式の勾配屋根を組み合わせた当時としては新しい建築スタイル。その特に地中海スタイルの中庭の雰囲気は抜群だ。ここにいたら自分が何処にいるのか錯覚してしまう。

常夏の文化の香りのするランチはいかが!? @ホノルル美術館

この庭を取り囲む様な形で美術館が配置。そこにはピカソ、モディリアーニ、セザンヌ、ゴーギャン、モネ・・・様々な画家の絵画や彫刻が配置されているのだが、そこの展示物ではない壁の色の美しさにも衝撃を受ける。そしてこの美術館の中央にあるのが今回、紹介のホノルル美術館アートカフェだ。 そんなに巨大ではない美術館だから一時間から二時間で充分。オレみたいにいつもハングリーな人はランチのアフターで美術鑑賞がいいだろうし、まずは”目の保養”と考えるならビフォーでも。時間にユトリがあるならば半分づつでも。

常夏の文化の香りのするランチはいかが!? @ホノルル美術館

とにかく思う事はメシは只、美味いものを動物的に食えばよいという事ではなくて雰囲気やインテリア、食事の相手ウンヌンが大きく絡み合うという事を実感する。とにかくここのアカデミックな雰囲気が最高なんです。 このカフェの顧客も抜群でホノルルでここよりハイソ(ハイソサエティー)な空気のお客を見た事がない!ハレクラにより、カハラホテルよりかも。

常夏の文化の香りのするランチはいかが!? @ホノルル美術館

その日は80代の元・ニューヨークのS証券会社のエクゼクティブで定年後はホノルルの高級住宅地カハラで悠々自適に暮らす御夫妻、アート関係の出版社を経営する敏腕女社長と同業の編集者、ハワイの有名女子高に子弟を通わせるママ友の四人組、白髪にムームーを着る姿が板についた日系二世のオバさまチーム、大手保険会社の若いエクゼクティブの家族・・・などであった。(これ波田の想像です。)たぶんそうです。

常夏の文化の香りのするランチはいかが!? @ホノルル美術館

そして、ここの料理を食べてみて較べるとホノルル中の他のランチがやたらに野蛮に見えてくるんですけど、それは決してボリュームが無いと言う事ではなくてイジくっていないというか、量も適当で薄味でヘルシー、なのに食べ応え充分という代物ばかりなんです。インテリ層はこんなランチを日常から食べているからインテリなのかなぁ・・・なんて思ったりして。 とにかくホノルルで素敵な時間とランチを過ごすならばココです。ハレクラニもいい!カハラホテルもいい!トランプもいい!~~でもここは別格。

常夏の文化の香りのするランチはいかが!? @ホノルル美術館

観光客いない率も激しく高いのでそれもオススメ。 食事後は是非、おとなりのミュージアムショップを見て下さい。ここもハイセンスな品揃え抜群で、ウルサいお友達へのお土産探しはここが完璧です。 リラックス&エンジョイ! (くれぐれもランチは予約を!ハワイに到着したらホテルのコンシェルジェかフロントに言って電話してもらいましょう。)

  • HONOLULU Museum of Art CAFE (ホノルル美術館アート・カフェ)
  • ホノルル美術館 HONOLULU Museum of Art.
  • 900S Beretania St HONOLULU HAWAII
  • 電話808-532-8700
  • 入場料10ドル(4~17才は5ドル) ※ カフェのみの利用の場合は入館料不要
  • カフェの営業時間は11:30~13:30
  • カフェの電話 808-532-8734
  • 火曜日~土曜日 10:00~16:30
  • 日曜日 13:00~17:00
  • 休刊日 毎週月曜日 (毎月第一水曜日、第三日曜日は入館料無料。)
  • http://honolulumuseum.org/

沖縄人、よーやるわぁ!!お見事っ!!

6月15日(金)もうすぐボクの誕生日! でもまあ10日も前だし気分的にはまだまだ盛り上がっていない気もするし、そして昨年が昨年だったから(昨年の沖縄のバースデーはなんとユイレールという電車を一両、貸し切ってのイベントだった。笑!)もう今年はそれ以上は望めないし・・・なんてかなりスレた自分の発想を感じながらだった。前日の夜のミーティングのアフターで居酒屋にて二十人で飲み会。これは普通。そして最後ですごい可愛いケーキが用意されていて充分な幸せ感を感じたりして、そして正直、あぁ良かった!これで皆のお役目も終わって・・・みたいな生意気な事を思ってたりして!(笑)実に平和な小さなサプライズでした。 うんうん平和でヨロシイ!!

沖縄人、よーやるわぁ!!お見事っ!!

翌日はダイビングの免許を取った沖縄のリーダーの大平が、一緒に潜りたいという事で、古山氏(セブンテンスイメージというダイビングシヨップを経営。http://www.seventenths-image.com/diving.html 本職は水中カメラマンという素敵な職業。)とその二人が迎えに来てくれて宜野湾マリーナに向かった。今日はウッチー君の所有する豪勢なダイビングボートで慶良間諸島を目指すという。スレたオレはホテルのお迎えに何か仕掛けがあるのではと、持参していた一番キレイな服であるポロシャツとお洒落タンパンを装いで出かけてみたけどサプリライズの空気は無い。なぁんだぁ・・・と心で思い車内でダイビング用のTシャツと短パンに着替えた。そして宜野湾マリーナに到着してクルマから下車してダイビング機材をおろそうとしたら~~~遠い桟橋の向こうから、それはそれはドデカイ声で歌声が聞こえる!『んんんっ!?』と予期せぬ方向を見れば、大きなダイビングボートの一階と二階に、昨日、夜の宴で顔を見ていた奴らがズラリと並んでいて、ハッピーバースデイの大合唱!! それはそれは驚いたぞ!(笑) みんなで記念撮影したけど、そのみんなの笑顔ったらないね。サプライズはダマされる人も嬉しいがダマす計画を立てた人々が倍増で長い時間、楽しめる。

沖縄人、よーやるわぁ!!お見事っ!!

沖縄人、よーやるわぁ!!お見事っ!!

その後、ダイビング機材を積み込んでダイビングをする8人だけが乗船し、今日の目的地の慶良間諸島を目指した。約1時間のクルージングは快適そのもの。今日は沖縄にも訪れる梅雨の谷間みたいな天気で、昨日までは豪雨の連日だったらしい。(しかし先程の企画、雨だったらどうするつもりだったんだろう!?) ひさしぶりのダイビングは、少々緊張したがやはり身体が覚えている事なのですぐにリラックス&エンジョイ!水中を無重力で浮遊していると宇宙船の中の生活はこんなかなと想像する。ダイビングは潜水マスクをしているので、少々だけ視野が狭いのだが・・・・・ふと、振り返ると仲間が皆で記念撮影の空気。そっちに行ってみると、なんとHAPPY BIRTHDAY KEIJIRO の横断幕がぁ!!(笑)ビックリ仰天! そして皆がBCのポケットから隠し持っていたお花のレイをクビに掛けてくれた。その嬉しさったらなかったけど、口にはマウスという酸素を吸い込む為の機材が入っているので声も出せないし、実はその日のレンタル機材のマスクがあまりボクには適合していなかったのか、マスクの内側にかなりの海水が入り込み、手で押さえていれば問題ないのだけれど、手を外すと水がドボッと流れ込む! なのでレイをもらってクビに掛けてもらう度に、手で押さえないとクビに巻き付くは、視界が全く見えなくなるわでマスクの中は海水でドボドボ!(笑)・・・(スタッフの方々・・・次回、水中でのレイの贈与は浮かない為の工夫をお願いします。) なので涙も出てるんだか、とにかく目は海水でシャバシャバだしと、とても複雑な喜び表現となりました。たぶん現場に居合わせた皆はボクが喜んでいないのではと思われたかと・・・違いますよ! 喜びが表現出来ない状況だったんですよ。 そして古山氏がボクを呼んで上(海面)を見ろと!!! なんと、なんと~~HAPPY BIRTHDAY KEIJIRO のサインボードがっ!!!! 素潜り隊が準備して海面で待機だ。 聞けばこの企画は前回の ”ユイレール電車貸し切りサプライズ”の翌日から考えられ始め、その為に、全く興味をもっていなかった三人がダイビングのライセンスまで取得したという、それはそれは素晴らしい、愛情のこもった企画でした。 ちなみにこれらの写真、本当に素晴らしいでしょ。これカメラマンの古山氏の作品です。 本当にありがとう!! いつかサプライズのお返しをしたい!! だけどこんな企画を超えられる自信が無いなぁ! 来年も楽しみにしてるよ!!!

沖縄人、よーやるわぁ!!お見事っ!!

沖縄人、よーやるわぁ!!お見事っ!!

沖縄人、よーやるわぁ!!お見事っ!!

なんだか映画な日々・・好きだよ、そんな時間がっ!

映画って見出すと見るし、見なくなると見ない。(文章を書いていて可笑しい表現だと思うが、他に見当たらなくて・・・) とにかく、ここ一週間は時間を作って見まくった。本当は普段からこんなペースでみまくりたい。映画は本当に楽しいから! もちろんDVDも良いけれど、やはり映画は映画館だと。むかし尊敬する荒木一郎さんに映画の話をうかがっている時に、『ケージロー君、君の最近の面白くなかった映画は何!?』と聞かれてナニナニと答えたところ、それはどこで見たのと言われ、自宅でビデオでと答えた時に、氏は『それは映画を見たのではない。ストーリーをチエックしたに過ぎない!』そして『制作者に失礼だから!』とおっしゃり、そのつまらないと言った映画を荒木さんのご自宅の数千万円を投じたホームシアターで見せていただいたら、全然違う映画で強烈に衝撃を受けた思い出がある。そうだ!!映画は映画館か荒木さんの家で見なくてはダメなんです!(笑)  なんとなく最近見た映画の一覧・・・映画っていいなぁ!

《ヒアアフター》 主演はマットデイモン、監督はなんと80歳を超えた巨匠クイーントイーストウッド!死後の世界に捕われたサンフランシスコ、ロンドン、パリに住む三人が人間の苦悩から解放されていくヒューマンドラマ。クイントイーストウッドはこの域に来たのかと感心!個人的にはイタリア料理教室に行きたくなった。(見ればわかる)
必見度数★★★★★ http://eiga.com/movie/55325/

《ウォールストリート》 巨匠オリバーストーンが監督、主演は23年前のウォールストリートでゴードン・ゲッコー役の主演を演じたマイケルダグラス。ウォールストリートで荒稼ぎをして最後には犯罪を犯し長い投獄生活を終えてNYに戻るゲッコー。時代が変わり、娘との関係修復をめぐり、その英知を善行に役立たせる。ちょい役で出演したチャーリーシーンが気になった。(ものすごいゴシップ言われてますよね!)
必見度数★★★★  http://eiga.com/movie/55186/

《英国王のスピーチ》 吃音(どもり)に悩む英国王ジョージ6世が、その問題を周囲の協力で克服し、英国民に愛される王様になっていくというドラマ。さすがにアカデミー賞を四冠獲得(作品賞、主演男優賞、脚本賞、監督賞)そして各国の映画祭の賞を65も獲得! 主演のコリンファースはシングルマンでも主演、まさに名演技。シャインで狂人を演じたジェフリーラッシュも見事!
必見度数★★★★★ http://kingsspeech.gaga.ne.jp/ 

《ツーリスト》 まさにゴージャスなハリウッド映画! 主演の二人、ジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーの共演もすごいけど舞台になったイタリアの水の都ベニスの映像も素晴らしかった。そして肝心なストーリー! 傷心旅行に出かけるアメリカ人のジョニー・デップはパリから列車に同乗したアンジェリーナジョリンに声をかけられる。それは全て仕組まれた罠だった・・・・面白いぞぉ!!
必見度数★★★★★ http://www.cinematoday.jp/movie/T0009324

映画っていいねぇ! 映画三昧な生活をしたいです。夢リストに追加っ!!

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

2010年10月15日 昨夜は名古屋でミーティング! アフターはお風呂屋さんを改造した居酒屋で雰囲気も良く、昔からの友人も沢山、参加していたので楽しい時間になった。よせば良いのに山崎豊成(タクの弟)と2軒めのハシゴ!楽しい酒でした!(笑)   深夜にホテルに帰り就寝!  実に”ニホンバレ”な朝だ! 今日は岐阜の街を散策してから、初体験の”鵜飼い”観賞だ。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

“鵜飼い”自体はニュースなどで映像で見た事はあったが、その知識は何も無く、あるモノは好奇心のみ! 鵜飼いは1300年も続く伝統的な漁法である。”鵜飼いに行きましょ!”と名古屋の超美人熟女(表現がイヤらしい!?)のジュリーさんから誘われて二つ返事で乗った! こんな日本の手伝統的な行事はとにかく見て体験をしておきたい。だいたい行きましよって誘われても何をするのだか想像もつかない! 行くまでは鵜(う・・・鳥の種類)を食うかと思っていた位にわかってなかった。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

 ”鵜”を食べるの!?とガイドに聞いたら、”お客さん、鵜は天然記念物ですよっ・・・”と冷たく言われたのだ。そう、鵜飼いで食べるのは、鵜が捕らえた鮎(あゆ)である。 流れはこんな感じ。(もちろん日帰りも良し!) 河原の街をブラブラしてから長良川沿いの風情のある旅館にチエックイン。6時半に予約をしてあった船に乗船! 雰囲気は屋形舟みたいだけどその船は、ものすごい伝統工芸の究極。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

料理は通常はお弁当らしいが、さすがに食にこだわるジュリーチームだけあって、持ち寄りのご機嫌な料理が用意されていた。そして美味しいお酒も満載! たぶんこんな豪華絢爛な料理を食べている船はそうはないであろう!まわりには宴会がはじまった30隻程の屋形船が並ぶ。そして上流までクルージンング。なにせこの船には動力がなくて手漕ぎ!!

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

7時過ぎに鵜飼いの操る船がやってきた。ここからの表現、かなり間違いがあるかと思うが専門用語など理解をしていないのでお許しを! 鵜匠は、なんと宮内庁管轄の選ばれし者達! 正確には”宮内庁式部職鵜匠”が正式名称。1300年もの歴史はダテではない。それも世襲制度が残っていて誰でもなれるモノではないのだ。現在、岐阜市では6名だけがその鵜匠の職を代々守っているのだ。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

独特の装いの鵜匠さんはそれぞれが船に乗り、10~12匹の”鵜”の首にヒモをつけて操り、かがり火(松の炭を燃やしながら照明とする。)の中で鮎を獲るのだ。 わかるかなあ!? とにかく伝統的漁法は荘厳な空気で、それはそれは感動的な時間でした。 9時位に下船してそれでは終わらないジュリーグループ! 真っ暗な河原にバーベキューを準備して、深夜のバーベキュー大会っ!!これまた風情があって楽しい時間でした。

鵜飼いを観賞! あぁニッポン人!

素晴らしい時間をありがとうございました。ジュリーチームのチームワークは最高です! 仲間っていいね!
URL http://www.ukai-gifucity.jp/ukai/

城野智則と麻婆豆腐!

10月2日(土) 下田は清々しい朝だ。ただ、波は全くなくて、海に入る気は起きずに、昨日のペンキ塗り(正確にはキシラデコールという防腐剤)の仕上げをしたりとそれなりにやる事は沢山ある。これを楽しめる人と苦痛な人で別荘生活はまるで違うモノになるんだろうなぁ。オレはかなり楽しい!(笑)
昼過ぎに城野佳子さんがグループのお仲間十数人でオキラクハウスを訪ねてきてくれた。なかには宮崎県から軽自動車で18時間もかけて・・・早いもので城野智則氏が他界して一周忌が9月の末日だった。それは今でも忘れることの出来ない、まさに衝撃的な事故だった。城野氏はボクとここ、下田でミーティングをして、終了後にオキラクハウスで、仲間20数人でアフターの食事会をした。 その日はここ何ヶ月はお酒をお互いに抜いていたのに、何故か盛り上がり一緒に、そして皆で飲むことになり、相当に楽しく幸せな宴だったのだ・・・・その数時間後に、まさかのもらい事故で帰らぬ人となったのだ。 そして一年後に前妻・佳子さんとビジネスのお仲間が、一周忌を下田で過ごしたいという事でウチにも寄ってくれたのだ。
午後の2時の訪問ということでケーキなど甘いものを準備するのが、お客様を迎える主のサービスだろうが、ボクは”麻婆豆腐”を準備した。 それは城野氏が”正”に最後に皆で食べたモノだったからだ。思いっきり山椒の効いた四川風というか李福偉氏直伝の”緑の麻婆豆腐”だった。 皆で、思い出話をしながら麻婆豆腐をつついた。それは、本当に良い時間だった。様々な下田でのエピソードを交えながら・・・

城野智則と麻婆豆腐!

しかし人の人生はわからない。
残された、我々はとにかく日々を有意義に生きる事しかないと思う。
城野智則氏の死によって考えさせられた事は、本当に多い。
ボクもビックリする位に引きずったのが事実だ。
彼の死を無駄にはしたくない。 毎日を精一杯に生きよう! それしか考えられない。
たぶん、一生、麻婆豆腐を食べる度に思い出すんだろうなぁ。  合掌。

世界一幸せだった“最後の晩餐!”さよなら城野智則!!

2009年9月29日(火) 下田での朝。朝方にモノすごい豪雨で驚いて起きたが、また寝た・・・その雨がどんな意味だったのか。
昨晩は下田ミーティングが行われた。今回は第38回目。このミーティングは城野智則ダブルと波田ケージローのグループで主催している定期的なミーティング。 かつて38回のうち、35回までが雨に降られた・・・というか城野智則ダブルが下田に来ると、90%以上の確率で雨が降るという事実・・・・いい加減、怖くなってくるジンクスがあるのだ。(笑) ミーティングは町中の公民館の和室で行っている。なんだか“ニッポンのミーティング”って気がして好きなのです。そしてみんな落ち着くみたい。 アフターは恒例のOKIRAKUHOUSEで行われる。なにせ下田の街は9時以降にアフターが出来る店は無いに等しいのだ。カラオケスナックや暴力バーみたいな店じゃねぇ・・・・という事で、ココで行われるのは皆もとってもリラックスできるし、喜ばれている。食事担当は波田! 通常は数日前に城野智則ダブルと連絡を取り酒を飲む日か、飲まない日かを決める。お互いに休肝日を気にしているのだ。彼も波田と同じ、軽い“アルコール依存症”(笑)なので週二回の休肝日を設けるのは健康生活の必須なのだ。 ということでオレも“水”での食事を楽しむ事にしていた。・・・・ところが、夕方に皆に手伝ってもらって準備完了していた料理を見て城野智則ダブルの第一声は 『ケージローさん、この料理で飲まないなんて無理っすよ!!今日、やっぱり飲みましょうよ!!』 『オッケー!久々に飲むかねぇ!』という事で早々に冷蔵庫に冷やしてあったエビス・ビールで二人でキッチンで乾杯! 美味かった!! そして全員が集まりテーブルを囲んで『新会計年度、今年もヨロシク!!』と城野智則ダブルの音頭で乾杯! その日の“宴(うたげ)”は本当に幸せで参加者20人は終始、笑いっ放し。 新規も交えて本当に幸せオーラが出まくっていた。深夜には森君、ヨッシー、ミチさんのサプライズバーステー・ケーキまで準備されて幸せ感、一体感は頂点に。宴たけなわの12時過ぎに、皆で仲良く片付けをしていくうちに解散! 城野智則ダブルが他系列の方の車で東京に向かって帰ったのは25時過ぎだった。『また、来月っ!!』
翌朝、その城野智則ダブルの訃報を聞いて悪い冗談としか思えなかった。沼津の病院に安置された遺体は交通事故にもかかわらず、昨日の別れをした時と全く同じキレイな顔だった。
交通事故はイヤだねぇ。本当にイヤだよ。
城野智則は何か、お役目があって天に召されたんでしょうね。突然だけど、彼にはシメっぽい別れなんて似合わないし。素晴らしい人柄だから、きっと天国で次の大きな仕事が待っているのでしょうから!! 決して、長くはなかったが太い人生だった現世じゃないですか。
あのヒョウヒョウとした姿で“お疲れっ~~すぅ!マイッタなぁ~!”なんて言いながら今にも現れそうですけど。
冥福をお祈りします。天国の皆さんからも愛される事でしょうし、きっと回りをどんどん話の“虜(とりこ)”にしていって悲願のトリプルダイヤを達成してください。
日本のAM界は本当に惜しい人材を失った・・・・彼の死を無駄にしない様にしましょう。 限りある人生を、もっと丁寧に生きたいと思います。 さようなら!! 最後の夜が誰にも心から楽しい時間だった事が救いです。
《モツ鍋》《ささみのカルパッチョの柚こしょう》《鶏のトマト煮》《スペアリブ》《筑前煮》《枝豆》《ジンギスカン》他・・・宴のメニューでした。

新潟へ”恩返しツアー”が恩返された!

2009年7月8日(水) 話せば長い。しかし便利な時代なので 興味がある人は読み直して下さい!  http://www.keijiro.co.jp/1476  そこまで情熱の無い、アナタには簡単に説明します。北海道のニセコはジンギスカン&もつ鍋の聖地。

新潟へ"恩返しツアー"が恩返された!

そこに寛松という店があり、そこの店のナベがすこぶるスポーティーでカッコいい。そして使い勝手も最高なのだが、この店のオリジナルなので販売していないし、売ってくれと何度頼んでも無駄。一時は”長期拝借”も考えたが、人としてそれは道を外しているではないか! ということでコピーをする事を考えて、サイズを計った。波田は常日頃からノギスなる簡単計測器を持ち合わせているので、簡単な事。そしてブログにて世間一般サマからの、このナベを作ってくれる人の募集をした。鉄を丸く切り、半円形に加工できる人・・・たぶん簡単ではない。するとなんと一時間後に、このお仕事を請け負ってくれるという青年が現れた。その名は伊藤君。この際だから、マイスター伊藤と呼ぼう。 彼はボクにメールをくれた。それから何回かメール&電話で打ち合わせて、約一ヶ月後に試作品が出来たが、少しばかり小さい(お一人様サイズ)なので大人数バージョンを作ってもらう事に!!

新潟へ"恩返しツアー"が恩返された!

そして完成時にお礼をしたいと申し出で希望を言ってもらったら”ケージローさんと一緒に、このナベでモツナベが食べたい”と爽やか青年らしい答えが。 波田の頭の中では”外は雪(新潟は雪しかない)津々と雪降る中で彼のアパートのコタツで数人でお礼にミーティングをして、その後にナベ!”という絵柄をイメージしていた。良く考えれば月日は7月!(でも新潟には雪が残っているのではと、まだまだ意味不明な勝手なイメージが!)行ってみたら大きな会場に、大変な人出っ!!! あぁビックリ!!(会場は堀ダブルの20軒、所有するうちの一軒でラルゴという大箱のレストラン。)そしてアフターはマイスター伊藤のアパートでは全くなく、やはり堀ダブル所有の居酒屋モスラを貸し切りに!(やはり外に雪は無い)そしてついに悲願の円盤ナベに素材が入れられて着火!! 感無量・・・(涙) 実に美味しかった。ニセコの寛松の味が、ここ雪国・新潟で食えている! このナベさえあれば・・! マイスター伊藤は、そこで二週間遅れのサプライズoバースデーまで演出してくれた。 ありがとう!!! 恩返しどころか、また恩をもらってしまった。 新潟の人々は本当に”酒飲み好き”そして”盛り上がり好き”だ。 そこらへんは”堀”仕込みなんでしょうね! お世話になりました。 本当にあたたかく楽しい時間でした。

新潟へ"恩返しツアー"が恩返された!

堀正樹氏は海外遠征中なのにお店を手配してくれたり、様々な配慮をしてくれた。マイスター伊藤氏、同様に感謝しています。 モスラの店長さんもありがとう! 幸せな夜でした。

忙しいとは”心が無い”と書く。心はあります!

2009年6月8日(月曜) 今週は笑う程に濃厚なスケジュールだ。今回は”日記”というより”週記”! 月曜の朝に沖縄に飛んでグリーングリーンでランチ。岩渕マネージャー(シャチョー)夫妻と試食がてらランチ。これがスゴくて毎回、メニューを片っ端から食べまくり、そして試す!! 一緒に大平夫妻に付き合ってもらいドンドンと食べる。 ひいき目抜きに”美味いねぇ!”と納得。 散々、ああしましょ!こうしましょ!そして、これやったら面白い。これやったら皆が喜ぶとブレンストーミング(脳で考えるままをドンドンと口に出して提案しあう。)をして盛り上がる。今回のこんな会議で、庭をいよいよ開拓して広大なデッキを作製する事に・・・・そして気が付いたら夕方。そのまま那覇市内に戻りミーティングへ。今日のミーティングはエイダ&ラスベガスの映像を期待してなのかいつもより人が多い。最後に皆でリッチのスピーチを見てジィーンとしたところで、いきなり後ろから三線を持って歌いながらケーキが乱入してきた。沖縄人の大好きな”人を喜ばす作戦”で波田のバースデーサプライズをしてくれた。そして場内は一気にお祭りムードとなり参加者は唖然としていたかとおもいきや、皆、踊りまくりだした。この状況、想像つきますか!? まさに狂喜乱舞! アフターは居酒屋にて、またまた盛り上がり。これまた激しい。しかしさっきの映像を見た感動の涙は何処に行ってしまったのか・・・Its Okinawa! 9日(火) 翌朝は自然と早起きが出来たので、一時間のジョギング。最近は那覇の新都心から国際通り界隈をまわる一時間コースがお気に入り。本当に気持ちが良いんです。 帰って準備をして、送迎定番の又吉裕子さんに送ってもらって空港に到着。グループの玉城ヨーコさんと偶然に会ってラウンジでお茶を飲んだ。ヨーコさんはお花の先生でとても素敵な方。そのまま同じ飛行機で福岡へ。ここでラブリーな東富士美嬢が迎えてくれてグループの女子二名を加えて四人でランチ。しかし富士美嬢はサイコーですよ。まさに頭の回転なんてピカイチ。超キレイで若かりし頃に、銀行に勤務していて窓口に来ていたオバァさんが(オバちゃんだったかなぁ!?)ウチの息子と縁談はいかがとスポンサーリングされて、お見合い結婚という相当にユニークな過去がある。超素敵な富士美さんは今回計、ダイヤカウントにも突入していたという凄腕繁盛記!彼女とのランチは刺激絶大です。楽しかったなぁ。グループの女子A、Bは終始、唖然としていた。(笑)その後、福岡駅から新幹線で広島へ。 広島では墓参りをして、広島在住の大久保学ダイヤとカナミちゃん親子FDDと食事。大久保氏は元々、南海ホークスの野球選手。カッコいいんだぁ!カナミちゃんはボリショイバレー団に所属していたバレリーナでこれまたカッコいい! 今夜は大久保氏推薦の”燻製専門店”は超ご機嫌、二軒目の”中ちゃん”は相変わらずナゼに保健所がこれを許しているかと思う程に○○!しかし美味い!深夜にホテルに帰る。 10日(水)朝からAM主催のOMのゲスト(波田はアルバイトと呼んでいる)でマーケとスピーチ。満員でウレシい。終了後は広島で頑張る波田グループの人々とお好み焼きランチ。広島でのランチは”お好み焼き”以外は無い!午後の新幹線で一路、京都を目指す。ところがお別れのご挨拶をダラダラしていたら目の前で新幹線”のぞみ”が行ってしまった。メシを食ったあとで思考回路が静止していて、とにかく眠くて隣に待機していたレイルスターという名前の新幹線に乗ったら只の各駅停車の”こだま”・・・なんでそんなノロマなクセに早そうな名前をつけるのだ!! 予定より1時間以上も遅れて京都に着いてしまう。結局、乗り換えに次ぐ乗り換えで寝る事が出来ず、淋しい! 京都から滋賀県の琵琶湖沿岸の琵琶湖ホテルに移動して会場ミーティング。 明日の朝の京都でのミーティングと、このミーティングはセットで数ヶ月前に酔ッぱらっている時に約束したのだ。しかし楽しいミーティングだったし、アフターの長戸エグの”花火を見る為のマンション”には唖然とした。スゴいなぁ!!深夜に京都のホテルにて就寝。主催者のナァオーミィー(福田ナオミEME)とは付き合い古いけど、本当にいつでも若い!ありがとう!! 11日(木)昨日は酒を抜いたのにクセで二日酔い!(笑) そして清水寺まで一時間のジョギングをした。朝一番の清水寺は本当に好きだ。観光客は10人位しかいなかった。絶対にこの時間をオススメします。アナタの頭に描く”京都”がそこにあります。まるでJRのCMですよ! ミーティングは人妻ギッシリ状態でいい雰囲気。(なにがいいの!?)ランチは中華と聞いていて、朝から朝食も食べなかったので空腹でスピーチの途中で空腹で空腹で頭の中は何故か”麻婆豆腐”でいっぱい。それも山椒がビシビシと効いてる奴!!??アフターは新都ホテルの上等な個室で中華。京都ピープルは本当に洗練されていて楽しい!そして午後の新幹線で一路、名古屋を目指す。名古屋ではそのままホテルにチエックインして二時間、一人で読書大会。一人の時間も良いもんです。ミーティングはAMプラザで!それはそれは自分で言うのもナンですが盛り上がりました。消防法は大丈夫かなぁと思う程に満杯!立ち見だった方々、ゴメンナサイ! アフターは当然の手羽先の発祥の店”風来坊”しかし多くの系列が入り乱れスゴいことになっていました。楽しい夜でしたよ!!ここでも愛葉君の配慮でケーキがぁ!!! 12日(金)朝は6時に起床して7時の特急電車で長野県へ!途中の木曽川が綺麗な事!松本に二時間で到着をして、花村さんの迎えで千曲市の滝沢FDD宅のホームミーティングのお手伝い。ミーティングはいい雰囲気!またまた可愛らしくサプライズでバースデーをしていただいてハッピーな時間になりました。ここのランチは恒例で持ち寄りなのですが、いつも美味しいです! 皆さんQCを使いこなしてます!(ボクはいつも手ぶらでスミマセン!)昼下がりの新幹線で東京に戻りました。そして東京でアポが・・・・ これって”忙しい”ですか!? 忙しいとは”心が無い”と書きます。波田の仕事には心はあります!充分に! スケジュールはハードでも時間に追われる仕事ではなく、なんといっても自分で組んだスケジュール。波田はこれを”充実”と呼びます。 ”充実な一日”の積み重ねが”充実の一年”。そして”充実の一年”の積み重ねが”充実の一生”に他なりません!!